モチベーション

2021年4月 3日 (土)

トップへの挨拶

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしていた「てっちゃん」です。


36年の企業人人生において私は二つの企業に属してきた。

  どちらもオーナー経営の企業。

食品スーパーはそのほとんどが創業50年〜70年。

  そして個人の小売店からのスタートがそのほとんど。

よって、個人の店主がそのまま事業を広げてチェーンストアの経営者となって事業を拡大してきた経緯がある。

  要はそのオーナーの商売軸が根強く浸透している小売業が多い。

そして私もそんな軸のブレない経営スタイルのチェーンストアで共に仕事をしてきたのである。
しかし、その二つの経営方針が真逆であったために、転職後は大きな不安と挫折に陥るのであるが(笑)。

  しかし二つの企業とも経営の軸はブレなかった。

そのブレない軸があるからこそ、どんな時でも現場が一丸となれたのだと思う。
昨今の企業提携や吸収合併をみると、経営の軸のブレという点に関してどうも疑問符のつく企業が企業力、現場力を失い他企業に吸収されていく流れになってきているように思う。

  幸いに私はブレのない企業に属することが出来た。

それによって、企業内での大きな変動やパラダイムのシフトの無い環境でこの業界で現場の店長に就くことが出来たのである。

  同じ軸で店舗を経営することの大切さ。

それは、そのブレない経営手法が如何に業績に貢献するかをトレンドとして検証できたことである。

  業績を左右するポイントは何か?。

それを5年10年単位で同じ企業で同じ店舗で検証できたことは非常に大きいことである。
そしてそれは私の引き出しに宝物を与えてくれたのである。

  先日のトップとの最後の挨拶ではそんな話をさせて頂いた。

転職する上での企業のトップとの関係。

  それは転職する人間によって様々であろうか。

しかし私はこれも幸いにもどちらの企業のトップとも良好な関係で退職することができたと思う。
決してその企業との関係が悪化したり、個人的に対立したり、喧嘩別れをしたりという理由からの退職ではなく、どちらの企業からの退職も自分の人生を鑑みた上での退職であり、それを企業のトップも理解してくれての今後の関係が構築されていくと思われる。

  今回もトップからは暖かく送り出されたのが嬉しい。

そして、その時になって初めて、自分がこの企業でどのような存在だったのかを知るのではないだろうか。

  トップとの挨拶。
  店舗での存在感。
  企業内での関係。

それを知るのは、案外このような退職時に現れるのではないだろうかと思う。

  退職するということは企業内での地位がなくなるということ。

そんな時に、かっての仲間はその退職者に対してどのように接するのか。

  人間的に認めなければ退職時もスルーであろう。
  影響力を持つ存在であれば恩義を表してくれる。

今回の各人との最後の挨拶時に嬉しかったのは、各人ともそれぞれに私との間で強烈に印象に残る場面があるということ。

  当方は記憶が無い。

しかし、彼ら彼女らは強烈な印象を持って、記憶に留めてくれているということだ。

  この話を何人かに聞いた時初めて自らの存在を知ったのである(笑)。

そして思った。

  “この企業を選択して良かった”

背中を押していただいた、トップとの最後の挨拶を持つことが出来た。






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2021年3月29日 (月)

言い切る自信

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


部下とのコミュニケーション。

  これに悩む店長は多い。

従来は、コミュニケーションとは伝達であり、指示命令と同義語であった。

  よって本部情報トップ情報を受けた店長の優位性は不動であった。

店長の指示は社長の指示と同義語であり、その指示命令は絶対であった。
よってそれがコミュニケーションであり、絶対的な命令であるから伝達は簡単であった。

  要は一方通行。

指示命令の後に、部下からの質問や反論などあり得ない環境であった。

  しかし現代は個店経営の時代。

個店の店長が如何に自らの戦略を論理的に且つ情熱的に部下に語れるかが問われるのである。
個店経営とは聞こえは良いが、現実は店長次第で個店経営も千差万別。

  店長の求心力が問われるのである。

その求心力において重要な要素を占めるのが店長の経験に裏付けられた自信である。

  そしてそこから発せられる自信に満ちた言葉。

部下たちが迷う中で発せられる店長の自信に満ちた言葉が何よりの安心なのである。

  店長の言い切った言葉に安心が生まれるのである。

そこに店長の求心力が生まれ、そこまで店長が言うのだから付いていこうか、最後は店長が守ってくれるであろうから、店長に身を任せようか。

  そんな信頼が生まれていくのである。

そう考えると、如何に店長の「言い切る自信」が需要であることがわかる。

  「・・・ 〜と思う。」

これでは部下はこの混迷の時代に付いてけない。
結局自信が無いという心の裏側を見られては部下は付いては行けない。

  「・・・ 〜である。」

その言葉の繰り返しによって、自らを追い込み、そして究極の場面で店長の力が発揮されるという追いこんだ環境が店長自身を成長させるのである。

  その為には店長自らが経験と積まねばならない。

それは店長になってからもあるが、それ以前の部門担当の頃からの挑戦するという経験である。

  挑戦して自らの限界を超えていく挑戦。

その挑戦が自らを成長させ、その体験が引き出しを増やし、売る楽しさと売れる喜びを享受することを経験していくのである。

  その共有が店長と部下の距離を縮めるのである。

店長の自らの単品量販の体験が部下を勇気づけ、共に単品量販する経験が部下を育てるのである。

  部下は店長と共有した単品量販の経験を自らの引き出しに仕舞い込む。

そしてそれは部下にとってみれば大切な宝物。

  一生の宝物として店長を師と仰ぐのである。

そんな店長が自身を持って言い切る場面。

  それこそが求心力なのである。







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2021年3月28日 (日)

餞別

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


今日は日曜日。

  芸能ネタの日(笑)。

ではあるが、私の店舗での勤務もいよいよカウントダウンとなってきた。

  よって今日は「餞別」について。

今回の退職にあたり、企業の内外を問わずいろいろな方がリアルに会いにきてくださり、私の退職にあたり挨拶をされていった。

  企業内の方は同じ県内でありリアルに店舗に来店された。
  外部の方も同様に遠方より来店され直接挨拶を交わした。

嬉しいのは、その行為である。

  店長時代の部下が多かった。
  退職した元部下も来店した。

私が転職して、以前の企業とのDNAの違いから悩むときもあったが、かっての部下達はそんなことよりも、当時の私との会話を振り返って思い出を語ってくれた。

  「入口から見て何が見える?」
  「ここは置き場じゃねえんだ」
  「市場にあるだけ全部買え!」
  「弁当を駅で全部売ってこい」

部下達はそんな会話を思い出して私に言うが、私にはそれを言った記憶が無い(笑)。

  あの時店長に言われた言葉が今でも脳裏に焼きついています(笑)。

言った方は言った記憶が無いが、言われた方は鮮明に記憶の隅に残っているのであろう。
しかし思い出に残ると言うことは、それだけ斬新が言葉であり表現であり、心を掴むフレーズであったのだろう。

  そしてそこから部下達が何かを掴んでくれれば幸いなのだ。

そんな彼らも皆店長に昇格したりバイヤーに昇格したり。

  それぞれの得意分野で活躍してくれている。

以前のブログでも書いてきたが、上司は部下の人生を背負う使命を持つ。

  “俺は彼らの人生を豊かに出来たのか?”

その答えは彼ら自身が返答してくれるであろう。

  それが今回の来店での思い出話に含まれているのであろう。

また、わざわざ来店せずとも、そう思ってくれている部下もいればそうでない部下もいるであろう。

  全てに完璧な人間はいない。

しかし少なくてもそう思い続けていれば、誰かしらはそんな意図を汲んでくれた部下は、それ相応に私から刺激を受けて自らの行動を変えてくれるものだ。

  そんな彼らに刺激を与えて行動を変えてくれた部下達。

そんな彼らの成長した姿を今こうして一人一人の顔を思い浮かべてみることが何よりの嬉しさである。

  そして、多くの餞別の品を頂いた。

本当に嬉しい限りである。

  ある方は私に単行本を差し出した。

「経営に携わる方に読んでほしいのです。」

  かっての私を思い出させる行為である。

そして、餞別の多くはお酒である。
それもなぜか日本酒が圧倒的に多い。

  下戸の私である。

一生を掛けて飲み干していく覚悟である(笑)。






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2020年11月11日 (水)

リアルとリモート

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


先週の木曜日。

  久しぶりのリモート・ミーティング。

およそ2ヶ月ぶりにいつもの仲間たちとのリモート・ミーティング(飲み会)であった。

  お盆他のイベント対応他で気持ち的に余裕のなかった期間。

やはり、リアルにタイムスケジューリングされないと、どうしても流されてしまうのがリモートの特性であろうか。
主宰者としても、どうしても積極的な行動に出られなかったというのが本音であろうか。

  開催時間は午後7時。

よって、リモートとは言え、その日が休日でなければなかなかその時間からの参加は難しいであろう。
しかし、数人の方が開催予定の午後7時から参加していただいた。

  それも店舗において。

とは言っても、どの方も店舗内からの参加ではあるが、実質として本人の就業時間は終了していたのであるが、帰宅するまでには至らずにどうしても店舗内や駐車場からの参加となったのである。

  それでも嬉しいことではないか。

参加の為に、午後7時に必ずスマホの前で姿を見せてくれるという姿勢が嬉しいのである。
そして30分程度の顔合わせから、各自が自宅に帰宅してからの本番がスタート。

  今回も午後8時頃から6名程度の方が参入されてきた(笑)。

いつものコアなメンバーである。

  いつものコアメンバー故に即本題に入る。

各自の取り組み事項の公開。
そして、それに対しての、周囲からの意見交換。

  お互いにお互いの環境を理解しているから意見交換も的を得ている。

やはりリモートミーティングとは上記のように、ある程度理解し合えた仲間同士であるからスムーズに進行できるのあろうし、そうでなければ逆に使いずらいツールであるように思う。

そして今回も各々の現状の取り組みに対しての情報交換がなされた。

  新店店長の今後の新たな取り組み。
  M&Aにより環境の変化への課題。
  移動販売車導入による地域貢献。
  転職による新天地での新規取組。

等々、それぞれが抱える課題と現在の取り組みに対しての情報交換、意見交換が積極的になされた。

  自分の置かれた環境が相対的に見えてくるなぁ~。

率直な感想である。

  如何に自分の狭い檻の中で仕事をしているか。

それだけ、周囲の仲間達はいろいろな新たな経験の中で新たな世界に遭遇し、そしてもがきながらいろいろなものを吸収しているのである。

  自分の狭い世界を飛び出さなくては。

このように他企業の方との情報交換を行うといつも想うのである。

  “まだまだ自分の置かれた環境はぬるま湯だなぁ~”

それだけ、厳しい環境に身を置く仲間達がたくさんいるという現実と、そこから這い上がろうとする行動と意識が彼らを成長させているという認識。

  ある意味羨ましくも見えてくるのである。

しかしそれは実際にそのような環境の身を置くがゆえに必然的に彼らをして行動に駆り立てていくのであろう。
そして、そのことで彼らの経験値が積み上げられ、その経験値の積み上げが引き出しとなって仕事の幅を広げていくのである。

  そのことをリアルに感じることが出来るリモートミーティング。

しかしはやり、早くリアルなミーティングや会合で更に密な情報と意見の交換が待ち遠しいものである。






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2020年11月 5日 (木)

お褒めの言葉

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


お客様からクレーム。

  何度頂いても嬉しいものではない。

逆に、お客様からのお褒めの言葉は、それを頂いた本人は勿論、店長としても何にも替えがたい喜びがある。

  クレーム100 : お褒め1

店舗に寄せられる評価としては上記の割り合い程度であろうか(笑)。
それだけ、お褒めの言葉をわざわざお客様が店舗に(今回はどちらも本部へのメールであった)寄せられるというのは少ないのである。

  お店の至らない点。

これはその時にお客様の感情も入る場合が多いため、即お店や即本部へ連絡される場合がほとんどである。
しかし、お褒めという感情は、その瞬間だけではなくメールや手紙という段階に至るまでに、その時の嬉しさや有り難さという感情が消えずに残っていたためであり、常にその方の接客やお店の在り方、そしてリクエストに対して即行動して頂いたという感謝の念があったからこそのお客様からの報告なのであろう。

  要は「お褒めの言葉」が店舗に届くのは極まれなこと。

そして今回は、その極まれな事が二週連続で、それもレジ担当者宛に届いたのである。

  お客様のクレームで一番多いのはレジ部門。

レジ担当の言葉使い、態度、そして精算時に商品を生産済みのカゴに入れ替える時のザツな入れ方等へのクレーム。
しかし、このようなクレームは無人レジ、セルフレジの場合はまずクレームは来ない。

  “当たり前だろう!”

それは当たり前であるが、それをわざわざコストをかけて人を雇って有人レジにてお客様の買い物を精算しているにも関わらず、ありがとうの一言も無く、単にそのレジ担当の行動に対して不満を持つということに対して、どうなのかという疑問はある。

  “何を言い出すのてっちゃん‼️”

おそらく、世の小売業のほとんどがセルフレジに切り替わり、数台の有人レジを有するレジスターしか存在しない環境になったら、上記のように有人レジ担当への感謝の言葉になって返ってくるのであろうが、まだまだそのような環境にはなっていないのが現代である。

  そしてセルフレジで自分で精算から袋詰めをするレジへのクレームは無い。

自分に甘く他人には厳しいという認識。
接客業はこうあるべきという「あるべき論」が、お客の小売業への視点を固定化してしまったのであろうか。

  ここの位置付けが欧米の小売業との最大の格差であろうか。

そんな思いを抱くようになった、コロナ禍後のレジへの想いがそう思わせるのであろうか。

  そんなスーパーのレジ担当へのお褒めの言葉。

たまたまその言葉が二週連続で届けられたのであるが、私自身はこれは奇跡ではないかと思うほどの嬉しさである。

  特別にそれを店内で強調しようとは思わないが(笑)。

ただし、レジチーフに二週連続でお客様の言葉を届けた時の彼女の表情も嬉しそうであったし、ましてお褒めの言葉を受けた本人は更に嬉しい瞬間であったことだろう。

  今まで何度も頂いた接客クレーム。

それらを全て吹き飛ばして余りあるほどの、お褒めの言葉。
そして、実はそのように感じてくれているお客様はもっと多くいるハズなのである。

  ただし上記の通りにその言葉をわざわざ届ける機会が無いだけのこと。

特に、お客様のレジ待ちを見ていると、自分が嗜好するレジ担当に並ぶ傾向がある。

  ちょっと待っててもあのレジに並びたい。

そんな想いで来店されるお客様も意外に多いもの。
そしてそれは、お褒めの言葉に代わるお客様の行動なのであろう。






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2020年10月29日 (木)

感情コントロール

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


感情をコントロールする。

  これほどリアルな人間にとっての難局はないであろう。

感情がまず初めに人間に現れるのは、表情であろうか。

  相手との会話でいちばん相手から感情を察しられやすいところが表情である。

相手とのコミュニケーションにおいて、言葉とはある意味瞬間的な言葉以外は脳内での思考から発せられる組み立てられたものであるから、今現在の感情を表そうとすると、そこにはある程度のタイムラグが発生するのである。

  自分の感情が瞬間的に現れるのは表情。

そして、その感情が瞬間的に現れる表情で失敗する方が多いのも事実。

  私も顔に出やすいタイプ(笑)。

そしてその表情でいろいろな失敗も経験してきた。

  しかし未だにその失敗を繰り返す。

やはりそれだけ感情とは、その瞬間では自分自身の中ではコントロールすることは難しいものなのであろう。
相手からのちょっとした一言で自分の内面に潜む何かにスイッチが入ってしまった瞬間。

  皆さんもいろいろな場面で経験があろう。

そんな一言に対して、一瞬、表情が曇る。または、一瞬、眉を寄せる。
それが相手に認知され、そこから感情コントロールが狂ってくる。

  お客様とのクレーム処理中に起こる二重クレーム(笑)。

笑ごとでは済まされない一瞬の出来事であろうか。

しかし逆に言うと、相手の感情に触れて初めて相手との距離感が縮まると言う側面もある。

  “相手に通じた”
  “解ってくれた”
  “喜んでくれた”

相手の思わぬ表情、微笑む表情、歯に噛む表情に触れると、こちらまで幸せ感にひたれる時がほとんどである。

  感情とは時間と共に内部から拡散していくもの。

よって、その瞬間が最大の感情の高まりであり、その後は時間が経過すると共に、その怒りも喜びも徐々に薄らいでいくものだ。

  特に、怒りという感情はそのようである。

それは、怒りの原因を追求していく中で、自分一人の感情から相手への思いや周辺への配慮という情報が脳内に入り込み、その状況での周囲への理解が進むからであろうか。

  “そんなことで怒っていた自分が恥ずかしい”

そんな状況把握が進むことによって、相手への怒りも徐々にではあるが和らいでいくものだ。

  そしてそのスピードがその後の修復を決定づけるのである。

それは、職場環境でも家庭環境でも地域環境でも同様のこと。
特に、職場では周囲との人間関係構築が前提でのコミュニケーションであり、売場作りであり、業績であるから尚更だ。
もちろん、その根底には自分の家庭であり地域での暮らしが存在するわけであるから、そこが安定してこその職場環境であることは間違い無いであろう。

  我々の業界は「コツコツ継続していくことでリピーターを増やす」もの。

しかし、ことトラブルの場面ではコツコツというよりも速攻で行動し、対応することが望まれる。





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2020年10月20日 (火)

隣の芝生

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長を食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


隣の芝生は青く見える。

  他の環境や他人の持ち物は良く見える、の例え。

転職も数カ月を経過すると、当初は「隣の芝生は青く見える」もので他社に転職したものの、実際に隣の芝生に立ってみると意外に隣からは見えなかった「アラ」がいろいろと見えてくるもの。

  “思っていた以上にアラが見えるなぁ~”
  “実際に働いてみると荒れているなぁ~”

隣の青々とした芝生で働いてみたいと願い、隣の芝生に立ってみたら、意外にモグラの穴や鶏の糞や至る所に芝以外の雑草が生えていたりしていて、隣からは青々としていたその芝も実際は真上から見てみると不備なところが目立つという経験は転職組ならだれでも経験するものであろう。

  そして自社も他社から見ればそう思われているのである。

そうやって転職組は自社で問題解決してきた課題に対して、他社でも同様の課題を抱えることになるのである。

  よって自社で課題解決出来なかった部分は他社でも同様に出来ないのである。

あくまでも、自社で起こっている事はどの企業でも同様に起こっている課題であるということだ。
よって、そこから逃げるように他社へ行っても、同じ課題自分に付いて回るということであり、結果としてその連鎖によって転職組の一部は挫折していくのである。

  そう考えると課題は目の前に常に横たわっているのである。

そしてそれをその場で解決出来ない限り、どこへ行っても同様に解決できないということだ。
よって、今まで解決できた課題だけが自分の財産であり、それを引っ提げて他社へ行くことになるのであり、決して隣の芝生が真上から見たときに同じように青いことは決してないのである。

  身近なところでもそれを体験し解決しようとしている仲間がたくさんいる。

そしてそれを地道に解決していく人間は、他社に移っても周囲からの信頼を得、現在の職位以上の仕事が回ってくるのである。

  これこそが転職の醍醐味とでも言えようか。

そこに、その転職組の存在価値があるのである。
そして、そんな企業を選択できたことが、その人間の幸せな部分であり、既存の社員には見えない隣の芝生のアラが見えるのである。

  よって転職組は既存社員の中に溶け込んではいけないのである。

あくまでも外様の異様さを活かして尖っていなければならない、と私は思うのである。

  尖るとは態度のことではない(笑)。

その仕事ぶりであり、着眼点であり、業績の作り方である。

  その異質さに既存社員は注目するのである。

ただし、その異質さを受け入れる企業と、なかなか受け入れられない企業があることも事実。
そして、受け入れられない企業に入り込んでも失望してはいけない。

  必ず評価される人間はいるものだ。

人間の価値とは、必ず誰かが見えないところで見ているもの。

  それを信じて今目の前の課題を乗り越えることだ。









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2020年10月 3日 (土)

M&Aの内実

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


この業界の昨今。

  M&Aが盛んだ。

M&AとはMergers(合併)and Acquisitions(買収)の略であり、企業同士の合併やある企業が別の企業を買収すること。

  大手銀行は合併の歴史を繰り返してきた。

しかし流通業界においては、大が小を吸収するという歴史はあったものの、大が大と合併や更には吸収という歴史は最近のことであろうか。
特に長い歴史を持ち、一定以上の認知度のある企業同士が吸収する方と吸収される側になって店舗や従業員の交流していく場面が増加してきたであろうか。

吸収も合併もそうだが、勢いのある企業が停滞している企業を吸収する内情であるから、その勢いある企業が停滞している企業へ入り込み、その勢いの手法を停滞企業へ伝承してその停滞を解消しようとすることになるであろう。

  そこに内部混乱が発生する。

お互いに長い歴史を持つ企業同士であれば、その独立した企業風土や従業員のDNAや商売に対する価値観も大きく異なるもの。

  それは転職して初めてわかるものでもある。

同じ店舗規模や店舗レイアウトで同様の配列、そして同様の品揃えをしている企業同士であるが、転職してみて初めて今まで所属していた企業と新たな企業の仕事の進め方や価値観、大切にしている優先事項がこれほどまでに異なることを知るのである。

  それは自己責任で転職したのであるから受け入れざるを得ない。

しかし、企業同士が自己責任で合併や吸収となると、内部の従業員の混乱は果てしないものがあろう。

  お互いに今まで大切にしてきた理念や手法。

特に、お客様への満足とか奉仕という文面は同じ方向を向いているとしても、その階段の登り方という商売の手法は全く異なることが多い。
異なることが多いというよりも、その部分は企業によって大いに異なると思っていていいだろう。

それが吸収した側の手法が半ば強制的に吸収された側へ押し付けられる形で波及されていく。

  それも当然と言えば当然であろうか。

吸収した側の成功体験や成功事例は、その企業の勝ちパターンとして定着し、その手法がどんどん積み上げられて進化してきた歴史がある。

  その現時点での完成パターンが吸収された企業へ乗り込んでくるのである。

それもスピードを持って吸収された企業へ波及させることが当面の目標であるから、乗り込んできた従業員も必死であろう。

  しかし吸収された側の従業員はどうか?。

そこに大きな軋轢が生じ、混乱が生じ、それが痛みとなって退職者が増加する。

  特にベテラン従業員には苦痛であろう。

入社当時から長年培ってきたその企業内での勝ちパターンを行使できなくなってしまったわけであるから。
目標は同じなのに、昨日までは右の階段を登れと言われて、その階段を如何に上手く登るように努力し、その技術が身につき社内でも評価されてきたベテラン従業員が、今度は左の階段を登れと言われるわけである。

  よってベテラン従業員ほど戸惑いが生まれるもの。

逆に若手の社員は従来のベテラン従業員との格差が解消され、新たなスタートラインについて左の階段を登るチャンスが巡ってきたことになる。

  ここに、変化できる柔軟性が必要となる。

そしてその企業内での技術に習熟したベテラン従業員ほど、今更新たな技術の習得を要求されるなら、今自分が持つ技術を評価してくれる企業に活路を求めて転職するという方向に向かうことも理解できるのである。

しかし逆に言うと二つの技術を併せ持つ能力を身につけられるチャンスでもあると言うことだ。

そのような思考になるかどうか。

  さらなる進化を自らに課せるかどうか。

そう考えると、それを習得したならば、吸収した側の従業員よりも潜在能力の高い従業員となる可能性もあると言うことだ。

  そんな選択ができるかどうかであろうか。







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2020年9月12日 (土)

異国人のモチベーション

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


国の違いによる人生観の差。

  それは民族の価値観の違いに因るのであろうか。

私も人類学者でもなければ国際社会学者でもないので詳細は分からない。
しかし、外国人も含めて従業員として採用している立場としては、その価値観の違いは明確に理解できるのである。

  以前にも中国人の従業員の記事を載せた。

http://tetu-syoubai.cocolog-nifty.com/blog/2019/08/post-85f7c9.html

自分の就業先に誇りを持ち、言葉の壁を乗り越えて共にお店を繁盛させようと頑張る中国人の記事を載せた。

  そして今回は更に「台湾人」を採用したのである。

この方は同じ台湾人と結婚し、当地に住んでいるという。

事前に電話もなく、突然サービスカウンターに現れて、入口の張り紙を見て募集していると知ったので仕事がしたいということだった。
とりあえず、写真の付いた履歴書を持参して後日面接の日程を定めてその日は別れた。

  当日になり面接。

その前にある部門の商品の品出しをしていて、彼女の来店する時間が30分以上も早かったので、少し待ってもらうように伝えて。

その時である。彼女が言った。

  「私も手伝うよ。」

なんと面接もしていないのに、彼女から品出しを手伝ってくれるという。
私はドキッとしたが、逆に、「じゃこれをこのように陳列して。」と依頼を引き受けてみた。

  彼女は何の躊躇もなく私から依頼された品出しをし始めた。

私はこの瞬間に採用を決めた。

  もはや採用前から、我々の仲間意識の高さ。

よく、日本人が日本人の特性としてチーム力があるとか連帯感が強いとか言うが、彼女の前ではとても恥ずかしくてそんな自慢話は言えないと思った。

  確かに日本人の特性としての連帯意識は強いであろう。

しかし、アジア系特に中国人や台湾人を今回従業員として採用していてわかったのは、彼ら彼女らは連帯感=仲間意識=利益の共有、として捉えていることであろうか。

  私の就業する企業 = 私が守る。

そんな意識の強さであろうか。
その意識は残念ながら昨今の日本人からは薄れてきているように思われるのである。
それよりも、連帯という意識以上に欧米の個人という意識が先行し、何事にも人間としての倫理や道徳以上に自己主張からくる個人の利益を優先した言動が目立つようになってきたように思われるのだ。

  それは小売業として店頭に立つこの40年間で強く感じるようになってきた。

しかしそれを中国人や台湾人の従業員から逆に学ぶことになろうとは思わなかった。
全てが全て彼女らの言動が素晴らしいとは思わないが、一緒に仕事をする仲間としては非常に心強い従業員である。

  特に「自店は自分が守るという強い信念」。

これは店長の私でさえも忘れかけていた信念であろうか。
確かに国家間ではいろいろとこじれた関係になっているかもしれない。

  しかし日本在住の中国人や台湾人から学ぶべきことは多いと思うのだ。








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2020年9月11日 (金)

スタートライン

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


スタートラインに立つ。

  イメージとしては100メートル走。

私もボート競技をしていた為、競争前に競争者が一斉にスタートライに立ち、スターターのスタートを切る声や音声を待つときの緊張感と言ったら堪らない。

  人生においてスタートラインに立つということは緊張するものだ。

スタートラインに立つといことは、競争の世界に身を委ねるということ。
今までの練習等で苦労してきた結果が、そのレースで試されるということでもある。
 
  しかしスタートラインに立つとは何も競技上のことではない。

日常的にも、例えば出社時を一日のスタートラインと捉えることもできる。
月間においては月初の一日を月間業績のスタートラインと捉える仕事人は多い。
また、競合店の出店においてはその出店日が競争のスタートラインということもあろう。
更には、就職が決まり、初出社の日が新たな人生のスタートラインと捉えて走り始める場合もあろう。

  自分の人生という視点で再びスタートラインを捉えてみると。

この業界に入社して、担当者から部門チーフ、副店長やバイヤー、そして店長、更には上へ。
そんなステップを踏んで、その企業における自分のキャリアを積んでいくわけである。

  とりあえず入社をして当面は担当者として活躍していく。

そしてその仕事ぶりを任されて、いずれチーフという声が掛かるであろう。

  そして部門チーフとしてどこかのお店でチーフデビューするのである。

この業界においては、部門チーフがスタートラインと言っても過言では無いのだ。

  なぜか?。

企業のトップや幹部が店舗巡回をして、店舗内の各部門毎に売場を視察していく。

  いい売り場、ひどい売り場等の評価を得るであろう。

その時に必ず店長が問われるのは、「チーフは誰だ?」。
それが、いくらいい売場を作っていても、「担当者は誰だ?」とは問われない。

  要はチーフが一番目立つのである。

むしろ副店長よりも部門チーフの方が店舗巡回時にはトップから評価される確率は高いであろう。
企業人生においては、その企業の部門チーフとしてのデビューがスタートラインと言ってもいいのではないだろうか。

  そこで明らかに出来るチーフ出来ないチーフの烙印が押されるのである。

それだけ、部門チーフの腕次第で売場も業績も変わるのである。

  よって人生のスタートを切るためにも「部門チーフ」の登ることである。

そこからが本当の意味でのその企業、この業界でのスタートラインであり、そこで自らの商売や管理を学び、行使し、お客様に評価される売場を作り業績を伴わせていくこと。

  そこからが本人の公での評価が下される職位となる。

そのためにも、しっかりと担当者として基本を学び、その基本と業績の因果関係を学び、そしてチームとしてのパートさんとの関係を学んでいく必要があるのである。









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