心のあるべき姿

2019年4月22日 (月)

美尻トレーナー〜仕事の流儀から

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


美尻トレーナー。

  思わず録画してしまった(笑)。

もちろん男性であるが故の興味本位からである。

  しかしその内容に感動した。

今回の主役は美尻トレーナーの岡部友さん。

彼女の仕事のコンセプト。

  「お尻から人は変われる」。

美尻トレーナーと言う職業。
目的は、受講生の美尻という姿形に対して、ビフォーアフターにおける効果であろうか。

  しかし彼女は言い放つ「外見はおまけ」

これは、自分自身のトレーナーと言う仕事の本来の目的を、外見の改善ではなくメンタルにあると信じているからであろう。

  トレーニングを通して個人のメンタルを鍛え、結果として外見が付いてくる。

そんな理念を自分の「美尻トレーナー」と言う仕事に対して抱き、受講生のメンタル面を鍛えることによって、受講生の人生をより豊かなものにできる自立心を鍛えることに喜びを感じ、おまけとして受講生の美尻も付いてくるというコンセプトの下に自らの仕事を充実させようとする姿が非常に印象的であったのだ。

  受講生にも色々なタイプがいる。

今回登場した受講生の特性として、「時間が守れない受講生」「元カレが忘れられない受講生」「リバンドを繰り返す受講生」等々が登場する。
そんな彼女達が、「自分を変えたい」「自立した人間になりたい」との願いから、彼女の下を訪れてトレーニングに励む。

  もはや身体トレーニングの域を超えているようなトレーナーと受講生との対峙。

人間対人間として対峙し、受講生のメンタルトレーニングを最優先に一対一のトレーニングが続く。

  時に厳しく時に笑い、そして充実した90分。

90分で1万5千円という少々割高の受講料。

  それでも、受講生は後を絶たない。

それはおそらく口コミの効果なのであろう。

  あのトレーニングでメンタルが強くなれる。

そして、結果として美尻まで付いてくるとなれば、大いなる魅力であろうか。

そして、その対峙に対しての信念がある。

  「受講生が望む言葉ではなく必要とする言葉を発する」

受講生が、言われて気持ちの良い言葉や褒め言葉を言って喜ばせるのではなく、敢えて厳しい言葉になっても相手が今必要とされるアドバイスに徹するということ。

  聞いて気持ちのいい言葉ではなく心に響く言葉。

その言葉と適切なトレーニングが、受講生のメンタルを強くしていく。

  恋愛に倫理に、自分を乗り越えていく力。

それを共にトレーナーと創造していくパーソナルトレーニング。

  その頑ななスタンスに女性は人は共感するのだろう。

このドラマは、改めて我々に「理念」という言葉を蘇られてくれる。

  仕事の理念。

何があろうとも、頑なに守り続ける自らの使命感。
それは目の前の数値ではなく、商品を通して来店されてお客様という個人の人間の幸せを守るということなのだ。

  そこに我々にも理念がある。

その理念を頑なに守りながら商売を継続していくことに、我々の本来の役割と使命があるということを、今回の美尻トレーナーが教えてくれたのである。











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2019年4月12日 (金)

楽しくなければ2

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


昨日は、楽しくなければ1を記した。

  売る楽しさ売れる楽しさ。

それがこの業界の基本であると。
そしてそれは、人事担当者、総務担当者、財務担当者全てにおいても基本であると。

  そしてそこから更に職位によっての楽しさの追求は変わってくる。

例えば、店長の仕事の楽しさってなんだろう?。

  “店長って辛いだけじゃないの?”

そんな答えが返ってきそうな気がするが(笑)、それも店長次第、人次第であろうか。

  要は広い守備範囲の中で自分がワクワクする領域。

具体的には店長は、自分で部門を持たずに商品を持たずに、だから販売計画や数量計画もしなけれ当然発注もしない(人によっては発注を兼務で受け持つ店長もいるかもしれないが)。

更には、商品面でも自ら商品を仕入れに出向いたり商品開発の為に地域のメーカーや卸に出向くこともないから、自分で選択した商品を販売するということもない。

  しかし店舗の業績に関しては一番初めに店長が追求されるのである。

商品も持たず、販売にも直接は携わらないという職位の店長の楽しさとは。

  私自身は競合店との戦いの過程とその結果に大いなる楽しさを見出している。

競合店との戦い。

  競合店の存在やましてはその出店ともなると誰もが嫌がるもの。

直接的には自店に大きなダメージを与えるのが競合店の存在だからである。
しかし逆に言えば、競合店との戦いでお客様を奪うか奪われるかという関係は、ちょっとした対応次第で大きな数値効果をもたらしてくれるものである。

  コツコツと基本を繰り返しながら客数を増やすのも仕事。
  しかし競合店からお客様を奪って客数を増やすのも仕事。

競合店に行かれていたお客様を自店に呼び戻して売上を回復させる。

  口で言うは易しだが。

しかし、大きな対策や小さな対策、そして一度決めた対策を継続し続けて後日大きな見返りを得た時の喜びは一入であり、これが最大の仕事の楽しさであると言っても良いだろう。

  継続してこそであるから結果もすぐには現れない。

しかし、そのことを信じてやり続けていると、どのタイミングで結果が現れるかという効果もある程度見えてくるもの。
よく、一回りして一年経過すれば数値は回復するとは言われるが、それはなんの保証もない話であるが、上記のようにコツコツと対策を打ち、それを継続し続けていくと、一年経たずとも数値は回復してくるものである。

  それは逆も真なりで何もしなければ何年かかっても回復しないということだが。

当然、その為には上記のように商品も販売も直接は関わらない店長という存在であるから、如何に部門チーフや担当者、パートさんを巻き込んで具体的な対策を共有し、それを実施継続していくかというコミュニケーションやマネジメント自体も追求されるであろう。

  要は店舗全体で取り組むという共有感と一体感が店長の真髄なのではないだろうか。

これがバイヤーだったらどうだろうか。

  店長と同様に店舗での販売には直接は関われない。

しかし、全社としての商品という具体的、直接的な大きな要因には関われる。

  商品を通して全社の自部門の業績を上げる。

そこには大きな楽しみがあるだろう。

  その為に商品政策から入り具体的な品揃えに携わる。

その商品政策とMDが的を得ているかどうかが問われる部分でもあるし、更には店長同様に現場のスタッフ達と連動して自分の立案したMDが確実に店舗という現場で実現されての結果であれば尚更楽しいし、結果に対しての喜びも一入であろう。

  得てして店舗から見たバイヤーの存在とは敵視されがちではある。

しかし、上記のように店舗のチーフを鼓舞させて自らの商品MDを定着させているバイヤーも多い。

  そして結果を出せればバイヤーのマネジメント力も評価されたということだ。

そう考えると、仕事の楽しみや達成感とは、そこには必ず業績という結果と、そこに至るまでの仲間との共有という二面性があることがわかる。

  競合対策もMDの実現も現場との共有化が必須となる。

自分が立案したビジョンの正しさと、現場との協力関係があってこその業績達成。
そしてその経験から、更に次への一手が立案され、施行されていく。

  より正しいビジョンを描けるかという自信。

その自信も経験から得られる能力である。

  そんな仕事の楽しさ。

それを追求するから、仕事は楽しいものであるし、その過程の中で自らが率いる組織がまとまっていくのである。








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2019年4月11日 (木)

楽しくなれけば

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


楽しくなければ、スーパーじゃない。

  このブログのサブタイトルでもある。

以前のサブタイトルは、

  「たかがスーパー、されどスーパー」

であったが、昨年にサブタイトルを変更した。
それは、あるFacebook仲間が、自店の入り口の風除室に「楽しくなれけばスーパーじゃない」と言うタイトルと共に、働く従業員の仲間たちの似顔絵を一人一人描いて貼り付けてあったのを見て、このブログのサブタイとにパクったのである(笑)。

たかがスーパー、されどスーパーも想いのこもったサブタイトルだとは思っている。
しかし、楽しくなければスーパーじゃない、と言うフレーズに、自ら働くこの業界への想いと、そこで働く仲間たちにもっとこの業界であり仕事でありを理解して楽しんでもらいたいと言う想いを感じたのである。

  てっちゃん会の仲間でもあるそのFacebookを引用させていただいたのだ。

また、いろいろな企業や店舗でも

  「楽しくなければ、◯◯店じゃない」

等を合言葉に楽しく仕事をし、楽しい売場作りを目指している企業もあるだろう。

  やはり仕事は楽しむもの。

そしてその楽しさからまた次へのステップへ階段を登れるものであると思う。

  それでは、仕事の楽しさとは?。

だからと言って、皆が皆、仕事を楽しんでいるかと言えば、本当に仕事を楽しんでいるこの業界の人間がどれほどいるだろうか。

  ある一時は瞬間的に仕事が楽しいと思える瞬間があるかもしれない。

しかし、そのある一瞬を除けば、ほとんどの時間を苦痛と隣り合わせで仕事をしている人がほとんどではないのだろうか。

  私自身も仕事が楽しいと思えるようになったのは入社数年後のこと。

と言うよりも、鮮魚チーフとして数年が経過した後だったような気がする。
それ以前は、黙々と作業をこなすだけのものであった。

  そしてチーフになりあるお店の部門を任された。

それでもやはり義務感で仕事をしていた気がする。
しかし、何かのきっかけで、業績に対しての考え方が変わったのである。

  “業績は作れるもの”

そんな自身が付いた時からだ。
従来は、業績は結果的なものであり、仕事の結果として出た業績は作れるものではない。
そう思っていたのだが、チーフという職位につき、毎月業績とにらめっこしながら仕事をしていくと、業績を導くための日々のルーティンワークが見えてきた。そのルーティンワークを日々積み重ねていくと、最終結果に大きなギャップが無くなり、ほぼ予定通りの荒利率を導き出すことができるようになった。

  “業績って導き出せるんだ”

要は、予算の荒利率を日々の仕事の積み重ねからほぼ予算通りの荒利率を導く手法が見えてきたということだ。

  たかが荒利率の確保だけの話ではある。

しかし当時の私にとっては、この発見は大きな一歩でありここからいろいろな結果を導き出す手法へと繋がり、その結果としての楽しさが見えてきたのである。

  やはりある程度の能力や技術を身につけないと楽しさには繋がらないとは思う。

よって、それ以前はどうしても目の前の作業に追われるという苦の部分だけが前面に押し出され、その奥に潜む楽しさに辿り着けなかった気はする。

  しかし上記のようにちょっとしたきっかけで楽しさを発見するものだ。

それは人それぞれの楽しみがあるのだと思う。
私は荒利率という分野から、この業界の楽しさを見出し、そこから売上という領域での楽しさに広がっていったように思う。

  荒利率と売上は反比例の関係だと思っていた。

しかし、突き詰めていくと、それは一緒だと気がついた。

  荒利率を上げるには、売上を上げること。
  売上を上げれば、荒利率が上がっていく。

それを別々に考えていたのであるが、商品の流れという視点で見れば、如何に商品を回転させることが(点数を上げること)が荒利率に貢献することであるから、荒利率という視点を更に広げて、荒利率の安定には売上拡大が絶対に欠かせないという結論に至るわけである。

  結果として売上拡大を目指す販売技術にいたるのである。

そして、売る楽しさ、売れる楽しさを知る。
それは、この業界での楽しさという視点で見れば、順番が逆なのかもしれない。

  まずは売る楽しさを追求すべき。

そう捉えている方もいるだろうが、私は逆に荒利率確保に楽しさを見出し、その延長線上に売上拡大という領域が広がっていったのである。

  売る楽しさ売れる楽しさを知った暁には本当に仕事を楽しめた。

しかし、それは売場の部門の担当者の時代の楽しさであるかもしれないが、この売る楽しさ売れる楽しさを知らない限りは、副店長や店長、そしてバイヤーになってもこの業界の仕事の楽しさを満喫することは出来ないのではないだろうか。

  全てはそこに集約されているからだと思うのだ。

よって、これが総務や人事に行っても同じことが言えるのではないだろうか。

  人事の教育担当や採用担当。

やはりこの業界の売れる楽しさを基準とした制度の整備が、後々の人材育成と自社での活躍へ結びつき、それが彼らのモチベーションとなって将来にわたりこの業界で活躍できる人材育成につながっていくのではないだろうか。

  それでは店長の仕事の楽しさとは?。

それはまた別の機会にお話ししたいと思う。









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2019年4月 5日 (金)

たまには電車通勤

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


たまには電車通勤もいいものだ(笑)。

  普段は小一時間のクルマ通勤。

クルマ通勤の場合は約30kの道のりの為、いろいろな通勤ルートがあるが、現在は田舎道をゆったりと前車のスピードに任せて付いていく。

  新国道で飛ばせるルートもあるが、結局は到着時間は同じ。

国道に乗った時は快速な速度で走行できるが、その途中のルートが遠回り。
田舎道はほぼ一定の速度でトロトロ(国道に比べれば)走行だが、信号も少なくコンスタントに距離を稼げる。

  更にほのぼのとした風景を見ながらの小一時間。

この小一時間が仕事の組み立てを考察するには絶好の時間となる。

  先日は電車での通勤をしてみた。

もちろん、お客様からのクレーム等もあるので、副店長が出社している日を限定してのことだが。

  また競合店長達との飲み会がある時はもちろん電車での出社となる。

3月には2回ほどそんな機会があった。

  自宅からは私鉄とJRを乗り継いでの電車通となる。

自宅から駅までは徒歩3分。
駅から店舗までは徒歩10分。

  時間にして小一時間。

乗り継ぎの為、クルマ通よりは多少時間はかかるが、運転しない開放感がいい。

  都会と違い混雑も無い。

だからゆっくりと腰を落ち着けて周囲を見回すことが出来る(笑)。

  スマホからイヤホンで音楽を聴く人。
  必死にスマホから情報を検索する人。
  目を閉じて腕組みして瞑想にふける。
  仲間同士数人で立ち話しの女子高生。

車内にはいろいろな背景を持った人たちが居合わせる。

  私と同じように通勤途中の中年男性もいる。

相手から見ると、カバンも持たずに電車に乗っている私の方がよほど不審人物に映っているのだろう(笑)。

ほとんどの方はスマホをいじりながら目的地まで過ごす人が多い。

  自ら運転しない分自由な時間を過ごせるのであろう。

先日も好天の為、電車から見える外の景色も爽快だった。

  晴れた日の男体山。

鬼の爪痕のような残雪が綺麗だ。
その男体山が思川の陸橋から見える姿は、このルートの見所の一つであろうか。

  乗り継ぎの駅から駅も徒歩数分なので焦る必要もない。

そして到着駅から店舗までの徒歩。

  徒歩10分程度なので多少の雨でも苦にならない。

早朝の駅からの徒歩ルート。

  歓楽街は駅周辺に集中しているので閑散とした徒歩ルート。

そして、この街のシンボル的な神社へ通ずる参道。

  この参道を通ると、気持ちが引き締まる。

「白」と「赤」のみの色彩は心を神聖なものにしてくれる。

  古来からの日本人のDNAであろうか。

たまにはそんな出社日を儲けてもいいと思った。
そして季節はいつしか「初夏」の様相を呈している。
外気に触れないクルマ通もいいが、電車通は今が最高に時期ではないだろうか。

  競合店長との飲み会も増えそうな気もするが(笑)。












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2019年4月 1日 (月)

説得効果

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


人の行動を変える一言。

  そんな魔法の言葉を発せられる人間になりたいとは思う。

しかし、悲しいかな、なかなかそんな言葉には巡り会えないし、発することも出来ない自分がいる。

  “部下に魔法この言葉を発せられたら”

そんな夢を抱きながら部下を説得しようとして七転八倒しているのだが、なかなか部下はその意図を汲んでくれないの現実であろうか(笑)。
しかし、確実に人の行動を変えることができる説得手法がある。

  それは、二人以上の人間から同じことを言われた時だ。

ある上司から自分に対して、言葉を発せられる。

  その時はその言葉を真摯に受け止めるはするのだが。

しかし、その上司からの言葉だけでは、どうしても一時の言葉として流されてしまうことも多々あるもの。
その時は、その言葉が胸を打ち、自分の行動を変えてみようと思うのだが、上司一人からの言葉であるとどうしてもやれない理由を見つけ出して後回しにしている自分が多いことに気づくのではないだろうか(笑)。

  しかし同じ言葉を他の人間からも発せられたら。

要は、同じことを二人から同時に言われたら、俄然その言葉の重みが増してくるということだ。

  同じことを同時に二人の人間から言われた時の言葉の重み。

これはもう半端ではない。
多くの人間が自分に対して同じことを感じている、抱いている、そしてそうあって欲しいと思われている。

  その瞬間にその言葉は非常に重く自分にのしかかってくるものだ。

逆に言うと、人を説得する時は、その人間に自分と同じことを他の誰かにお願いして言ってもらうことで、その説得効果は倍増することを理解するべきであるということだ。

  この真実を理解することは大きい。

人に影響を与える言葉。

  それは質もあろうが数もある。

それも同じ事を数人から同時に言われる事。
同じ人間から何度も言われる事以上に、同じ事を数人から言われることの方が数倍効果があるという事。

  そしてそれを利用して他者を説得することの効果は絶大だということ。

だから、時として恩師にお願いして教え子を説得したりもするという歴史を踏んできたのであろう。
そして、それと同様の説得術としては、相手が経験した痛い思い出を利用して、同じ内容の言葉を上司が発することによって、同じ痛い経験を持つ部下は、以前の自分の苦い過去を振り返って同じ事を繰り返さないと強く思い込み、上司の言葉を素直に聞く耳を持つことになるであろう。

  上司としてはそのような過去の歴史を利用した説得術を理解すべきであろう。











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2019年3月12日 (火)

「造る」から「育てる」

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


先日のNHK「仕事の流儀」。

  秋田の酒蔵の杜氏の話。

秋田は由利本荘市にある酒蔵の杜氏を務める「高橋藤一氏」が今回の主人公。

  その信条は「造る」のではなく「育てる」。

酒を造るのではなく、育てるという発想。

  “酒って生き物?”

しかし、この番組をみていると、お酒造りは麹菌を育てるという発想を持たねばならないと感じたのである。

  麹菌に余計な手を加えない。

よりストレスなく麹菌を発酵させ、よりストレスなくその工程を育ませる。
それによって、素材が本来持つ力をストレスなく発揮させ、酒本来の味を引き立てる。

  それが育てるという発想。

よって、従来は酒造りの基本とされてきた「櫂入れ」をしない製造法に辿り着いたという。

  均一化のための櫂入れ。

しかし、人間の手によって均一化されたものは風味を失う。

  酒造りは人間が主張して造れるものではない。

その年に授かった米と水とその状況を、人間の技や思いよりも、酵母に任せてただ自然体で醸していく。

  人間が立ち入ることができない世界には立ち入らない。

それが、造るという発想から育てるという発想への転換となったという。

  育てる。

それは、どの世界にも言えることではないだろうか。

  お酒を育てる。
  人材を育てる。
  商品を育てる。
  子供を育てる。

等々。

育てるというキーワードは色々な場面で使われている。

  お酒を育てるという言い回しは初めて聞いた。

いや、その分野に関わっていなかった為に伝わってこなかったのかもしれない。

  お酒は造るもの。
  商品も造るもの。

メーカーの発想は、ものつくり。
どちらかと言えば、育てるという発想は我々小売側の発想かもしれなかった。

  我々人間の手で商品を育てる。

それは、定番の売場に品揃えしている商品一品一品をインプロ価格にてお客様に周知させ、その価値を認識してもらってからまた定番に戻す。

  その繰り返しで自店の定番が強くなっていく。

そんな発想で定番商品を強化していけば、その場しのぎの特売に頼らずとも、黙っていても定番が自然に強化されていく。

  そんな発想は小売側だけの課題では無かったのだ。

それがお酒造りにおいても実践されている杜氏がいるということ。

  そう考えると、お酒も生き物。

特に日本酒は日本各地で酒蔵があり、米も違えば製法も杜氏一人一人で微妙に異なる原始的な製法により味の全く異なる商品を製造し提供している。

  だから今改めて日本酒は脚光を浴びてきているのであろう。







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2019年2月24日 (日)

夫婦の条件〜グッドワイフから

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


今日は日曜日。

  芸能ネタの日(笑)。

「グッド・ワイフ」が面白くなってきた。

  いよいよ唐沢寿明の仮釈放がなされた。

そしてようやく、このドラマのタイトルが「グッド・ワイフ」なのかという問いの答えが見えてきたような気がした。

  今回から夫の唐沢寿明が仮釈放し自宅に帰ってきた。

そして従来から唐沢寿明を弁護してきた弁護士が今回の終盤に弁護を降りた。

  誰が彼の弁護をするのか。

そこで手を挙げたのが妻の常盤貴子。

夫である唐沢寿明の検察庁長官としての不正と不倫により刑務所に収監された段階から、元弁護士でもあった妻の常盤貴子は振り回されることとなった。

  そして生活の為に弁護士への復帰。

これを機に、不正以上に許せない不倫した夫に対して、離婚を決意して夫を迎えいれたのだが、このような経緯から不倫夫への弁護を自ら買って出る流れとなってきた。

  グッド・ワイフ。

訳すると、「良き妻」、又は、「良妻賢母」か。

このドラマは、弁護士としての一話完結の流れと、夫である唐沢寿明の逮捕から仮釈放、そして今後の法廷闘争というシリーズを通した流れとが同時並行式に進められていくドラマである。

  一話完結のスピード感。
  
しかし、唐沢寿明の不正と不倫においては、なかなか唐沢寿明が真実を明かさないという関係から、徐々に明らかになっていくミステリー的な面白さを同時に味わえる今までに無いドラマとなっている。

  ここに次への期待感が高まるのである。

そしてようやく、このドラマのタイトルであるグッド・ワイフらしいドラマの流れにたどり着いたのではないだろうか。

さてここからどのようにグッド・ワイフとして完結していくのだろうか。
このドラマでは第5話でも夫婦の条件を一話完結のタイトルとして設定していた。

  ロックスター役の宇崎竜童をめぐる妻の争い。

長年宇崎を支えてきた現妻と新たな恋人との法廷での争い。

  そこに宇崎がバイク事故にて植物人間に。

植物人間を解消して死を選択するのか、このまま植物状態を維持しながら奇跡を待つのか。

  そこで長年の付き合いの現妻は植物状態を選択する。

かたや新恋人はお腹の子供の為にもロックスターの資産が欲しいところ。

  よって植物状態から解放してその資産を得ることを提唱する。

一見すると現妻の言動には共感を覚えるが、最終的にはこの現妻は自ら得られるであろう資産を全て新恋人に譲ることを選択し弁護士に伝える。

  夫の子供を元気に生んで育てて欲しいことを願いながら。

夫婦の条件。

  考えさせられた第5話であった。








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2019年2月14日 (木)

実践力

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


昨日は「てっちゃん会第19幕」。

日中は前座と称しての勉強会。
そして午後6時からの懇親会。

前座の勉強会は「PDCAプロフェッショナル」を活用しての店舗での実践力の養成をテーマにした内容であった。

実践力。

  PDCAの「Do」の部分。

Plan      〜 計画。
Do      〜 実践。
Check   〜 検証。
Action   〜 検証からの飛躍的な仮説立案。

  この繰り返しによって組織のレベルを高めていく。

そんな考え方を身につけ、実践し、自らも能力アップを図っていく。

  考え方は非常にシンプルでわかりやすい。

特に、我々小売業の世界は一年365日の繰り返しと言っても良い。

  52週のマーチャンダイジングの連続である。

昨年の反省から今年の計画へ。

  そんな流れで一年間が経過していく。

しかし、理屈は上記のようにいたってシンプルであるが、シンプルなほど実践すると色々な壁にぶつかることになるのが世の常であろうか(笑)。

  PDCA。

これをチェーンストアに置き換えると。

  Plan      〜  本部商品部。
  Do        〜  店舗販売部。
  Check   〜  本部及店舗。
  Action   〜  本部商品部。

そんな役割分担となろうか。

  本部で52週を計画し店舗で実践する。

その繋がりを如何に連結させるか。
そして、その意図を踏まえて店舗が自店の環境に合わせて実践出来るか。

  実践するとは結果を出す為の行為である。

よって、ここで区別すべきは「実行」と「実践」を区別するということだ。

  “実行と実践とは同じ意味では?”

言葉だけを捉えれば同じ意味として受け取る方が多いだろう。
しかし、これをPDCAとして捉えるならば、敢えて区別しなければならない。

  実行 〜 言われたことをやりきる行動。
  実践 〜 自律的に状況に合わせた行動。

何が言いたいかと言えば、本部機能が策定した52週の販売計画。
それは、本部が標準的でスタンダードな自企業の売場に対して事前に昨年の結果からの反省を踏まえた今年の計画である。

  今年の環境の変化への対応は店舗の役割となる。

そして店舗では顧客の環境も異なり、競合店の環境も異なるし、立地条件も異なるもの。

  自店の環境の違いと変化を自律的に対応して実行すること。

これが実践である。

  言われたことを強引にやりきる力ではない。

それは、経験の浅い若年世代には研修期間として必要ではあるが、部門リーダーとしての役割を担った段階からは実践力を身につけていかねばならない部分であろう。

  如何に実践して結果を出すか。

その為に、実行する側が自律的に自分の店舗の環境を考慮して計画を修正しながら実行していくこと。

  それはより良い結果を最大限に引き出す過程でもある。






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2019年2月 4日 (月)

恩送り

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


先日の「アンビリバボー 〜 ものは順繰り」。

  感動した。

舞台は群馬県にある「下仁田納豆」。

  ここで先代の後を継いだ二代目の出会いの物語。

先代が廃業を決意したのだが、サラリーマンだった二代目が後を継ぐと宣言したものの、家内工業のレベルを脱しなかった現状ではなかなか価格競争に付いていけず、スーパーとの取引にも後塵を拝していた。

  そこで出会ったのが「もぎ豆腐店」。

そのもぎ豆腐店の二代目が茂木稔氏。

  味にこだわる豆腐「三之助豆腐」が百貨店で引く手数多。

同じ大豆が原料という親近感もあったのだろう。
そこで下仁田納豆の二代目の隆道氏に、自分の使用している大豆を使用して「納得のいく美味しい納豆を作って持ってこい」と告げた。

  そこから奇跡が始まっていく。

そこで製造した下仁田納豆を自分の販売所で毎日大量に仕入れて原価で販売してくれたのである。

  しかし、一年後。

茂木氏は隆道氏に言った。

  「もうこれきりだ。あとは自分で販路を開拓せよ。」

必死の隆道氏は高額な納豆を地元スーパーではなく百貨店に販路を求めて交渉にあたった。

  百貨店ではすでにこの納豆の存在を熟知していたのである。

要は、茂木氏が仕入れていた下仁田納豆の多くは自腹で百貨店の仕入れ担当者にサンプルとして提供してくれていたのである。

  なぜこのように下仁田納豆に恩を売ったのか?。

それは、恩送りという思想。

  茂木氏は自分もかっては「恩を送られた」経験を持つ。

その思想に感銘し、その恩を受けた方から言われた言葉。

  「俺にではなくいずれお前を頼ってきた若者に恩を送れ」

その相手が隆道氏であったのだ。

  ものは順繰り。

恩は恩を受けた相手に返すことも大切だが、適切な返し方が無かったり相手がすでに他界していたり。

  そんな宗教的な思想も恩送りには含まれている。

恩送りとは江戸時代から続いているらしい。

  自分が受けた恩を返す相手がいない。

恩とは先輩や親から受けることが多い。
しかし、恩を返せる時にはすでに相手は他界している場合もある。

  だから受けた恩を若い世代に返すという思想。

同様のことわざに、情けは人のためならず、という言葉がある。

  他人を情けをかけるのは相手の為にならない。

そう勘違いしている方達が多いと思うが、実は大きな間違いである。

  情けは巡り巡って自分に返ってくる。

だから、情けは相手の為にかけるのではなく、いずれ世の中の順繰りで自分に返ってくるものと思って目の前の相手に情けをかけるものだという意味である。

  恩送りも同様なのかもしれない。

恩が色々な人を巡って、いずれ自分にも返ってくるものと信じて、先輩から受けた恩を時代を引き継ぐ若手に送る。

  そうやって日本という国は繁栄をしてきたのであろう。

感動の番組であった。








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2019年1月 1日 (火)

今年の抱負

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


皆さま、明けましておめでとうございます。

  今年もよろしくお願いいたします。

今日は元旦。

  一年の始まり。

そして当社は今日の元旦は休業。

  今日は一日休養を頂きます(笑)。

今日が初売りの方も多いでしょうし、今年から元旦そして明日まで休業という方もいるでしょう。

  年末商戦如何でしたでしょうか。

これを書いているのが12月の27日。

  よってこの段階では年末商戦の行方は見えない。

昨日のブログでは期待値という言葉を記した。

  そういう意味では自店の期待値がよく見えたのではないだろうか。

その期待値を如何に今年一年をかけて高めていき、今年の12月31日の期待値と比較して好結果に結びつけられるかのスタートが今日からということになろうか。

  不安材料は昨年後半からの景気の停滞による業績不振。

しかし、本当に景気の停滞なのであろうか。

  私は違うと思う。

色々な要因はあろうが、一番の要因はキャッシュレス化の波が一気に到来し、そのキャッシュレス化への対応力が金の流れを変えたのだろうと考える。

  今年のキーワードは「キャッシュレス」。

10月の消費増税においても、キーワードはキャッシュレス。
そして、それに対応してお得感を得られる決済方法を影響できる業界の流れが必要なのではないか。

  キャッシュレスの恩恵をいち早く受ける体制作り。

本当の意味でのキャッシュレス元年となるのではないか。
よって、景気の後退ではなく、キャッシュレス化の大きな波に乗り切れない業界全体の構図によるものであり、決して売場のレベルの低下ではないと思っている。

  そして売場レベルが維持されている店舗は総じて業績は安定。

個店別に業績が大きくブレるのも今年の特徴となろうか。

  地域の競合店との格差が更に拡大される年。

だから、普段の期待値なのか特別な日の期待値なのかが問われるのである。

  私は普段の期待値に特化しようと思っている。

中小スーパーの強みは普段。

  よって普段に更に特化した期待値獲得政策。

大手が一番嫌うのは中小のこのような特化策であろう。

  しかし普段と言っても守りに特化することではない。

PDCAのサイクルを回しながら、最後のActionは「挑戦」に言葉を変えて回していくことで、更に上のステージに乗り換えていかねばならない。

  挑戦した数だけ成長という意味を得ることが出来る。

普段の期待値に対して、何をどう挑戦したのか。
その挑戦の数が上期に評価されることが上半期の課題となろう。

  そして消費増税の10月を迎える。

以前にも記したが、軽減税率の恩恵を食品スーパーは受けることにある。

  食品に関しては税率8%の据え置き。

制度の運用面では面倒になるが、総じて食品スーパーにとってはウェルカムが制度にはなるだろう。

  しかし同業他社との競争は相変わらず激化の一途。

いろいろな方達が業界を超えた競争の時代とは言われているが、結局は隣の同業他社との競争という原則には何の変化も無い。

  隣の同業他社との戦い。

これを避けては我々は生き残れないのである。

  中小スーパーとしてどこに特化するか。

そしてその仮説を確実に実践できる現場の実行力。

  新たな年が幕を降りたのである。







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