生き方

2020年6月10日 (水)

職場環境

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


職場環境。

  従業員はこの環境次第で如何様にも変化する。

前向きな環境であれば、従業員が前向きに売場作りや発注に連動し、その結果として知らず知らずにそれが売り場に連動して、その売り場にお客様が反応して来店客数が増加していく。

後向きな環境であれば、従業員も後向きに売場作りや発注に連動し、その結果として知らず知らずにそれが売り場に連動して、その売り場にお客様が反応して来店客数が減少していく。

  職場環境。

それは「職場環境」が人を変えるのか、「人」が職場環境を変えるのか?。

  当然、「人」が職場環境を変えるのである(笑)。

それでは「人」が変われば職場環境が変わるのか?。

  一度確立した職場環境は早々変わらない。

前述として「前向きな環境」と「後向きな環境」と言い表したが、職場環境が前向きか後向きかという空気は非常に重要である。

  この空気が従業員感染していくのである。

まるで新型コロナウイルスのように(笑)職場内を空気感染させてしまうのが、職場環境とでも言い表せようか。

  それではどうしたら「前向きな職場環境」に変えられるのだろうか?。

それは、その職場内での評価制度に依るのである。

  前向きに行動したら褒められる。
  前向きに行動したら給与が上がる。
  前向きに行動したら全社の事例として取り上げられる。

等々に、企業として店舗として、個々人の前向きな姿勢を評価する制度が整っていることは非常に需要なファクターとなろう。

  店舗内で全社1位を取ったら全体朝礼で表彰された。
  販売コンクールで全社1位を取ったら社長から表彰状を頂いた。

特にパートさん一人一人が店舗内や全社で評価されるという制度が積極的に活用されている企業や店舗では、前向きな環境は創造しやすいと言えるのではないだろか。

  これはまた「逆も真なり」であろうか。

積極的に全社1位を狙ったが逆にロスが発生して利益が大幅に減少した。
その一時だけの事例から、前向きな姿勢を二度ととらなくなったという事例もまた数多い。

  要は確率の問題である。

「前向きに挑戦する姿勢」を持つ従業員がどれだけの割合で組織内に存在しているか。
これによって、職場内の空気は「前向き」であるか「後向き」であるかが決まるのである。

  それを推進出来るのはやはり組織のリーダー。

そして、組織も個人も成功と失敗を繰り返しながら成長していくものであるし、それに連動して来店客数も増減していくものである。

  更に組織や個人には、挑戦し続ける資質と挑戦しないことを続ける資質がある。

是非、挑戦し続ける資質になるまで、失敗から多くを学び次への成功のステップにしていく資質を組織全体に植えつけていきたいものである。





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2020年5月 5日 (火)

品格にこだわる

皆さん、こんにちは。
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仕事を身に付けていく過程で習得していくマニュアルや技術。

  我々は経験に応じていろいろなことを学んでいく。

それはなにも販売技術や接客技術だけではなく、商売の原理原則も同時に学んでいくものである。

  その過程の中で仕事への取り組み方や仕事観、人生観も同時に学んでいく。

その仕事観や人生観は企業毎に異なってくるものだということが経験を通してわかってくることになる。

  それは転職をしたりM&Aによって異文化と接する機会がそうさせるのである。

仕事観や人生観。

  それは仕事への取り組み方であり階段の登り方であろうか。

どんな取り組み方をして結果を出すのか、どの階段を登って目標とする姿を目指すのかである。

  Aという企業は右の階段を登ることを文化としてきた。
  Bという企業は左の階段を登ることを文化としてきた。

このAとBが合併したら、その調整には並大抵では済まないであろう。

  更にAがBを吸収合併したら。

Bを歩んできた企業人は大きな戸惑いを覚えるであろう。
そこで挫折をして退職する人材も出てくるであろうか。

  最終的には目指す姿は同じではあるが。

ただし、右の階段と左の階段には大きな違いがあった。

  それは品格の差。

同じ姿を目指すとはいえ、手段を選ばない右の階段と商売人としての通りに準じた左の階段とでは異質の登り方となるのである。

  右の階段を登ってきた人間は左の階段を周りくどいと嘆き
  左の階段を登ってきた人間は右の階段を品格がないと嘆く

それは仕事観の違いからくるものであろうか。

  素直に言って結果を求める企業はあまり接客に関心が無い。

そして先輩後輩の礼儀という日本人の特性にも無関心であり、とにかく結果によって職位も給与も応じている。
結果として、企業業績も結果を出している。

  しかし内部の従業員の入れ替えも激しい。

方や左の階段を登ってきた企業は接客にも力を入れ、結果としてお客様からの感謝の言葉を受けることが多い。
更には企業人としての先輩や後輩との繋がりも強く、そのような関係を入社時から構築してきた為、人材の入れ替えが少なく一生の仕事として捉えている社員も多い。

  どちらが「働き甲斐」があるかということだろうか。

働き甲斐という階段から従業員のモチベーションを高めて、一生働ける企業としての階段を登りながら企業が目指すあるべき姿を求めていく左の階段と、とにかく結果を求めてその評価に徹する右の階段。

  よって右の階段で当たり前のことが左の階段ではタブーとなる。

それをB社では品格と言い、A社では無駄と言う。

  さて皆さんは「品格」どう評価しますか?(笑)。






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2020年4月 8日 (水)

コロナの脅威

皆さん、こんにちは。
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コロナの猛威が止まらない。

  その感染力は脅威である。

しかしコロナウィルスの脅威はその感染力だけでは無い。

  人間の強みまで奪おうとしているからである。

人間とは微生物の時代から紆余曲折を経ながら進化してきた動物である。
そして今日のようにこの地球上で他の動物を凌いで高度な文化を築き支配してきた。

  その支配の歴史の中で築いた人間の強みとは。

その強みとは、他の強食動物よりも肉体的に劣りながらもその支配から逃れ、独自の高度な文化から織りなす生活力で高い生命力を養い今日を築いてきたのである。

  その根底にある人間の強みとは何か?。

それは、人間同士がお互いにコミュニケーション能力を高めて「連帯」する動物となって成長してきたからである。

  連帯。

要は人間同士が組織化して他の動物の脅威から逃れてきた歴史である。
人間同士が連帯して、狩猟をしまた農耕によって田畑を耕し果実を育てて安定した食生活を築くことが出来たからである。

  人間は唯一表情を持つ動物である。

その表情からお互いの会話を持ち、更に言葉を持ってより具体的な連帯化を図り、より高度な文明を土台としてより安定した生活をすることができるようになってきたのである。

  その根底には人間同士の連帯が存在する。

しかし、今その人間の最大の強みである連帯化が根底から崩壊しようとしている。

  新型コロナウィルスにより人間同士の濃厚接触が分断されているのだ。

もしかすると、長い人間対動物の争いの中で、目に見えないウィルスという敵に人間社会が分断され、その強みが奪われ、弱体化していくのではないだろうかという不安がある。

  そこがこのウィルスの脅威であると私は思っている。

イタリアではその人間の強みである接触からコロナウィルスが蔓延してしまったとも言われている。

  人間の強みを最大に悪用したウィルスの知恵なのではないだろうか。

そしてそこから人間同士は接触を恐れ、連帯することもできずに、徐々にその強みを失い弱体化していくという筋書きをこのウィルスが意図しているとするならば、これは人間の最大の危機と言えるのではないだろうか。

  このウィルス対策の為に巣篭もりを強要されている。

そうやって濃厚接触を避けることにより、このウィルスの蔓延を防ぎ、その間にこのウィルスに対する防御薬や予防薬が開発され、その後のウィルスを根絶しようと人間たちは行動を始めたのだが、それは人間の強みを一時でも失うということでもある。

  人間の強みを放棄してでも対抗薬を開発する。

そのどちらが早いのか。

  もしかするとこのまま人間はその強みを失うかもしれない。

それが今回のコロナウィルスの最大の脅威ではないのだろうか。

それを乗り越える人間同士の連帯をどのような形で維持継続していこうとするのか。
それがこれからの人間の進化になっていくのであろう。






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2020年4月 3日 (金)

「しる」から「やる」へ

皆さん、こんにちは。
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日常の中で知っていることは意外に多い。

  しかし知っていても実行が出来ないことが多い。

私たちの周囲にはいろいろな情報が溢れている。

  テレビからの情報。
  取引先からの情報。
  競合店からの情報。
  商品部からの情報。
  ネットからの情報。
  データからの情報。
  お客様からの情報。
  従業員からの情報。

店舗で仕事をしているといろいろな情報に遭遇する。

  競合店の出店や閉店の情報。
  取引先からの新商品の情報。
  自社からの重点商品の情報。
  自店データからの売上情報。
  ネットからの同業他社情報。
  テレビからの天気予報情報。

営業に関わる情報がいろいろな情報源から流れてくる。

  もっともこの情報に触れるかどうかも個人次第であるが。

個人によっては、上記情報に積極的に触れる人間もいれば、消極的に入ってくる情報にだけ触れる人間もいよう。

  要は個人によって持っている情報量は大きく異なってくるということだ。

よって、情報量を多く持つことは大切なことではある。
それだけ、その情報を行動に移行するチャンスが多くなるということだ。

しかしもっと重要なことがある。

  それは知り得た情報からどれだけ多くの行動に移せるか。

競合店の新規出店情報が入ってきたら。

  いつ、どこが、どこに、規模は、どのような。

そこから自店にどれほどの影響があるかを見積もり、分かった段階からどのような対策を今から打っていくのか。
テレビから直近の天気予報が入った。

  週末に大型の台風が日本列島を直撃するかもしれない。

そこから、自店への影響を及ぼす日を想定し、その前に買いだめ需要を想定した発注を従来の経験から選別して売場を充実させ、台風直撃の当日の設備面への配慮であったり夜の退店時の撤去であったりを如何に事前に計画し実行できるか。

  そこにチャンスとピンチをタイムリーに取り込むことができよう。

今回のコロナショックへの対応も同様であろうか。

  週末の外出自粛要請。

そこから想定されるお客様の買い物行動。

  いつ、どのように、どんな商品が、買いだめ需要の対象となるか。

思えば、このような有事の時になればなるほど、知り得た情報から如何に早く的確に情報を行動に移して行動できるか。

  そのスピードが命となるのである。






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2020年3月23日 (月)

どの階段を登るのか

皆さん、こんにちは。
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仕事での業績改善。

  我々に課せられる当たり前の日常。

その為に我々は日々売場を作り、お客様が来店し商品を購入し、売上から利益を出す。

  その結果としての部門利益の積み重ねからの店舗利益、企業利益、そしてそこから捻出される我々の給与。

よって、最終的には我々は自分が担当する部門や店舗の利益を創出することが最終的な目的となる。
その為に、店舗内の設定された部門スペースを有効活用して売場を作り販売する。

  その為に部門に人材が投入され教育され共に売場作りに携わる。
  そしてその人材が発注をし納品された素材を商品化して陳列する。
  更に清潔な売場を維持し接客を磨いて買い物環境を整えていく。

それら店舗運営に関わる全てのあるべき姿を理想として、我々は日々このあるべき姿を追い求めて日々の業務に携わる。

  あるべき姿は企業毎にマニュアルとして見える化されるものもある。
  企業トップや本部スタッフが店舗巡回時に現場でアドバイスもする。
  店舗内では店長が日々あるべき売場作りの為に各部をチェックする。

そして最終的な利益創出の為に、各部各人が自分が考えるあらゆる手法を講じて日々の売場を積み重ねていくのである。

  しかしそれと同時に商売の環境も日々変化していくのである。

青果物の相場も変われば、日々の天候や気温も変化していく。
競合店の出店もあれば閉店もあり、競合環境も変化していく。
コロナショックのような激震もあれば企業のM&Aも生まれる。

  それらの環境の変化に合わせて販売手法を変えていく。

このように、最終目的を利益の創出ではあるが、その過程には色々な手段が存在するのである。

  要は利益という目的の為にどの階段を登るのかという問いである。

そして現場からよく聞かれる言葉。

  「いろいろな人がいろいろな事を言う。」

それは店舗チェックする人間が自分の登ってきた階段での成功事例からのアドバイスをしている訳であるから、どの言葉も成功へのステップとしては正しいものではある。

しかしそのアドバイスは、そのチェックした瞬間だけの店舗での問題点であり、日々継続して店舗を見ている店長からすると納得のいかない部分が多分にあろう。

  そして現場で実行する最終決定者はやはり店舗のスタッフである。

特に店長は最終決定者であり指示者でもあるわけだから、どの階段を登って目標にたどり着くのかを判断するべき人間であろうか。

  但し店舗運営のベースはあくまでも基本とマニュアルが原則となる。

そこを外してはどんな施策も継続できないし、変化への対応も出来ない。
そして、世の中の変化や商売環境の変化にどう対応し、どの階段を一歩踏み出すのかを現場が判断しその一歩を歩むのである。










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2020年3月17日 (火)

即答

皆さん、こんにちは。
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即答。

  意味は即、答える。

意味は単純で簡潔な内容。

  ビジネスシーンでは非常に重要な課題だと思っている。

しかしこれがなかなか出来ないのが現場だろうか。

上司がある質問が突然降りかかってきたとする。

  それも大勢の会社の関係者の前で。

そんな壮大な場面では即答出来る能力があろうとも、あまりの緊張感に襲われてとてもとても的確に即答などできるものではないかもしれない(笑)。
まぁそれはそうそうあるものではない特別な場面だとしても、普段の上司と部下の会話、同僚同士の会話において、質問する方が即答を求めている場面は多々あろう。

  その時に質問者が求めているのは即答。

それは、コンマ数パーセントの正確な数値の回答を求めているのではなく、極端な話数十パーセント単位の大雑把な回答でも良いから会話のキャッチボールを手早く回転させ、会話のステージをどんどん引き上げていきたいという意図がある時である。

  よって瞬間的な即答が会話の次へのステップに重要な役割を果たす。

しかしその期待に対して、回答する方はどうしてもその問いに対してより正確な回答をしようとして考え込んでしまう場面がある。

  雑把でいいから即答を期待する質問者。
  より正確な回答をしようとする回答者。

そのギャップがコミュニケーションギャップとなって、お互いの会話から次へのステップや更に上のステージに乗っていけない要因であると言えるだろう。

  特に上司との会話においては心がけるべきであろう。

上司はその質問に終始するつもりはないのだが、どうしても部下はより正確に間違いのない回答をしようとし、即答を避け、より正確な回答の為に資料を紐解いたり数値計算をし直したり。

しかし上司が求める回答は即答でありそこから問題解決を図りたいと考え、その質問を一つのきっかけとしヒントとしてそこからまた新たな質問や現場を部下から引き出してお互いのコミュニケーションからの次へのステップを思索していくのである。

  部下の気持ちもわかる。

“上司にいい加減な人間だと思われたくない”

  常に品行方正で正直な人間だと思われたい。

どうしてもそのように思われたいという願いもあるだろう。
更には、正確で正しい回答をしておけば、後々に突かれることも無いだろうという安心感もあろう。

  しかしそれが望まれる場面とそうでない場面がある。

そのTPOは身に付けておきたいものである。
上記は上司と部下との会話に終始したが、それ以外にも上司が部下との会話において、更には同僚同士の会話において、仕事上のやりとりの中での「即答」はある意味大切なことではある。

  自分の見解を即答で答える。

その前提には、その事柄に対しての確固たる自分の意見を持っていなければ即答は出来ないであろう。
それだけ、即答するにはそれ相応の経験とそれに裏付けられた確信と、そしてそのことを会話の中で認識し自分の信念として言い切れる自信がなければ、即答という回答は出来ないものである。

  そして「即答」と「適当」は違う(笑)。

即答で信頼を得る人間と、適当で信頼を失う人間がいることも事実。

  即答がいつも適当な人間は即信頼を失うものである。

それも心しながら即答を心がけるべきであろう。






  




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2020年2月21日 (金)

居心地

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


居心地のいい場所。

  いつまでも居たいと思う場所。

それは店舗でも言えるであろう。

  居心地のいいお店。

それがお客様にとってそう思えるのであれば、それは我々従業員にとっても理想の姿ではないだろうか。

  そして従業員にとっての居心地のいいお店とは?。

それは働く従業員にとって、働きやすいハード面を有し、働きやすいソフト面も充実し、そして何より働きやすい人間関係が構築されていることが重要であろうか。

  そんなお店に赴任したらいつまでも居たいと思うであろう。

しかし、いつまでもそこに居続けることによって、いつしか自分がぬるま湯に浸かってしまっていることに気づかないものである。

  先日通勤途中でこのようなアメリカの諺を放送していた。

Get out of your comfort zone

  “居心地の良い場所から出ろ!”

このような意味らしい。

  要は、今のぬるま湯から抜け出せ。

そんな意味らしい。

これは多くのグローバル企業(世界規模で活躍する企業)が、企業内で使用する格言であるという。

  これを我々の仕事に置き換えてみる。

例えば、現在の店舗で新店立ち上げにより異動してきたと仮定して、ゼロからのスタートから始まり、人材採用、人材育成、開店に至る。
そして、競合店のリニューアルや新規開店を受け、対策を打ち、更には人材の流出や新規採用を経て、ようやく4年目の現在に至り、自分の思い描く売場作りとそれを支える人材を得てきたという現在。

  もしかして知らず知らずのうちに「ぬるま湯」に浸かっていないか?。

自分でもそう感じるこの頃を人事はいち早く察して(笑)、新たな赴任先を用意するというストーリー。

  上記の場合は人事異動という外部与件にてのGet out of your comfort zone。

しかし、グローバル企業ではこのことを企業側からの主導ではなく、自らの意志で自ら行動せよという諺があるという。
そして常に上司や同僚からそのことを突きつけられるから、自分でもどんどん新たな環境に身を投じる行動を起こし、チャレンジしていくという空気が企業内にあるのであろうか。

  日本企業でも「チャレンジ」はよく使用される。

しかしそれは現状の環境において、もっと上を目指すために販売数量を自分の限界を超えて仕入れて販売してみる、というような部分であろうか。
それが、グローバル企業においての「Get out of your comfort zone」という意味であれば、自分が身を置いているそのぬるま湯から脱せよ、という意味で捉えるならば、新たな環境に自らの意志で立ち向かえ、ということであるから、また新たな環境の中で自分を鍛えるために転職であり職場変更でありを率先して行え、という意味になるのであろう。

  よって海外では自らのキャリアの為に自ら転職するのである。

そして、いつの間にか浸かっていたぬるま湯から自らの意志で脱出するのであろう。
しかし、日本では将来のリスクもあり、なかなかそう簡単に転職という意思決定は出来ないであろう。

  よって自社内で如何に「Get out of your comfort zone」に踏み切るか。

自社内の許される範囲で、自らの判断でどんどん売場のチャレンジ、商品導入のチャレンジ、そして新たなマネジメントのチャレンジを図って、自分のcomfort zoneを破っていくしかないであろうか。



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2020年2月14日 (金)

育種家という仕事

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


先日のNHKの仕事の流儀。

  「育種家 鷲澤幸治」。

育種家?。

  初めはそんな仕事があるのかも知らなかった。

辞書で調べてみると、こう書いてあった。

  「家畜や植物の品種改良を職業とする人」

とあった。

果実の世界では品種改良によってどんどん新たな品名のりんごや柑橘が登場しているが、花の品種に関しては花栽培の農家さんの仕事の中にそのような部分も入っているではないかと思っていたのであるが、彼はその世界では有名な存在だという。

  ダリアの神様。

育種家が一生に一つの新品種のヒット商品を開発できるかできないかという世界において、次々と新品種をヒットさせてきたその手腕をして、ダリアの神様という呼称で呼ばれるようになってきたのだという。

  恩年72歳。

しかし日々農場に立ち、雑草をむしり、そして余分な花を抜いては見込みのあるダリアだけを残して農場を整理していく。

  品種の改良には自然交配と人工交配があるという。

ネット検索してみると、その交配に関して以下のように載っていた。

「品種改良の方法のうち、一番使われている方法が「交配育種」つまり、「かけあわせ」です。良い品種を作るには、まず、目的の形質の優れた、母親・父親を選びます。次に、母親として選んだ花の雌しべに、父親の花粉をつけます。これを「交配」と呼びます。」

  これは基本的に「人工交配」であろう。

しかし、鷲澤さんはこの人工交配を嫌い、あくまでも自然交配に拘っている。

  なぜか?。

思いもしない逸品が自然の営みによって生まれるという。

  自然交配とは。

昆虫や動物によって花粉が運ばれて交配する、人間の手を介さない自然の交配のこと。

  そこから生まれる意図しない交配。

鷲澤さんはあくまでも自然交配に拘っているのだ。

  育種家のほとんどは人工交配で新種を開発するらしい。

人工交配の方が圧倒的に自分の意図した姿や形を生み出すメリットはあろう。
しかし鷲澤さんはあくまでも自然の成り行きに任せ、その自然の成り行きという場の環境を整備する下準備に徹する。

  相当時間のかかる仕事の進め方。

よって、10年に一度の奇跡を呼び込むのであろうか。

  だから、常に園を回ってその奇跡の一輪を探し回るのである。

自然に任せる。

  ある意味これが一番美しいのかもしれない。








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2020年1月 9日 (木)

史上最大のクーデター

皆さん、こんにちは。
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アクシデントにより延期されていたNHK大河ドラマ「麒麟がくる」。

  ようやく第一話が1月19日(日)午後8時からスタートとなる。

いろいろネットで検索してみると、主人公は明智光秀であるが、彼がもっとも脚光を浴びた「本能寺の変」までの流れを描くのではなく、むしろ彼の青年期に脚光を浴びせてその生い立ちから「麒麟」という架空の野獣の言い伝えを彼が如何に実践していくかというストーリーらしい。

  彼が最初に仕えた武将が「斎藤道三」。

思えば、私が一番初めにNHKの大河ドラマを診始めたのは、1973年に放映された「国盗り物語」であった。
この国盗り物語も、斎藤道三から織田信長の時代、そして本能寺の変で信長に反逆する明智光秀を描いたストーリーであった。

この時の配役は、斎藤道三が平幹二朗、織田信長に高橋英樹、そして明智光秀は近藤正臣であった。ちなみに羽柴秀吉には火野正平。

  私はこの国盗り物語を契機に歴史物にハマっていくのである(笑)。

そしてそんな時代の大河ドラマにもハマっていった。

  武田信玄、上杉謙信、豊臣秀吉、徳川家康、大石内蔵助、伊達政宗、真田信繁等々。

そして大河ドラマはこの時代を描いたものが多い。

  やはり視聴率も上がるのであろう(笑)。

最近では「真田丸」は記憶に新しい。

  この時は平均視聴率が16%を超えたらしい。

1年間約50話の平均が16%であるからかっての大河ドラマはまさに化け物級であった。

そして私の大河ドラマのきっかけとなった国盗り物語と同時代、そして同じ人物像が今回は時代背景を考慮した別視点で描かれるという。

  これは私にとっては見ものである。

とは言っても、アクシデントにより放映スタートは1月の19日(日)からとなった。
それでも、このアクシデントのお陰で、放映が遅れたせいで改めて麒麟がくるをネットチェックできたのだし、その前に明智光秀にスポットを当てた映画や特集が組まれており、それを観ての大河ドラマへの視聴となり、前知識がそれなりに備わった上でのドラマのスタートは私にとっては幸いであった。

先日は、明智光秀の謀反の主要因を探るドキュメントが放映されていた。

  題して「本能寺の変サミット」(笑)。

歴史学者や学芸員等が七人集結し、明智光秀の本能寺の変を起こした光秀の本意は何だったのか?という理由を探ることを議論するという番組。

  NHKでの放映であるから「麒麟がくる」の番宣であることは間違いない(笑)。

その理由にも諸説あるが、一番初めに登場する「怨恨説」は登場した七人が全員反対の意見を出す。

  本能寺の辺は明智光秀の織田信長に対する怨恨。

これが従来からの定説であったと思っていた。
しかし今やそんな薄っぺらい明智光秀の感情という低レベルのクーデターではなく、もっと光秀の奥深い国家であり農民であり地域を救うべくクーデターであるという新説が繰り返されたのである。

  これは明智光秀を改めて捉える中で非常に参考になった。

またこのドラマ放映を前に、「明智光秀〜神に愛されなかった男〜」が放映された。
このドラマは2007年にフジテレビで放映された明智光秀を主人公として捉えたドラマである。

  ここでのクーデターの主要因は織田信長の暴走。

あくまでも平和を望む明智光秀や羽柴秀吉。
しかし、織田信長はあくまでも海外にまでもその領土を広げようと画策していた。

  なんとか戦の無い平和な社会を望みたい。

それが光秀は秀吉の願いであった。
それ故に、光秀は自らがクーデターの首謀者となり信長を討ち、その後は秀吉が信長の跡を受けて天下統一を為し、戦の無い時代を託すというストーリで描かれていた。

  これも私にとっては光秀像を変えてくれたドラマであった。

そんな明智光秀が今年は大きなテーマとなって、いろいろな場面で登場することであろう。








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2019年12月24日 (火)

荒波の中

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


先日、名古屋方面から携帯に電話が入った。

  「てっちゃん会」メンバーの飲み会(笑)。

そこでは、今秋に転職を果たした?方々がこぞって参加されていたのである。

  そこには3名ほどの方が今秋転職したばかり。

なぜ転職したのかと言えば、それはそれぞれの個人の理由に因るものである。
しかし、その背景にはこの会を通じて人脈が広がり、その人脈との交流から、従来の自社内だけの価値観から抜け出し一歩外に出て得ることが出来たこの業界の更に広い価値観と自分の将来を鑑みた時に湧き出てきた感情であったという。

  “もっと自分を試してみたい”

そう、自分が有する販売技術であり仕事観を、現在所属する組織の外で試すのと更に企業の枠を超えて習得していきたいという願望から実現した転職。

  そしてそんな彼等を結び付けるdadamaさん。

今回はdadamaさんの一声によって名古屋の一角で飲み会(慰労会)が催されたようだ。

  そこから私に掛かってきた携帯への電話。

転職組の彼等と話をしてみた。

  それぞれに一時の荒波の中でもがく状況からは脱したようだ(笑)。

転職組が誰でも通る「荒波に放り込まれてもがき苦しむ状況」。

  それは従来との価値観の違いからくるもの。

従来の善し悪しの価値観と新規フィールドでの価値観の違いであり、言葉の違いであり、理解者の違いから来る孤独感。

  これが入社後一ヶ月以内に襲って来るのだ。

“この転職は失敗だったのでは?”
“俺はこの会社に向いてないのでは?”
“この後何を頼りに働けば良いのか?”

  そんな不安に襲われるのが転職後の一ヶ月。

彼等と話をしてみると、やはり上記の時期をいやというほど経験したという(笑)。

  価値観の違いは当初予想通り。

しかし、それ以上に転職組が絶望的になるのは言葉が通じないという現実と仲間が居ないという孤独感。

  まずコミュニケーション手段が無くなるのである。

従来は阿吽の呼吸で使用していた言葉一つ一つが、全く意味の通じない言葉として受け止められてしまうのである。

  自分では非常に価値のある発言をしているのだが理解されていない。

この違和感は経験した者でないと理解出来ないだろう。

  更にその延長線にある孤独感。

言葉が通じないから尚更孤独感をひしひしと感じていく。
人間とは不思議なもので、孤独感を感じ始めると、想いが実行されないからどんどん余計な事を考えるようになってしまう。

  そのために更に孤立していく結果となる。

そのような時に、このような会はまさに渡りに船と言えよう。

  そして大切なのはまず転職先の言葉を覚える事である。

その言葉でしかその企業は通じ合えないのであるから。
そしてその言葉を通じて、自分の価値観や商売の技術を伝えていけば良いのであり。

  そして相手の言葉は必ず身についていくもの。

これは外国にいけば外国の言葉を自然に必然的に覚えていくものである。

  多少の時間は要するだろう。

しかし、それと共に孤独感もいつしか消滅し、人間同士のマネジメントは企業を超えて通ずるものを知る時が来るであろう。





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