心のあるべき姿

2017年4月24日 (月)

理想を追う

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


理想を追う。

  高いレベルの仕事をしていくには必死事項。

しかし、理想といっても色々なレベルがある。

  売上昨対を上げたい。
  いい売場を作りたい。
  部下から慕われたい。

上記のような理想は単なる憧れである。

  そのために為すべき具体的事項。

具体的事項の理想型が自分の頭にしっかり描かれ、具体化されて鮮明に自分の為し得たい現実の姿として描かれているかどうか。

  例えば「売場」
  例えば「商品」
  例えば「陳列」

このような場面での理想とする姿がしっかりと具体的に自分の頭に鮮明なイメージとして掲げられているかどうかで、日々の仕事の仕上がりが格段に違って来るのである。

  日々の売場作りの差。

業績は「人」に付いて回り、その業績は日々の「売場」に明確に現れている。
その「売場」を作るのは現場の担当者であり、その背景には担当者の売場に対しての明確な姿が存在していることに由来する。

  業績を作る人間には必ず売場の理想形が具体的に存在している。

“こんな売場を作ろう”

  その具体形は過去の体験や他店の販売事例。

だから、いい売場を作る担当者はベテランの場合もあれば経験の少ない場合もある。

  経験が少なくてもいい売場が作れる。

先ほどから言っている通り、自分が作る売場の具体的なイメージが担当者にあるかどうかが大きなポイントであるから、経験の多い少ないは関係無いのである。

  なぜ経験が少なくてもイメージが豊富なのか。

それは、そのような売場に多く接しているか、他店をMRして自社や自店には無い理想形を構築しているからである。

  豊富なイメージが担当者の能力を高める。

逆にいうと、そのようなイメージを高める場をどう提供しているかという見方をしなければならない。

  その場を提供するという教育。

それが若年層には大いに有効であると思われる。

  売り場を指定して数多くMRさせる。
  共にいい売場を見て目線を合わせる。
  画像を掲示して常にイメージさせる。

等々、目で見えるイメージを共有することが一番の
目線合わせである。

  例えば「単品量販」。

色々と定義づけはしたものの、個人にとっての受け取り方は千差万別。

  しかし画像で目線を合わせれば一発百中。

同じ商品展開でも、

  「これが単品量販の画像だ」

そう言って皆に提示した画像と、そうでない画像を比較すると一目瞭然である。

  それは単品の陳列量の問題では無い。

陳列量が多くても、ダンボールから外に出た商品の露出度の問題である。

  それも商品の顔がお客様を向いているかどうかで雲泥の差。

それは「写真」という誰でもわかる画像で共有するから一発で理解できるのだ。
それが、定義と称して言葉で説得しても、その文字の理解度で決定的に違って来る。

  ただし文書の場合はその背景や目的まで網羅される強みがある。

だから、定義と画像の両面で単品量販を一つの定義づけすることにより、より説得力のある説明と今後の波及が可能となるのである。








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2017年4月14日 (金)

真央の引退

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


浅田真央の引退。

  4月10日(月)のことであった。

今まで、女子のフィギュアスケート界を牽引してきた女子選手は多い。

  古くは渡部絵美に始まり伊藤みどりなども活躍。
  国際大会では荒川静香、安藤美姫、村主章枝。
  浅田の前には中野友加里、鈴木明子。

等々のメンバーを輩出してきた日本の女子フィギュアスケート界。
その中でも10年以上にもわたってトップを走り続けた存在。

  それが「浅田真央」という存在。

オリンピックという最大の舞台では、荒川静香のゴールドメダルの前には浅田の銀メダルは霞んでしまうが、とは言っても、世界選手権はグランプリファイナル等の毎年の活躍では、圧倒的に浅田真央の名が登場してくる。

  特にグランプリファイナルでは4度の優勝。

毎年、コンスタントに活躍してきた存在であることは間違いない。
その10年間の知名度が、我々をして女子フィギュア界の代名詞としての浅田真央というネーミングが頭から離れない存在になっていたのだろう。

  しかし昨今は不振に喘いでいた。

更に、男子の羽生結弦という存在の登場も浅田真央の存在を霞ませた要因でもあろう。

  “浅田真央は平昌に行けるのか?”

おそらく今現在の状況が続けば、彼女のオリンピック行きは無いだろう。

  その結果の今回の引退宣言。

まして、平昌行きは日本の枠は2名。

  このことも彼女の現役引退を早めた結果であろうか。

やはり、浅田真央といえば、2005年のグランプリファイナルでのデビューであろうか。

  トリプルアクセルを跳ぶ妖精。

まさにそんな演技であった。

  その舞いはまさに妖精。

軽やかで繊細でそして可憐な妖精のような存在。

  人間性を飛び越えた存在。

その後は韓国のキムヨナとのバトルに苦戦することになるのだが。

  浅田真央というばトリプルアクセル。

そんなイメージが強すぎたのだろうか。
彼女も周囲もトリプルアクセルに固執しすぎたのではないかと思う。

  妖精の舞い。

彼女にはもう一つの強みがあったはずだ。

  今でも彼女の可憐は演技は世界のトップであると思う。

飛ばない部分の演技力を比較すると、私は今でも世界で指折りの実力の持ち主だと思っている。

  技のキレと滑らかさ。

この二つを併せ持つ技術は未だに衰えていないのではないだろうか。

  しかし昨今はジャンプ全盛時代。

今後は、プロとして上記のような可憐は演技に絞って周囲を堪能させてほしいものである。


PS
4月12日に公式の記者会見が行われた。
400人を超す報道陣に囲まれての記者会見。
久しぶりに浅田真央の可憐な笑顔を見た。
「トリプルアクセルに声を掛けるとしたら?」。
ネットでは批判が寄せられる記者からの質問だが、これはこれで我々が聞きたい質問でもあった。
「なんでもっと簡単に飛ばしてくれないの(笑)」
微笑ましい回答。
是非、第二の人生も、この会見のように可憐で純粋なものになってほしいものである。





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2017年4月 5日 (水)

就業動機の変遷

皆さん、こんにちは。
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入社式の季節。

  希望に胸膨らませて社会人の扉を開く。

フレッシュな若者が街に溢れる時期である。

  入社の動機。

新入社員それぞれに、その動機は違うだろう。
小売業に入った動機とは何だろうか。

  接客が好きだから。
  販売が好きだから。
  親の影響を受けて。

等々、様々な理由で入社して来る。
しかし、それと同等数の別の理由もあるだろう。

  他企業に内定がもらえなかったから。
  スーパーの別の業務に関心があった。
  とりあえず繋ぎでで入社しておこう。

等々の理由で入社して来る新入社員もいるだろう。

  中にはGMSの旅行業務に興味があった。

などという理由でこの業界に迷い込んだ若者もいたらしい(dadamaさんらしい)。
そういう私も、とりあえずの仲間である(笑)。
しかし、かれこれ30数年。

  何が自分をこの業界に引き止めたのか。

当初の入社理由は違えども、いずれこの業界の魅力に取り憑かれていったのは間違いない。

  当面は新たな世界に対する興味であろうか。

なんでもそうだが、新しいことを始めたときは習得していく楽しみがある。

  あれが出来た、これが出来た。

しかし、その業務面も担当者としての業務はたかが知れている。

  目の前の業務が飽きがくるもの。

そうこうしているうちに、別の動機が目の前に現れる。

  数値管理を任される。
  発注管理を任される。
  
等々の計数に関しての業務が新たに付け加えられる。
目の前の売り場の品出しや製造だけでなく、数値面の管理を任されるようになると、ちょっとはマネジメントの領域に踏み込んだかと嬉しくなったものだ。

  同時に職場の仲間とも付き合うようになっていく。

飲み会や旅行やスキーツアーや。
それはストレス発散にもつながり、仕事のストレスを抜くいい機会でもあった。

  しかし、まだまだ仕事の本質を理解したとは言えない。

何か、まだモヤモヤのとうなものを残しながら、現場に主任として栄転する。
当然、主任としての新たな責務に挑戦しながら、モヤモヤも消えていくが(笑)。

  更に、部下が増え数値責任も増えてくる。

部門の責任者になるという自覚と背負うものの大きさにやりがいを覚える時期であろう。

  そこで感じるのは、部下の力。

担当者やパートさんの協力無くして理想の売場は作れないし、その結果としての業績も達成出来ない。

  人との関わりや育成という業務の楽しさ難しさ。

更に、店舗別の販売コンテストでの単品量販という手法に触れ、売る喜びのようなもの得ることになる。

  秋刀魚100ケースを売り切る。
  生いか100ケースを売り切る。
  マグロ100キロを売り切る。

その達成感といったら、何ものにも表現出来ない満足感。

  売る喜びとはこの業界の本質であることを知るのである。

私は、なんと現場のチーフになって初めてこの喜びを知ったのである。
それは、店長としての現在でも脈々と体内に宿る仕事の源泉であろう。

  更に店長としての経営視点での領域の広がり。

色々な意味で、小売業の素晴らしさを知るのはこの時からであったかも知れない。

  地域との繋がりや東日本大震災で得た我々の使命。

その理念に従って店舗を運営するというやりがい。

  その大前提に立った全ての行為。

体内には脈々と販売の喜びを宿しながらも、同時に地域貢献や部下の人生を背負う醍醐味のようなものが日々の喜びとなって仕事への動機を支えているのである。

  仕事のやりがい。

それもまた成長していくのかも知れない。





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2017年3月 4日 (土)

同期の昇格

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


何度も書くが、人事異動の季節(笑)。

  悲喜交々(ひきこもごも)の季節である。

昇格した、降格した、昇給した、降給した等々。

  自分だけならいいが他者の人事異動も気になる。

同期入社の世代が昇格していく。

  “羨ましい”

そんな風に思うのは、ごく自然な発想であろう。
特に、同じ部門の同期入社の人間が自分よりも先に昇格したものなら、その妬みは半端ではない(笑)。

  “俺とアイツにどんな差があるのだろうか?”

人事異動の発令書を見て、そのような悲喜交々が全国で飛び交っているのではないだろうか。

  しかし、私は思う。

「一年、二年の時差などどれほどの違いがあるのか」

  長い一生の中の一年。

昇格に伴う一年や二年の差など、追いついた途端に解消されてしまうものだ。

  特に担当者から部門責任者の場合はそうだろう。

担当者の段階ではなかなか正しい評価と正しい順番で昇格すること自体が難しい。

  正式な評価テーブルに乗っていないから。

それはどういうことかというと、人材の評価は部門チーフに乗った段階から評価テーブルに乗るからだ。

  評価テーブル。

要は、評価者がしっかりと眼鏡をかけ直して、評価者を比較するということ。
そのテーブルは、部門チーフという一定の評価基準に乗った段階から始まるということだ。

  担当者が評価されるのはなんとなくの部分が大きい。

担当者としてなんとなく頑張っているように見える。
担当者としてなんとなく素直な性格のように見える。
担当者としてなんとなく責任感が強いように見える。

  その程度でしか評価されていないと思われる。

しかし、チーフクラス以上からは別。

  数値管理が伴ってくるからだ。

売上、粗利その他諸々の営業数値、その他にも生産性等の人材マネジメントの部分も明らかに数値化されて評価されるのだ。

  なんとなくが消えるのがチーフ以上。

そんな同じテーブルで評価されるから、数値を作る能力、人を活かす能力、組織を管理できる能力が同じテーブルで評価されるようになる。

  チーフというのはようやくこのテーブルに乗るということだ。

だから、その評価に乗るためには、しっかりとしたマネジメント技術を身につけておかなければならない。

  その基本を担当者の時にしっかりと身に付けること。

その基本や原理原則を担当者の時に身に付けられずに昇格してしまうと、それをじっくりと身に付けるタイミングを失ってしまうことにもなりかねない。

  チーフという職位からは責任者。

責任者という職位は、ある意味自分に対してものを言ってくれる人間が極端に少なくなってしまうということだ。

そういう意味では、自分に対してモノを言ってくれる人間がいる時にしっかりとその基本を身につけておかなければならない。

  その基本が磐石な自分を支えてくれるのだから。





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2017年2月18日 (土)

人が集まる組織

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


業界紙を読んでいると、来期のトップインタビューが並ぶ。

  いずれも人材確保を大きなテーマにしている様子。

特に、入社してから半年での退社率を如何に引き下げるか。
これが今年度の大きなテーマとして掲げる大手企業が多いようだ。

  採用以前の課題。
  採用以降の課題。

そこをしっかり区別して、如何に採用できるかというところに重点を置いた戦略と、採用後に如何に本人が採用前のモチベーションを落とさずに継続して就業していけるかという戦略を明確にして実行していくという企業が目に付いた。

  私は必ずしも賃金だけも問題では無いと思っている。

スーパーに従事する方のほとんどは近いという理由で就業する。

  終業後に買い物をして効率よく食事の支度をする。

家庭を持ち働く主婦としては理想の一日の流れである。

  しかしだからこそ就業環境も口コミで広まる。

だから、入社してからの就業環境やそこから導かれる本人満足が重要となってくる。

ここでは、小売業やスーパーで働く意思を固めて入社された方を対象に話をしていきたい。

  小売業で働こうと決めて入社された方が辞める意思を固める時。

入社時のイメージと働く環境が大きく異なった時。
入社後の職場の人間関係が自分に合わないと感じた時。
仕事内容が自分に合わずに、職場が要求する技術が身につかないとき。
人事異動等で職場の上司が変わり、従来の職場雰囲気が変わったとき。
自分のキャリアプランが見えず将来の見通しが立たないとき。

  仕事の技術以外は企業側の問題である。

そして、現場で即対応できるのは、職場内の人間関係。
勿論、スーパーといえども営利組織。

  まずもって自社の利益は最優先である。

しかし、この先人材不足で閉鎖せざるを得ない企業や店舗が続出してくるのも事実。
そう考えると、如何にお互いの満足を両立できるかという問題は、企業や現場に突きつけらた早急に改善すべき課題である。

  “わかったちゃいるけど退職者が後を絶たない”

そんな店舗や店長もいるだろう。

  どのバランスでマネジメントしようか?。

その狭間で悩むリーダーも多いだろう。
そのサジ加減が難しくなってきているのは確かだ。

  それは従来のマネジメント理論が通じなくなっているから。

日本人の仕事観がここにきて大きく様変わりしてきているからである。

  しかし、人間の本質は何一つ変わっていない。

それは、組織の中での自分の存在価値に対する認識である。

  組織の中でも有用感。

この価値観だけは、従来から一定の意義を持っている様に思える。

  例えば、てっちゃん会。

先日のブログで、てっちゃん会のメンバーが130名(Facebook)を記した。

  そのメンバーの店舗での人材不足は意外に出てこない。

それは、てっちゃん会のFacebookの繋がりの中に人の集まる要素が凝縮されているからだろう。

  本当に手前味噌な話だが(笑)。

メンバーのアップに対しての反応。

  いいね。
  超いいね。
  受けるね。
  すごいね。
  悲しいね。
  ひどいね。

これらの使いこなしも含めて、一人のアップに対しての反応という励ましといい感動といいが数多く寄せられる。

  特に心の吐露のアップに対する関わりは多い。

ともすると、競合関係にある他企業の方からの心温まるコメントも数多い。

  この様な場での経験を積むと自店での対応も変化してくるのだろうか。

人が集まる組織作り。

  その仕組みが凝縮しているのがFacebookのてっちゃん会。

そして昨日のてっちゃん会13幕では、改めてその要因を理解するのである。

  人と関わる。
  人に評価される。
  人の役に立つ。

そのような関わりを経て、人はその組織で活躍できる。

  自分が活躍できる「場」。

その場は、帰るものではない。

  人と自分の創造性の成せる技。

そんな偶然の出会いの場を、自分の職場として如何に提供できるか。
このことが、これからの職場に求められるのではないだろうか。





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2017年1月27日 (金)

負けるが勝ち

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


負けるが勝ち。

  昔から言い古されている諺(ことわざ)。

負けるが勝ちとは、場合によっては、争わないで相手に勝ちを譲ったほうが自分にとって有利な結果になり、自分の勝ちに繋がるということ。

ネットで検索すると、概ね上記のような意味が載っている。

  負けるが勝ち。

仕事上ではどのようか事を指すのだろうか。

  例えば、競合店の出店。

何も無いところに新たな競合店が出店するわけであるから、影響がゼロということは無い。

  競合店が出店当初は必ず影響が出るもの。

それは、どんなに対抗策を講じても、いずれは影響が出てくるもの。

  対策チラシを対抗して当初は売上が落ちかなった。

しかし、一週間後には多大が影響が出てくる。

  当然であろう。

自店のお客様で、普段はそれほど買い物をされない方が、チラシによって買いだめをするわけであるから。

  しかし、その買いだめ需要が去った後の売上は底をつく。

しかし、我々は競合店の開店時に売上を落とさなかったことで上機嫌となる(笑)。

  しかしそのツケは必ず後から回ってくる。

物事の勝ち負け。
それは誰だって負けたくは無い。

  特に自分が当事者として向き合う場面では。

連戦連勝であり続けたいし、そんな人物像として他者から評価され続けたいと願うもの。

しかし人生を生きていくと、それがどれほどの意味を持つかという境地に行き着くものである。

  勝つ = 負けない。

そのような方程式はどうでもよくなるものである。

  勝つ = win-win。

だから、

  負ける = win-winの一過程。

よって、大切なのは、

  今は、負けておく。

この境地が大切なのでは無いだろうか。

  負けておく = 未来の勝ち。

今現在の負けは、明るい未来に向けての明るい素材であるという認識である。

  そう思えば、今の負けから何を学ぶかが重要。

学びとは、勝つことよりも負けた時の方が大きいに決まっている。
そう考えると、自分にとっての最終的な「勝ち」とは何かを問うことが大切だ。

  自分の最終目標 = 勝ち。

そういうものの見方をするならば、その目標に向かう過程において、今の勝ち負けはどのような意味を持つのかを問うことが重要。

  勝つということは、むしろ競争相手から奪うことである。

例えば、目的をお客様の満足と固定すれば、お客様が必然的に当店で買い物をすルコとを選択する意識とするならば、そうなって業績が改善されることが「勝ち」である。

  競合店が出店したという業績ダウンという負けから何を学ぶか。

競合店の品揃え、価格政策、販促戦略から学び、お客様の満足を自店に向けることを考えて実行する。

  その行為の継続がいずれ結果として表れてくる。

それを「勝ち」と捉えるか「過程」と捉えるか。
そう考えると、勝った負けたで一喜一憂する必要はない。

  言うは易しだが(笑)。

そんな風に言い聞かせていきたいものである。






  


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2017年1月 9日 (月)

仕事の側面

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


昨日は、「清原の告白」を記した。

  清原の告白の中には家族との関係が大きかった。

両親、家族、息子との関係。

  不思議なのは女房との関係が語られなかったことだ。

それだけ、離婚した元妻への想いが深いのかもしれない。
我々はスーパーでの仕事や小売での仕事をしている。
それ以外の方々も仕事を持つ傍、一家の柱として存在している人も多いだろう。

  仕事以外の側面。

その側面との関係が、いかに自分の仕事に大きな影を落としているか。
家で家族とともに生活しながら仕事をしている方もいれば、家族とは遠く離れて単身その地で仕事をして単身の生活をしている人も多いだろう。

  仕事に全精力を傾けられる環境。

その為にも、自分と家族との関係が如何に大切かが、清原のインタビューを聞いていて思った。

  家族を支える一家の主の仕事。
  その仕事を支える家族の存在。

この関係が良好であればこその、仕事であり競合店との戦いであり、収入である。

  そこにほころびが入れば、仕事へも影響が出る。

家族は家族、自分は自分、とい割り切りで仕事と家庭を区別できれば良いのだろうが、それは結局家族との関係をどこから割り切っているから言い切れる言葉であって、割り切れないから家族の絆は切れないのであり割り切れないから仕事中でも頭から離れないのであろう。

  先日、ある店長仲間と話した内容。

あと数年で60の定年を迎える彼にとっての選択が迫ってきたという。

  このまま60を過ぎても店長職を継続するのか否か。

店長職を継続するのであれば、地元に戻らずに今の待遇のままで単身赴任を続けるのか否か。
はたまた、店長職に留まりたいが自宅から通勤できる店舗を希望するのかどうか。

当然、前者の場合はそれ相応の給与も保証されるが、相変わらず単身赴任を続けなければならない。
後者を選択すれば、自宅からの通勤が可能となるが、店長職を続けられる保証は無い。更に店長職を続けられても、給与が相当下がるらしい。

  「今更自宅通勤を選択しても何も変わらないだろう(笑)。」

私は言った。
しかし、彼は言った。

  「子供達と毎日自宅で過ごしたい気持ちもあるよ。」

その為に私は転職という形を選択したのだが(笑)。

そろそろ年頃の子供とあと何年自宅で過ごせるというのか。
そう考えた時に、収入の問題ではなく、これからの自分の人生をどう生きるかという選択であろう。

  仕事の旬もそうだが家族との旬もあるのだ。

その時しか結べない家族との絆。
それをある時は犠牲にして仕事を選択し、ある時は仕事を犠牲にして家族を選択してここに至っているのが我々の世代であろう。

  一月後半からは人事異動の話題が立ち始めるであろう。

年末が過ぎれば、新年度へ向けての人事異動の季節となる。

  また新たなドラマが始まるのであろう。





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2017年1月 8日 (日)

清原の告白

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


今日は日曜日。

  芸能ネタの日(笑)。

今年も芸能ネタは健在です。
ある人の一週間の唯一の休日の為にも、日曜日の芸能ネタを継続して参ります(笑)。

先日、ある報道番組でのこと。

  あの清原和博がインタビューを受けていた。

逮捕からの裁判を受けての執行猶予の判決。
薬物所持と使用による有罪判決。

  かってのスーパースターが一転して犯罪者。

特に野球を経験してきたものや野球を愛するもの、将来野球を目指したいものにとっては如何に衝撃的な事件だったか。

  その彼が、今回のインタビューで赤裸々に告白した。

そのインタビューを聞いていて、私は素直に清原の言葉を信じたい気持ちになった。
かってはヤクザかというほどの格好と形相でテレビ報道に写っていた彼が、短髪の七三分けにして素直にインタビューを受けていた。

また、インタビュアーの質問に対しても真摯に素直に自分の率直な気持ちを隠すことなく応えていた姿を見たときに、私は彼の答えている内容は事実なのだろうと思った。

  隣で見ていた女房も同様の感想を述べていた。

まず、インタビューの冒頭から今回の件に関しての謝罪と深々と下げた頭からも、彼がこのインタビューで発するメッセージの意味を物語る始まりであった。

さらに、あの彼が自ら「犯罪者」と認めた上で、覚醒剤についての話から始まった。

  「今現在、覚醒剤は止められているのですか?。」

この問いに対して、清原は今現在覚醒剤を断つべく治療に専念しているという。

  「今日は使わなかったから明日も頑張ろう。」

そんな日々の積み重ねであることを告白している。
あの清原でさえ、決して覚醒剤を止められたと言い切れていないという素直な告白に、改めて覚醒剤という薬物の怖さを物語っていることが伝わってくるのである。

野球の世界で色々な記録を打ち立ててきた彼でさえ、一人の人間として覚醒剤と格闘しながら、未だに克服できていないとう事実。

  ここに覚醒剤に手を染めることへの恐怖が潜んでいるのだろう。

だから一般人は絶対に手を出してはいけないという強烈なメッセージが伝わってくる。

以前にも、この問題はブログに記したことがあった。昨年の2月のことである。
http://tetu-syoubai.cocolog-nifty.com/blog/2016/02/post-f7f6.html

  清原和博という野球界のスーパースター。

しかし、彼とて一人の人間。

  弱みもあれば弱点もあろう。

そして、我々が知る清原和博とは、超スーパースターなバットマンであるが、その世界では超一流でも、人間として問われるとどうだろう。

バットを置いた瞬間から、バットマンとしての実績から離れて一人の人間としての世間の評価が待っている。

  人間としての評価。

それは、ある世界での実績にむけて、何を自分に備え、そん過程から何を学び、そして後輩に対して説得力のある指導者としての存在価値が問われるのであろう。

  そこへの移行に人間としての隔たりがあったのだろう。

そして、逮捕された清原に対して、多くの人間達が去っていく中、元ベイスターズの佐々木主浩だけは彼に手を差し伸べてくれた。

  そこに私は清原という男の本質があると思う。

清原と佐々木。

  一流のバッターと一流のピッチャー。

お互いに一対一の直接対決を何度も行ってきた間柄。
本当のつながりとはこのような関係ではないのだろうかと思い知らされたのである。

  お互いに仇同士。

自分の野球生命を掛けて戦ってきた相手。
その命がけの関係が、最後の最後には自分に救いの手を差し伸べてくれる。

  “俺はこのような相手を持っているか”

そう自問自答したくなったほどだ。

インタビューの中では、執行猶予に対しての想い、息子達への想いを本当に素直に語ってくれた。

今までの栄光を全て捨てて、本当に素直に語ってくれたと思う。

  今後の清原の生き方を応援したくなったのは私だけではないだろう。







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2017年1月 1日 (日)

新年の抱負

皆様、明けましておめでとうございます。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


年末商戦、如何でしたでしょうか。

  そして、本日もお仕事の方も多いでしょう。

本当にご苦労様です。

  さて、2017年が幕を開けた。

西高東低の冬型の気圧配置。

  関東方面は快晴だが東北は大荒れ。

しかし、これもいつもの元旦の風景でもある。
特にこちらの北関東は元旦の晴天率が全国一高い。

  この青空を見ながらいつも想う。

“今年はどんな年になるのだろうか?”

  ちょうど一年前も同様の記事を書いた。

http://tetu-syoubai.cocolog-nifty.com/blog/2016/01/post-4cbb.html
この段階では、新店への赴任など全くわからなかったにも関わらず、採用や教育等を書いているのは何故だろう(笑)。

  そしてその取り組みが会の第12幕の議題に。

予言したわけではないが、現在でも人材不足と採用、教育の課題は全国的なテーマになってきているのだろう。

  地域に新規出店した競合店の短期アルバイトの時給が当社のほぼ倍。

そんな時代である。
こうなると、時給の高低と実際の人員とのギャップをどう考えていいのかわからなくなってくる。

  必ずしも高いことが働く環境整備には結びつかないということだろう。

小売業にとって、働く人材の確保と教育、そして戦力化は今後ますます重要視されていくだろう。

  従業員不足による倒産。

今後益々この問題は大きな壁となって小売業界に立ちはだかるだろう。
経営資源が弱体化しているわけではない、営業する現場の人員が揃えることが出来ずに止む無く営業を停止する。

  このような現実に直面する店舗が今後益々増加する。

従来は、働く側が企業の論理に合わせて自分の環境を整備する必要があった。

  例えば、人事異動。

企業人は企業の論理に従って都合良く人事異動に従わざるを得なかった。
しかし、昨今はそのことで退職とする企業人が目立ってきたという。

  地域を重視する人材を認める政策が必要なのだろう。

親から独立せずに親元で暮らすことを選択する人材を如何に大切に活用していくか。

  具体的には個店限定社員の能力開発が出来るかどうか。

そのような具体策を施して、如何に人材をプライベートを重視しつつ本人の能力を開発出来るかどうかが問われる時代になっていくのだろうと思う。

  地域に根ざした人材を販売に活かす。

従来はパート社員止まりだった環境の人材を店長にまで可能性を広げるような人事政策。

  地域の知る社員が地域で活躍する。

理想といえば理想だが、人事異動によって能力を高めていくという従来の発想を失うことにもなる。

  そのバランスをどう合致させられるかも課題となろう。

本日は、採用や教育、そして人事政策に関しての内容になってしまったが、昨年の新店の経験から、今年の重要課題が明確になってきたように思うのです。

  何れにしても、2017年の幕が上がった。

私に残された時間も残り3年。
さて、この3年間で何を残し、何を得ていこうか(笑)。

  今年も一年、よろしくお願いいたします。






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2016年12月31日 (土)

今年を振り返って

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


昨日の「一年で一番長い日」はどうでしたか?。

  売れて在庫が軽ければ心も軽くなるのだが(笑)。

そう思われている方も多いだろう。

  そして、今日は「今年を振り返って」。

私自身を振り返れば、なんと言っても「新店の立ち上げ」が年間での最大の仕事であった。

  2月に新店に赴任。
  7月に新店オープン。

この5ヶ月間は別世界であった。

  店舗で販売に携らない期間。

これは、販売に携わる人間にとっては別世界である。
店舗の店長として、店舗で日々の開店から営業、そして売り切り明日につなげる。

  この店舗でのルーティン業務から離れるという違和感。

このルーティン業務から、全く別世界の人材採用を中心とした時間を経験できたことは、いろいろな意味で自分にとって有意義な時間であったと考える。

  特に採用が非常に厳しい昨今である。

前回の約4年前の新店時と比較しても、当初の採用ペースが全く立たず、“本当にオープンできるのであろうか”と本気で心配した時期もあった。

  その時の虚無感は半端では無かった。

これは今だから話せる内容であるが、その時は本気でそう思った。

  3月末のことであろうか。

人間の心に火が付く、とはこの時のことだろうと今更ながらに思う(笑)。

  しかし、心に火が付くと物凄い力が生まれるのだと思った。

とにかく、採用に全力を傾けた。
採用の場所の確保から、採用チラシの回数、そして面接。

  面接と同時に採用者の入社式や研修会、店舗研修の実施。

採用者の教育と新規募集の同時進行が続く。

  採用者を如何に辞めさせないか。

いくら採用できても、働く環境が良くなければ大量に退職者が出てしまう。
採用して店舗研修に入ったパートさん達を如何に辞めさせずに開店に漕ぎ付けるか。

  まさに同時進行であった。

なんとか人材も採用できて、退職者も最小限に抑えてのオープン。
更に、競合店の改装や競合店の新規開店を経ながらの年末商戦。

  変化に富んだ一年ではあった。

この一年で、店舗での販売というルーティン業務以外の店舗立ち上げからのマネジメントを改めて学んだような気がする。

  採用のマネジメント。
  就業のマネジメント。
  開店のマネジメント。

販売金額という目線から、人間の就業に関してのマネジメントを学ぶ一年であったような気がする。

  一転して対外面では。

今年は、てっちゃん会を初めて名古屋で開催することになった。
色々な方の願望が実った形である。

  何せ多くのメンバーが愛知に集中するからだ。

とはいえ、関東方面の方はなかなか参加できないだろうと思っていたら、その逆で過去二番目の参加者。

  プライベートでの繋がりの広がりを持つことが出来た一年。

また、今年はこの会での試行錯誤の一年でもあった。

  単なる飲み会からの進化。

これを進化と呼ぶにはおこがましいかもしれないが、少しずつメンバー間の商売に対する意見交換というスタンスを織り交ぜていきたいと考え、そのような場を増やしていきたいと思うのだ。

  せっかく、他企業のメンバーが集まる場である。

井の中の蛙から一歩飛び出してみたら、自分の世界が一変してしまうような気づきを得ることがわかった。

普段は単なる飲み会の一場面として、メンバーとの交流や商売に対する意見交換という場面もあるが、結局は飲み会。

  楽しい会話に終始してきたのが過去の会。

しかし、一つのことに集中して意見交換するという場を持つことによって、企業色や個人色が発揮される場に居ることよる気づきは貴重な体験となった。

  このような場を次年度はより多く設定してみたい。

そんな一年であった。

  さて、今年最後の商売。

潔く、お客様の評価を頂きに参りますか(笑)。






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