モチベーション

2020年10月20日 (火)

隣の芝生

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長を食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


隣の芝生は青く見える。

  他の環境や他人の持ち物は良く見える、の例え。

転職も数カ月を経過すると、当初は「隣の芝生は青く見える」もので他社に転職したものの、実際に隣の芝生に立ってみると意外に隣からは見えなかった「アラ」がいろいろと見えてくるもの。

  “思っていた以上にアラが見えるなぁ~”
  “実際に働いてみると荒れているなぁ~”

隣の青々とした芝生で働いてみたいと願い、隣の芝生に立ってみたら、意外にモグラの穴や鶏の糞や至る所に芝以外の雑草が生えていたりしていて、隣からは青々としていたその芝も実際は真上から見てみると不備なところが目立つという経験は転職組ならだれでも経験するものであろう。

  そして自社も他社から見ればそう思われているのである。

そうやって転職組は自社で問題解決してきた課題に対して、他社でも同様の課題を抱えることになるのである。

  よって自社で課題解決出来なかった部分は他社でも同様に出来ないのである。

あくまでも、自社で起こっている事はどの企業でも同様に起こっている課題であるということだ。
よって、そこから逃げるように他社へ行っても、同じ課題自分に付いて回るということであり、結果としてその連鎖によって転職組の一部は挫折していくのである。

  そう考えると課題は目の前に常に横たわっているのである。

そしてそれをその場で解決出来ない限り、どこへ行っても同様に解決できないということだ。
よって、今まで解決できた課題だけが自分の財産であり、それを引っ提げて他社へ行くことになるのであり、決して隣の芝生が真上から見たときに同じように青いことは決してないのである。

  身近なところでもそれを体験し解決しようとしている仲間がたくさんいる。

そしてそれを地道に解決していく人間は、他社に移っても周囲からの信頼を得、現在の職位以上の仕事が回ってくるのである。

  これこそが転職の醍醐味とでも言えようか。

そこに、その転職組の存在価値があるのである。
そして、そんな企業を選択できたことが、その人間の幸せな部分であり、既存の社員には見えない隣の芝生のアラが見えるのである。

  よって転職組は既存社員の中に溶け込んではいけないのである。

あくまでも外様の異様さを活かして尖っていなければならない、と私は思うのである。

  尖るとは態度のことではない(笑)。

その仕事ぶりであり、着眼点であり、業績の作り方である。

  その異質さに既存社員は注目するのである。

ただし、その異質さを受け入れる企業と、なかなか受け入れられない企業があることも事実。
そして、受け入れられない企業に入り込んでも失望してはいけない。

  必ず評価される人間はいるものだ。

人間の価値とは、必ず誰かが見えないところで見ているもの。

  それを信じて今目の前の課題を乗り越えることだ。









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2020年10月 3日 (土)

M&Aの内実

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


この業界の昨今。

  M&Aが盛んだ。

M&AとはMergers(合併)and Acquisitions(買収)の略であり、企業同士の合併やある企業が別の企業を買収すること。

  大手銀行は合併の歴史を繰り返してきた。

しかし流通業界においては、大が小を吸収するという歴史はあったものの、大が大と合併や更には吸収という歴史は最近のことであろうか。
特に長い歴史を持ち、一定以上の認知度のある企業同士が吸収する方と吸収される側になって店舗や従業員の交流していく場面が増加してきたであろうか。

吸収も合併もそうだが、勢いのある企業が停滞している企業を吸収する内情であるから、その勢いある企業が停滞している企業へ入り込み、その勢いの手法を停滞企業へ伝承してその停滞を解消しようとすることになるであろう。

  そこに内部混乱が発生する。

お互いに長い歴史を持つ企業同士であれば、その独立した企業風土や従業員のDNAや商売に対する価値観も大きく異なるもの。

  それは転職して初めてわかるものでもある。

同じ店舗規模や店舗レイアウトで同様の配列、そして同様の品揃えをしている企業同士であるが、転職してみて初めて今まで所属していた企業と新たな企業の仕事の進め方や価値観、大切にしている優先事項がこれほどまでに異なることを知るのである。

  それは自己責任で転職したのであるから受け入れざるを得ない。

しかし、企業同士が自己責任で合併や吸収となると、内部の従業員の混乱は果てしないものがあろう。

  お互いに今まで大切にしてきた理念や手法。

特に、お客様への満足とか奉仕という文面は同じ方向を向いているとしても、その階段の登り方という商売の手法は全く異なることが多い。
異なることが多いというよりも、その部分は企業によって大いに異なると思っていていいだろう。

それが吸収した側の手法が半ば強制的に吸収された側へ押し付けられる形で波及されていく。

  それも当然と言えば当然であろうか。

吸収した側の成功体験や成功事例は、その企業の勝ちパターンとして定着し、その手法がどんどん積み上げられて進化してきた歴史がある。

  その現時点での完成パターンが吸収された企業へ乗り込んでくるのである。

それもスピードを持って吸収された企業へ波及させることが当面の目標であるから、乗り込んできた従業員も必死であろう。

  しかし吸収された側の従業員はどうか?。

そこに大きな軋轢が生じ、混乱が生じ、それが痛みとなって退職者が増加する。

  特にベテラン従業員には苦痛であろう。

入社当時から長年培ってきたその企業内での勝ちパターンを行使できなくなってしまったわけであるから。
目標は同じなのに、昨日までは右の階段を登れと言われて、その階段を如何に上手く登るように努力し、その技術が身につき社内でも評価されてきたベテラン従業員が、今度は左の階段を登れと言われるわけである。

  よってベテラン従業員ほど戸惑いが生まれるもの。

逆に若手の社員は従来のベテラン従業員との格差が解消され、新たなスタートラインについて左の階段を登るチャンスが巡ってきたことになる。

  ここに、変化できる柔軟性が必要となる。

そしてその企業内での技術に習熟したベテラン従業員ほど、今更新たな技術の習得を要求されるなら、今自分が持つ技術を評価してくれる企業に活路を求めて転職するという方向に向かうことも理解できるのである。

しかし逆に言うと二つの技術を併せ持つ能力を身につけられるチャンスでもあると言うことだ。

そのような思考になるかどうか。

  さらなる進化を自らに課せるかどうか。

そう考えると、それを習得したならば、吸収した側の従業員よりも潜在能力の高い従業員となる可能性もあると言うことだ。

  そんな選択ができるかどうかであろうか。







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2020年9月12日 (土)

異国人のモチベーション

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


国の違いによる人生観の差。

  それは民族の価値観の違いに因るのであろうか。

私も人類学者でもなければ国際社会学者でもないので詳細は分からない。
しかし、外国人も含めて従業員として採用している立場としては、その価値観の違いは明確に理解できるのである。

  以前にも中国人の従業員の記事を載せた。

http://tetu-syoubai.cocolog-nifty.com/blog/2019/08/post-85f7c9.html

自分の就業先に誇りを持ち、言葉の壁を乗り越えて共にお店を繁盛させようと頑張る中国人の記事を載せた。

  そして今回は更に「台湾人」を採用したのである。

この方は同じ台湾人と結婚し、当地に住んでいるという。

事前に電話もなく、突然サービスカウンターに現れて、入口の張り紙を見て募集していると知ったので仕事がしたいということだった。
とりあえず、写真の付いた履歴書を持参して後日面接の日程を定めてその日は別れた。

  当日になり面接。

その前にある部門の商品の品出しをしていて、彼女の来店する時間が30分以上も早かったので、少し待ってもらうように伝えて。

その時である。彼女が言った。

  「私も手伝うよ。」

なんと面接もしていないのに、彼女から品出しを手伝ってくれるという。
私はドキッとしたが、逆に、「じゃこれをこのように陳列して。」と依頼を引き受けてみた。

  彼女は何の躊躇もなく私から依頼された品出しをし始めた。

私はこの瞬間に採用を決めた。

  もはや採用前から、我々の仲間意識の高さ。

よく、日本人が日本人の特性としてチーム力があるとか連帯感が強いとか言うが、彼女の前ではとても恥ずかしくてそんな自慢話は言えないと思った。

  確かに日本人の特性としての連帯意識は強いであろう。

しかし、アジア系特に中国人や台湾人を今回従業員として採用していてわかったのは、彼ら彼女らは連帯感=仲間意識=利益の共有、として捉えていることであろうか。

  私の就業する企業 = 私が守る。

そんな意識の強さであろうか。
その意識は残念ながら昨今の日本人からは薄れてきているように思われるのである。
それよりも、連帯という意識以上に欧米の個人という意識が先行し、何事にも人間としての倫理や道徳以上に自己主張からくる個人の利益を優先した言動が目立つようになってきたように思われるのだ。

  それは小売業として店頭に立つこの40年間で強く感じるようになってきた。

しかしそれを中国人や台湾人の従業員から逆に学ぶことになろうとは思わなかった。
全てが全て彼女らの言動が素晴らしいとは思わないが、一緒に仕事をする仲間としては非常に心強い従業員である。

  特に「自店は自分が守るという強い信念」。

これは店長の私でさえも忘れかけていた信念であろうか。
確かに国家間ではいろいろとこじれた関係になっているかもしれない。

  しかし日本在住の中国人や台湾人から学ぶべきことは多いと思うのだ。








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2020年9月11日 (金)

スタートライン

皆さん、こんにちは。
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スタートラインに立つ。

  イメージとしては100メートル走。

私もボート競技をしていた為、競争前に競争者が一斉にスタートライに立ち、スターターのスタートを切る声や音声を待つときの緊張感と言ったら堪らない。

  人生においてスタートラインに立つということは緊張するものだ。

スタートラインに立つといことは、競争の世界に身を委ねるということ。
今までの練習等で苦労してきた結果が、そのレースで試されるということでもある。
 
  しかしスタートラインに立つとは何も競技上のことではない。

日常的にも、例えば出社時を一日のスタートラインと捉えることもできる。
月間においては月初の一日を月間業績のスタートラインと捉える仕事人は多い。
また、競合店の出店においてはその出店日が競争のスタートラインということもあろう。
更には、就職が決まり、初出社の日が新たな人生のスタートラインと捉えて走り始める場合もあろう。

  自分の人生という視点で再びスタートラインを捉えてみると。

この業界に入社して、担当者から部門チーフ、副店長やバイヤー、そして店長、更には上へ。
そんなステップを踏んで、その企業における自分のキャリアを積んでいくわけである。

  とりあえず入社をして当面は担当者として活躍していく。

そしてその仕事ぶりを任されて、いずれチーフという声が掛かるであろう。

  そして部門チーフとしてどこかのお店でチーフデビューするのである。

この業界においては、部門チーフがスタートラインと言っても過言では無いのだ。

  なぜか?。

企業のトップや幹部が店舗巡回をして、店舗内の各部門毎に売場を視察していく。

  いい売り場、ひどい売り場等の評価を得るであろう。

その時に必ず店長が問われるのは、「チーフは誰だ?」。
それが、いくらいい売場を作っていても、「担当者は誰だ?」とは問われない。

  要はチーフが一番目立つのである。

むしろ副店長よりも部門チーフの方が店舗巡回時にはトップから評価される確率は高いであろう。
企業人生においては、その企業の部門チーフとしてのデビューがスタートラインと言ってもいいのではないだろうか。

  そこで明らかに出来るチーフ出来ないチーフの烙印が押されるのである。

それだけ、部門チーフの腕次第で売場も業績も変わるのである。

  よって人生のスタートを切るためにも「部門チーフ」の登ることである。

そこからが本当の意味でのその企業、この業界でのスタートラインであり、そこで自らの商売や管理を学び、行使し、お客様に評価される売場を作り業績を伴わせていくこと。

  そこからが本人の公での評価が下される職位となる。

そのためにも、しっかりと担当者として基本を学び、その基本と業績の因果関係を学び、そしてチームとしてのパートさんとの関係を学んでいく必要があるのである。









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2020年9月 7日 (月)

意志を持って

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


どの企業にも重点商品というものがあろう。

  月間重点商品。

大抵は、9月月間でバイヤーが重点的に単品量販する商品を数品メーカーと打ち合わせをして原価交渉の末安価で売価設定し、その分通常の月間の数倍の仕入れ数量を約束して販売するという手法が取られるであろうか。

  そしてその情報が店舗に流れる。

時には月一の部門会でバイヤーから次月の予定が報告されたり、そこで数量を決定したり、場面によっては突如ファックスにて流れてきたり。

  そこに現場の声が反映されたりされなかったり。

更にはそこから企業によっては、各店の販売データが公表され、そのデータから本部スタッフが現場にダイレクトにコールをして叱咤激励があったり、時としてトップからの叱咤に繋がったり(笑)。

そこは企業毎に重点商品に対する取り組みが異なってくる。

  何が正解なのか?。

重点商品とは本来は企業として重点的に販売することにより、メーカー側も原価交渉に応じて売価を下げても企業として利益に影響が出ないという交渉であり、メーカーとしても多少の原価引き下げによっても販売数量が飛躍的に増加することによって、トータルでの利益拡大に繋がるというWin Winの関係づくりである。

  それは小売対メーカーの構図である。

そこには実際に現場で販売をする店舗側の意思は入り込まない。
そして、小売対メーカーの交渉が成立後に、バイヤー情報として現場に来月の重点商品の案内が送付されるのである。

  その送付如何により個店の取り組みがスタートする。

自分が売りたかった商品だから、その企画に乗って売り込んでみよう。

  そう思う担当者もいれば、

バイヤーが勝手に選定した商品で自分には興味が無いのでそれなりに売っているフリをしよう。

  そう受け流す担当者もいる。

そこに企業としての徹底度の差が現れてくるのである。
そして徹底度のの差が、現場の販売力の差となって積み上げられていくのである。

  しかし本部からの強制力により単品量販することの苦痛は拭えない。

量販する単品を自分で選択出来ないという苦痛。
そこに、「作」を担う本部と「演」を担う店舗の役割があり、その役割を本部が強制的に現場に伝えて終わっているからいつまでたっても全社一丸となれないのである。

  そこにバイヤーの想いや志があるのかどうか。

そこを現場は見抜いているのではないだろうか。

  “どうせメーカー都合で決定したものだろう”

そんな疑念が付いて回れば、その単品に現場の意志は入らない。
そして、それが伝わるのであれば、バイヤーの意志を読み解く力が現場の担当者には必要となる。

  その読解力を現場の店長がフォローしなければならない。

本部の意図を読み解き、その単品が現場の店舗の競争力を如何に高められるか。
そこにバイヤーの意図を共感し自店で単品量販を売場計画から店長と連動して実践できるか。

  その意志が仕入れ数量に跳ね返るのである。

その単品で全社1位を狙うという意志が仕入れ数量に跳ね返り、全社1位を目指して日々売り場を工夫して仕入れ数量を売りこなす。

  結果として全社1位の仕入れが全社1位の販売に連動するのである。

そこで何が得られるのか。

  その単品を通しての販売技術である。

その販売技術は翌月の重点商品にも活かされ、その積み重ねがその担当者をして高い販売技術を取得し、それが全社的な高い販売技術の取得につながっていくのである。

  現場の担当者の仕入れ数量。

ここが大きなポイントであろうか。








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2020年9月 2日 (水)

密になりたい

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


コロナ 禍によって受ける従業員への負担。

  コロナ感染リスクの高い業界。

と言われながら、ソーシャルディスタンスを図り、透明シートにて防御したりと店内での対策は功を奏しているようで、スーパーマーケット内でのクラスターという話は聞かない。

そして従業員の食事の際の休憩室の使用も1テーブル当たり2名限定の使用であったり、休憩室の利用の総人数を限定したりと売場の裏側での対応も継続して実施しているのが現場である。

  あるパートさんに聞いてみた。

「この環境で何が一番不満かな?。」

  そのパートさんは即答した。

「休憩室で密になりたい(笑)。」

要は、コロナ以前のように、休憩室で1テーブルに4人〜6人で密集になりながら食事をし、その後のお喋りをしたいということである。

  パートさんにとってはそれが唯一の癒しの時間なのである。

その唯一の癒しの時間をコロナ対応という一言で抹消され、残るは黙々と飛沫を飛ばさぬように食事をしたら沈黙の休憩時間と化してしまったのである。

  店内で働くパートさんの一番の不満はここに尽きる(笑)。

本当にささやかな願いなのである。

  それだけ職場のパートさん達の日々の楽しみが休憩室での会話。

しかしそれはパートさん達だけの不満では無いはずだ。

  我々男性だって「密」になりたい気持ちは山々である。

“飲み仲間と思いっきり飲み明かしたい!”
“てっちゃん会メンバーと語り合いたい!”
“親戚一同が集まってワイワイ騒ぎたい!”

  そのような欲求が溜まってきているのである。

しかし、そこはガマンガマンである。

  当初はそれでもなんとか我慢ができた。

コロナ感染者も一気に急増し、重傷者や死亡者も出て、芸能人達も亡くなったことで明日は我が身かと疑うような状況に陥ったからである。
そこから、なんとしても自分がコロナに感染してはならぬという固い決意の下に生活するよう意志を固めたからである。

  しかし、長すぎる・・・ 。

もう、いい加減、密になりたい(笑)。

  密になりたいと書くと語弊があろう。

言い換えれば、仲間と飲みたい。
飲んで仕事について語り合いたい。
酔って語り合って意見交換したい。

  そんな欲求は日に日に高まるばかりである。

そんな環境は、いつになったら我々の前に訪れるのであろうか。

  効果的なワクチンが開発されなければ無理であろうか。

それまでのこの時間のロスは我々に何をおもたらすのであろうか。
それが時間だけのロスに止まれればいいのであるが、時間のロスと同時に今までの築いてきた仲間や繋がり、そして今後のそのようなチャンスまで奪われてしまうのではないかという恐怖心もある。

  その為にも早く仲間たちと交流したいものである。

交流した結果の密状態。

  早く密になって戯れたいものである(笑)。








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2020年8月17日 (月)

自信という武器

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


先週の土曜日は「基本の進化」を記した。

  https://app.cocolog-nifty.com/cms/blogs/600797/entries/92115727

導入された基本を組織が仕組み化し、定着していくと次の段階へ向かう深堀が始まり、深掘りによって更に基本の仕組み化が為されていけば、深掘りもまたその組織や個人にとっては基本として定着していくのである。

  これが基本の進化。

そしてそれらの基本が維持継続されていくと、必ずタイムラグを生みながら結果が伴っていくものである。

  基本の継続からもたらされる結果とは必ずタイムラグが生まれるもの。

しかし、基本をスタートした段階から結果が出るまでには、どの程度の時間を要するのかは誰にもわからない。

  それは置かれた条件が異なるからである。

一週間で結果が出る場合もあれば、一年から数年の年月を要する場合もあろう。
しかし、その基本をやり続けてきた人間には、必ずその結果が後々にもたらされると信じているのである。

  それは基本を継続してきた経験からもたらされるものである。

その経験と知恵が、自信を生むのである。

  その自信が継続していく信念となるのである。

その自信からくる信念は、自分にとっての大きな武器となろう。

  大抵の人間は半年で結果が出なければ止めてしまうもの。

それよりももっと簡単に短時間で結果が出せる手法はいくらでもあるからだ。

  チラシの価格やポイントサービス等。

その日のうちに結果が出るから楽しいし、止められなくなってしまうもの。

  “基本なんかやってられねぇ〜よ(笑)”

となってしまう。

しかし基本の重要性を知る人間は上記のような止められない販促サービスを経験し苦い思い出を持つものでもある。

  販促サービスというアリ地獄。

簡単に結果が出るが、簡単にお客様が離れてしまう最大の武器。

  これが基本を忘れた組織の末路である。

お客様の信頼とは、価格やポイントではなく、「また行きたい」というお店への信頼である。

  いつ行っても鮮度の良い商品が置いてある。
  いつ行っても従業員が気持ちよく挨拶してくれる。
  いつ行っても清潔なお店で安心して買い物ができる。

それを獲得出来るには、それ相応の時間を要さねばならない。

このように、一年以上やり続けられるのは上記のような信念を持っているか否かであろう。

  自信という武器をなんとしても獲得したいものである。





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2020年8月 5日 (水)

今を100とする

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


業績対策。

  特に業績の厳しい店舗に課せられる課題。

如何に今の業績から改善に向かわせるか?。

  それは個店にも本部にも突きつけられる課題でもある。

その個店に対する課題がトップや経営幹部から突きつけられるものであれば、それは本部でも店舗でも対応が必須であろう。

  まずはなぜその業績が課題なのかの問い。

本来その店舗で見込まれる売上や利益が取れていないという課題なのか、予想外に競合店が出店を果たし売上等が急低下したのか、それとも個店の内部である部門だけが特別な理由で業績が急低下しているのか。

  どこの数値が問題なのかという問い。

それによって、課題に対する優先順位が明確になり、改善手法も変わっていくのである。

  一番難しいのは新店の場合であろうか。

新店を開店する場合には、商圏調査によりその場所に新店を出店した場合にどれほどの売り上げを見込めるかを想定して新店を立ち上げる。

  その売り上げを見込んで採算ベースの乗せられるかという見積もりがある。

その見積もりに対して実際に新店をオープンさせてはみたものの、その売り上げベースに乗って行かない場合の業績対策が現場としては一番難しい課題となろう。

  まだ一年も経過していないのだから。

既存店であれば、昨年に対しての今年の売り上げという絶対的なベースがあり、そのベースに対しての今年の売り上げとその比較という評価から判断できるが、一年未満の新店の場合の今の売り上げの評価をどう判断すべきかという課題は悩ましい。

  “見積もり自体に問題があったのでは”

新店において業績対策をする場合は現場ではいつも上記のような疑問から始まるのが普通だ(笑)。

  “この立地であの売り上げ予算はいかねぇ〜よ”

そんな雑音を耳にしながらのスタートとなるのが常であろうか(笑)。
しかし最近の新店(どの企業も同様)は、当初予算を割るケースが増えているという。

  それだけ3密な既存店の中に出店するケースが増えているのであろう。

基礎商圏と競合店。

  新規新店も既存店も上記の二つの要因で売り上げは決まると言っても良い。

そこに自社の店舗規模と実力によって多少のブレはあろうが。
よって、業績対策において現場の人間達がより意欲的に業績改善を行って達成感を味わい、その達成感から更なる改善への意欲と行動に駆り立てるには、現在の業績を100としてそこから如何に100を105更に110へと一つ一つ改善していくことが重要であろう。

  チェーンストアとしての新店の現実。

それは既存店とそう大きな違いは無いと思われる。

  違いがあるとすれば既存店ほど認知度が高くないということだろうか。

認知度が低いということは、本来その企業が有するお客様に有効なサービスが他の競合店と比較しても商圏内のお客様に知られていないということであるから、競合店が多ければ多いほどその認知スピードも遅くなるということである。

  タダでさえ認知スピードが遅いエリアで如何に早急に認知して頂くか。

そこが最優先の業績対策である。
そして同時に、部門別に来店されたお客様に対して如何に購入単価を上げていくか。

  あくまでも今を100として如何に今の100を伸ばしていくか。

そこに数値的な見える化を図り、実施した対策の効果を測定しモチベーションを高めていくことを優先に実施していくことであろう。

  あるべき売上予算をあくまでも目標にすることではないのである

そうこうするうちに、チャンスは必ず巡ってくるものである。

  チャンス?。

そう、チャンスである。

  それは後日、記することにしたい。









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2020年7月 8日 (水)

やりたい仕事

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。



部門への配属。

  ほとんどは新入社員時に決定して配属が決まる。

その段階で自分の希望を受け入れる企業もあれば受け入れずに企業判断で個人を配属する企業もあろう。

  以前はほぼ全員が企業判断で配属が決定していた。

とは言っても、ある程度は人事も個人の資質や特性を考えて部門を決めているんだろうなぁ〜という憶測はあった(笑)。

  “あいつは背が大きいから鮮魚だな”
  “こいつは小回りが効くから青果か”
  “あれは坊ちゃんタイプだから衣料”

等々、なんとなく個人の特性や特徴、そして資質を見て部門の配属をしていたようには思える。
現代は、事前に個人の希望を聞いてから、その希望を優先して決定していくようになってきたのだろうか。

  それでも自分の希望に反する部門配属の場合もあるようだ。

以前、新入社員が多く配属される店舗の店長をしていた時、ある女性の新入社員がいた。

  本部では是非レジ担当として将来を期待したいと願っていたのであろう。

彼女への内示は「レジ部門」。

  そして彼女にレジ部門と告げた瞬間に、泣き出した。

レジだけは嫌だという。
私も彼女はレジ部門が一番妥当な配属だと思っていたが、彼女の話を聞くとレジだけはやりたくないと言う。

  理由は言わなかったが。

と言うことで、その旨を当時の人事部長に告げて配属部門を変えてもらった。

  変更後は精肉部門である。

彼女にそのことを告げると、嬉々として喜んで引き受けた。

  女性が生鮮部門を希望する。

男性でも人によっては嫌がるのが、食品スーパーの生鮮部門だ。
それを、彼女は大学卒業して精肉部門に嬉々として配属される。

  ここに何か彼女の強さを感じたのである。

結局彼女は優秀な精肉チーフとして大型店の新店を任せられ、見事な縦割りを維持する部門チーフとして君臨し、結婚退職した。

  今回、同様の女性が赴任した。

鮮魚部門でアルバイト。
そして正社員として登用されたが、鮮魚部門ではなく惣菜部門。

  それからの経緯は知らないが、結局は鮮魚部門に戻り当店に配属された。

女性が鮮魚部門を選択すると言う時代。
時代に逆行しているように思えるのは私だけであろうか(笑)。

  我々の入社当時は「なんでもござれ」と思って入社した時代。

それはそれでとにかくわがままを言っている場合では無かった時代から致し方無いが、それでも鮮魚部門で良かったと思っている。
それは誰もが自分の配属部門をそれで良かったと思えた時代でもあったのだろう。

  しかし現代は希望が通る時代。

とは言っても、逆に生鮮を希望する女性もいると言う時代。
我々の時代には考えられない選択であるが、逆にやってみたいという女性もいると言う時代になったのであろう。

  男も女も関係無い。

そんな意識が男性にも女性にも当たり前に内在している時代なのであろう。

  逆に頼もしい時代なのかも知れない。





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2020年6月 9日 (火)

変わる休憩室

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


新型コロナ対策。

  初期的には店内での感染防止が図られた。

如何にお客様と従業員との飛沫感染や接触感染を防止できるかが最重点となり、レジや精算時の透明シートの設置や、惣菜やベーカリーのバラ販売を個包装や透明ソートでカバーするような手法で対応した。

その為に個店の店長がそれぞれに近隣のホームセンターに走り、備品や什器を購入して手作りで設置もした。
トングや濡れ雑巾なども定期的に消毒や撤去などもして、如何に店内での感染を予防するかを徹底させた。

  “そこまでやらなくても”

当初はそう思ったりもしたが、感染拡大が加速度的になり、そんな事を言っている場合ではなくなってきたのである。

  如何に徹底するか。

我々食品スーパーの店長達の視点はそこに釘付けとなる。

  競合店の感染防止対策の情報収集。

競合店を見る視点は上記の点に絞られ、価格とか鮮度とかは二の次というよりもほとんど無視をする状態となった。

  そして次に来たのが休憩室・更衣室の対応。

店内でのお客様同士やお客様と従業員との感染における事例がほとんど出ないという状況から、店舗内での従業員同士の休憩室での感染や更衣室での感染の事例が発生し、今度はそちらに目を向けなければならない状況になったのである。

  休憩室で飛沫や接触感染をさせない対応。

これによって働く従業員の楽しみの一つである休憩時間のおしゃべりが休憩室から消えた。
多少はマスク着用にての会話はあるが、如何せん休憩する従業員の数が従来の半分程度に減少したのである。

  減少したというよりも人数制限したのである。

休憩できる人数をテーブルの数×2とし、飛沫感染が防止できる距離にて個別に食事を摂るスタイルに変更した。

  休憩室とは食事とその後のおしゃべりの場。

そして部門同士もあり他部門同士でもあるパートさん達の憩いの場でもある。
男子社員は休憩室で食事を摂る数よりも圧倒的に自分の車で食べる派が多いが、私は休憩室派の為、パートさん達に開放した休憩室では食事を摂らずに自分の車で食べるようになった。

  休憩室で皆と会話をしながら食事を摂る。

これは、人間の特性ではないだろうか。
このような場で皆と食事の時間や食事自体を共有しながら、共同で事を成し遂げる一体感と一致団結力を養うのである。

  この文化が失われていく。

これは危機感を覚えざるを得ない。

  お店の団結力の喪失。

私はそう思っている。

  よって本部からの指示があったら即以前に戻そうとも思っている。

お店の元気の源。

  それはお店の休憩室にある。






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