心のあるべき姿

2017年9月14日 (木)

ストレス要因

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


諸悪の根源。

  今や「ストレス」は全ての諸悪の根源となった。

肩こり、頭痛から始まり、うつ病、蕁麻疹、円形脱毛症、偏頭痛、突発性難聴、帯状疱疹等々もストレスが要因だと言われている。

  ストレスに原因をなすりつけて終わり。

ストレスは身体的な病気ではなく、心理的な病気。
よって、身体面での対処法は無く、ストレスを溜めない工夫に頼ることになる。

  なんでもストレスで片付けられてしまう。

それほど、我々を取り巻く体調の崩れや病気をストレスが原因として処理してしまう時代になってしまっているのではないだろうか。

  私も40代の時に帯状疱疹を患った。

別に入院するほどではなかったが、痛みを伴い、医者からは安静を言い渡された。

  これもストレスからくる要因らしい。

確かにその時は新しいプロジェクトの中枢にあり、次から次へと新たな課題を突きつけられて精神的に余裕を持つ時間が無かった記憶はある。

  人生には必ず正念場が待っている。

絶対に成功しなければならない状況。
絶対に失敗は許されない状況。

  ここぞという場面。

そんな場面を何度も経験しながら人間は精神的にも肉体的にもタフになっていく。

  しかし同時に極度のストレスを抱える時でもある。

特に、40代前半からのリーダーとして責任が両肩に覆いかぶさる時期。
この時に極度のストレスを抱えると、一気にいろいろなところへしわ寄せがくる。

  世に言う厄年とはこれらが重なるタイミングの時だ。

周囲からの期待、そして自らの頑張り、また家族や配偶者との関係。

  いろいろなストレスが重なる時期。

人間、このようにいろいろな場面でそれぞれに正念場を迎える時に、体や精神にしわ寄せが走るのだろう。

これも、経験しなければ分からないことだが、腹の括り方と決め方と割り切り方の手法をこの場で学ぶと思えばいい。

そして、こんな経験をしていると、物事の成り行きが見えてくるものだ。
成り行きが見えると、先手を打てるようになる。

  転ばぬ先の杖をつけるかどうか。

先手を打って、転ばぬ先の杖をつけるようになると、事が大事にならぬ前に軌道修正させる事ができる。

  微調整の連続がストレスを溜めない要因であろうか。

人生のベテランほど、大胆な挑戦をしながら、先手によって微調整を常に行い、当たり前のように成功に導く行動力を備えてくる。

  当然そこには信頼と言う人間関係が不可欠であるが。




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2017年9月12日 (火)

隣の芝生

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


よく言われる諺。

  「隣の芝生は綺麗に見える」

確かに、自分で自分の庭に立ちながら、ふと隣の家の芝生を見ると、本当に綺麗に見えるものだ。

  “隣の芝生を見るといつも綺麗だなぁ〜”

そう思うことがよくあるだろう。

  なぜか?。

一番綺麗に見える場所から見ているからである。

  芝生を傍から見るとどんな芝生でも綺麗に見えるもの。

そして、隣の芝生を綺麗に感じると同時に、自分の庭の芝生は真上から見ているから尚更自分の家の芝生の痛みや雑草の多さと隣の芝生の密度の濃さを比較してしまい、目眩(めまい)がするのである(笑)。

  同じ、斜めから見たときの比較。
  同じ、真上から見たときの比較。

同じ条件でお互いの芝生を比較して、冷静に見比べることが大切だろう。

  仕事も同じ。

隣のお店はよく見えるもの(笑)。
特に、ピーク時間帯に行けばお客様も入っているし活気もある。更に最大ボリュームの展開とその切りたての鮮度も申し分なく、ピークの終わった自店に戻ると荒れた売り場でお客様もひっそりとし、従業員にも活気が無い。

  “完全に負けている”

そう思うのもわかるような気がする。
しかし、同じ条件の中でどう違うのかをしっかり見ることが大切である。

  売場を真上から同様に見ているか。
  バックヤードを同様に見ているか。
  開店直後と閉店間際を見ているか。
  従業員の接客の態度を見ているか。

等々、同じ条件で比べることが大切である。
そうすると必ず見えてくるものがある。

  隣の芝生のアラや雑草、そして時間帯でのロス。

そのような物が見えてきたら冷静になってきた証拠である。

  何より排除しなければならないのは「先入観」。

この先入観こそが、人間を慌てさせずに冷静に比較物と対等の関係で比較できるというものだ。

そして意外に騙されやすいのが、売場が決まっているかどうかで判断しやすいというところ。

  これも自店と比較してしまう一番の錯覚である。

売場が決まっているかどうかよりも大切なのは、売れ筋がメインに品揃えされているかということだ。

お客様にとって必要としない商品がいくらスーペース拡大されてボリューム感たっぷりに陳列されていたところで、それは何の意味も持たないのである。

  必要とされている主力品が魅力ある展開をされているかどうか。

ここに突っ込んで入らなければ、単なる表面上の売場チェックにしかすぎない。
そしてそれが認識されたならば、その主力品の展開を学ぶのである。

  そのことに店舗の規模の大小や売上の大小は無い。

大が小に学ぶところもあろうし、真似するところもあろう。
逆に言えば、小から大へは学び実践できるが、大から小へはなかなか実践できる事例は少ないのである。

  隣の芝生から派生した話題に飛んでしまった。

しかし、隣の芝生を競合店と見なした時に、色々と注意しながら競合店を見て見ると、色々とアラも見えてくるし弱みも見えてくるものである。

  そして、どう行動するか。

チャンスが無限に広がっているものである。




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2017年9月 9日 (土)

同志の無念さ

皆さん、こんにちは。
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競合店のデリカ部門が一時休業。

  同チェーン店の問題から全店で一時休業に入った。

スーパーマーケットの中の惣菜部門。
企業によっても店舗によっても、惣菜部門の売上ウェイトは異なるだろう。

  この競合店は惣菜に支持を得る店舗。

その惣菜部門が一時営業停止となった。
お昼時と夕方以降のピークからそれ以降の時間帯。

  惣菜部門が営業していない時間帯の店内。

目的を持ったお客様がどの部門にどの時間帯で来店されるかということが如実に見えてきた。

競合店の事例とはいえ、自店に置き換えた時にも同様の事態が発生するのだろう。

  お昼時と夕方以降の時間帯。

この時間帯に、如何に惣菜を目的に来店されるお客様が多いか。
従来の賑わう店内とは裏腹に、お昼時の店内の閑散とした状態。

  昼食という買物動機がなくなるという恐怖。

ワンストップショッピングを標榜する我々スーパーマーケット。
その中でも、惣菜部門は食事の支度というよりは即食として購買されるカテゴリーである。

  それでも多くのお客様が目的を持って惣菜を購入される実態。

それが明確に証明された今回の件である。
懇意にしている競合の店長と会話した。

  「当面は静かにしています。」

積極的に当店と戦っていた競合の店長。

  彼から笑顔は消えていた。

無念に満ちた表情と言葉にこちらも掛ける言葉を失った。

  競合と言えども同じ店長仲間。

同じ営業の仲間として、競合関係とは裏腹にお互いに励ます間柄でもある。

  その店長の顔色が冴えない。

特にその店舗は、惣菜の支持をお客様から得ていたという。
全社の中でも惣菜の売上の高い店舗。

  尚更、今回の影響は大きかったようだ。

彼も言っていたが、もうかっての賑わう惣菜は戻ってこないだろうと言う。
確かにそうだろう。

  二週間の営業停止というダメージ。

このダメージはそう簡単には埋められないだろう。
もしかすると、永遠に戻らないかもしれない。

  「かもしれない」

そこからが、この企業の復活のストーリーをどう描くかに掛かっている。

  逆に私はこの復活のストーリーが怖い存在だ。

ピンチに陥った企業や店舗は必ず必死になってくる。

  競合相手の必死な対応。

ある意味、競合店としてこれほど怖い相手はいない。

  競争とはそういうものだ。

後がない競合の行動ほど怖い存在は無いのである。
別れ際に競合の店長を挨拶を交わした。

  「それじゃ、また勉強しに伺います。」

競合店の店長の挨拶に、「頑張ってください」と返答したものの、笑顔にはなれなかった。

  心より、頑張って欲しいものである。






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2017年9月 1日 (金)

指導者への道

皆さん、こんにちは。
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先日、あるラジオ番組で大林素子のインタビューがあった。

  元全日本バレーボール選手。

その大林素子さんが、先輩でもある中田久美さんが全日本の監督になったことに触れた話題を話していた。

  中田久美 〜 1984年ロス五輪出場 銅メダル獲得。
  大林素子 〜 1988年ソウル五輪初出場。

中田久美が大林素子よりも二つ年上であるが、上記のようにオリンピック出場となると4年ほど中田の方が先輩にあたり、ロス五輪での銅メダルは輝かしい。

ロス五輪の女子バレー選手には、江上由美、三屋裕子、広瀬美代子など錚々たるメンバーを率いて若干19歳の中田が正セッターとして活躍した。

  以来、不動の全日本のセッターとして君臨してきた選手。

その中田久美が、いよいよ全日本の監督として表舞台に立った。

  その中田久美を後輩の大林元子が応援。

「名選手名監督にあらず」。

  昔からよく言われる諺である。

名選手として鳴らした人物が監督となっても、自分では簡単にマスター出来た技術が故に、他人がマスター出来ない現実に直面するとどう指導して良いかわからない。

  その連続により窮地に陥ってしまう。

よくある話である。
そこを大林素子は中田久美に対して話していた。

  「指導者として人との距離感が短くなった」

監督就任当時は、気合いと根性で育ってきた世代であるが故に、選手たちにも同様の取り組み方を求めてきたのだが、現代の若者には到底通用しない。

  もっと選手に近づいて距離を縮める努力。

だから、以前は強い選手であった中田が、最近ではますます涙もろい監督に見えてきたという。

  なかなか、奥の深い話ではないか。

中田久美といえば、最年少で全日本のセッターを任され、大先輩を相手に見事なセッターぶりはまさに天才であった。

  鉄の意志を持ったメンタル面の強い選手。

そんなイメージが強い中田久美が監督として、選手との距離を縮めようと努力している姿。

更に、選手とのメンタル面での繋がりが強まるに従い、涙腺が緩んでくるという事実。

  “あの中田久美が”

やると言ったら、何が何でもやり遂げる選手。
それが、中田久美であった。

  その彼女が監督として人間として脱皮しつつある。

嬉しいことではないか。

  5大会ぶりにアジア選手権を制した中田ジャパン。

「名選手名監督なり」を実現してほしいものである。







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2017年7月30日 (日)

久しぶりの安全地帯

皆さん、こんにちは。
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先日、久しぶりに玉置浩二ショーを見た。

  安全地帯が揃って出演。

安全地帯がワインレッドの心を発売したのは、1983年。

  私が23の時だ。

この頃から当時の音楽番組である「夜のヒットスタジオ」とうに頻繁に出演するようになり、以前の企業に高校や大学から入社当時の同期の連中の髪型はほぼ全員が玉置浩二の髪型だった。

  それほど影響力のあるグループであった。

とは言っても、安全地帯にあまり興味の無い私は、安全地帯=玉置浩二、で捉えていたと思う。

  その後、真夜中すぎの恋、マスカレードと続く。

更には、恋の予感、熱視線、悲しみにさよなら、等破竹の勢いだった。
クルマのカセットデッキには安全地帯が流れるのは定番中の定番の時代でもあった。

  それでも私の記憶は玉置浩二のみ。

多分、当時の私は玉置浩二の名前すら記憶になかったと思う。

  安全地帯=当時の流行歌を歌うグループ。

しかし、リズムはどこかエキセントリックでおしゃれであった。
やはり、人気が出るということはどこかに魅力があったのだろう。

  それが玉置浩二の歌唱力だと気づくのは最近のこと。

特に、ソロになってからその実力が遺憾なく発揮されたのだろう。

  更に、他のアーティストへの楽曲提供。

中森明菜の「サザンウィンド」や香西かおりの「無言坂」等数多い。

  まさに天才である。

そして、先日の玉置浩二ショー。
集まってきた安全地帯のメンバーが集合して、玉置浩二も安堵の表情というか気心知れたメンバーとの語らいも落ち着いたものである。

  その時私が気づいたこと。

それは、玉置浩二が如何に他のメンバーから慕われていたのか、ということ。

  皆の玉置を見る目が優しさに溢れているのだ。

“安全地帯は玉置浩二で持っていたんだ”

  そう感じた。

天才ボーカルの玉置がいてこその安全地帯。

  それは誰も認めることなのだろう。

私的には、当時の安全地帯の楽曲を再アレンジして発売してほしいものである。

  かって甲斐バンドがリメイクしたように。



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2017年7月27日 (木)

正しい競争心

皆さん、こんにちは。
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我々の働く意欲を掻き立てるもの。

  その一つに競争心があろう。

競争にも色々ある。

  幼少の頃のかけっこ。
  小学校の頃の徒競走。
  中学校の頃の中体連。
  高校の頃の高校総体。
  大学の頃のインカレ。

上記は全て体育会系のチームに所属してきた私の経験からの発想。
しかし、運動部に限らず、その都度その都度で自分と周囲、または自分が属するチームと相手との競争の世界に身を置く経験をたくさん積んできたと思われる。

  小さい頃からの競争の経験。

それが、私の場合も少なからず自らの競争心を醸成する要因になっているのは確かなことである。

  正しい競争心を養うことが重要である。

競争心に正しいも間違いもあるの?。

  間違った競争心は不正に走るのである。

勝つために、手段を選ばなくなるからだ。

  業績を上げるために商品を安く売る。

いっときの局面での対応としては止むを得ない場合もあるだろう。
しかし、それが勝つための最善の対策として捉えるならば、それは正しい競争心と対応とは言えない。

  勝つために一番の近道を歩む。

それは、いっときの対応で数値は改善されるかもしれないが、永続的にお客様が自店に来店し続けることには繋がらない。

  それは永遠に安売りをし続けていける訳ではないからだ。

それは、ゴルフに例えると、いい道具を買え揃えて以前よりも多少飛距離が出たとしても、自分のスィングがブレないように練習を重ねることには繋がらないのと同じである。

  何が一番正しい道なのか。

その見極めをする眼力を養うためにも、小さい頃からの競争心を養うことは必要であろう。

  その経験により、競争に勝つ本質が見えてくる。

それは小さいことからの経験でもあろうし、就業してからの経験を積み重ねることで自らの信念として宿すことも出来る。

  しかしまずは競争心を持つことが大切であろう。

他人や他店舗に負けない自分や売場を作るために。
その結果が、業績につながり、自分の評価へつながる。

  更には、リーダーとして部下の評価を高めることにも通ずる。

その結果として、更に部下がリーダーに追いていこうとする。

  競争とは相手がいるもの。

よく、自分に勝て、と言われる。
しかし、人間は妥協しやすい動物でもある(笑)。

  だから、競争相手に刺激を受けることも大切。

これをして、よく言われる言葉。

  競合は自分を磨く砥石である。

まさにその通りであろう。
それは、競争相手や競合店が出店することをある意味「チャンス」と捉えられるかどうかである。

  競争慣れしている者は「チャンス」に変えることが出来る。

競争環境に身を置いていないと感じている方は、ぜひ、このような環境に身を置いて自らを磨いてほしいものである。

  その環境とは自らの意志次第であろう。










  

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2017年7月26日 (水)

墓参り2017

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


毎年夏の恒例行事。

  故郷への墓参り。

もうすでに実家も無く、故郷にはお墓があるのみ。

  毎年この時期に行く墓参り。

更に、その前のご先祖様の故郷である新潟のお墓へも草むしり方々墓参りに行く。

それがこの時期の恒例行事となっている。

  走行距離700キロを超えるロングドライブ。

早朝5時に出発して、帰宅は毎回午後8時。
その半分の時間がクルマの運転となるが、この時期に一番嫌なのが雨である。

従来であれば、7月の前半から半ばあたりに設定していたので、梅雨空の中の運転が多かったが、今回は梅雨明けの日程だったため、雨の心配はなさそうだとたかをくくっていた。

  しかし当日は福島も新潟も一日中雨。

同じ日本海の秋田では豪雨による被害も報告されたほどの梅雨空(北陸は梅雨明け前)であった。

  「今日は流石に降られるかな(笑)。」

そんな会話を出がけに女房と話した。
以前にもブログで記載したが、墓参りに行くと必ずそこだけは晴れるのである。
http://tetu-syoubai.cocolog-nifty.com/blog/2014/07/2014-ea37.html

  “ご先祖様に守られている”

しかし、流石にこれだけ天気予報が「雨」一色となると、今回ばかりは無理だろうと諦めていた。

  案の定、栃木県内は小雨が降り続いた。

今日は、東北南部と日本海側が特に激しい雨のようだ。

  “まぁ〜、なるようになるさ(笑)”

高速を降りてまずは福島の実家近くのお墓。
お墓に近づくにつれて雨も小降りに変わったきた。

  掃除を始めた途端に雨が止んだ。

本当に、ご先祖様に感謝である。

  そして向かった新潟。

途中の猪苗代や会津若松付近は雨も少なかったが、津川を越してからの新潟県に入ってからは豪雨である。

  “流石にこっちは手強いな(笑)”

流石に、諦めた。

高速を降りても本降りの雨は続く。
途中で、お墓参り用品で不足したものを通りすがりのスーパーで購入して約12時頃にお墓に着いた。

  雨が止んでいた。

しかも清々しい浜風が吹いてくれている。

  奇跡だろうか。

草を刈って、暮石を拭いて、感謝した。
そして、近くに海水浴場があるので、そこで海を見て浜風に当たった。

  本当に心地よい風である。

この心地よさは、海に来なければ味わえない心地よさである。
私の実家も私の現在の住まいも内陸である。

  この時期のジメジメ感は半端ではない。

つくづく思うのは気候の違いによる暮らし。

  海沿いと山での気候の違い。
  雪国と南国での気候の違い。
  高原と盆地での気候の違い。

一日に700キロも走破すると、その違いが体感できる。
そんなことを思いながら、その後いつものガラス美術館で昼食。

  これは、女房の毎年の自分へのご褒美らしい(笑)。

それが、午後2時頃だろうか。

  再び土砂降りになってきた。

ここでもご先祖様が守ってくれたのである。

  毎年のことではあるが、不思議な世界である。

改めて、感謝という言葉の意味に気づいたのである。






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2017年7月24日 (月)

打たれ強さ

皆さん、こんにちは。
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人間は打たれれば打たれるほどに強くなる。

  それは仕事で鍛えられていくものでもある。

チーフに昇格してからリーダーリップを発揮する時期に学ぶマネジメント上の壁。
あるプロジェクトチームに所属してからの各部との調整時期に体験する仕事の壁。
バイヤーとして自分が率いる部門が不振に陥った局面での業績という数値上の壁。

  色々な場面で自分に立ちはだかる壁。

その局面で色々な人間から色々と叩かれて打たれていく。

  まさに今の鮮魚部門がそうだろう。

そして、これはどの企業にも言えることではないか。

  “鮮魚部門を何とかしろ!”

そんな檄がどの企業でも発せられているのではないだろうか。

  鮮魚担当者としてみればいい迷惑だ(笑)。

何も自分一人の業績でもないだろう。

  世の中の流れ。

そんな不運な時代にあって、更にここで一番目の敵にされる。

  しかし、ここが正念場である。

それは鮮魚担当者に限ったことではない。

  打たれる時は打たれるもの。

それは誰でも一度や二度は経験するものである。
現代の鮮魚部門においては、業績対策だけの問題ではなく人材確保から育成の問題も内包している。

  いかに人材を獲得するか。

この問題は鮮魚部門だけの問題ではない。
しかし、それも内包しながらの業績改善であるから、鮮魚部門だけの課題ではなく、人材確保と育成という企業全体の問題でもあるのだが、それも含めて鮮魚部門へしわ寄せがくるのも気の毒な話ではある。

  “つくづく鮮魚にならなくて良かった(笑)”

もし、そんな業界人がいたら、そいつには未来は無いと思っている。

  こんな時に打たれるから人間は伸びるのだ。

そして、打たれ強くなれるのだ。
それを経験させてもらえるのが、今の鮮魚不振時の鮮魚担当者の幸運であろう。

  ここで踏ん張れるか踏ん張れないか。

しかし、それ以前にこのようなチャンス?が巡ってきたことへの感謝と覚悟を自分に備えなければならない。

そして、冷静に問題を追及して、それに対して情報を集め、一つ一つ改革していく過程を学んでいく絶好のチャンスだと思う。

  このようなことは通常の業務で絶対に経験できないことである。

この時期だからこそ、周囲も本人もその気になれるのだ。

  そしてその経験こそが自分の殻を一つ破れる大きなチャンスである。

しかし、大きなダメージを伴う時もある。

  チャンスであると同時に大きなピンチでもある。

だから正念場なのだ。

ぜひ、鮮魚担当者たちは、この正念場を乗り切って欲しいものである。








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2017年7月19日 (水)

Bーちゃんず?

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


先日、レジチーフが人事異動。

  名残惜しむパートさん達。

恒例の卒業証書の書き込みを読んでいると、その中に「ひーちゃんず」という言葉が出てきた。

  「せっかくひーちゃんずを結成したのに」

そのパートさんに直接聞いて見た。

  「ひーちゃんずって何(笑)?。」

そのパートさんによれば、下の名前が同じHで始まる名前だったらしい。

そこから、二人でひーちゃんずを結成しようということになった矢先の異動だったらしい。

  名前が同じで血液型も同じB型。

そして、レジチーフが帰る時間となると、早番のレジのパートさん達も駆けつけてくれて、休憩室で話しが止まらない。

  私含めて総勢6名ほどいたろうか。

先ほどのB型のパートさんもいた。
そこで話題になったのが、ひーちゃんずの話と血液型の話。

  「私もB型よ!」。

そこでわかったのは、6名中5名がB型であるということだ。

  偶然居合わせた6名中5名がB型。

すごい確率である。
しかし、それはともかくなぜB型というだけで盛り上がるのか(笑)。

おそらく他の血液型の方同士ではこれほど盛り上がらないのではないだろうか。

  B型故の同じ匂い。

そのようなものがあるのかもしれない。
B型というと、とかく世間の目が厳しい(笑)。

  個性的、優柔不断、飽きやすい、感覚的等々。

しかし、不思議なもので、B型の相手には同じ匂いを感じるものである。

  とかくB型同時とは相性がいい。

それは、お互いに細部にこだわらずに感覚で会話ができるから話が見えるのであろう。

  言葉足らずを感覚で補え合えるのだ。

要は、言いたいことが伝わってくるのであろう。
それは、表情であり動作であり仕草からも発せられる表現の中に見いだすことができるのである。

  要は隠せないのだ。

だから、言葉が通じやすいし理解しやすいのかもしれない。

そこで生まれたのが、同じB型同士の「Bーちゃんず」である(笑)。
もしかすると、同じレジ部門でのB型はさらに増えるかもしれない。

  以前にも記事にしたが、この業界何故かB型が多い。

店長会で挙手した時もB型が一番多かった。
もしかすると、接客業にはB型が向いているのかもしれない。

  人との接点。

あまり論理的にならずにニコニコしながら感覚的に相手と接する。
表面上の付き合いだけで考えれば、近づきやすい性格なのかもしれない。

  しかしB型は飽きやすい性格。

深いに仲でも冷たい態度の時もあるようだ(笑)。
そこが、他の血液型の方から見ると信じられないみたいなのだが。

  絆の一つのきっかけ。

大切にしていきたいものである。









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2017年6月 8日 (木)

大切なのは事後

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


仕事に付き物の失敗。

  失敗にもいろいろあろう。

挑戦した結果の失敗もあれば、指をくわえていてチャンスを逃してしまう失敗や油断していての失敗等々、我々の周囲には失敗に溢れているとも言える(笑)。

  軽微な失敗もあれば重大な失敗もある。

普段10ケースしか販売できない商品を100ケース仕入れて単品量販に挑戦した結果、結局80ケースしか販売できずに残り20ケースは値下げ販売してしまった。
これを失敗と呼べるかどうかは別にして、これなどは軽微な失敗の範疇であろう。

特売価格の戻しを忘れていて、一週間特売価格で売り続けていた。
この部類になってくると、チェック忘れがそのまま値下げロスに直結した失敗として、二度と繰り返さない今後の対応が必要である。

更に高じてくると、棚卸しの為に冷蔵庫や冷凍庫の冷気を切って棚卸しを実施し、そのまま復旧し忘れて、冷凍商品の一部を廃棄せざるを得なくなってしまったと言うような多大なロスを発生させてしまうこともあろう。

更には、在庫管理の不徹底により、期限切れの商品を発生させてしまうこともある。

  特に牛肉等は原料が高価だけに甚大なロスに繋がる。

ここまでくると始末書ものだろう。

  販売に挑戦する以前の失敗。

このような失敗は決して許されるものではないが、それでも発生する場面が生じる時もある。

  この場合の心のダメージも甚大である。

場面によっては数万円から数十万円の損害になる場合もある。

  始末書で今後の対策を詳細に報告。

しかし、本人からすればそれで収まるものではない。

  “あいつは重大なミスをした人間”

そんな烙印が押されたまま今後ともその組織で仕事をしていくことになる。
そんな烙印を押されかかった人間を何人も見てきた。

  しかしそこから復活をしてきた人間もたくさん見てきた。

私が店長の時にも、そいつらにこうアドバイスをした。

  「損失は今後の業績で返せ。」

それに彼らは見事に応えたと言うことだろう。

  失敗を業績で返す。

単に業績を上げろと叫んだところで大した効果は無いが、甚大な自分の失敗を業績で取り戻そうとすると本気になる。

  この損失を業績で取り戻す。

その数値的な意識が自分の心を強くするのだろうか。
そこから這い上がってきた部下には、以前は備わっていなかった「覚悟」が備わっているのである。

  自分でやると言う覚悟。

それは、業績にも繋がるし、組織内での自分の行動にも繋がる。

  “あいつは変わった”

チーフ会などでのバイヤー等の周囲の評価が変わるのである。
他者から見ても変わったと言う評価なのだから、本当に変わったのだろう。

  甚大な失敗。

決して犯してはいけないが、万が一、そのような状況に陥ったのであれば、それは業績で返還していくことを考えることである。




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