部下育成

2020年6月23日 (火)

人事異動と成長機会

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


好むと好まざるとに襲ってくる「人事異動」。

  大方の人事異動はある日突然襲ってくるのがほとんどであろうか。

店長や人事部長から突然呼び出される。

  「実は内示が・・・」。

そこで思うのは、

  “なんで俺が⁉️”

逆に、その内示を受けて、

  “やっぱり俺か”

そう思うのは極々稀であろうか。
それだけ、大方の人事異動は自分にとっては不都合な場合が多いということだ。

  しかしやっぱり人事異動は好むと好まざるとに襲ってくるもの。

よって、人事異動を如何に自分にとって「チャンス」に変えられるかが、本人にとっても大きな節目となるのである。

  “今回の人事異動で新たな自分を創造しよう”

そう思えれば、これを機に新たな自分の側面を生み出すことができるというものである。

  売上の高いお店への異動では販売量でチャレンジができる。
  売上の低いお店への移動では販売技術を習得できる。
  都会のお店では、夕方以降の作り立てでの販売力が身に付く。
  田舎のお店では、イベント時の際物商材の展開力が身に付く。

よって、今現在の環境から大きく変化するような人事異動はチャンスと見るべきであろうか。

  それは売場と数値の因果関係を広い視野で経験できることにある。

その為には、いろいろな環境において52週の売場作りと結果との因果関係を身につけることによって、販売力の懐の深さを身につけることができるのである。

  また人事異動が数年無かった場合。

この時にも、同じお店、同じ売場、同じお客様との関係においても、前年、前々年と比較して今の売場の流れや自分が仕掛けた行動から、どのような結果になったのかの検証が時系列的に見ることが出来るのである。

  この因果関係を時系列的に見えることも重要な能力である。

それは同じお店で3年以上在籍しなければ見えてこない経験値である。
それだけ人事異動とは好むと好まざるとに関わらず自分にいろいろな可能性を与えてくれるものである。

  大切なのはそれを自分にとってのチャンスと捉える習慣であろうか。

また、店舗や売場、商品やお客様との関係だけでなく、店舗の従業員との関係も人事異動によって変わっていくということである。

  特に職場の従業員との関係は変なしがらみが生まれてくるものである。

そんなしがらみを白紙に戻して、リセットしてゼロからリスタートさせてくれるのも人事異動の醍醐味であろか。

  そこでの新たな出会いがあり発見があり学びが生まれるのである。

それを掴み取るかどうかは自分次第である。






  

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2020年6月11日 (木)

教えて成長する

皆さん、こんにちは。
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部下育成にも色々な手法があろう。

  先日は上司とともに出社させて学ばせる記事を書いた。

上司と共に仕事をさせて、そのOJTによって一日の流れから行動、そしてその考え方までは上司と行動を共にして身につけていくという手法である。

そこから一歩進めた部下育成法がある。

  部下に教育をさせるという手法。

これは、新入社員から一歩進んで、二年目三年目の若手担当者に用いる手法であろうか。

  店舗に新入社員や採用間際のパートさんが入社した。

その新入社員や若手パートさんを二年目や三年目の担当者に預けて教育させるという手法である。
もしくは、二年目三年目の若手パートさんにアルバイトを預けて教育させるという手法もあろう。

  いずれにしても今までは教育されてきた立場の人間に新人を教育させるのである。

これによって、自分が今まで学んできたマニュアルや手法を逆に今度は他人に教えていくという流れである。

  これには二つの意味がある。

一つは文字通り新人の担当者やパートさんを教育すること。
二つは逆に教える立場の若手担当者自身も学んでいくこと。

  人に教えることによって自らも学ぶということ。

特に経験の少ない担当者やパートさんは、自分よりも経験の少ない人間に対しては、自分の経験から如何に自分が持つノウハウをわかりやすくまとめて他者へ伝えるかということ自体が本人の大きな成長に繋がるものである。

  教えて学ぶ。

そのことによってノウハウや技術を再度学ぶということ以外にも、仕事に対しての自信ややりがいにも繋がるものである。

  更に自分が学んできたレベルを再度自分自身で振り返ることにも繋がる。

そして、他者に教えた部分に関してはすっかり自分のものとして習得できたと言えるであろう。

  この経験は非常に大きい。

更には、この二人の信頼関係をも構築してしまうのである。
一歩間違えると、二人の関係にクサビを入れることになってしまうかもしれないが、それ以上にメリットの方がより確率的にも高いし効果も絶大である。

  よって積極的にこのような関係作りのきっかけを作ってやることが重要である。

そうやって、部門が一つになっていくのであり、店舗が一つになっていくのである。
そしていずれは、自分が教えた人間に支えられて未来の自分が存在するのである。

  先輩と後輩。

リアルな関係が徐々に薄れていく昨今であるが、人間の組織とはそのような土台の上に成り立っているのも事実なのである。






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2020年6月 8日 (月)

教育の原点

皆さん、こんにちは。
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部下教育。

  いろいろな視点からの教育があろう。

入社前や昇格時に学校方式で受講者を前に先生と生徒の関係での一方通行な教育もあろう。
しかし、そんな場面は年に数回、そして経験を重ねる毎にそれは数年に一回のレベルに減少していく。

  この業界は部下教育のほとんどはOJT形式で進められていく。

そして部下のほとんどは、店舗の上司である店長やチーフから日々の仕事を通して色々と学んでいくことになる。

  日々の仕事が教育なのである。

上司の仕事ぶりが部下にとっては大きな影響力を受け、後々に部下の目指す具体的な姿となって確立されていくのである。

  特に上司と出社日が重なった時が最高の学びの場となるのである。

同じ部門であれば、上司の行動が即目標となって即取り入れ自分の行動を矯正してくれる。
よって、出来るだけ部門のチーフとは出社や出社時間を同じくして在店時間のほとんどを上司と共有できる時間にしたいものである。

部門での部下育成はこれでいいだろが、店長とチーフ(主任)においての教育は店長の行動だけで何も伝わらないであろう。

  重要なのは考え方。

特に何も無い平和な日々の連続で業績も達成できていれば問題は無いが、業績が良いということはもう既に何らかの手を打っており、その手が業績という数値に連動しているからであり、それ以前にそのチーフ(主任)とのコミュニケーションがもたれていたという前提でもある。

  業績対策。
  競合出店。
  災害警報。
  相場下落。
  相場上昇。

等々、何もしないで何も打ち合わせをしないでも何ら問題のない時は良いが、そんな時ばかりではなく、仕事には必ず上記のようなアクシデントや発生するものである。

  この時ほど部下教育に適した時は無い。

こんな時ほど、上司のアクシデント対応力が試されるのであり、その対応力が最高の教育の場なのである。

  例えば競合出店。

どんな企業がどの場所にどの規模でどのような品揃えで、出店してくるのか?。
そこから情報収集が始まり、自店としてどこをどう強化して対応するのか。

  その時に重要なことは?。

それは、通常であれば店長の頭の中で構想を練り、頭の中で具体策を抽出するのであろうが、これを全体像として全チーフ(主任)に伝達することにある。

  全体的な競合対策の構想から降りてきた自部門を見れること。

これが部下教育には大きなメリットとなる。

  一致団結する力とそのポイント。

それがこの競合対策の中に全て網羅されているからである。

  競合出店は自店強化の「砥石」。

よく言われる言葉であるが、指を咥えて見ているだけでは砥石どころか「刃」も丸刃になってしまう。
全員の力で、切れる刃として研ぐにはそれぞれの役割を明確にして、確実にその役割を果たさなければならない。

  それをオーケストラの指揮者の如くにリードする。

故に、店舗が一つの商品の如くに競争力のある名匠のような切れ味を発揮するのである。

  そして教育の原点とは?。

それは、部下一人一人が自ら考えて自ら目標を立て、その目標に向かって自らのロードマップを描くことにある。

  そんな部下を一人一人育てる事が、教育の原点。

だから、一人一人違うのである。
そして、その一人一人と対峙出来るのが、店舗の店長という個店の役割でもあろうか。









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2020年4月27日 (月)

企業は人

皆さん、こんにちは。
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企業力とはその企業で働く人によって大きく左右される。

  特に我々のようなチェーンストアともなれば尚更のことだ。

そして人が育つということはどういうことであろうか。

  人は上司の姿を見て学ぶのである。

これが部下育成の最大のポイントであろうか。
とはいうものの、毎度毎度教室的な講義があるわけでもなく、その都度上司が部下に対して現在の状況を説明するわけでもない。
そして、概ねの上司は部下に対してある程度は本部作成のマニュアルや基準書を基に日々の行動を規定して実行させていく。

  特段の意志も入らず誰でも機械的に行動するところからスタートする。

それが一番効率の良い部下教育と言えるであろう。
しかしそれでは業績達成能力が抜け落ちてしまう。

  そして企業が求める従業員の能力とは最終的には業績達成能力のことである。
  
しかしマニュアル教育のみでは作業としての仕事の習得はスピードを持って得られるが、そこから一歩踏み込んだ業績達成能力を駆使するという部分での自立ができるかどうかが大きな課題であろう。

それには企業のマニュアル教育では対応出来ない仕事の技術を要するものだ。
そしてそれを習得しようとすると具体的には自分の直接の上司(部門チーフ)の仕事の仕方から学ぶ部分がほとんどであろう。

  それは上司からでしか学べない部分である。

そして更に言うと、自分がチーフとなってからようやく本当の意味でその課題に対して試行錯誤しながら自らの失敗成功の行動を通して学ぶ部分が一番スピードを持って習得できる学びの場となるのである。

  そう考えると新任チーフのOJTが最大の教育の場であると言える。

自ら実行して自ら結果を出して、そして自らの結果への因果関係を紐付けできるかどうかであろう。

  それをある程度仕組み化して学びを継続していくこと。

その連続において、結果を引き出す因果関係をしっかり把握し、結果への布石と言う引き出しをどれほど自分の技術の中に収納しているかが能力なのである。

  そして一人一人の引き出しの数が企業力となるのである。

そこに上司やリーダーがどれほどの関わりを持ち、どれほどの部下育成の貢献を果たしたか。

  それが上司としての企業貢献なのである。

一時、企業業績を達成することも重要であろう。
しかし、もっと大切なのは、そのような意志を持って企業業績を達成し続けられる人材をどれほど育ててきたのか。

  そこにその人間の企業人としての価値があるのではないだろうか。

そしてそれは企業からの感謝だけでなく、育成した個人個人からの感謝として、上司が企業を離れた暁にも強い念となって生き続けていくのである。

  




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2020年4月11日 (土)

数値との因果関係

皆さん、こんにちは。
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結果を導く。

  それがマネジメント層の役割である。

結果を導くとは、要は結果を出すことを目的に普段の業務にあたるということである。

  その前提には結果との因果関係が理解していることである。

どうすれば結果につながるか、どうすればどのような結果になるのか。
それがある程度見通す能力がなければ、好結果を導き出すことは出来ない。

  そしてそれを学び続けるのが我々の道。

私はそれをいち早く身につけたいと思いながら普段の仕事に取り組んできたように思うし、当時の職場環境もそのような空気に満ち溢れていたようにも思う。

  やるべきことをやってそそくさと帰宅するという就業形態。

それはそれで現代的ではあるが、その視点とは全く別に、売れる仕組みをいち早く習得するということは、開店時間前から如何にして効率よく就業する人員が計画から実行、そしてその結果からの再度検証と最終の売り切りまで含めて、一連の流れとそのポイントを如何に習得するかという視点が必要だ。

  最初から最後までその一連の流れを見続けること。

以前は、この一連の流れを見続けることが一人の担当者が容易出来た。
そして、入社数年である程度の見通しが出来、そこから徐々にいろいろな引き出しを増やしていけたのである。

  しかし今は令和の時代。

ワンオペなどもってのほかである。
その環境を受け入れながらも、一連の流れを早急に習得し、それを武器として売れる仕組みを早々に身につけなければならない時代。

  商売とは常に一日一日の繰り返し。

その繰り返しという連続から来店されるお客様の店舗への認識が確立していく。

  そこにチラシが加わりイベント性が加わり店舗のサービスが加わっていく。

その総合的な評価が来店客数に結びつき客単価に結びつき日販が決定されていく。

  何をすれば?。

その何を?が一個から二個、二個から三個と増加し続けながら、結果はタイムラグを繰り返しながら変動していくもの。

  その結果として現実の売場の課題が見えてくるのでもある。

そして人事異動の度にその課題をコツコツと一つ一つ見直していき、気がつけばいつの間にか、地域のお客様にとって従来とは別物の存在となっているのである。

  その因果関係を如何に見えるか。

それが、販売力というものであろうか。
そしてそれは、いろいろな視点から導き出されていくのである。

  商品面という視点から。
  販売面という視点から。
  人材面という視点から。
  設備面という視点から。
  立地面という視点から。
  競合店という視点から。
  地域性という視点から。

それらの視点からのアプローチの仕方。

  だから答えは一つではない。

だからと言って全てでもない。

  どこから手を付けるべきか。

どれがその状況下で最優先の課題であるのか?。
その選択眼も販売力の一要因であろう。

  それが引き出しというものであろうか。





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2020年2月20日 (木)

新米チーフの課題

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


担当者として一定の期間の基礎を積み上げていく。

  そして数年経つといよいよチーフ候補として名乗りを上げていく。

それは、担当者としてその部門の一連の仕事を一通りこなすことができ、人間的にも一つの部門の責任者としてふさわしい人格を備えているという判断の下に評価されていくのである。

  “あの人間ならチーフとして相応しいだろう”

そのような判断の下に人事異動が発令されチーフとしてあるお店に赴任していくのである。

  いわゆる新人チーフという位置づけである。

本人は当然のことながら希望を胸に赴任してくることになる。
能力的にも十分にチーフとしての資質を有しているのであるから、新任地に赴任しても十分に能力を発揮できるであろう。

  しかし、・・・ 。

チーフと担当者の決定的な違いとは?。

  所詮は担当者はワーカーとしての評価なのである。

よって、チーフという部門責任者ともなると、売場全般に関わらなければならないし、売場を管理する部下全員を把握しなければならないし、本部バイヤーとも直接に関わらなければならない。

  更には直属の上司である店長との関係も緊密となる。

特に人間関係の複雑化と綿密化は担当者の比ではないであろう。

  ここに担当者と部門責任者とのギャップが大きく感じられるところであろうか。

よって、従来であれば自部門の業績が悪化した場合でも、直接に自分が関わって業績改善を図ったという経験は皆無かもしれないが、チーフという立場はそれを許してはくれない。

  ストレートに業績改善を要求されるのである。

よって、ここからが本当のチーフ業のスタートと言えるのではないだろうか。

  自分の業績を改善させる仕事。

言い換えれば、このことが仕事の醍醐味とも言えるのである。
そして、新人チーフが一番大切にしなえければならないこと。

  それは「問題発見能力」である。

問題解決能力を問う前に、問題発見能力に注目すべきであろうか。

  そもそも問題を発見できなければ解決さえも無理な話が。

よって、正しい問題発見能力を身につけることから始めるべきであろう。

  正しい問題発見が出来たなら、あとはその問題を解決していくだけである。

それは、実際に実行を重ねていくしかない。
しかしそれも正しく問題を発見できなければ、無駄な実行のみを重ねることになり、正しい問題解決に至らない場合が多い。

  そこが新人のチーフに課せられる課題であろうか。







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2019年10月29日 (火)

研修会の意味

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


当社が属する企業ブループの研修会。

  先週の水木で開催された。

特に水曜日は当店にて研修者が当店含めて競合店の数店舗をMR。

  当然に当店も本部応援を得ての対応。

売り場だけではなく、店内や店外、そしてバックヤード内の清掃も徹底した。

  そして当日は全部門が徹底した売場作り。

ある部門のチーフを対象にした研修会だった為、その部門を中心にした店舗見学会ではあったが、やはり全部門が見学対象となっていた為、どこも隙のない売場作りを図った。

  “そこまでやらなくても”

たかだか青果部門の研修会である為、そのように捉える方もいるだろうが、私はそうは思わない。

  やるなら徹底してやるべき。

せっかくの機会なのだから。
私はこのような研修会には大きく三つの目的を有していると思う。

  一つはその部門の研修目的に合わせた技術向上。
  二つは全部門を通してあるべき売場の社内共有。
  三つはこの機会を通しての全社員の基準アップ。

当然に研修会には研修会毎にテーマを有する。

  今回のテーマは「稼ぐ売場作り」。

要は、如何に売上・荒利を稼げるか、そしてそんなテーマに沿った売場作りと過去からの数値検証。
それはその企業やその店舗を設定した段階でテーマが設定されているということだろう。
だから、そのテーマで研修会を設定するから、その目的に沿った企業であり店舗でありを設定されて、そこで研修会が開催されて参加者がその売場作りやその報告からいろいろな学びを得るのである。
そして開催企業や店舗は更にそのテーマに部分での磨き込みを図って、そのテーマに沿った売場の頂点を目指すのである。

  そこが研修会の第一の目的であろうか。

次に、その企業としてはそのテーマであり売場作りでありを社内で共有できるというメリットを享受できるということであろう。

そのメリットとはあるべき売場が現実にそこに設定されているわけであるから、この機会を利用して社内でこの売場を共有し、自らの売場や部門でもその実現を図りやすくなるというメリットである。

そして三つ目には、このような機会を数をこなすことによって、あるべき売場作りが容易に出来るということを学んでいくことである。

  “ここまでするか”

そんな思いで作成した研修会用の売場であるが、それも数をこなすことによってそのレベルが徐々にではあるが高まり、いつの間にか普段からそのあるべき売場が維持されているというメリットである。

  時間はかかるが着実に企業としての基準は高まっていくのである。

それらが、このような研修会の数をこなすことによって得られる企業メリットであろうか。

  それには研修会を他人事と捉えてはいけない。

自分だったら、そして自分のお店だったら、このテーマに関してどうする、こうするという仮説をそれぞれが持つことから始まるであろう。

  そしてその仮説を普段の売場作りから検証していくという行動力。

それがこのような研修会を面倒なアクシデントと捉えるか、大きなるチャンスと捉えるかの違いであろうか(笑)。






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2019年9月26日 (木)

論理的結末の体験

皆さん、こんにちは。
 食品スーパー店長をしている「てっちゃん」です。


以前に書いた記事。

  「ほめない・叱らない・教えない」。

http://tetu-syoubai.cocolog-nifty.com/blog/2019/03/post-77b7.html

  なんとも画期的な部下育成法である。

毎回、店長会でこの本の読み合わせをしているのだが、そろそろそれも佳境を迎えてきた。
そして前回の店長会では、部下や人間が自分の行動を戒める場面を体験させる事例の場面が登場したのである。

  部下が自分の行動を戒める体験。

部下の行動を戒めるとは、自分がこの行動をしている限り自分の利益にはならないという痛い経験をする必要がある。

  人間は全てそのような体験を経るからその後の行動が変わるのである。

例えば「部門チーフ」の場合。

  ある数値が達成できなければチーフを降格になるという前提。

そのような前提を上司の店長やエリアマネージャーから提示されており、客観的に見てもそれが部門チーフの能力であり怠慢であったと判断された時に、チーフ降格となる場合。

  チーフもその前提を理解していたのであるから納得せざるを得ない。

このような体験であり事例が淡々と実行されている組織は、数値達成能力が高いと言えるであろう。
チーフの昇格降格はそれだけではないであろうが、とは言ってもいつまでも業績改善がままならない部門責任者であれば、それはどこかにチーフとしての適性が無いのであり、それを一度降格によって体験させ自らを振り返らせ、出来るチーフの仕事の仕方を学ばせるという人事は本人にも組織にも非常に有効であると言える。

  このように自分の行動に対して論理的な結末を体験させるという教育。

これが論理的結末の体験という。

  そして本人にとってみれば痛い経験である。

この痛みが、本人にも組織にも業績に対しての緊張感を持たせるのである。

これは親子の関係においても同様であろうか。

  子供が夕ご飯にいつも遅れて帰宅する。

母親にしてみれば、家族が皆同じ時間に食事をすることによって、同時の料理が出来、同時に後かたずけができるわけであるから非常に効率の良い家事が出来るのである。

  そしてその時の母親の行動が問題となる。

いつもそのことに対して嫌味や文句を言うが結局は後出しで食事を出すことによって、子供の行動はその後も変わらない。
しかし、事前に夕食に遅れてきたら今後は夕食を出さないと提示することによって、本当に食事が出されないという体験をすることによってその後の子供の行動は確実に変わっていくであろう。

  その時の母親の言い方が重要となる。

「あら遅れてきたのね、残念だけと前も言った通り食事は出ないわよ。」

  それだけでいいのだ。

子供の行動に対して文句を言ったり嫌味を言う必要は無い。

  淡々と約束通り食事を出さないだけで良いのだ。

そのことによって、子供は純粋に自分の行動を反省することに直結すると言う。
食事を出さないと言う行為を、事前の約束の結果以外に何もプラスもマイナスもせずに、愚直にその行為に対しての論理的な結末として体験させることが必要なのだと言う。

親としてはどうしても子供を食事を出さないと言う最終手段の前になんとか説得をして心と行動を変えたいと思うのは当然のことだ。
しかしどうしても子供の行動が変わらないと言うのは、親の心子知らずの例え通り、自分が親になってみて初めて分かるもの。
よって、それまでは論理的結末を体験させることによって、約束を守れないときは容赦無く厳しい現実に直面することを、後々のもっと大きな現実を経験する前に体験しておくことも大切なのであろう。






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2019年9月19日 (木)

新入社員への対応

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


先日、コメントネーム「やくた」さんからこんなコメントが入った。

  「新入社員に対してどんな指導をしているのか?」

意外にもこの課題に対してお悩みの店長は多いのではないだろうか。

  世代間のギャップ。

一言で言ってしまえばそうなのだろうが、その一言では片付けられない現実がそこにはある。

  一度入社した新入社員は絶対に辞めさせない。

おそらく、そんな通達が人事やトップから発せられているのではないだろうか。
このご時世で当社に入社してくれるまでに、人事担当者はどれほどの苦労を配してきたか。

  それは人事担当者になってみなければわからない。

そして同時に店舗のパートさんの採用と配属に関しても同様のことが言えるであろう。

  “どれだけ苦労して採用したと思っているんだ!”

採用者からすれば、せっかく採用したのに現場で簡単にやめさせやがって、という想いはあるだろう。
しかし現実には、自社の店舗での仕事のマニュアル通りに指導しようとすれば、受け止める新入社員にとっては入社前の研修やトップ、人事の説明とは裏腹に非常に決め事が多く働きづらい環境に思えてしまうのものであろう。

  その狭間に立つ現場の店長の苦労も計り知れない。

それでは、現場の店長として新入社員をどう受け止め、どう付き合い、どう指導していけば良いのであろうか。

  とは言っても、店長としての立場、部門としての立場も異なるものだ。

店長という組織のトップとしての新入社員の受け入れ方も以前とは大きく異なってきているであろう。
それは、店長やチーフ達の意識の部分で大きく異なってきているのではないだろうか。

  一度入社した新入社員は絶対に辞めさせない。

そんな不文律がトップや人事との間で交わされているからであろうか。
しかし私は新入社員の受け入れに関しては、トップ、人事、店長、部門チーフでそれぞれに異なるべきであろうと思っている。

  トップの考え方に共感して入社を検討する。
  人事の熱意とコンタクトに惚れて入社する。
  店長の現場での環境作りに信頼関係を得る。
  チーフの働く姿勢に自分の未来を想像する。

新入社員が自社を入社し、就業を維持するまでには上記の流れがあるように思われる。

  そこで現場の店長の役割とは新入社員の環境作りとなる。

要は、新入社員の居場所を作ってやることだ。
おそらく新入社員は店舗に配属されるや否や、部門にどっぷりと浸かってしまい、店舗内での自分の存在や周囲との人間関係も希薄なまま店舗内の放り込まれることになる。

  かってはそれでも店休を利用して合同のリクレーションがあった。

バスハイクで仕事を離れて店舗内の従業員と酒を飲みながら出掛けては、そこでバーベキューをやったり運動会をやったりというイベントが多かった。

  そこで部門を飛び出した店舗のつながりを持つことが出来た。

しかし店休のない現代ではそのような店舗内でのつながりも皆無であろう。
そしてむしろ新入社員ほどそのような業務を離れたつながりを遠ざける気質がある。

  とは言っても部門内の閉じ込めておくと孤独感が自分を襲ってくるもの。

私が以前、新入社員が多く配属される店舗にいたときは、新入社員だけを集めて抽選会の準備と実行をさせたり、遊びの企画を建てさせたりと新入社員だけで自分達で話し合って色々なイベントを運営させることによって、新入社員同士の連帯感を持たせるような環境を作ってやったりもした。

  縦割りの部門から横割りの同期の桜同士のつながりの強化。

このようなつながりを持つことによって、仕事上の悩みや恋の悩み等のプラベートな話の出来る仲間を持てる環境を積極的に作ってやったが、このような同期の桜を持つと、意外に退職率は減少するのではないだろうか。

  同期の新入社員が少なければ同年代同士の組織を立ち上げるのも良いだろう。

そんな環境に置かれると、自然に仕事以外のプライベートな関係も構築でき、組織内での自分の存在意義が高まり、今の環境から如何に改善して明るい未来を構築してみようとする意欲が湧いてくるものである。

  店長とはそんな環境作りの構築が店舗内で必要なのではないだろうか。






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2019年9月17日 (火)

お店の顔

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


お店の顔は青果入口の正面。

  よく言われる我々業界の言葉。

これは当然にお客様がスーパーマーケットに入店して初めて見る店内の売場のほとんどは青果売場の特設か平台であるからだ。
そこが店舗として一番初めにお客様を向かい入れる場所であり、人間に例えるとそこがお店の「顔」ということになる。

  我々業界ではこの顔の売場で企業毎の工夫を凝らすのである。

この時期ならではの催事場であり旬であり相場の凝縮された野菜類であったり。

  もう時期秋彼岸であれば仏花やお供えセット等であろうか。

そこでお客様に「今」を感じていただき、季節の変化や店内の変化を感じていただきながら店内の買い物を楽しんで頂く。

  そこで感じた感覚は店内の買い物を左右するものである。

もう一方の入り口では、今であればハロウィンであり、彼岸の手土産であり、秋冬の菓子類であろうか。
それだけ売場作りにおいての「顔」にはこだわりを持って展開している。

  が、しかしである。

その入口の「顔」という意識を現場の担当者がなかなか持てないのも現実ではないだろうか。
何故ならば担当者の作業動線はバックヤード〜売場〜バックヤードの往復に過ぎないから。

  青果の作業場から出て土物の品出しをして再びバックヤードへ。

このような動線に終始するあまり、店舗の「顔」である青果側入口のチェックがなかなか出来ないのが現実である。
よって、青果側のバックヤードに近い売場ほど品切れもなく前出しもされて整理整頓されているのだが、お店の顔である入口付近ほど手の入っていないグダグダの状態であることが多い。

  要は入口正面は朝一度品出ししただけでその後は放置。

よって、お客様にとっては入口正面が一番のお買い得コーナーであるにも関わらず、我々働く従業員にとっては一番遠い売場になって見れなくなっているのである。

そしてそれは他部門にも同様に言えることである。

  自部門の「顔」はどこなのか?。

まずは、その認識があるかどうかだ。

  どの部門にも企画の平台がある。

概ねはそこがその部門の顔であろうし、平台が無ければ客動線の一番初めに来る部門の売場が顔になろうし、大きな催事場があればそこが顔になろうか。

  何れにしても作業場から一番離れている可能性が高い。

よって、自分の売場の顔に関してはかなり意識してその売場のチェックを定期的に行う必要がある。

  ここに売場の担当者の「意識」が現れるものである。

優秀な担当者ほど、意識して自分の部門の顔を一番初めに整えようとするし、新入社員ほど目の前の品出し品の往復に終始してしまうものである。
そしてそのフォローに入るのが店長の役割でもあろうか。

  唯一店内をフリーに歩けるのは店長と副店長のみ。

よって、店舗の顔、部門の顔、そして最終の精算地であるレジ部門の状況を一瞬にして把握できるのは店内でも店長のみであるからだ。
お店の顔が安定してエキサイティングになれば着実にリピーターが増加するものである。






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