心のあるべき姿

2017年7月30日 (日)

久しぶりの安全地帯

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


先日、久しぶりに玉置浩二ショーを見た。

  安全地帯が揃って出演。

安全地帯がワインレッドの心を発売したのは、1983年。

  私が23の時だ。

この頃から当時の音楽番組である「夜のヒットスタジオ」とうに頻繁に出演するようになり、以前の企業に高校や大学から入社当時の同期の連中の髪型はほぼ全員が玉置浩二の髪型だった。

  それほど影響力のあるグループであった。

とは言っても、安全地帯にあまり興味の無い私は、安全地帯=玉置浩二、で捉えていたと思う。

  その後、真夜中すぎの恋、マスカレードと続く。

更には、恋の予感、熱視線、悲しみにさよなら、等破竹の勢いだった。
クルマのカセットデッキには安全地帯が流れるのは定番中の定番の時代でもあった。

  それでも私の記憶は玉置浩二のみ。

多分、当時の私は玉置浩二の名前すら記憶になかったと思う。

  安全地帯=当時の流行歌を歌うグループ。

しかし、リズムはどこかエキセントリックでおしゃれであった。
やはり、人気が出るということはどこかに魅力があったのだろう。

  それが玉置浩二の歌唱力だと気づくのは最近のこと。

特に、ソロになってからその実力が遺憾なく発揮されたのだろう。

  更に、他のアーティストへの楽曲提供。

中森明菜の「サザンウィンド」や香西かおりの「無言坂」等数多い。

  まさに天才である。

そして、先日の玉置浩二ショー。
集まってきた安全地帯のメンバーが集合して、玉置浩二も安堵の表情というか気心知れたメンバーとの語らいも落ち着いたものである。

  その時私が気づいたこと。

それは、玉置浩二が如何に他のメンバーから慕われていたのか、ということ。

  皆の玉置を見る目が優しさに溢れているのだ。

“安全地帯は玉置浩二で持っていたんだ”

  そう感じた。

天才ボーカルの玉置がいてこその安全地帯。

  それは誰も認めることなのだろう。

私的には、当時の安全地帯の楽曲を再アレンジして発売してほしいものである。

  かって甲斐バンドがリメイクしたように。



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2017年7月27日 (木)

正しい競争心

皆さん、こんにちは。
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我々の働く意欲を掻き立てるもの。

  その一つに競争心があろう。

競争にも色々ある。

  幼少の頃のかけっこ。
  小学校の頃の徒競走。
  中学校の頃の中体連。
  高校の頃の高校総体。
  大学の頃のインカレ。

上記は全て体育会系のチームに所属してきた私の経験からの発想。
しかし、運動部に限らず、その都度その都度で自分と周囲、または自分が属するチームと相手との競争の世界に身を置く経験をたくさん積んできたと思われる。

  小さい頃からの競争の経験。

それが、私の場合も少なからず自らの競争心を醸成する要因になっているのは確かなことである。

  正しい競争心を養うことが重要である。

競争心に正しいも間違いもあるの?。

  間違った競争心は不正に走るのである。

勝つために、手段を選ばなくなるからだ。

  業績を上げるために商品を安く売る。

いっときの局面での対応としては止むを得ない場合もあるだろう。
しかし、それが勝つための最善の対策として捉えるならば、それは正しい競争心と対応とは言えない。

  勝つために一番の近道を歩む。

それは、いっときの対応で数値は改善されるかもしれないが、永続的にお客様が自店に来店し続けることには繋がらない。

  それは永遠に安売りをし続けていける訳ではないからだ。

それは、ゴルフに例えると、いい道具を買え揃えて以前よりも多少飛距離が出たとしても、自分のスィングがブレないように練習を重ねることには繋がらないのと同じである。

  何が一番正しい道なのか。

その見極めをする眼力を養うためにも、小さい頃からの競争心を養うことは必要であろう。

  その経験により、競争に勝つ本質が見えてくる。

それは小さいことからの経験でもあろうし、就業してからの経験を積み重ねることで自らの信念として宿すことも出来る。

  しかしまずは競争心を持つことが大切であろう。

他人や他店舗に負けない自分や売場を作るために。
その結果が、業績につながり、自分の評価へつながる。

  更には、リーダーとして部下の評価を高めることにも通ずる。

その結果として、更に部下がリーダーに追いていこうとする。

  競争とは相手がいるもの。

よく、自分に勝て、と言われる。
しかし、人間は妥協しやすい動物でもある(笑)。

  だから、競争相手に刺激を受けることも大切。

これをして、よく言われる言葉。

  競合は自分を磨く砥石である。

まさにその通りであろう。
それは、競争相手や競合店が出店することをある意味「チャンス」と捉えられるかどうかである。

  競争慣れしている者は「チャンス」に変えることが出来る。

競争環境に身を置いていないと感じている方は、ぜひ、このような環境に身を置いて自らを磨いてほしいものである。

  その環境とは自らの意志次第であろう。










  

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2017年7月26日 (水)

墓参り2017

皆さん、こんにちは。
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毎年夏の恒例行事。

  故郷への墓参り。

もうすでに実家も無く、故郷にはお墓があるのみ。

  毎年この時期に行く墓参り。

更に、その前のご先祖様の故郷である新潟のお墓へも草むしり方々墓参りに行く。

それがこの時期の恒例行事となっている。

  走行距離700キロを超えるロングドライブ。

早朝5時に出発して、帰宅は毎回午後8時。
その半分の時間がクルマの運転となるが、この時期に一番嫌なのが雨である。

従来であれば、7月の前半から半ばあたりに設定していたので、梅雨空の中の運転が多かったが、今回は梅雨明けの日程だったため、雨の心配はなさそうだとたかをくくっていた。

  しかし当日は福島も新潟も一日中雨。

同じ日本海の秋田では豪雨による被害も報告されたほどの梅雨空(北陸は梅雨明け前)であった。

  「今日は流石に降られるかな(笑)。」

そんな会話を出がけに女房と話した。
以前にもブログで記載したが、墓参りに行くと必ずそこだけは晴れるのである。
http://tetu-syoubai.cocolog-nifty.com/blog/2014/07/2014-ea37.html

  “ご先祖様に守られている”

しかし、流石にこれだけ天気予報が「雨」一色となると、今回ばかりは無理だろうと諦めていた。

  案の定、栃木県内は小雨が降り続いた。

今日は、東北南部と日本海側が特に激しい雨のようだ。

  “まぁ〜、なるようになるさ(笑)”

高速を降りてまずは福島の実家近くのお墓。
お墓に近づくにつれて雨も小降りに変わったきた。

  掃除を始めた途端に雨が止んだ。

本当に、ご先祖様に感謝である。

  そして向かった新潟。

途中の猪苗代や会津若松付近は雨も少なかったが、津川を越してからの新潟県に入ってからは豪雨である。

  “流石にこっちは手強いな(笑)”

流石に、諦めた。

高速を降りても本降りの雨は続く。
途中で、お墓参り用品で不足したものを通りすがりのスーパーで購入して約12時頃にお墓に着いた。

  雨が止んでいた。

しかも清々しい浜風が吹いてくれている。

  奇跡だろうか。

草を刈って、暮石を拭いて、感謝した。
そして、近くに海水浴場があるので、そこで海を見て浜風に当たった。

  本当に心地よい風である。

この心地よさは、海に来なければ味わえない心地よさである。
私の実家も私の現在の住まいも内陸である。

  この時期のジメジメ感は半端ではない。

つくづく思うのは気候の違いによる暮らし。

  海沿いと山での気候の違い。
  雪国と南国での気候の違い。
  高原と盆地での気候の違い。

一日に700キロも走破すると、その違いが体感できる。
そんなことを思いながら、その後いつものガラス美術館で昼食。

  これは、女房の毎年の自分へのご褒美らしい(笑)。

それが、午後2時頃だろうか。

  再び土砂降りになってきた。

ここでもご先祖様が守ってくれたのである。

  毎年のことではあるが、不思議な世界である。

改めて、感謝という言葉の意味に気づいたのである。






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2017年7月24日 (月)

打たれ強さ

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人間は打たれれば打たれるほどに強くなる。

  それは仕事で鍛えられていくものでもある。

チーフに昇格してからリーダーリップを発揮する時期に学ぶマネジメント上の壁。
あるプロジェクトチームに所属してからの各部との調整時期に体験する仕事の壁。
バイヤーとして自分が率いる部門が不振に陥った局面での業績という数値上の壁。

  色々な場面で自分に立ちはだかる壁。

その局面で色々な人間から色々と叩かれて打たれていく。

  まさに今の鮮魚部門がそうだろう。

そして、これはどの企業にも言えることではないか。

  “鮮魚部門を何とかしろ!”

そんな檄がどの企業でも発せられているのではないだろうか。

  鮮魚担当者としてみればいい迷惑だ(笑)。

何も自分一人の業績でもないだろう。

  世の中の流れ。

そんな不運な時代にあって、更にここで一番目の敵にされる。

  しかし、ここが正念場である。

それは鮮魚担当者に限ったことではない。

  打たれる時は打たれるもの。

それは誰でも一度や二度は経験するものである。
現代の鮮魚部門においては、業績対策だけの問題ではなく人材確保から育成の問題も内包している。

  いかに人材を獲得するか。

この問題は鮮魚部門だけの問題ではない。
しかし、それも内包しながらの業績改善であるから、鮮魚部門だけの課題ではなく、人材確保と育成という企業全体の問題でもあるのだが、それも含めて鮮魚部門へしわ寄せがくるのも気の毒な話ではある。

  “つくづく鮮魚にならなくて良かった(笑)”

もし、そんな業界人がいたら、そいつには未来は無いと思っている。

  こんな時に打たれるから人間は伸びるのだ。

そして、打たれ強くなれるのだ。
それを経験させてもらえるのが、今の鮮魚不振時の鮮魚担当者の幸運であろう。

  ここで踏ん張れるか踏ん張れないか。

しかし、それ以前にこのようなチャンス?が巡ってきたことへの感謝と覚悟を自分に備えなければならない。

そして、冷静に問題を追及して、それに対して情報を集め、一つ一つ改革していく過程を学んでいく絶好のチャンスだと思う。

  このようなことは通常の業務で絶対に経験できないことである。

この時期だからこそ、周囲も本人もその気になれるのだ。

  そしてその経験こそが自分の殻を一つ破れる大きなチャンスである。

しかし、大きなダメージを伴う時もある。

  チャンスであると同時に大きなピンチでもある。

だから正念場なのだ。

ぜひ、鮮魚担当者たちは、この正念場を乗り切って欲しいものである。








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2017年7月19日 (水)

Bーちゃんず?

皆さん、こんにちは。
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先日、レジチーフが人事異動。

  名残惜しむパートさん達。

恒例の卒業証書の書き込みを読んでいると、その中に「ひーちゃんず」という言葉が出てきた。

  「せっかくひーちゃんずを結成したのに」

そのパートさんに直接聞いて見た。

  「ひーちゃんずって何(笑)?。」

そのパートさんによれば、下の名前が同じHで始まる名前だったらしい。

そこから、二人でひーちゃんずを結成しようということになった矢先の異動だったらしい。

  名前が同じで血液型も同じB型。

そして、レジチーフが帰る時間となると、早番のレジのパートさん達も駆けつけてくれて、休憩室で話しが止まらない。

  私含めて総勢6名ほどいたろうか。

先ほどのB型のパートさんもいた。
そこで話題になったのが、ひーちゃんずの話と血液型の話。

  「私もB型よ!」。

そこでわかったのは、6名中5名がB型であるということだ。

  偶然居合わせた6名中5名がB型。

すごい確率である。
しかし、それはともかくなぜB型というだけで盛り上がるのか(笑)。

おそらく他の血液型の方同士ではこれほど盛り上がらないのではないだろうか。

  B型故の同じ匂い。

そのようなものがあるのかもしれない。
B型というと、とかく世間の目が厳しい(笑)。

  個性的、優柔不断、飽きやすい、感覚的等々。

しかし、不思議なもので、B型の相手には同じ匂いを感じるものである。

  とかくB型同時とは相性がいい。

それは、お互いに細部にこだわらずに感覚で会話ができるから話が見えるのであろう。

  言葉足らずを感覚で補え合えるのだ。

要は、言いたいことが伝わってくるのであろう。
それは、表情であり動作であり仕草からも発せられる表現の中に見いだすことができるのである。

  要は隠せないのだ。

だから、言葉が通じやすいし理解しやすいのかもしれない。

そこで生まれたのが、同じB型同士の「Bーちゃんず」である(笑)。
もしかすると、同じレジ部門でのB型はさらに増えるかもしれない。

  以前にも記事にしたが、この業界何故かB型が多い。

店長会で挙手した時もB型が一番多かった。
もしかすると、接客業にはB型が向いているのかもしれない。

  人との接点。

あまり論理的にならずにニコニコしながら感覚的に相手と接する。
表面上の付き合いだけで考えれば、近づきやすい性格なのかもしれない。

  しかしB型は飽きやすい性格。

深いに仲でも冷たい態度の時もあるようだ(笑)。
そこが、他の血液型の方から見ると信じられないみたいなのだが。

  絆の一つのきっかけ。

大切にしていきたいものである。









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2017年6月 8日 (木)

大切なのは事後

皆さん、こんにちは。
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仕事に付き物の失敗。

  失敗にもいろいろあろう。

挑戦した結果の失敗もあれば、指をくわえていてチャンスを逃してしまう失敗や油断していての失敗等々、我々の周囲には失敗に溢れているとも言える(笑)。

  軽微な失敗もあれば重大な失敗もある。

普段10ケースしか販売できない商品を100ケース仕入れて単品量販に挑戦した結果、結局80ケースしか販売できずに残り20ケースは値下げ販売してしまった。
これを失敗と呼べるかどうかは別にして、これなどは軽微な失敗の範疇であろう。

特売価格の戻しを忘れていて、一週間特売価格で売り続けていた。
この部類になってくると、チェック忘れがそのまま値下げロスに直結した失敗として、二度と繰り返さない今後の対応が必要である。

更に高じてくると、棚卸しの為に冷蔵庫や冷凍庫の冷気を切って棚卸しを実施し、そのまま復旧し忘れて、冷凍商品の一部を廃棄せざるを得なくなってしまったと言うような多大なロスを発生させてしまうこともあろう。

更には、在庫管理の不徹底により、期限切れの商品を発生させてしまうこともある。

  特に牛肉等は原料が高価だけに甚大なロスに繋がる。

ここまでくると始末書ものだろう。

  販売に挑戦する以前の失敗。

このような失敗は決して許されるものではないが、それでも発生する場面が生じる時もある。

  この場合の心のダメージも甚大である。

場面によっては数万円から数十万円の損害になる場合もある。

  始末書で今後の対策を詳細に報告。

しかし、本人からすればそれで収まるものではない。

  “あいつは重大なミスをした人間”

そんな烙印が押されたまま今後ともその組織で仕事をしていくことになる。
そんな烙印を押されかかった人間を何人も見てきた。

  しかしそこから復活をしてきた人間もたくさん見てきた。

私が店長の時にも、そいつらにこうアドバイスをした。

  「損失は今後の業績で返せ。」

それに彼らは見事に応えたと言うことだろう。

  失敗を業績で返す。

単に業績を上げろと叫んだところで大した効果は無いが、甚大な自分の失敗を業績で取り戻そうとすると本気になる。

  この損失を業績で取り戻す。

その数値的な意識が自分の心を強くするのだろうか。
そこから這い上がってきた部下には、以前は備わっていなかった「覚悟」が備わっているのである。

  自分でやると言う覚悟。

それは、業績にも繋がるし、組織内での自分の行動にも繋がる。

  “あいつは変わった”

チーフ会などでのバイヤー等の周囲の評価が変わるのである。
他者から見ても変わったと言う評価なのだから、本当に変わったのだろう。

  甚大な失敗。

決して犯してはいけないが、万が一、そのような状況に陥ったのであれば、それは業績で返還していくことを考えることである。




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2017年5月25日 (木)

父親の存在

皆さん、こんにちは。
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自分にとっての父親とは?。

  亡くなって初めてわかるその意味。

両親とはごく当たり前に自分の目の前にいる存在。
そうでなかった方もいるのだろう。
しかし、私にとっての親とは、いつも寄り添ってくれた存在である。

  特に、母親は側にいて当たり前の存在だった。

それでは、父親はどうであったか。

  私にとっては怖い存在であった(笑)。

同じ男として、甘えられない存在であった。
母親は、女性でもあり甘えても許しくれる存在であったから、尚更男と女の性の違いをそのように捉えていたのかもしれない。

  同じ男として心の裏まで把握されているという怖さ。

私は、父親に対してそのような認識が強かった。

  だから嘘をつけなかった。

一度、嘘をついて騙そうとしたが、その嘘を見破られ往復ビンタを食らったことがあった。

  “父親には嘘をつけない”

同じ男として、自分の心の裏側まで見透かされるいるという恐怖感はいつまでたっても拭えなかった。

その恐怖感が私を根底から鍛え直してくれたのかもしれない。

  “親父だったらどうするだろうか”

いつも、最終決断をする場合に引き合いに出すのが父親でもあった。

  “親父ならどう判断してどう決断するだろうか”

それは、親父が亡くなってから急速にその回数が増えたように思う。
それまでは、いくら老いたとはいえ、親父に頼る自分がいたのだろう。
しかし、親父を亡くしてから、家を背負うという覚悟がようやく自分の中に確立されたようだ。

  頼る親父はいない。

親父を亡くしたその時に、その覚悟が芽生え、親父を亡くしてから親父と心の会話を交わす機会が増えていった。

  “親父なら、どうする?”

仏壇に手を合わせると、そんな会話が繰り返される。

  父親の潔さ。

亡くなって初めてわかる親父の存在。

  なぜ、生前にその想いを受け入れられなかったのか。

今でもその後悔は消えない。

しかし、それでも私は幸せなのかもしれない。

  親父の御姿を思い浮かべられるのだから。
  心の会話を交わすことができるのだから。

そして、その存在感から自分の生き方をブレずに遂行する術を背中から教えてくれた親父がいてくれたのだから。

  ブレずに生きていくこと。

それは、ブレずに仕事をすることにつながり、ブレずに一家を率いることにもつながり、ブレない人生を子供達に伝えることができるということである。

決して、手取り足取り教えてくれたわけではない。
むしろ、亡くなってから、親父から教えてもらったことかもしれない。

  親父の遺影を見ると自らの生き方を問うのである。






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2017年5月 7日 (日)

アルコールを嗜む

皆さん、こんにちは。
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今日は日曜日。

  芸能ネタの日(笑)。

しかし、ネタ切れ。

  よって今日はアルコールの話をしたい。

本日を休肝日(いや休刊日)と称しているdadamaさんには気の毒だが、彼からアルコールを取ったら何も残らないと言われているほどの存在である(笑)。

いつから飲み始めているだろうか。

  おそらく大学に入った頃だろう。

当時は飲酒という年齢制限も緩く、大学に入ったら大人と見なされ、厳密な年齢など関係なく皆飲まされていたし飲んでいた時代。

  まして体育系サークルは当然のこと。

しかし、私は当時からお酒が美味しいと感じたのは、暑い日の最初の一杯のビールだけだった。

  その他は惰性で飲んでいたに過ぎない。

しかし、なぜ不味い酒を飲めたのか。

  それは、酔ってからの会話が楽しかったから。

多少お酒が入ると、気の緩みもあるのだろうか、今まで気後れして話せなかった先輩にも酔いを理由に思い切って突っ込んだ話が出来たのだ。
そしてそれを許してくれる先輩の存在も大きかったのだろう。

  だから、飲み会で憂さを晴らすという目的。

その目的のお陰で、飲み会は楽しく、厳しい練習(ボート部)も耐えられたような気がする。

  私に取ってのお酒は楽しい会話の引き金だった。

そのほかにも、いろいろな理由でお酒を嗜む方がいるだろう。

  美味しいから飲む。
  酔いたいから飲む。
  お洒落として飲む。
  健康のために飲む。
  会話するため飲む。

色々な目的でお酒を飲まれるだろう。

  多少の酔いは会話が弾むものだ。

そして、思い切って本音を言えるチャンスも巡ってくる。

  だから仕事上の激論も生まれる(笑)。

特に、当たり前に飲んで仕事の議論が出来た30年以上前は、そこで議論することを鍛えられたような気がする(笑)。

  理屈や屁理屈というやつだったのかもしれない。

しかし、自分の意見を酒の力を借りたとはいえ、特に上司に言えたということは、それ自体で大きくストレスを発散していたには違いない。

  この発散がまた翌日からの長時間労働を可能にしていたのかもしれない。

しかし、そのアルコールも徐々に年と共に付き合い方が変化していくものだ。

  最近では少しお酒の味もわかってきたように思う。

美味しいお酒を味わいたい。
そんなお酒に対する欲求も出てきたようだ。

  国産のワインを美味しいと感じたり。
  冷えた吟醸酒を美味しいと感じたり。
  手作りサングリアを美味しいと感じたり。

味わうということを覚えたのだろうか。

  美味しく味わう。

ただただ、量を飲んで酔って騒ぐという飲み方から、この年になってようやく味わうという飲み方ができるようになってきたのだろうか。

  それでも未だに記憶喪失状態の時もあるが(笑)。

しかし、このアルコールの嗜好の変遷は、我々の食文化を大きく変え、食材の変遷をももたらしてきた。

  日本酒に合うおつまみ。

刺身類や煮魚や酢漬けが隆盛だった時代。

  ビールに合うおつまみ。

枝豆や浅漬けの漬物や豆腐類が隆盛だった時代。

  そして今やワインの時代。

チーズやピザ、そしてサーモン隆盛の時代。

  その文化を受け入れなければ時代に流されてしまう。

何れにしても、代々の人間たちは、お酒という魔物との付き合いによって、元気にもなり喪失したりもしてきた歴史がある。






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2017年5月 4日 (木)

通勤の四季

皆さん、こんにちは。
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新店が開店して約10ヶ月。

  人事異動が発令されてからは14ヶ月。

今の店舗所在地には、概ね一年通っていることになる。

  通勤所用時間、約50分。

結構な時間である。
当然、クルマでの通勤であるから、その途中途中での景色も四季の変化があった。

  昨年の2月に赴任。

赴任と言っても店舗は無いから、本部で資料をまとめたり、急赴任地でやり残した仕事をしたり、人材採用で現地で面接をしたり。

しかし、いずれも不定期なスケジュールであるから、定期的に今の通勤ルートを通過するのは開店してからである。

  開店が昨年の7月。

よって、梅雨時期から梅雨明けの頃の気候から数えると一年は経過していないが、それでも四季折々の景色を味わってきたことになる。

  開店当時は梅雨の頃。

昼の長さも一番長い頃か。

  特に快晴の朝は気持ちが良かった。

市街地から一歩外側の幹線道路を外れた抜け道を利用するのだが、そこは田舎道。

  西方には山岳地帯が広がる。

丁度、関東平野の北端のあたりであろうか。

  前方はほとんどが平野。

見渡す限りの平野は見通しは最高である。
帰りはあまりクルマが通っていないので、多少飛ばし気味にもなるが(笑)。

  秋は紅葉。

周囲の田んぼの稲も刈られ、急に緑の景色が一変する。
そして、徐々に冬色の景色は移行していく。

  冬は一面の雪景色。

特にこちら関東は、積雪の翌日は快晴の確率が高い。
一面の雪の白と青空のコントラストは最高である。

  そして再び春を迎えて、桜が咲き誇る。

直近では、刈られていた田んぼに水が張られた。

  いよいよ田植えのシーズン。

また、一面が緑色に色づいていく。

同じ景色を定点観測していくと、何気無い変化が感動するもの。

  “この木にはこんな綺麗な桃の花が咲くんだ”
  “あの木はこんなに大きな桜の木だったんだ”
  “この時期になるとこんなに水量が増すんだ”

色々な景色の発見がある。

  それだけ、ゆとりが生まれて来たのだろうか。

新店での一年間は、人の成長に圧倒される。
そして、人事異動により、その成長が加速されていく。

  その環境の変化にようやく体制が追いついてきた。

その心のゆとりが、四季を愛でる眼を持てたのだろう。

  通勤途中の四季。

これからも楽しんでいきたいものである。





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2017年4月24日 (月)

理想を追う

皆さん、こんにちは。
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理想を追う。

  高いレベルの仕事をしていくには必死事項。

しかし、理想といっても色々なレベルがある。

  売上昨対を上げたい。
  いい売場を作りたい。
  部下から慕われたい。

上記のような理想は単なる憧れである。

  そのために為すべき具体的事項。

具体的事項の理想型が自分の頭にしっかり描かれ、具体化されて鮮明に自分の為し得たい現実の姿として描かれているかどうか。

  例えば「売場」
  例えば「商品」
  例えば「陳列」

このような場面での理想とする姿がしっかりと具体的に自分の頭に鮮明なイメージとして掲げられているかどうかで、日々の仕事の仕上がりが格段に違って来るのである。

  日々の売場作りの差。

業績は「人」に付いて回り、その業績は日々の「売場」に明確に現れている。
その「売場」を作るのは現場の担当者であり、その背景には担当者の売場に対しての明確な姿が存在していることに由来する。

  業績を作る人間には必ず売場の理想形が具体的に存在している。

“こんな売場を作ろう”

  その具体形は過去の体験や他店の販売事例。

だから、いい売場を作る担当者はベテランの場合もあれば経験の少ない場合もある。

  経験が少なくてもいい売場が作れる。

先ほどから言っている通り、自分が作る売場の具体的なイメージが担当者にあるかどうかが大きなポイントであるから、経験の多い少ないは関係無いのである。

  なぜ経験が少なくてもイメージが豊富なのか。

それは、そのような売場に多く接しているか、他店をMRして自社や自店には無い理想形を構築しているからである。

  豊富なイメージが担当者の能力を高める。

逆にいうと、そのようなイメージを高める場をどう提供しているかという見方をしなければならない。

  その場を提供するという教育。

それが若年層には大いに有効であると思われる。

  売り場を指定して数多くMRさせる。
  共にいい売場を見て目線を合わせる。
  画像を掲示して常にイメージさせる。

等々、目で見えるイメージを共有することが一番の
目線合わせである。

  例えば「単品量販」。

色々と定義づけはしたものの、個人にとっての受け取り方は千差万別。

  しかし画像で目線を合わせれば一発百中。

同じ商品展開でも、

  「これが単品量販の画像だ」

そう言って皆に提示した画像と、そうでない画像を比較すると一目瞭然である。

  それは単品の陳列量の問題では無い。

陳列量が多くても、ダンボールから外に出た商品の露出度の問題である。

  それも商品の顔がお客様を向いているかどうかで雲泥の差。

それは「写真」という誰でもわかる画像で共有するから一発で理解できるのだ。
それが、定義と称して言葉で説得しても、その文字の理解度で決定的に違って来る。

  ただし文書の場合はその背景や目的まで網羅される強みがある。

だから、定義と画像の両面で単品量販を一つの定義づけすることにより、より説得力のある説明と今後の波及が可能となるのである。








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