マネジメント

2019年9月10日 (火)

OODAループ?

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


先日、Facebookで仲間が投じたキーワード。

  「OODAループ」。

はっ、と思った。

  “OODAって何?”

思わずFacebookの投稿者にその言葉の意味を訪ねてしまった(笑)。

  PDCAとOODA。

その違いはどこにあるのか。
ネットでもOODAを調べてみた。

  O 〜 Observe  →  観察
  O 〜 Orient     →  方向付け
  D 〜 Decide    →  意思決定
  A 〜 Action     →  行動

これが言葉の意味と流れ(ループ)らしい。

  ここにはPlanは登場しない。

PDCAの始まりであるPlan。

  OODAの最大の特性はPlanに左右されないこと。

一度立てたPlanに縛られるあまりに、Planをどう実行するかという前提に立って現場はPlanに縛られ、状況に応じたより良い行動と結果に結びつけられない状況に陥ることを防ぐという意味を持つのであろう。

  PDCAが本部主導の経営活動であるとすれば
  OODAは現場主導の実践活動であるといえよう。

企業としてのPDCAという特性から、どうしても当初の大前提であるPlanを本部が策定し、その流れから現場ではその大前提のPlanに即して生まれた枝葉のPlanを一応策定し、そのPlanから生まれた実行計画であるDoを策定して日々の行動を起こしていくのであるが、実際にお盆過ぎごろになると大前提のPlanから導かれた現場でのPlanがいつの間にか忘れ去られ、店舗の環境の変化や状況の変化に合わせていつの間にか年度当初に策定されたPDCAが吹っ飛んでしまっているというのが実態ではないのだろうか。

  そこを補正するのがOODAループなのであろう。

PDCAの始まりがPlandとすれば、OODAの始まりはObserve(観察)である。

  観察とは現場で現物を観察すること。

これは、現場でしか体験出来ないこと。

  要は「事件は現場で起こっている」ということ。

そしてそれをいち早く察知できるのも現場の人間。
そこで何が起こり、何が始まろうとしているのか。

  それを現場でいち早く察知してスピードを持って方向付けをする。

そして意思決定をして行動を起こす。
意思決定からの行動を起こすまでのスピードが命であり、それは日々の現場でのPDCAに他ならない。

  PDCAを回すとは本部と現場ではスピード感が違うのは当然だ。

私はそう思っている。

  だから本部の回すPDCAが遅いとも思わない。

それを現場の人間がそれぞれの状況に置いていち早く察知し、いち早く判断し、いち早く意思決定をして行動を起こす。

  それは小売という現場に置いては至極当たり前のこととして受け止めてきた。

それが、中間管理職であるエリアマネージャーやエリアスーパーバイザーが察知して本部との架け橋となって本部へ情報を送り、現場の今を情報として挙げるというスピード感。

  これが組織として機能するかしないかの分かれ目であろう。

そんな理想の組織を目指したいとは思う。








| | コメント (2)

2019年9月 3日 (火)

攻撃は最大の防御

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


先日のブログ。

  「仕事を楽しむ」。

この業界は、特に生鮮部門は攻めて攻めて更に攻めて、結果的に値入れりつの高い商品の荒利ミックス等の販売手法が荒利の安定と売上高のアップからの相対的なロス率の低下、そして結果としての荒利率の確保に繋がるのである。

  しかし闇雲に攻めることが防御となるのだろうか。

それは「否」である。

  攻めるということは攻める足場が必要となる。

その足場とは?。

  それは「基本の徹底」であろう。

商売の原理原則である「基本」がしっかりと組織に店舗に根付いて、その基本という土台が硬くしっかりと崩れない状態にあるから、そこから大きく高く足を蹴って攻撃へ向かえるのである。

  ここを間違えるとこの諺が災いを引き起こす。

よって、基本が徹底されていることが攻撃の前提となることを見誤ってはいけない。

  攻撃はカッコいいし華やかでもある。

誰もが憧れ、誰もが目指すものでもある。

  しかし基本に目を向けるものは少ない。

よって、どうしても攻撃という言葉を出すと、そこにばかり目が集中して基本を忘れ、徹底されていないにも関わらず不安定な足場にも関わらず大きく羽ばたこうとして攻撃が続かないのである。

  特に競合店との戦いにおいては歴然たる差が付くのである。

競合各社にとって、その競合店(自店)が一番嫌な部分は、自店に隙が無いということ。

  その隙とは「基本」が徹底されているといことだ。

基本が徹底されているという事実の上に、競合店は自店の隙を突かれるのが一番嫌なパターンであるといえよう。

  自店の接客や清掃、品切れや鮮度で圧倒されている状態。

この状態では、競合店が何をやってきても怖くは無い。

  それは決して長くは続かないからである。

例えば、安売り。

  基本が出来ていなければ、それは一時のこと。

安売り商品ばかりが売れて、それ以外は見向きもされない。
よって、利益率は更に下降して寿命を自ら縮める結果となろう。

  品揃えを増やしたり高質商品を扱おうが同じことである。

攻撃を仕掛ければ仕掛けるほどに、相手には「隙」が生まれる。

  その隙を突かれたらアウト。

よって、競合対策とはひたすら基本を磨いて、相手の隙をじっと我慢して相手が攻撃に転じた瞬間にそこを徹底して付くことが格闘技はでは常套手段となる。

しかし逆に、自分の商売という自己完結の世界においては、攻撃は最大の防御となることも知るべきであろう。

  攻撃するチャレンジするという姿勢が商品を好回転させてくれるから。

攻撃は最大の防御。

  自分の内面と外部との関係。

その根底には商売の原理原則という基本がしっかりと横たわり、そこを無視してはチャレンジも出来ないし攻撃も出来ない。
しかし人間の内面の気持ちの持ちようとしては、攻めの姿勢と行為は自分を磨いてくれる最大の要因。

  攻めと守り。

そしてそれはやはり一体化して捉えることが必要であろうか。








| | コメント (4)

2019年8月27日 (火)

私との契約

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


パートさんとの契約。

  当社では主に店長が契約書を作成する。

事前に面接をし、契約当日にパソコンで作成した契約書を交わすのである。

  事前面接の際に契約時間や休日等の打ち合わせを済ませての契約書の作成。

そしてそれを部門チーフとコミュニケをして、採用者の契約内容を部門チーフが把握するという流れ。

  よって必ずしも部門チーフが欲しがる人材とは異なる場合もあろう。

しかし今時部門チーフが願う人材と入社の扉を開いた人材とでは完全に一致するような時代ではない。

  「店長、その時間帯や休日の曜日では要りません!。」

そんな贅沢を言う部門チーフも最近は居ない。
居ないと言うか、そんな贅沢を言っていられるほど潤った人員体制のお店など皆無である。

  「採用してくれるだけで幸せ」

そんな時代である。

  まして鮮魚、精肉、惣菜、レジ。

そうレジ部門も最近は採用難の時代である。

  かっては、レジと惣菜は人材が豊富だった。

主婦にとって特別な技術を要さない部門だったのであろう。

  しかし接客クレーマーのお陰でレジ部門も採用難となった?。

そんなこんなだから、採用人材=部門チーフの要望、となり得ない採用もままあるだろう。

先日、土日休日の契約パートが日曜日に出社していた。

  「あれっ!、今日の日曜日は大丈夫なのか?。」

そのパートさんに聞いた。

  そうしたら、彼女から思わぬ言葉が返ってきた。

「チーフは店長との契約はそうだが私とはそんな契約をしてないから💢、と言われました(笑)。

  「なに!、チーフがそんなことを言ったのか⁉️。」

「はい、でも頑張っているチーフですから今回はそれに従いました(笑)。」

  一安心した(笑)。

どうしてもこの業界は日曜日が忙しい。
しかし、パート契約でもお子さんが小さい家庭ではどうしても日曜日に子供の面倒を見てくれるおばあちゃんがいなければ、日曜日は子供の面倒を見ざるを得ない。

  そしてそれは部門チーフとしては頭痛のタネでもある。

ましてお盆期間の人材確保は死活問題でもある。

  その狭間から生まれた必死な言葉でもあったのだろう。

しかし、この言葉は部門チーフと配属のパートさんとの信頼関係の為せる技でもある。
部門チーフに対するパートさんの信頼の証が、部門チーフをしてこの言葉を言えるのであろうし、それを受けたパートさんも、普段から頑張っている姿を目にするチーフのためにこのときぐらいはなんとかしようと言う行動に出れたのである。

  これが信頼関係がなければ成り立たない会話でもあったろう。

「頑張っている方ですから、今回は従いました。」

  羨ましい関係である。







| | コメント (8)

2019年8月 8日 (木)

上司の笑顔

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。



先日のブログの記事。

  「人心を掌握する」。

http://tetu-syoubai.cocolog-nifty.com/blog/2019/08/post-676924.html

この記事に対する「k.k」さんのコメントに触れてみたい。

  「部下だけでなく店長副店長の笑顔を増やしたい」

上司が部下の笑顔を引き出すことを目的化するのであれば分かるが、部下が上司の笑顔を引き出すという目標。

  素晴らしい部下の目標ではないか(笑)。

かって「k.k」さんは部下のやる気を引き出そうと必死であった。

  しかしなかなか空回りばかりで部下には響かない。

しかしある時、こんな記事に反応して部下との接し方を変えてみた。

  「人は体験からしか学べない」 2019年6月21日の記事

http://tetu-syoubai.cocolog-nifty.com/blog/2019/06/post-703f64.html

  そこで出たコメント。

「先日の話の反省から今日の刺身は若手に計画から全部やらせてみました。
天気チェックと売り場在庫等含めて。一人で十数万円切り抜きました。
朝も早めに来たし昼も早めに戻り計算しながらやり抜きました。流石に褒めました(笑)
先ずは、やらせる。彼にとっても経験値上がったと思います。勉強になりました!」

  従来のコメントとは大きく異なるものを感じた。

それまでは、どうしても自らの率先垂範はあるものの、部下がやる気を起こしてくれない、定時で帰宅する、仕事に興味を持ってくれない、等々の愚痴の多いコメントが大半を占めていたのだが、この記事からの「k.k」さん、コメントの内容が大きく変化した時であった。

そして次のコメント記事が以下の通り。

  「自然の結末」 2019年 7月3日の記事

http://tetu-syoubai.cocolog-nifty.com/blog/2019/07/post-81ce76.html

  そこで出たコメント。

「いちチーフでは偉そうな事は出来ませんが、部下に売りたい魚、やり方を曜日を決めてやらせる事にしました。
自企業のやり方だけでは幅がないので他企業見て良いなと思ったのはどんどん提案して行けと。
コンプラだけチェックしてやらせます。失敗したら何で取り戻すかを一緒に考えてみます。
いつまでも担当ではもったいないので。多少パワハラになるかもですが愛情持って教えます。」

  そして今回の「人心を掌握する」のコメント。

「先月は部下をのせて仕事をさせてウナギが昨対でボロボロでしたが他で仕掛けたので予算、昨対もクリア出来ました。全
店でも2割までありません。(笑)
平ケースを特定の曜日に預けました。もっと切りたい、作りたいがあってロスは多大に出ました。
自ら夕市の量を増やしたようで私の休みの日は予算はほぼ100%クリアしてくれました。
特にコンプラ絡みの失敗もなく安心ですが同時にロス対策、粗利対策に私が廻ってます。(笑)
売り上げはハレの日のみ注意して見て、あとはテーマ、ストーリーがある売り場を教えていきます。
最近部下たちの顔に笑顔が増えたかもです。
次は恐れおおいですが、店長、副店長の笑顔を増やせれば最高ですね。
水面下で動いてみます。」

  部下が確実に育ってきた証であろう。

そして同時に、部下への視点と同時に今度は自分の上司に対しても上記のように店舗を盛り上げようとする思考に進化していくのである。

  上司への思考。

これが上司だけへの思考でしかなければ、結局は部下からの信頼は得られない。

  “上司に媚びへつらう自分の上司”

そしてそれは部下をして、「組織で仕事をすることの間違った方向性」を与えてしまうことになる。
しかし、今回の「k.k」さんのように自分の部下の仕事への熱意を育てると同時に、上司の顔色を伺うことではなく、単純に上司の組織内での笑顔を引き出すことへのトライが始まろうとしているのである。

  ぜひ、成功してもらいたいものである。







| | コメント (6)

2019年8月 2日 (金)

人心を掌握する

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


人心掌握。

  人の心をつかむこと。

人心掌握術関連の著作物も多い。

  それだけリーダーにとっては必須の能力ということか。

実際に現場で店舗運営に携わっていると、部下の人心を掌握することを念頭に店舗コンセプトを立案し、自ら行動し、コミュニケーションをすることが多い。

  なぜか?。

それは、店長一人が行動しても何の意味もないからである。
部下を巻き込んで店舗全体として統一的にあるべき売場を実現させなければ、数ある競合店の中からお客様が継続的に自店を選択して来店してくれることには繋がらないからである。

  部下を巻き込む。

要は、自分が目指すあるべき姿になるように部下一人一人に行動させることが店長の最大の仕事であろうか。

  しかし店長一人一人が独自にそれをやったら効率が悪い。

そこで、店長はいろいろな武器を駆使して部下の人心を掌握して、部下を行動に移させるのである。

  企業作成の作業マニュアルもあろう。
  部門作成の52週の販売計画もあろう。
  人事作成の教育マニュアルもあろう。

店長をフォローする形で本部作成のマニュアルが多数存在し、各部署ではそのマニュアルに則って基本的なあるべき売場の手順書が存在はする。

  しかしそれを具体的に部下に行動を起こさせるのが店長の仕事。

そこには必然的に部下の人心を掌握する術を店長が持ち合わせていない限り店長の独り舞台となってしまう。

  それではどうやって部下の人心を掌握するのか?。

私は部下の「共感」と「納得」だと思っている。

  部下が店長に共感する。
  部下が店長に納得する。

このことだと言えよう。

  共感とは店長が同じ目線で部下の心を受け入れること。

部下の現状のレベルはともかく、現在の心境に対して部下と同じ目線まで下がって部下の心の叫びを受け入れることにある。

  “聴いてもらった、受け入れてもらった”

これが共感の原点であろうか。

  私はそれだけでいいと思っている。

全てはそこから始まるのである。
確かにその通りと店長が共感する場面もあろうし、とは言いながらという切り返す場面もあろう。

  しかし部下にとってみれば店長の受け入れはそれだけで共感となる。

そんな部下の心理的環境を整え、その後に店長が同じ共感を活用するもよし、理論を展開するもよし。

  コミュニケーションとは聞き手に主導権がある。

相手が部下であれば部下にコミュニケーションの主導権があるから、部下が店長の話を聞く環境になっていることが絶対条件である。

  その環境作りが日頃の店長の部下との関係作りであろうか。

店長とは商品も持たず、売場も持たず、発注も持たない、何の取得権もない存在ではあるが、部下の心を掌握する術はしっかりと持っていないと存在価値のない存在なのである。






| | コメント (8)

2019年8月 1日 (木)

継続の3:3:3

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


継続することの大切さ。

  それは歳を重ねるごとに身に染みてくるもの。

この業界に入社早々の時には何も感じず、ただひたすらに仕事に没頭していたが、いつしかそれが体験から経験となり知識から知恵となるにつれて、継続することで自分の中に積み上がっていくことが理解できるようになる。

学生時代に野球をやったり、ボートを漕いだりもしていたが、それでも継続してやることがいかに重要かということまでには至らなかった。
それは、まだまだ自分の体も成長し、思考能力も成長していたため、体力の向上とともに技術も向上するのであろうというレベルでしか理解できなかった自分の進化。

しかし社会人として、その業界や仕事に長く身を置くことで自分の中に積み上がっていくものを体系的に理解できるようになってきたのであろう。

そこから導き出された自分なりの継続の原則。

  継続の3:3:3 の法則。

よく昔から三日坊主という言葉があった。

  3日も続かない。

要は、長続きしないということのたとえ。

  上記のはじめの3は、3日。

まずは3日続けてみること。
新規に入社される方も同様であろう。

  最初の3日間が非常に重要であること。

新規に入社されるパートさん達も最初の3日間で、職場環境を見るのである。
概ねの仕事の流れ、一日の流れ、そして共に働く従業員の人柄やチーフ、社員、そして店長等の態度。

  これらが概ね3日で認知されてしまうもの。

この3日間で辞めずに経過したら当初の課題はパスしたということであろうか。

  次の3は3ヶ月。

新たな仕事に就いて3日が経過したが、日々の慣れない仕事においてのストレスを一番感じてくるのが1週間目あたりからであろうか。

  周囲の流れになかなか付いていけない。

そう感じるのが1週間以降から。
それは概ね、スピードというよりも、覚えという部分であろうか。

  長年の経験者は仕事を体で覚えてしまっている。

しかし新規に入社された方は、まだそこまで行かない。
体で覚えるというよりは、頭で暗記しようとしている時期であろう。

  頭で覚えようとしている時期にはどうしてもスピードは劣る。

それが3ヶ月の壁である。
この3ヶ月を乗り越えられれば、大抵のパートさんは継続してくれるものである。

  そして3年。

3年の壁は正社員が超えるべき壁であろうか。

  仕事は概ね順調に覚えてきた。

しかし、自分の将来がなかなか見えてこないのが3年目。

  自分はこの仕事で将来食っていけるのだろうか。

その裏側には、この部門で一生やれるのか?、もしくはこの部門で一生終わってしまうのかという不安であろう。
まだチーフという職位にも昇格していない段階で、自分の将来が見えてこない時期である。

  しかし実はチーフ昇格は目の前にあるのだ。

先輩社員や店長はそのことが概ね見えているのであるが、如何せん本人にはそこが見えない。

  そこで悩むのである。

さて、自分はこのまま担当者で終わってしまうのではないか、という不安。

  それが3年目の壁である。

そこがクリアできれば、チーフとして新たな環境といステージに上がるのであるが。

  だから、3年間は辞めずに続けてみること。

そこからまた新たなステージに登り、新たな自分の未来という景色をみることができるのである。








| | コメント (4)

2019年7月23日 (火)

アウトロー論

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


先日のdadamaさんとかわらいさんとの飲み会。

  いろいろな話題が出た。

その中でどうしても避けて通れないのが「アウトロー論」。

  アウトロー論?。

そんな理論などもちろんある筈もないが、どうしてもアウトローという表現に哀愁を感じてしまうのは我々の感度であろうか。

  アウトロー。

一般的な意味としては、「ならず者」「無法者」。

しかし、もっと広い意味で業界内で使われている意味としては、

  「組織の論理から飛び出した者」

組織には、それぞれにその組織が持つ枠組みが存在する。

  組織が持つ「枠組み」。

それは、その組織が持つ使命や存在価値があり、そこから組織内でその使命を遂行するために社内規定を策定し、行動規範を策定し、組織員にこの行動規範を求めるようになる。

  それは至極当たり前のことではある。

問題はそこからであろうか(笑)。

  その枠組みと行動規範への不満。

要は、個店の店長やチーフとして数値や業績を達成したり売上を上げるための行動をどんどん極めていくと、いずれ組織の枠組みや行動規範から飛び出す結果となっていくという事実。

  あえてそこから飛び出そうとすることがアウトローへ。

組織というのは非常に繊細な生き物である。

企業のトップが定めた枠組みと行動規範。
それは、トップがこの枠組みを有効に活用して、どんどん自らの可能性を開花させてほしいとの願いから策定した行動規範である。

  しかしその行動規範が策定された段階から縮小均衡へ向かって進むのである。

それはこういうことである。

トップが策定した行動規範は、その下の役員レベルではより一層にこの行動規範を遵守する空気となり、その枠組みの一回り縮小された枠組みとなってその下の部下へ引き継がれるのである。

  それは行動規範の遵守が自分の評価となっていくからである。

そして、その思考が徐々に下のマネジメント層に下っていく毎に、どんどん縮小されながら降りていくことになる。

  最終的に現場での行動規範はトップの半分程度に縮小されていく。

アウトローとは、この半分に縮小された行動規範に対して、その本来のあるべき枠組みに広げていこうとする行動なのである。
そして、この行為は誰かが敢えて勇気を出して行動しない限りは、この縮小均衡は永遠に続くものであり、その結果が組織の硬直化である。

  それは従来からの組織の宿命でもあろう。

組織とはこのようにして、徐々に枠組みや行動規範が縮小均衡に陥り、硬直化していくのである。

  ここに進化する組織と硬直化していく組織に別れていくのである。

そして、進化していく組織には必ずアウトローが存在し、組織に揺らぎをもたらし、その揺らぎが組織を再構築させ本来の行動規範を末端まで浸透させるのである。

  アウトローが受け入れられる組織。

そこに組織の懐の深さがあり、常に現状に対しての懐疑があり、その懐疑から組織の再活性化が生まれ新陳代謝が為されるのである。

  アウトロー論。

そんなのはありはしないのだが、私なりにはそんな風に思うのである。







| | コメント (2)

2019年7月16日 (火)

基準を持つ大切さ

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


スーパーマーケットで重要なこと。

  如何に日々の売場が安定しているか。

ある日は全品しっかりと品揃えされているが、別のある日はいつもの場所にいつもの食材が無く、日々が不安定な売場の連続。

  それでは毎日買い物に来店されるお客様は不満であろう。

特に定番は目的を持って来店されるお客様が購入される商品であるから、日々の品揃えの不安定は命取りとなる。
また、生鮮食材に関してもある時は鮮度抜群の生いわしが品揃えされているが、先日のブログ記事のように月曜日は真っ黒ないわしの開きしか売場に無かったら、やはりとてもそのお店で生鮮品を買う気にはなれないであろう。

  鮮度面でも品揃え面でも日々安定した売場の維持。

これはスーパーマーケットにおいて基本中の基本であろうか。
ただ、一方では日々の変化や季節感や旬の打ち出しも必要な要素ではあるが。

  そして店舗運営側で重要なことはそれらの基準に認識であろうか。

企業としての基準とは、店舗規模や店舗レイアウト、店舗の品揃え、更に自社の売価設定基準やオペレーション基準。
そして、店舗レベルではそれらの基準に従った日々の運営基準となろうか。

とは言っても、日々の人員の変化や曜日別の売上の変動により、在庫管理からオペレーション管理、そして時間帯別のあるべき状態の管理まで、店舗側の基準に関しても多岐に渡るであろう。

  それを一手に引き受けるのが最終的には店長の職務と言えようか。

店舗の業績は店長で決まるというのは昔から言えることである。

  それは上記のような基準をどこまで店長が確立しているかによるのである。

その自ら持つ基準のレベルによって、日々の売場がブレ、結果的に月間の販売金額や販売点数、客数に影響を与えていくということになる。

  全ては店長の基準のレベルの差であろうか。

そのために、常に店長は部下とのコミュニケーションを図り、自らの持つ基準を部下と目合わせするのである。
その目合わせが、日々の売場の安定をもたらし、リピーターを安定させ、内部作業も安定させていくのだろう。

  要は基準の目合わせ。

それがコミュニケーションの一番のポイントであろうか。

  世間話しも良いだろう。
  業務伝達も良いだろう。
  店内会議も良いだろう。

しかし、一番重要なのは、店舗としての上記のような基準の目合わせであり、それが店舗を一定の安定した基準に照らし合わせた店舗運営を可能にし、お客様が安心してワンストップでその店舗で食事の支度ができるなくてはならない存在になっていくのである。

  そしてその基準がブレずに維持されているという店舗は強い。

強いということは、最後はそこが生き残るということである。

  そして潰れていく企業や店舗はまず基準が低下していくもの。

品揃えが不安定になり、鮮度の良い生鮮品が無くなり、売場は埃だらけになり、従業員から笑顔が消えていく。

  すべてはあるべき姿の基準が優先されなくなった証拠。

その最後の砦が店長であり、そのことを企業の社長から命を受けて店舗運営に携わるのが店長の役割と言えよう。






| | コメント (2)

2019年7月 2日 (火)

知と情のマネジメント

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


だいぶ以前に「振り子の法則」を記した。

  http://tetu-syoubai.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/post_e34f.html

この中で、

  「知」のマネジメント。
  「情」のマネジメント。

を記載している。

  そして振り子のように知と情のマネジメントのバランスを取る。

知に大きく振ったなら、同時に情にも大きく振らないとバランスが崩れ、いずれもとの振り幅に戻ってしまう。

  知で大きく振ったなら情もそれ以上に振り幅を大きくする。

その交互作用にて、知と情がバランスよくそして大きく振り幅を広げて拡大していく。

  それがマネジメントの進化であり組織の進化に繋がるという記事。

今再び、知と情のマネジメントを書いてみたい。

  リーダーとして店長として「知」のマネジメントは基本である。

企業として、それぞれの役職についての定義や解説、マニュアル等が存在しているであろう。
店長としてのやるべき事、1日のタイムスケジュール、売場の時間帯別のあるべき姿、接客マニュアル、陳列マニュアル等々、店舗運営に関するあらゆる決め事があろう。

  それらを部下と共有し部下の行動を変える事が「知」のマネジメント。

よって、これらはその店長固有のマネジメントというよりは、企業として定義づけられたマネジメントと言える。

  店内であるイベントが催されることになったとしよう。

店長は、ある特定の部門に必要人員を割り当て時間帯毎にそのイベントへの手伝いを要請したとする。
店長としては、イベントに参加出来る人員が揃っている部門、揃っていない部門、出しやすい部門、出しにくい部門を選定して部門を決定したとする。

  ある部門チーフからクレームが入った。

「なぜ、うちの部門だけ援助しなければならないのか?。納得がいかない」

そんなクレームであった。

  問題はそこからだ。

ここから、「知」のマネジメントをするのか、「情」のマネジメントをするのかが問われるのである。

  あくまでも「知」マネジメントを行使しようとすれば、

「本来、部門の人員も全てはこの店舗の人員。よって全ては店長管理として全ての人員を店長が受け持つのが本来の姿。その店舗の人員を役割として店長が部門別に割り振って現在の部門の人員が存在してるのである。よって、その本来の管理に基づいて今回も君の部門から人員の一部を店長管理としてこのイベントに参加させるのであるから、文句を言うのは筋違いというものだよ。」

  そう部門チーフに言って、おしまいのはず。

しかし、それではあまりにも乾ききったコミュニケーションではないか。
それで押し通すことも出来るだろうが、「知」のマネジメントを行使した後は、「情」のマネジメントの振り子を使用しなければバランスが崩れてしまう。

店長が判断して、その部門からイベントへの要請をしたということは、上記のような「知」のマネジメントが裏にはあるのだが、その乾いた判断ではなく、もっと深くその部門チーフとの間に交わされている信頼という関係に期待したところが大きいのである。

  “このチーフなら期待に応えてくれるであろう”

チーフにとってはなぜ俺の部門だけ?という問いはあるだろう。
しかし、それは店長が判断した部分であり、それを具体的に説明しようとすると、最終的には上記のような従業員は全て店舗人員という「知」の部分を引っ張りださなければならない。

  そうではなく逆にその部門チーフを信頼しているという「情」を持ち出すのである。

正確に余剰人員や余裕のある人員を「知」によって明確することなど出来ない。

  「そう言われてもこの日は人員が足りません」

そう言い切られたらおしまいである。
よってそこに「情」のマネジメントを行使し、そこから先は部門チーフに委ね、部門チーフが店長の信頼の応えてくれることを期待して人員要請をするのである。

  それを理解した部門チーフがどう信頼に応えるか。

そこから先は普段の店長と部門チーフとの関係であろう。

  “そこまで期待してくれているのであれば期待に応えよう”

店長の意図を汲み取り、そしてお店に対して自部門で貢献しようと、快く人員を派遣してくれるか否か。

  「知」のマネジメントは上司から部下への一方通行。
  「情」のマネジメントは上司と部下の信頼の交互通行。

そして、お互いの振り子の関係によって、その関係は強固になっていくのである。








| | コメント (2)

2019年6月29日 (土)

評価を得たい相手

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


人間の評価。

  出来れば上司から高い評価を得たい。

それは組織人として当然の想いであろう。

  それと同時に部下からも高い評価を得たい。

それも上司からの評価と同様に重要視しているリーダーも多い。

  上司と部下からの高い評価。

これに勝る組織人はいないであろう。

しかし上司と部下からの高い評価とは、相反する要素を同時に満たさなければならないため、上司からの評価が高いリーダーは部下からの評価が低かったり、部下からの評価が高いリーダーは上司からの評価が低かったりするものだ。

  上司にも部下にも高い評価を得るリーダー。

それは、本物であろう。

  要は部下のモチベーションを高めながら上司の目指す組織作りが出来る。

企業が目指すあるべき姿に確実に近ずく方針を店舗や組織で掲げ、その方向へ確実に向かっている組織の実態とその姿勢が上司から評価され、同時にそこへ向かうために自分が率いる組織のメンバー達にしっかりと方向性を示し、一人一人の働くモチベーションを維持して部下達の持てる能力をあるべき姿に向かって一致団結させ確実に進化している組織。

  まさに理想の姿である(笑)。

しかし、そんなリーダーが実在して上司にも部下にも高い評価を得ているリーダーはどれほどの数なのであろうか?。

  まさに夢物語ではないだろうか。

そのほとんどのリーダー達は、上司から示されたあるべき姿に対して理解し受け入れはするが、対して自分が率いる組織やその人材の実態とも直面しなければならない。

  組織の人材不足もあろう。
  組織を人材能力もあろう。
  自分の運営能力もあろう。
  自企業の組織力もあろう。

色々な問題を抱えながら企業が進むべき方向性と同じ方向を向いて、より具体的に自分の立てた店舗方針や組織方針に沿って自組織を運営すべく日々諸問題と葛藤しているのである。

  特に部下の行動とそこから起因する業績との狭間でもがくのだ。

それは出来るだけ上司の指示や指導に沿った形で部下を説得して行動させ、実績を高めたいとの相反するギャップに苦しむからであろう。

  それは上司からも部下からも高い評価を得たいという欲求からであろう。

しかし、それ故にどちらからも中途半端として評価されてしまう可能性が高まるのである。

それでは、どうしたらいいのであろうか?。

  能力を有する人材から高い評価を得ることを優先したいものである。

上司だろうが部下だろうが、高い能力を有する人材は、仕事面でも適切な判断をして行動している人材が多い。

  彼らからの共感を得られる存在。

それが一つの目安ではないだろうか。
特に全ての部下からの高い評価は不可能に近いであろう。

  八方美人的な部下への対応。

それでは組織運営は縮小均衡となっていくであろう。

  高い能力を有した部下からの高い評価。

それは、彼らのモチベーションを高め、そして彼らのリーダーシップによって組織はより効率的に回転していくであろう。

  能力の高い部下とは決して後ろ向きな考えは持たない。

前へ前へ。

  そんな部下達の共感を得ながら組織運営を図る。

評価を得るということは、自分の方針を実現しやすい環境を作るということでもある。
そしてそれが組織自体の進む道を耕していくということでもある。




| | コメント (2)

より以前の記事一覧