モチベーション

2017年8月 2日 (水)

販売に陽の目を当てる

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


スーパーマーケットで仕事をする。

  憧れは本部のバイヤー。

そのような夢を描いてこの業界に入社された方は非常に多いのではないだろうか。
スーパーマーケットの応募に関して、各企業も入社に際しての案内の中では必ず商品ぶのバイヤーに視点を当てて紙面を割いている。

  特に若手のバイヤーや女性バイヤー。

だから、どうしても入社前から夢はバイヤーという憧れを抱いて入社してくる若手は多い。

  それは我々世代の頃からのずっと続いていた。

だから、業界人全般に本部であったりバイヤーであったりという存在にどこかコンプレックスを持っているのがこの業界の常識であろうか。

  本部は偉い、現場は格下。

裏側では個々人の中にそのような認識が横たわっているのである。
そしてそれは、我々業界人と仕事上取引のあるメーカーや問屋さんでもそのような認識であろう。

  要は、業界内外を問わず現場は格下という認識。

しかし、最近そのような常識が崩れてきたような気がする。

  メーカーが現場へ直にコンタクトを取るようになってきた。
  業界紙が積極的に現場の店長等の活躍を描くようになった。
  企業自体も店舗従業員の仕事の壁を取り除く目線になった。

もっと現場の目線に立って、一人一人が現場で活躍するために、そこに立ちはだかる壁を取り除くことに主眼を置くようになってきたのである。

  現場力を高め競争に勝てる組織を目指すようになった。

以前からそのような目線があったのかもしれないが、最近はとみにそのような視点を内外に強調してきているような気はする。

  現場に陽の目を当てようとする姿勢。

その姿勢が最近とみに強調されてきているように思えるのは嬉しい限りだ。
以前から何度もこのブログでも記してきたと思うが、仕入れと販売はもともと一人の人間が行なっていたものだ。

  今でも個人商店では仕入れと販売は一人であろう。

それがチェーンストアとして役割を分担するようになってから、バイヤーという役割ができたのである。

  バイヤー = 買い付け人。

読んで字の如しだが、バイヤーは買い付け人であってはならないと私は思う。

  あくまでも売りために買うのがバイヤー。

売るために、買う。

  バイイングと何が違うのか?。

買い付け人は、いかに条件良く仕入れるかが最大の目的となる。

  お店で売れるかどうかよりも仕入れ条件を優先する。

更には、自分に寄ってくるメーカーと仲良くなる。
徐々にお店で売れるかどうかという視点から遠ざかっていく。

  知らず知らずにそうなっていくのである。

だから、そこにバイヤーと現場を取り持つスーパーバイザーという役割が大切になっていくのである。

  私はこれからはスーパーバイザーの時代だと思っている。

色々な意味でスーパーバイザーが決定権を担う時代が到来すると思っているのだ。

  しかしその前に現場が自立しなければならない。

それは、個店個店で商売の取り巻く環境が異なる中、如何にバイヤーと現場が一体となって競争力のある売場を実現出来るかがポイントとなる。

そういう意味で、現場に陽の目を見させるような施策は今後非常に重要となっていく。

  それが現場の自立を促していくだろうから。

先日、企業グループの機関紙を見ていたら、ある企業の店長にスポットライトを当てた記事を載せていた。

  今後、各企業の店長の存在価値を取り上げていくようだ。

これなどは非常に良い企画である。

  店長ほど千差万別のマネジメントも無い。

それは、ブラックボックスといってもいいほどの見えない世界が店長のマネジメントであるからだ。

  そこにスポットライトを当てる。

難しいが読み応えのある記事が特集されることになるだろう。




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2017年7月 3日 (月)

やりがいパート編

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


先日の鮮魚研修会。

  如何にパートさんが辞めない仕組みが出来るか。

そんな話をフリートークの時に、同じ班の他企業の鮮魚トレーナーの方と意見交換をした。

その方も直近までは鮮魚チーフ。
更に、新店立ち上げを経験したという。

  私と同じような環境にいたのだ。

新店の時の始めが肝心という点で意見が一致した(笑)。
どういうことか。

  初めての部門運営で辞めない仕組みが出来るというものだ。

鮮魚部門は、刺身、切身、盛付け、値付け、品出し等と役割が明確になっていて、その役割毎に異なる技術を要する作業が発生する。

  一度身につけた役割から外れることが少ない。

刺身はずっと刺身、盛付けはずっと盛付け、値付けはずっと値付け。
企業の特色もあろうが、一般的には上記のように役割が固定してしまうものだ。

  一度覚えた役割を変えることの大変さ。

それを知るから、部門チーフもなかなか変えたがらない。
何度も同じ苦労をしなければならないから。
だから、パートさんも刺身は刺身、値付けは値付けの自分の役割以外はやれない、やらしてもらえない、やりたがらないという循環に陥ってしまう。

  自分の仕事の苦労は誰もわからない。
  他人の仕事の苦労も私はわからない。

だから、自分の仕事が順調に進んでも、他人の仕事には干渉しないしできない。
このことが、結局はチームで完結する売場作りなのであるが、個々人がマイペースな仕事ぶりに終始してしまう結果となる。

  彼は役割をローテーションで回したという。

この手法は当社も実施している役割の回し方。

  要は、一人3役でも4役でも回していくこと。

最終的には、どの役割も平均的にこなすことを目標とする。

  “そんなことうまくいくはずがないだろう”

ベテランのチーフほどそう思い込んでいるものだ。
しかし、そのことによって、他人が今担っている役割の辛さがわかるのである。

  だからいつしか自主的に応援に回る気風ができるのである。

自ら手が空いたら他の大変な役割を手伝いに回る。
逆に辛い役割になっても他社が応援に来てくれる。

  この自主的な応援体制が鮮魚チームの絆を強くする。

その関係は仕事を超えた私的な関係でにも発展する。
その初代チーフが抜けても、何かと相談されたり飲み会に呼ばれたり。

  そうなると退職者は激減するという。

パートさんの仕事の楽しみって何なんだろう?。
そう問いかけてみると、パートさん達のメインは家庭の主婦であり母であり、両親の介護であろう。

  何れにしても家庭がメイン。

だから職場とは彼女らにとってはサブ的な存在である。

  決して収入だけではない。

だから、家庭から一歩外に出てくる目的は、家庭という世界以外の職場の世界での自分の存在価値を如何に楽しめるかという目的が主となろう。

  職場での人間的な関わり。

そこに一番こだわっているのではないだろうか。

  職場に家庭や家族以外の楽しみを求めるのである。

要は、家庭や家族を離れた人間的な繋がりや楽しみを職場に求めてくるのであろう。

  だから職場の人間関係が一番の課題となる。

家庭や家族では得られない楽しみや生きがいを職場に求めてくる。
それは個人個人での格差もあろうが、職場での人間関係の延長線上に個人個人の楽しみの格差を穴埋めしてくれるショックアブソーバーのような役割があると思われる。

  部門内の人間関係。

店長や部門チーフが商品とはまた別に目を向けるべき側面であろう。







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2017年6月 7日 (水)

進化・深化

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


企業人としての成長。

  それを進化と表現することもできる。

それでは、成長と進化はどう違うのか。

  成長とはある領域内で守備範囲が広がること。

それが進化となると、その領域を超えて守備範囲を広げていくことだと私は思う。

  例えば、チーフから店長へと守備範囲を広げていくこと。

それが成長と呼ぶことにする。

  成長とは守備範囲の広がりを指す。

それでは、守備範囲の広がりを伴わずに進化していくことはなんと呼ぼうか。

  それを深化と私は認識している。

進化と深化。

  言い方は同じだが、意味は違う。

進化は守備範囲の広がり。
深化は専門分野の深掘り。

守備範囲を広げながら、スーパーの従業員として成長していく。

  それがある意味キャリアアップと言えるだろう。

しかし、それが嵩じてくると、守備範囲を広げることに主眼を置き、自分が受け持つ守備範囲において、より専門的に商売を突き詰めるという意欲が減退していくリスクを生じてしまう。

  それはどういうことだろうか。

守備範囲の広がりだけを価値だと思い込むと、自分が受け持つ守備範囲を効率よくこなすことにだけ目を向け、より人時をかけて売れる売場を実現し売上を拡大させることへの貪欲さを失ってしまうということだ。

  売場作りはそつなくこなすだけ。

そうなってしまうのである。

  要は、結果が伴わない仕事に終始すること。

逆に言うと、結果に拘らない仕事に終始すると言うことだ。

  結果に拘らなければ結果は出せない。

私はそう思う。

  結果に拘るからこそ、より良い結果が出せるのである。

その結果として、その領域内で深化していくのである。

  深化とは結果へのこだわりから生まれるのである。

その結果、守備範囲の単品を知り、売り方を知り、結果との因果関係を知るのである。

  それが、商売だ。

たかが、一品を売ることにこだわること。

  その積み重ねが全てである。

私は、そう思うのである。
  
  だから、進化の前に深化なのである。

自分の守備範囲内での深化を、是非図ってほしいものである。






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2017年6月 5日 (月)

バイヤーのアプローチ

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


バイヤーと店長との関係。

  意外に個人的な繋がりが強い。

特に、単品を如何に量販するかと言う事柄に関しては、バイヤーとチーフと言う関係よりもバイヤーと店長という関係の方がよりダイナミックな数量を決定することができるだろう。

  なぜか?。

それは、よりリスクを持った数量決定が出来るから。

  単品量販にはリスクが伴う。

そのリスクを推してでもより大量に仕入れ数量を決定出来るのは、店舗全体に数値責任を負う店長の方が決定権を持つからだ。

  それは店舗レイアウト上での決定権があるから。

部門チーフの場合は自分の部門の売場内でしか売場計画が出来ないが、店長は店舗全体で考えることが出来る。

  部門の枠を超えられるのは店長だけだ。

だから、よりリスクを負うということは、より店舗内の広い範囲で、時には部門の売場を超えて売場設定できるのも店長という職位の優位性であろう。

最近、数名のバイヤーが店長会でのアプローチを変えてきた。

  店長に直接単品量販の数量を決めさせるようになった。

その前に店長達に試飲や試食をさせて(飴を与えて)から、数量決定(ムチ)を決めさせるのだ。

  「じゃぁ〜100ケースください!。」

    「じゃぁ〜、てっちゃんは何ケース?。」

そんな会話を交わすうちに、久しぶりにワクワク・ドキドキ感を感じたのは私だけでは無いだろう。

  それが商売の原点であると思う。

いくつ売る。
人より多く売る。

  その為に、何をする。
  どんな、売場を作る。

自分だけで数量を決定して販売するよりも、人ととの競争の中で販売数量を競うことが何より楽しいし、何より知らず知らずのうちに販売技術を進化させられることである。

そんな競争意欲を刺激する形でバイヤーが意図する商品を如何に店舗の意思を重視した形で最大の販売計画数量を獲得できるかにシフトしてきたのである。

  他社では以前から取られてきた手法かもしれない。

本部主導型か現場主導型かで、発注形態も違うであろうが、そのような現場重視型の発注形態に変わろうとしていることは単品量販が定着していく上で大切なことであろう。

  自分で発注して自分で売り込む。

そこに店長が関わり、店舗というより広い販売エリアを有効に活用していく。
以前は、バイヤーの政策の説明に終始していた商品部の報告だが、最近では試食と次月度の単品量販の数量決定の場になりつつある。

更に、途中検証や売場展開事例の情報交換がバイヤーを軸として交わされるようになってくると、更に単品量販を加速させる結果につながるだろうし、その経験が次への単品量販への布石にも繋がろうだろう。

更にそのことが、店長とチーフとのコミュニケーションの深化にも繋がり、部門チーフのやりがいにも繋がっていくだろう。

  単品量販を通じて築かれる店舗内の組織強化。

この流れが働く従業員のモチベーションに繋がっていくのであろう。







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2017年5月29日 (月)

Be your own boss 

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


先日、通勤途中のラジオを聞いていた時のこと。

  Be your own boss.

この言葉を推奨して従業員に提示しているIT企業を紹介していた。
どこのIT企業かはわからないが、自主的に仕事をするべく従業員に対して就業の姿勢を提示しているという。

直訳すると

  「貴方自身の上司となりなさい」

私流に訳すと

  「自律心を持って行動しなさい」

となる。

  自律心?

自立心ではない。

  自立とは自ら立つ。

そう考えると、我々はもはや自立しているのである。

  自ら仕事に就き自立して生活している。

自分の力で収入を得て自分や家族の力を得ながら家族全体を支え生活しているのである。

要は生まれた赤ん坊が親から独立して自らの生活を養うことである。

  しかしそれは、自立であって自律ではない。

自律とは、読んで字の如し、自らを律すること。

  自らを律するとは?。

自らの価値観や信念、信条に則して行動すること。

  自らの信念にブレないということでもある。

それは、目的意識を明確にした信念であり、小売業で働く我々にとっての目的はお客様満足の追求であり、その信念に対してブレないということは、お客様の変化に対応して自らの行動を変えていけるという変化対応力を身につけていくことでもある。

  組織に属しながら自律心を持って行動する。

このことが如何に難しいか。
 このブログの読者の方ほどそのことに挫折した経験を持っているのだろうと思う(笑)。

自立した個人は、組織から与えられた問いに対しては組織から喜ばれる答えが用意できる。

しかし、自律した個人は、組織を超えたお客様の価値観に即した答えを用意して組織を変えていく強い力を持っている。

自律した個人とは、答えの無い問いに対して、自ら考え自ら行動して自ら答えを引き出し、この状況に応じた最適な答えを状況に合わせて臨機応変に回答できる人間である。

  Be your own boss.

そんな人間、そんな生き方を目指したいものである。






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2017年5月15日 (月)

一年で一番気持ちの良い季節

皆さん、こんにちは。 
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


ゴールデンウィークが過ぎ、母の日も過ぎ。

  日本が一年で一番気持ちの良い季節が到来した。

日本が一年で一番気持ちの良い季節?。

もちろん、それは地域にもよるだろうし個人にもよるだろう。
しかし、一般的な日本人であればほとんどの方はそう感じているはずだ。

  最高気温26度。
  最低気温14度。
  
梅雨入りまではまだ間があり、夜は窓を開けると心地よい風が湯上りの体を冷やしてくれる。

まだまだ昼と夜の寒暖の差もあり、昼間の日差しの強さを感じながらも、夜は冷んやりとして、かけ布団も夏用の薄手のものと冬用の厚手のものを迷う時期。
こたつの布団も撤去して暑苦しさを撤廃するかどうか迷うのもこの時期。

外の気候は明らかに春を過ぎ、初夏を迎えているのだが、室内も冬の様相から初夏の様相に切り替えていきたい気持ちが急速に感じられるのもこの頃。

山は新緑の緑が眩しく、休日のドライブに出かけると澄んだ空気が最高である。

Facebookでは、過去の同月同日のアップが再び「過去の思い出」として登場してくるのだが、この時期になると那須方面や日光方面へのドライブの思い出のアップがやたら登場してくることからも、如何にこの時期がドライブ日和だったかがわかる(笑)。

  10月の紅葉。
   5月の新緑。

いずれも高原地帯をドライブするには最高の季節。
特にこの時期の新緑は目に染みるほどの輝きを見せる。

そしてこの時期を表す有名な俳句。

  目には青葉
  山ほととぎす
  初鰹

まさに、この時期を表す代表的な俳句であろう。
江戸時代の当時は「初鰹」は非常に高価な魚であったらしい。

  注〜今年のカツオも高価であるが(泣)。

こんな初夏の気持ちの良い日に、生姜やにんにくの薬味が効いたカツオをさっぱりと食べる。

  初物は75日の長生きをもたらす。

とも言われてきた。
当時の江戸っ子は、この粋で高価な初鰹を、やせ我慢をしてでも購入して食べていたのだろう。

ということで、生かつおは風物詩としてもしっかり売り込みたいところである(笑)。

そしてスーパーの店頭には、酢漬けや果実酒用のビンや氷砂糖や酢が並べられ始めた。

  これもこの時期の風物詩。

これも地域性が強い提案であろうが、特に内陸部では果実酒をつけるご家庭が多いように思う。

  手作りの梅ジューツはどんな栄養ドリンクよりも効果抜群。

私はそう思う、というかそう感じた。

  あの体の芯から漲る活力。

特に、梅雨時期から夏場にかけては最高の飲み物となる。

  そんなゴールデンウィーク明けの、歳時記である。





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2017年4月21日 (金)

誕生日を迎えて

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


先日、無事誕生日を迎えることができた(笑)。

  50代後半の誕生日。

10代の誕生日であれば一段一段大人になっていく実感があった。
20代であれば学生から社会人になり経験が成長感を感じさせた。
30代であれば家族と仕事の板挟みに苦しみ成長感など皆無の時。
40代になるとようやく人生の意味を誕生日ごとに理解し始める。

しかし50代の誕生日は従来の時とは大きく異なる。

  従来とは何が変わったか?。

カウントダウンが始まるのである。

  “後何年働けるのか?”

要は、自分の残り時間を意識し始めるのである。

  特に50代半ばからはその意識が高まる。

それと同時に、一年一年を充実させて生きようという意識が高まるのである。

  そこにFacebookの仲間達の影響。

そのような環境が重なったからであろうか、50代半ばからの加速感は就業してから初めての経験である。特に、残り5年を切るとその意識は顕著に現れる。

  なぜもっと早期からのこのような意識を持てなかったのか。

逆に後悔してしまうほどのここ数年間の充実度。
それはどのような部分に現れているかというと、自分の強みを周囲の部下に如何に伝承しておくかという意識であろうか。

これは、動物が持つ遺伝性の論理にも通じているのであろうか。

  自分の遺伝をより多くの部下に伝えておきたい。

そんな意欲であろうか。
そして、そのような意欲を後押ししてくれているのが、このブログを通して得た仲間達やFacebookの仲間達であろう。

  自分の周囲にも頑張っている方達がいる。

そのような方達との交流を通して、私自身の力になっていることは間違いない。

  もし彼らとの交流がなかったなら。

この加速度的な仕事への欲求も得られなかったかもしれない。

  もっと早くこのようなメンバーと交流していれば。

しかし、交流できただけ幸せなのかもしれない。
このような時代背景もあるだろう。

  従来であれば絶対に交流することのないメンバー達。

このネット時代に突入して、見知らぬ人ととの交流が可能となってきた。
そのメリットをいくらでも享受できる時代である。

  そこから先の見知らぬ世界に飛び込む勇気。

その勇気を持って飛び込んだ人間にもたらされる世界。

  その世界を垣間見れた幸福。

それが時代の流れに乗れたということであろうか。

何れにしても、どんな状況においても自らの勇気と行動だけが、自分をあるべき姿に導いてくれるということであり、それを支える周囲の人間関係が自分を強くしてくれるということであろう。

  そんなことを想う今回の誕生日であった。





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2017年3月 9日 (木)

その場全力

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


私が以前の企業で労働組合の執行委員をやっていた頃に流行った言葉。

  「その場全力」。

その場面に直面したら、その場の状況に対して全力で向き合う。
例えば、仕事場では仕事場の役職の顔をして役割を担うが、組合活動という場においては仕事とは相反する立場となるが、そこは立場を組合という組織の目線から見て全力で組合活動を全うするという意味である。

  組合活動での「その場全力」。

それは、ある意味会社側の顔と組合側の顔を認めて、敢えて今はどの立ち位置に立つかという選択をするという少し深い意味があった。

  まぁ〜、それは少し置いといて(笑)。

その場全力。

  悪い言葉では無い。

例えば「全体朝礼」。

  基本的には毎日実施している。

やっていないお店もあるだろう。

  ヒトがいない、時間がない。

しかし、私は基本毎日実施している。

  5分という短い時間で50名が心を一つに出来る。

それが毎日繰り返されることによって、自部門以外の人との交流が驚くほど交わされるのである。

  その延長線上にチームワークが固く結ばれる。

皆で同じ目標を持った時に、スピードを持って対応できる。
その全体朝礼の時に、「その場全力」の話をした。

  部門での仕事。
  全体での仕事。

全体朝礼は全体としての顔で仕事をする。
部門としての仕事という側面だけを捉えれば、朝の開店前の貴重な時間を割いて5分間の時間を取られるのは、部門で働く立場、特に生鮮惣菜で働く立場としては痛いものだ。

だからと言って、全体朝礼をやらなければまとまりのない店舗ができてしまう。

  結果どうなるだろうか。

個人が孤立して無機質な部門運営の為だけの目的で働く従業員ばかりになってしまう。

  時給の高さや仕事の軽さで働くだけの場。

益々、従業員が流出してしまうだろう。

  だから大切にする全体朝礼。

部門を離れて全体朝礼の場に出たら、その場全力で全体朝礼に向き合う。

  その切り替えが大切なのだ。

そこで、開店品揃に携わる店舗内の全従業員と向かい合って挨拶訓練をしたりする。

  情報の共有と元気や気持ち、笑顔の共有が生まれる。

だから、全体朝礼の場では仕事の事は頭から離れて目の前の従業員と向き合うことが大切なのだ。

  それを、「その場全力」という言葉から学んで欲しいものだ。







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2017年1月29日 (日)

次年度方針

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


今日は日曜日。

  しかし、ネタ切れ(笑)。

よって、通常のネタでお願いします。

各社では次年度へ向けての調整が盛んである。

  人事異動。
  方針発表。
  出店計画。

等々。

  慌ただしいこの1ヶ月であろう。

よって、毎年この時期は販売に集中できない状況が続く。
当社も同様(笑)。

  1月中旬からのパート契約更改。
  1月下旬からの人事異動の内示。
  1月店長会での次年度方針発表。
  2月からの人事異動とその対応。
  2月中旬の次年度店舗方針作成。

次年度へ向けての環境の整備が当面続く。

  一年を総決算して次年度へ活かす。
  更に企業方針から店舗方針を作成。

次年度への店舗方針の作成。

  一年で一番頭を使う場面(笑)。

自分で計画してやってきたこの一年を総括して、次年度の企業方針を受けての自店方針の作成。

  この時期が一番想像力を働かせる意味で楽しい時間。

ここ数年は、徐々に状況に合わせて個店毎に考えて行動することを求められる方針に変化してきているように思える。

  店舗で状況を考えて行動する。

その結果としての業績であり、教育である。

  標準化を活かしながら個店で状況に対応する。

理想の姿であろう。
その理想の姿を、如何に高いレベルで実現できるか。

  それがいつの時代でも組織の理想像なのだろう。

それを、毎年組織の現状に合わせながら、より具体的な課題を取り上げて現場で行動していく。

  その永遠の行動が従業員を強くし結果組織が強くなっていく。

企業として、この体制でこの思想でこのような目標を立てて営業活動を実施していく。

  毎年のこの時期の恒例行事。

逆に言うと、このような儀式を経るから、新たな課題と新たな興味に人間は新たな行動を起こすきっかけになるのだろう。

  そしてまた新たな年度が始まっていくのである。










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2016年11月17日 (木)

いつでもwelcome

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


先日、あるパートさんが退職した。

  競合店の出店により転職。

このように表記すると、新規出店する競合店に従業員を盗られるのによく記事に出来るね、と後ろ指を刺されそうであるが、自虐ネタで書いているのではない(笑)。

従業員には一人一人に人生があり、当社で働くと決めてくれる従業員もいれば、やはり時給を魅力に感じて他社へ転職されるかたもいるだろう。

  競合店の出店とは売上以前に従業員の獲得競争なのである。

それを理解した上で、その従業員の働く環境を理解した上で私は彼女にフランクに対応した。

  その人が自分の人生を考慮して自分で判断した転職。

しかし彼女は、このお店で働いてくれた時期は一生懸命やってくれた。

  だから、その一時だけでも感謝しなければならない。

彼女の最終日に、彼女から挨拶があった。

  「本当にお世話になりました(笑)。」

私は返した。

  「本当にありがとうございました。」
  「頑張って頂いて助かりました。」

そして続けて言った。

「おそらく、向こうで少し仕事をすると仕事が嫌になりますから(笑)、その時はいつでも戻ってきていいですよ。ちなみにこれは嫌味ではありませんからね(笑)。

たまたまそこに居合わせたトレーナーも彼女に言った。

  「そう、いつでもwelcomeですよ(笑)。」

私も本気でそう思った。

  “そう、いつでもwelcome”

こういう場合、大抵は転職先を明かさずにコソッと別の理由で退職するものである。

  しかし彼女は私に転職とその理由を打ち明けてくれた。

それは私への信頼だと感じ嬉しくもあった。

  “彼女を応援してあげたい”

だから、いつでもwelcomeなのである。
本気でそう願っているわけではないが、もし彼女が転職先で悩み、再度その職場から離れていと思った時には、いの一番で当店を思い出して欲しいと思うからである。

  こんな経験が何度かあった。

そして転職した元従業員が、転職先の空気に馴染めずに再び当店の門を叩いた時に、私は快く受け入れた経験が何度かあったからだ。
その時も、フランクに転職先を打ち明けてくれて、こんな送り出し方をしたのであった。

雇用する側と雇用される側の繋がり。

  時給以上の深い繋がりとは?。

お互いに、相手を知る、実情を知る、意欲を知る。
そうやって、時給や給与を超えた労働意欲をお互いに持てる環境を創造することが、スーパーマーケットの店長の最大の使命になっているような気がするのである。






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