モチベーション

2020年11月11日 (水)

リアルとリモート

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


先週の木曜日。

  久しぶりのリモート・ミーティング。

およそ2ヶ月ぶりにいつもの仲間たちとのリモート・ミーティング(飲み会)であった。

  お盆他のイベント対応他で気持ち的に余裕のなかった期間。

やはり、リアルにタイムスケジューリングされないと、どうしても流されてしまうのがリモートの特性であろうか。
主宰者としても、どうしても積極的な行動に出られなかったというのが本音であろうか。

  開催時間は午後7時。

よって、リモートとは言え、その日が休日でなければなかなかその時間からの参加は難しいであろう。
しかし、数人の方が開催予定の午後7時から参加していただいた。

  それも店舗において。

とは言っても、どの方も店舗内からの参加ではあるが、実質として本人の就業時間は終了していたのであるが、帰宅するまでには至らずにどうしても店舗内や駐車場からの参加となったのである。

  それでも嬉しいことではないか。

参加の為に、午後7時に必ずスマホの前で姿を見せてくれるという姿勢が嬉しいのである。
そして30分程度の顔合わせから、各自が自宅に帰宅してからの本番がスタート。

  今回も午後8時頃から6名程度の方が参入されてきた(笑)。

いつものコアなメンバーである。

  いつものコアメンバー故に即本題に入る。

各自の取り組み事項の公開。
そして、それに対しての、周囲からの意見交換。

  お互いにお互いの環境を理解しているから意見交換も的を得ている。

やはりリモートミーティングとは上記のように、ある程度理解し合えた仲間同士であるからスムーズに進行できるのあろうし、そうでなければ逆に使いずらいツールであるように思う。

そして今回も各々の現状の取り組みに対しての情報交換がなされた。

  新店店長の今後の新たな取り組み。
  M&Aにより環境の変化への課題。
  移動販売車導入による地域貢献。
  転職による新天地での新規取組。

等々、それぞれが抱える課題と現在の取り組みに対しての情報交換、意見交換が積極的になされた。

  自分の置かれた環境が相対的に見えてくるなぁ~。

率直な感想である。

  如何に自分の狭い檻の中で仕事をしているか。

それだけ、周囲の仲間達はいろいろな新たな経験の中で新たな世界に遭遇し、そしてもがきながらいろいろなものを吸収しているのである。

  自分の狭い世界を飛び出さなくては。

このように他企業の方との情報交換を行うといつも想うのである。

  “まだまだ自分の置かれた環境はぬるま湯だなぁ~”

それだけ、厳しい環境に身を置く仲間達がたくさんいるという現実と、そこから這い上がろうとする行動と意識が彼らを成長させているという認識。

  ある意味羨ましくも見えてくるのである。

しかしそれは実際にそのような環境の身を置くがゆえに必然的に彼らをして行動に駆り立てていくのであろう。
そして、そのことで彼らの経験値が積み上げられ、その経験値の積み上げが引き出しとなって仕事の幅を広げていくのである。

  そのことをリアルに感じることが出来るリモートミーティング。

しかしはやり、早くリアルなミーティングや会合で更に密な情報と意見の交換が待ち遠しいものである。






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2020年11月 5日 (木)

お褒めの言葉

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


お客様からクレーム。

  何度頂いても嬉しいものではない。

逆に、お客様からのお褒めの言葉は、それを頂いた本人は勿論、店長としても何にも替えがたい喜びがある。

  クレーム100 : お褒め1

店舗に寄せられる評価としては上記の割り合い程度であろうか(笑)。
それだけ、お褒めの言葉をわざわざお客様が店舗に(今回はどちらも本部へのメールであった)寄せられるというのは少ないのである。

  お店の至らない点。

これはその時にお客様の感情も入る場合が多いため、即お店や即本部へ連絡される場合がほとんどである。
しかし、お褒めという感情は、その瞬間だけではなくメールや手紙という段階に至るまでに、その時の嬉しさや有り難さという感情が消えずに残っていたためであり、常にその方の接客やお店の在り方、そしてリクエストに対して即行動して頂いたという感謝の念があったからこそのお客様からの報告なのであろう。

  要は「お褒めの言葉」が店舗に届くのは極まれなこと。

そして今回は、その極まれな事が二週連続で、それもレジ担当者宛に届いたのである。

  お客様のクレームで一番多いのはレジ部門。

レジ担当の言葉使い、態度、そして精算時に商品を生産済みのカゴに入れ替える時のザツな入れ方等へのクレーム。
しかし、このようなクレームは無人レジ、セルフレジの場合はまずクレームは来ない。

  “当たり前だろう!”

それは当たり前であるが、それをわざわざコストをかけて人を雇って有人レジにてお客様の買い物を精算しているにも関わらず、ありがとうの一言も無く、単にそのレジ担当の行動に対して不満を持つということに対して、どうなのかという疑問はある。

  “何を言い出すのてっちゃん‼️”

おそらく、世の小売業のほとんどがセルフレジに切り替わり、数台の有人レジを有するレジスターしか存在しない環境になったら、上記のように有人レジ担当への感謝の言葉になって返ってくるのであろうが、まだまだそのような環境にはなっていないのが現代である。

  そしてセルフレジで自分で精算から袋詰めをするレジへのクレームは無い。

自分に甘く他人には厳しいという認識。
接客業はこうあるべきという「あるべき論」が、お客の小売業への視点を固定化してしまったのであろうか。

  ここの位置付けが欧米の小売業との最大の格差であろうか。

そんな思いを抱くようになった、コロナ禍後のレジへの想いがそう思わせるのであろうか。

  そんなスーパーのレジ担当へのお褒めの言葉。

たまたまその言葉が二週連続で届けられたのであるが、私自身はこれは奇跡ではないかと思うほどの嬉しさである。

  特別にそれを店内で強調しようとは思わないが(笑)。

ただし、レジチーフに二週連続でお客様の言葉を届けた時の彼女の表情も嬉しそうであったし、ましてお褒めの言葉を受けた本人は更に嬉しい瞬間であったことだろう。

  今まで何度も頂いた接客クレーム。

それらを全て吹き飛ばして余りあるほどの、お褒めの言葉。
そして、実はそのように感じてくれているお客様はもっと多くいるハズなのである。

  ただし上記の通りにその言葉をわざわざ届ける機会が無いだけのこと。

特に、お客様のレジ待ちを見ていると、自分が嗜好するレジ担当に並ぶ傾向がある。

  ちょっと待っててもあのレジに並びたい。

そんな想いで来店されるお客様も意外に多いもの。
そしてそれは、お褒めの言葉に代わるお客様の行動なのであろう。






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2020年10月29日 (木)

感情コントロール

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


感情をコントロールする。

  これほどリアルな人間にとっての難局はないであろう。

感情がまず初めに人間に現れるのは、表情であろうか。

  相手との会話でいちばん相手から感情を察しられやすいところが表情である。

相手とのコミュニケーションにおいて、言葉とはある意味瞬間的な言葉以外は脳内での思考から発せられる組み立てられたものであるから、今現在の感情を表そうとすると、そこにはある程度のタイムラグが発生するのである。

  自分の感情が瞬間的に現れるのは表情。

そして、その感情が瞬間的に現れる表情で失敗する方が多いのも事実。

  私も顔に出やすいタイプ(笑)。

そしてその表情でいろいろな失敗も経験してきた。

  しかし未だにその失敗を繰り返す。

やはりそれだけ感情とは、その瞬間では自分自身の中ではコントロールすることは難しいものなのであろう。
相手からのちょっとした一言で自分の内面に潜む何かにスイッチが入ってしまった瞬間。

  皆さんもいろいろな場面で経験があろう。

そんな一言に対して、一瞬、表情が曇る。または、一瞬、眉を寄せる。
それが相手に認知され、そこから感情コントロールが狂ってくる。

  お客様とのクレーム処理中に起こる二重クレーム(笑)。

笑ごとでは済まされない一瞬の出来事であろうか。

しかし逆に言うと、相手の感情に触れて初めて相手との距離感が縮まると言う側面もある。

  “相手に通じた”
  “解ってくれた”
  “喜んでくれた”

相手の思わぬ表情、微笑む表情、歯に噛む表情に触れると、こちらまで幸せ感にひたれる時がほとんどである。

  感情とは時間と共に内部から拡散していくもの。

よって、その瞬間が最大の感情の高まりであり、その後は時間が経過すると共に、その怒りも喜びも徐々に薄らいでいくものだ。

  特に、怒りという感情はそのようである。

それは、怒りの原因を追求していく中で、自分一人の感情から相手への思いや周辺への配慮という情報が脳内に入り込み、その状況での周囲への理解が進むからであろうか。

  “そんなことで怒っていた自分が恥ずかしい”

そんな状況把握が進むことによって、相手への怒りも徐々にではあるが和らいでいくものだ。

  そしてそのスピードがその後の修復を決定づけるのである。

それは、職場環境でも家庭環境でも地域環境でも同様のこと。
特に、職場では周囲との人間関係構築が前提でのコミュニケーションであり、売場作りであり、業績であるから尚更だ。
もちろん、その根底には自分の家庭であり地域での暮らしが存在するわけであるから、そこが安定してこその職場環境であることは間違い無いであろう。

  我々の業界は「コツコツ継続していくことでリピーターを増やす」もの。

しかし、ことトラブルの場面ではコツコツというよりも速攻で行動し、対応することが望まれる。





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2020年10月20日 (火)

隣の芝生

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長を食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


隣の芝生は青く見える。

  他の環境や他人の持ち物は良く見える、の例え。

転職も数カ月を経過すると、当初は「隣の芝生は青く見える」もので他社に転職したものの、実際に隣の芝生に立ってみると意外に隣からは見えなかった「アラ」がいろいろと見えてくるもの。

  “思っていた以上にアラが見えるなぁ~”
  “実際に働いてみると荒れているなぁ~”

隣の青々とした芝生で働いてみたいと願い、隣の芝生に立ってみたら、意外にモグラの穴や鶏の糞や至る所に芝以外の雑草が生えていたりしていて、隣からは青々としていたその芝も実際は真上から見てみると不備なところが目立つという経験は転職組ならだれでも経験するものであろう。

  そして自社も他社から見ればそう思われているのである。

そうやって転職組は自社で問題解決してきた課題に対して、他社でも同様の課題を抱えることになるのである。

  よって自社で課題解決出来なかった部分は他社でも同様に出来ないのである。

あくまでも、自社で起こっている事はどの企業でも同様に起こっている課題であるということだ。
よって、そこから逃げるように他社へ行っても、同じ課題自分に付いて回るということであり、結果としてその連鎖によって転職組の一部は挫折していくのである。

  そう考えると課題は目の前に常に横たわっているのである。

そしてそれをその場で解決出来ない限り、どこへ行っても同様に解決できないということだ。
よって、今まで解決できた課題だけが自分の財産であり、それを引っ提げて他社へ行くことになるのであり、決して隣の芝生が真上から見たときに同じように青いことは決してないのである。

  身近なところでもそれを体験し解決しようとしている仲間がたくさんいる。

そしてそれを地道に解決していく人間は、他社に移っても周囲からの信頼を得、現在の職位以上の仕事が回ってくるのである。

  これこそが転職の醍醐味とでも言えようか。

そこに、その転職組の存在価値があるのである。
そして、そんな企業を選択できたことが、その人間の幸せな部分であり、既存の社員には見えない隣の芝生のアラが見えるのである。

  よって転職組は既存社員の中に溶け込んではいけないのである。

あくまでも外様の異様さを活かして尖っていなければならない、と私は思うのである。

  尖るとは態度のことではない(笑)。

その仕事ぶりであり、着眼点であり、業績の作り方である。

  その異質さに既存社員は注目するのである。

ただし、その異質さを受け入れる企業と、なかなか受け入れられない企業があることも事実。
そして、受け入れられない企業に入り込んでも失望してはいけない。

  必ず評価される人間はいるものだ。

人間の価値とは、必ず誰かが見えないところで見ているもの。

  それを信じて今目の前の課題を乗り越えることだ。









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2020年10月 3日 (土)

M&Aの内実

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


この業界の昨今。

  M&Aが盛んだ。

M&AとはMergers(合併)and Acquisitions(買収)の略であり、企業同士の合併やある企業が別の企業を買収すること。

  大手銀行は合併の歴史を繰り返してきた。

しかし流通業界においては、大が小を吸収するという歴史はあったものの、大が大と合併や更には吸収という歴史は最近のことであろうか。
特に長い歴史を持ち、一定以上の認知度のある企業同士が吸収する方と吸収される側になって店舗や従業員の交流していく場面が増加してきたであろうか。

吸収も合併もそうだが、勢いのある企業が停滞している企業を吸収する内情であるから、その勢いある企業が停滞している企業へ入り込み、その勢いの手法を停滞企業へ伝承してその停滞を解消しようとすることになるであろう。

  そこに内部混乱が発生する。

お互いに長い歴史を持つ企業同士であれば、その独立した企業風土や従業員のDNAや商売に対する価値観も大きく異なるもの。

  それは転職して初めてわかるものでもある。

同じ店舗規模や店舗レイアウトで同様の配列、そして同様の品揃えをしている企業同士であるが、転職してみて初めて今まで所属していた企業と新たな企業の仕事の進め方や価値観、大切にしている優先事項がこれほどまでに異なることを知るのである。

  それは自己責任で転職したのであるから受け入れざるを得ない。

しかし、企業同士が自己責任で合併や吸収となると、内部の従業員の混乱は果てしないものがあろう。

  お互いに今まで大切にしてきた理念や手法。

特に、お客様への満足とか奉仕という文面は同じ方向を向いているとしても、その階段の登り方という商売の手法は全く異なることが多い。
異なることが多いというよりも、その部分は企業によって大いに異なると思っていていいだろう。

それが吸収した側の手法が半ば強制的に吸収された側へ押し付けられる形で波及されていく。

  それも当然と言えば当然であろうか。

吸収した側の成功体験や成功事例は、その企業の勝ちパターンとして定着し、その手法がどんどん積み上げられて進化してきた歴史がある。

  その現時点での完成パターンが吸収された企業へ乗り込んでくるのである。

それもスピードを持って吸収された企業へ波及させることが当面の目標であるから、乗り込んできた従業員も必死であろう。

  しかし吸収された側の従業員はどうか?。

そこに大きな軋轢が生じ、混乱が生じ、それが痛みとなって退職者が増加する。

  特にベテラン従業員には苦痛であろう。

入社当時から長年培ってきたその企業内での勝ちパターンを行使できなくなってしまったわけであるから。
目標は同じなのに、昨日までは右の階段を登れと言われて、その階段を如何に上手く登るように努力し、その技術が身につき社内でも評価されてきたベテラン従業員が、今度は左の階段を登れと言われるわけである。

  よってベテラン従業員ほど戸惑いが生まれるもの。

逆に若手の社員は従来のベテラン従業員との格差が解消され、新たなスタートラインについて左の階段を登るチャンスが巡ってきたことになる。

  ここに、変化できる柔軟性が必要となる。

そしてその企業内での技術に習熟したベテラン従業員ほど、今更新たな技術の習得を要求されるなら、今自分が持つ技術を評価してくれる企業に活路を求めて転職するという方向に向かうことも理解できるのである。

しかし逆に言うと二つの技術を併せ持つ能力を身につけられるチャンスでもあると言うことだ。

そのような思考になるかどうか。

  さらなる進化を自らに課せるかどうか。

そう考えると、それを習得したならば、吸収した側の従業員よりも潜在能力の高い従業員となる可能性もあると言うことだ。

  そんな選択ができるかどうかであろうか。







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2020年9月12日 (土)

異国人のモチベーション

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


国の違いによる人生観の差。

  それは民族の価値観の違いに因るのであろうか。

私も人類学者でもなければ国際社会学者でもないので詳細は分からない。
しかし、外国人も含めて従業員として採用している立場としては、その価値観の違いは明確に理解できるのである。

  以前にも中国人の従業員の記事を載せた。

http://tetu-syoubai.cocolog-nifty.com/blog/2019/08/post-85f7c9.html

自分の就業先に誇りを持ち、言葉の壁を乗り越えて共にお店を繁盛させようと頑張る中国人の記事を載せた。

  そして今回は更に「台湾人」を採用したのである。

この方は同じ台湾人と結婚し、当地に住んでいるという。

事前に電話もなく、突然サービスカウンターに現れて、入口の張り紙を見て募集していると知ったので仕事がしたいということだった。
とりあえず、写真の付いた履歴書を持参して後日面接の日程を定めてその日は別れた。

  当日になり面接。

その前にある部門の商品の品出しをしていて、彼女の来店する時間が30分以上も早かったので、少し待ってもらうように伝えて。

その時である。彼女が言った。

  「私も手伝うよ。」

なんと面接もしていないのに、彼女から品出しを手伝ってくれるという。
私はドキッとしたが、逆に、「じゃこれをこのように陳列して。」と依頼を引き受けてみた。

  彼女は何の躊躇もなく私から依頼された品出しをし始めた。

私はこの瞬間に採用を決めた。

  もはや採用前から、我々の仲間意識の高さ。

よく、日本人が日本人の特性としてチーム力があるとか連帯感が強いとか言うが、彼女の前ではとても恥ずかしくてそんな自慢話は言えないと思った。

  確かに日本人の特性としての連帯意識は強いであろう。

しかし、アジア系特に中国人や台湾人を今回従業員として採用していてわかったのは、彼ら彼女らは連帯感=仲間意識=利益の共有、として捉えていることであろうか。

  私の就業する企業 = 私が守る。

そんな意識の強さであろうか。
その意識は残念ながら昨今の日本人からは薄れてきているように思われるのである。
それよりも、連帯という意識以上に欧米の個人という意識が先行し、何事にも人間としての倫理や道徳以上に自己主張からくる個人の利益を優先した言動が目立つようになってきたように思われるのだ。

  それは小売業として店頭に立つこの40年間で強く感じるようになってきた。

しかしそれを中国人や台湾人の従業員から逆に学ぶことになろうとは思わなかった。
全てが全て彼女らの言動が素晴らしいとは思わないが、一緒に仕事をする仲間としては非常に心強い従業員である。

  特に「自店は自分が守るという強い信念」。

これは店長の私でさえも忘れかけていた信念であろうか。
確かに国家間ではいろいろとこじれた関係になっているかもしれない。

  しかし日本在住の中国人や台湾人から学ぶべきことは多いと思うのだ。








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2020年9月11日 (金)

スタートライン

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


スタートラインに立つ。

  イメージとしては100メートル走。

私もボート競技をしていた為、競争前に競争者が一斉にスタートライに立ち、スターターのスタートを切る声や音声を待つときの緊張感と言ったら堪らない。

  人生においてスタートラインに立つということは緊張するものだ。

スタートラインに立つといことは、競争の世界に身を委ねるということ。
今までの練習等で苦労してきた結果が、そのレースで試されるということでもある。
 
  しかしスタートラインに立つとは何も競技上のことではない。

日常的にも、例えば出社時を一日のスタートラインと捉えることもできる。
月間においては月初の一日を月間業績のスタートラインと捉える仕事人は多い。
また、競合店の出店においてはその出店日が競争のスタートラインということもあろう。
更には、就職が決まり、初出社の日が新たな人生のスタートラインと捉えて走り始める場合もあろう。

  自分の人生という視点で再びスタートラインを捉えてみると。

この業界に入社して、担当者から部門チーフ、副店長やバイヤー、そして店長、更には上へ。
そんなステップを踏んで、その企業における自分のキャリアを積んでいくわけである。

  とりあえず入社をして当面は担当者として活躍していく。

そしてその仕事ぶりを任されて、いずれチーフという声が掛かるであろう。

  そして部門チーフとしてどこかのお店でチーフデビューするのである。

この業界においては、部門チーフがスタートラインと言っても過言では無いのだ。

  なぜか?。

企業のトップや幹部が店舗巡回をして、店舗内の各部門毎に売場を視察していく。

  いい売り場、ひどい売り場等の評価を得るであろう。

その時に必ず店長が問われるのは、「チーフは誰だ?」。
それが、いくらいい売場を作っていても、「担当者は誰だ?」とは問われない。

  要はチーフが一番目立つのである。

むしろ副店長よりも部門チーフの方が店舗巡回時にはトップから評価される確率は高いであろう。
企業人生においては、その企業の部門チーフとしてのデビューがスタートラインと言ってもいいのではないだろうか。

  そこで明らかに出来るチーフ出来ないチーフの烙印が押されるのである。

それだけ、部門チーフの腕次第で売場も業績も変わるのである。

  よって人生のスタートを切るためにも「部門チーフ」の登ることである。

そこからが本当の意味でのその企業、この業界でのスタートラインであり、そこで自らの商売や管理を学び、行使し、お客様に評価される売場を作り業績を伴わせていくこと。

  そこからが本人の公での評価が下される職位となる。

そのためにも、しっかりと担当者として基本を学び、その基本と業績の因果関係を学び、そしてチームとしてのパートさんとの関係を学んでいく必要があるのである。









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2020年9月 7日 (月)

意志を持って

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


どの企業にも重点商品というものがあろう。

  月間重点商品。

大抵は、9月月間でバイヤーが重点的に単品量販する商品を数品メーカーと打ち合わせをして原価交渉の末安価で売価設定し、その分通常の月間の数倍の仕入れ数量を約束して販売するという手法が取られるであろうか。

  そしてその情報が店舗に流れる。

時には月一の部門会でバイヤーから次月の予定が報告されたり、そこで数量を決定したり、場面によっては突如ファックスにて流れてきたり。

  そこに現場の声が反映されたりされなかったり。

更にはそこから企業によっては、各店の販売データが公表され、そのデータから本部スタッフが現場にダイレクトにコールをして叱咤激励があったり、時としてトップからの叱咤に繋がったり(笑)。

そこは企業毎に重点商品に対する取り組みが異なってくる。

  何が正解なのか?。

重点商品とは本来は企業として重点的に販売することにより、メーカー側も原価交渉に応じて売価を下げても企業として利益に影響が出ないという交渉であり、メーカーとしても多少の原価引き下げによっても販売数量が飛躍的に増加することによって、トータルでの利益拡大に繋がるというWin Winの関係づくりである。

  それは小売対メーカーの構図である。

そこには実際に現場で販売をする店舗側の意思は入り込まない。
そして、小売対メーカーの交渉が成立後に、バイヤー情報として現場に来月の重点商品の案内が送付されるのである。

  その送付如何により個店の取り組みがスタートする。

自分が売りたかった商品だから、その企画に乗って売り込んでみよう。

  そう思う担当者もいれば、

バイヤーが勝手に選定した商品で自分には興味が無いのでそれなりに売っているフリをしよう。

  そう受け流す担当者もいる。

そこに企業としての徹底度の差が現れてくるのである。
そして徹底度のの差が、現場の販売力の差となって積み上げられていくのである。

  しかし本部からの強制力により単品量販することの苦痛は拭えない。

量販する単品を自分で選択出来ないという苦痛。
そこに、「作」を担う本部と「演」を担う店舗の役割があり、その役割を本部が強制的に現場に伝えて終わっているからいつまでたっても全社一丸となれないのである。

  そこにバイヤーの想いや志があるのかどうか。

そこを現場は見抜いているのではないだろうか。

  “どうせメーカー都合で決定したものだろう”

そんな疑念が付いて回れば、その単品に現場の意志は入らない。
そして、それが伝わるのであれば、バイヤーの意志を読み解く力が現場の担当者には必要となる。

  その読解力を現場の店長がフォローしなければならない。

本部の意図を読み解き、その単品が現場の店舗の競争力を如何に高められるか。
そこにバイヤーの意図を共感し自店で単品量販を売場計画から店長と連動して実践できるか。

  その意志が仕入れ数量に跳ね返るのである。

その単品で全社1位を狙うという意志が仕入れ数量に跳ね返り、全社1位を目指して日々売り場を工夫して仕入れ数量を売りこなす。

  結果として全社1位の仕入れが全社1位の販売に連動するのである。

そこで何が得られるのか。

  その単品を通しての販売技術である。

その販売技術は翌月の重点商品にも活かされ、その積み重ねがその担当者をして高い販売技術を取得し、それが全社的な高い販売技術の取得につながっていくのである。

  現場の担当者の仕入れ数量。

ここが大きなポイントであろうか。








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2020年9月 2日 (水)

密になりたい

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


コロナ 禍によって受ける従業員への負担。

  コロナ感染リスクの高い業界。

と言われながら、ソーシャルディスタンスを図り、透明シートにて防御したりと店内での対策は功を奏しているようで、スーパーマーケット内でのクラスターという話は聞かない。

そして従業員の食事の際の休憩室の使用も1テーブル当たり2名限定の使用であったり、休憩室の利用の総人数を限定したりと売場の裏側での対応も継続して実施しているのが現場である。

  あるパートさんに聞いてみた。

「この環境で何が一番不満かな?。」

  そのパートさんは即答した。

「休憩室で密になりたい(笑)。」

要は、コロナ以前のように、休憩室で1テーブルに4人〜6人で密集になりながら食事をし、その後のお喋りをしたいということである。

  パートさんにとってはそれが唯一の癒しの時間なのである。

その唯一の癒しの時間をコロナ対応という一言で抹消され、残るは黙々と飛沫を飛ばさぬように食事をしたら沈黙の休憩時間と化してしまったのである。

  店内で働くパートさんの一番の不満はここに尽きる(笑)。

本当にささやかな願いなのである。

  それだけ職場のパートさん達の日々の楽しみが休憩室での会話。

しかしそれはパートさん達だけの不満では無いはずだ。

  我々男性だって「密」になりたい気持ちは山々である。

“飲み仲間と思いっきり飲み明かしたい!”
“てっちゃん会メンバーと語り合いたい!”
“親戚一同が集まってワイワイ騒ぎたい!”

  そのような欲求が溜まってきているのである。

しかし、そこはガマンガマンである。

  当初はそれでもなんとか我慢ができた。

コロナ感染者も一気に急増し、重傷者や死亡者も出て、芸能人達も亡くなったことで明日は我が身かと疑うような状況に陥ったからである。
そこから、なんとしても自分がコロナに感染してはならぬという固い決意の下に生活するよう意志を固めたからである。

  しかし、長すぎる・・・ 。

もう、いい加減、密になりたい(笑)。

  密になりたいと書くと語弊があろう。

言い換えれば、仲間と飲みたい。
飲んで仕事について語り合いたい。
酔って語り合って意見交換したい。

  そんな欲求は日に日に高まるばかりである。

そんな環境は、いつになったら我々の前に訪れるのであろうか。

  効果的なワクチンが開発されなければ無理であろうか。

それまでのこの時間のロスは我々に何をおもたらすのであろうか。
それが時間だけのロスに止まれればいいのであるが、時間のロスと同時に今までの築いてきた仲間や繋がり、そして今後のそのようなチャンスまで奪われてしまうのではないかという恐怖心もある。

  その為にも早く仲間たちと交流したいものである。

交流した結果の密状態。

  早く密になって戯れたいものである(笑)。








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2020年8月17日 (月)

自信という武器

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


先週の土曜日は「基本の進化」を記した。

  https://app.cocolog-nifty.com/cms/blogs/600797/entries/92115727

導入された基本を組織が仕組み化し、定着していくと次の段階へ向かう深堀が始まり、深掘りによって更に基本の仕組み化が為されていけば、深掘りもまたその組織や個人にとっては基本として定着していくのである。

  これが基本の進化。

そしてそれらの基本が維持継続されていくと、必ずタイムラグを生みながら結果が伴っていくものである。

  基本の継続からもたらされる結果とは必ずタイムラグが生まれるもの。

しかし、基本をスタートした段階から結果が出るまでには、どの程度の時間を要するのかは誰にもわからない。

  それは置かれた条件が異なるからである。

一週間で結果が出る場合もあれば、一年から数年の年月を要する場合もあろう。
しかし、その基本をやり続けてきた人間には、必ずその結果が後々にもたらされると信じているのである。

  それは基本を継続してきた経験からもたらされるものである。

その経験と知恵が、自信を生むのである。

  その自信が継続していく信念となるのである。

その自信からくる信念は、自分にとっての大きな武器となろう。

  大抵の人間は半年で結果が出なければ止めてしまうもの。

それよりももっと簡単に短時間で結果が出せる手法はいくらでもあるからだ。

  チラシの価格やポイントサービス等。

その日のうちに結果が出るから楽しいし、止められなくなってしまうもの。

  “基本なんかやってられねぇ〜よ(笑)”

となってしまう。

しかし基本の重要性を知る人間は上記のような止められない販促サービスを経験し苦い思い出を持つものでもある。

  販促サービスというアリ地獄。

簡単に結果が出るが、簡単にお客様が離れてしまう最大の武器。

  これが基本を忘れた組織の末路である。

お客様の信頼とは、価格やポイントではなく、「また行きたい」というお店への信頼である。

  いつ行っても鮮度の良い商品が置いてある。
  いつ行っても従業員が気持ちよく挨拶してくれる。
  いつ行っても清潔なお店で安心して買い物ができる。

それを獲得出来るには、それ相応の時間を要さねばならない。

このように、一年以上やり続けられるのは上記のような信念を持っているか否かであろう。

  自信という武器をなんとしても獲得したいものである。





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