モチベーション

2020年3月21日 (土)

本人の納得

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


納得するか否か。

  全てはそこに尽きるのではないだろうか。

色々な決断や判断、その前提になっているのは、本人がその事象に対してどう受け止めているのかという前提。

  それに対して肯定的に受け止めている場合。
  それに対して否定的に受け止めている場合。

それによって、本人の受け止め方は真逆となり、その結果としての自らの判断や決断に対しても、右を取るのか左を取るのかに分かれていくのであろうと思う。

  肯定的に受け止めるのであれば。

その後に起こる事象に対しても、納得性の高い予測であり結果であり、その結果に対しても好意的に受け止め自らを納得させる思考回路が働く。

  しかし否定的に受け止める場合。

その後に起こる事象に対しては、やはり結果としても納得のいかないものとして受け止められ、どこまでも自らの納得性の無い否定的な判断がなされていくのである。

  要は、納得して行動するか否か。

それによって、その後の行動とそれに伴う結果に対しても、前提としての納得という自分の気持ちが付き纏うことになる。

  そして納得して行動することによってその後の積極性も異なってくるのである。

自分のこれからの行動に対して、自分自身が納得して行動しようとするのであれば、実際に行動しその結果を得ることに対しても納得性の高い行動となる為、その結果としての自らの労働に対しても何の後悔もないし、不当感も持たない。

しかし逆に納得のいかない前提での自らの行動であるならば、そこには必ず不当感が付き纏うものである。

  “働かされている”

働かされ感のある日々の労働。

  特に現代ではそこが分かれ道になるのである。

世は働き方改革によって、労働時間の厳守のみが定着し、そこに働く従業員の納得感が置き去りにされてきた感がある。
そして、その結果働く従業員の結果へのコミットメントが薄れてきたのも事実ではないだろうか。

  要は、担当者が結果に対して無知になっているのである。

そして、更に要は担当者がどうすれば売上という結果を出せるのかという普段の訓練が為されていないのが現状となってしまったということだ。

  単に売場を埋めるというだけの単純作業。

そしてそれが完了したら、「お疲れ様」という1日の流れ。
それが毎日の日課になると、結果になど振り向きもしなくなってくる。

  要はパートさんやアルバイトと同様のワーカーに終始しているのが現実。

それを「時間が無い」」という便利が理由をつけて放置しているのが我々の行為なのかもしれない。

  仕事の楽しさとは何か?。

もう一度その楽しさを掘り起こし、そこに注目していかなければこの業界の次の世界は開けてこないのではないだろうか。

  もっと絞り込んだ部分に注目すれば「売る楽しさ」の追求である。

そしてその売る楽しさとは売れた喜びと連動して相乗効果を高めていくのではないかと思っている。

  売る楽しさと売れる喜び(感動)。

売り為にどんな計画を立て、どんな商品をどのように売りのか、そこに喜びを感じることであり、その結果として自分の計画以上に売れた時の感動が重なり、更に次回は更にその感動を得たいが為の計画となっていくのである。

  まさにこれが理想的なPDCAなのである。

そして、そのPDCAを回すことを企業として組織として定着させていくことが、従業員の流出を食い止めることであり、自社や自分の組織力を高めていくことに繋がるのであることを信じて行動したいものである。






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2020年1月 4日 (土)

店内BGM

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


店内のBGM。

  店舗それぞれに流れる店内のBGM。

企業が指定したBGMを流す店舗がほとんどであろうか。
よって、どちらかというと企業毎にある程度期間によって同じBGMが流れることが多い。
資本のある企業ではそこに企業独自の企業の案内やサービスの案内、または店内の営業時間の変更等が盛り込まれ、来店されたお客様が掲示板を見ずとも耳からその店舗のサービスの内容が入ってくるという要素も盛り込まれた店内BGMになってきているようだ。

と思えば、今だに店内でガンガン音量を上げてうるさいぐらいにBGMを流し、耳が壊れるのではないかと感じてしまうほどのお店もある。

  店舗特性をBGMに現している店舗が多いだろうか。

しかしこのBGM、年末期間ともなるとどの店舗も同様のBGMが流れるようになる。

  いわゆる威勢の良いアップテンポなリズム。

あのリズムはお客様もそうであろうが、我々従業員も思わず行動が足早になってしまうから不思議である(笑)。

  “急いで買い物をしなくちゃ”
  “早く商品を補充しなくちゃ”

そんな人間の心理面を突いたBGMであろうか。
これが年末の慌ただしい時期に、お正月に流れるスローな琴の音が流れたり、逆に年明けの正月期間にアップな曲が流れていたりしても違和感バリバリだろう。

  やはり店内BGMもTPOに合わせたものにすべきであろうか。

それを、企業として基本型を有しながらもイベントに合わせて指定している企業もあれば、店舗に任せて自由に流させる企業もあろう。
やはりそこはある程度のチェーンストアとしての統一性が必要なのではないだろか。

  そして音量にも神経質になる必要がある。

特に買い物しているお客様に耳障りな音量は絶対に避けるべきであろう。
かと言って、従業員のバックヤード内での会話が漏れ聞こえるような静かすぎる音量でもどうかと思う。

  適度なリズム感と適度な音量。

このへんの領域になると、感度と言う感性がものをいう部分であろうか。

  お客様の立場になって心地良いBGM。

そのBGMと店舗のイメージがマッチすることによって、お客様の来店動機は高まっていくのではないだろうか。

  そしてBGMの鮮度。

“BGMに鮮度なんてあるのか?”

そうつぶやかれる方も多いかもしれない。
それでも私は鮮度と言う言葉を使いたい。

  今一番話題の音楽。

要は今ヒットしているミュージックはやはりどこかの時間帯では必須ではないだろうか。

  “あのお店に行けば話題のBGMが流れている”

そんなお客様の自店を捉えるイメージは大切なのではないだろうか。

  ぜひそんなイメージで店内BGMを捉えて欲しいものである。







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2019年12月 6日 (金)

目標を失う

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


人間には目標が重要である。

  目標があるから行動できるのである。

仕事やビジネスでの数値目標。
プライベート面での数値目標。
自分で設定したあるべき目標。

  いろいろな場面において自分で立てた目標がある。

その目標があるから、具体的な数値を目指して日々行動し、その目標に近づいているのかどうなのかを検証しながら一喜一憂していくのである。

  人間にとって如何に目標が大切かということだ。

そして目標を失うことによって人間は行動から手を引いてしまうもの。

そう考えると、有能な人間とはあくまでも目標を持ち続け、その目標を失わずに達成しようと行動し、その目標が達成された暁には新たな目標に向かって行動し続ける人間のことなのであろう。

逆に、掲げた目標がいつの間にか達成しようとする目標から失われ、目指すべきあるべき姿や数値から解放されて強い意志と行動力からも解放されてしまうことなのであろう。

  要は目標を追い続けるのか解放されるのか。

目標から解放されるという言い回しはなぜか自由な意味合いに捉えれてしまうが、目標から解放されるということはその本人にとっては解放されるという都合の良い意味合いで受け入れてしまうことであって、本来は目標を放棄するとい意味合いであり目標から逃げるという行動を意味するものである。

  目標。

大なり少なり人間は目標を持っているもの。

  それが与えられた目標だろうが自ら設定した目標だろうが。

与えられた目標だからといって、その目標が本人にとって押し付けられたものかというとそうでもない。
大切なのは、その目標を自分なりにどう受け止め、どう目指す目標として自分を行動に駆り立てるかどうかにある。

  逆に言うと企業から押し付けられた目標ほど継続しやすいものだ。

それは、その目標が全社を通しての目標であり、その目標達成の為に企業からいろいろな支援を頂けると言うことでもある。

  その年度の数値目標。
  その年度の方針目標。

これらは全社を挙げての目標であり、そのために企業内の各組織でも企業の方針達成の為にあらゆる施策が用意されており、その施策を目標設定した店舗や店長が活用して達成できるような仕組みが整えられているのである。

  そしてそれは維持継続されれば企業としても大きな資産となる。

むしろ個人で立てた目標を達成することの方が、何の支援もない中での目標達成であるから、途中での挫折も多いと思われる。

  しかしそこには自分の強い意志で立てた目標であると言うモチベーションが存在する。

そのモチベーションこそが独自の目標を達成しようとする行動力なのである。

  目標管理。

与えられた目標であろうが自ら立てた目標であろうが、それを失った時に人間は弱くなるものである。






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2019年10月 8日 (火)

支部会からの電話

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


先日、てっちゃん会の名古屋支部会の会合があった。

  開催の模様はリアルにFacebookにアップされる。

そして、時にはdadamaさんから会合に集まるメンバーと直に電話で話をする機会を作ってくれるのである。

  ほとんど面識のあるメンバーばかり。

よって、7〜8人の方と電話で話をしたのだが、それぞれに現在の状況や今の課題、てっちゃん会21幕の話題等の話で話題は尽きなかった。

  それぞれに違う企業の方達ばかり。

そんな方達が企業間の壁を乗り越えて一堂に集まり、仕事面、プライベート面等から、現在の仕事の進捗状況や悩み、課題等を共有し合い、お互いの意見交換から自らの仕事への取り組み方を見直し、改め、そして前向きに自らの足で力強く歩んでいこうとする場となる。

  そして私との電話での会話もそんな内容がほとんどである。

せっかく頂いた電話であり会話の機会であるから、お互いに有意義な時間を摂りたいと思っているため、会話する方の現在と未来への抱負等や課題の共有が会話のメインとしている。

  今回はこの中で3名ほどが今後の進路を変えるという。

要は転職を念頭に置いて今後の活動をするという内容の話であった。

  その転職の話も生き生きしているのである。

要は、このような会に属していると、同じ仲間たちとの会話から更に自らの未来を明るく力強く、後悔の無い人生を歩もうとする考え方になっていくのであろうか。

  そこで自らが決断して出した自分の未来である。

そこには今後の不安はあるだろうが、それ以上に自分が下した決断に対して、自信を持って周囲と会話し自らの進路を開拓していこうとするモチベーションの高さが現れているのである。

  転職する方ほど満ち足りた笑顔で会話しているのがわかる。

最近つくづく思うのは、この会に所属するメンバーには恵まれたということだ。

  もっともメンバーの推薦でメンバーとなる仕組み。

よって、既存のメンバーが推せるメンバーの輪で広がっていった集まりではある。
だから、同じ価値観、同じ目標、同じ未来を描く人間同士が集まってくれたのであろう。

  組織とはこのような集まり方が理想なのではないだろうか。

そこには、給与とか報酬とか金とかのやり取りは一切無い。

  あるのは「大義」と「恩義」。

そして、その恩義に応えるように各々が尊敬し合いながら積極的な意見交換をし、そこから自分を振り返るのである。

  “自分はこのメンバーに恥じない生き方をしているのだろうか”
  “自分はこのメンバーに良い影響を与え得る人間なのだろうか”
  “自分はこのメンバーに紹介できる人間の輪を展開できるのか”

そういう部分での緊張感が、この場に集まる方々は持ち合わせているのであろう。

  だから無償で集まってくるのであろう。

そしてそれは、心と心の繋がりという意味では、何ものにも勝る人間同士の繋がりではないだろうか。

  そんな方々を今後も応援していきたいものである。








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2019年7月 8日 (月)

清掃のプロ〜心を磨く

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


先日のNHK仕事の流儀。

  「清掃のプロ 新津春子さん」を放映していた。

この新津春子さんは、数年前にも仕事の流儀に出演したらしい。
2015年に放映された「心を込めて あたりまえの日常を」というタイトルの仕事の流儀に登場し、その年の「仕事の流儀」で最高視聴率を獲得したという。

  それだけ大きな反響があったということだ。

番組冒頭での挨拶の際の日本語のイントネーションが日本人らしくないなと思ったが、後でわかった事だが彼女は残留日本人の児子2世だという。
だから血筋は日本人だが、その幼少の頃を中国で暮らしてきた為そのようなイントネーションが残ったのであろう。

そして17歳の時に日本に帰ってきたのだが、誰も日本語を話せない。よって仕事も無かったらしい。

  しかし、言葉は話せなくても清掃の仕事はできる。

そこから清掃一筋。そして誰もが認めるプロフェッショナルへとなっていくのだ。

そして彼女の功績によって、ギリスにある世界最大の航空業界格付け会社・スカイトラックス社が公開している格付けランキングで、2013年、14年の2年連続“世界で最も清潔な空港”に羽田空港が選ばれることになるのである。

  彼女の思う仕事の流儀とは?。

「心を込(こ)める、ということです。心とは、自分の優しい気持ちですね。清掃をするものや、それを使う人を思いやる気持ちです。心を込めないと本当の意味で、きれいにできないんですね。そのものや使う人のためにどこまでできるかを、常に考えて清掃しています。心をこめればいろんなことも思いつくし、自分の気持ちのやすらぎができると、人にも幸せを与えられると思うのです」

  清掃に心を込めるという姿勢。

皆さんもご存知の通り、清掃員を普段の私たちはどのように見ているだろうか。

  言葉は悪いが心の通わないロボット程度。

そんな風に思われているのが現実ではないだろうか。
実際に番組でも彼女は言っていた。

  「誰も目を合わせて会話してくれない。」

そう、おそらく、自分と同等の存在として認識していない部分があるのかもしれない。
しかし、彼女は心を込めて仕事をしていれば、必ず人間としての心を心を寄せて寄って来てくれるのだとも言っている。

  そこにこの言葉と清掃を軸とした自分の生きがいを見出しているのであろう。

空港の床をじっと見つめている。

  汚れを探しているのだろうか?。

そう思ったら、パッと立ち上がってその場所へ直行する。
そしてニコニコしながらそこの汚れを指差し、吹き始める。

  “楽しんでいるなぁ〜”

そう、汚れを発見し清掃し、清潔にする。

  そこに仕事の喜び誇りを感じるのであろう。

そしてそれをもっともっと感じたいから、そのこと追求し極め、更に高みの喜びと誇りを手に入れる。

  それが結果的に世界一という結果に繋がり称号となって帰ってくる。

この番組を取材したNHKのディレクターが言っている言葉を引用しよう。

「プロフェッショナル仕事の流儀」はこれまで、さまざまな分野で活躍中のまさに一流のプロの方にご出演頂いてきました。一流と呼ばれる人の多くはすでにメディアに注目され、社会的に高い評価を受けておられる方も少なくありません。でも今回改めて感じたのは、プロ中のプロは地位や名誉とは別の所にもいるということ。気づかないだけで実はもっと身近にいらっしゃるのかもしれません。そしてそういう方々が、人知れず誰かのために全力を尽くしている姿にこそ、私をはじめ、多くの人が心動かされるのではないでしょうか。新津さんに密着した1カ月、私も取材者としての姿勢を見つめ直し、まるで心が洗われていくような、充実した時間を過ごさせて頂きました。

製作者側も今回の取材でこの番組のプロフェッショナルの意味を問い直すきっかけとなったということである。

  自店にも清掃担当者がいる。

販売面や接客面で特に目立つ活躍は出来ないが、私は極力全体朝礼等にて清掃担当者を引き合いに出し、お客様の声を伝えることにしている。

  「店長さん、このお店はいつ来ても綺麗ですね(笑)。」

決して商品を持ち販売面で大きな活躍をすることだけがプロフェッショナルではない。

清掃担当者のように、裏方でコツコツと売場を磨き、そして自らの心を磨くその姿にこそ、我々従業員とお客様は自らの心が洗われていくのではないだろうか。







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2019年5月 1日 (水)

新たな時代へ向けて

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


昨日は「さらば平成」を記した。

  今日から新たな元号である「令和」の時代となる。

平成の幕開けは、厳かに(おごそか)に浮かれずに平成を迎えたものだ。
今回は、事前からの約束どおりの時代の転換となる。

  令和という時代。

その元年に、この業界は消費増税を迎えることになる。

  税なしの時代から5%へ、そして8%、更に10%へと増税。

この増税が増税の一過程であることは間違いないだろう。
そして、その過程で日本の消費行動が大きく左右されてきたのも事実。

  そんな大きな経済の波と新元号が合致する令和。

昭和という時代に生まれた私にとって、令和という元号は二つ前の時代を意味する。

  かって私が明治生まれの方を見る目であろうか。

相当古い時代を生きてきたというイメージ。
そして、間違いなくそんなイメージで見られていくのが、この令和という時代であろうか。

  昭和は63年と長かった。
  平成も31年と長い時代。 

よって、当面は昭和という時代に生まれ育った年代の人口が多い時代は続くのであろう。

  よって相変わらず昭和という年号を慕う時代は続くであろうか。

そういう意味では、まだまだ昭和、平成という時代背景を反映したものの考え方や価値観は続くのではあろうが、人間の生活スタイルの変化は顕著に変化していくであろう。

  そんな令和の時代の我々業界の流れとは。

一番の商売のスタイルの変更はキャッシュレスの流れ。
これはどう見ても止めようが無いし、10月の消費増税を前に一気に加速していくであろう。

  更にはレジレス化の波も同様の押し寄せてくる。

そして、キャッシュレス時代が到来すると同時にネット通販の利便性にも繋がり、そちらでの買い物も増加傾向になるであろう。

  食品スーパーはどんな流れを示すであろうか。

生鮮を強化していく方向にある食品スーパーに関しては、その強みを今後も発揮し、リアルな来店客数を確保していくのではないだろうか。

  昭和に生まれ育った者においてリアルは絶対である。

リアルな会話、リアルな現金、リアルな商品は自らの目利きを利して実体験を継続していくものである。
よって、時代が変わり便利になろうとも、自分の人生の価値観は大きくは変遷しないと思われる。

  リアルに新鮮なレタスを売っているお店。
  リアルに従業員が笑顔で話しかけるお店。
  リアルに買物の楽しみを教授できるお店。

そんなお店は、そう急激に価値を低下することはない。

  しかし問題は人材確保であろう。

需要はあるが、人材が確保できずに閉店せざるを得ないという状況。

  ここをどう克服するかでその企業の未来が決まるのは確かである。

働く人材が自然に集まってくる企業理念を持ち、実践し、地域の人のネットワークがそのお店に集まるシステム作りに成功した企業のみが生き残れる時代となっていくだろ。

  そのお店で働き、そのお店で買い物をし、そのお店で交流を楽しむ場。

その交流にスタッフがいかにも関わって地域のお客様と一体となれるか。

  そこに働く楽しさが生まれてくるような職場になりたいものである。









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2019年4月27日 (土)

神の声

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


組織内で影響力のある人の言葉は絶対である。

  社長、会長、部長、店長等々。

そして職位が上位になればなるほど、その職位の人間が発し言葉は誰よりも絶対的な言葉として組織内に伝達される。

  店舗内での店長の言葉はある程度絶対的な意味を持つ。

しかし、店舗運営部長が別の視点から同じ状況においての店舗運営に関して別の言葉を発したら、店長以上の職位の部長の言葉が絶対となる。

  それが、社長の言葉となれば、もはやそれ以上に絶対的な言葉はない。

それは、組織で働いてれば当然の理であることがわかる。
  
  内容はともかく、「誰」言葉なのか?。

そこが重要であり、その序列があるから組織が機能しているとも言われる。

  社長を前にした会議は静かなものである(笑)。

結局は御前会議であるから、当たり障りのない意見は出るが、最終的には社長の声が神の声となる。

  最終決定は社長に一任され終了。

更にオーナー社長ともなればその流れは不変であろうか。

しかし社長不在で、我々と同等の地位であるバイヤーやトレーナーを囲んでの店長会の時間となると、いろいろな意見や提案が活発となる。

  それは自分の声が反映される可能性が高まるからである。

そして、そのような場では現場の生の声が出やすく、その現場の現状を踏まえたより現実的な意思決定が可能であるという前提が、参加者をしてより積極的な意見交換の場となるのだろう。

  先日も店長会ではそのような場が設置された。

今年の店長会から設置された場であるが、店長からの意見交換が活発であり、このような場の設定が効果的であると言える。
それ以前は、各バイヤーの次月度のMD案内であったが、店長からの意見交換がそれほど活発でもなく、単にバイヤーの一方的な発表に終始していたためであろうか。

  ならば生鮮とグロサリー代表による課題改善に向けよう。

そんな流れで始まった今年からの取り組みであるが、しっかりと店長たちの意見を受け止めてくれるというスタンスが、意見を言いやすくしている要因でもあろうか。

  そしてそこに出てくる言葉こそが現場の生の声でもあろう。

その生の声の意見交換という場が、組織を活性化させていくのであろう。

  しかし、組織の活性化と組織の強化とはなた別物でもある。

組織の強化とは業績の裏付けられた強い小売業への前進することであり、これは現状の状況を改善するということでもあるが、より高い目標に向かって現状に妥協せずに推進することである。

  このような目的に対しては「神の声」の存在が大きいと言える。

それは、絶対的な強制的な「神の声」であるからだ。

  内部からはどうしても自ら厳しい道の選択はできない。

それは、神の声の後押しを得て進めるべきことなのかもしれない。









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2019年4月26日 (金)

克服

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


自分の得意分野。

  販売、陳列、生鮮、人材、情の管理、マイク放送、等々。

しかし不思議なもので、上記の得意分野でこの業界に入社当時から得意としていたものは何もない。
多少のセンスの良さを自分自身で感じていたものも、何一つない。

  全てはこの業界に入りその部門や立場で得てきたものだけである。

歌は下手である。

  だからマイクを握ることにも非常に違和感があった。

しかし、仕事上マイクを握ってその日のお買い得品や値下げ販売の案内をしなければならない。
その繰り返しが、マイクを握ること、人前で話す事に対する違和感がなくなり、いつしか自分の声も通るようになりお客様の耳を傾かせる内容になるのであろう。

先日、あるパートさんから言われたことがある。

  「店長は売場を作るとき何を考えて作りますか?」

そのパートさんにはフリースペースに商品を陳列することを提案していたのだ。
自分なりに備品を用意して飾り付けをし、商品を陳列してくれているのだが、私が時折作る売場の数々を見てそう尋ねたのだろう。

  「どうしたらお客様が足を止めてこの売場を見てくれるかだな」

そんな話の流れの中で、ふと私が言った言葉が気になったのだろう。

  「私も初めは売場作りが苦手だったんだ」

その言葉に意外な事を聞いたという顔を見せた。

  「えっ!、売場作りが苦手だったんですか?」

   「鮮魚と違って自由な売場作りは苦手だったなぁ〜」

しかし、職位が変わって副店長や店長となり、青果やグロサリーの売場を何度も何度も作るようになると、少しずつ売場作りの要諦が見えてくるようになる。

  如何に売れる売場を作れるようになるか。

最初からこれを理解している担当者などいない。

  誰も試行錯誤の連続から数をこなして初めて習得していくのである。

売場作りや商品の陳列技術。

  店長として部門を援助するにつれて身につけていく技術であろうか。

グロサリーであれば、単なる定番の品出し援助だけでなく、新たにイベント的な売場や催事的な売場を何もないところから構築して創造していくような売場作りを受け持つことも多い。

  何もないところから売場を創造する経験。

これは、パートさんがいつもの場所にいつもの商品を陳列することに長けた仕事の技術では解決できない、全く異なる技術を要するのである。

  売場の意味を考慮してお客様の目線を惹きつける売場作り。

それを商品や販売場所に応じて臨機応変に売場を作るわけであるから、これは数をこなさなければ上記のようなお客様に映える売場にはならないだろう。

  更に、商品やその数量、アイテム等で同じ売場作りにはならないのがミソ。

だから、その都度その都度、その売場や商品、アイテムとその在庫量を考慮して、従来の経験に積み上げたその場の状況を考慮して陳列していくのである。

  しかしある程度経験を積むとある法則を身に付けるようになる。

法則とは、その売場の意図と陳列するアイテム数、在庫量、量販する商品、見せ筋の商品を一堂に集めた売場において、量販する単品の陳列、見せ筋の陳列、それらを組み合わせた売場のレイアウト等に、自分なりの法則を持つということである。

  これは経験者であれば誰でもそのような法則を持っていると思う。

そしてその法則に則って、展開場所や商品、売場の意味を考慮してアレンジをしていく。

  要は自分なりのマニュアルとその応用なのである。

そしてそれは、グロサリーのフリースペースの売場作りだけではなく、鮮魚、精肉、青果の陳列でも同様であろうし、惣菜やベーカリーの陳列でも同様である。

  自分なりの売場作りの法則。

その法則は、最終的には売れる売場へ直結し、その反省から積み上げられた法則であるから、その法則に則った売場によって必ず売れる売場となるという法則に由来するものでもある。

  自分の法則に則った売場作りによって必ず売れる売場となる。

ぜひ、そんな自分なりの法則を身につけてほしいものである。











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2019年1月28日 (月)

検証への意識

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


先日のブログでは「数値要因」を書いた。

  「検証」の重要性。

そんな内容だったと思う。

  そして今日は「検証」への意識付けについて。

検証。

  仮説を立て実行し結果が出る。

その結果に対して評価をして、再びその結果から次へのステップとしての仮説、実行、検証という流れを永遠に続けていく。

  仮説という振り返りからの次へのステップ。

私は、企業内や店舗内で行動する時、全てにおいてこのようなステップを踏んで物事を思考し仮説を立て計画し、結果としてその仮説と行動がどのような数値効果があったのかを一応検証という名の下に評価をして、その評価から学んだ部分を土台として次への仮説を立ててみることいしている。

  なぜか?。

そのほうが絶対に楽しいからである(笑)。

  数値でどう評価されるのだろうか?。
  数値を導き出すのにどうすべきか?。
  どうすれば効果的な効果を出せるか

それは単品の売場作りにも応用し、大きな枠組みでもある店舗方針にも応用してきた。

  大きな枠組みになればなるほど一つのボタンでは済まなくなる。

数多くのボタンを同時並行的に押し(行動し)、時間をかけて効果を検証していく。

  検証と言ったって膨大なデータを駆使するわけではない。

単品データ〜カテゴリーデータ〜部門データ〜店舗データ、という流れで数値効果を検証したり点数や客数、客単価、そして最終的な売り上げや荒利という数値効果を見ていく。

  そして想うこと。

それは、一朝一夕で変わる数値なんて本物ではないということだ。

  これをやったら数値が変わった。

そんな簡単な業績改善策があるということは、それは逆に言えばすぐに効果がなくなるという裏返しでもあるということだ。

  それだけ数値改善には時間がかかるということだ。

仮説を立ててあることを実行した場合、結果が出るまでには最低でも3ヶ月の時間を要するという覚悟を持たねばならない。

  逆にいうと3ヶ月間コツコツとやり続けなければならないということだ。

その結果、ようやくお客様からの期待度が高まるということ。
期待度が高まるということは、来店頻度が高まるということである。

  そこまでいくのに3ヶ月のタイムラグは当然。

しかし、その3ヶ月が待てないばかりに数値結果が出ないと早合点したり継続を諦めたり。

  例えば店長会での店舗クリニック。

店長全員が業績不振の店舗をクリニックする。

  色々な意見が出て有意義な時間となった。

しかし・・・ 。

  その後の検証が無いため何も得られないクリニックとなる。

業績対策としての店舗クリニックをやるのなら、3ヶ月連続で3回のクリニックをすべきであろう。

  3ヶ月連続という継続性。

強制的にでも、この連続性が売場の維持に繋がり、お客様の期待度に繋がり、そして従業員の意識を変えていく。

  この変化をクリニックする店長達も時系列的に見続けていく。

その結果、その時系列的な売場の変化とその維持がどのような結果に繋がるのかという学びの場を他店舗の事例から学ぶことができるのだ。

  検証への高い意識性。

そこから学ぶ業績対策は計り知れない。




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2018年12月 4日 (火)

元旦営業

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


12月も今日が4日目。

  早くも正月の営業日が話題となっている。

ここ20年余りで、元旦営業が定着化し、小売業の年間店休日はほぼゼロの企業や店舗が急増してきた。

  しかし、・・・ 。

人口減やその他の事情による人材不足は深刻化し、元旦営業という従業員が一番休日を要望する日を敢えて企業として店休にする企業が今年は急増しているらしい。

  昔へ逆行しているのだろうか。

小売り各社も背に腹は変えられないのであろう。

特に首都圏に出店する企業の元旦店休が相次いでいるという。

  マルエツが23年ぶりにほぼ全店で店休を決めたという。
  成城石井も7割以上の店舗が元旦店休に踏み切った。

更には、元旦〜2日までの店休をに踏み切る企業も続出している。

  ヤオコーが30年ぶりに1月2日も店休。

従来から元旦は店休みとしてきたが、来年から2日も店休にして従業員の働きやすさを確保する方針であるという。

  また、いなげやも同様とのこと。

こちらは16年ぶりとのこと。

  我々食品スーパーの年間最大ピークは12月31日。

そして、従来は(30年以上も昔の話になるが)は、せめて元旦は休業していた。

企業によっては2日〜4日まで、市場の休場に合わせて休業していた企業もあるほどだ。

  だから12月の大晦日まで頑張れた。

しかし、企業の業績拡大とお客様の要望も合わせて元旦営業が検討され、周囲の競合店の動向を見ても元旦営業に踏み切る企業が目白押し。

  致し方なく元旦営業に踏み切る。

そんな経緯で概ねの企業は12月31日の年間最大ピークを終えた翌日も、営業に踏み切ったのである。

  そして今、元旦営業への見直しが為されている。

私も以前に所属していた企業では、元旦営業をしていた。
そして企業を移り、現企業では元旦は休業。

  それだけでも現企業に移って良かったと思っている(笑)。

それだけこの業界では、12月31日という存在とその翌日をどう過ごすかという問題は大きいのである。

地域によって店舗によっても異なるだろうが、1月2日の売り上げは12月31日の売り上げのほぼ1/3。

  店舗によっては1/5という地域や店舗もあろう。

それだけ日本人にとっての年末と正月の暮らしというものはまだまだ固定的ではある。

  逆に、元旦休業を頑なに守る企業も多い。

“お正月ぐらいは”

  年末商戦を頑張ったのだから。

だから、お正月の一日ぐらいは従業員みんなで休もうよ。

  まぁそれでも昔は正月に社長宅へ挨拶回りをしたのであろうが。

そして一日ゆっくりと正月を家族と過ごし、改めて2日の初売りから清めた体で頑張っていく。

  特にオーナー企業には正月休業の企業が多いように感じる。

小売業という世の中での存在。

  従来は「お客様hが神様」という強い誤解があった。

しかし今後、働く従業員も同じ人間という思想は間違いなく定着していくだろう。

  同じ人間としてのお客様と従業員との関係。

そんな関係を貫く企業姿勢が、働く従業員に安心感をもたらす時代になっていくような気はするのである。








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