モチベーション

2020年8月 5日 (水)

今を100とする

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


業績対策。

  特に業績の厳しい店舗に課せられる課題。

如何に今の業績から改善に向かわせるか?。

  それは個店にも本部にも突きつけられる課題でもある。

その個店に対する課題がトップや経営幹部から突きつけられるものであれば、それは本部でも店舗でも対応が必須であろう。

  まずはなぜその業績が課題なのかの問い。

本来その店舗で見込まれる売上や利益が取れていないという課題なのか、予想外に競合店が出店を果たし売上等が急低下したのか、それとも個店の内部である部門だけが特別な理由で業績が急低下しているのか。

  どこの数値が問題なのかという問い。

それによって、課題に対する優先順位が明確になり、改善手法も変わっていくのである。

  一番難しいのは新店の場合であろうか。

新店を開店する場合には、商圏調査によりその場所に新店を出店した場合にどれほどの売り上げを見込めるかを想定して新店を立ち上げる。

  その売り上げを見込んで採算ベースの乗せられるかという見積もりがある。

その見積もりに対して実際に新店をオープンさせてはみたものの、その売り上げベースに乗って行かない場合の業績対策が現場としては一番難しい課題となろう。

  まだ一年も経過していないのだから。

既存店であれば、昨年に対しての今年の売り上げという絶対的なベースがあり、そのベースに対しての今年の売り上げとその比較という評価から判断できるが、一年未満の新店の場合の今の売り上げの評価をどう判断すべきかという課題は悩ましい。

  “見積もり自体に問題があったのでは”

新店において業績対策をする場合は現場ではいつも上記のような疑問から始まるのが普通だ(笑)。

  “この立地であの売り上げ予算はいかねぇ〜よ”

そんな雑音を耳にしながらのスタートとなるのが常であろうか(笑)。
しかし最近の新店(どの企業も同様)は、当初予算を割るケースが増えているという。

  それだけ3密な既存店の中に出店するケースが増えているのであろう。

基礎商圏と競合店。

  新規新店も既存店も上記の二つの要因で売り上げは決まると言っても良い。

そこに自社の店舗規模と実力によって多少のブレはあろうが。
よって、業績対策において現場の人間達がより意欲的に業績改善を行って達成感を味わい、その達成感から更なる改善への意欲と行動に駆り立てるには、現在の業績を100としてそこから如何に100を105更に110へと一つ一つ改善していくことが重要であろう。

  チェーンストアとしての新店の現実。

それは既存店とそう大きな違いは無いと思われる。

  違いがあるとすれば既存店ほど認知度が高くないということだろうか。

認知度が低いということは、本来その企業が有するお客様に有効なサービスが他の競合店と比較しても商圏内のお客様に知られていないということであるから、競合店が多ければ多いほどその認知スピードも遅くなるということである。

  タダでさえ認知スピードが遅いエリアで如何に早急に認知して頂くか。

そこが最優先の業績対策である。
そして同時に、部門別に来店されたお客様に対して如何に購入単価を上げていくか。

  あくまでも今を100として如何に今の100を伸ばしていくか。

そこに数値的な見える化を図り、実施した対策の効果を測定しモチベーションを高めていくことを優先に実施していくことであろう。

  あるべき売上予算をあくまでも目標にすることではないのである

そうこうするうちに、チャンスは必ず巡ってくるものである。

  チャンス?。

そう、チャンスである。

  それは後日、記することにしたい。









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2020年7月 8日 (水)

やりたい仕事

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。



部門への配属。

  ほとんどは新入社員時に決定して配属が決まる。

その段階で自分の希望を受け入れる企業もあれば受け入れずに企業判断で個人を配属する企業もあろう。

  以前はほぼ全員が企業判断で配属が決定していた。

とは言っても、ある程度は人事も個人の資質や特性を考えて部門を決めているんだろうなぁ〜という憶測はあった(笑)。

  “あいつは背が大きいから鮮魚だな”
  “こいつは小回りが効くから青果か”
  “あれは坊ちゃんタイプだから衣料”

等々、なんとなく個人の特性や特徴、そして資質を見て部門の配属をしていたようには思える。
現代は、事前に個人の希望を聞いてから、その希望を優先して決定していくようになってきたのだろうか。

  それでも自分の希望に反する部門配属の場合もあるようだ。

以前、新入社員が多く配属される店舗の店長をしていた時、ある女性の新入社員がいた。

  本部では是非レジ担当として将来を期待したいと願っていたのであろう。

彼女への内示は「レジ部門」。

  そして彼女にレジ部門と告げた瞬間に、泣き出した。

レジだけは嫌だという。
私も彼女はレジ部門が一番妥当な配属だと思っていたが、彼女の話を聞くとレジだけはやりたくないと言う。

  理由は言わなかったが。

と言うことで、その旨を当時の人事部長に告げて配属部門を変えてもらった。

  変更後は精肉部門である。

彼女にそのことを告げると、嬉々として喜んで引き受けた。

  女性が生鮮部門を希望する。

男性でも人によっては嫌がるのが、食品スーパーの生鮮部門だ。
それを、彼女は大学卒業して精肉部門に嬉々として配属される。

  ここに何か彼女の強さを感じたのである。

結局彼女は優秀な精肉チーフとして大型店の新店を任せられ、見事な縦割りを維持する部門チーフとして君臨し、結婚退職した。

  今回、同様の女性が赴任した。

鮮魚部門でアルバイト。
そして正社員として登用されたが、鮮魚部門ではなく惣菜部門。

  それからの経緯は知らないが、結局は鮮魚部門に戻り当店に配属された。

女性が鮮魚部門を選択すると言う時代。
時代に逆行しているように思えるのは私だけであろうか(笑)。

  我々の入社当時は「なんでもござれ」と思って入社した時代。

それはそれでとにかくわがままを言っている場合では無かった時代から致し方無いが、それでも鮮魚部門で良かったと思っている。
それは誰もが自分の配属部門をそれで良かったと思えた時代でもあったのだろう。

  しかし現代は希望が通る時代。

とは言っても、逆に生鮮を希望する女性もいると言う時代。
我々の時代には考えられない選択であるが、逆にやってみたいという女性もいると言う時代になったのであろう。

  男も女も関係無い。

そんな意識が男性にも女性にも当たり前に内在している時代なのであろう。

  逆に頼もしい時代なのかも知れない。





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2020年6月 9日 (火)

変わる休憩室

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


新型コロナ対策。

  初期的には店内での感染防止が図られた。

如何にお客様と従業員との飛沫感染や接触感染を防止できるかが最重点となり、レジや精算時の透明シートの設置や、惣菜やベーカリーのバラ販売を個包装や透明ソートでカバーするような手法で対応した。

その為に個店の店長がそれぞれに近隣のホームセンターに走り、備品や什器を購入して手作りで設置もした。
トングや濡れ雑巾なども定期的に消毒や撤去などもして、如何に店内での感染を予防するかを徹底させた。

  “そこまでやらなくても”

当初はそう思ったりもしたが、感染拡大が加速度的になり、そんな事を言っている場合ではなくなってきたのである。

  如何に徹底するか。

我々食品スーパーの店長達の視点はそこに釘付けとなる。

  競合店の感染防止対策の情報収集。

競合店を見る視点は上記の点に絞られ、価格とか鮮度とかは二の次というよりもほとんど無視をする状態となった。

  そして次に来たのが休憩室・更衣室の対応。

店内でのお客様同士やお客様と従業員との感染における事例がほとんど出ないという状況から、店舗内での従業員同士の休憩室での感染や更衣室での感染の事例が発生し、今度はそちらに目を向けなければならない状況になったのである。

  休憩室で飛沫や接触感染をさせない対応。

これによって働く従業員の楽しみの一つである休憩時間のおしゃべりが休憩室から消えた。
多少はマスク着用にての会話はあるが、如何せん休憩する従業員の数が従来の半分程度に減少したのである。

  減少したというよりも人数制限したのである。

休憩できる人数をテーブルの数×2とし、飛沫感染が防止できる距離にて個別に食事を摂るスタイルに変更した。

  休憩室とは食事とその後のおしゃべりの場。

そして部門同士もあり他部門同士でもあるパートさん達の憩いの場でもある。
男子社員は休憩室で食事を摂る数よりも圧倒的に自分の車で食べる派が多いが、私は休憩室派の為、パートさん達に開放した休憩室では食事を摂らずに自分の車で食べるようになった。

  休憩室で皆と会話をしながら食事を摂る。

これは、人間の特性ではないだろうか。
このような場で皆と食事の時間や食事自体を共有しながら、共同で事を成し遂げる一体感と一致団結力を養うのである。

  この文化が失われていく。

これは危機感を覚えざるを得ない。

  お店の団結力の喪失。

私はそう思っている。

  よって本部からの指示があったら即以前に戻そうとも思っている。

お店の元気の源。

  それはお店の休憩室にある。






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2020年5月 3日 (日)

リモートモチベーション

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


リモートワーク。

  コロナ以来よく耳にする横文字。

人との接触8割減を全国民が実践しようとすると、必然的に仕事や学校も在宅にて出来るシステムを構築しなければならない。
その一手法がリモートワークという手法なのであろう。

  我々業界では絶対に取り入れ難い手法(笑)。

よって、自分自身でもどんなツールでどんな仕組みでリモートワークを実践しているのかは全く見えてこない。

  唯一私自身もリモート飲み会なるものをかじる程度(笑)。

中には週一回程度のリアルな出社と、それ以外の在宅によるリモートワークとい企業もあるらしいが、その実態がどのような仕組みで就業しているのかは全く見えてこない。

自分の想像で言うならば、リアルに出社した場合の全体朝礼とかミーティングにおいては全員が顔を合わせる時間を持つであろうから、その時には在宅ながらもパソコンやスマホに向かってzoomとかのツールを使用して全員が顔を出すタイミングを合わせるのであろうか。

そしてそこでリーダーが冒頭の挨拶をして、場合によっては過去一週間程度の業績報告等が各個人から発表され、その後再び上司からのアドバイスと今後一週間の目標や各人の行動計画を打ち合わせをして、そこから各々のリモートワークに入ることになるのであろうか。

  やったことがないのでよくわかりませんが。

そしてどうなのであろうか、リモートワーク中のモチベーションは?。
確かに、自分のタイムスケジューリングによって1日の仕事をコントロールできると言うのはものすごく魅力はあるが。

  仕事への集中と解放をセルフコントロールできるのだろうか。

これに関しては余程強い意志を持ち合わせていなければ難しいのではないだろうか。

  自宅と仕事場の区別。

これは場所の区別があり、見える世界が変わるから気持ちの整理と覚悟が出来るのであって、自宅と同じ空間と家族の顔が側にあっての仕事への区別をつけると言うのは、慣れないと難しいのではないだろうかと勝手に想像してしまうのだが。

  “いやてっちゃん大丈夫だよ”

リモートワークに慣れた人たちは異口同音にそう言うだろう。
しかしリモートワークを初めてほとんどの方はこの1ヶ月ほどで取り組み始めた方が多いのではないだろうか。

  リモートワークにて結果(仕事量)を出す。

以前の仕事場と同じ仕事量を実現している方がどれほどいるのであろうか。
そんな心配?をしてしまうのだが。

  逆に私は今リモートワークを大いに活用したいと思っている。

それは先ほど記述したリモート飲み会。

  リアルな飲み会は年3回とそれぞれの地域での数回の飲み会。

しかしこのような状況においてはその数回の飲み会も壊滅的になってきた。

  そこで実践しているのがリモート飲み会。

私は敢えてリモート飲み会とは表現せずに「リモートミーティング」と消しているのだが(笑)。
なぜなら、それぞれの方の個人戦の集まりであるかが、中にはひと瓶空ける方もいれば私のようにノンアルコールで会話に参加する方もいるだろう。

  要は情報交換がメインであるからだ。

そう考えると、以前は年に数回の会合が、今や毎週の実践に繋がっているのである。

  てっちゃん会を毎週開催。

リアルではなく、もっと有効な情報交換の場として毎週開催出来るというメリット。
それは、この状況が産んだ産物と言えるかもしれない。

  デメリットをメリットへ変換。

そしてそのツールもFacebookのMessengerの中のビデオチャットを使用すれば簡単に出来ることに気付き、8名限定のデメリットを8名テーブルにて濃密な会話を楽しめる複数の場としての設定にし、リアルな会合以上にそのテーブルでテーマを設定して有効な情報交換の場として捉えれば、参加者全員が大きなメリットを持って参加できるのではないだろうかと考えるのである。

それを敢えて開催時間を長めに設定しておけば、各々が参加できる時間帯に参加し、都合によって途中退席してもその後に都合の良い時間として参加された方が次々に参加でき、また退出していけるのである。

逆に敢えて時間を決めると自分の都合に合わずに参加できない可能性が高まるので、時間設定は例えば午後6時から午前0時までの6時間程度に設定しておけば、次々に参加でき、8名で満室の場合は別室にて別のメンバーとミーティングが可能となる。

このような状況だからこそ、リモートミーティングを頻繁に開催して、閉ざされた情報を解放していく。

  それはまた参加者のストレス発散の場ともなろう。









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2020年3月21日 (土)

本人の納得

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


納得するか否か。

  全てはそこに尽きるのではないだろうか。

色々な決断や判断、その前提になっているのは、本人がその事象に対してどう受け止めているのかという前提。

  それに対して肯定的に受け止めている場合。
  それに対して否定的に受け止めている場合。

それによって、本人の受け止め方は真逆となり、その結果としての自らの判断や決断に対しても、右を取るのか左を取るのかに分かれていくのであろうと思う。

  肯定的に受け止めるのであれば。

その後に起こる事象に対しても、納得性の高い予測であり結果であり、その結果に対しても好意的に受け止め自らを納得させる思考回路が働く。

  しかし否定的に受け止める場合。

その後に起こる事象に対しては、やはり結果としても納得のいかないものとして受け止められ、どこまでも自らの納得性の無い否定的な判断がなされていくのである。

  要は、納得して行動するか否か。

それによって、その後の行動とそれに伴う結果に対しても、前提としての納得という自分の気持ちが付き纏うことになる。

  そして納得して行動することによってその後の積極性も異なってくるのである。

自分のこれからの行動に対して、自分自身が納得して行動しようとするのであれば、実際に行動しその結果を得ることに対しても納得性の高い行動となる為、その結果としての自らの労働に対しても何の後悔もないし、不当感も持たない。

しかし逆に納得のいかない前提での自らの行動であるならば、そこには必ず不当感が付き纏うものである。

  “働かされている”

働かされ感のある日々の労働。

  特に現代ではそこが分かれ道になるのである。

世は働き方改革によって、労働時間の厳守のみが定着し、そこに働く従業員の納得感が置き去りにされてきた感がある。
そして、その結果働く従業員の結果へのコミットメントが薄れてきたのも事実ではないだろうか。

  要は、担当者が結果に対して無知になっているのである。

そして、更に要は担当者がどうすれば売上という結果を出せるのかという普段の訓練が為されていないのが現状となってしまったということだ。

  単に売場を埋めるというだけの単純作業。

そしてそれが完了したら、「お疲れ様」という1日の流れ。
それが毎日の日課になると、結果になど振り向きもしなくなってくる。

  要はパートさんやアルバイトと同様のワーカーに終始しているのが現実。

それを「時間が無い」」という便利が理由をつけて放置しているのが我々の行為なのかもしれない。

  仕事の楽しさとは何か?。

もう一度その楽しさを掘り起こし、そこに注目していかなければこの業界の次の世界は開けてこないのではないだろうか。

  もっと絞り込んだ部分に注目すれば「売る楽しさ」の追求である。

そしてその売る楽しさとは売れた喜びと連動して相乗効果を高めていくのではないかと思っている。

  売る楽しさと売れる喜び(感動)。

売り為にどんな計画を立て、どんな商品をどのように売りのか、そこに喜びを感じることであり、その結果として自分の計画以上に売れた時の感動が重なり、更に次回は更にその感動を得たいが為の計画となっていくのである。

  まさにこれが理想的なPDCAなのである。

そして、そのPDCAを回すことを企業として組織として定着させていくことが、従業員の流出を食い止めることであり、自社や自分の組織力を高めていくことに繋がるのであることを信じて行動したいものである。






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2020年1月 4日 (土)

店内BGM

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


店内のBGM。

  店舗それぞれに流れる店内のBGM。

企業が指定したBGMを流す店舗がほとんどであろうか。
よって、どちらかというと企業毎にある程度期間によって同じBGMが流れることが多い。
資本のある企業ではそこに企業独自の企業の案内やサービスの案内、または店内の営業時間の変更等が盛り込まれ、来店されたお客様が掲示板を見ずとも耳からその店舗のサービスの内容が入ってくるという要素も盛り込まれた店内BGMになってきているようだ。

と思えば、今だに店内でガンガン音量を上げてうるさいぐらいにBGMを流し、耳が壊れるのではないかと感じてしまうほどのお店もある。

  店舗特性をBGMに現している店舗が多いだろうか。

しかしこのBGM、年末期間ともなるとどの店舗も同様のBGMが流れるようになる。

  いわゆる威勢の良いアップテンポなリズム。

あのリズムはお客様もそうであろうが、我々従業員も思わず行動が足早になってしまうから不思議である(笑)。

  “急いで買い物をしなくちゃ”
  “早く商品を補充しなくちゃ”

そんな人間の心理面を突いたBGMであろうか。
これが年末の慌ただしい時期に、お正月に流れるスローな琴の音が流れたり、逆に年明けの正月期間にアップな曲が流れていたりしても違和感バリバリだろう。

  やはり店内BGMもTPOに合わせたものにすべきであろうか。

それを、企業として基本型を有しながらもイベントに合わせて指定している企業もあれば、店舗に任せて自由に流させる企業もあろう。
やはりそこはある程度のチェーンストアとしての統一性が必要なのではないだろか。

  そして音量にも神経質になる必要がある。

特に買い物しているお客様に耳障りな音量は絶対に避けるべきであろう。
かと言って、従業員のバックヤード内での会話が漏れ聞こえるような静かすぎる音量でもどうかと思う。

  適度なリズム感と適度な音量。

このへんの領域になると、感度と言う感性がものをいう部分であろうか。

  お客様の立場になって心地良いBGM。

そのBGMと店舗のイメージがマッチすることによって、お客様の来店動機は高まっていくのではないだろうか。

  そしてBGMの鮮度。

“BGMに鮮度なんてあるのか?”

そうつぶやかれる方も多いかもしれない。
それでも私は鮮度と言う言葉を使いたい。

  今一番話題の音楽。

要は今ヒットしているミュージックはやはりどこかの時間帯では必須ではないだろうか。

  “あのお店に行けば話題のBGMが流れている”

そんなお客様の自店を捉えるイメージは大切なのではないだろうか。

  ぜひそんなイメージで店内BGMを捉えて欲しいものである。







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2019年12月 6日 (金)

目標を失う

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


人間には目標が重要である。

  目標があるから行動できるのである。

仕事やビジネスでの数値目標。
プライベート面での数値目標。
自分で設定したあるべき目標。

  いろいろな場面において自分で立てた目標がある。

その目標があるから、具体的な数値を目指して日々行動し、その目標に近づいているのかどうなのかを検証しながら一喜一憂していくのである。

  人間にとって如何に目標が大切かということだ。

そして目標を失うことによって人間は行動から手を引いてしまうもの。

そう考えると、有能な人間とはあくまでも目標を持ち続け、その目標を失わずに達成しようと行動し、その目標が達成された暁には新たな目標に向かって行動し続ける人間のことなのであろう。

逆に、掲げた目標がいつの間にか達成しようとする目標から失われ、目指すべきあるべき姿や数値から解放されて強い意志と行動力からも解放されてしまうことなのであろう。

  要は目標を追い続けるのか解放されるのか。

目標から解放されるという言い回しはなぜか自由な意味合いに捉えれてしまうが、目標から解放されるということはその本人にとっては解放されるという都合の良い意味合いで受け入れてしまうことであって、本来は目標を放棄するとい意味合いであり目標から逃げるという行動を意味するものである。

  目標。

大なり少なり人間は目標を持っているもの。

  それが与えられた目標だろうが自ら設定した目標だろうが。

与えられた目標だからといって、その目標が本人にとって押し付けられたものかというとそうでもない。
大切なのは、その目標を自分なりにどう受け止め、どう目指す目標として自分を行動に駆り立てるかどうかにある。

  逆に言うと企業から押し付けられた目標ほど継続しやすいものだ。

それは、その目標が全社を通しての目標であり、その目標達成の為に企業からいろいろな支援を頂けると言うことでもある。

  その年度の数値目標。
  その年度の方針目標。

これらは全社を挙げての目標であり、そのために企業内の各組織でも企業の方針達成の為にあらゆる施策が用意されており、その施策を目標設定した店舗や店長が活用して達成できるような仕組みが整えられているのである。

  そしてそれは維持継続されれば企業としても大きな資産となる。

むしろ個人で立てた目標を達成することの方が、何の支援もない中での目標達成であるから、途中での挫折も多いと思われる。

  しかしそこには自分の強い意志で立てた目標であると言うモチベーションが存在する。

そのモチベーションこそが独自の目標を達成しようとする行動力なのである。

  目標管理。

与えられた目標であろうが自ら立てた目標であろうが、それを失った時に人間は弱くなるものである。






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2019年10月 8日 (火)

支部会からの電話

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


先日、てっちゃん会の名古屋支部会の会合があった。

  開催の模様はリアルにFacebookにアップされる。

そして、時にはdadamaさんから会合に集まるメンバーと直に電話で話をする機会を作ってくれるのである。

  ほとんど面識のあるメンバーばかり。

よって、7〜8人の方と電話で話をしたのだが、それぞれに現在の状況や今の課題、てっちゃん会21幕の話題等の話で話題は尽きなかった。

  それぞれに違う企業の方達ばかり。

そんな方達が企業間の壁を乗り越えて一堂に集まり、仕事面、プライベート面等から、現在の仕事の進捗状況や悩み、課題等を共有し合い、お互いの意見交換から自らの仕事への取り組み方を見直し、改め、そして前向きに自らの足で力強く歩んでいこうとする場となる。

  そして私との電話での会話もそんな内容がほとんどである。

せっかく頂いた電話であり会話の機会であるから、お互いに有意義な時間を摂りたいと思っているため、会話する方の現在と未来への抱負等や課題の共有が会話のメインとしている。

  今回はこの中で3名ほどが今後の進路を変えるという。

要は転職を念頭に置いて今後の活動をするという内容の話であった。

  その転職の話も生き生きしているのである。

要は、このような会に属していると、同じ仲間たちとの会話から更に自らの未来を明るく力強く、後悔の無い人生を歩もうとする考え方になっていくのであろうか。

  そこで自らが決断して出した自分の未来である。

そこには今後の不安はあるだろうが、それ以上に自分が下した決断に対して、自信を持って周囲と会話し自らの進路を開拓していこうとするモチベーションの高さが現れているのである。

  転職する方ほど満ち足りた笑顔で会話しているのがわかる。

最近つくづく思うのは、この会に所属するメンバーには恵まれたということだ。

  もっともメンバーの推薦でメンバーとなる仕組み。

よって、既存のメンバーが推せるメンバーの輪で広がっていった集まりではある。
だから、同じ価値観、同じ目標、同じ未来を描く人間同士が集まってくれたのであろう。

  組織とはこのような集まり方が理想なのではないだろうか。

そこには、給与とか報酬とか金とかのやり取りは一切無い。

  あるのは「大義」と「恩義」。

そして、その恩義に応えるように各々が尊敬し合いながら積極的な意見交換をし、そこから自分を振り返るのである。

  “自分はこのメンバーに恥じない生き方をしているのだろうか”
  “自分はこのメンバーに良い影響を与え得る人間なのだろうか”
  “自分はこのメンバーに紹介できる人間の輪を展開できるのか”

そういう部分での緊張感が、この場に集まる方々は持ち合わせているのであろう。

  だから無償で集まってくるのであろう。

そしてそれは、心と心の繋がりという意味では、何ものにも勝る人間同士の繋がりではないだろうか。

  そんな方々を今後も応援していきたいものである。








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2019年7月 8日 (月)

清掃のプロ〜心を磨く

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


先日のNHK仕事の流儀。

  「清掃のプロ 新津春子さん」を放映していた。

この新津春子さんは、数年前にも仕事の流儀に出演したらしい。
2015年に放映された「心を込めて あたりまえの日常を」というタイトルの仕事の流儀に登場し、その年の「仕事の流儀」で最高視聴率を獲得したという。

  それだけ大きな反響があったということだ。

番組冒頭での挨拶の際の日本語のイントネーションが日本人らしくないなと思ったが、後でわかった事だが彼女は残留日本人の児子2世だという。
だから血筋は日本人だが、その幼少の頃を中国で暮らしてきた為そのようなイントネーションが残ったのであろう。

そして17歳の時に日本に帰ってきたのだが、誰も日本語を話せない。よって仕事も無かったらしい。

  しかし、言葉は話せなくても清掃の仕事はできる。

そこから清掃一筋。そして誰もが認めるプロフェッショナルへとなっていくのだ。

そして彼女の功績によって、ギリスにある世界最大の航空業界格付け会社・スカイトラックス社が公開している格付けランキングで、2013年、14年の2年連続“世界で最も清潔な空港”に羽田空港が選ばれることになるのである。

  彼女の思う仕事の流儀とは?。

「心を込(こ)める、ということです。心とは、自分の優しい気持ちですね。清掃をするものや、それを使う人を思いやる気持ちです。心を込めないと本当の意味で、きれいにできないんですね。そのものや使う人のためにどこまでできるかを、常に考えて清掃しています。心をこめればいろんなことも思いつくし、自分の気持ちのやすらぎができると、人にも幸せを与えられると思うのです」

  清掃に心を込めるという姿勢。

皆さんもご存知の通り、清掃員を普段の私たちはどのように見ているだろうか。

  言葉は悪いが心の通わないロボット程度。

そんな風に思われているのが現実ではないだろうか。
実際に番組でも彼女は言っていた。

  「誰も目を合わせて会話してくれない。」

そう、おそらく、自分と同等の存在として認識していない部分があるのかもしれない。
しかし、彼女は心を込めて仕事をしていれば、必ず人間としての心を心を寄せて寄って来てくれるのだとも言っている。

  そこにこの言葉と清掃を軸とした自分の生きがいを見出しているのであろう。

空港の床をじっと見つめている。

  汚れを探しているのだろうか?。

そう思ったら、パッと立ち上がってその場所へ直行する。
そしてニコニコしながらそこの汚れを指差し、吹き始める。

  “楽しんでいるなぁ〜”

そう、汚れを発見し清掃し、清潔にする。

  そこに仕事の喜び誇りを感じるのであろう。

そしてそれをもっともっと感じたいから、そのこと追求し極め、更に高みの喜びと誇りを手に入れる。

  それが結果的に世界一という結果に繋がり称号となって帰ってくる。

この番組を取材したNHKのディレクターが言っている言葉を引用しよう。

「プロフェッショナル仕事の流儀」はこれまで、さまざまな分野で活躍中のまさに一流のプロの方にご出演頂いてきました。一流と呼ばれる人の多くはすでにメディアに注目され、社会的に高い評価を受けておられる方も少なくありません。でも今回改めて感じたのは、プロ中のプロは地位や名誉とは別の所にもいるということ。気づかないだけで実はもっと身近にいらっしゃるのかもしれません。そしてそういう方々が、人知れず誰かのために全力を尽くしている姿にこそ、私をはじめ、多くの人が心動かされるのではないでしょうか。新津さんに密着した1カ月、私も取材者としての姿勢を見つめ直し、まるで心が洗われていくような、充実した時間を過ごさせて頂きました。

製作者側も今回の取材でこの番組のプロフェッショナルの意味を問い直すきっかけとなったということである。

  自店にも清掃担当者がいる。

販売面や接客面で特に目立つ活躍は出来ないが、私は極力全体朝礼等にて清掃担当者を引き合いに出し、お客様の声を伝えることにしている。

  「店長さん、このお店はいつ来ても綺麗ですね(笑)。」

決して商品を持ち販売面で大きな活躍をすることだけがプロフェッショナルではない。

清掃担当者のように、裏方でコツコツと売場を磨き、そして自らの心を磨くその姿にこそ、我々従業員とお客様は自らの心が洗われていくのではないだろうか。







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2019年5月 1日 (水)

新たな時代へ向けて

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


昨日は「さらば平成」を記した。

  今日から新たな元号である「令和」の時代となる。

平成の幕開けは、厳かに(おごそか)に浮かれずに平成を迎えたものだ。
今回は、事前からの約束どおりの時代の転換となる。

  令和という時代。

その元年に、この業界は消費増税を迎えることになる。

  税なしの時代から5%へ、そして8%、更に10%へと増税。

この増税が増税の一過程であることは間違いないだろう。
そして、その過程で日本の消費行動が大きく左右されてきたのも事実。

  そんな大きな経済の波と新元号が合致する令和。

昭和という時代に生まれた私にとって、令和という元号は二つ前の時代を意味する。

  かって私が明治生まれの方を見る目であろうか。

相当古い時代を生きてきたというイメージ。
そして、間違いなくそんなイメージで見られていくのが、この令和という時代であろうか。

  昭和は63年と長かった。
  平成も31年と長い時代。 

よって、当面は昭和という時代に生まれ育った年代の人口が多い時代は続くのであろう。

  よって相変わらず昭和という年号を慕う時代は続くであろうか。

そういう意味では、まだまだ昭和、平成という時代背景を反映したものの考え方や価値観は続くのではあろうが、人間の生活スタイルの変化は顕著に変化していくであろう。

  そんな令和の時代の我々業界の流れとは。

一番の商売のスタイルの変更はキャッシュレスの流れ。
これはどう見ても止めようが無いし、10月の消費増税を前に一気に加速していくであろう。

  更にはレジレス化の波も同様の押し寄せてくる。

そして、キャッシュレス時代が到来すると同時にネット通販の利便性にも繋がり、そちらでの買い物も増加傾向になるであろう。

  食品スーパーはどんな流れを示すであろうか。

生鮮を強化していく方向にある食品スーパーに関しては、その強みを今後も発揮し、リアルな来店客数を確保していくのではないだろうか。

  昭和に生まれ育った者においてリアルは絶対である。

リアルな会話、リアルな現金、リアルな商品は自らの目利きを利して実体験を継続していくものである。
よって、時代が変わり便利になろうとも、自分の人生の価値観は大きくは変遷しないと思われる。

  リアルに新鮮なレタスを売っているお店。
  リアルに従業員が笑顔で話しかけるお店。
  リアルに買物の楽しみを教授できるお店。

そんなお店は、そう急激に価値を低下することはない。

  しかし問題は人材確保であろう。

需要はあるが、人材が確保できずに閉店せざるを得ないという状況。

  ここをどう克服するかでその企業の未来が決まるのは確かである。

働く人材が自然に集まってくる企業理念を持ち、実践し、地域の人のネットワークがそのお店に集まるシステム作りに成功した企業のみが生き残れる時代となっていくだろ。

  そのお店で働き、そのお店で買い物をし、そのお店で交流を楽しむ場。

その交流にスタッフがいかにも関わって地域のお客様と一体となれるか。

  そこに働く楽しさが生まれてくるような職場になりたいものである。









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