心のあるべき姿

2020年4月 1日 (水)

目的を見失わない

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


目の前の仕事。

  そこを振り返って見直そうとする人はほとんどいない。

特に朝からの開店準備においてはそのような傾向が強いであろうか。

  店舗に着いたら本部からのメールバックを開ける。
  昨日の時間帯別売上を印刷してファイルに綴じる。
  各部への朝の挨拶回りをして各部人員をチェック。
  昨日の売上を全店ベースで確認し自店と比較する。

これが日々の私の朝のルーティン。
そこには何の曇りも疑念も無く、毎日繰り返している。

  なぜこの時間に売上チェックするのか?。

そんなことは考えたことも無いし、考えようともしない。

  今ではそれをしないと気が済まないという感覚。

それによって1日がスムーズに行動できるという朝のルーティン業務等であれば、それ自体が目的であるから特別どうのこうのとは言わないが、同様に本部指示やマニュアルがあるからそれに従うという指示命令形態に対して何の疑いもなく現場が実行してしまうという風潮が蔓延しているように思える。

  本部の指示売価だから守る。
  本部マニュアルだから守る。
  上司の指示事項だから守る。
  チラシ限定数量だから取る。

部下として、現場として、上司の指示や本部の指示を守り実行することは何も考えずに行動することだから「楽」である。

  しかし「楽」なことと「目的」に近づくことは別物だ。

最近の現場を見ていると、自分も同様かもしれないが本来の目的以前に指示命令や決め事の遵守が先行し、本来の目的とその効果を検証する姿勢がなくなってきているように思う場面が多々ある。

  「チラシに記載されている限定数量が◯◯個なので発注しました。」

しかし、その数量であれば数時間で限定数量に達してしまう店舗もあるだろう。
そんな時にはせめて午後5時まで持つ数量が必要であろうし、本部指示売価がキャベツで498円にもなっていたら、競合店との価格との比較も必要であろう。

  とにかく店舗が置かれた環境は個店毎に異なるのである。

異なる競合環境にあるわけであるから、自店はその競合店に左右されることになる。
よって、その競合店を無視してはより良い店舗運営とは言えない。

  競合店との関係の中に自店は立地しているからである。

本部の指示売価とはある一定の目安とし、そこから先は自店の競合店との関係においてどのような売価に設定するかはお店が決めるべきことであると思う。

  または店舗で決めて競争優位性を保とうとするものである。

要は目的は競争優位性を発揮しやすくする為の行為が、マニュアルとか本部指示に備わっており、それを遵守することによって最終目的は業績を達せいすることにある。

  しかし現状では遵守が目的と化しているのである。

これを本末転倒というのであろう。

  特に最近ではベテラン社員でもそうなりつつあるようだ。

その遵守の後に待つもの。
そしてその未来には目的達成という大前提が本当に待っているのだろうか?。

  そんな問いを持ちながら日々の目の前の仕事に臨みたいものである。







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2020年3月27日 (金)

問題児

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


問題児。

  何もてっちゃん会のメンバーのことではない(笑)。

てっちゃん会のメンバーが問題児の集まりであることは今更言うことでもないからである。

  それでも今回は問題児がテーマ。

先日(それでもだいぶ前の)のNHKの仕事の流儀。

  楽天の三木谷社長を取り上げていた。

この番組で知ったのだが、楽天という組織の公用語は8年前から英語を使用していると言う。
よって、会議での場やプレゼンの場では全てが英語でのコミュニケーションとなる。

  普段の業務の打ち合わせが全て英語。

とても今現在の自分の立場では理解しがたい現実が楽天という職場では繰り広げられているのである。
理由は、7千人の社員のうち外国人が2割を占めているということからだという。

  日本語でも言葉が通じないと感じる今日この頃(笑)。

それがあちらの言葉でコミュニケーションすることなどこの業界では到底及びも付かないことではないだろうか。
しかしそれだけ従業員自体がグローバル化し、複雑な日本語で会話しても誤解を生じる恐れがあることをいち早く察した三木谷社長の英断であると言えるだろうか。

  そこからして世界観が問題児(笑)なのかもしれない。

あなじ物事を見ても、全く異なる視点でその状況を捉える発想。

  このことが周囲からすると問題児として捉えられるのであろう。

番組では、三木谷社長の日々の時間との戦いから撮影がスタートした。
今では数多くの事業を手がける楽天。

  その数70あまり。

そのほとんどに自らの判断で決定権を持つ存在。
よって、毎日15件のミーティングをはしごするという。

  歯磨きの時間もぴったり24秒(笑)。

それだけ、日々が時間との戦いの連続。
彼は言う。

  日々新しいものを創造していくポイントはスピード。

またおもしろいと思ったのは「バッド・ニュース・ミーティング」なるもの。

  悪いニュースの報告会。

我々業界では有り得ない報告会であろうか。

  成功事例の報告会ならザラにある。

しかし、悪いニュース(失敗事例)の報告会は初めて聞いた。
思えば、人間は失敗から多くを学ぶ生き物でもある。

  組織内で失敗事例を共有することの効果は計り知れないだろう。

一番の効果は、失敗を恐れない組織になっていくことであろうか。
自分の失敗を堂々と社長以下の場で報告できると言う優越感。

  但し、それがどこまでの失敗なのか。
  そして、その後の未来が開けているのか。

そこがなければ単なる失敗に過ぎないが、失敗とは成功への布石でもあるから、その布石として何が見えてきたのか。

  失敗から見えてきた未来。

そこがこのミーティングの最大のポイントであろう。
この報道だけでも周囲の企業との違いが突出しているのではないだろうか。

  まさに問題児たる所以であろうか。









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2020年3月26日 (木)

個人差

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


ブログ記事。

  当初は自己満足で書き始めたのが始まり。

よって、誰もこんな自己満足のブログなど見てくれる人もいなかった。

  が、何人かの同業の方が少しずつ読んでくれるようになってきた。

そしてそれぞれの記事に対するコメントも入るようになってきたのである。
そこから、毎日の記事とその返信に対する楽しさ、面白さも加わり、毎日更新が定着してきたと言える。

  やはり書いた記事に対してのコメントが入るのは嬉しいものだ。

関心を持ってもらっている。
興味を抱いてもらっている。
共感していただいている。

  書いた記事に対しての上記のような感慨。

それが連動して、いつしか自分の自己満足をぶつける場としてのブログではなく、徐々に記事のテーマが「共感」に変わっていったようにも思える。

  いかに読んだ人が共感してくれるか。

よって、記事の内容も誰もが経験しているような内容をセレクトしてきたように思える。

  と同時に記事に応じて入るコメント数も違ってくることに気づいた。

“あれっ、この記事に食いついてきたか⁉️”
“この記事自信があったんだけどなぁ〜⁉️”

  意外に自分が思う記事への反応が違ったりもする。

それがまた新鮮なのであるが。

  更には自分の見る視点と異なるコメントも新鮮である。

自分としては、今回の記事のテーマの視点があったのものの、別の視点でコメントが入ったりすると改めて思うのである。

  “そっちの視点で共感したか”

それ一つ取ってみても、人の視点、人の捉え方、そして人の感性は異なるのだという事を知るのである。

  それでは何故人の感性が異なるのであろうか?。

それは、それぞれの人がそれぞれに異なる環境で仕事や暮らしをしているからであろう。

  店長の人、チーフの人、運営部の人、更にはトップや他業界。

それぞれに違う環境で同じを記事を読んでも、その捉え方や視点、そして感情は大きく又は微妙に異なるし、そこから導き出されるリアルなコメントも人それぞれに視点の違いを表すのであろう。

  そして、それによってその記事を更に深く掘り下げてくれるのである。

“コメントがおもしろい”

  そんな話もよく聞かれる。

それだけいろいろな方のコメントによって、更に深掘りされていくのではないだろうか。
最近ではただのバイトさんのコメントなど記事の何倍もの奥深さを感じさせるものである。

そして、そんな方々がリアルに会合するから更に会話が深まっていく。
そしてそれが立場を超え、職位を超え、業界を超えて共感し合える結びつきになっているのであろうか。







  

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2020年3月25日 (水)

桜の開花

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


早くも桜の開花である。

  昨年と比較しても約一週間以上早いのではないか。

本来であれば、もっと話題になって良いはずの春の訪れ。

  昨年末からの暖冬。

よって、桜の開花は今年は更に例年よりも早くなるだろうことは予想はしていた。

  しかし同時に発生したコロナショック。

桜の開花以上の衝撃的な話題が連日世間を席巻している。
本来であれば昨年以上に賑わうべきであろうお花見の会場やその周辺の飲食店も、全ての自粛ムードの中でゆっくりと宴会形式にての桜を愛でるという行為は激減の様相となっている。

  とは言っても外出したくなるこの時期の陽気。

流石に春彼岸からの3連休の最終日の日曜日は、外出された方が多かったようである。

  今回の3連休は従来とは食品スーパーでの様相も変化していた。

従来であれば、3連休ともなると外出される方が多い休日となる。
ましてや陽気も温暖になり、家族揃って外の空気を吸いたくもなる時期。

  そして今年は桜の開花も重なるタイミングとなった。

これが例年であれば、この3連休は食品スーパーは逆に閑散たる状況であったはずである。

  しかし今年はそのタイミングでの自粛ムード。

彼岸前日からの準備用品や食材を求めるお客様の買い周りで賑わった。
それが金土と続いたのである。

  通年であればこのタイミングが閑散となるものだ。

そして、通年であれば最終日の日曜日にようやく外出から帰宅されたお客様の自宅での夕食の為の食材購入のタイミングになる為、日曜日の午後からの買い周りに集中するはずの日曜日の動向。

しかし逆に今年は十分に自宅に食材を有する家庭が多く、日曜日の午後からの買い周りは従来とは比較にならないほどの穏やかぶり。

  例年とは異なる買い物同行であるとは予想はしていた。

しかし、前週の週末と比べてもこの3連休の動向はまた別の流れとなった。
この流れは、今後の4月後半からのゴールデンウィークへの布石となるであろうか。

  そんな状況ではあるがやはり外の空気を求めたくなるのが人間。

それが健全な人間の姿なのでもある。

  そして自宅の庭の桃の花。

こちらも毎年桜の開花とほぼ同時に開花する。

  やはり花を人を和ませる。

ゆっくりと一輪一輪の花を眺めていると心も和んでくるものだ。

  そして一気に初夏の様相である。

“最近春が短くなったぁ〜”

  まさに冬から夏へ。

そんな昨今の陽気。

  そんな短い春を楽しみたいものである。




  

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2020年3月16日 (月)

あるお客様との会話から

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


当店によく来る男性のお客様。

  と言っても多くの男性リピーターがおられる(笑)。

そして大抵は鮮魚売場で会話するお客様が多い。

  なぜか?。

大抵は鮮魚売場で品出しをしているときにお互いに絡み合うからである(笑)。

  ご夫婦で来られる男性客。
  お一人様で来られる男性客。

先日は大抵はお一人で来られるお客様が、滅多に来ない奥様と来られて紹介されたりもした。
食品スーパーには本当にいろいろな男性のお客様が来店される。

  スーパーに来店される男性のお客様。

それは女性にも言えることだが、とりわけ男性客にはいろいろな方がいる。
食品スーパーに来店すると言うことは食材を買い求めに来られるということ。

ということは大抵は自分で調理をする為に自分で食材を購入する目的で来店される方がほとんどだということだろう。

  しかしだからと言って独身とは限らない。

奥様と役割分担しながら買い物は自分でされる方もいる。
先日はそんな男性のお客様と会話をした。

  よく来られる男性のお客様。

そのお子様が今度ご結婚されるという。

  「おめでとうございます。」

そう祝福したら、こう返してきた。

  「いや実は大変なんだよ。」

それはこうだ。
こんな状況(コロナショック)だから、結婚式をどうするか迷っているという。

  子供の結婚式。

多くの関係者に自分の子供の結婚を祝ってもらいたいのが親心であろう。

  しかしそんな気持ちを踏みにじるコロナショック。

相手の親御さんは首都圏には出てきたくないような気配だという。
その気持ちも理解できるのがわかるだけに厄介なのだろう。

  私は言った。

「お気持ちはよく分かりますが、ここは主催者がナタを下ろして延期または中止を決断するのが呼ばれる方にとっても幸いなことなのではないでしょうか。」

披露宴に呼ばれる方にはいろいろな想いを抱いている方がいるだろう。

  もちろんおめでたい席に参加したいと思う方。
  とは言ってもこんな時だから迷いに迷う方。
  感染しては元も子もないから欠席を決めている方。

いろいろな想いを胸に披露宴の返信を迷っているのである。

  主催者が決断して参加者の不安を取り除く。

それには、この時期のこのタイミングを考えると延期または中止が世の中の流れではある。
そして、この流れの中で主催者となってしまったのであるから、そこは参加される方々の安全を最優先に考慮するのが筋でもあろうか。

  そんな話をさせて頂いた。

その男性のお客様は、私の顔をまじまじと見て言った。

  「ありがとう。気持ちの整理がついたよ。」

それも後々の思い出となるだろう。







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2020年3月10日 (火)

人間社会

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


コロナショックによる弊害。

  人が外出しない生活。

それは今後の人間生活においてどのような弊害をもたらすのだろうか。

  人間とは元々は弱い動物であった。

それが、表情を持ち、言葉を持ち、人間同士が連帯して高度な団体行動を取れるようになってきた経緯の中で成長してきた経緯がある。

  要は人間の強みは連帯する強み。

今その強みがコロナショックによって分断されようとしている。
コロナショックとはいずれ人間の知恵と工夫によって問題解決の道へ進んでいくであろう。

  しかしその爪痕は大きい。

それは上記に示す通り、人間の強みである人間同士の連帯力が、このコロナウィルスの影響によって大きく分断されていくように思えるからだ。

  人間が外に出ない。
  人と会話をしない。
  マスクで顔を覆う。
  濃厚接触をしない。

従来から持つ人間の強みが一つ一つ分解され、そしていずれ人間はお互いに孤立していく方向に向かうであろう。

  これは要するに人間の強みを失っていくことになる。

もしかすると、今回のコロナショックによってもたらされる最大のデメリットはこのことではないのだろうか。

  要はウィルスによって人間の連帯力を解体すること。

ここにウィルス本来の目的があり、そこから人間社会が崩壊していくのではないだろうか、と仮説を立てたくなるほどコロナショックは人間の本来の暮らしを崩壊させようとしているのではないだろうか。

  人間社会の崩壊。

それはもっと昔から徐々に我々人間社会に忍び寄ってきたのかもしれない。
それは、科学が解明されてきたここ100年の間に加速度的に忍び寄ってきたのではないだろうか。

  特にウィルスの発見はその最たるものではないだろうか。

そしてそれはずっと昔から存在していたのだろうと思うのだが、その存在を人間が知ることによって急速に不安と恐れが生まれ、いつしか人間同士の接触が希薄になっていくような方向に向かわせられているように思えるのだ。

  人間はその接触と連帯によってここまで地球を牽引してきたのである。

しかし、その接触と連帯という人間の強みがウィルスによって奪われていく。
そして、コロナショックが落ち着いた暁には、上記のことが杞憂として消え去ってくれれば良いのであるが、人間同士が接触しない、連帯しない、集団行動しないという機運が解消しなければ、世の中はどうなっていくのであろうか。

  そんな不安を抱える今日この頃である。







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2020年3月 5日 (木)

楽しくなければ・・・

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


昨日は「副店長」について記した。

  今日は店長の役割期待。

そして昨日は、店長の役割期待を「仕事の楽しさ」の店舗での推進者と明記した。

  店長は店舗での「仕事の楽しさ」の推進者。

小売業という仕事。

  本来はこんな楽しい仕事はない、と思っている。

しかしそう思うのは私だけであろうか?。

  このブログのサブタイトルは、「楽しくなければスーパーじゃない」。

もちろん、このフレーズもいろいろなところで使われているフレーズではある。
そしていつも想うのは、てっちゃん会で集う仲間たちを見ていると、本当に仕事を楽しんでいるんだなぁ〜という実感と共感。

  その二つがあるからこの会は長く続いているんだろうなぁと思う。

そして店長と副店長との役割期待も記した。

  店長は「仕事の楽しさ」を、副店長は「基本の徹底」を推進する役割。

よって、店長と副店長はクルマの両輪である、とも記した。
店長と副店長がお互いに役割期待を果たしながら店舗を違う使命を持って牽引していくから、店舗は競争力のある一個の商品としてお客様に輝いた存在として映るのである。

  仕事の楽しさとは「売る楽しさ」と「売れる喜び」を享受することである。

「売る楽しさ」とは、販売計画の部分であろうか。
「売れる喜び」とは、販売実績の部分であろう。

  売る計画と売れる感動。

この二つがこの商売の醍醐味である。
そしてこの醍醐味は、担当者やもっと言うとパートさんまで同じ感動を共有できるのである。

  末端のパートさん達が「売る楽しさ」」と「売れる喜び」を享受できる。

このことが、小売業の素晴らしさであり醍醐味であろう。
そしてそれは脈々と担当者から部門チーフ、そして店長に至るまで同じ「楽しさ」と「喜び」を享受できるのである。

  この「楽しさ」と「喜び」の享受こそが全ての店舗運営の軸となるのである。

そして、この軸が太ければ太いほど、店舗は競争力のある一個の商品として輝き続けるのである。

  それを推進し牽引するのが店長の役割期待。

そして「売る楽しさ」と「売れる喜び」を店舗運営の軸として如何にマネジメントしていくかが店長の最大の使命と言える。

  「売る楽しさ」と「売れる喜び」を店舗運営のマネジメントの軸とする。

これこそが店長の最大の使命であり、これをマネジメントとして仕組み化し店舗に定着する事こそ、理想の店長像ではないだろうか。

  思えば私もそこの一点に集中して今まで模索してきたように思う。

そしてこれからも、この命題を追求し続けていきたいと思うのである。







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2020年2月27日 (木)

見えなくなるもの

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


世の中には見えるものと見えないものがある。

  それは状況の違いによっても違いがあるだろう。

かっては仕事の職位が変わって、例えばチーフとか店長に昇格してから初めて見えてくるものもたくさんある。
逆に、担当者やチーフの頃は見えていたものが、昇格するごとに見えなくなっていくものもあろう。

  見えなかったものが見えるようになるのは興味を持って探索する。

しかし、かっては見えていたものが見えなくなっていくという部分に関しては、あまり関心がないのではないだろうか。

  関心がなくなるから見えなくなっていくとも言える。

しかし、かっては見えていたものというのは、その見えている部分に対して自分の課題や改善部分として見えていたものもある。

  “自分があの職位になったら改善しよう”

上司の姿や店長の姿を見て、その部下の立場、下の立場にいたから上司の背中がよく見えていた部分。
それは逆に言うと、他人の背中がよく見えるのと同様に、それが自分の立場から見ると大いなる課題としても写っていたのである。

  しかし自分の背中は常に見えないもの。

自分の背中。

  そこに部下の不満であり要望であり組織の希望が隠されているのである。

担当者であれば、パートさんやチーフがその背中に課題を見るし、チーフであれば上司の背中に課題を見る。
そして店舗内の組織であれば、店長の背中に店舗の従業員はお店の課題を見るのである。

  そしてその背中を見て「自分だったら」と言う希望を持つのである。

しかしその立場になると、上司の背中からかって抱いた希望が見えなくなってしまう。

  それはその立場になった途端に見える景色が全く異なるからであろうか。

当然に昇格すれば今まで見ていた上司の姿を思い描いて妄想で覆われてしまうものである。
そしてその妄想からは、なぜか上司の背中と言う課題がかき消されてしまうのである。

  何故か?。

それは、その妄想が「あるべき理想の上司」という何の根拠も無い自分の憧れだけを信じて、その姿に埋もれていくからである。
よってその地位に就いたら、あくまでもかっての上司の評価を棚卸して、その背中から見えた課題を念頭に置きながら自分に当てはめていくことが重要であろうか。

  そして、自分の背中。

こればかりは、どんなに著名人であろうとも隠しようが無い。

  誠実な心を持つことでしか解決のしようがない。

そして誠実な心とは、邪心の無い心である。

  目先の欲得ではなく未来を見据える眼。

そして自分は部下の成長によってのみ自分の未来が開けるという純粋な心である。






 

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2020年2月24日 (月)

通勤途中の景色

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


自宅から職場までクルマで約50分。

  結構な距離である(笑)。

そして当地は関東平野の北端でもあり、この時期の晴天率は全国でも有数の立地となる。

  よってこの時期の天候は今が最高かもしれない。

特に今年は例年にない暖冬であり、積雪も無く、2月に入ってからの冬晴れは乾燥度合いも高いが、遠くには日本一の富士の姿もくっきりと映し出されるのである。

  “えっ!、富士山が見えるの?”

北関東から富士山が見えるのか?。

  はい、それもこの時期だけですが。

そう、乾燥度合いの高いこの時期だけは、遠く南南西の方向に綺麗な三角屋根の、それも裾野に沿ってなだらかに水平を描くような輪郭の富士山が、上部4割程度雪に覆われた頭部から下部6割の裾野までくっきりと映っているのである。

  よってこの時期は早朝の通勤は楽しみでもある。

今日は綺麗な富士山が見えるだろうか。
大抵は、雲ひとつない快晴の日には概ね富士山は見えるのであるが、時折南南西方向に雲が掛かっていたり、富士山周辺の雲行きが悪いとこちらまで見えない状況の日もある。

  しかしこちらが快晴の日には概ね上記のような富士山が見えるのである。

但し、この冬晴れの時期だけだ。

  そして最近気がついたことがある。

それは、その富士山からその立ち位置で方向を西北西に視点を変えると、なんとそこには栃木の名峰である男体山がこれまた鬼の爪痕のような積雪を被って綺麗に映し出されているのである。

  いつもは綺麗な富士山に視点が集中していて気づかなかった。

しかし、ちょっとした気まぐれで体を回転させた折に見えた男体山もまた雄大であった。

  そこに純白の雪景色が重なれば最高であろう。

しかし今年はそのような雪景色は全く見られない。
それはそれで、当地としては幸せなことなのかもしれないが。

それでは当地から見える富士の姿をご覧ください。
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更に、西北西に見える男体山。
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まさに、当地ならではなの冬の景色であろう。

  そしてまさに関東平野である。

特に、南方方面に関しては遮るものが何もないから、200km以上離れた富士山も上記のようにくっきりと見えるのであろう。

  しかしこの景色も3月に入ると徐々に霞に消えていくのである。

この時期ならではの冬景色。
満喫したいものである。






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2020年2月 5日 (水)

阿吽の呼吸

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


人事異動。

  異動者達も少しづつ現場の違いに慣れてくる頃だろうか。

人事異動とは、異動する方も異動者を迎える方も慣れる時間を要する。

  要はお互いの思考の奥が読めないのである。

思考の奥。

  それは何を考えているかと言う憶測。

例えば、この商品が欠品したときに、その次にどうするかという判断が人によって様々だということだ。

  前任者であれば自分で他店舗に取りにいくという行動をとる。
  店長であればバイヤー等に連絡して外部の関係者に依頼する。
  パートさんであれば他の商品でその欠品商品を変えてしまう。

いろいろな対応方があるが、大抵はその人間によってパターンが一致しているものである。

  よってそれを予測して事前に自分の行動が取れるのである。

これがいわゆる「阿吽の呼吸」というものだ。

  そして人事異動当初はこれが取れないのである。

当然であろう。

  相手の行動パターンが読めないから。

この行動パターンが読めるようになるまでにはある一定の時間を要するのである。
事前にどこかでその担当者やその店長等と仕事をした経験があればわかるのであるが、人事異動で初めてその人間と仕事をする場合はそうはいかない。

店長対部下の関係であれば、店長の方針は手法を部下が理解するまでの時間がそうだろう。

  この店長だったらこう判断してこう行動するだろう。

そんな予測の下に、事前に自分の行動を決めて実行する。

  よって店長からは何も言われない。

それが人事異動当初であれば、従来の店長の時のような行動をとって良いものかどうなのかの判断がつかずに戸惑うものである。

  この判断に要するのに結構な時間がかかるものだ。

それが人事異動というものであろうか。
1人のチーフが異動してくると、そのチーフは店長に気を使い、その担当者やパートさん達はチーフに気を使う関係となる。

  この複雑な関係から部下達はなかなか相手が読めない状況となる。

それも含めて店舗の店長の方針は常に周囲に周知させておく必要はあろう。
それが暗黙の了解として周知されていれば、この店長はこのような状況においてはこのように判断し、相手にどのような行動を求めるかを常に周知させておく必要がある。

  店舗はこの価値観である程度の統一がなされているのである。

そしてその店長の価値観は企業の価値観と同じでなければならない。

  結果としてチェーンストアはこの価値観に統一されているのである。

とは言っても、個人個人の価値観は微妙に違ってくるものであるから、特に特別な状況になったときの個人個人の状況判断と行動パターンは微妙に異なるものだ。

  そこを阿吽の呼吸で理解し合える間柄。

それにはお互いにコミュニケーションの回数が重要なのだろうと思う。

  特に人事異動者との間には。






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