生き方

2021年3月10日 (水)

笑顔溢れるカフェ

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


先日放映されたドキュメント番組。

  「日本一静かで、笑顔溢れるカフェ」

NHKで毎週日曜日、朝6時10分から30分放映されているドキュメント番組である。
今回は、耳が不自由で普段からの人と手話で会話している方達が、スタッフとして働くカフェを紹介していた。

  NHK故に企業名は伏せられていたが明らかにスターバックス(笑)。

ここでは聴覚障害を持つ一人の女性が、そのコーヒーチェーンで働き始めたことから物語は始まる。
そこで、その女性は聴覚障害を持つ方だけでお店を運営したいという要望を、スターバックスが受け入れ、そのお店は誕生した。

  接客 = 接客用語。

言葉使いや挨拶といった当たり前のことを否定し、言葉を使用せずに如何に接客をこなしていくか。

  このドラマを見て改めて「接客」が問われたような気がした。

従来であれば、決められた言葉を使用し、そこに感情が入ろうが入らまいが機械的な言葉と声量で店内に来店されたお客様とのやりとりや注文受付を行うことがマニュアル通りの接客として拡大して行ったのである。

  よって言葉を発せられない方は必然的に接客業から除外されていた。

しかし、その不問律を破って、手話だけのコミュニケーションでコーヒショップを運営するというチャレンジ。
当然、聴覚障害を有する方同士でお店を運営するわけであるから、普段の従業員同士の会話も手話となる。

  手話をする人は概ね聴覚障害。

よって、まず音が聞こえないもしくわ聞き取りづらい方が多い。
そこでのコーヒー製造に難しさ等を番組冒頭では紹介するが、逆に言うと、音が聞こえないデメリットをその分身振りや動作で相手に言葉を伝えようとする技術には相当長けているというメリットに変えて、自らの存在を表そうとするその姿勢に感動するのである。

  言葉のデメリットを打ち消す表現力。

そこには、必ず相手への注視、笑顔、身振り等が加わり、相手の目を見て満面の笑みで、そしてわかりやすい動作で自らの意思を表現するという人間本来の姿。

  我々人間が使用する言葉を極々最近身につけた技術なのである。

それ以前の数千年は、相手の表情や動作、身振り手振りから相手の意思を理解し、自らも自分の意思を表情他で相手に伝えてきた。

  よって人間の表現力は他の動物を圧倒する表現力を有するのである。

それがいつしかそこに言葉が生まれ、言葉の巧みさから自らのDNAに備わる表現力が退化してきたという歴史がある。

  よって人間は言葉の表現には感動しないが表情他の表現には多いに感動するのである。

そしてこのドキュメント番組。

  再び番組では接客という対面での人間関係を問うたのではないだろうか。

そんな想いを抱きながらこのドキュメントを見ていたのである。

  再び我々接客業は「言葉」を捨てる勇気が必要なのかも知れない。




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2021年2月24日 (水)

乗り継ぐ

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


2007年から乗り始めている日産車。

  走行距離20万キロ以上。

そろそろお役御免であろうか。
そして来月早々に車検が切れる。

  “次は何にしようか?”

ほとんど女房が乗っていた車である為、次に選択するクルマも概ねは女房が乗るようになるであろう。

  よって、女房が何に乗りたいのか。

それもあるが、やはり日産車には日産車の良さがある。

  それは乗ってみないとわからない味があるのだ。

そしてそれは、トヨタ車であろうがホンダ車であろうが、他のメーカーの車であろうが同様に、そのメーカー独自の味があるのではないだろうか。
それは、トヨタ、日産、いすゞ、と乗り継いできた私の車暦から言っても言えることである。

  そして日産車の特性もよくわかる。

日産車はやはり、「走りの日産」と銘打っていた時代からスポーティな走りには定評があった。
更に、エンジンや車体の安定性であろうか。

  特にフォードアのベーシックな車の落ち着いた車内には癒される。

そしてクセのない走行安定性も特筆であろうか。

  といいところばかりが目立つが人それぞれであろうか(笑)。

特に20万キロ以上も乗ってきたクルマは特に車内のシートや内装が特段の高級感もないが、チープさもない。
そして裏毛に似たシート地は温かみがあり、肌触りも良く、この慣れ親しんだシート地だけを取っても、またこの車に乗りたいとい思わせる落ち着きがある。

  しかし発売が2006年である。

かれこれ15年前に発売されたクルマであり、流石に10万キロ前後の中古車でしかないか、それとも使用感のある内装の車となる確率は高い。

  しかし今はネットで検索できる時代。

車種、年代、価格順等で検索すると全国各地から、その車種が検索できてしまうのであるから便利である。

  そしてなんと同じ車種で同じカラーの車が中古市場にあったのである。

比較的近い地域(とは言っても車で1時間程度の距離)に販売店があったので、休日にその車を見てきたのであるが、なんと走行距離で2万キロちょっとで使用感もあまりなく、女房もその気になったので即契約をしてきた。

  やはり20万キロ乗り続けた車には愛着があるものだ。

それは、その車ではなくても、内装や外観に特段の古臭さもなければまた同じクルマでも乗りたいと思えるのであろう。
確かに税金も多少は高くなるようだが、それでも走行距離が少なければ故障も少ないであろうし、まだまだこの後も10万キロ程度は走るであろう。

  またスタッドレスタイヤも来季も使用できるメリットもある。

同じ車を乗り継ぐという初めての経験。

  愛車という領域になってきたのであろうか(笑)。


ps
結果的には現在のクルマをそのまま車検を通して乗り継ぐことになりました(笑)。





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2021年2月15日 (月)

世間が狭いとは

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


世間は狭い。

  よく使われる言葉である。

どのような時に使われるか。

  顔見知りが近くの競合店舗の店長として赴任してきた。
  同僚が昔お世話になった他県の店長の店舗に赴任した。
  学生時代の仲間が赴任先の店舗での優良顧客であった。

これはほんの数事例であるが、それぞれが上記のような運命の巡り合わせではないかと思われるような偶然を、いくつか体験しているのではないだろうか。

それによって、この世の中本当に広いのに、よくぞこのような偶然を引き起こしてくれたものだと思ってしまうことがある。

  そして50年も昔であればほとんど奇跡のような偶然の巡り合わせだったろう。

しかし今やネットの時代であり、見知らぬ遠方の方と簡単に友達関係を築ける時代である。
よって、友達の友達のまたその友達が偶然に同じ職場であったなどという話は、意外によく聞く話として通っているのではないだろうか。

  但し自らがそのネットワークに参加していなければわからない。

ことほど同様に、世間を狭くも広くもしているのは、その本人なのである(笑)。

  自らの行動が世間を狭くも広くもしているのである。

自らの行動とは、その行動力を以って外に出る、ということである。

  自らの行動を以って自分の地域の外のネットワークに参加する。
  自らの行動を以って企業の枠を超えてコミュニティに参加する。
  自らの行動を以って共通の趣味を持つコミュニティに参加する。

等々、現在の仕事の枠の中で、一歩外に出てみて同じ業界の他者と関係を築いてみるとか、一歩外に出てみて同じ趣味を持つ人間との関係を築いてみるとか、一歩外に出て他業種の方とのネットワークに参加してみるとか、いろいろなきっかけはあるだろう。

  大切なのは自らの意志で自らの行動を起こすこと。

そしてそれがきっかけとなり、今までには無い新たな出会いが生まれていく。

  それは自分が想像していた以上のインパクトをもたらすものである。

そうやって、どんどん外部との関係を築くことによって、自らのネットワークが広がり、その広がりの中での人間関係の拡大の結果が、いつの間にか「世の中が狭い」と感じるようになっていくのである。

  「世の中が狭い」と感じるのは自分自身の行動の結果なのである。

よって、その延長線上に「顔の広い」存在となっていくのであろう。

  顔が広い人間ほど、世の中は狭いのである。

“あんまり顔が広くなりたくない”

  と思っても、相手が自分を知っているという関係になっていく。

芸能人や著名なスポーツ選手のスキャンダルも同様ではないのだろうか(笑)。

  自分では相手を知らないが相手は自分を知っている。

よって、知らない相手に付け回されて挙げ句の果てにはその瞬間を撮影されている。
その話と先ほどの「世間が狭い」という話は多少趣旨が異なるかも知れないが、結果的に顔が広くなっている点では同じであり、いつの間にか自分は知らないが相手は自分を知っているという関係が出来上がってしまうことはよくあることだ。

  「世間が狭い」。

これを如何に自分に活かすかどうかが重要であろうか。

  その顔の広さを以って行動する。

そこには従来には考えられないほどの可能性が宿るのではないだろうか。






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2021年1月20日 (水)

王者復活

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


全日本の卓球選手権。

  今年は無観客での開催となった。

そして女子では石川佳純が5年ぶりの賜杯を手にした。
石川佳純に関しては、以前にも取り上げたことがある。

メンタルを鍛える〜http://tetu-syoubai.cocolog-nifty.com/blog/2020/08/post-201c71.html
変われる強み〜http://tetu-syoubai.cocolog-nifty.com/blog/2018/01/post-f741.html

  結局は私自身も石川佳純の応援者なのであろう(笑)。

賛否両論あろうが、私はあの獲物を射るような目線が好きだ。
更には、ドキュメントに登場する石川佳純は、その挙動においても撮影を意識しないで自分の気持ちを地で出してしまうところも好きである。

  “福原愛との関係がどうのこうの”

そんなネット上での批判もある。

  しかしアスリートは戦ってナンボ、勝ってナンボ。

そう思っているから、別にライバルとの関係や撮影時の挙動がどうのと言われてもそんなの関係無いと思っている。

  要は彼女自身の勝負へのこだわりとそこから得られる部分。

それが彼女に感じられればいいと思っている。
そんな彼女が、今年度の全日本選手権で5年ぶりに優勝した。

  彼女は確かにここ数年低迷していた。

それは、伊藤美誠や平野美宇等の20歳前後の若手の台頭と球の変更にあった。

  従来のセルロイド製の球からプラスチック製の球への変更。

それによって、球の回転を利用するスタイルから球の反発力を利用する卓球のスタイルへと変化していったことにもよる。
そのプラスチック製の球のメリットを活かした若手の台頭とも言える世代交代。

  そこに乗り切れなかった石川佳純という女王の姿。

その石川佳純が環境の変化にもがき苦しみながらも、ようやく一昨年の12月に平野美宇を破り東京オリンピックの代表に選出された。

  そしてコロナ禍の中での昨年一年間。

石川佳純は現在27歳。そして今回の全日本選手権決勝の相手は伊藤美誠20歳。

  27歳と言えばアスリートとしては体力のピークは過ぎているであろう。

逆に伊藤は現在から数年がピークであり、体力面や勢いでは石川佳純を圧倒しているであろう。
しかし勝負とはそのような個人と個人の戦い。

  特に卓球のシングルスとはそういうものである。

そして昨年のコロナ禍において、石川は再び自らの体力面に視点を向けて体力強化を図ったという。
その体力面での自信と、プラスチック製の球に対応するための自らの戦法にもなれてきたのであろう。

  そこに従来からの武器である勝負に対するこだわり。

石川はこの戦いは当然にフルセットまで持つれるであろうことを想定していたのであろう。
よって、1−3と劣勢になっても、それも想定内という思惑で伊藤美馬と冷静に向き合っていた。

  「最後まで気持ち的に諦めませんでした。」

そんなインタビューの返答通りにその劣勢から第5セットをジュースの末に取った。

  後のインタビューで石川が語った勝負の分かれ目。

まだ2−3と劣勢ではあるものの、27歳の体力を超えても相手を射る目で勝負をする石川と伊藤の優位性は完全に逆転したと言える場面であったのだろう。

  そして近いうちにNHKの仕事の流儀で取り上げられるに違いない。

楽しみではある(笑)。







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2021年1月 4日 (月)

見る景色を変える

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


今日から仕事始め。

  世の中が通常に戻るとき。

通常の年始であれば、の話だが。
但し今年は見る景色を変えなければならない。

  逆に言えば見える景色が変わるということだ。

何れにしても、従来の年始の景色とは異なる景色が初春から現れることになるであろう。
しかし、外部の激変していく景色だけに捉われていては本業が疎かになってしまう。

日常的に見ている自分のお店の売場をしっかりと把握していくことが、今年は重要となろう。
よって日々の中でルーチン的に売場を見る時間を設ける必要があろう。

  いわゆる定点観測。

定点観測とは競合店を一定のサイクルでMRをし、時系列的な変化を観測することである。
そこから競合店の52週の変化であり、売価設定の変化であり、人材の変化等が見えてくるというものだ。

  同様に自店においても同じことが言える。

同じ時間に同じ部門の売場の状態を観測することによって、その日の異常値が見えてきたり、売場自体の陳列商品を見ることによって、その日の強み弱みをチェックすることにある。

  そうやって売場の「スルー」を防止するのである。

というように自店、競合店の売場のチェックをするのであるが、とは言っても同じ自分の価値観で売場やオペレーションを見ていても見える景色は変わらない。

  見る景色を変えることが必要となる。

その為に競合店の定点観測は一番手頃な「景色の変化」ではあるが、そこから先を歩もうとすればやはり話題の新店や異業種であるドラッグ、ホームセンター、コンビニも競合店として食品スーパーを浸食しているわけであるから、違う景色として受け止めなければならない。

そうやってどんどん自らの視点を外部に移していくと見えてくる景色が変わり、その視点の広がりから振り返って見える我が店舗がより客観的に見えてくるのである。

  自店の強み・弱み。

それが、競合各社や異業種を視察することによってより明確に洞察できるのである。
そしてそれが見えてきた段階で、更に興味はその裏側にある企業や店舗の考え方や価値観、そして具体的なオペレーションにまで及んでくると、更に突っ込んだ踏み込み方が必要となろう。

  それが他企業との合同研修会等であろうか。

しかし、それも企業が店長や部門チーフ、担当者を選抜して参加させるものであるから、自らが手をあげて参加しようとしてもなかなかその機会が巡ってこないのも事実であろうか。

  そのジレンマをどこに求めようか。

そこに、自らの「見える景色」を自らが如何に変えようかとする行動力なのではないか。

  言うなれば「自ら見る景色」。

自らが見る景色を自ら変えて見てみるという行為。
その行為自体が唯一自らを変えることが出来るのである。

  要は積極的に自ら扉を開けて飛び出していくことである。

それは企業の教育制度に頼らずに自らの意志と行動を以って組織から外へ飛び出す勇気が必要であろうか。

  そしてそこから見えてくる景色。

それは今ままでに見たこともない世界である。

  間違いなくそんな景色が目の前に現れてくるであろう。

そしてそんな景色が見えてくると、如何に自分が今まで見ていた景色が味気の無い淀んだ景色であったのかが理解できるのでる。
逆に、今まで見えて来なかった自社や自店の優位性も見えて来る。

  それはやはり外の景色が教えてくれるのである。

それだけ「外の景色」とはいろいろなことを教えてくれるのである。






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2021年1月 1日 (金)

新たな幕開け

皆様、明けましておめでとうございます。
そして今年も一年、よろしくお願い致します。

  食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


昨日の大晦日を経て、新たな年の幕開けである。

  そして本日初売り開催の皆様、本当にご苦労様です。
  また元旦休業の皆様、ゆっくりとお寛ろぎください。
  
昨年のクリスマス商戦から続く年末商戦、ご苦労様でした。
例年同様に当方は本日は店休により休日となっております。

  今年は元旦から明日、または明後日まで休業の企業が多いのではないだろうか。

特に都心に近い企業ほど、昨年後半から休業を予定していた企業が多かった。
よって、31日の買い溜め、本日営業店舗での買い周りが発生すると思われる。

  しかしそこは企業の考え方次第であろう。

元旦営業も大切だが、従業員の働きやすさも同時に満たさなければならない。
当方も企業を変えてみてわかったが、年末31日の年間最大ピークを経てからの元旦営業があるかないかで、31日までのモチベーションが大きく異なることを知ったのである。

  それだけ元旦の休日というのは言葉では言い表せない安堵感がある。

それは決して悪い方向ではないし、かってはどの企業も元旦から二日間程度は休業していたのであるから。
単に、せいぜい四十年程度昔に戻ったと思えばいいのではないだろうか。

  とは言っても本日営業の皆様の苦労は思うとなかなか本音は言えないのであるが。

さて、2021年が幕を開けた。

  今年はどんな年になるのであろうか?。

毎年そんな風な予測をしてみるのであるが、今年はどう考えてもコロナ禍をメインに世の中が動いていくであろうことは想像に難くない。

  コロナ感染がどのように世の中を変えていくのか。

今年はワクチンが早々に世界各国で接種され、その結果がどのように感染者数に反映し、どのように経済が回り始めるのかというところに全世界の目が向くであろう。

  そして我々業界は昨年2月からの特需の反動を迎えるのである。

流石に昨年の2月からの数ヶ月間は異常値であり、その業績は超えることは不可能ではあろう。
よって、今年はどこに予算を合わせて数値評価していくかであろうか。

  そして業績が普段に戻れば戻るほどに企業間格差が生まれる。

昨年はどの企業もどの店舗もある一定の高い売り上げを維持できたが、コロナ感染が収まれば収まるほどに以前以上に業績が落ち込む企業や店舗と、新たなお客様を創出できた企業や店舗とのギャップが生まれる年となる。

  コロナ禍がもたらしたものはお客様の買い物動機のシャッフル化である。

従来の買い物動機として、以前にも五感を取り上げた。

  http://tetu-syoubai.cocolog-nifty.com/blog/2020/12/post-60249e.html

その五感によって従来の買い物をどのお店でという動機が今回のコロナ禍によって、全てシャッフルされ、とにかく近場で三密にならずに食材を購入できる食品スーパーという買い物動機へ移行して行ったのである。

  そんシャッフルされた五感による買い物動機が新たに組み立てられるのが今年であろう。

その五感を再び、早々にお客様に提案できた店舗はそのままその五感を感じたお客様達から期待感を抱かれて高い来店動機を得るのであるが、単に欠品対策のみに終始した店舗は、来店動機のシャッフル後は再び混迷を極めるのではないだろうか。

  そういう意味でも新たな幕が開くのである。

個人的にも今年は新たな幕開けの年。
また一年、このブログにお付き合いいただきたいと願っております。

  今年もよろしくお願い致します。






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2020年11月26日 (木)

朝型人間と夜型人間

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


何かをやる時も「乗る」時と「乗らない」時がある。

  特に書き物をする時などに多い。

「乗っている」時は、どんどん次の展開が頭に浮かんできてパソコンを打つ手が止まらないのであるが、「乗らない」時はじっと考え込んでしまって中々行が進まない。

私の場合は午前中から日中にかけてがそんな時間となっている。

  よって書き物をする時間は午前中が多い。

その時間であると、ブログもそうだし仕事面での計画、反省、そして対策等の全体像から絞り込み、そして具体策まで流れるように頭に浮かび、そしてまとめ、結論が導き出される。

  しかし夕食後は全く頭が回らない。

よく、朝型の人間とか夜型の人間とか言われるが、私は間違いなく朝型の人間であると思う。
しかし、夜型の人間にもなりたいと思う時もある。

  夕食を食べてからの時間も結構あるからだ。

夕食後の4〜5時間で本を読んだり、ブログを書いたり、資料をまとめたりと思うのだが、どうしても考えがまとまらない。

  思考能力がいきなり落ちていくのである。

そこから何かを読もうとすると、睡魔が襲ってくるし、ブログを書こうとすると思考が同じところを何回もぐるぐると回ってしまい、先に進まない。

  要は考える力が極端に低下するのであろう。

人間は食事を摂ると全身の血液が胃腸に回り、脳へ回らずに脳の思考能力が低下すると何かで読んだことがある。

  人間は食後2時間後が一番脳が活性するという。

朝食を7時に食べれば午前9時からが一番活性する時間であり、昼食13時に摂れば午後3時からが活発になる。
それと、脳が「乗る」時間が一致していることから、やはり「乗る」ことと食事の時間は関連性が高いのであろう。

  しかし夕食後はどうか。

よく、夜型の人間は夜から夜間にかけてが脳が活性し乗るのであろう。

  一説によると朝型人間と夜型人間には遺伝子の影響があるという。

よって、自分が受け継ぐ遺伝子により朝型なのか夜型なのかにある程度区別される為、例えば夜型の人間が朝型に変えようとしても中々うまくいかないという。

  朝型の特徴は朝から規則正しい生き方であり体調管理もしやすい。
  夜型の特徴は夜間でも臨機応変に行動できるが体調管理も難しい。

どちらにもメリット・デメリットあるが、そのメリットを活かしてデメリットを解消した生き方を自分の特性を活かして管理していくことが重要なのであろう。

  そして夜型人間の特徴は夜の社交。

夜になると社交性が増し、いろいろな人間との交流によりビジネスチャンスにも長けているという。

  夜も飲まずに社交性も無い朝型人間の自分には無縁の世界。

なるほどなぁ〜と思う次第であった(笑)。







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2020年10月 6日 (火)

伝説のコンサート1980年10月5日

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


今日は日曜日、では無いが、

  芸能ネタでお送りしたい(笑)。

先日、ある女性歌手の引退コンサートが放映されていた。
彼女はその日から数日間は数本の歌謡番組には登場したが、それ以来、一切の芸能活動をせずに今に至っている。

  山口百恵。

弱冠21歳で芸能界の頂点に上り詰め、その頂点で芸能界を引退。

  その後は一切の芸能活動をせずに三浦友和の妻を全う。

まさに伝説の歌手であり、伝説のコンサートが解禁となり、今回の放映となった訳である。

  当然その番組を録画された方は多いであろう。

私もその一人である。

  あのマイクを置いて去っていく印象のシーン。

そのラストコンサートが全て放映されるのであるから、山口百恵を知る当時の人間の多くはそのシーンを見たいと思うのではないだろうか。
という訳で、10月3日の夜にNHK BSプレミアムにて放映されたのを録画した。

  山口百恵のラストコンサート 。

それは、10月の5日。

  40年前の昨日がその日であったのだ。

流石に当時の画像だけあって、多少のボヤケはあるが、彼女の圧倒的な歌唱力と表情は時代の格差を超えて視聴者にしっかりと伝わったのではないだろうか。

  そして改めて想うのは彼女の偉大さ。

それはそのラストコンサートを見ているだけでも伝わってくる。

  そしてその時の彼女は21歳ということ。

コンサートに映る彼女の仕草であり表現であり、更には会場の視聴者との会話。
会話と言っても直接に言葉をやり取りするのではなく、歌いながら会場の方々と態度であり表情でありで会話をしているのである。

  会場との一体感。

特別に激しいリズムや踊りの入る楽曲はなく、客席でも大声で声援するということも無い(一回だけ会場から「友和さ〜ん」との掛け声が掛かり本人も苦笑いはあったが(笑))が、それでも会場の人たちとの一体感が感じられるコンサートであった。

このコンサートで歌う楽曲の多くは、阿木燿子作詞、宇崎竜童作曲

  プレイバックパートⅡ
  絶体絶命
  イミテーションゴールド
  愛の嵐
  夢先案内人
  謝肉祭
  横須賀ストーリー
  ロックンロール・ウィドウ
  曼珠沙華
  不死鳥伝説
  歌い継がれていく歌のように
  さよならの向こう側

最後のさよならの向こう側は涙で歌えなかったが、その後にマイクを目の前の床に置いて去っていく姿が、伝説のコンサートの所以であろうか。

  当方もさよならの向こう側以降は涙が止まらないほどの感動。

人気絶頂にありながら今までの全ての栄光を捨てて一人の女性として伴侶を支えて生きることを選択する。

  そこに彼女のブレない強さがあるのであろう。

その強さが40年後に伝説から神話となって蘇ってきたのである。









  

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2020年9月17日 (木)

個の時代

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


個の時代。

  そう言われて久しい。

個人が組織という大船に乗っているという鎧を脱ぎ捨て、自己責任で自分の人生を切り開いていくという気概と行動を伴った生き方をしていく時代であるという生き方のスタイル。

しかしなかなか概念的には理解しても我が事として捉えられない時が過ぎていったように思う。

  更に到底我々世代には概念的にも理解できない思想であろう(笑)。

ましてや「働き方改革」という言葉によって、企業内での就業時間も長かろうが短かろうが企業としては従業員を守らざるを得ない時代になってくると、自らの価値観を持って企業内で就業しようという気概も持ち合わせない従業員も逆に増加したような気もするのだが。

  しかしコロナ禍がそんな時代も早めたような気がするのである。

従来であれば、企業側が従業員の成長を願っていろいろな研修会に派遣または自社に研修会を招いて交流の場を提供していきたのだが、このコロナ禍以降はそれも停滞、または停止している状況であろうか。

  そしてそれもいつ再開するのかしないのか。

逆に言えば、従業員がそのことを期待していては、個人としての成長に個々の差が生まれていく時代になっていったと捉えるべきなのではないか。

  企業内での自分の成長。

それは以前にも記したと思うが、集合研修と現場でのOJTがメインであると思う。
そしてその一つの集合研修が停滞している現状。

  残るは現場でのOJT。

しかし、それを再び提唱しても、従来と何も変わらないのが現実ではないだろうか。
ある教育機関の事例では、コロナ禍以来集合研修等は現在はほとんど延期か停止状態という。

  逆に通信教育が伸びているという。

それを企業側が集合研修から通信教育に切り替えて従業員教育を図っているのか、個人が自己責任において自ら通信教育という学びの場を得ているのかはわからない。

  その両方だとしても自ら学ぶという手法を選択した個人も多いという事だ。

自ら学ぶ場を選択し、行動し、実践していく時代。

  それが「個の時代」という事なのであろう。

よって、企業側から一律に教育の場を提供し、ある意味強制的に従業員の教育を実行していた時代から、個々人が自らの判断で現場のOJTでは学べない学びの場を自分で模索しながら参加していく時代に急速になってきているということであろう。

  そういう視点でこの業界の教育システムを見てみると。

たくさんの学びの場が提供されているのである。
企業側が用意した教育の場の提供ではない為、なかなかそのような場を模索することは無いかもしれないが、本当に現場の仕事に対しての疑問を自社の解決システムだけでなく、より開かれた学びの場において、より解放された思考風土に触れることによって同じ学ぶ仲間とともに学び合える場というものがたくさん提供されているように思うのであるが。

  が、・・・ 。

やはり企業相手に提供されている教育プランであるが故に、コスト的には相当高額になっているのも事実であろうか。

  そして通信教育やリモート教育というシステム。

どちらかというと、企業側が全般的な基礎知識の習得の為の教育システムという兼ね合いが強い。
それを望む個人もいるかもしれないが、外部研修で一番楽しみなのは他流試合である(笑)。

  同業他社の企業人との交流を通しての情報交換。

何より、この部分が外部研修での一番の楽しみであり、価値観の違う他企業との交流からの情報交換の場が一番の学びの場となるのである。

  そしてそれは同じ現場で働く者同士のOJTそのものでもある。

そのような他流試合を積極的に提供している場での学びが個人としても継続的に参加できる環境のあるのではないだろうか。

  自社以外の人間との他流試合。

できればこのような場により多く足を踏み入れていきたいものである。









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2020年9月 1日 (火)

成功体験をゼロにする

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


先日は「上半期を振り返って」を記した。
http://tetu-syoubai.cocolog-nifty.com/blog/2020/08/post-4f6bdf.html

  コロナに振り回された半年。

一言で言うと全てはコロナに集約される上半期であった。
そして日本国内の各産業もコロナからの影響を大いに受けているのである。

  特に観光業、航空業、外食産業の影響は甚大だ。

それは今なお続いており、この影響がいつ収束するかもわからない。
そして我々の業界ですら、店内での3密の防止策として店内が混雑するようなイベントや販売促進は全て姿を消した。

  よって大型店で集客力のあるイベント停止による影響も大きい。

と言うように、我々業界ですら影響が出ているのであるから、上記産業の影響は相当なものであろう。

  そして従来の成功体験はそのほとんどが機能しない状態であると言う。

特に外国からの観光客を取り込む業界は前年比10%未満という話も聞く。

  これまでの成功体験をゼロにして再構築しないと経営できないレベル。

これを自分に置き換えてみよう。

  今まで学んだ成功体験をゼロにする。

そう考えただけで、この業界で学んできた今までの知識や知恵、経験がなんの役にも立たなくなってしまったという想定である。

  それは自分の存在価値がゼロになるということである。

そんな状況の追い込まれたとしたら、自分はこれからをどう生きていけばいいのであろうか。
それを考えるだけでも、息が詰まりそうな感覚に陥ってしまう。

  “本当に成功体験をゼロにすることが出来るのか?”

そして自分の成功体験がゼロになったという気持ちに耐えられるのだろうか、という疑念も湧いてきた。
しかし逆に、違う考え方も頭をよぎるようになってきたのである。

  成功体験の多さがこの現場を打破出来るのではないか。

結城先生のブログには、「コロナは時間を早める」とある。
であるならば、成功体験を積んできたからこそ、次へのステージにいち早くかけ昇れるのではないだろうか。

  要は次のステージが見えるかどうか。

それは常に次のステージを見る努力をしてきた結果、次へのステージ模索してきたからこそ、その時間が早まったということであり、従来の成功体験にあぐらを描いて来た者にとっては、単にその成功体験を失うということに過ぎないのであろう。

  成功体験を積み上げて次のステージを目指してきたかどうか。

そこに、次へのステージが見えるか全く見えないかという明暗のくっきりした違いなのであろう。

よって、成功体験にしがみ付くのではなく、成功体験を通して学びより高い位置から次のステージを目指した者だけが、先手を打ってそのステージに駆け上がれるということであり、それが「コロナは時間を早める」という意味なのであろう。






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