マネジメント

2018年6月19日 (火)

深刻さを増す人材不足

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


てっちゃん会の話題。

  人材不足。

今や人材不足に悩まない企業は皆無であろうか。
そういう意味でも、同業他社の人材採用状況も詳細に把握できるのはこの会の良さでもあろう。

  自社が直面する人材不足。

しかし、情報交換しみると、自社の悩みなど足元にも及ばないほどに他社の人材不足は更に深刻な状況に陥っているようだ。

  店長が青果主任を兼務。
  店長が開店前の魚調理。

このような店舗の存在に驚かなくなったというコメント。

  要は、青果や鮮魚部門にチーフ不在ということ。

パートさんのみで運営したり、チーフでは無い社員のみの存在だったりという店舗があるということらしい。

  もっと言うとそんな店舗が当たり前になりつつあると言うこと。

流石に当社も人員不足ではあるが、生鮮の担当者は不在でもチーフは各店に1名はいる。

  チーフ休日の場合のみ他店舗からの援助が入る。

よって、私が鮮魚に入って品出しをするのは、決して人材不足からではなく、鮮魚部門を担当する店長として、鮮魚の課題改善を目的とした入り込みである。

  これが他社では人員不足のシフトへの組み入れとなる。

この違いは大きい。

  シフトだから簡単には抜けられない。

店長本来の店舗全体からの客数対策、競合対策という視点で自店の売場を見ることができなくなるということだ。

  そこは店長次第。

だから、目の前の仕事を優先するあまり、本来の店長の目的である自店のお客様対策や競合対策にたどり着けない(たどり着かない)店長も存在しよう。

  “今日も1日お疲れさま”

そう自分にご褒美をあげて1日を終了する店長も出てこよう。

  自分がそのよな立場なら不安になってくる(笑)。

店長にだって休日はあるのだから、店長不在の日も存在はしよう。
しかし、店長が常に部門の刺身担当や品出し担当としてのシフトに組み入れられてしまったなら、店舗全体を見ることなしに日々が経過していく。

  競合店の状況確認することなく日々が経過。

結果として気づいたら青果の価格で完全に負けていた。
その他、自店の食品の棚が欠品だらけで競合店にお客様が流れていた。
または、生鮮の冷蔵ケースの上や棚の上が埃で真っ白になっていた。

  等々、価格のみならず接客、清掃、品切れの基本の乱れ。

そんな状況にいつしか陥ってしまうものだ。
それでも日々の背に腹は変えられない。

  売場に商品が出ることが最優先。

以前であれば、生鮮は生鮮で完結させ、店長はグロサリーの品出し程度を担ったり、レジの応援に一時入ったりするということはあったが、店長自身が包丁を握って魚を捌く作業に入ることも珍しく無いという話を同じ同業者から聞かされると、自社との差がはっきりとわかってくる。

  “自社の人員不足などまだ可愛いものだ💦”

そうやって安心してしまうのも困りものだが。

  そしてそれによって夕方の売場がボロボロの状態もあるという。

人がいれば、売場が維持され、売上も落とすことなく対応できる。

  それは、今後一番恐れなければならない事態であろうか。

売上が損益分岐点を超えられずに、やむ無く閉店へ。

  それ以上に自社の基幹店舗へ人材を集中。

そんな選択肢を用意しなければならない時代になっていくということだろうか。






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2018年6月 6日 (水)

惣菜強化への課題

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


ここ数年来伸びてきた「惣菜」部門。

  その伸びが止まってきたような。

なぜか?。

  品揃えに変化がなくなってきたせいだろうか。

今後、ますます需要の高まりが期待せれる惣菜。

  しかし惣菜ほど人材を要する部門でもある。

発注して並べるだけの部門ではない。

  発注〜入荷〜準備〜製造〜陳列〜売り切り。

この過程すべてに惣菜部門の人材を要するのである。
それも、ある程度手慣れた熟練された人材でなければ、その複雑な工程を手早く効率よく行えないのである。

  入社して一年は要する。

それが惣菜であり、ベーカリーであり、刺身や肉類の調理加工である。

  それらの人材が常時修業していることが前提となる惣菜の強化。

しかし、現実には惣菜の人材も集まりにくく、入れ替え入れ替えの連続のお店もあろう。

  企業やバイヤーの想いがお店に反映されない。

このジレンマに陥っているのも惣菜やベーカリーの現実ではないだろうか。

  ベーカリーはまだ興味深い部門として人気。

しかし、惣菜はどうやら最近の簡便志向も手伝ってか、実際の仕事となると敬遠する方が増えてきているようだ。

  かっては一番とっかかりやすい部門だったのに。

それも40代以降の主婦の傾向なのだろう。

  人材採用 = 部門強化。

惣菜ほど上記の方程式が当てはまる部門もなくなってきた。

よって、上記の方程式が整えば、毎日の弁当やおかずパックの充実と変化も出しやすいが、経験が少ないパートさんを抱える時ほど、日々の品揃えのマンネリ化に陥りやすいといえよう。

  人材がすべて。

これはどの企業も同様であるが、特に、ベーカリー、惣菜は極端だ。

  やはり理想は誰がどこでもこなせるシフト。

この方程式が成り立てば、お互いにパートさん同士がフォローし合い、チームワークも深まり、継続的に就業する環境が整い、変化への対応も容易になってくる。

しかし、どの部門よりも、惣菜、ベーカリーに関してはこの方程式を確立するには時間を要する。

  作業工程の複雑さ。

単純に盛り付けるレベルの作業ではない。

  一品一品の弁当の中身が異なり、材料も異なる。

これらを数十品、中身を暗記して商品化を図る。

  それが、弁当だけではない。

おかずパックしかり、寿司しかり、冷惣菜しかり。
弁当によってはカツ丼のように、他者の役割の仕事に委ねる商品も多い。

  惣菜ほど人材。

そして、それが今後はますます需要が高まっていく。

  惣菜ほど余剰的に人材を投入すべき部門となろう。









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2018年5月23日 (水)

口コミの重要性

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


口コミ。

  これをバカにしてはいけない。

口コミの効果はいたるところで発揮されている。

  鮮度が良い、悪い。
  価格が安い、高い。
  接客が良い、悪い。
  欠品が無い、多い。

来店されて感じたこと。

  特に女性達には口コミによって評判が加速度的に広まっていくもの。

よって、ここ一年ほどは口コミによるお店の評判を大切に店舗運営をして来たつもりだ。

  なぜか?。

口コミで来店客数を増やす。
口コミで鮮度品質を広める。
口コミで働きやすさをPR。

  自店の評判を口コミで広め浸透させていく。

口コミとは明確にチラシに反映された価格や商品、募集の時給等が反省されない為、どのような口コミが有効なのかで効果が出るのかも見えなかったが、最近ようやくその効果を肌で感じることができるようになってきた。

  それはお客様の声から感じることができる。

お客様の声?。

  アンケート等の大々的なことではない。

顔見知りのお客様や店内で品出しをしていると声を掛けて下さるお客様の声から少しずつ自店の評判を耳にするようになってきた。

この1年間で口コミ効果を高める為に実施してきたこと。

  野菜の安さ感の演出。
  果実のおいしさ感の演出。
  鮮魚の丸魚や切身魚の豊富感の演出。
  牛肉の調理加工技術の展開力の演出。
  手作りローストビーフの提案力。
  惣菜の弁当の夕方までの品揃えの充実。

その為諸々。

  また、働きやすさも口コミで広めようとした。

あのお店は、全員素人だから今から入社しても働きやすいし受け入れてもらえる。
時給は安いが仕事帰りに楽しく買い物が出来て、買い物時間の効率がよくて便利。
契約時間通りに日々の労働時間を守ってくれるので、安心して長期勤務ができる。

  働きやすさという口コミ。

この口コミは意外に効果絶大。

  それは働く従業員の確保に直結するから。

大抵は、この口コミの評判によって、募集してもパートさんの応募がくるか来ないかが決まってしまう。

  “あのお店は従業員が暗いから働きたくない”
  “あのお店は女ボスがいるから長続きしない”

等々の口コミほど広まっていく。
また、その体験談を話す元従業員がいると尚更真実味を帯びてくる。

  このような口コミは絶対に出してはいけない。

これが広まると、そのお店の応募が再び活況を呈するのには時間がかかる。

  “あのお店は安心して初心者が働ける”

そのような評判を口コミによって足元商圏の方達が広めてくれるという店舗運営のあり方。

今後はこのような地域密着度の高いフレンドリーなお店が生き残っていくのだろう。







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2018年5月11日 (金)

背中で教える?

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


部下の教育。

  現代はマニュアルに沿って手取り足取りの時代。

だから、現代の20代世代は「教えられて当たり前」という感覚が染み付いているのだろう。

  “先輩が教えてくれない”
  “チーフがなんか冷たい”
  “俺の背中から学ぶんだ”

そんなクレームが人事に上がる時代である。

  上司や先輩から手取り足取り教えてもらうのが当たり前。

今までの生活から、そんな感覚が体や脳に染み付いているのであろう。

  それは否定しない。

それが現代の若者の感度なのであるから。

  上記のクレームで“俺の背中から学べ”というものがある。

背中で教える。

  手取り足取りではなく上司の行動を見続けろという教育法。

これが一番効率的な教育法だと私は思っている。

  先輩社員の行動を見続けること。

それが、最短距離で仕事を学ぶ方法だと私はいまでもそう思う。
しかし、私がこの業界に入社した当時はどのような世界だったか。

  背中でも教えてくれない時代。

先輩社員やチーフの背中から、包丁さばきを見ようのもなら、職人のチーフはその視線を感じてか包丁さばきを見せまいと背中でそれを遮ってしまうのである。
それでも忍耐強くその背中を追うと、怒鳴られた。

  「この野郎!、見てんじゃねぇー!」

背中で教えるどころか、背中で隠されてしまう時代。

  そんな環境の中でも仕事を盗まねばならなかった。

だから、その瞬間を見逃さずに目に焼き付けるという技はいまでも健在かもしれない(笑)。

  そんな経験から生まれたのが、マニュアルである。

それはそのような時代を経て、次世代へこの技術を容易に伝え伝承していくには、作業マニュアルを自らの世代で作成していくしかないと感じ、上司から言われて作成した時代。

  現存するマニュアルは概ね当時に作られたものが多いだろう。

誰だけ、背中でも教えてもらえない時代を経験した世代が、このままではこの業界の未来はないと案じて、なんとか見よう見まねでマニュアルを作成し、次の世代への教科書として姿かたちを残そうという気風が生まれて行ったのであろう。

  我々が言う「背中で教える」と言う言葉の意味。

それは、背中でも教えてもらえなかった世代としては、本当に譲歩した言い回しで、これ以上ない親切心で部下達を育てようと言う意図の現れなのである。

  それが今や職人の言い回しとして伝えられているのである。

時代は本当に進化しているのだろうか。

  本当の部下教育とはなんぞや?。

そこまで先回りをして、手取り足取りの教育が本当に彼らのことを考えての教育法なのかと、自らに問うのである。







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2018年5月 9日 (水)

ローテーション

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


部門チーフの最大の悩み。

  それは従業員同士の揉め事。

特に、部門チーフとしては部下であるパートさん同士の揉め事に頭を悩まされている方も多いだろう。

  なぜ、揉め事が起こるのか。

不公平感から生まれてくるものがほとんどである。

  不公平感。

チーフは私には過失を叱るのに、あの人には叱らない。
チーフは私にはいつも辛いこの仕事を与えるのに、あの人にはやらせない。
なぜ、私とあの人で給与格差があるのか、能力の差があるのだろうか。
私の業務は難しく、あの人は簡単なのになせ時給は同じなのか。

  仕事の差と時給の差、そして上司の待遇の差。

これらの差が、自分としては不公平と感じる部分があると、揉め事の温床となる。

  上記の現状をどう変えていくと揉め事がなくなるのか。

我々はどうしても、人に仕事を与えてしまう。

  この人は「刺身」あの人は「値付け」こっちの人は「切身」。

このように、その人の特性を考えて、その人にある一定の役割を与えてこれを固定化してしまう。

  これが一番簡単に効率を高める手法でもある。

しかし、この手法で人に役割を与えて専門家させてしまうと、上記の揉め事が生まれる温床となるのである。

  どんなに仲の良い仲間でもいずれ揉め事の当事者となるのだ。

これは、男と女の違いから生まれる特性かもしれない。
また、社員とパートの違いからくる特性かもしれない。

  何れにしても、人に役割を与えるという手法は揉め事の温床となる。

では、どうすればいいのか。

  役割に人を与えるのである。

人を固定して役割を与えるのではなく、役割を固定して人を与える。

  そして、いずれその役割に与える人を変えていく。

要は、誰でも「刺身」ができ、誰でも「値付け」ができ、誰でも「切身」が出来るという組織を作り上げる事である。

役割をローテーション化して、誰でも出来るようにする事だ。

  “そんなの無理!”

しかし、やるかやらないかだ。

  全員がオールマイティーな組織には揉め事は起こらない。

なぜか?。

  助け合えるからだ。

全員がオールマイティーに仕事が出来るようになると、人の痛みがわかるようになる。

  他人の役割の厳しさがわかるから。

それは、自分もその役割を知っているからわかる痛みである。
それがお互い様になり、自分の役割で比較的楽なときは、難しい役割の人へ応援に回ろうとする意識が持てるようになる。

  特に女性は他者との関わりを重視する。

他者の仕事が理解できると、貸し借りの関係を積極的に行い、持ちつ持たれつの関係が構築でき、これがチームワークの構築に繋がっていくのである。

  “うちは人がいないから無理”

店長が人を採用し、採用された人材を部門チーフが戦力として育成する。
しかし、大切なのは、働く従業員がお互いに存在価値を認め合い、チームワークを構築できる環境整備が重要なのである。

  その為には人がいようがいまいが環境整備が優先なのである。

人が辞めないで充実した人材を擁する部門や店舗となれるか否か。

  最大のポイントはここであろう。




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2018年4月23日 (月)

3年スパン

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


仕事の業績。

  売上、荒利、生産性、営業利益。

職位によって、その評価基準は違うだろうが、現場の店舗で最優先される業績は売上の昨年比であろう。

  それも今やいろいろと揶揄されているが(笑)。

いつまで昨年比にこだわるのか。
新たな評価基準で視点を変える。
次世代のカテゴリーを 最重点に。

  等々、あろう。

しかし、売上の昨年比で今の仕事を評価するのが、今も昔も一番現場にとっては一番分かりやすい数値であることは間違いないだろう。

確かに、売上だけを見れば、外部与件も多いのも確か。

  競合店の出店。
  道路付の変更。
  新規住宅建設。

これらによって、大きく昨年比が変わることも事実。
しかしそれでも、昨年比で比較することは、自らの打った手に対してお客様からの反応を評価するという意味では、自分が一番その評価に手応えを感じるということである。

  昨年の売場はこうだったから、今年はこう変えてみよう。
  そう変えてみた結果、昨年比でこのような結果となった。
  しかし反省点も見えてきたから、来年はこうしてみよう。

昨年比とは、一年をスパンとして昨年の同月同日同曜日で比較するのが一般的である。そして、そのまとめとしての同月間での昨年比が一括りとする。

  先月は昨年比で100をクリアしたか割ったか。

それで、月間の自分への評価が決まる。
その評価で学ぶべきことは、

  一つは同じイベント対応への評価。
  二つは継続してきた対策への評価。

昨年の母の日の反省を踏まえて、今年はこんなイベント対応をした。

  その結果としての母の日の昨年比。

この評価から、自分が取った母の日の売場がお客様にどう評価されたかが明確に判断できる。

また、昨年の同時期にはやってこなかった対策を、その後継続して取り続けた結果、今月の売上昨年比でこのように上積みされてきているという結果。

  それは、客数でも評価できるし売上でも評価できるだろう。

それは、お客様の来店動機にどのような影響を与えているかという自己評価に繋がるものである。

  そう考えると、同じ店舗で3年を経験する必要はあろう。

そう、同一店舗で3年を経験すると、自らの手の打ちが同一店舗という同じ条件の素で自分に跳ね返ってくるのである。

  この自己評価を経験するということの意味は大きい。

要は、何をすれば翌年にどんな業績として自分に跳ね返っていくのかを知るということだ。

これが例えば、赴任初年度では、昨年は別の店長が取った施策に対しての今年の業績であるから、それが見えない。
また、昨年1年間の自分の施策が、人事異動により他店舗へ異動したならば、その施策が妥当だったのかどうかが他店舗では感じられない。

  やはり、3年間は同一店舗で昨年比で自己評価しなければならない。

その結果、どんな施策がどんな結果を生むのかを、その昨年比から学ぶことができるのである。

  この積み重ねが自らの実力を磨いていくことになる。

それは、結果が自らに跳ね返ってくるという言い訳の効かない数値だからである。

  「去年は与件が違うので(笑)。」

そんな言い訳が許されないのが、自分の数値に対する昨年比なのである。







  

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2018年4月17日 (火)

定年延長の時代

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


先日、ある懇親会に参加した時のこと。

  「うちは今年から定年65歳になりましたよ。」

従来の定年は60歳。
そして、それ以降は個人の能力や希望を取り入れて、現在の職位をそのまま延長したり新たな職位に変更したり。

しかし、今年から全面的に定年を60歳から65歳に引き上げたという。

  それによって、給与も職位も現状を守られるという。

それは当然、能力の世界であるから、その職位が保証されるということではないが、能力次第では現状の職位のままで給与も現状維持でき、それが65歳まで続くということだ。

  定年延長。

時代はそうなっていくだろう。

  それを早々に打ち出すことによって安心して働ける。

また、定年間際になり、変に手を抜かずに65歳程度まで現状の仕事を継続してほしいという企業側の意図もあるのだろう。

  65歳まで現状の給与を維持できる。

企業としては大きな経費増なのだろうが、それでも人材不足には背に腹を変えられない。

  また人数的に多い店長職に60歳以降のベテラン陣は欠かせない。

60歳以降もまだまだ元気な体。
そして、年金問題もあろう。
そこに人材不足が重なってきた。

  更に店舗数を増加させ企業規模を拡大させるには?。

60歳以降のベテラン店長の存在は欠かせないという判断。

  その流れはこの業界でも急速に進んでいくだろう。

そうしなければ、店舗数は拡大出来ない。
正社員の定年が65歳に延長されたと言っても、パートさん達の定年があって無いのに等しい状態でもある。

  鮮魚のパートさんの平均年齢は?。

そんな問いに、60歳の定年年齢を超える数値を返答する店舗が続出するのではないだろうか。

  それだけ年齢的には高齢になっているということだろう。

しかし、仕事ぶりにおいては、下手な若手パートよりも熟練しているし、刺身を切らせたら右に出るものがないほどの達者ぶり。

  だからなかなか離せない(笑)。

逆に言うと、その熟練度がお局化させて新規パートの定着を拒んでいる現実でもあるのだが。

なんだかんだと言っても、大手がいよいよ定年を65歳に引き上げてきた。

  その流れは中小にも当然流れてこよう。

逆に言うと、中小スーパーの方がその問題は深刻であるはず。
企業からしてみれば、できれば新規従業員に早々に店長を任せておきたい。
そして店長経験を多く積ませ、熟練店長を多く抱えて競合関係を優位に進めたいところであろう。

  しかし何れにしても背に腹は変えられない。

65歳定年が定着してくれば、年金支給年齢が更に引き上げられる可能性も高くなってくる。

  そのイタチごっこが当面続くのであろう。

それは、政府も望むところであろうか。
年金支給年齢が引き上げられ、その補填として企業側が定年延長で雇用を継続するシステム。

  年金を捻出する労働力を自ら捻出する自助努力。

何れにしても、定年延長は今後とも広がりを見せていくことであろう。








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2018年4月12日 (木)

李下に冠を正さず

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


最近、2度ほどこの諺を耳にした。

  「李下に冠を正さず」。

一度目は自社の直属の上司の言葉。
二度目は公明党山口委員長の言葉。

「季(すもも)」の下で冠をかぶり直すために手を上げると、すももを盗ろうとしているような誤解を与えることとなるので疑わしまねをするものではない」との意。

  店長会では、店長の行動の指針として用いられた。
  公明党山口委員長は安部首相夫人への戒めとして。

いずれも、組織のリーダーや長ともなれば、自分では意識しなくても他者や部下から常に見られており、自分では怪しい行動をしていなくても他者から見られた場合に疑われるような行動や動作、仕草をすべきではないという中国の諺である。

  直近で同じ諺を二度見に触れるという偶然。

これは、何かを物語っているのだろう。

  リーダーや組織の長としての心構え。

特にこの時期は新たな組織改編の時期であり、新入社員等も組織に編入され、従来の阿吽の呼吸に慣れた組織から新たな人材が加わる時期でもある。

  “もう一度リーダーとしての心構えを見直せ”

自分に対して、何かの力が働いているのだろうか。

  そう受け取るべきなのだろう(笑)。

同じ組織の店長という肩書きで約二年。

  三年目に突入した。

思えば、辞令を受けチーフたちが赴任し、新規採用のパートさんの教育、そして開店。そしてあっという間に開店から一年と数ヶ月。

  このお店に赴任して二年が経過。

そして三年目に突入した。

  三年目という慣れのリスク。

それを心して三年目に向えという忠告なのだろうか。

  部下から見える上司の姿。

上司としては、仕事の一環として店舗を離れて競合店のMRや食事等の外出は他の従業員よりも頻繁に発生するものだ。

  「ちょっと出かけてくるから。」

そんな気軽な報告で外出する場合もあるだろう。
しかし部下から見たときの上司の姿は違う。

  「また店長が消えた。」
  「どこに行ったのかわからない。」
  「いつもフラフラしている。」

そんな印象で捉えられることが多い。

  業務として他店舗へのMR。

そのつもりが、部下から見ると、店長は一体何をしているのか、どこにいるのかわからない、といった存在になってはいないか。

  よくある話である。

店長が居ても居なくても、売場が乱れない。

  これが理想ではあろう。

しかし、多くは店長の目というプレッシャーからか店長が店内で常に回遊しながらチェックをしているお店ほど常にビシッとしているものだ。

店長が店内で所在を明らかにしているか、常に不在でどこで何をやっているのかわからないのか。

  情報収拾という名の下に店長が店を不在にする。

逆に、そんな程度の情報収拾なら店を開けないで徹底して店内の問題を解決することに重点を置く。

競合の存在に振り回されずに、自店のお客様対策に徹底して、時間と量力を注ぐ。

  そんな忠告を「李下に冠を正さず」が示しているのかもしれない。








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2018年3月30日 (金)

褒めるとき叱るとき

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


企業人はある意味、褒められ叱られ成長していくものでもある。

  褒め方、褒められ方。
  叱り方、叱られ方。

これらの手法で、微妙に自分のモチベーションや今後の行動の仕方が変わってくるものである。

  上司やリーダーにとっての叱り方褒め方。

かっての上司は如何に叱るかが上司たる役割だと思っていた。

  部下の細部に渡り欠点を洗って叱りとばす。

現代でもそんな上司がいるのかもしれない。
しかし、私が知る限り、この業界でこのような上司にめぐり会う機会は少なかった。

  それでも数名の店長はそんな雰囲気を持つ方もいたが(笑)。

それは、当時から小売業、特にスーパーマーケットというチェーンストアの従業員として、ある程度マニュアルに沿った業務内容となれば、自分の商売感以上にチェーンストア理論に則った企業のマニュアルの定着を優先されたのが要因なのだろうと思う。

更に接客業という立場上、自ら人との接し方においても、店長自らが爽やかな対人関係を築く必要上、部下への対応も必然的に礼節を持って接すべきとのモラルがあったのかもしれない。

そんな関係からか、入社当時から店長や副店長が自ら歩み寄ってきて酒を酌み交わしたり夕食後に団欒したりと言う関係が多かったような気がする。

  そんな関係を通して、部下の褒め方叱り方を学んできた。

褒め方の場合。

  やはり直接面と向かって褒められるのはリアルで嬉しい。
  しかし皆の面前で褒められれば更に嬉しさ倍増してくる。

しかし、褒めると言う行為を更にお互いの信頼関係構築まで高めていくと言う意味では、部下が居ない陰で褒めて、口コミでそれが部下の耳に伝わることが一番であろう。

  自分が居ないところで褒めてくれている。

それは、上司の本心として自分に繋がり、自分のいないところで掛け値なしで褒められたと言う信頼感である。

  ここで上司との信頼関係は最高潮に達する。

逆に、自分が居ないところでけなされるのは、全くの逆効果となり信頼を失う結果となることも心に留めておくことだ。

  自分が居ないところでの言動。

これは、掛け値なしの本心と受け取られてしまう。

  揉め事の発端もここにある。

本人が居ないとことでその人の噂をする、評価をする、欠点を吐露する。

  いずれも、信頼を失うことを承知で行動することだ。

よって、本人を叱るときは本人に直接対面で叱ることである。

  決して他人をして本人に自分の言葉が漏れてはならない。

必ず自分の言葉で他人を介さずに本人に直接話をして叱ることだ。

  それ以外の手法をとってはならない。

それは大原則である。

  当然、一つ叱ったら3つは褒めたいものだ。

褒め方、叱り方。

  何れにしても、本人へのモチベーションの刺激である。





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2018年3月27日 (火)

集まる組織

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


人が集まってくる要素。

  お客様が集まってくるようなお店。
  従業員が集まってくるようなお店。

それが企業なのかお店なのか人なのかは様々だが、自然に人が集まる組織になれれば人員不足などあり得ない世界になる。

  自然に人が集まってくる雰囲気。

その雰囲気作りもその組織のリーダーの役目であろうか。

  従業員が集まってくる要因。

特に食品スーパーのような立地であれば、基礎商圏の2k以内に住まわれるお客様が従業員として就業する場合が多い。

  従業員 = お客様。

この構図が殆どであろうか。
そうすると、従業員として応募してくるということは、以前からこのお店のお客様として来店されていたということだろう。

そんな方が、自分の働く場としてそのお店を選択する。

  店内が綺麗。
  知人が働く。
  活気がある。
  評判がいい。

等々の噂や自分で見た感覚で、就業を決めたのであろう。

  店内で働く従業員の姿。

この姿を見て、聞いて、自分もそんな環境で働きたいと意思を決定する。

  そう考えると、店内雰囲気が如何に大切かということ。

それは、店舗のパートさんの就業動機だけでなく、そのご子息達の入社動機にも大きく寄与すると思われる。

  就職に父兄が影響を与える時代。

普段の買い物でその店舗や企業を利用している父兄のご子息が親に就職希望を明かしたとしよう。

  普段利用している父兄がその企業をどう見ているのか。

それがご子息との会話に中に必ず現れてくるだろう。

  お客様の中から働く仲間が現れる。

常にそう考えていれば、店内での従業員の働き方が未来の仲間に見られているということである。

  そのハツラツとした姿が集まる組織作りなのである。

そしてそれは口コミでも周辺地域の方々に流れていくのである。

  “あのお店は揉め事が多い”
  “あそこは店長が威張ってる”
  “○○部門に女ボスがいる”

そんな噂や口コミは地域に浸透しているものである。

  これらが集まる組織を妨害しているといえよう。

そんなところから、集まる組織は崩れていき、人員不足が解消しないのだろう。







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