マネジメント

2021年1月13日 (水)

会議体を考える

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


新年を迎え2021年がスタートして早く二週間が経過しようとしている。

  そして企業としての今年度の企業方針や人事異動の協議の時でもあろう。

そして営業会議や幹部会、店長会にチーフ会等が開催され、順次今年度の方針や店舗方針、部門方針が順次決定して会議の場で通達されていくのである。

  会議という場。

昨年はコロナ禍(今でも)により、リアルに集まる会議は研修会をリモートで開催する企業が増加したのではないだろうか。
従来であれば、リアルに全地域から全店長がリアルに本部に集合する為、知り合いの店長仲間同士で食事をしたり会話をしたりという別の楽しみもあったのであるが、昨年度はリモートに切り替わり、自店の店長室や会議室からの画像のみの参加となり、会議が終了すればそのまま自店の休憩室で食事という味気ない会議への参加と感じている店長仲間も多いのではないだろうか。

  会議という中身。

そこに企業色が大いに発揮されるのではないだろうか。

  単なる伝達に終始する企業。
  意見交換会を導入する企業。
  その場で意思決定する企業。

まさにいろいろな会議体が存在するのが、企業毎に違う会議体なのではないだろうか。
私は、企業の会議には以下の3つの場であると思っている。

  1情報伝達の場。
  2情報交換の場。
  3意思決定の場。

そしてほとんどの企業では「情報伝達」型の会議を導入しているであろう。
皆が一堂に集まるのであるから、そこでトップや幹部がその場で一回話をすれば事足りるわけであるから、企業としての決定事項を皆に伝達できるこのような場を有効に利用して情報伝達をするという選択を取る企業は多いであろう。

  そしてそれはより下位の役職の会議であればその流れを取る場合が多い。

よって、各部門のチーフ会などはその傾向が強いであろうか。
これが店長会ともなると、流石に情報伝達だけでは足りず、店舗運営の意志決定するという意味では、店長会でのグループミーティング等から今後の店舗運営の具体策を決定させる場を設けている企業もあろうか。

  更に幹部会等では企業としての意思決定も合わせて取り入れる場合もあろうか。

そして参加者達に視点を移せば、情報伝達から情報交換へと会議の場が移行するにつれて、参加意識も高まっていくであろう。

  自らの情報を他者に伝えて学び学ばれる情報交換。

それによって、自らの意見を検討し研鑽し、そしてぶつけ合うわけであるから、事前の情報収集も十二分に行ってから参加する必要もあろう。

  そのこと自体が学びとなることも大きな効果であろうか。

更に、参加する会議で意思決定をする場があれば、参加する人間も必死であろう。

  最後は自分達が決めた、自分が決めたという責任感。

自分で決めたのだから自ら率先して実行するという責任感。

  それが意思決定の場としての会議の最大の効果であろう。

しかし意思決定を委ねるリーダーは気が気ではないであろう。

  “もし自分が想定していた結論と異なる結論が決定されたら”

そう思うと、なかなか会議の中で意思決定を委ねるのもリスクが大きいであろう。

  “如何にリーダーの意図を踏まえた結論となるか”

ここに意志決定の場としての会議体の難しさがあろう。
そこにリーダーとしての組織マネジメント力がモノをいうのである。

  しかし組織というものは不思議なものである。

そのような意思決定の会議の場でも、事前に検討され方向づけされてきた企業方針やそこから導き出されたコンセプトが十分に浸透された組織であれば、そこから大きな軌道修正が為されるような意思決定には至らないのである。

  そして自らの参加で決定したという事実だけが残る。

よって、そこに参加した者はチームを組んで一丸となって組織全体に波及させていく遠心力を持つのである。
だから、その会議体を牽引するリーダーや進行役は、敢えて安易な結論には妥協してはいけないのである。

  このメンバーで最強の結論を導くという覚悟。

それが必須となろう。

  そこにチームリーダーとの多少のギャップがあろうとも。

そこで結論づけられた決定事項は、遠心力によって更に強力な組織運営がなされていくのである。







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2021年1月11日 (月)

最大の競合対策

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


昨年2月から続くコロナ禍。

  そしてコロナ禍により食品スーパーの特需が生まれた。

それが、昨年2月後半からであろうか。

  そして早いものであれから一年が経過しようとしている。

そして、あの売上急増をベースにした昨年比と向き合うことになるのである。

  “昨年と比較すること自体ナンセンス”

そう思うか否かは本人次第。
しかし現実に、売上昨年比80%とか70%とかの数値と向き合うのである。

  そしてそれを諦めとして捉えるか否かによってその昨年比自体も大きく変わるであろう。

例えば、昨年比100%前後の業績が直近の業績であれば、その100%をなんとか維持しようとしてもがき足掻くから、なんとかその業績に付近で収まる業績が、昨年比80%という業績となれば気持ち的に「キレる」状態となろう。

  キレたモチベーションにはなかなか火が付かない。

このような状況に陥ると、業績に対しての思考停止状態となり、新たな知恵が出てこなくなる。
昨年比100%前後であるから知恵を絞れたのに、昨年比80%では知恵を絞る気力が湧いてこない。

  そんな悪循環に陥るのが今年の環境であろうか。

それをなんとか90%まで回復させたいという強い意志が企業内でも競合店との関係においても大きな格差となって数値上も現れてくるのが今年3月からであろうか。

  以前のdadamaさんのコメントから。

「最近改めて思う事は買上点数と店舗力は比例しているのではという事です。チラシ等ゲリラ戦略は客数は上がれどチェリーピッカー増加により買上点数は下がる。つまり安定した客数は買上点数の追求により成されるのではないでしょうか。
PI値の高い商品は競合に合わせる。定番欠品を無くす。売るべき商品が分かりやすくなどなど基本の徹底が時間はかかれど買上点数のアップに繋がりひいては客数拡大に通じると感じていますし、勝手に実験店舗では数値にも表れています。隙のない売場と言いますが自社も競合もお客様の信頼を得られていない現実、逆説的には攻め所で有るのかと感じています。」

  これは以前にアップした「点数拡大戦略」でのコメント。

http://tetu-syoubai.cocolog-nifty.com/blog/2020/12/post-2b89e8.html

  買い上げ点数と店舗力が比例。

再び「売上」を分解してみると、

  「売上」=「客数」×「客単価」

それを更に分解すると、

  「売上」=「客数」×「一人当たりの買上単価」×「一人当たりの買上点数」

よって、お客様一人当たりの買上点数を拡大すれば、それは売上拡大へ繋がることになる。
そしてそれは、どのような効果をもたらすのか?。

  お客様の胃袋に収まるのである。

自店の商品が、最終的にはお客様に購入され、食事され、お客様の胃袋に収まるのである。

  競合店の商品ではなく自店の商品がお客様の胃袋に収まる。

これはまさしく競合対策なのである。
そして、人口減が続く昨今においては、胃袋の増えない時代に如何に自店の商品をお客様の胃袋に収めさせるかという価値は高い。

  そして自店の商品でお客様の胃袋を収める機会が増加すればそれは店舗力と言えるであろう。

如何に自店の商品を購入して頂き、食事をして、お客様の胃袋に収めさせるか。

  逆に言うと最後はそこが目的なのである。

その為に生鮮、グロサリーの役割を明確にし、点数拡大させる売場作りと荒利安定の為の売場作り、そしてその部門設定と役割。

  それらが相まって、店舗力が養われていくのであろう。





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2021年1月 9日 (土)

生産性を左右するもの

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


生産性。

  我々の業界でも追及される指標である。

部門の売上に対して使用人時数で割ると「人時売上高」が算出される。
部門の荒利に対して使用人時数で割ると「人時荒利高」が算出される。

  要は従業員一人1時間あたりの売上や荒利である。

その売上を高める為に、従業員の手間ち時間を如何に無くすかとい部分での作業の見直しを図ったり、一つの作業工程に標準時間を設けたりして、部門としての作業の密度を高めようと、部門の作業マニュアルが策定されたりする。

  上記のようにシステマチックに作業を追及する仕組みは重要である。

この仕組みが無かったら、従業員はてんでバラバラに作業を行い、どの部門もチームとしての組み立てが為されず非常に生産性の低い数値となろう。

  特にグロサリーはその傾向が強いと思われる。

企業によっては人に作業を付け、その人がその作業を専任で行う企業もあるだろうし、企業によっては作業に人を付けてその日のシフトに応じて誰もが同じ作業が出来る仕組みを整えているところもある。

  こればかりは企業色が出るところであろうか。

理想を言えば、後述した作業に人を付けるという仕組みが一番生産性が上がるのであるが、人材の入れ替わり等で道半ばの企業や店舗がほとんどではないだろうか。

そして、システマチックに作業を追及する部分とは別に、一人一人の心の持ち様に訴える部分も重要となろう。

  特に部門チーフが持つべき心の持ち様は重要である。

部門とは部門チーフの運営次第で生産性が大きく異なるからである。
その為には、

  歩くスピード。
  決めるスピード。
  活かすスピード。

の3点が部門チーフに求められる要素となろうか。

  歩くスピードとは自らの動作や行動のスピード。

如何に自らが歩くスピードを早めて行動し、作業量を拡大させられるか。
部門チーフの歩くスピードが早まれば、自ずと部下やパートさん達の歩くスピードや動作は早まるものである。

  決めるスピードとは意思決定の速さのこと。

要は、考える時間を如何に短縮できるかということでもある。
しかし、これは考える時間を無くすと言う事ではない。

  考える時間と意思決定の時間は別物である。

しっかり考えて、迷わず意思決定できるか否か。
これは、新人チーフの場合は難しいかもしれないが、その意思決定を如何に担当者の時代に磨いてこれるかにも掛かってはいる。
迷う時間が意外に自分自身の歩くスピードを緩め、最後は立ち止まり何もしない時間となってしまうのである。

  歩きながら考える、とはよく言ってものだ。

まさに歩きながら考え、歩きながら意思決定をし、更に歩くスピードを早める。

  そして、活かすスピードとは部下を活かしてチームで仕事をする事。

生産性とはチーフ一人の行動ではなく、その部門トータルでの数値である。
よって、チーフ以上に従業員の行動や動作が重要となる。

  彼女らに如何に自主的な行動を起こさせられるか。

それは、作業割り当て表に基づきながらも、一人一人の、今のその次をどのタイミングで要求するか。

  その日々の積み重ねが一人一人の行動を鍛えるのである。

要は、従業員一人一人が今のその次が見えているかどうかである。

  そこにチーフの最大のチーム運営能力が問われるのである。







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2021年1月 8日 (金)

マネジメントへの誤解

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


マネジメントという言葉。

  昨今では誤解されやすい言葉のようである。

私などが学生時代においての「マネジメント」という言葉には、経営学において企業や組織を効率よく管理して、あるべき姿の状態の維持し、あるべき業績を達成するためのツールのようなイメージを抱いていた。

  経営管理。
  組織管理。
  人材管理。

そのようなイメージで捉えていた為、管理というワードはあちらの言葉でマネジメントと表現され、日本古来の管理というイメージを払拭し、何かしら新しい価値観で組織運営するものと捉えていたのである。

  よって当時の学生達はこぞって各種のマネジメントを学んでいたのである。

しかし、最近ある何人かの方と話をすると

  「てっちゃん、マネジメントとい言葉はもう古いよ」

と言われるのである。

  マネジメントが古い?。

確かにそのワードが使われてからかなり久しい時間が経過はしている。
何せ、我々の学生の時代から使われているのであるから、約50年も前から(もっと以前からであろう)使用されているワードであることは間違いない。

  そしてそのワードを使用した教育書や書籍も多く出版されている。

おそらく、ほとんどの社会人達は「マネジメント」というワードと入社当初から付き合ってきているであろうから、今更マネジメントというワードを見ても何も驚くことはないであろうし、逆に「またかい」「くどいなぁ」「もう知ってるよ」「聞き飽きたよ」という拒絶反応すら催す方も多いのではないだろうか(笑)。

  しかしマネジメント自体も相当進化してきているのではないだろうか。

以前は、単なるマニュアル本のような認識をしていたのも事実である。

  組織体と組織名称、組織形態に組織論がメインのようでもあった。

しかし徐々にそこから日本人の人間性を考慮した人間学のようなものも取り入れられてきているし、業界によって異なるマネジメント理論に深みを増してきているようにも思える。

私も「勝てるリーダー」と称して店長のマネジメントを考察してみた。

  http://tetu-syoubai.cocolog-nifty.com/blog/2020/11/post-854791.html

ここでは、店長のマネジメントの領域を

  「商品マネジメント」
  「人材マネジメント」
  「組織マネジメント」
  「競合マネジメント」

の4つの領域に分類してマネジメントを考察してみたのである。

  しかしマネジメントというワードのくどさもあるかもしれない。

そして「マネジメント」というありふれたワードを使用することによって、それらが何か分かったような気分になってしまうのも不思議なものである(笑)。

  「マネジメント?、あっ、管理のことね。」

そんなイメージで捉えられるのであろうか。
しかし、マネジメントとはそんな単純なものでもないし、未だにその領域の広さや深さが見え来ないのも事実である。
そして、マネジメントという言葉を別のワードで変換できないものだろうかと模索してみたのである。

  マネジメント = コントロール。

そんな変換も可能であろうか。

  商品コントロール。
  人材コントロール。
  組織コントロール。
  競合コントロール。

そんな転換も可能であろうし、むしろ従来よりもより明確にマネジメントがイメージできるのではないだろか。
更には、

  マネジメント = 操作(操る)。

内面的にはそのようなイメージもフィットするかもしれない。

  要は自分の掌(てのひら)の上で転がす(笑)。

別に悪意は無いが、組織のリーダーとしてのマネジメントとは理想を言えばそのようなことではないだろうか。
しかしそれはあくまでも上司としての強制的な掌での転がしではなく、そのような方向へ自らの意思で転がっていくようなコントロールを意味するのである。



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2021年1月 5日 (火)

結論から話す

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


プレゼンテーションでよく言われる言葉。

  「結論から話せ」。

要は、結論をしっかりと冒頭に持ってきて、視聴者が最高に興味を持っている段階でしっかりと結論を明示し、そこからその結論に行き着く過程を順を追って手順を踏んでいくというプレゼン手法である。

  結論から話すメリットとは?。

それは、まず持って結論を明示し、視聴者を疲れさせないという部分であろう。

  結論へ至る過程から論理立てて話すという手法。

これは、その道筋をしっかりとわかりやすく提示していくことによって、最終的にはその結論に至る理由がわかりやすく理解されるのであるが、逆に言うと、その過程の話がクドくなると逆に視聴者を疲れさせる要因となるのである。

  “早く、結論を言ってくれ!”

そのような結果となってしまいがちとなる。

  よって、結論から提示するという訓練が必要となるのである。

しかし、結論から話していい場合と、決して結論を提示しない方がいい場合とがある。

  結論から話していい場合は、プレゼンによる一方的な説明の場合。

この場合は視聴者と発表者が議論をするという場面ではなく、一方的に説明をしたり研修をするということが目的であるから、いち早く結論という「答え」を提示することが、視聴者を飽きずに引きつけることが出来るのである。

  しかし結論を提示してはいけない場面もある。

それは、参加者同士が意見を出し合いながら議論するという目的の場合である。

  この場合は結論(答え)が提示された段階で議論は終了となる。

よって、最初に結論を提示してしまったら、そこから先は議論が生まれない。

  特に議論してそこから答えを導き出す会議では結論は厳禁であろう。

とにかく上司やトップは結論を先に出したがる傾向にはある(笑)。
しかし重要なのは、結論をその議論から導き出すという信念ではないだろうか。

  部下は内心「答えがどこかにあるのだろう」という意識で議論を始める。

しかし、最終的にどこにも前提となる答えなどなく、自分達の議論から答えを自らの発言から導き出さなければならないという覚悟を持った瞬間から議論は白熱するものである。

  そんな場面では結論を焦ってはいけない。

上司やトップの口から発せられる結論が出た瞬間から、議論は早々と終結するのである。

  結論から先に言う。

それも一長一短があり、TPOに応じて結論を先に言うのか、この議論に決まった結論など無いと言う前提で議論を始めるのか。

  これもリーダーの手法であろうか。






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2020年12月29日 (火)

分析力と構築力

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


データからの分析。

  今やデータからの過去の分析は定番化してきたと言える。

それはPOSデータのシステム化により、過去のいろいろな数値データが抽出され、それらのデータを駆使してどこに課題があるのかという分析技術が進化してきたという経緯がある。

  結果としていろいろなデータ分析からの提案が登場してきた。

挙げ句の果ては、上司からのデータ分析の提示により、現場がそにれ振り回される事態にまで発展してきたのではないだろうか。

  データは日々毎日更新されて抽出される。

よって、昨日のデータ分析から新たな提案が為され今日の売場に反映させることを提案され、更に今日のデータから明日の売場に反映させることを強要される。

  要はデータに振り回される状況であろう。

しかしそれでは、せっかくのデータという事実から提供される今後の実施項目が継続されずに単に昨日のデータから右往左往しているだけとなる。

  スピードを以ってデータ分析の結果を如何に継続して実践するかがより重要なのである。

あくまでもデータとは過去の事実。
過去の事実とは、それ以前からのお客様の店舗への期待値の積み重ねである。

  期待値の積み重ねとは一時の買い物行動ではない。

それは長い間の店舗とお客様との関係の結果である。
そしてそのデータを分析し、新たな発見をし、その対策を売場に反映したならば、再び長い時間をかけてお客様の期待値を変えていかねばならない。

  その期待値の変化には時間がかかるということだ。

売場に反映させてからお客様の期待値を変えるまでは、その買い物行動の変化はなかなかデータには現れてこない。

  最低でも1ヶ月は要するのではないだろうか。

その最低でも1ヶ月をしっかりと検証しなければならない。

  その1ヶ月の中で需要なこととは。

それは、分析から実践への橋渡しであろうか。

  その橋渡しが「構築力」である。

データからの「分析」によって事実が明らかになり、その次にその事実を如何に明るい未来へと連動させていけるか。
その為には、その分析を現場の人間の行動を変え、売場を変え、継続させ、そしてお客様に伝えていくか。

  それが構築力ということではないか。

データ分析から実行計画が立案され、それを如何に現場の人間が行動に移せるかというところに「構築力」のレベルの高さが問われるのである。

  行動に移してそれを継続させる力である。

継続しなければお客様の期待値に結び付かずに、その実践効果に十分に直結せずに、途中でその効果に対しての諦めに繋がるからである。

  そんな構築力という特性。

両面を大切にしながら、現場が継続していくという支援を如何にデータ分析者が実践できるかということも重要ではないだろうか。






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2020年12月25日 (金)

現場の錯覚

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


今日はクリスマス。

  昨日がクリスマス・イブ。

グロサリー系のクリスマス商戦は昨日でほぼ終了し、本日からは年末商戦へと大どんでん返しであろうか(笑)。

  しかし本日金曜日における生鮮、惣菜は今年は強いであろう。

そんな時期を迎えている。

そして、現場もまたクリスマス商戦に対しての反省というタイミングでもあろうか。
クリスマスから年末年始のおける一年で一度の大イベントともなると、次年度へ向けての反省が必須である。

  同じ商品は来年のこの時期まで展開されないのであるから。

だから今回の反省を踏まえて、来年度は同じ商品を「どこで」「いつから」「いくつ」展開するのかという次年度への展望も含めた反省は必須である。

  できれば商品の販売計画をこの段階でしっかりと数値記入しておく必要があろうか。

そうすれば、来年の同時期の販売計画に対して精度の高い数量計画が立案されることになろう。

  そして今日は現場の錯覚について。

現場で店舗でお客様と相対して商売をしていると、データという現実以上に自分の感覚に頼る部分が大きくなっていく。

  いちいちデータを検索するよりも目の前の現実を重視するからだ。

今年のクリスマスは◯◯系が売れた、売れなかった。
今年のクリスマスのピークは◯◯時頃と早かった、遅かった。
今年のクリスマスは惣菜よりも精肉のもも肉が売れた、売れなかった。

  いずれも自分の感覚での反省である。

しかし、本当に昨年と比較したデータ上の数値から言っているのかといえば、NOである。
昨年の自分の感度と今年の感度を比較した時の違いをザックリと表現しているに過ぎない。

  ここにデータが加われば反省としての説得力が完璧となろう。

しかしそれも、事前にどのような仮説を立てていたかで、データ抽出も変わってくるであろう。
上記のような反省の場合は、その部分に対しての仮説が自分なりに存在していたから上記の視点での反省が声となって出てくるのであって、その仮説の無いところからは比較した感度としての表現にもならないであろうし、もちろんデータを抽出するという行為もないであろう。

  重要なのは如何に事前の仮説を持っていたかということだ。

この仮説に従って、目の前の現象をデータとして検証しようと行動するのである。

  仮説とはこのように必ずその後の検証へと自らを促すのである。

よって、仮説の無いところでの感覚的な反省は、全て「錯覚」として見なければならない。
そして、それがデータとして受け入れたところから、現実として取り上げられるのである。

  よってやはりいろいろな部分で仮説を立てることが重要なのである。

そこから、データという事実が検証として必要となるのである。

  そんなデータの使い方。

これからの一週間はそのことが凝縮される一週間となろう。





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2020年12月24日 (木)

組織の成長を図る

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


個人の成長と組織の成長。

  それが連動するからお互いに成長のスピードが高まるのであろう。

この業界において、個人の成長と組織の成長とは具体的にはどういうことなのであろか。

  組織を構成員するのは人間である。

よって、人間の成長以外には組織の成長はあり得ない。

  これは紛れもない事実である。

しかし、人間の成長無くして組織の成長はあり得るのであろうか。

  それもあり得るのである。

それは、組織を構成する人間の成長に応じた組織形態をどう変えていくかという視点で組織を見るといことであろうか。

  構成員の成長に合わせた組織形態への変更。

それは、組織のトップが現存する構成員の能力を的確に判断して、あるべき組織体に変えていくから、その組織体によって更に組織の構成員が成長志向を高めていくという構図である。

店舗数が増えればバイヤーと店長に役割を分け、それによってそれぞれの仕事の奥が深くなる。
従業員が増えれば人材教育が必須となり、それによって人材育成へ関わる仕事の奥が深くなる。
データシステムが導入されれば、それに伴いデータ管理による商品管理の仕事の奥が深くなる。

等々、過去においても組織が変更される毎に一つ一つの仕事の役割における奥が深まり、それに伴いその役割を担う人材がその分野の奥を切り開き個人としても成長し、その成長が組織にその痕跡を定着させて組織自体も更に知恵を蓄積させていく。

  そうやって時代に変化に合わせて個人も組織も成長していくのである。

しかし逆に退化していくものもある。

  それは組織への帰属心であろうか。

組織体がより詳細な役割を個人に分割することによって、個人が組織に帰属しようとする意識。

  “俺は大きな組織の一員として今の役割を担っている”

本来あるべき心の持ち様であるはずの帰属心が、小さな役割に没頭するあまり、本来自分が担う大きな組織への貢献という任務を忘れ、目の前の小さな役割に固執してしまうことだ。

  教育担当者が膨大な教育スケジュールを作成する。
  データー管理者が膨大なデータシステムを構築する。
  本部バイヤーが狭い売場に膨大な品揃えを導入する。

いずれも実践するのは店舗である。
そして店舗はあるべき人材が揃わずに、やるべき事項は膨大に膨れ上がり、やるべき項目の何一つやれずにひたすら売場の補充に追われる毎日。

  いつしか店長もマニュアルをやってるフリをする(笑)。

上記の様な流れで現場が追いつけないという現実ではなかっただろうか。

  そこから店舗の競争力が落ちていくのである。

“マニュアルが作成されているから現場で実践されている筈だ”

  とは言いながらの現実である。

個人がその役割に没頭する余り、自社の組織、とりわけ自分が誰の為にその役割を担っているかという本質から離れてしまうと起こりうる実態ではないだろうか。

  そしてモノ言えぬ現場の店長。

店長は店舗の競争力を如何に高めるかという視点で、優先事項にこだわりつづける姿勢が重要なのであろう。







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2020年12月21日 (月)

広さと深さ

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


「広さ」と「深さ」。

  領域には二つの方向がある。

広さは、領域を横に広げる行為。
深さは、領域を奥に深める行為。

  それは差別化にも教育にも通用する概念であろうか。

例えば点数拡大手法。

  現在の点数から如何に点数を拡大させるか。

広さを拡張するのであれば、従来のカテゴリーにはないカテゴリーは付加して品揃えを広げることになろう。
深さを拡張するのであれば、従来の売り方から更に陳列を変えたり場所を変えたり関連でセットで売ったり。

  広さを求めるのであれば本部バイヤーの領域となろうか。
  深さを求めるのであれば店舗の創意工夫の領域となるか。

しかしこの二つの領域は、上記のように完全に分離して捉えるものではないと思う。

  本部バイヤーの領域と言ってしまったら現場はそれ以上求めないことになる。

要は、店舗が点数拡大手法を広さに求めないということになってしまうからだ。
点数拡大手法を広さに求めないということは、競合他社やこの業界のいろいろな情報を有効に活用しないということであり、それはその店舗や従業員の成長意欲を分断することにもなる。そしてそこから得られる他企業の売れている商品やテレビ等で今話題の商品の導入を完全に諦めてしまうことことに繋がっていくのである。

  自社の品揃えに関しては完全に関わらないというスタンス。

そこから企業としての情報収集能力が低下していく要因となるのである。

  現場が全ての情報から足を引くことの脆さ。

それが、役割を完全に分断するということのリスクとなるのである。
しかしそれでもやはり現場は「深さ」を追求していく役割を如何に果たすかを優先的に求めていく場所ではないだろうか。

  要は点数拡大手法であれば如何に「単品量販」を追求していくか。

そこに店舗内の上司と部下の単品量販という具体的な手法に関してのコミュニケーションが生まれ、実践し検証し、そしてそこから売る楽しさを共有しお互いに成長していくのである。

  単に並べるだけの単品量販。
  並べ方を追求する単品量販。
  展開場所の模索型単品量販。
  関連セット販売型単品量販。

そしてそこに生鮮であれば、相場という瞬間的な価格訴求も関連しての単品販売力の追求が付加されていくのである。
そしてその事例が単品量販として自らの単品量販手法を横に広げていくのである。
更にそれは部門の事例として店長が他部門へ波及させていくのであろうし、本部スタッフが全店へ波及させていくという広がりを示していくのであろう。

  しかしだからと言って、うちに篭ってばかりも居られない。

そして、そこから飛び出して外に目を向け、他企業の事例や他企業の仲間との触れ合いから得られた情報を如何に自店や時企業に導入するかも重要な横に広がりとなっていくのである。

  要は情報とは「広げて」「深める」ものなのである。

深さにも広さにもある程度の限界があり、よって広げたら、そこで立ち止まってその領域を深め、更に広げようとしていらない領域を絞り込んで減少させ以前と同じ領域をキープしながらその領域を深めていく。深めたら更に絞り込む領域を模索し、更に深めて自社や自店の強みとしていく。

  その繰り返しが自店の強みとなり他店との差別化になっていくのである。






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2020年12月16日 (水)

対岸の企業提携

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


小売業同士の企業提携。

  今後ますます増えていくであろう。

先日も北海道と栃木の企業の業務提携の話題が出ていた。
トップ同士の会見で、お互いの商売に対する姿勢や企業理念に共感を得たという理由から業務提携へと発展。

  “本当に企業理念に共感を得たのだろうか”

おそらくこのような話は提携ありきからスタートするのであろう。
そして詳細を詰めていく中で、色々と不都合が生まれていくのも事実であろうか。

  そして提携にもいろいろなやり方があろうか。

完全に店舗名も品揃えも一つに統一していくスタイル。
企業名店舗名はそのままに品揃えを統一するスタイル。
企業名店舗名も店舗運営スタイルも不統一のスタイル。

  いろいろな提携スタイルがあろうか。

そして実際に合併や提携をしてみると、いろいろな不都合が生じてくるものである。
ある企業では、企業提携に伴い店内の商品の品揃えを全て提携先の商品を導入し、商品を入れ替えた。

  結果として売上は昨年の8割までに低下。

それだけ普段の品揃えがリピーターにとっては非常に重要であることがわかる。

  いつものお店のいつもの商品。

そのいつもの商品がある日突然、忽然と消えてしまい、見たことないレイアウトと売場に変わってしまった。
それは、売上昨年比80%まで落ち込むのも理解できるのである。

  そこからまたコツコツとリピーターを増やしていくという作業。

それがある程度の道筋として当初から見えていればいいのであるが、提携元から出向してきた人間からすれば、なんとしても早急に業績を戻さなくてはならない。

  かなり強引な手法にて指示命令が発令されるであろう。

そして提携先の企業は従来の仕事の流れや価値観を全く否定されて、提携元の階段を登らざるを得なくなる。

  そこで提携先の企業の現場は大混乱となる。

その壁を乗り越えられるのであろうか。
そこで提携先の企業の幹部や主力メンバーはこの軋轢から、今後の自分の人生であり生き方でありを自分に問うのである。

  “今まで習得してきた仕事観を捨てられない”

そして去っていく人員達。

  よく聞く話ではある。

お互いの企業理念に共感し、今後を共に企業提携していくという決断。
しかし現場では企業理念云々の話から離れ、具体的な商品の品揃えや販売手法、そして細部のマニュアルについても提携元の企業の文化を押し付けられるもの。

  しかし現場をそれを受け入れざるを得ないのである。

それが、企業提携、子会社化という現実なのである。

更に別途企業では、来年早々に店舗の撤退の計画が発表された。

  2021年という年。

いろいろと変化の多い年になりそうな予感である。






  

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