マネジメント

2020年10月19日 (月)

ヤンキーを戦力?

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


先日のガイアの夜明け。

  ヤンキー再生工場「ハッシャダイ」

文字通り、この企業から若者達が発車していくという意味であろう。
若年時代にヤンチャのやり過ぎによって、社会から抹消されそうになった中卒や高卒の若者達であるが、新たに社会人としてスタートしようとするとヤンチャ時代の行いが仇となってなかなか企業に採用されにくい環境にある。

  企業も学業としての学校評価を最重視するのは当然。

しかし人間20歳を迎える頃には、いろいろな経験といろいろな内面の成長を急速に遂げるものである。

  “更生したいが社会が迎え入れてくれない”

そんな若者達をヤンキーインターンを通して更生させ、企業にインターン生を就職させるベンチャー企業を取り上げていた。

  ヤンキー。

中学高校時代に不良学生として烙印を押された若者達を一般的には「ヤンキー」と呼ぶのであろうか。
それでも、この番組で「ハッシャダイ」にインターンとして入学してくる学生達は、どちらかと言うと不良学生のような風貌とは言い難い若者の方が多かった。

  更生しようとしているのだからそれも当然であろうか。

私達の年代がスーパー業界に入社した当時は高卒はもちろん大卒でも不良上がりは大勢いた(笑)。
その中から脱落していく若者もいたが、逆に企業内で鍛えられ成長していく不良学生も多かった。

  逆に言うと不良学生の方がこの業界では激変するようだ。

商売とは自ら考えて行動することである。
そう言う意味では、行動すると言う原点は多少周囲の空気が読めなくても自らの強い思いに揺り動かされて行動するところにある。

  その行動力が正か負かの違いであったのだろう。

何れにしても行動力のある若者が正を向いたときに、その行動力は一気に評価されると言うことであろう。
私と同期で入社した高卒の人間が、私よりも先に店長に昇格して店舗を任される人間が何人かいたのも事実。

  入社時はすぐ辞めるだろうとタカをくくっていた同期入社者。

そんな彼らが、現場で担当者として鍛えられ負の考えが正に矯正され、チーフに昇格してそのバイタリティな行動とリーダーシップによって部門を統括していき、副店長を経てリーダーシップに磨きがかかり、商売の本質を身につけて店舗を引っ張っていくのである。

  そしてそれはこの業界だけのことではなかったようだ。

それがこの番組を見ていてよく理解できた。

この番組で一番感心させられた部分は、あるインターン生がそのインターン中に営業という仕事が自分に向いていないという不安に襲われ、講師に相談するところがあった。そこで講師は彼に言った。

  続けるうちに周りのライバル達は去っていくんです。

そんな言葉であったろうか。

  だからやり続けることがなりたい自分への近道である。

そんなことを講師は番組にインタビューに答えていた。

  全く同感である。

それはこの業界では競合店という存在に対しても言えることである。

  自店と競合店との我慢比べ。

我慢できない方がこの地域から去っていくということである。

  要は撤退に追い込まれるということ。

それは我慢比べに負けるということでもある。

  やり続けらばいずれライバルは去っていく。

この言葉は是非やり続けられない若者に何度も言って聞かせて、その成功体験を積んで欲しいものである。








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2020年10月12日 (月)

謎の人物

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


先日、久しぶりにコメントを頂いた。

  「ただのバイト」さん。

相変わらず彼は「謎の人物」である(笑)。

  “本当にただのバイトなの?”

そう思っている人がほとんどではないだろうか。
そして本当に久しぶりにこのブログにコメントを頂いた。

  そう言えば前回のコメントは今年の6月13日であった。

「合言葉は愛言葉」へのコメント。
http://tetu-syoubai.cocolog-nifty.com/blog/2020/06/post-82b34c.html

その時に、彼は「今回はいつもより更に長くなります。(これから僕は自己投資のインプット期間に入るので、このコメントを境にしばらくコメントはしません。今思っていることを心置きなく書き殴っておきます。)」との書き出しからコメントを寄せてくれた。

  自己投資のインプット期間。

いったい何を自己投資にてインプットしたのであろうか。

  そして最後のコメントといい今回のコメントといい「超長文」。

彼のコメントは今年のコロナ禍で世界が急速に変化してきたところから、コメント内容がより広がりを見せ、そして想像もしていない世界からの引用を多用して我々小売業のおやじどもの度肝を抜いてくれった(笑)。

  いったい何者なのだろ?。

率直に私もそう思っている。

  当初ははやりただの青果部門のアルバイトかと思っていた。

しかし、今年の2月ころからのコメントを読み返してみると、とてもそんなレベルのコメントとは思えない。

  その引用する事例の奥深さ。

それ相応の学習をしておられる方であろうが、それでもこのブログの過去の記事を覚えていいたり、その記事に対して振り返って数年後にその記事に対して敢えてコメントをしてくださったりと、その記憶力にも脱帽である。

  そしてその彼が久しぶりのコメント。

自己投資からのインプットは完了したのだろうか?。
完了したのであれば、次は何を目指して飛躍していくのであろうか?。

  そんな検索をしてみたくなるのである。

ブログへのコメントの投稿。

  従来からいろいろな方がコメントを寄せてくれた。

そして、継続してコメントを下さる方々とは、いずれどこかでリアルにお会いして「てっちゃん会」なるコミュニティーに参加して頂いている。
それは、たかがブログであり、たかがコメントではあるが、それでも長きに渡りコメントを寄せて頂いていることによっての親近感は他のてっちゃん会メンバーも同様に感じているであろう。

  “そろそろ素性を明かしてほしいなぁ~(笑)”

しかし未だに彼だけは「謎の人物」である。

  そしてそのコメント内容はどんどんと深みを増してきている。

今回「銛」と「網」の使い分けをいろいろな世界に当てはめて引用するあたりは流石である。

  そこからまだブログの話題がひろがっていく予感がするのである。

是非、一度お会いしてみたいものである。






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2020年9月 8日 (火)

人事異動から

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


今年度(3月スタート)で4人のチーフが変わった。

  チーフが変わることによっていろいろなメリットや弊害が生まれる。

特にその部門のパートさん達からすると、大きな不安に襲われるであろう。

  “次はどんな上司なのだろうか”

それは店長や副店長が人事異動により変わることよりも重大な出来事であろう。

  直接顔を合わせて仕事をする上司であるから。

よってチーフの仕事ぶりや性格、行動がそこで働くパートさん達に直接影響するのである。

  特に新チーフが自分をどう評価してくれるかという不安。

当面はそのことに一番の注目が集まるであろう
よって、頑張る姿を見せたいと思うのは人間誰しも当然のことである。

  今回新たにチーフが変わった部門がある。

その初日のその部門の売場の状態は今までに無いいい売場の状態をキープしていた。

  それは部門内に溢れる空気からも感じることが出来た。

緊張感でいっぱいのバックヤード。
よって、一人一人の手早さや行動、身のこなしが違うのである。

  “みんな緊張しているなぁ〜(笑)”

それはいい緊張感である。
これを機に、この緊張感が永続できればいいのであるが。

  どこかで「慣れ」が出始めてくるのである。

だから、新任の上司は初めが肝心なのである。
そのいい状態を、しっかりと固定化し、日々この緊張感を持って日々の売場を維持できれば、人事異動は成功であろう。

  “このチーフはこのレベルか?”

そう思われたら、徐々にその緊張感が薄れ、妥協の連続と化していくのである。
そしてそれは店長としての私のスタンスも同様だろうか。

  “今度のチーフはどのレベルにあるのか?”

それを当面は見続けて、その後のコミュニケーションに入っていくのである。

  今度は立場が逆転し新任のチーフが緊張感でいっぱいの状態であろう。

今度の店長は自分をどのように評価するのであろうか。

  そういう意味では店長としても初めが肝心だ。

赴任当初の緊張感を如何に持続してもらうか。
その緊張感が、今後のその人間の行動を決めていくのである。

  要は、上司のこだわりを初めからしっかりと伝える続けることにある。

上司はここにこだわる人間。
その為に自分はどう行動し、どう部門内をマネジメントし、どう売場を維持するのか。

  ここに繋がるからである。

しかしやはり前任者と後任者。

  その部門運営手法は大きく異なるのである。

チェーンストアとは言え、組織のリーダーになればなるほど、その個性は際立つものである。







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2020年9月 4日 (金)

政局

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


政治には興味は無い。

  このブログでもあまり政治を取り上げることは無い。

しかし、今まさに政局の真っ只中にあるのは確かであろう。

  2012年9月以来長期政権を担った安倍晋三氏。

安倍一強と謳われ、解散総選挙を行う毎に自民党圧勝を繰り返してきた。
最も、それは2009年からの民主党政権時代における国民の落胆からの反動も手伝っていたのであろうが、安倍政権になってからの経済の活況や安定という実績が彼の一強時代を作り上げていったのであろう。

  “自民そして安倍政権からの政権交代に対する不安”

この国民の不安が選挙での圧勝を支え、その後に露出してきた疑惑に対しても大きな混乱を防いだ原動力であったのだろう。

  しかし流石の安倍晋三氏も病魔には勝てなかった(と思いたい)。

コロナ禍という難局において、健康不安を抱えながら誤った決断をすることのリスクを防止するためにも敢えて自ら総裁の任を解いたのである。

  そこからの急展開は皆さんご覧の通り。

翌日の報道番組は、早速彼の後任人事の話題で持ちきりであった。

  これが芸能人の死であれば一週間ほどはその功績の時間があるだろう。

しかし、政治の空白はこの機には許されないのも確か。
早速、二週間程度の立候補とその後の選挙戦、そして自民党内での総裁選と続く流れ。

  安倍晋三氏の本来の任期は2021年9月まで。

よって今回の総裁選はそれまでの一年間の繋ぎというイメージであろうか。
それゆえ、今回の総裁選は安倍晋三氏の流れを基本的には継承してくれる人材ということでもあり、安倍晋三内閣で長年官房長官を務めてきた菅氏を中心に石破氏、岸田氏の3候補が現在は立候補の予定であるという。

  そして政局。

自由民主党としての今回の総裁選。

  そこには国民の声は反映されない。

よって、自由民主党内での政局争いがメインとなろう。
自民党内で一番都合の良い候補者が、来年9月までの繋ぎとして、誰を推すのか?。

  そこが今回の総裁選の落としどころ。

しかしそこに国民の一票が絡んでくるような衆議院総選挙が絡むような場面となるとまた話は異なるであろう。

  国民の一票を得る顔は誰か?。

よって、今回の総裁選において、自民党の未来の顔となるべく人物は今回誰を推すのか?。

  そこも一つの大きなポイントとなろうか。

このような状況で、政局という場面として見るのは私自身今回が初めてとなる。

  政局における人間の行動。

そこで、誰が、どんな武器で、どのタイミングにそれを行使するのか。
大変失礼な言い方かもしれないが、私自身も大いに学びたいところである。






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2020年8月31日 (月)

結果を急ぐには

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


効果測定。

  要は結果はどうなのか?。

と言う検証が常に求められるのが、仕事人として当然のことである。

  結果を求められない営利企業は無いであろう。

そしてそれはその組織に属する人間が負うべき当然の責務であろう。
それでは、数値結果とはどのようなことなのであろうか。

  最終的には店舗の営業利益が店長としての総合評価であろうか。

しかし、その総合評価の前段階として、売上であったり利益であったり生産性であったりの数値結果が問われることになる。
そしてそれらの数値を出すためにいろいろな施策を打つのである。

  売上を上げるために単品を売ったりチラシを撒いたり。
  利益を上げるために荒利調整をしたりロス対策したり。
  生産性改善の為に工程を見直したり速度を計測したり。

そしてそれらの取り組みから基準が高められたり、売れる仕組みが整えられたりしてその成功した施策が取り入れられて継続していくことになる。

  そこで大切のなってくるのは如何に結果を効果的に測定するかということだ。

それには、その結果を出すための施策を変えないで継続していくことに尽きる。

  これを試してダメだから数日でまた別の施策に変えていく。

これでは中々その施策に対しての結果が正確に評価出来ないであろう。
その施策の結果をどう評価するかという問題は、同じ施策で継続してやり続けていくからその施策がどれほどの時間を要して定着し、それが結果として表出してくるのかという部分を検討する必要があるのである。

  結果を出すのにどれほどの時間を要してどれほどの効果があるのか。

この部分が測定されるなければ、それがその企業や店舗、又は個人の能力として加わらないであろう。

  結果はそう簡単には現れないものである。

簡単に結果が現れるのであれば、他企業や他人が簡単に真似出来るであろうし、おそらくその結果自体も早々に効力を失っていくものである。
それだけ、有効に機能する結果に結びつけるには、それ相応の時間を要するものである。

  しかしそれは変化への対応とは又別の問題でもある。

コロナ 禍によって売れる商品が変わってきた。

  これは有無を言わさずに変化に対応するべきである。

又、コロナ感染予防としてレジの透明シートを設置した。
これもこの状況においては即実行し対応しなければならない施策である。

  変化に即対応する部分と時間をかけて検証する部分。

しかし我々は変化への対応はすれど、時間をかけての検証は苦手である。

  しかし最終的には時間をかけて検証した者が勝ち残る。

要はいろいろ手を出すことによって瞬間的な結果は得られが長くは続かない。
結果として、いろいろ手を出すがどれも長続きせずに短命で終わってしまう。

  結果何も残らないという現実。

それが、結果を急ぐということなのである。
そして、やり続けることが一番の早道なのでもある



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2020年8月18日 (火)

信頼関係の発端

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


信頼関係。

  基本は人間同士の心の支え。

時として、個人の方が企業への信頼や店舗への信頼を寄せる場合も使用しようか。

  しかし人間と人間の信頼関係が主たるものであろう。

それでは人間と人間の信頼関係とはどのような経緯で生まれていくのであろうか。

  信頼関係にある人間同士の関係とは。

それは、友人同士、上司と部下、企業のトップとその幹部、仕事上の取引先、ママ友、等、いろいろな人間関係があろう。

  信頼とは問題解決能力のことだと私は思う。

自分にとっての問題や課題を、自分以上にそのことに対して解決能力のある人間に信頼を寄せてお願いすることから始まるのだと思っている。
それは、上記の関係のように、私生活での友達同士やママ友、企業内では上司と部下、トップと幹部、取引先と自分、というような関係の誰でもがその相手となりうるのである。

  特に仕事上での関係は企業人にとっては外せない関係である。

信頼を寄せて自分では解決できない問題を相手にお願いする。
お願いされた側の人間は、その期待を裏切らないという意図で相手に貢献する。

  この関係の積み重ねが厚い信頼関係の構築となっていくのである。

その初動においては、相手を巻き込むという行動が発生するのである。

  解決できない課題に対して相手を巻き込んで取り組む。

相手を巻き込むということは、相手に対しての信頼を寄せているという意図がある。

  その意図が相手に伝わるかどうか。

これは非常に重要なポイントであろう。

  ここに人間関係構築の術があるのではないだろうか。

いわゆる新入社員や人間関係が苦手な人間は、あまり人に頼らずに自分で解決していこうという行動をとる。
それが個人の問題であったり、個人で仕事をしているフリーランスのような方であればそれでもいいだろう。

  しかし我々店舗で勤務する人間はチームで仕事をする。

チームで売場を作り、流れ作業で一つの売場を完成させる。
売場作りだけでなく、そこにはに受け商品の整理や鮮度チェック、商品化と値付け品出しの役割分担等が発生する。

  事前に作業割り当て表に記載はされている。

しかし突発的な業務が発生する場面も多い。

  その時に自分で抱えるかパートさんに振るか。

自分でやるのは簡単だ。
誰にも頭を下げずに、信頼を寄せることなく、自分のペースで取り掛かればいいわけである。

それをその課題に対して自分よりも解決能力の高い(上手くできる)パートさんに対して、信頼を寄せて役割を分けることによって、そのパートさんはその信頼に応えようとしてその業務を引き受け、課題解決に貢献しようとする。

  信頼関係とはそのような瞬間から生まれていくのである。

部門のリーダーとなっていく過程の中で、上記のような信頼関係の構築無しには部門を背負うことはできない。
そしてそれをマネジメントという組織運営能力へと昇華させていくのがリーダーの役割であり仕事なのではないだろか。

  信頼を寄せる、寄せられる。

このお互いの関係が強い絆で信頼関係を結んでいる人間同士の関係であり、まずは信頼を寄せるところからスタートするのである。






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2020年8月15日 (土)

基本の進化

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


昨日は「導入」と「深掘り」を記した。

  https://app.cocolog-nifty.com/cms/blogs/600797/entries/92108674

導入とは基本の導入。
深掘りとはその基本を自ら掘り下げてその本質を自らの行動で体験すること。

  導入は他人の手によって導かれるもの。
  深掘りは自らの行動で手に入れるもの。

よって、基本の部分は一度は集合研修等で皆が同じ場に集まり、同じ指導を受けて基本を知識として理解すること。

  要は、企業としてのあるべき論を頭で理解することから始まる。

この業界で言えば、それが、「接客」「清掃」「品切れ」「鮮度」であろうか。

  これを私は基本の4Sと読んでいる(ロゴがあっているかどうかは別にして)

しかしこれもあくまでも理論上の基本4項目であり、これを知識として学んだからといって、自分の職場でコツコツとこのことばかりを永遠に実践しているわけではない。

  当然売場作りや業績対策等も同時並行で進めながら。

そして、上記の基本4項目は実践したからといって、即業績という結果に結びつくわけではないし、なかなか検証も難しいだろう。

  しかし経験すればするほど基本が重要と思えてくる。

そしてそれは、基本の実践をしっかり取り組んだから見えてくる経営の要諦であり、破綻していく企業はいずれも基本から崩れていくというのは業界の常識ともなっている。

  それでも業界内では基本の出来不出来に企業格差が存在するのも事実。

それは、基本に対しての導入と深掘りの関係が共通認識されていないからだと思う。

  基本を導入だけの表面上の知識として捉えているところに問題がある。

導入という知識、その後の基本を如何に深掘りしていくかという地道な継続と進化が、基本をその企業の文化として従業員のDNAの植え付けられていくかどうかが重要であろう。

  そして深掘りの為の仕組み化が進められていく。

そして試行錯誤しながら基本を実践に移し、店舗内で継続して実施していく為の日々の作業スケジュールに落とし込まれていく。
この連続がいずれ、従業員をして当たり前の日常の業務となっていくのである。

  これが定着していくと更に深掘りの段階へと進化していく。

例えば「接客」。

  当初は基本の用語や動作、笑顔や売場案内として取り組んだ。

更にそこから深掘りをしていくと、こちらから商品を探している様子のお客様に近づいていき、「何かお探し物はございますか?。」という会話となっていく。

また、「鮮度」

  商品自体の鮮度から陳列やくくりといった部分の鮮度追求が始まる。

商品のカテゴリー毎の縦割りを崩さず、更に鮮度感のある商品カテゴリー毎のくくりにこだわるようになり、鮮度への深掘りが始まる。

  基本が進化していくのである。

そして、進化した基本の過去の部分に関しては、その組織においてはされていて当たり前の基本となって過去形になっていくのである。

  基本の進化。

それも生産性との裏腹の関係でもある。
しかし従業員がその基本ができていることが当たり前として意識付けされてくると、必然的に生産性は高まり、更にお客様のお店への支持も高まり、不動のものとなっていくのである。








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2020年8月14日 (金)

導入と深掘り

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


今人材育成を考えて見ると

  「導入」と「深掘り」に分ける事ができようか。

導入段階では新入社員教育や年度別研修、職位別研修、そして副店長や店長研修がそれにあたるであろうか。

  どちらかというと集合研修において一方通行の勉強会。

入社時における企業内の挨拶の仕方から業界の勉強、店舗内の役割の勉強から、年度別研修ではチーフへ向けての仕事の仕方、部門別マニュアルのテスト等、そして職位別研修会ではその職位の役割、マネジメント、業績達成等の考え方と実践方法の勉強会という流れであろうか。

  入社にあたって、昇格にあたって、その役割に必要な知識の導入。

これが導入段階での教育となる。

  導入段階での勉強会はその本人にとっては一回きりの勉強会。

よって同じ研修会に何度も何度も参加することはない。

  理論と知識は一度きりの詰め込み式の教育法である。

導入とはこのような教育法であり、学校方式によって効率よく大人数の人間を一律に教育する手法であり、そこには一対一という関係は無い。
そして、最後は教室で学んだマニュアルであったり決め事であったりの復讐としてテストが行われ、今回学んだことの復讐と効果が個人ごとに評価されるのである。

  答えは一律に一つの回答が基本である。

一つの問いに対して、二つや三つの回答でも許されるということは決して無い。

  答えは一つ。

それが導入段階の教育法である。

  それに対しての深掘り。

これは教育法というよりは、導入に対しての取り組みと捉えるべきであろうか。

  導入の答えは一つ。

要は、導入とは答えが明確であり、誰もが一度勉強すると覚えられる内容であり、皆が同じ答えを解答しやすい内容なのである。

  よって例外も無い。

しかし、その導入を経て現場での実践をしていく中で、導入で学んだ事例が当てはまらないことの多さに気づいていくのである。

  導入とはワンパターンの事例を取り扱うもの。

しかし、現場で日々起こる出来事は千差万別。
ワンパターンなどどこにも存在しないのである。

  よってその状況に応じた行動と対応を求められるのである。

同じパターンの状況でも相場や競合、そして天候や曜日によって全く異なる対応をしなければならない場面によく遭遇する。

  その場に応じた対応が深掘りなのである。

深掘りと掘り下げれば掘り下げるほどに、いろいろな場を発見し、その場に応じた対応こそが成功への道につながっているのである。
そして、その深掘りとは、常に現場でOJTを繰り返しながら学んでいくことになる。

  それを学校形式では絶対に学べないのである。

一つ一つの状況が異なるからである。
更に深く掘り下げれば掘り下げるほどに、その深さは際限なく続くのである。

  これが商売の道というものであろうか。

しかしいつしか、深掘りを極めていくと、一つ一つが本人にとっては導入と同様に同じ回答にたどり着くようになっていくのである。
他人画から見ればそれは深掘りの奥深い知恵であるのだが、深掘りを極めた人間がその場に立つと、それは導入と同等の状況からの回答を引き出すことになる。

  深掘りした人間にとって過去は導入なのである。

そしてそれは本人にとっての基本と化していくのである。



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2020年8月11日 (火)

数値の良し悪し

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


よく部下と業績の話をする。

  「今の業績の良し悪しは何に由来するのか?」

当然、業績とは良い時もあれば悪い時もある。

  その業績の由来(理由)を明解に答えられるか。

突然店長から、業績の由来を尋ねられれば、一瞬は戸惑いもあるだろう。
常に業績に由来を頭に入れながら今目の前の業務をこなしているわけではないだろうから。

そしてどちらかというと遠慮がちな部下であれば、

  「相場が上がってますから」

青果の売上が好調な要因を外部要因として答える部下もいれば、

  「梅雨が明けて気温が上がりましたから」

と言って外部要因のせいにして現状の不振を嘆く部下もいる。

  ここでも「自責」と「他責」が登場してくるのである(笑)。

http://tetu-syoubai.cocolog-nifty.com/blog/2020/07/post-dc5c0d.html

業績面でも自己責任という内供要因が招いた現在の業績なのか、それとも外部要因に起因する要因からの業績なのかに分けて、できるだけ外部要因を持ち出すという姿勢。

しかし気温や気候、世の中の流れというものは他店や他企業でも同じ事である。

  にも関わらず自店だけが特異な業績。

そこには必ず内部要因からくる業績と見なければならないであろう。

  “内部の何がこの結果を生んでいるのだろう”

その視点が重要であり、自責という視点で内部を見つめ、そこから好調要因を探り不振要因を洗い出す。

  そしてその経験値が次への成功をもたらすのである。

その為にも、現状の業績の要因をヘラヘラと言葉に表して答えられる情報収集は常に頭においておく事が重要だ。
その結果として、店長やバイヤーからの業績に対する質問に対しての返答として聞き手に重要な情報を提供することになる。

  「野菜の相場を利用して競合売価を調査して対応しています」

という返答であれば、それによってもたらされた業績が今後の彼の相場高への対応を更にスピードを持って精度の高い行動をもたらし、相場高をチャンスに変えていく能力を身に付けていくのである。

  「気温が上昇してきたので、焼きたてから冷蔵のサンドに重点を移しました。」

そのことによって、毎年到来する梅雨明けへの対応力が身につき、サンドイッチの分野でのお客様の支持が秋から冬になっても維持できるお客様の認知度につながるのである。

  今の業績を自責を以って見る視点。

それはその段階では苦痛であろうが、いずれはその視点が長期的な成功をもたらすのである。






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2020年7月28日 (火)

世代間ギャップを乗り越えて

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


最近よく聞く言葉。

  「最近の若い連中は(溜息)。」

それが世代で言うと何歳から何歳ぐらいまでかは定かでは無い。
そして、それは主に店長職の人間から出てくる言葉に多い。

  時として部門責任者からの溜息もある。

おそらく、自分が若い時代に部門責任者として活躍していた時代は、と言う視点で言い放つ言葉ではある。

  よってかなり盛られた内容であることは想像に難くない(笑)。

自分もそうだが、大体自分が部下の立場の部門責任者であったりもっと若い担当者の時代の思い出話とは、辛い部分や成功した部分がかなり誇張されたものとして自分の思い出の中に美化された状態として燦然と輝く存在なのである。

  それを現在の担当者にそのままぶつけるのである。

ぶつけられた方はたまったものではない(笑)。

  「俺たちが担当の頃は上司の罵声など当たり前のことだった。」
  「俺たちが担当の頃は一日12時間なんて当たり前の事だった。」
  「俺たちが担当の頃は年末は徹夜で大晦日に備えたものだった。」

等々、事実でもあればそれがいつものことかと言えばそうでもなかったこともある。

  しかしいつしかそれが常態として自分の記憶に書き換えられてしまっているのである。

思い出話とは常にこのようなものである。
しかし、思い起こしてみよう。

  我々世代が20代の頃。

今の我々と同様に、当時の上司や店長からは、「今の若い奴らは‼️」と諌められていたのである(笑)。

  時代は繰り返すもの。

やはりその時代時代にある価値観が違えば、自ずと同じ環境においても世代によって行動も違ってくるものである。

  お酒を飲む世代と飲まない世代。
  日本酒を飲む世代とビールを飲む世代。
  何かにつけ酒席を持つ世代と持たない世代。
  
そこからして、価値観が違い、会話が違い、行動が違ってくるものだ。

  そこを同じ価値観を強要しても相手に対しての共感は生まれない。

それでは、この業界(小売業界)で同じ価値観を共有しようとすれば、それはどのようなことなのであろうか。

  それは「売るの楽しさ」と「売れる喜び」と言う共通項を持つことである。

どちらが優先か、どちらが先に共有すべきかは各々の獲得の仕方によるであろうが、「売る楽しさ」と「売れる喜び」は別物である。

  「売る楽しさ」とは、自ら率先して「売れる喜び」を追求するもの。
  「売れる喜び」とは、受動的結果的に「売る楽しさ」から得るもの。

商売として「売る楽しさ」と「売れる喜び」はこの業界においては世代間のギャップとは別に、どの世代においても同様に抱く感情であり、その感情は世代間ギャップを乗り越えて共有できる感情である。

  その共有こそが世代間ギャップを埋めるツールであろう。

そしてそれは、新人のパートさんから店長やバイヤー、時として企業トップに至るまでその感情は共有できるものである。

  これこそが企業を貫く一体化の要なのだと思う。

やはりこの感動は時代のギャップや世代間のギャップを乗り越えて共有すべき楽しさと喜びではないだろうか。






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