心のあるべき姿

2021年4月 1日 (木)

最後の挨拶

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


3月31日。

  いよいよ私の最後の出社日。

後任の店長が配慮してくれて、私の最後の挨拶を全体朝礼で設定してくれた。

  “最後の挨拶で何を話そうか”

そんな想いでクルマを運転していた為、通常であれば「これが最後の景色か」と感慨深げに運転するところであったが、景色など何も見えない(笑)。

  ただただどんな内容にするか?、との問いとの戦い。

そんな問いとの戦いを続けながら、約50分の通勤時間が過ぎ去っていった。

一ヶ月前から後任の店長が赴任し、私は私で店長としての引き継ぎ期間を頂いての本日の退職日である。
よって、そのほとんどの店長業務は既に後任の店長が取り仕切って引き継いでいるから、今更今後の店舗運営に大きな支障はない。

  よって本日の挨拶は本当にいなくなるというケジメの挨拶。

しかし新店開店からの5年間を共に過ごしたパートさん達にとっては、私という店長がいて当たり前、私という顔がいて当たり前、私という名前を聞いて当たり前の毎日であっただろう。

  それが当たり前でなくなるという現実。

それが明日から始まるのである。

  そんな想いを込めながら最後の挨拶に立った。

思えば、ちょうど5年前の今頃から面接が始まり、その結果、本人の希望に叶うか叶うまいかを問わずに私からの採用の電話を彼女達は受け取ったのである。

  そしてそこからてっちゃん丸という漁船に乗り込んだ。

彼女達はそれを客船と間違えて乗ってしまったのかもしれない。
しかし、乗ってみて初めてそれが漁船だと気が付いた。

  それも競合各船がひしめく荒波に向かって出航したのである。

しかし乗ってしまったら戻れない。

  その荒波で漁をするしかないのである。

しかし彼女達は意識していなかったのかもしれないが、彼女達には凄腕の漁師の血が流れていたのである(笑)。

  船長にその血を刺激されて彼女達は腕を上げた。

その結果としての毎年の大漁の積み重ね。
そしてようやく、てっちゃん丸は航海を終えて港に着いた。

  しかし明日からまた新たな航海が始まる。

明日から乗る船はまた別の船長の船である。
私は彼女らに言った。

  「いいですか皆さん!、絶対に乗り遅れないでくださいね!」

てっちゃん丸という船の時代は終わったのである。
明日からはまた新たな別の漁船に乗り込むのである。

  規格も設備もエンジンも異なる別の漁船。

そこに今まで乗り込んできたこの船で漁の腕を上げた腕力を活かして、また果敢に大漁を目指して漁に出航するのである。

  そんな彼ら彼女らにエールを送りたい。

そんな意図からの本日の最後の挨拶。

  どう伝わったのであろうか?。

ちょっと毒舌になってしまったが(笑)、皆に伝えたかったのは上記のような5年間の経緯を今後の航海。

  是非「売る楽しさ」「売れる喜び」を今まで以上に享受して欲しいものである。






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2021年3月26日 (金)

店舗回り

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


店舗での引き継ぎもほぼ終了。

  新店長中心に店舗運営がスタートした。

よって、当方は午後からの時間で昔お世話になった人々への挨拶方々の店舗回りを実施した。

  更には、若手店長の店舗での商売談議。

特に競合店の出店や改装にて苦戦を強いられている店舗は重点的に具体策等の話題に切り込んだ。

  ベテラン店長や副店長はかっての店長仲間が多い。

よって昔話に花が咲く(笑)。

  「昔はこうだったねぇ〜。」
  「昔は良かったねぇ〜。」

そんな会話から始まり、
 
  「今はどんな趣味で過ごしているの?」

   「えっ!、トライアスロンやっているの!」

  「15時間動きっぱなしよ」

   「俺なら死んじまうな(笑)」

そんな会話を繰り返した。

  私が一番初めに店長会に参加した時の店長仲間。

退職された方もいれば、依然として店長として頑張っている方もいるし、副店長としていまだにバリバリと活躍されている方もいる。

  ある期間同じ店長会で顔を合わせた店長仲間達。

それぞれの顔を見ると、当時の店長会での会話が蘇ってくる。

  熱く議論を交わした事もあれば新店援助で共に作業をした仲間達。

小グループに分かれて共に持ち合わせた自分の店舗での技術を寄せ合って新たなマニュアルを作成した事もある。
また、ある店舗をクリニックをして改善提案をしたり、逆に自店をクリニックされてダメ出しをたくさん出されたり(笑)。

  店舗回りをしてリアルに先輩達の顔を見ると込み上げてくる思い出。

“俺はこの人達の店長としての行動に学び、今の俺があるんだなぁ〜”

  そんな感謝の念が込み上げてくるのである。

そうやって、代々の店長のスタイルが受け継がれていくのであろう。

  “俺はどんな足跡を店長会に残してきたのだろうか?”

それは逆に若手の店長に聞くしかないのであろうか。

  店長会に残した自分の足跡。

今の店長達は、私が店長時代に部下として、または新入社員として受け持った当時の部下達が店長に昇格した人材がほとんどである。
そう考えると、大なり小なり私の影響を受けた人間達が店長として活躍していることになる。

  そして今彼らの部下達にそれが引き継がれていくのだろうか。

先輩方との会話から、そのような世代間の足跡が感慨深く感じるのである。





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2021年3月25日 (木)

退職願

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


退職願。

  今まで何人の退職願を受け取っただろうか。

数知れずの退職願を受け取ってきたのであるが、今こうして自らの退職願を書いてみると、それぞれの退職願に込められた想いが伝わってくるようだ。

  かっての企業と今の企業。

以前の退職願の中身は忘れてしまった。
それもそうであろう、16年前の話だから。

  しかし退職願よりも重要な思い出はたくさんあった。

前回の退職時には、社内での退職者に対する宴席や以前お世話になった店舗での送別会等が店舗側の好意によって招かれる場面が多かった。
それだけ東北の方達の人間的な繋がりの深さや絆の強さが感じられる地域であったのだろう。

流石にこのコロナ禍という環境もあって、そのような場面は無いが、逆に言うとエリア的に近いということもあって、お店にわざわざ来店されて餞別を持ってきてくれる仲間が多かった。

  更には遠方からの仲間達の来店。

それも非常に嬉しい限りである。
それだけ、前回の退職時以上に外部との繋がりが広がったということであろう。

そして今回の退職願。

  今回は手書きでの退職願を書いた。

なぜなら、そのフォーマットが手元に無かったから(笑)。
おそらく、退職願は自分には無用のものだと決め付けていたのかも知れない。

  退職願は受け取るもの。

そんな自負があったのかも知れない。
そして、その理由の欄をなんと書こうか迷った。

  ・都合により
  ・定年により
  ・満期により

等々、悩んではみたものの、やはり「定年により」退職致します、が妥当なところであろうか。
そしてその後には、16年間の就業に対しての感謝の念と、今後への豊富等を記して送付した。

  前回の退職時は次の企業が決まっていた。

よって、新たな環境への船出という意味では不安が多かったが、同じ小売業、それも食品スーパーという業界への転職であるから「まぁ、なんとかなるさ」という安心感もあったが、今回の退職は次への確定的な安定収入が保証されているわけではないから、その部分では非常にスリリングな心境ではある(笑)。

  “笑いごとではないよてっちゃん‼️”

そう思われている方も多いであろう。

特に、同じ業界で独立してやられている先輩方においては、そんな環境から自らの行動と実践にて現在を切り開いている方達ばかりであるから、今の私の行動や心つもりに真剣さが足りないと感じている方もいるかも知れない。

  今後は自らの考えと行動に生活がかかっているのである。

そこに自信が無いから、大方の人は独立という選択が出来ないで諦める方が多いのであろう。

  私も自信があるかと問われれな、無いと答えよう。

しかしその一方で、「なんとかなる」とも思っている。
その根拠は、このブログである。

  12年間継続してきたこのブログ。

そこから得られた仲間と、彼らから学んだ知恵と行動力。
そして、ブログを継続することによって得られた、読者の方々。

  ここにきていろいろな方からのアドバイスも多い。

その一つに、このブログの隠れファンがたくさんいるよ、というアドバイス?。

  嬉しい限りである。

いずれ、当方のホームページ等の作成もしていく予定であるが、ベースはこのブログでいこうと思っている。
当方の考えや強みは、全てこのブログに記載されていると思っている。

  独立の原点はこのブログである。

よって、このブログを起点に自らの畑を耕して行きたいと考えている。








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2021年3月21日 (日)

対話

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


今日は日曜日。

  芸能ネタの日(笑)。

以前のドラマの案内で記したドラマ。

  「ここは今から倫理です」

毎週土曜日、午後11時30分〜 NHK。

  高校の倫理の授業を取り上げたドラマであった。

であった、という表現から、既に全8話が完結はしているが、敢えて今日のこのブログに載せた理由を記していきたい。
このドラマの最終回で、校内のある事件をきっかけに、倫理の授業を受ける生徒10名と先生とで、この事件に際しての当事者が今後どう行動すれば良いのかを、円陣を組んでの対話で自らの意見を出し合う授業が持たれた。

  一つの問題を自らの問題として意見を出し合う対話。

対話とは意見の交流。

  “仕事で対話を長らくしていないなぁ〜”

このドラマを見て、ふとそう思った。

  対話。

以前の研修会で対話について考えさせられたことを思い出した。
かっての企業で労働組合の幹部をしていた時のこと。

  労働組合を退任するときに参加した研修会。

退任時の最後にその人に自由参加のご褒美として与えられる研修会。
卒業旅行を兼ねた意味合いで、北海道や九州への研修会に参加する方もいたが、私は経営陣が参加する研修会を選択した。

  そこでは中小企業の経営者や大手の幹部の方が多く参加。

そんな人員構成の中での研修会はとても穏やかな雰囲気で研修会が2泊3日で開催された。

  そこで3日目に対話が行われた。

今までの2日間の日程で行われたグループ討議やグループ発表における発言や行動に対して、それらを振り返ってグループ内でその振り返りの自分の行動や相手の行動に対しての質問や意見の交換をする場が設けられた。

  「あなたはなぜあの時あのようなまとめ方をしたのか?」
  「自分はあの時、こう思ってあのようなまとめ方をした」

等々の意見が、その時の状況を踏まえながら自分の考えを土台として行動したことに対する、相手の感想であり考えでありとの葛藤がその場に生まれるのである。

  この葛藤と振り返りがどれほど有効であるか。

それをこの研修会で最後の最後に学んだ記憶が蘇った。

  人間はその場で考え行動する。

しかしそれは自らの考えは自らは熟知しているが、それを相手はどう捉えていたのか、組織として結果的にどう影響を及ぼしたのか、それを自分以外の人間から直接後から振り返る様に意見を交わすという経験は、この様な研修会でなければ体験できないことであろう。

  それを対話形式で皆で振り返る。

そしてこのような研修会だからこそ研修会の流れに沿って振り返ることが出来るのである。

  あの時の経験が現実を客観的に見る視点の始まりであった。

その時から、自分の組織内での行動を常に客観的に、どう映っているのか、どう認識されているのかという視点で自らを見る習慣が身についたのかもしれない。

  自分を客観視する。

それは現実に上記のような他者からの意見交換をしてみることで、その重要性を理解するのではないだろうか。







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2021年3月11日 (木)

忘れ得ぬ「あの日」

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


2011年3月11日。

  丁度10年前の今日。

午後2時45分頃であろうか。

  東日本大震災である。

あれから丁度10年が経過した。

  今でも強烈に脳裏に残る長く激しい揺れ。

私の記憶でもあれほどの激しい揺れが、あの時間続いたのは記憶に無い。
真っ先にお酒売場に駆けつけたが、意外にも瓶類は一本も倒れていない。

  幸いにも岩盤の強い土地柄のためかその時のお店の損傷は少なかった。

停電もなく、一旦避難させたお客様を再び店内に招き入れ、営業を再開したのであるが、本部には電話が通じない。

  当店の被害状況を電話で報告しようとしたが諦めた。

しかしその後の被害状況はご存知の通りである。
そして、その当時に小売業、特に食品小売業に携わる人間たちにとって、今自ら携わる仕事が如何に人間の根元関わる業務であるのかということを知らされたのである。

  生活のインフラ。

その当時、そのことを嫌というほど実感させられたと同時に、「開けてくれていて良かった」の声を頂き、この業界に携わることの意味を教えてくれたのである。

  そして被災地に近いエリアほど自らの店舗も大きなダメージを受けた。

しかしそれでも上記の使命感を振り絞って、自らの店舗が有する資産である、店舗の屋上や店内の食料品を個店の店長判断で地域の方達へ奉仕して自らの存在意義を提供したのである。

  そこから得られた従業員の資産は今でも脈々と生きている。

そして今回のコロナ禍に中にある我々の使命。

  震災当時は大きなダメージではあったが、エリア限定と期間の限定。

しかし今回のコロナ禍は全世界に及び、それも一年以上に渡り人間の移動を妨げている。

  そしてその根元が見えないという恐怖。

そんな中での我々の使命。

  いつ何時自らも感染の恐怖を抱きながらの使命感の達成。

そんな生活と勤務を続けて一年が経過し、そして東日本大震災からは10年が経過した。

今は、その10年の振り返りという余裕は無く、ひたすらコロナ禍を如何に食い止めるかという全世界の願いに全ての人間の思考が感染させられているという状況であろうか。

  そして、このコロナ禍も感慨深く振り返ることが出来るのであろうか。

当時を振り返り、何が変わり、何を学び、そして今をどう活かしたのか。

  それには今をどう生きるか、が問われているのであろう。






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2021年2月26日 (金)

部下の心構え

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


概ねの企業の組織図はトップから最下段に顧客、そしてその真上に現場の担当者が配列されている。

  そして中間層に部門チーフや店長やエリアマネージャが配属されるもの。

そして、トップから直属の部下としての専務や常務、更には部長から課長、店長やバイヤー、そしてチーフや担当者という流れで上下関係になるという組織形態が概ねのスーパーマーケットの流れではないだろうか。

  そんな組織形態としてのトップの在り方や上司の在り方がある。

組織人として、そしてその組織人としての上下関係における上司の役割とは?。

  そんなビジネス書は数多い。

私も色々と読んできたし、実践もしてきたつもりである。

  しかし敢えて言わせて頂ければ何故「部下の心得」がないのか(笑)。

組織には上司と部下が必ず存在する。
それは、どんな担当者でも部長でも存在するものである。

  上位になればなるほど自分の部下の数は多くなるものであるが。

よって、トップ以外の組織人は全て部下なのである。

  なのに、何故「部下の心得」なる本は無いのか。

取締役の心得、部長の心得、課長の心得、等のビジネス書は数多い。
Amazonで検索しても「部下の心得」なるテーマの本は無い。

  しかし私は部下の時代ほど心得という考え方が重要だと思う。

なぜか?。

  部下は上司に引き上げられるものだから。

部下の時代ほど、上司との関係性が重要であり、上司との良好な関係作りが自らの能力を発揮できる環境を作りやすくなるものであるし、上司との関係が悪化すると自らの能力以上に自らを有効に発揮する場を失うものである。

  しかし意外にそのことを素直に表現する機会に巡り合う事はない。

全ては、その上司が上司として部下との人間関係や組織内でのその地位を有効に発揮するかという視点でのみ語られるのである。

  決して上司に忖度しろと言っているのではない。

しかし、上司とて一「人間」である。

  心を持った一人の人間として接しなければならないのである。

上司になったからと言って、いきなり神の心を持つ存在になど無い得ないのである。

  同じ心を持った同じ人間としてどう付き合えば良いのか。

部下として当然といえば当然の組織内での自らの振る舞いを真剣に考える必要があるのではないだろうか。

  そしてそれに共感するこのブログの読者の方は多い筈だ(笑)。

それだけ、自らの上司との関係よりも部下との関係に悩むリーダーは多い。

  それは当然の事である。

なぜならば、上司となれば部下の数の方が多いのであるから。
より数の多い部下との関係に悩む上司が多いということは、部下が上司との関係改善を心がければ、その悩みの半分はなくなるのである。

  そして必然的に上司はそんな部下を可愛いと思うし信頼したくなるものである。

それは私とて同じこと。
その発想や視点が部下の心得として認識されれば、もっともっと組織の風通しは良くなるのではないだろうか。







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2021年2月16日 (火)

10年前を思い出して

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


2月の13日。

  午後11時過ぎのこと。

まるで10年前を思い出させるような出来事が起きた。

  震度6強ほどの大きな地震。

震度6強とは福島県や宮城県の一部の地域で最大震度6強の地震が日本列島の特に北日本や北関東を中心に襲った。
当方の地域でも震度4程度の揺れを感じたのであるが、その時そこでガラスや家電を支えた感覚としては、震度5はいっていたであろうと思っているのであるが、震度4という数値は低すぎるのではないだろうかと首を傾げたくなった。

  それだけ体感の震度は高かった。

そして思い出すのは10年前の東日本大震災。

  しかし感覚的にはつい先日の事。

その間には何度も地震はあったのだが、それでも先日の地震の体感は10年の期間を飛び越えてあの時を思い出させたのであろう。

  それだけ今回の地震の揺れ方が震災を思い出させたのであろう。

それでは今回の揺れ方の何があの恐怖心を感じさせたのか?。

  それはおそらく揺れの「長さ」であろうか。

通常の地震はそのほとんどがせいぜい10秒程度であろうか。

  しかし今回は1分以上は続いたであろうか。

それも震度4程度の揺れがそれはそれは長時間続いたという感覚である。
そして、その1分以上の長い時間の間に恐怖心が蓄積されていったのであろう。

  揺れの長さ。

この長さが被害を拡大させ、恐怖心を染み込ませ、記憶の残る地震として体に刻まれるのであろう。
それだけ、今回の地震も記憶に残る地震であったことは確かである。

  古くは関東大震災(私は生まれていないが)。
  次に宮城県沖地震。
  更に阪神淡路大震災。
  そして東日本大震災。

宮城県沖地震は1978年に起きた地震であったが、その時私は高校の野球部に属しており、練習の真っ只中にいた。
突然遠くの校舎の窓や近くのマンションの窓が大きな音を立ててガタガタと鳴り出した。

  そしてその次に地面が歪み始めたのである。

それがやはり数分間続いたであろうか。

  その時野球部の仲間たちは皆地面に倒れ込んだのである。

地面の歪みとその揺れの長さからであった。

  その時の震度は5。

震度5が数分間続くという恐怖感とダメージ。

  このダメージは相当なものである。

経験しなければ絶対にわからない地震のダメージである。

  “この後自分はどうなるのだろうか?”

そんな恐怖感を数分間体験するという心のダメージは、震度とその長さとの掛け算で加速度的に増加するのであろう。
そう思うと、今回の震源地である福島、宮城の方々の恐怖心はいかばかりであったろか。

  今回も相当なダメージを受けた小売業もあろうだろう。

お見舞い申し上げます。

  そしてそんな経験からお店の一体感も増していくのも事実。

そしてお店とお客様との一体感。
そんな経験を積みながら、一つ一つのお店との思い出が蘇ってくるのである。








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2021年2月14日 (日)

通勤時間の意味

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


今日は日曜日。

  芸能ネタの日(笑)。

しかし、ネタ切れ。

よって、先日の通勤途中に放送されていたラジオで流されていた話題を。

  リモートワークにおけるストレス解消法について。

当然、このリモートワークに関してはこの業界には無縁の話題。

  リモートワーク。

憧れはするがどうみても無縁の世界。
我々の業界はリアルに来店されるお客様に対して、陳列された商品を購入するか否か何も情報が無い中で、売れ数を想定して計画、発注、製造、陳列してお客様を迎えるのが仕事。

  よってリアルに現場で現物を限定販売するものである。

リアルに現場で仕事をするということは、リアルな体をそこまで移動しなければならない。

  よって各々がそれぞれの住まいからリアルに移動するのである。

私は自宅から職場まで小一時間をクルマで移動する。

  小一時間も移動に費やすのである。

よって、往復に換算すれば二時間近くもクルマに乗っているのである。
そんな無駄な時間を費やして、ようやく職場であり家庭に移動するのである。

  “なんと無駄な時間か”

そう思っていたのであるが、先日のラジオから流れてきた話題は、リモートワークにおいての通勤時間の設定という話題であった。

  リモートワークのメリットは通勤時間が無いこと。

誰もがそう思っていたのであるし、当然私もそう信じていたのだが、実はこの通勤時間という無駄な時間の中で勤務者はその日の仕事の段取りや進め方、そしてその日の重点的な業務のポイントを整理する時間として重要なものであるというものであるとい認識を話題としていた。

  その為にリモートワークにも関わらず通勤時間を敢えて組み込むという内容であった。

それだけ、通勤時間という時間が仕事とプライベートの切り替えには重要な時間であり、その時間にプライベートから仕事への覚悟をもたらし、逆に仕事からプライベートへの切り替えに徐々にその日の反省をしながら、今日は嬉しいので一杯飲るかというようなストレスからの開放感を通勤時間の中で得られるのだそうだ。

  思えばリモートワークにはその切り替えの時間が無い。

そしてそれは時間の有効活用でもあると思っていたのであるが、実はその気持ちの切り替えの時間というのはワーカーにとっては非常に重要なタイムであったということがリモートワークを実際に実践してみて初めてわかったということなのだそうだ。

  切り替えが無いから急に仕事のスイッチが入らない。

仕事のスイッチが入らないから、逆に仕事の効率も上がらない。

  プライベート感を引きずったままのリモートワーク。

そして効率が悪いから定時になっても終わらない業務の為に、ついついプライベート時間までもリモートワークがダラダラと続く。

  そしてリモートワークによってプライベートな時間が侵食されていく。

その悪循環を断ち切りたいがための、通勤時間の設定という苦肉の策?。

  そう考えると人間は如何に弱い存在なのかと思ってしまう。

自らの意思で自らをコントロールできないから、上記のような敢えて通勤しないのにも関わらず通勤時間という架空の時間を設定しなければならないという本末転倒な話。

  しかしその放送を聞いて笑えてきたのである。

やはり人間は感情を持った生身の動物。
ロボットとは全く異なる感情に左右される動物。

  その感情をコントロールするのが人間そのものなのである。

感情コントロールによって正にも負にもなってしまうのが生身の人間なのである。






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2021年2月 5日 (金)

感染者の減少

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


先月の緊急事態宣言が政府より一都三県で発令されたのが、1月7日。

  当県でも続いて1月14日から2月7日までの期限で発令された。

しかし発令当初はそう大きな感染者の減少は見られなかったが、ここにきてようやくその効果が現れてきたのであろうと思えるような感染者の減少に繋がっているようだ。

  やはりこの発令の効果はタイムラグを伴いながらも確実に現れるものである。

前回の4月時の発令時も同様に約二週間程度のタイムラグを伴いながらの現象となったと思われる。

  一回目の緊急事態宣言からの感染再拡大の要因はなんだったのか?。

気の緩みとかGO-TOトラベル等とも取り沙汰されているが本当はどうなのだろうか。
確かに、GO-TOトラベルによって人の移動は拡大し、特に東京が含まれるようになってからの移動は急増したといえる。

  よって、GO-TOトラベルによる感染拡大も一因はあろう。

当初から予測されていた、気温の低下や乾燥度の上昇という気候の変化もウィルスの拡散を左右していたのではないだろうか。

  特に関東方面の乾燥度は高い。

それに伴っての関東や北関東方面での感染者の急増はそれと呼応した流れになっているのも事実。

  そこで発令された二度目の緊急事態宣言。

そしてそれは前回同様に数値的な効果に結びつくタイムラグを経過し、急激とは言えないまでも確実な数値的な効果を示し始めたようである。
しかしそれも前回の第一回目の緊急事態宣言発令からの感染者減少への過程と同様の過程に思えるのである。

  よってこのまま緊急事態宣言を解除すれば同じ轍を踏むということであろうか。

しかし間近に迫るワクチン接種のスタート。

  本当に現実的にスタートできるのであろうか?。

そんな不安もあるが、医療従事者から始まり、高齢者、そして一般人へと流れていく接種対象者。
そこでまたいろいろな課題が見えてくるのかもしれないが、ワクチン接種によっての効果も徐々に現れてくるであろう。

  その効果と経済活動の復活。

それに伴って食事のシーンも再び大きく変化していくのであろう。
以前にも記したが、巣篭もりの反動は必ず、そして大きく到来するものである。

  それは一時の人々の感情として当然のことである。

そしてその反動が収まった次の世界が、今後の普段を決めていくのではないだろうか。

  そして必ず起こるのが食材購入場所の取捨選択。

この一年間の巣篭もり生活で人間の生活は大きく変化し、そこから学ぶ生活の知恵であり楽しさであり巣篭もりの価値でありが如何に多くの人間脳裏に焼き付いたか。

  その焼き付いた部分は今後のニュースタンダートとなるであろう。

そしてそのニュースタンダードな生活において必要とされる店舗。
それは、この一年間の間にすでに決定づけられているのかもしれない。

  前にも記したが2月はそれが見えてくるタイミング。

そこで、自らの店舗の検証をしなければならないタイミングが2月という月間であり業績となろう。

  特に惣菜やベーカリー部門といった即食系に大きく現れるであろう。

そこからが突破口となろうか。





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2021年1月31日 (日)

虹がかかる前提

皆さん、こんにちは。 
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


今日は日曜日。

  芸能ネタの日(笑)。
先日放映されたドラマ。

  「にじいろカルテ」。

今日は日曜日ではないが、ここで取り上げて見たい心に刻まれたセルフがあったのだ。

  それはこのドラマの冒頭部分。

「雨が降らなければ虹はかからない」。

  そんなセリフが飛び込んできた。

このドラマは、高畑充希主演のドラマであるが、医師を目指していた女性が実は不治の病を持つ医師だったという場面で、第一話が終わるという展開から次回放映となる第一話であった。

  このドラマの冒頭に上記の言葉が飛び込んできたのだ。

不治の病を知った高畑充希は、希望していた病院を去り途方に暮れながら雨宿りをしていたところに、偶然に同じ雨宿りをしに入ってきた男性が言った言葉である。

「ヘェ〜、東京でも虹が見えるんだ東京でも。虹はいいねぇ〜。綺麗だね〜。でも雨が降らないと虹は見れないんだ。」

  “いい言葉だなぁ〜”

確かに、虹はいいものだ。見ていてその偶然に感謝したい気持ちにさせてくれるものだ。

  “あっ、虹が出ている”

空に架かる虹を見ると、その場所と時間の偶然にそこに居合わせた自分とそして同じ虹を見る相手との距離がグッと縮まったような気にさせてくれるものである。

  “この人と同じ虹を見ている幸福感”

同じ偶然に居合わせた人間同士の絆みたいなものを感じてしまうから不思議なものである。

  そしてそれは雨という厄介なものを経た後にようやく現れる運命にある。

綺麗なものには必ずその前に厳しい現実を経験しなければならないという試練。
そのような格言のようなものを感じてしまう冒頭の虹のクダリである。

  “なかなかいいドラマかも”

そんな想いで見ていたのであるが、予想に反して結構騒がしい登場人物同士のお喋りややりとりがちょっと耳に付くシーンが多いなぁ〜と思いながら見ていたのであるが、最後まで見ていくとようやくこのドラマの真意が伝わってきたような気がした。

  都会では体験できない人間同士のやり取りがそこにあったのだ。

それは、都会では喧騒とした中でも何故か自分一人という孤独感の中で生活していくものであるが、田舎になればなるほどに隣人との繋がりがよくも悪くも発生するものであり、それを抱えながら常に生活しなければならないのものである。

  それをこのドラマはうるさい程のお喋りで表現したのであろう。

しかし、そのような普段の人間同士の喧騒があるからこそ、ここぞという場面では一つにまとまるのかも知れない。

  それを第二話から感じさせるような内容で第一話は終了した。

そして第二話の予告があった。

  「ちゃんと怒られろ!。」

そんな予告の中での会話もあった。

  何か人間臭い絆を表現したドラマなのであろう。




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