部下育成

2016年12月19日 (月)

若年層の成功体験

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


先日紹介した「辞めさせない」マネジメント。

  http://tetu-syoubai.cocolog-nifty.com/blog/2016/12/post-85f0.html

その中に、こんなフレーズがあった。

  「若年層ほど成功体験を早期に積むこと」

要は、新入社員から2年目程度の社員が早期に仕事への自信をつけることが重要だという。

  その為の上司の対応。

5年も10年も仕事をしていると、わかっているつもりで周囲と仕事をしているが、自分が新入社員の時を思い出せばわかる通り、入社1年目程度の時の不安感はその時に戻らなければ分からない。

  そんな不安な時期にどんな体験をするかが重要だという。

その不安な時期に、何をすれば褒められ何をすれば叱られるのかを知ることが重要だという。

  人間性を叱ることではなく行動を叱ることが大切。

逆に、行動を褒めることやその行動から導かれた結果を褒めることが一番重要だという。

  その結果としての成功体験を積み重ねること。

その積み重ねが仕事への自信が付き、「行動自発率」を高めることになるという。

  行動自発率。

自ら行動しようとする確率。

  これは自分に対しての自信からくる自発的行動を言う。

それは、当初の従業員にはゼロの状態に等しい。
その自信は、一つ一つの行動を上司や周囲の評価で身についていくものである。

  “こうすれば褒められるんだ”

人間は褒められると言う結果を求めて行動しようとするものだ。

  上司からお客様から周囲から褒められる。

それは店長になったって同様のこと。

  特にお客様からの評価は身近なところで嬉しいものである。
  商品が売れると言う事実もお客様からの結果と同様である。

商品が売れる = お客様からの高い評価。

  このような成功体験が行動自発率を高めていくのだ。

私は、この行動自発率の高さが成長率だと思っている。
だから、その促進剤としての上司の若年担当者への承認は重要だと思っている。

私が部下や他者を褒める時の流儀がある。

  叱る時は直接本人に。
  褒める時は他人を通じて。

当然、直接褒めると言う基本はあるが、特に他者を通じて自分が褒められていると言う話を聞いた時は、褒めた相手への信頼を高めるものだ。

  「店長がお前を褒めてたぞ。」

そんな噂を他人から聞いた時は、誰だって嬉しいものだ。

  “店長に認められた”

そこから、自信を得ていく若年層は多いだろう。
それは何も正社員だけではない。

  店舗のパートさんとて同じこと。

そんな褒めるという行為から、部下の行動自発率を高めていきたいものだ。









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2016年11月21日 (月)

各社の取り組み

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


てっちゃん会12幕。

  懇親会前の前座。

懇親会は夜の6時から開催されるが、日中がもったいないということで、ここ最近は前座と称して参加者を集いいろいろと思考を凝らして有意義な時間としている。

  例えば、メンバーのお店拝見。

見事な売場、提案のある売場、競合と戦う売場、等々を見学させていただき意見交換をさせて頂く。

  例えば、競合店MRからの意見交換会。

都内のある地域で競合関係にある2店舗を同時にMRし、事前に配布されたフォーマットに沿って自ら感じた事を意見交換する。

  そして今回は、この半年間の自分の取組み報告。

今回は有志の方による報告が行われた。
ここに、約20名ほどの参加者が加わり、報告を聞き質疑応答をする。

  自分の仕事での取組み。

ほとんどのメンバーは店舗側に属するメンバー。
また、以前店舗に属していて、現在は販売部のリーダーをされている方等も多い。

よって、その発表のほとんどは現場サイド(店舗)の目線での取組み報告であった。

  主たる報告は「現場のパートさん達の育成取組み」。

今回は4人が報告したが、そのほとんどは現場で自ら取組んだ店舗のパートさん達の教育プロセスであった。

  “結局はここに行き着くのだろう”

企業は組織としてそのほとんどは、商品部、販売部、人事部、総務部、財務部等に分かれてより専門的に仕事をしている。

そして、販売部は本部にスタッフをおくが、そのほとんどは現場とも言える店舗で店長以下部門主任から担当、そしてそこにパートさんが付いて組織作られている。

  現場の仕事とは?。

それは、商品部が用意した商品を販売する事。
簡単に言ってしまえばこういう事だが、そこに多くの現場の人間が介在して、定番から店舗企画等の商品を自ら発注して数量を決定し、更に企画コーナーの販売レイアウトを自ら決定して数量決定、入荷からの製造陳列、そして販売売り切りを実施して商売を完了する。

  上記の流れに人が関わり最終利益を創出する。

それをほんの数名の社員が行うのではない。
広大な面積の売場を、そこを担当するパートナーが大いに関わりながら実行するわけである。

  パートナーの力量が大いに関わる仕事。

それが店舗という現場の実態だ。
そこに関わる社員、特に店長以下部門のチーフ達はパートナー達とチームを組んで、一連の上記の流れをスムーズに効率よく、よして何よりお客様に支持される商品提供をタイムリーに実施していくのが店舗の働きである。

  だから一人一人の店舗スタッフの力量が業績を左右する。

同じ商品を扱っても、売れるお店と売れないお店があるのは、その商品を扱う人間が異なるからだ。

  だから、一人一人の販売力を高めなければならない。

そこに、企業としての教育体系があり、店長以下の育成技術が成否を左右する。

  現場の業績は一人一人のパートナーの力量の集大成なのである。

だから、商品に特化した業務は概ね本部の商品部に委ねて、店舗は自店の販売スタッフの販売能力を如何に高めるか、に集約されるのである。

  そんな現場の報告が一様に為された。

そして、偶然にも3人の報告は、新店時の採用から教育そして開店を迎える店舗の取り組みと、新規出店地での自社の存在価値を高める店舗の取り組み、更には出店から数年経過した店舗が競合出店に際しての人材教育により店舗利益を改善させる流れの報告と、状況のダブリの無い報告となった。

  そしてそれぞれに対する鋭い質問(笑)。

今回はこのような形で「前座」が催された。

  前座というよりもむしろ本番ではないか?。

内容から言えばそのような内容になりつつあるが、しかしこの会の本番は夜の懇親会である。

  原点はただの酒飲み(笑)。

ここは譲れないところだ。
そして、前座は毎回色々な試行錯誤で進められればいいと思っている。

  それは幹事役の方の個性もあり。

一度流れが決まれば、後はその流れに任せて進めればいい。
しかし、流れが一定でないから、そこに関わる人間の個性が発揮される。

  そして、それが毎回の参加者の学びにもなる。

それが、毎回のワクワクドキドキにつながるのである。
次回は、恒例のスーパーマーケットトレードショーの日程に合わせた開催となろう。







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2016年11月 9日 (水)

いい売場に触れる

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


良い売場を作る。

  良い売場、魅力ある売場、買いたい売場。

しかし、経験の無い若手社員にとって「良い売場」「魅力ある売場」「買いたい売場」とはどのような売場なのかという具体的な事例がわからないことが多い。

  そんな時な良い売場を共に見ることが最大の教育となる。

だから、できるだけ共に売場を見にいくことが望ましい。
そうは言っても、最近はなかなか時間が取れないことも多い。

  特に店長とチーフ間での良い売場の認識のギャップ。

これがどの時代でもギャップとして存在するのがこの業界であろう。

  店長の思う良い売場とチーフの思う良い売場。

ここの大きなギャップがあればあるほど、店長の不満を増大しチーフを悩ませる。

  良い売場とはこのような売場だ。

それを共に良い売場を見て共通認識を持てば早いのである。
そして、近くには良い売場を作る競合店がいくつもある。
そういう環境であれば尚更、そこに行けば解決する課題である。

  しかし、そんなお店も時間も無い場合は?。

私は、以前に作った売場の写真を掲示して積極的に見てもらうことにしている。

  過去のお店の売場。

特に、新店の場合はパートさん達の経験も不足しているために、パートさん達への教育の為にも、良い売場としての過去の売場写真は効果的だ。

以前に売場写真に関して記した記事があった。

  「店長、これどこの売場ですか?。」

自分のお店の売場の写真がどこの売場かわからないという笑えない内容。
しかし、それも教育になると思っている。

  良い売場とは感動を伴う。

その感動を自分の売場で味わえる。
その経験が、良い売場を作り続けようとする意欲に繋がる。

  自分では陳列しなくても良い商品を作れば良い売場に寄与できる。

そういう信頼関係が築けるのである。
更に、別の店舗の良い売場を写真でも良いから見るということは、社員もパートさんも確実に実力がついていくだろう。

  このような商品作りがあったんだ。
  このような陳列技術があったんだ。
  このようなレイアウトがいいんだ。

そこにはいろいろな感動が生まれ、自分なりの新たな発想が生まれる。

  その発想が、現実に自分の売場で発揮できる。

このことの連続が、自分の売場作りの向上に役立つのである。
特に、時間の無い現代の教育においては、良い売場を見るという経験の数が担当者やパートさん達を成長させるのである。





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2016年11月 7日 (月)

特売だから

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


日々の商品動向。

  未だに特売に左右される状況が続く。

例えば、まぐろ。

  「今日はマグロの売上がいいな?。」

    「はい、この価格で特売ですから。」

こう言った状況。

  特売だから売れた。

それで終わり。

  “特売でなかったら、どう売るか”

当然、特売に入るということは、新聞折込チラシによってより多くのお客様にお買い得品の案内をしている訳であるから、それを知ったお客様が目的を持って来店される方が多いと思われる。

  期待されるお客様と期待に応えるお店。

その関係が特売時の単品の売上を引き上げる。

  しかし、

その関係が築けない時のインストア企画時の売り込み。

  これが本当の販売力であろう。

特売に入らない時の販売力を如何に付けるか。
これが販売力の磨き方である。

  そのきっかけとしての特売とその販売である。

特売時に量販して、自社の商品を味わって頂く。

  それが一つのきっかけ。

それは、大いなるチャンスである。

  一度食べてもらった商品をリピート購入して頂くためのきっかけ。

こうやって、一品一品のチャンスを如何に確実にリピート購入に結びつけていけるか。

これが鮮魚専門店だったなら、新聞折込チラシなど無い。

  日々の相場で単品を仕掛ける。

だから、目的買いでは無いお客様にもはっきりと目立つ単品量販の手法を当たり前のように身につけ、実践し、結果を出す。

  結果とは予定数量を売り切るという結果。

それが、自分の単品の販売終了の限界を引き上げていく。
これが、チラシの無い小売業が強くなっていく仕組みである。

  逆に我々は、

チラシに頼り、チラシでお客様を呼び、チラシに振り回せれる。

  逆にチラシがなくなれば何を売っていいかわからない。

チラシがあるから、平台というフリースペースの展開決まってくる。

  これでは販売力など付くはずが無い。

チラシが入ろうが入らまいが、主力品は主力品。
チラシを利用することなく、主力品ぐらいは自らの販売力である程度の数量を売りこなせる実力を身につけなければならない。




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2016年10月27日 (木)

交換留学という教育手法

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


チーフという職位。

  店舗で唯一の存在。

それは、その部門のチーフとしての存在は店舗で一人しか存在しない。

  誰も専門的に自分に対してアドバイスをする人間は店舗にはいない。

だから、そこから個人の手法でチーフ職をこなしていくしかないのだ。

  自分の仕事を自分で客観的に評価していくしかない。

店舗には店長という上司や副店長が日々存在はするが、常に一緒についてまわるわけではない。
だから、店長という存在もチーフからすれば遠目からでしか見られない存在である。

  要は、チーフ以上の職位はある程度縛られない存在となる。

だから、自分では一生懸命自分の部門の業務をこなしているように思うのだが、そこには個人差が大きく立ちはだかってくる。

  人間個人の仕事への取り組み方が露骨に現れることになる。

もっとも日々の業務は主に売場に反映されるので、売場がしっかり維持されていれば、上司はより優先的な部門や業務に目を向ける。

  表面上問題がなければ突っ込まれない存在。

それがチーフという職位。

  だから、個人差が更に拡大してしまう。

そして、それが長く続くと取り返しのつかないところまで至ってしまう。

  使えないチーフ。

そんなレッテルが貼られてしまう。
部門チーフという存在は、他のチーフの仕事ぶりを客観的に見れないというのが大きな課題となる。

  理想のチーフ像。

それは、若かりし頃に自分が担当だった時代に上司のチーフの背中を見て育った時代の話。

でも、現実には、理想のチーフ像を実際にチーフになってからもう一度認識する必要があるのである。

  それを具現化できるのが、チーフのトレード。

ある一定期間、理想のチーフの下で共に働くことによる研修。

  これは、大きな効果を産むだろう。

理想のチーフの1日の行動を共に出来るからだ。

この、一日の行動スケジュールを共にするということは、これ以上の教育は無いと思う。

  そこにはタイムリーな状況判断による決断があり行動がある。

これを学ばせる事が、最大の教育なのである。
もしかすると、この論理は店長研修にも当てはあるのかもしれない。

  店長ほど、普段自店で誰も何も言ってくれない存在である。

そこにメスを入れて、理想の店長の下で一週間共に行動するという研修。
店長ほど、一日のタイムスケジュールが決まっているようで決まっていない。

  個人に委ねられたタイムスケジュール。

このスケジュールに秘密が隠されているとするならば、そこを共に行動できるのはその下で働く副店長や部門チーフでしか経験できない事である。

  だから理想の店長の下から優秀な店長が育つのであろう。

そのようなチーフ研修であり、店長研修。
他のどのような効果的な研修会よりも効果の上がる部下教育ではなかろうか。






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2016年10月 2日 (日)

留職

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


今日は日曜。

  芸能ネタの日(笑)。

しかし、ネタ切れ(笑)。

  よって、テレビ報道ネタ。

先日のガイアの夜明け。

  留職。

当初私は、留職という意味を、現職にとどまると認識していた。
だから、留職とは企業側が従業員の流出を防止するために、如何に自社内にとどめるかを検討し、従業員対策としての施策なのだと勘違いしてこの番組を見ていたのである。

  しかし番組を見て早々にその誤解が溶けた。

留職。

  それは、留学と同様の意味での留職だった。

学生として海外の学校に一定期間入学するのと同様に、日本企業の従業員のままに海外の企業や公共施設に一定期間ボランティアとして参加して、自分の仕事のスタンスを学び直す目的で出向する制度のようだ。

番組では、日立製作所のシステムエンジニアが、自分の現在の仕事に充実感を得られずに企業が提案する留職に参加すべく自ら手を挙げ、海外に留職することを決めたところからスタートした。

  東南アジアの医療施設への参加。

そこは、交通事情が未整備で、またナビ等のシステムも未整備な地域であり、医療チームが患者のところへ出向くのに道を迷ったりしてなかなかたどり着けない現状があった。

そこで、日立の従業員は自らの仕事で培ってきた技術を活かして、この地域のナビを作成し、更にそのナビと患者の位置情報とカルテを連動して地図上に患者リストを作成してシステム化をした。

  それを3ヶ月の間に完成させて留職が終わる。

この番組の場合は3ヶ月という期間だったが、これがいろいろな留職があるようだ。

自分の今の仕事のやりがいを見出せず、海外のインフラが未整備な地域での留職により、自分の仕事の本来のやりがいを見い出すというのが、この留職の目的らしい。

また、この番組では二つ目のテーマとして異業種の従業員同士が5名程度のチームを組み、ある目的を半年程度の時間をかけてチームで追いかけ、課題の改善手法を見出して結果の報告をするというストーリーであった。

  異業種交流。

自社内での仕事であれば、同じ価値観の人間どうしが集まって仕事をするから、あ・うんの呼吸で仕事ができる。

  だから、効率よく仕事ができる。

しかし、違う価値観の人間が揃う異業種交流では、全く違う価値観の人間どうしの集まりであるから、はじめっから時間をかけて一つ一つの課題を検討していくことになる。

  効率は非常に悪い。

しかし、その非効率な中に、課題の本質が見えてくるのだろう。

  今まではあ・うんの呼吸で当たり前に思っていた言葉の意味。

しかし、異業種交流の中で見えてくるのは、自分が思い込んでいた言葉の意味が、他企業から見れば自分の常識では通じないという現実。

  仕事の意味を白紙から見直して本来の姿を見い出す。

それが、異業種交流の意義。

  更に、異業種同士の交流から如何にリーダーシップを学ぶか。

いわば、言葉の通じない人間同士の繋がりの中で、如何に個人個人がリーダーシップを発揮できるか。

  この経験は大きい。

対応力を身につけるチャンスであるから。

  思えば、てっちゃん会という繋がりも同様である。

同業ではあるが、企業毎にスーパーを運営するシステムは異なる。

  言葉が通じない部分が多い。

そんな各々の企業に勤めながら、他企業の同業者との付き合いをしている。

  そこからの学びが面白いのだ。

それは、その企業が目指すあるべき姿の違いからくる着眼点の違いであろう。

  その企業内では当たり前の優先順位。

しかしそれは、他企業から見れば優先順位が低かったり無かったり(笑)。

  その違いからの意見交換が非常に意義があるのだ。

企業や個人毎に何を優先して店舗運営の価値観を決めるのか。
それは、他企業の人間と付き合わなければ見えてこない。

  違う血に触れる。

これも大切な経験ではなかろうか。

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2016年2月 2日 (火)

社会で学ぶべきこと

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


当店の特徴として、学生アルバイトが多い。

  それは、大学に近いという環境が大きいだろう。

それも国立大学の為、ここの苦学生(古い?)がこぞってここでアルバイトをしたがるからであろうか(笑)。

地方の国立大学といえば、未だにこの地以外の地方の方も結構やってきているものだ。

  福島、山形、埼玉、茨城。

近隣の県の出身ならわかるが、中には北九州や青森からの出身者も多い。
先日も、学生アルバイトに関してきしたが、同じ学生でもその過程でしっかり社会勉強もしてきている学生もいれば、一体何を学んできたのかという学生もいる。

  “このまま社会に出したらどうなるのだろうか”

そんな学生もいるのである。

  大学とは何を学ぶところなのだろうか?。

大学と言わず、高校や専門学校も同様であろう。

  大学を出たからと言って、実際の企業内で使いものにならない学生は多い。
  逆に、高校卒でも仕事をやらせたらメキメキその本質を見出す者もいる。

就職する前の学校で、何を学んできたかということであろう。
確かに、国立や都市部の私大等は、試験の成績が良ければ入学できる。
入学させしてしまえば、単位をコツコツ取っていけば卒業できる。
卒業できれば、それなりの就職先に就業することができる。

  しかし、実際の仕事をやらせたら使いものにならない。

何故なのか?。

  実務を学んできていないからであろう。

実務。

  大学で本来の実務を学べるのだろうか。

そんな疑問もあるだろう。
勉学だけではなく人間との関係性を、大学時代にどう経験してきたかということだろう。

  人との関係性。

人は組織で仕事をする。
個人的な仕事もあるだろうが、大学を卒業して即個人企業を立ち上げる人間はほとんどいない。
ほぼ全ての人間は、ある程度の規模の企業に就業する。

  その組織内での人間性を発揮できるかどうか。

ここが、使えるか使えないかの分岐点であろう。

  人間組織の内部は勉学の理路整然とした世界とは違う。

組織の理路整然とした形態はありながらも、そこには実際に人間が存在し、人間同士の関係の中で組織が動かされていく。

  言った、言わないの言葉の世界だけではない見えない世界。

それが人間社会である。
そして、それが組織の本質であり人間の本質である。

  見えない世界の存在の方がはるかに大きいからだ。

だから、言葉の裏側に存在する本質を理解する能力がモノを言うのが組織である。

  そこを学んできたかどうかが問われるのである。

そして、私は、そこの部分をアルバイトに学んでもらいたいと思っている。



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2016年1月11日 (月)

社員教育の前提

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


社員教育。

  新入社員研修。
  3年目研修。
  チーフ研修。
  副店長研修。
  店長研修。
  バイヤー研修。 

いろいろな教育プログラムが用意されている。
教育する相手に応じて、目的が微妙に異なってくる。

  新入社員であれば、企業全般の簡単な把握が目的。
  3年目研修であれば、責任者としての自覚と職務が目的。
  チーフであれば、リーダーシップやマネジメントが目的。

等々のように、研修会での内容が異なってくる。
更には、現場での日々のOJTも重要な教育であり、毎月に各部や店長バイヤーの会議も伝達の目的と職位教育の重要な位置を占めているだろう。

更には、このような職位毎の教育とは別に、能力開発という視点でのコーチングの研修や自己開発セミナーのような外部研修も存在する。

  企業内にも企業外にもあらゆる能力開発セミナーが存在する。

しかし、一番大切なのは、自ら求める意識であろう。
企業が、組織が、部門がいくら高額なセミナーを用意したところで、学ぶ本人にその気が無くては宝の持ち腐れとなる。

  それと、企業が自分に何を期待しているのかという認識である。

要は、役割期待をどう自分自身に認識し、意識しているかという問題だ。
それ無くしては、どんなセミナーもその本人にとっては他人からの押し付けで終わってしまう。

  個々人にもっと大切な根源的な柱が通っているかが問題なのである。

それは、商売の素晴らしさであり楽しさであり、そこから導かれる仕事のやりがいである。

  ここがしっかり認識されずには、能力開発も覚束ない。

そして、そのやりがいを更に追求するために、能力開発に自ら自主的に参加して学び、仕事の喜びにまで昇華させられるように自律していく能力を磨いていくことなのだと思う。

  その根源は、売る楽しさ売れる楽しさ。

この喜びは店長だろうがバイヤーだろうがパートさんだろうが、皆同じ。

  私は、そう信じている。

だから、同じ目線で売場を見れるし、同じ目線で喜び合える。

  この共感がこの商売の根本的な喜びなのではないだろうか。

その共通項の為に、その職位毎に色々な技能を身につけ磨き、そして仕事の喜びを最大限に享受していく。

そんな前提をしっかり理解しながら、能力開発を自らに施していきたいものだ。









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2015年11月28日 (土)

因果関係を学ばせる

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


部下教育。

  いろいろな教育プログラムがある。

全社的主導で職位別や年代別教育もあろうし、個店の店長が主導での現場でのOJTもあろう。

問題は、以前と違って時間的な制限が大きくなってきたことだろう。

  以前は1日の中でも開店前から閉店までの流れが見えた。

しかし、店舗の営業時間の長時間化等の理由もあり、個人の在店時間と営業時間が大幅にズレてきて、その日の売場作りが最終の時間帯までどう変化しながら売れていくのかという流れが見れなくなってきているという事実。

  時間帯別に商品の流れを把握する。

これは商売の基本であるが、残業問題等からその一部分しか携われなくなってきている。

  商売の因果関係が把握しづらくなってきているのだ。

だから、その因果関係を理解するのに時間を要するようになってきているのである。

  以前は一年で経験できた項目が3年ほど掛かる時代。

現場のOJTで一番大切なのは、仕事の因果関係を身につけることが一番の効果だと思っている。

  現場で売れる仕組みを実体験から理解する。

これが本人をして成長していく一番の要素となるのだが、それにはそれ相応の時間が掛かるのである。

  その時間が更に長期化しているように思うのだ。

売れる仕組みを理解していくという過程が、この業界で成長していくということの大きな要素であることは否めない。

その成長への大き要因を、この環境下で如何に短時間で担当者が身に付けていけるか。

  それが部下教育の最大のポイントになっていくのではないか。

例えば店長の事例で言うと、最低でも3年間は同じ店舗で売れる仕組みの因果関係を理解する必要があると従来から記してきたが、同様な人事政策が部門責任者や担当者でも対応していく必要があろう。

同じ店舗や同じ部門で、売れる仕組みとその因果関係の体験を積ませる。
または、売れる仕組みの体験を積ませる教育の仕組み化を実施していくことが必要であろう。

問題は、部門責任者の時点でその部門を全て把握しているかという問題である。

  部門責任者が全ての把握者ではない。

だったら店長がそうかといえばまだまだであり、バイヤーはどうかといえばまだまだであろう。

要は、売れる仕組みとはこの業界の基本であり応用でもあるから、この追求をし続けていくことがこの業界で成長していくということなのである。

  だから色々な職位による体験が必要となってくる。

部門責任者の体験、バイヤーの体験、店長の体験、そのような体験から、小売という世界を色々な角度から見て売れる仕組みを体験していく。

  売れる仕組みを全ての角度から見ていく経験。

このことが、その人材をより早期に売れる仕組みを理解させる早道になっていくのだろうと思うのである。








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2015年11月18日 (水)

初期教育の重要性

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


先日のてっちゃん会に参加する電車の中。

  長時間の旅の為、本を読みながら向かった。

最近、中々進まない「修身」教授録  森信三 著。

  総ページ数 531ページ(笑)。

中々の浩瀚(こうかん)の書である。

よって、一向に読書が進まないので、この期に持参して読みふけってみようかと思ったのだ。

その中で、興味深い部分に出会った。

  小学校の教師という特性。

この本は、これから小学校の教師になろうとする学生に対して、森信三先生が道徳の時間として人間教育の時間として教諭し、その一部始終を記録した本である。
よって、毎時間ごとの教授の内容を記録したものである。

  毎回毎回、テーマがある。

私が読んだ部分は、質問タイムをとって学生から色々な質問に答えていくという授業内容の日のことを綴ったページであった。

その中に、こんな質問があった。

  「小学生の先生にやりがいはあるのか?。」

一言でいうと、こんな内容か。

今こうして学んではいるが、結局自分は将来小学生の先生となるわけだ。
たかだか年端もいかない人間の先生となることに、やりがいを感じない、という風な不満というか自己嫌悪というか、そんな質問に対しての森信三先生の返答が良かった。

「確かに小学生はまだまだ勉学の途中ではあるが、逆に言うと何色にも染まっていない純粋さがある。逆に言えば教育次第で如何様にでも成長する要素を持った存在でもある。だから部分的な教育ではなく全人的な教育によって立派な人間に教育できるか否かの瀬戸際でもある。しかし、歳も17歳を超えてくると、徐々にその考え方も固まり、外部からの教育もある一部分しか許容しなくなってくるものだ。伸び代少ない成人の教育にやりがいを感じるのか、全人的な教育によって何色にも染まっていく小学生の教育にやりがいを感じるかは人それぞれではないだろうか。私なら何色にも染めることのできる小学生の教育に生きがいを感じるがね。」

  そのような内容の回答いだったと思う。

なるほど、と思った。
そしてそれは、我々の社会でも十分通用する思想でもある。

  新入社員教育。

何も知らない人材の教育、と捉えるか、
これから何色にも染めることのできる人材への教育、と捉えるか。

  この考え方の違いは大きいだろう。

店長教育。
しかし、ある程度年齢の超えた店長への教育は、ある意味一部の部分しか本当に変えることは出来ない。

  むしろ、その基本的な考え方は変えることが出来ないと思った方がいいだろう。

自分で言うのも何だが(笑)、根本的な考え方はたぶん変えられないだろう。
それを変えようとしたら、今までの自分が崩れ去ってしまうような不安がある。
その基本部分は、如何様にしても変えられないと思う。

  その派生した部分は時代の流れに追いつこうとするものの。
  主軸の部分はもはや変えられないし変えたくもない。

しかし、これが新入社員の時代だったら、何色にも染まらない自分だったら、おそらく初めからその考え方や思想を身につけることは可能だろう。

  何事も、初めが肝心。

それは、そのようなことを言うのだろう。
よって、何よりもまずは、新入社員教育が一番重要なのではないだろうか、とこの本を読んで思った。

  しかし一番軽んじてた教育でもある。

何事も初めが肝心。
次代を担う新入社員教育こそ、しっかりと思想を植え付けるべき教育なのだろう。

  そんな想いで新入社員に接していきたいものだ。






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