マネジメント

2020年1月27日 (月)

心が動く時

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


人間の心理。

  摩訶不思議な人間の感情であろうか。

人はまず心で決定してから行動するものである。
危険を察知して咄嗟の行動に出る時も、時にはあろう。

  しかし仕事上での行動は意思が先に立つ。

ある程度の経験を積むと、条件反射のように「このような場面では」→「こう実行する」というような場合もあろうか。

  しかし悩んだり迷ったりしたときには自分の意思決定が先行する。

それでは、その意思決定において何が基準となるのであろうか。

  「今までの経験から明日はこれだけの数量があれば足りる」

そう意思決定して、その単品の発注数量を決定する。
また、ある場面では、

  「この場所で売るのだからこれだけは必要」

一番売れるピカイチの場所で売り込むことを決定したので、それに応じて数量を決定する。
更には、

  「全店1位を目指すからこれだけの数量は必要であろう」

そう意思決定すれば、更に発注数量は増加するであろう。
そう考えると、意思決定において比較対象が出てくると、比較した相手が基準となってくるものである。

  目標管理がいかに重要かが理解できる。

そして同時に、その目標の存在と同時にそれを後押しする他人の存在も見逃せない。

  「全店1位を目指すにはこれだけの数量が必要だと思うよ。」

そんな言葉を他人から聞いたら、その数量は大きな意味を持つことになる。

  そう考えると人間関係がいかに自分に影響を与えるか。

上司は同僚からのアドバイスや指摘、そして支援がいかに大切か。

  しかしそれを「支援」と受け取るか「余計なお世話」と受け取るか。

ここに自分の意思決定への影響度が大きく異なってくるのである。

  支援と受け取ればその言葉は大きく影響を持ってくる。

しかし余計なお世話と受け取ってしまえば、聞く耳を持たない雑音でしかない。

  よくある話である(笑)。

しかし、その雑音と思えたアドバイスを同時に異なる2人の人間から言われたならどうだろうか。

  1人より2人の同じアドバイスは意味が大きい。

何も連動しない2人からの同時アドバイスは、本人に取っては絶対的な言葉となって心に入ってくるものである。

  例えば、「上司」と「同僚」からの同じアドバイス。
  例えば、「友人」と「親族」からの同じアドバイス。
  例えば、「先生」と「校長」からの同じアドバイス。
  例えば、「監督」と「担任」からの同じアドバイス。

等々、いろいろな場面で想定できるであろうか。

  それだけ他人という存在は大きいもの。

特に、同じことを時を同じくしてほぼ同時に言われたなら、その言葉は絶対的に自分の意思決定に大きな影響を与えるであろう。

  人間の意思決定。

それは他人を説得する上でも大きな影響力を持つということである。








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2020年1月24日 (金)

社内競争

皆さん、こんにちは。
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競合対策。

  競合激化の中において競合店への意識は高まる。

そして、このような競争店の出現が砥石となって、企業自体店舗自体が磨かれていくことも事実である。

  しかし社内に目を向けるとどうだろうか。

社内での競争意識が従業員のレベルアップに寄与しているのだろうか。

  要は社内競争がどのように機能しているのだろか。

そう考えると、現代の社会環境の中においては競争という言葉はスポーツの世界にのみ許される言葉になってしまったように思える。

  しかし成長企業はどこも健全な社内競争を導入している。

それは必然なのか偶然なのかは別として、社内での競争の下に出世が決まり、収入が決まり、未来の仕事や立場が決まっていくのである。
そんな社内競争の中から個人個人の成長があり、その結果からの店舗の競争力が高まっていくのである。

  現代はなんでもパワハラの時代(笑)。

組織内での競争となると、以前はごく普通に組織内で行われていた構図であったが、現代は組織内での競争原理を導入することはそれがSNSで広まり、パワハラと罵られ、いずれ組織内がなぁなぁの妥協の空気が蔓延っていくことになる。

  それでも成長企業には社内競争が行われているのが事実である。

よって、社内競争という原理を導入している企業はますます他企業と比較しても企業内の競争意識が高まり、結果として個人個人の成長につながり、組織自体や店舗自体の競争力が高まっていく。

  その結果としての競合店との競争力向上。

思えば、人が成長する機会とはどのような場面であろうか。

  それは他者との競争を通した競争原理に触れた時。

自分に勝つ、とばかりに受験勉強や就業してからの自己啓発だけで本当に成長しくのであろうか。
それ以上に、他者や他人との競争意識がいつの間にかより効率的に自己啓発を誘発し行動し、そして無意識のうちに自らを成長させていくものである。

  競争とはそのような環境を自然に醸成させてくれるもの。

そしてそのような環境に身を置くことで、人間は必然的に他人に負けまいとする競争意識を身に付け、自己啓発という心理が生まれ、行動し、磨かれていく。

  その中から健全は競争心が醸成されていくのであろう。

健全は競争心。

  それは競争を楽しむということだ。

競争に振り回されることではなく、競争という環境にあってゲームをするかの如くに競争によって知恵を出し競争に勝つ技術を身に付け、いつの間にかその競技やゲームにおいての必勝パターンを身につけていくのであろう。

  それは決して働き方改革からは身に付かない技術である。

そんな競争環境に自ら飛び込んでいく。

  それも必要な自己啓発なのかもしれない。





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2020年1月18日 (土)

効率と効果

皆さん、こんにちは。
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我々業界でもよく使われる言葉。

  「効率」と「効果」。

効率的に仕事を行う。
効果的な仕事を行う。

  なんとなくそして区別なく使用してきた「効率」と「効果」。

しかし、その使い方とその裏側には絶対的な違いがあるのではないだろうか。

  効率的に仕事を行う。

これは、同じ売場を作るのに、より短時間で売場を作るためのオペレーションの開発等を意味する。
要は同じ作業量をより短時間で行うという意味。

  効果的な仕事を行うとは。

これは、同じ作業量でより高い売上を上げるという意味。

よって、効率を高めるということと効果を高めるということでは全く異なる仕事へのアプローチをしなければならないということである。

  効果と効率。

なんとなく同様の意味で同様のアプローチを意図して使ってきた言葉であるが、その違いは明確である。

  そして我々の業界ではどう考えればいいのであろうか。

まずは我々自身が効果的な仕事の仕方を身につけているかどうかが大きな課題であろうか。

  要は「売れる売場」を実践できるかどうか。

ここは商売人としての基本中の基本であろう。

  これを蔑ろにして、効果的な仕事は無い。

売れる場所で、売れる商品を、売れる売場で、売れるタイミングに、どこよりも売り込むことができるか。

  その絶対数量を高めていくこと。

その根底にあるのは、売り込むという強い意志から始まり、その意志によって売場計画から仕入れ製造陳列を部門というチームマネジメントを駆使して作り上げるという技術を身に付けること。

  そして絶対的な数量を売り込む技術の延長線上に効果的な仕事が存在するのである。

絶対的な技術が身についたなら、そこから同じ人時でという固定された環境でより効果的な仕事を身につけていくことである。
そこには、絶対的な技術があるからこそ、そこから選別された効果的な仕事が抽出されていくのである。

  同じ人時ならどちらが売れる売場作りとなるか。

限定された環境で、より売上の高い売場を実現できるかという、より効果的な仕事という領域に入っていけるのではないか。
そして、より効果的な仕事が身につけられた後に効率という領域が待っているのだと考える。

  しかし効率という言葉を出すということのリスクは高い。

それは、効率とい言葉の裏側には、「これ以上売上は上げられない」という諦めの意志が隠されているからである。
この、諦めの意志が、効率という領域への移行を図り、全く別の思考を取り入れていくのである。

  売上という効果を限定したときの効率化。

同じ売上ならば、どちらの作業の方がより短時間で同じ売上をあげるだけの売場を作れるか。

  要は同じ売場を作るのに効果的なオペレーションはどちらか。

その選択の連続が、より効率的なオペレーションを開発し取り入れていけるのである。

  それでは、どちらを優先すべきなのか。

効率的に仕事をする。
効果的な仕事をする。

  これは永遠の課題であろうか。

但し、一つだけ言えることは、上記に示した流れを企業も個人も理解できていることが大きな強みとなることは間違いない。

  よって最後の効率的に仕事をするというところまで結論を持っているかどうか。

その有無が競争力なのだろうと思うのだ。







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2019年12月30日 (月)

なりたいとい環境

皆さん、こんにちは。
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先日、朝のラジオを聞いていたら面白い話題を放送。

  先生も人材不足の時代。

いろいろな業界が人材不足に陥っているが、もはやそれは先生とて例外ではないという。

  それは先生を目指す教育学部の学生から顕著であるという。

学校の教員になるには大学の教育学部等に入学し、そこで教員試験を受け合格する必要があるが、教育学部の学生自体が教師を目指して教員免許を受ける学生が激減しているという。

  よって先生になりたいと思える環境作りが必要であろう。

それがラジオの解説者とMCのまとめであった。

  “どこも同じ悩みを抱えているんだなぁ〜”

思わず大きく頷いてしまった(笑)。
別に我々小売業の問題だけではないとは思っていた。

  建設業界、海運業界、外食業界等々はそれ以上か。

しかし、教員を目指す若者も激減しているというのは初耳。

  モンスターペアレンツ。

業界ではそんな言葉も耳に入ってはいたが、それでもそれはごく一部の話であると認識していたが、それだけではない学校の先生という職務の中身。

  夏休み冬休みが長いというメリット。

それだけでも学校の先生は自由な時間が多いのではないかというイメージ。
しかし部活の担任ともなると休日の部活への奉仕。

  そんなジレンマもあるのだろう。

そのような負のイメージが先行して、教員になりたがる学生が減少しているというような解説であった。

  教員がいなくなったら学校はどうなるのだろうか?。

地域に生徒が少なくなったらから閉校して他の学校と一体化したという話はよく聞く。

  しかし教員が少なくなったから閉校したという話はまだ聞かない。

しかしこれからの時代、上記のような話がどんどん出てくるのであろうか。
それは日本の教育のあり方や学校制度を根幹からゆるがす問題ではないのだろうか。

  特に小中の義務教育の学校。

それら基本的な学校制度が維持できないというジレンマ。

  これは由々しき問題だ。

これは生徒や児童たちも学校の先生の立場がわかってきたから、その存在自体を舐めてかかっているのかもしれない。

  自分が叱られる。

それに対して学校や先生自体も親や教わる立場の人間への配慮等に気を使いすぎて、無用な配慮が重荷になっているのではないのだろうか。

  学校の先生になりたい。

それは我々業界が、「スーパーの店員になりたい」と思ってもらえるような存在になることと同様にそんな存在になって欲しいと思うのである。

  それらの積み重ねがいずれ輪廻転生によりこの業界へもめぐってくるのであろう。




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2019年12月25日 (水)

コミュニケーションの種類

皆さん、こんにちは。
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コミュニケーションというとお互いの会話を想像してしまうもの。

  基本はリアルに面と向かって会話をすることが重要ではあろう。

そこを疎かにするから、言いっぱなしヤラセっぱなしとなり、徐々に意思の疎通がなくなり、お互いに余計な事を想像して心が離れていくものである。

  リアルな会話はそこを修正する最大の効果があろう。

しかし常に自分がリアルにそこに立てるか、存在できるかというと難しいものがある。

  例えば販売員とお客様との関係。

マネキンさんがお客様とリアルに会話しながらコミュニケーションをするときほど商品が売れる時はない。
売価が特別に安価な特売日は例外であろうが、通常売価で販売する時はそのリアルがコミュニケーションが最大の武器となる。

  しかしマネキンさんは特別な場合に限る。

普段は、売場に一方的に商品を陳列し、何も知らないお客様はその日の売場を見て心に響いた商品を購入するか事前に心に決めてきた商品を購入するか。

  そこにリアルなコミュニケーションは皆無となる。

その皆無なコミュニケーションを補うのが「コトPOP」である。
それは単なる商品説明や売価の表示という要素だけではない。

  「もう一人の自分の存在」。

それがコトPOPとなり得るのである。
よって、販売者側からすれば、お客様とリアルなコミュニケーションは取れないが、もう一人の販売員が常にそこにいてお客様nメッセージを送り続けるのがコトPOPであり、そのコミュニケーションによりコトPOPと会話したお客様の何割かは、その会話により商品を購入するのである。

  そこには0%の可能性が数十%にまで拡大する能力を秘めている。

先日の冬至でも、ある方が作成した冬至用のコトPOPを付けて販売したのだが、昨年以上の反響となり大きく数値を伸ばした経緯がある。

  それも立派なお客様とのコミュニケーション。

また、従業員とのコミュニケーションでも、常に自分がリアルに大勢の方と面と向かってコミュニケーションを取れる環境にない場合が多いであろう。

  その一つのツールが掲示板となる。

誰もが通る、バックヤードの通路。
そこに掲示されるものは、大抵が従業員が目にするもの。

  その掲示板をどう活用するかで店内の風通しの有無が現れるのではないだろうか。

そして風通しの良い組織の掲示板は常に入れ替えが行われている。
常に入れ替わりがあるから、従業員もまめにその掲示板に目を通す。

  そこからコミュニケーションが始まるのである。

あくまでも掲示板という性格上、一方通行はやむを得ない。

  しかしそこからリアルなコミュニケーションに移行する場合も多い。

その掲示板を見た従業員が近くの店長やチーフと再びリアルに会話する姿は頻繁に見られるものだ。

  大切なのは常に変化していく掲示板。

それは前述のコトPOPと同様の性質のものであろうか。

  自分の分身がそこにあるというリアル感。

それが実現されれば、リアルであるかどうかは問題ではなく会話が成立するのである。








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2019年12月20日 (金)

外食チェーンの働き方改革

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


先日のガイアの夜明け。

  外食チェーンの「大戸屋」の働き方改革。

今年4月から施行された労働基準法の改正により、月の残業時間の上限が、月間45時間(原則)、年間360時間(原則)となった。
但し、これは大手企業における規定であり中小企業においては2020年の4月からの施行となる。

  何れにしても後の無い話ではある。

その労働時間に対して、外食チェーン大手である「大戸屋」の実例を基に今回のガイアの夜明けは特集を組み放映していたのである。

  労働時間に関しては外食は我々の比ではないであろう。

もともと人不足は外食業界から発したものだと思う。
それ以外にも、長距離運送のドライバーや建設業、海運業等、林業、農業等どちらかといえば第一次産業が深刻ではあったのだろうが、サービス業においては外食が真っ先にその辛酸を舐めることになったのだろうと思う。

  そんな中での上記の労働基準法の改定と外食チェーンの対応。

しかし、働き方改革と言えども、これは法改正であり有無を言わさずの強制執行である。
そしてこれに違反すれば、その管理監督者の責任が問われることになるのだ。

  我々の場合の管理監督者とは「店長」そのもの。

しかし、今回の外食チェーンの場合には「店長」(大戸屋の場合は店主と命名されていた)も使用者としての位置づけであった。
よって、各店の店長の残業時間が大きな問題となって取り上げられていた。

  月間平均70時間オーバー。

そんな残業時間がザラであった。
そこで、今回は3人の店長の事例が取り上げられていたのが非常に対照的で面白かったのである。

  一人目は「大戸屋戦士」。
  二人目は「リアル戦士」。
  三人目は「否定的戦士」。

ちょっと意味不明な表現であるが、一人目から説明していくと、仕事命で残業大好きの大戸屋戦士である店長である。
仕事が生きがい、お客様に出来立ての大戸屋の食事を提供し喜んでいただけることが何よりの自分の生きがいでありそこで日々命を削りながら働く自分が好き、というタイプ。

二人目は、仕事も大切だがそれ以上に家族があり家族の暮らしがありそれを支える自分の収入としての店長の仕事を考えた場合に、リアルに実収入が減ることに対しての疑念を持ちながらの残業削減に取り組むタイプ。

三人目は、一人目とは真逆で残業時間削減には大賛成で自分の体を壊してまで残業にて企業貢献することが本意では無く、自分の仕事以外の時間も大切にし人生を豊かに暮らしていくことを優先するというタイプ。

  これらの三人の姿を通して残業問題をどう克服していくか。

このタイプの異なる店長を通して、自分にとっての働き方という根本の問題を捉え直し、法令遵守という立場、企業戦士という立場、そして企業から離れた私人としての立場からの働き方の改革とその後に訪れるそれぞれの店長の新たな世界が、今回のガイアの夜明けの見どころであったろうか。

  現在の大戸屋の社長ももともとは大戸屋の企業戦士。

当時は右肩上がりの時代であるから、やればやった分だけ売上に貢献でき自分の給与も右肩上がり、職位も右肩上がりであったろう。
そしてそんな時代を駆け抜けてきた企業戦士たちが現在その企業のトップとなって活躍しているのである。

  そこに大きな価値観の異なる働き方改革という壁が立ち塞がる。

そして更に仕事に対する考え方の異なる店長がそれぞれの価値観に照らして法令の月間45時間の縛りをどう捉えていくのか。
非常に興味を持って見ていたのだが、意外や意外、リアル戦士の残業代を減らしたくない店長が部下教育を開眼し、今まで自ら残業してまでやっていた仕事をどんどん部下に落とし込んで部下育成を図っていたのである。
最後は、否定的店長の下へ自分の部下を応援に出すなど他店舗への支援も快く引き受ける度量の広さを持つようになった。

  そんなリアル店長の下へ社長が訪問する。

そして残業削減に貢献している彼に言った。

  「努力して残業削減した人間が単純に収入源になるような制度には絶対にしないから」

そう言って、彼の肩を叩いて激励していたのが印象に残ったのである。

ちなみに、最後に大戸屋の11月の業績までもが掲示された。

  11月売り上げ前年比98%。

消費増税にて外食チェーンはどこも厳しい数値が続いているであろう。

 「残業が削減される一方で売り上げは道半ば」

そんな結びの言葉であったが、売上減の最大要因は消費増税であることは間違いないと思うのだが、それを敢えてこの場に持ち出さない大戸屋、そしてその社長の潔さにも心打たれる放映であった。








  

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2019年12月 9日 (月)

与えられた器

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


我々は与えられて器の中で仕事をするものである。

  与えられた器とは?。

それは、店舗の店長であれば、店舗が器であろうか。

  よっていくら自らの力量があろうともその器を超えることは出来ない。

器としての店舗の立地や売場面積によってある程度の売上が決まり、それに応じてそこに従事する従業員の数も定まってこよう。
その器を少しづつ広げていくのが、そこに赴任した店長の使命であると言えよう。

  そしてそれ以前に我々は企業内の従業員でもある。

よって、その企業の器と言う入れ物の中で販売活動をしてその技量を磨いていくものである。
そして言えることは、企業毎にその販売活動に対する考え方の違いから、従業員の技量や技術に対してもその評価基準が異なってくるものである。

  業績重視なのか。
  過程重視なのか。
  売上重視なのか。
  利益重視なのか。
  
業績一つとっても、上記のようにいろいろな業績や数値が存在し、企業毎にどの数値に重点を置いて従業員を評価するのか、従業員を教育していくのかも千差万別なのではないだろうか。

  それは企業という器が人間を決めると言うことである。

Aという企業とBという企業。

  同じチェーンストアとしての小売業。

しかし、Aという企業で就業してきた人間は、そのAという企業内において能力を磨き評価されてきて店長が、Bという企業に転職して同様に評価されるかというと、それは全く異なるのである。

  それが器の違いである。

それだけ、その器毎に従業員の仕事の仕方が違い、評価制度も違い、そこから来る従業員の思想、思考、そして行動も違ってくるものだ。
もしかすると、A社に入社した人間が同様にB社で成功するかというとそうではないし、また逆もあろう。

  よって大切なのはその器の中での自分の能力の限界を知ることだ。

当然、当面はその企業に入社し、その器の中でもこの業界に馴染み、理解し、そこからこの業界での実力を養成していくのであるが、その器が全てではないということをどこかの場面で知る必要はあろう。

  それが転職なのか合併なのか研修会なのか。

それはそれぞれの人間の巡り合わせなのかもしれない。
私も転職組であるから、その器の違いからくるギャップには当初相当悩んだ時期もある。

  しかし逆にいうとそれによって自分の幅を広げることが出来たのも事実。

企業内で実力を磨き、企業内で自分の地位を高め、企業に貢献していく。
そんな企業内の中で人生を磨いていくことも大切である。

  しかしその器から飛び出して見える世界を知ることも大切である。

それによって自分の人生が更に拡大していくことは間違い無いことだと思うのだ。








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2019年12月 8日 (日)

店長のマネジメント考察

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


今日は日曜日。

  芸能ネタの日(笑)。

とは言うものの、ここに来てネタ切れ。

よって普段から感じている食品スーパーの店長としての仕事を考察してみたい。

  このブログの最大のテーマがここにある。

私が思う「店長のマネジメント領域」とは?。

  1「商品マネジメント」
  2「人材マネジメント」
  3「競合マネジメント」

上記の3カテゴリーが店長がそのマネジメントリーダーとなって影響力を行使する領域であると思っている。

  まずは「商品マネジメント」

これは自店で品揃えをする商品に対するマネジメントであろうか。

  店内で商品に関わる一切のマネジメントとなる。

品揃えからレイアウト、そして52週毎の販売計画等である。

  次に「人材マネジメント」

これは上記の商品マネジメントに対して、そのマネジメントを実務で行う人材の採用から教育、そして商品発注、入荷からの仕分け、品出し、そして閉店までに行う売り切り等を実務として行う人材のマネジメントである。

  最後は「競合マネジメント」

もはや現代の小売業の環境において競合店の存在無くして自店の業績を語ることは出来ないほど、我々の業績は競合店が握っていると言っても過言ではない。

しかし、一度競合店に出店されたらそう簡単に競合店が撤退することはないだろう。

  要は永遠に競合店と付き合いながら業績改善を図っていくことになる。

よって、一番近い競合店が一番効果の高い競合対策となるであろう。

現場という最前線で、店長というリーダーとして直接お客様と接しながら、自店の商品の品揃えを自店の人材が発注、商品化、陳列技術を駆使してお客様に提案し、競合店との差別化の中でお客様の支持を獲得しながら業績を達ししていく。

  それが我々店長に与えられた使命であろう。

このように、企業によって与えられた資産とは「商品」「人材」そして試練として与えられた「競合」との切磋琢磨によってマネジメント能力を鍛えられていくのである。

  自店として各部門をどのように位置付けていくか。
  その役割をどのようなカテゴリーで鮮明にするか。
  そのあるべき姿の維持の為にどう人材を育てるか。
  その人材が基本を維持しあるべき売場を維持する。
  それらの土台の上に競合との差別化が可能となる。

それらのストーリーを如何に店長として描き、自店のあるべき姿として実現させ、その維持を図れるか。

  ここに店長としての存在価値があるのだと思う。

店長としての役割とその使命。

  その使命を果たす為に「商品」「人材」「競合」をマネジメントする。

そのマネジメントとは、3つのカテゴリーに精通し、その上でこの3つのカテゴリーをリンクさせ、お客様の支持を高めていく。

  その結果としての業績。

今回は大雑把に店長としてのマネジメントを3つの要素に分けてその概要を記載してみた。
そして、徐々にそのカテゴリー毎の詳細に入って行ってみたいと思う。





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2019年12月 3日 (火)

あるメーカーさんとの会話から

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


先日、あるメーカーさんと会話した。

  何度から単品量販で打ち合わせをしてきた仲。

次回の単品量販に置いての展開場所や数量、それに伴う媒体関連の打ち合わせをした。

  そしていつしか52週の販売事例の話になった。

52週の販売事例に関しては、自分なりにスタートしてからもう何年になるだろうか。

  Windowsの過去のExcelでは2010年の3月から第1週として正式にスタート。

この時は全部門でダイジェスト版の反省を残しているから相当ハードルの高い52週MD計画と反省を残してきたのである。

  この初年度の52週MDの取り組みは相当辛かったことは今でも記憶にある。

当然、初年度での取り組みであるから、その継続すると言うこと自体が相当キツかったのである。
それが9年の時を経て、今ではそれが当然のルーティン業務となり、1週間の行動パターンはこのルーティン業務を中心に回っていると言っても過言ではない。

  それを通路の掲示板に貼って取り組み事例として掲示。

先日の青果の研修会でも多くの方がその事例を見ていかれた。
上記のように当初は全部門でダイジェスト版を作成していたが、それは初年度だけに留め現在では1週間ごとに店長として1枚にまとめてExcelで作成し日報としても提出しているものである。

  通路にはその他に各部の取り組み事例を写真のみで掲示。

よって、私の店舗としてのまとめと各部の写真2枚づつの掲示であるから結構華やかな通路となっている。
それだから、外部の方がバックヤードから来店されると目立つのであろう。

  そしてそのメーカーさんともその話になった。

「よく継続できますね。」

  「もう慣れたよ(笑)。」

「凄い資産ですね。」

  「毎回与件が変化するからね。」

確かに毎年外部与件は変化していくものだ。
先日のボジョレーヌーボーの展開だって、年々縮小均衡に陥っている。

  取り組み当初の2010年は今年の5倍以上の物量を展開していた。

それもワインという文化の定着による外部与件の変化であり、逆に言うとそれが年末商戦やクリスマス商戦の単品の展開にも変化が出てきているのであろう。

  52週をメーカーさんはどう取り入れるべきなのか。

立場を変えてそう考えてみた。
メーカーさんの立場としては、一つは52週毎のイベントに対してどう単品なりカテゴリーで提案できるかという視点と、単品をどのような流れで量販し、そこから定番で安定した商品回転をさせられるかという視点で52週というよりはトレンドとしての活用法があるのではないだろうか。

  特に大切なのは定番強化。

それは我々も定番強化は必須項目であるが、メーカーさんにとってはそれが死活問題となるであろう。

  如何に自社ブランドを地味な定番で回転させられるか。

その為に、第1週ですべきこと、第2週ですべきこと、更には第3週でどう変化させ、第4週で如何に定番に戻していけるかというストーリーを描きながら52週というスタンスで定番強化を図れるかという視点が重要になってくるのではないだろうか。

  そしてそれはバイヤー目線でもある。

特にグロサリーバイヤーの最大の仕事は定番強化だと思っている。

  定番売上8割を占めるグロサリー部門。

よって、自社の定番の回転率を高めることがより安定した売上と荒利を稼ぐことに直結するのである。

  そこはメーカーさんとの共同作業となるのであろう。







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2019年11月29日 (金)

仕事のスピード

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


仕事のスピード。

  誰もが目指したい仕事のスピード。

作業が早い。
行動が早い。
提出が早い。
帰宅が早い(笑)。

  スピードにもいろいろな要素があるだろう。

作業が早いと言うことは、品出しであり製造であり発注であろうか。
行動が早いと言うことは、行動のスタートや動き出しが早いと言うこと。
提出が早いと言うことは、上司に対しての計画や反省の提出が早いこと。

  帰宅はその結果としての一日の仕事が早い(予定通り)であることだ。

そうやって、仕事のスピードが早いと言うことは人よりも優位性が保たれる事になる。

  仕事のスピード = 手抜き・適当 

と言うことではない。
当然に、完璧と言うことではないがしっかりとした仕事の把握からの行動であり作業であり、そこからの結果が業績にしっかり反映していることが前提となる。

  仕事のスピード = 業績という結果。

これが=となる人間の方が圧倒的に多いということも言えるのではないだろうか。

  経験上100%そうとも言い切れないが、やはり=が多いと思われる。

それはどこからきているのであろうか。

  未来が見えることが第一であろう。

大きく言うと、仕事全般が見え、更に将来的にどのような状況になるであろうかと言う予知が的確であるが故に、今現在の仕事の精度が高く、その後の修正がなく、行動に無駄が無いと言うことが第一であろうか。

スピードとは仕事の精度の高さの表れなのである。

  まずは自らの仕事の未来を予見する力。

その力が優れているから、的確な発注数量を決定でき、そこから適正な仕入れ量が入荷し、適正な労働時間で入荷商品を収納、製造、品出しが可能となり、余分な商品整理の時間がなくなる。

  次に結果を予見する力。

この力によって、上記の行動全てが的確で効果的に業績に結びつくのである。
途中での軌道修正も最小限に留まり、効果的な結果が予測通りに出せるのである。
だから、その後の行動も的確に取ることが出来るのである。

  最後はその結果からPDCAを回し次への効率を高めるのである。

その連続が益々効率的な仕事を可能にし、同時に好結果となって跳ね返ってくるのではないだろうか。

  店長としてリーダーとしてその循環をどう回していくか。

それは全て、自らの仕事の循環を把握することにある。

  商売に52週と言う循環があるように。

自分の仕事を、1年、1ヶ月、1週間、1日の循環で、どう無駄のない仕事を回せるか。

  この周期でのルーティン業務もあろうしアクシデントもあろう。

まずはルーティン業務を効率よく取得し、更にアクシデントに対しては前向きに自らのチャンスのありどころをどこに見出すかが大きなポイントとなるであろうか。






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