部下育成

2019年7月30日 (火)

担当者の異動

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


人事異動。

  企業内の異動にもいろいろあろう。

所謂人事異動とは、店舗内のパートさんの配置転換等は人事異動とは言わないので、正社員が企業の取締役社長の命の下に現在の配置から異動をする場合を指すであろう。

そして上は取締役級の異動もあろうし、部長、課長、店長、そしてバイヤーやトレーナー、スーパーバイザー、更には副店長やチーフ、そして末端の担当者まで、その人事異動はさまざまな層に至るのである。

  人事異動の目的にもいろいろあろう。

定期的な組織内での人事異動。
新店出店にともなう人事異動。
個人の昇格や降格の人事異動。
退職者の発生による人事異動。

  さまざまな理由で人事異動が発生する。

いろいろな人事異動があるが、職位の中で自分では相変わらず主導権を握れないのが担当者であろう。

  チーフ以上であれば小さいながらも部門のチームリーダーとなる。

自分の部門運営はチーフに任され、自分が主導権を握って部門運営にあたることになる。
強いて言えば自分の上司の店長との関係で、店長の指示を仰ぐ場面もあろうが、その概ねの部門運営に関してはチーフが概ねの決定権があるわけだ。

  しかし担当者は相変わらず末端の社員。

異動先でも自分の上司であるチーフの指示の下に仕事をすることになる。

  ここに担当者の人事異動の課題がある。

当然、人事異動という特性上、自分で異動を申し出るわけにもいかないし拒否することも出来ない。

  異動の内示を受けたら基本的にはその異動を受け入れることになる。

異動先の上司であるチーフが誰だあろうが、そのお店に赴任し、その上司と共に仕事をすることになる。

  ここに担当者の運命を握るポイントがある。

それは上司に恵まれるか否かというポイント。
上司に恵まれるというよりも、新たな上司といい関係となり、お互いに必要不可欠な存在となれれば、その上司から多くの決定権を獲得することになるのである。

  要は権限委譲されるということだ。

その為に重要なこと。

  それは上司が求めるあるべき姿をいち早く理解することである。

異動先のチーフが、部門運営に対してのあるべき姿が以前のチーフと比較してどう違うのか。
従来のチーフが妥協していた部分に対して、新たなチーフはどう考えているのか。

  そこにチーフ同士のあるべき姿の認識の違いが露わになるのだ。

異動先のチーフのあるべき姿や部門運営を異動後から早々に自分で習得して、新チーフが望むあるべき姿を自分がいち早く実現できれば、新チーフの信頼は高まるであろう。

  それがデキル担当者としての信頼となるのである。

結果として、そのあるべき姿を実現させながら、あるカテゴリーの売場を委譲されたり、出勤計画表や勤務表の作成を譲渡されていくのである。
そうなると、次のステップとしてのチーフという役職が見えてくることになる。

  そんな人事異動をして欲しいものである。







| | コメント (4)

2019年7月12日 (金)

高校生アルバイト

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


アルバイト。

  社会人から大学生、そして高校生と多岐にわたる。

アルバイトと一口に言っても、その内実はダブルワークをする社会人から、学びながらその学費や生活費を稼ごうとする大学生、そして多少なりとも親の負担を少なくして空いた時間を有効に活かそうとする高校生まで幅広い存在であろう。

  我々がイメージするアルバイトとはワーカー。

2時間〜4時間程度の短時間でスーパーで働いてもらうわけでるから、より作業を集中させて効率よく仕事をしてもらう為にも、パソコンに向かって事務的作業をするよりも売場で品出しをしたりバックヤードでピッキングをしたり清掃をしたりレジを打ったりという作業が中心となろうか。

  しかし中にはなくてはならないアルバイトも多い。

発注をしたりPOPを作ったり閉店の作業をしたり。
当店の戦力となって、なくてはならない存在の子達も多い。

  特にレジ部門では夜の混雑時の人材として不可欠な存在。

しかし、同じアルバイトとは言っても、高齢の社会人と中学を卒業したての高校生とでは大きなギャップがあろう。

  社会人の場合は仕事をすでに経験している存在。

よって、社会での就業のルールはお互いに概ね理解しているから、あれこれ細部に渡って説明をしなくても阿吽の呼吸でわかってくれている。

  しかし高校一年生の場合は全く異なる。

社会のルール、仕事のルール、我々がアルバイトに期待するあるべき姿を一つ一つ、作業のその都度その都度で教えていく必要がある。

  先日ある外国人の高校一年生がアルバイトで入社した。

そもそも日本で生まれ育った存在ではないから、日本の文化や習慣等を祖父や祖母か教わりながら育ってきた存在でもない。
そして高校一年生という上記のような社会人としてもまだまだ子供の存在である。

  しかし元気は良い。

元気が良く、更に礼儀も良かった。
こちらの話を聞いて納得した後は、元気良く「ハイ!」と返事を返してくる。

  私はそれだけが拠り所となった。

この元気と礼儀があれば、どんなに厳しい仕事を与えられても歯を食いしばってやり切ってくれるだろう、という期待の拠り所が彼の「元気」と「礼儀」に感じたのである。

  しかし初日はチーフがキレた(笑)。

当初売場(ドライグロサリー)の前出しをさせたのだが、フラフラしながら売場を歩いているだけにしか見えないという。
よって、防犯カメラで彼の行動を追ってみると、確かに売場をフラフラ歩いているようにしか見えなかった。

  ちなみに当店の防犯カメラの性能は高い。

てっちゃん会のメンバーがよく来店されるが、後付けでその行動を防犯カメラでチェックしiphonでその画像をFacebookに公開すると、あまりの画像の良さにメンバーが舌打ちするほどの高画質なのである。

話がそれてしまったが、アルバイトのそんな状況を見て、実際に彼の側に行った。

  「いいか、前出しは3尺毎に完璧にやったら次へ移動するんだ」。

要は、彼の認識するあるべき売場の状態と、我々が認識するあるべき売場の状態とのギャップである。

  我々の認識するあるべき売場とは商品の顔まで含めての完璧。
  しかし彼の認識ではこの売場は完璧に前出しされている状態。

よって、彼にとってみれば、目の前の売場は完璧に前出しされているという認識であった。
その為に、どこを前出しすればいいのかがわからず、売場を素通りしているだけにしか見えなかったようだ。

  私が指示した瞬間から彼は3尺毎に完璧のレベルが変わった。

また、後で彼に言った言葉。

  「初めが肝心だぞ。」

ここは日本である。日本の文化の中では、初めに人を見て「使えるか」「使えないか」を判断し、使えないと判断された人間は放置される。
それは日本の文化なのか私の文化なのかは不明だが、私は自分自身でそんなところがある。
よって、初めに元気、礼儀、そして、指示に従って確実に仕事をこなすという行動と態度を示してほしいという願いであろうか。

  上記のような話を言って聞かせた。

だから、初めの一週間が大切だという話。

  二日目からの彼の行動が楽しみである。







| | コメント (2)

2019年7月10日 (水)

最強のOJT

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


1年は52週の繰り返し。

  商売も52週サイクルで回す場合が多い。

52週という週間計で昨年と比較したり予算と比較したりして昨年比から今年の業績を分析したり次週や次月の計画を練り直したり。
そして、イベントや歳時記も52週のサイクルで捉えて計画を練る方がわかりやすいと思われる。

  そして52週は翌年も同じサイクルで巡ってくる。

要は、52週を繰り返し繰り返し回していくと、一年があっという間に過ぎていくことになる。

  これは商売にとってどうなのだろう?。

日本には四季があり、気候の変化があり、歳時記があり、旬がある。
そしてこの業界は売り上げを昨年と比較して評価したがる習慣がある(笑)。

  昨年の同月同週同日と比較してどうだったのか?。

その比較においては、必然的に昨年の同じ週に同じ単品を販売している実績と比較して、今年の同じ単品が伸びたのか減ったのかという比較まで遡って評価した方がしやすいし単品まで掘り下げて評価できるメリットもあろう。

そして現場においてはそれを実際の売場で昨年と同様のお客様を相手にPDCAを回せるという条件が整っているのである。

  よって、同じお店で一年52週を実践することは最強のOJTであろう。

ここに、同じお店という条件をつけさせてもらう。

  いや同じお店でないと最強のOJTとは言えないのである。

それは52週の根底にある条件が異なるからである。

  更に言うと52週を土台にして更に52週で完璧となる。

それは、52週を同じお店でしっかりと取り組み、それを土台として更に同じお店でもう一年52週のPDCAを回すのである。

  これで完璧な最強のOJTと言える。

しっかりと同じ店舗で52週を実践したら、翌年はその繰り返しとなる。

  繰り返しとなれば、自ずと昨年比が出る。

この自分が創造した実績に対して、今年の52週で如何にPDCAを回してその実績を乗り越えていくか。

  よく、52週の時代は終わったとも言われる。

今時52週をコツコツと歳時記や旬に従って消費するお客様などいないとも言われる。
しかし、一年52週と言うサイクルと日本の四季、気候、歳時記、旬は依然として普遍である。

  この52週を自ら学ぶということはこの業界の土台だと考える。

それをしっかり自分の体で体験した後に、その是非と問うのであれば話は聞けるが、その体験もしないで世の中の変化だけを捉えて52週を語るのはお門違いであろう。

  そもそも我々は本当に52週を同じお店で本気で実践したのか?。

ほとんどの方は店長だろうがチーフだろうが担当者だろうが、同じテンポで52週をしっかりPDCAを回し、反省を残し52週の記録を残したという経験を持っている人は何人いるのだろうか。

  ほんの一握りの方だけではないだろうか。

52週をしっかり取り組もうと思っても、途中で人事異動により店舗が変わった途端にそんな余裕がなくなってしまったり、52週のPDCAに取り組んでみたもののあまりの負担に途中挫折してしまったり、昨今の人材不足によりとてもとてもそんな余裕がなくなってしまったり。

  色々な理由から52週を完全にこなしきれずに断念してしまう。

どのサイクルでもいいから、52週を連続で一度は経験しておきたいものである。

  それも店長という職位での経験が最強であろう。

それは、ある部門やある単品に特化せずに店舗全般に及んで商品の動向を把握できるからである。

  そして、人事異動にも上記の思考を取り入れて部下育成に当ててほしいものである。

それが、販売面での商売の為の最強のOJTになるのであるから。








| | コメント (4)

2019年7月 3日 (水)

自然の結末

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


以前のブログ。

  http://tetu-syoubai.cocolog-nifty.com/blog/2019/06/post-703f64.html

「人は体験からしか学べない」を記した。

  自分の体験が一番の学びの場。

それは、一連の行動が自分の頭で描いたストーリーを自分で実践した結果であることが何よりも大切なのである。
そこから結果としての成功、失敗を自分で判断し自分で次のストーリーを描いてリスタートが出来るという流れ。

  まさに「PDCA」を自分で回すことが大切なのである。

そして今日は自然の結末について。

  PDCAについては自分の仕事面においての進め方。

それ以前に、自分の行動や態度、組織内でのコミュニケーションといった人間の基本的な行動や心理についての学びはどうすべきだろう。

  今日はそれについて書いてみたい。

「人は体験からしか学べない」に関しては、結局は自分で「PDCA」を回すということが大切なのは理解できた。

  では、その一番重要な部分はどこなのだろうか。

それは、結末を体験することだと考える。

  自分で描いたストーリーの結末だから大いに学べるのである。

そしてそれは、ビジネスの場だけではなく、もっと普段の自分の生活面においても同様であると言える。

  自分の私生活。

私生活でもビジネス同様に、いやそれ以上に自分でPDCAを回すことになるであろう。
自分が属する企業内であれば、ある程度は自社内の枠内での行動や思考の範囲内で自分の領域を自由にPDCAを回すことになるが、私生活においてはその枠も全くない状況で自分の行動を自分で決めなければならない。

  ある程度は法律とか習慣とか人間としての倫理は存在するが。

それでも、通常の生活においての自分の行動に関してはフリーな立場で自分で思考し自分で行動する領域はビジネスの比ではない。

  そこで大切なのは「自然の結末を体験する」ということだ。

自然の結末とは、自分で思考し自分で行動した結末を自分の身を以って体験するということである。

  他人や上司が先手を打って結末を左右させてはいけないということだ。

幼少時の危険から遠ざけるということは親として当然ではあるが、社会人として例えば遅刻をしたとしよう。

  当然に、周囲からは不信感が与えられる。

その周囲からの不信感を敢えて遮らずに、本人がそれを受け止める機会を阻止しないということだ。

  結果的に本人が痛い思いをすることになる。

この痛みを実体験させなければ、本人が自分で「PDCA」を回して次回からはどのような行動を取るかが見えてこないからである。

  しかし、部下の業績は自分の業績と直結するもの。

部下に失敗させられないという心理が上司には働くもの。
そこで、必要以上に部下を成功に導くべく上司が奮闘してしまう。

  結果として部下に「自然の結末」を体験する機会を奪ってしまう。

上司として、敢えて自然の結末を体験する、そして体験させるという行為は自らもそんな体験をし自らそこから這い上がってきた経験が無いと出来ないものだ。

  だからいずれ部下にもその時の訓練をさせておく必要がある。

これは、企業として脈々と永続させていくにも必要な部下育成手法であると言える。

  自分の一時の欲ではなく企業の永続を優先させる。

その視点に立てば、後者を選択することにより、部下がいずれはその失敗を克服して一つ一つの行動からよりレベルの高い業務遂行力と人間関係力を身につけていくであろう。








| | コメント (4)

2019年3月25日 (月)

ほめない・叱らない・教えない

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


今年の店長会のテーマの一つに部下育成がある。

  部下育成に対して一冊の本の購入を要請された。

「アドラーに学ぶ部下育成の心理学」。
そして、この本のサブタイトルが面白い。

  「ほめない、叱らない、教えない」。

今までとは真逆の部下育成法ではないかと思ってしまった。
しかし、実際に読んでいくと、その真意が理解できる。

  ほめない。

部下育成で一番重要だと思っていた部分が、部下をほめるということ。

  しかしこの本では部下を「ほめない」という。

この本で一番理解し難い部分が冒頭に登場するのである。
要は、ほめるという行為は「上から目線」になってしまうということらしい。

  よって、支援するというスタンスを貫くことだという。

部下にとって一番大切なのは、いっときの喝采ではなく、困難を切り開く勇気を与えられることであると説く。

  それには称賛ではなく勇気づけであるという。

その勇気付けとは、より具体的に部下が自ら考え自ら行動できる為に意識を変えることである。
その為に、部下が単品量販で全社一の売上を記録した時にかける言葉として、

  「よくやった、おめでとう!。」

はほめるということであり、

  「おかげで多くのお客様の支持を得られたよ。ありがとう。」

一見、上のほめることの方が部下のモチベーションが高まるように思えるが、問題は今後の部下の行動である。
今回の単品量販で結果を出せたということが、お店に対してどのような貢献となったのか、その具体的な貢献度が示されたことで、今後の具体的な自らの行為を貢献という方向へ向けられるということ。そしてそれが色々な困難を克服して前進していこうとする勇気付けにつながるということである。

  それが「ほめない」の本質である。

そして、「叱らない」。

  「叱る」目的は本人への喚起。

部下育成はあくまでも、困難を克服していこうとする勇気付け。

  部下を萎縮させることではない。

それは時代の流れでもあろうし、人間が持つ本質でもあろう。
人間教育として、子供が自分の親から色々な躾や倫理を教わる過程の中で、自分の過失を親から叱責されることもあろう。
しかし、企業に就いた成人が上司からの指導としての叱責はその瞬間は意識の喚起にはなろうが、勇気付けにはなるはずもない。

  失敗に対してはあくまでも「次」を示唆することである。

失敗しても何度でも這い上がっていく勇気付けが本人に対しても組織に対しても重要なのである。

  そして、「教えない」。

これは、理解しやすいであろう。

  あくまでも本人が自ら考え自ら行動すること。

他人の指示で行動し成功しても、そこから得るものは少ない。

  一番成長する瞬間とは、自ら思考して行動したときのみ。

その機会を如何に与えるか。

  我々世代には大きなパラダイムの変化であろう(笑)。

| | コメント (10)

2018年10月17日 (水)

褒めて叱って

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


部下教育。

  10誉めて1叱る。

注意したい部分があれば、10誉めてから叱る。

  これが現代の叱り方?。

誉められる事に慣れてくると、常に自分は誉められるのが当たり前で、いきなり叱られる事に対する拒絶反応が強いのであろう。

現代は叱り方の定義として上記のような手法を用いているが、我々が入社した頃は、

  10叱って1誉める。

これが定義だった。

  「叱ってばかりいないで、たまには褒めろよ。」

叱られたり怒鳴られたり、時には「こんなお造り売れるかよ(怒)」と嫌味を言われたり。

  たまには、誉めろ。

だから、誉められたという記憶は無い。
上司は誉めたつもりでも、当事者には伝わらないのが褒め言葉であったようだ。

  誉め方も時代の変化に対応することが大切であろう。

そして、厳しさも徐々に変化していく時代。
先輩社員には、相変わらず10叱って1しか誉めない上司や店長もいるが、それが通用する部下が周囲にいなくなっているのが周知の通り。

  部下のモチベーションをどうコントロールするか。

ここに注目しなければ、30年前のマネジメントを続けていけば確実に人は離れていくであろう。

  それは正社員だけではなくパートさんも同様。

50代以上の方ならそれでも通じるだろうが、それでも地方と都市部ではまた違ってくる。

  要は、如何に部下のやる気を引き出すか。

それには、普段のコミュニケーションの中にこちらの話を聴くというスタンスを部下にインプットしなければならない。

  何気ない会話。

それも大切であろう。
しかし、もっと大切なのは、

  信頼。

部下が、「この人についていけば、必ず自分を守ってくれる」という信頼を上司に抱いているかどうかである。

  どんなに辛い言葉を投げかけても必ず守ってくれるという信頼。

その信頼と安心が、上司の言葉に耳を傾け、それを心に留め、そして実行する。

  その実行に対してのコミットメントを忘れない。

そんな小さなところから信頼は生まれていくのだろう。

  何れにしても部下の行動が目に入るかどうかである。







| | コメント (4) | トラックバック (0)

2018年3月 9日 (金)

自分の数値

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


人事異動から一ヶ月。

  異動して来た人材にもようやく安堵の兆しが。

今回の異動者は新店から立ち上げたチーフからの2代目としての異動者が3名。

  とかく2代目というのはやりずらいものだ。

新店で初代チーフは神様である。

  全ては初代チーフの教えのまま。

だから、2代目を迎えると大概は反発する部下が増える。
それはある程度致し方ないことである。

  初代チーフとやり方が異なる部分が目につくから。

「前は違っていた。」
 
  初代チーフの教えが絶対だと思っていたパートさん達。

しかしそこにズケズケと違う手法でオペレーションを行う2代目に対しての戸惑いは隠せない。

  それから一ヶ月。

ようやく、お互いに気心が見えてくると、揉め事も多少は落ち着きてきたかと思われる。

  しかし逆に業績が伸びている部門もある。

先日、そんなチーフの一人に声を掛けた。

  「やたら数値が伸びているな(笑)。」

彼は言った。

  「トレーナーから当面はお前の数値じゃないから、と言われました。」

異動してきた際に、トレーナーが来店して言われた言葉らしい。
異動してきてすぐにそのチーフの業績として認められるわけではないぞという教え。

  確かにその通りではある。

前任チーフが残した遺産で現任のチーフはその流れに乗って仕事をしている場面がほとんどであろう。

自分でどこをどう改善して、その結果として売場に反映し、それがお客様に評価されて売上拡大に寄与できたかどうかは、せいぜい二ヶ月後からであろうか。

  それを見越して、彼のトレーナーは釘を刺したわけだ。

要は、三ヶ月後の自分の業績の為に、今をしっかり基礎固めせよという教えなのであろう。

  その言葉をそのチーフは素直に私に返してきた。

私は言った。

  「その通り。しかし悪い気はしないだろう?。」

自分の部門の業績が良いということは、決して悪い気はしない。

  しかし、この業績を落とせないといプレッシャーもハンパない。

三ヶ月後にボロボロの数値に落ちてしまったなら、それは間違いなく自分の責任。

  そう考えると、逆に日々プレッシャーの連続であろうか。

しかし、その危機感が彼を成長させてくれるのであろう。
逆に、そのプレッシャーがあるからこそ、ますます業績は拡大していくとも言える。

  人事異動の目的。

それは、従来からその現場が持つ強みを失わずに、自分が持つ強みを持ち込み定着させるという意味合いもある。

  しかしその逆も持ち合わせるというリスク。

そこを店長がどう対応していくかもポイントであろうか。

  従来の強みを失うことが一番のリスクでもある。

ここを前者に持っていければ、どんどん強みを増していくのであるが。

  新たな強みを蓄積すべく新たな年度を迎えたいものである。






  

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2017年6月 1日 (木)

アルバイトの応募

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


ここ数週間ほど、アルバイトの応募が続いた。

  「女子高生の応募」

なぜ、この時期に?。

  一つは、生活の見通しがついたからだろう。

入学当初は、時間割もわからず、自分が所属する部活動の活動状況も見えない。

  アルバイトをする時間等の見通しが立てられない。

しかし、ゴールデンィークも過ぎ、自分の学校での生活スタイルが見えてきたのが一番の要因か。

当然、そのような環境が見えてきたのは高校1年生である。

  自分の将来を見据えて収入を得ておきたい。

「稼いだお金はどうする?。」

  「将来の学費に。」
  「ここでの学費に。」
  「親に負担をかけたくないから。」

学校生活の中でのコスト意識が芽生え、また将来自分が進学する見通しも立ち、親との相談の上でアルバイトをすることを決めた。

  素晴らしいことである。

以前から何度もアルバイトに関しての記事は書いてきたが、概ね、このうような場合には極力採用することにしている。

  本人の将来に役立てられればいい。

長い人生の一時を自社で働く経験。
更には地元の企業で働く経験。

  それは必ず自分の生き方を見出してくれる。

だから、ここでその経験を積ませて、ここでの思い出を胸に新たな門出に遭遇して欲しいという願いである。

  今回は3人の女子高生と面接した。

いずれもしっかりと自分のこと、親のこと、そして人生のことを考えてのアルバイト希望である。

  だから部門にはあまりこだわらない。

「どこでも興味があります。」
「なんでもやれます。」

  嬉しい言葉が並ぶ。

「将来、何になりたい?。」

  「看護師になりたいです。」
  「通訳になりたいです。」
  「美容関係で働きたいです。」

それぞれの希望があり、そのためにこのお店で働く。
その延長線上に、接客やコミュニケーションが付いて回る。

  更に、接客や人と接することが学べる。

という付帯事項も嬉しいではないか。
  
  彼女らを採用すると、計6名の女子高生が働くことになる。

どの子も自分の夢を持って働いてくれている。
以前採用した、中途退学した男子アルバイトも未だ健在で生鮮部門で働いてくれている。

  「もう一度出直してこい。」

そう言って、追い返した男子アルバイト生も、今では午後からの主力メンバーになりつつある。

  自分の存在価値。

自分が期待される存在として、このお店で貢献している。

  そんな自信を得て欲しいものである。






| | コメント (4) | トラックバック (0)

2017年5月10日 (水)

五月病

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


ゴールデンウィークが明けた。

  本格的な五月病の時期。

五月病。

  就職という環境の変化に疲れを感じる時期と症状。

学生時代という人生で一番フリーな環境から一転して、企業人となった若者達は、慣れない組織人としての常識やルールへの対応に相当のストレスを感じていた4月からゴールデンウィークで地元に帰省して昔仲間と再会し、ゴールデンウィーク後にストレスの溜まる企業に戻る意欲を失うという精神的な症状。

思えば私にもあった(笑)。

  “一生、魚を切るのか?”

今から思えばなんと小さな悩みだったのか。
しかし、先が見えない当時は相当に悩んだのは事実。
それでも当時は、「生鮮トレーニングセンター」なるものが発足し、入社後に3ヶ月間は新入社員が共にトレーナーの元でトレーニングを積むという環境だった。

  よって、5月も仲間とワイワイ楽しく過ごしたのである。

問題は、そのトレーニングセンターが6月で終了し、7月から現場に配属されたからだ。

  そこから同期のメンバーが続々退職してしまった。

やはり、トレーニングセンターで経験を積んで、いざ現場に赴任してもそのギャップの大きさについていけない新入社員が多かったのだろう。

  特に高卒メンバーにその傾向が顕著であった。

しかし現在では、我々の業界では5月病というよりも、3月病の方が現実的かもしれない。

  新規年度前に退職する。

それは、新入社員が入社後に早々に退職することではなく、3年ほど経験を積んでこれからという時期に、新たな企業に新年度から再就職するというパターン。

  だから3月に人事異動が大量に発生する。

特別に、3月を定期異動の時期とは設けていないのに、3年程度の新入社員が退職する為に、結構な人事異動になってしまうこと。

やはり根底にはある不安が付きまとうのであろう。

  “一生現場で仕事をするのか?”

この問いだ。

  結果的にはそれも自分次第。

そこからチーフ、副店長、店長やバイヤーと昇格していくかどうかは自分次第。

  その自分次第という自信が持てない時代。

自分次第だという自信はある意味、この業界、この企業で一生やっていくという諦めとも言い換えることができるかもしれない。

  この企業でやっていくしかない、という諦め。

この諦めが前向きな仕事に対して前向きな姿勢になっていくのであろう。

  別の言い方をすれば、「腹を括る」ということか。

学生時代に就職先を選定するにあたって、どうしても自分の将来の夢を見て入社するのもだが、その夢である、「経営」「店長」「バイヤー」という職位に到達するにはそれ相応の企業内での能力や経験、そして何より現場でその能力を磨くという現実に直面するのである。

  その能力磨きがどれほどの期間なのか?。

そこが全く見えないのが、退職に大きな理由であろうか。

  何度も言うが、こればかりは本人次第。

何せ、現場で能力を磨いて、現場で能力を発揮できなければ「次」は無い。

  それはどの業界でも同様であろう。

どれほど学生時代に成績優秀であっても、組織では現場から這い上がっていくしかないのである。

  そこから得た実力だけが自分の未来を支えてくれる。

その企業で成長し出世していく限りは、その企業の現場で能力を磨き続け、その延長線上で次のステージの現場で実力を深めていく。

  特に我々の業界は、商品に真摯に向き合う視点が重要。

商品やその売り方に興味がなければ絶対に実力は磨かれない。

  そこを吹っ飛ばした者には、絶対に将来が無い。

要は、いくら店長になっても、商品や販売に興味がなければそこで止まってしまうと言うことだ。

  だから若い頃から「販売技術」に興味を持つこと。

そこに興味を持てた新入社員は、着実に未来に向かっていけるのだろうと思う。







| | コメント (4) | トラックバック (0)

2016年12月19日 (月)

若年層の成功体験

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


先日紹介した「辞めさせない」マネジメント。

  http://tetu-syoubai.cocolog-nifty.com/blog/2016/12/post-85f0.html

その中に、こんなフレーズがあった。

  「若年層ほど成功体験を早期に積むこと」

要は、新入社員から2年目程度の社員が早期に仕事への自信をつけることが重要だという。

  その為の上司の対応。

5年も10年も仕事をしていると、わかっているつもりで周囲と仕事をしているが、自分が新入社員の時を思い出せばわかる通り、入社1年目程度の時の不安感はその時に戻らなければ分からない。

  そんな不安な時期にどんな体験をするかが重要だという。

その不安な時期に、何をすれば褒められ何をすれば叱られるのかを知ることが重要だという。

  人間性を叱ることではなく行動を叱ることが大切。

逆に、行動を褒めることやその行動から導かれた結果を褒めることが一番重要だという。

  その結果としての成功体験を積み重ねること。

その積み重ねが仕事への自信が付き、「行動自発率」を高めることになるという。

  行動自発率。

自ら行動しようとする確率。

  これは自分に対しての自信からくる自発的行動を言う。

それは、当初の従業員にはゼロの状態に等しい。
その自信は、一つ一つの行動を上司や周囲の評価で身についていくものである。

  “こうすれば褒められるんだ”

人間は褒められると言う結果を求めて行動しようとするものだ。

  上司からお客様から周囲から褒められる。

それは店長になったって同様のこと。

  特にお客様からの評価は身近なところで嬉しいものである。
  商品が売れると言う事実もお客様からの結果と同様である。

商品が売れる = お客様からの高い評価。

  このような成功体験が行動自発率を高めていくのだ。

私は、この行動自発率の高さが成長率だと思っている。
だから、その促進剤としての上司の若年担当者への承認は重要だと思っている。

私が部下や他者を褒める時の流儀がある。

  叱る時は直接本人に。
  褒める時は他人を通じて。

当然、直接褒めると言う基本はあるが、特に他者を通じて自分が褒められていると言う話を聞いた時は、褒めた相手への信頼を高めるものだ。

  「店長がお前を褒めてたぞ。」

そんな噂を他人から聞いた時は、誰だって嬉しいものだ。

  “店長に認められた”

そこから、自信を得ていく若年層は多いだろう。
それは何も正社員だけではない。

  店舗のパートさんとて同じこと。

そんな褒めるという行為から、部下の行動自発率を高めていきたいものだ。









| | コメント (4) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧