生き方

2021年1月20日 (水)

王者復活

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


全日本の卓球選手権。

  今年は無観客での開催となった。

そして女子では石川佳純が5年ぶりの賜杯を手にした。
石川佳純に関しては、以前にも取り上げたことがある。

メンタルを鍛える〜http://tetu-syoubai.cocolog-nifty.com/blog/2020/08/post-201c71.html
変われる強み〜http://tetu-syoubai.cocolog-nifty.com/blog/2018/01/post-f741.html

  結局は私自身も石川佳純の応援者なのであろう(笑)。

賛否両論あろうが、私はあの獲物を射るような目線が好きだ。
更には、ドキュメントに登場する石川佳純は、その挙動においても撮影を意識しないで自分の気持ちを地で出してしまうところも好きである。

  “福原愛との関係がどうのこうの”

そんなネット上での批判もある。

  しかしアスリートは戦ってナンボ、勝ってナンボ。

そう思っているから、別にライバルとの関係や撮影時の挙動がどうのと言われてもそんなの関係無いと思っている。

  要は彼女自身の勝負へのこだわりとそこから得られる部分。

それが彼女に感じられればいいと思っている。
そんな彼女が、今年度の全日本選手権で5年ぶりに優勝した。

  彼女は確かにここ数年低迷していた。

それは、伊藤美誠や平野美宇等の20歳前後の若手の台頭と球の変更にあった。

  従来のセルロイド製の球からプラスチック製の球への変更。

それによって、球の回転を利用するスタイルから球の反発力を利用する卓球のスタイルへと変化していったことにもよる。
そのプラスチック製の球のメリットを活かした若手の台頭とも言える世代交代。

  そこに乗り切れなかった石川佳純という女王の姿。

その石川佳純が環境の変化にもがき苦しみながらも、ようやく一昨年の12月に平野美宇を破り東京オリンピックの代表に選出された。

  そしてコロナ禍の中での昨年一年間。

石川佳純は現在27歳。そして今回の全日本選手権決勝の相手は伊藤美誠20歳。

  27歳と言えばアスリートとしては体力のピークは過ぎているであろう。

逆に伊藤は現在から数年がピークであり、体力面や勢いでは石川佳純を圧倒しているであろう。
しかし勝負とはそのような個人と個人の戦い。

  特に卓球のシングルスとはそういうものである。

そして昨年のコロナ禍において、石川は再び自らの体力面に視点を向けて体力強化を図ったという。
その体力面での自信と、プラスチック製の球に対応するための自らの戦法にもなれてきたのであろう。

  そこに従来からの武器である勝負に対するこだわり。

石川はこの戦いは当然にフルセットまで持つれるであろうことを想定していたのであろう。
よって、1−3と劣勢になっても、それも想定内という思惑で伊藤美馬と冷静に向き合っていた。

  「最後まで気持ち的に諦めませんでした。」

そんなインタビューの返答通りにその劣勢から第5セットをジュースの末に取った。

  後のインタビューで石川が語った勝負の分かれ目。

まだ2−3と劣勢ではあるものの、27歳の体力を超えても相手を射る目で勝負をする石川と伊藤の優位性は完全に逆転したと言える場面であったのだろう。

  そして近いうちにNHKの仕事の流儀で取り上げられるに違いない。

楽しみではある(笑)。







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2021年1月 4日 (月)

見る景色を変える

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


今日から仕事始め。

  世の中が通常に戻るとき。

通常の年始であれば、の話だが。
但し今年は見る景色を変えなければならない。

  逆に言えば見える景色が変わるということだ。

何れにしても、従来の年始の景色とは異なる景色が初春から現れることになるであろう。
しかし、外部の激変していく景色だけに捉われていては本業が疎かになってしまう。

日常的に見ている自分のお店の売場をしっかりと把握していくことが、今年は重要となろう。
よって日々の中でルーチン的に売場を見る時間を設ける必要があろう。

  いわゆる定点観測。

定点観測とは競合店を一定のサイクルでMRをし、時系列的な変化を観測することである。
そこから競合店の52週の変化であり、売価設定の変化であり、人材の変化等が見えてくるというものだ。

  同様に自店においても同じことが言える。

同じ時間に同じ部門の売場の状態を観測することによって、その日の異常値が見えてきたり、売場自体の陳列商品を見ることによって、その日の強み弱みをチェックすることにある。

  そうやって売場の「スルー」を防止するのである。

というように自店、競合店の売場のチェックをするのであるが、とは言っても同じ自分の価値観で売場やオペレーションを見ていても見える景色は変わらない。

  見る景色を変えることが必要となる。

その為に競合店の定点観測は一番手頃な「景色の変化」ではあるが、そこから先を歩もうとすればやはり話題の新店や異業種であるドラッグ、ホームセンター、コンビニも競合店として食品スーパーを浸食しているわけであるから、違う景色として受け止めなければならない。

そうやってどんどん自らの視点を外部に移していくと見えてくる景色が変わり、その視点の広がりから振り返って見える我が店舗がより客観的に見えてくるのである。

  自店の強み・弱み。

それが、競合各社や異業種を視察することによってより明確に洞察できるのである。
そしてそれが見えてきた段階で、更に興味はその裏側にある企業や店舗の考え方や価値観、そして具体的なオペレーションにまで及んでくると、更に突っ込んだ踏み込み方が必要となろう。

  それが他企業との合同研修会等であろうか。

しかし、それも企業が店長や部門チーフ、担当者を選抜して参加させるものであるから、自らが手をあげて参加しようとしてもなかなかその機会が巡ってこないのも事実であろうか。

  そのジレンマをどこに求めようか。

そこに、自らの「見える景色」を自らが如何に変えようかとする行動力なのではないか。

  言うなれば「自ら見る景色」。

自らが見る景色を自ら変えて見てみるという行為。
その行為自体が唯一自らを変えることが出来るのである。

  要は積極的に自ら扉を開けて飛び出していくことである。

それは企業の教育制度に頼らずに自らの意志と行動を以って組織から外へ飛び出す勇気が必要であろうか。

  そしてそこから見えてくる景色。

それは今ままでに見たこともない世界である。

  間違いなくそんな景色が目の前に現れてくるであろう。

そしてそんな景色が見えてくると、如何に自分が今まで見ていた景色が味気の無い淀んだ景色であったのかが理解できるのでる。
逆に、今まで見えて来なかった自社や自店の優位性も見えて来る。

  それはやはり外の景色が教えてくれるのである。

それだけ「外の景色」とはいろいろなことを教えてくれるのである。






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2021年1月 1日 (金)

新たな幕開け

皆様、明けましておめでとうございます。
そして今年も一年、よろしくお願い致します。

  食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


昨日の大晦日を経て、新たな年の幕開けである。

  そして本日初売り開催の皆様、本当にご苦労様です。
  また元旦休業の皆様、ゆっくりとお寛ろぎください。
  
昨年のクリスマス商戦から続く年末商戦、ご苦労様でした。
例年同様に当方は本日は店休により休日となっております。

  今年は元旦から明日、または明後日まで休業の企業が多いのではないだろうか。

特に都心に近い企業ほど、昨年後半から休業を予定していた企業が多かった。
よって、31日の買い溜め、本日営業店舗での買い周りが発生すると思われる。

  しかしそこは企業の考え方次第であろう。

元旦営業も大切だが、従業員の働きやすさも同時に満たさなければならない。
当方も企業を変えてみてわかったが、年末31日の年間最大ピークを経てからの元旦営業があるかないかで、31日までのモチベーションが大きく異なることを知ったのである。

  それだけ元旦の休日というのは言葉では言い表せない安堵感がある。

それは決して悪い方向ではないし、かってはどの企業も元旦から二日間程度は休業していたのであるから。
単に、せいぜい四十年程度昔に戻ったと思えばいいのではないだろうか。

  とは言っても本日営業の皆様の苦労は思うとなかなか本音は言えないのであるが。

さて、2021年が幕を開けた。

  今年はどんな年になるのであろうか?。

毎年そんな風な予測をしてみるのであるが、今年はどう考えてもコロナ禍をメインに世の中が動いていくであろうことは想像に難くない。

  コロナ感染がどのように世の中を変えていくのか。

今年はワクチンが早々に世界各国で接種され、その結果がどのように感染者数に反映し、どのように経済が回り始めるのかというところに全世界の目が向くであろう。

  そして我々業界は昨年2月からの特需の反動を迎えるのである。

流石に昨年の2月からの数ヶ月間は異常値であり、その業績は超えることは不可能ではあろう。
よって、今年はどこに予算を合わせて数値評価していくかであろうか。

  そして業績が普段に戻れば戻るほどに企業間格差が生まれる。

昨年はどの企業もどの店舗もある一定の高い売り上げを維持できたが、コロナ感染が収まれば収まるほどに以前以上に業績が落ち込む企業や店舗と、新たなお客様を創出できた企業や店舗とのギャップが生まれる年となる。

  コロナ禍がもたらしたものはお客様の買い物動機のシャッフル化である。

従来の買い物動機として、以前にも五感を取り上げた。

  http://tetu-syoubai.cocolog-nifty.com/blog/2020/12/post-60249e.html

その五感によって従来の買い物をどのお店でという動機が今回のコロナ禍によって、全てシャッフルされ、とにかく近場で三密にならずに食材を購入できる食品スーパーという買い物動機へ移行して行ったのである。

  そんシャッフルされた五感による買い物動機が新たに組み立てられるのが今年であろう。

その五感を再び、早々にお客様に提案できた店舗はそのままその五感を感じたお客様達から期待感を抱かれて高い来店動機を得るのであるが、単に欠品対策のみに終始した店舗は、来店動機のシャッフル後は再び混迷を極めるのではないだろうか。

  そういう意味でも新たな幕が開くのである。

個人的にも今年は新たな幕開けの年。
また一年、このブログにお付き合いいただきたいと願っております。

  今年もよろしくお願い致します。






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2020年11月26日 (木)

朝型人間と夜型人間

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


何かをやる時も「乗る」時と「乗らない」時がある。

  特に書き物をする時などに多い。

「乗っている」時は、どんどん次の展開が頭に浮かんできてパソコンを打つ手が止まらないのであるが、「乗らない」時はじっと考え込んでしまって中々行が進まない。

私の場合は午前中から日中にかけてがそんな時間となっている。

  よって書き物をする時間は午前中が多い。

その時間であると、ブログもそうだし仕事面での計画、反省、そして対策等の全体像から絞り込み、そして具体策まで流れるように頭に浮かび、そしてまとめ、結論が導き出される。

  しかし夕食後は全く頭が回らない。

よく、朝型の人間とか夜型の人間とか言われるが、私は間違いなく朝型の人間であると思う。
しかし、夜型の人間にもなりたいと思う時もある。

  夕食を食べてからの時間も結構あるからだ。

夕食後の4〜5時間で本を読んだり、ブログを書いたり、資料をまとめたりと思うのだが、どうしても考えがまとまらない。

  思考能力がいきなり落ちていくのである。

そこから何かを読もうとすると、睡魔が襲ってくるし、ブログを書こうとすると思考が同じところを何回もぐるぐると回ってしまい、先に進まない。

  要は考える力が極端に低下するのであろう。

人間は食事を摂ると全身の血液が胃腸に回り、脳へ回らずに脳の思考能力が低下すると何かで読んだことがある。

  人間は食後2時間後が一番脳が活性するという。

朝食を7時に食べれば午前9時からが一番活性する時間であり、昼食13時に摂れば午後3時からが活発になる。
それと、脳が「乗る」時間が一致していることから、やはり「乗る」ことと食事の時間は関連性が高いのであろう。

  しかし夕食後はどうか。

よく、夜型の人間は夜から夜間にかけてが脳が活性し乗るのであろう。

  一説によると朝型人間と夜型人間には遺伝子の影響があるという。

よって、自分が受け継ぐ遺伝子により朝型なのか夜型なのかにある程度区別される為、例えば夜型の人間が朝型に変えようとしても中々うまくいかないという。

  朝型の特徴は朝から規則正しい生き方であり体調管理もしやすい。
  夜型の特徴は夜間でも臨機応変に行動できるが体調管理も難しい。

どちらにもメリット・デメリットあるが、そのメリットを活かしてデメリットを解消した生き方を自分の特性を活かして管理していくことが重要なのであろう。

  そして夜型人間の特徴は夜の社交。

夜になると社交性が増し、いろいろな人間との交流によりビジネスチャンスにも長けているという。

  夜も飲まずに社交性も無い朝型人間の自分には無縁の世界。

なるほどなぁ〜と思う次第であった(笑)。







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2020年10月 6日 (火)

伝説のコンサート1980年10月5日

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


今日は日曜日、では無いが、

  芸能ネタでお送りしたい(笑)。

先日、ある女性歌手の引退コンサートが放映されていた。
彼女はその日から数日間は数本の歌謡番組には登場したが、それ以来、一切の芸能活動をせずに今に至っている。

  山口百恵。

弱冠21歳で芸能界の頂点に上り詰め、その頂点で芸能界を引退。

  その後は一切の芸能活動をせずに三浦友和の妻を全う。

まさに伝説の歌手であり、伝説のコンサートが解禁となり、今回の放映となった訳である。

  当然その番組を録画された方は多いであろう。

私もその一人である。

  あのマイクを置いて去っていく印象のシーン。

そのラストコンサートが全て放映されるのであるから、山口百恵を知る当時の人間の多くはそのシーンを見たいと思うのではないだろうか。
という訳で、10月3日の夜にNHK BSプレミアムにて放映されたのを録画した。

  山口百恵のラストコンサート 。

それは、10月の5日。

  40年前の昨日がその日であったのだ。

流石に当時の画像だけあって、多少のボヤケはあるが、彼女の圧倒的な歌唱力と表情は時代の格差を超えて視聴者にしっかりと伝わったのではないだろうか。

  そして改めて想うのは彼女の偉大さ。

それはそのラストコンサートを見ているだけでも伝わってくる。

  そしてその時の彼女は21歳ということ。

コンサートに映る彼女の仕草であり表現であり、更には会場の視聴者との会話。
会話と言っても直接に言葉をやり取りするのではなく、歌いながら会場の方々と態度であり表情でありで会話をしているのである。

  会場との一体感。

特別に激しいリズムや踊りの入る楽曲はなく、客席でも大声で声援するということも無い(一回だけ会場から「友和さ〜ん」との掛け声が掛かり本人も苦笑いはあったが(笑))が、それでも会場の人たちとの一体感が感じられるコンサートであった。

このコンサートで歌う楽曲の多くは、阿木燿子作詞、宇崎竜童作曲

  プレイバックパートⅡ
  絶体絶命
  イミテーションゴールド
  愛の嵐
  夢先案内人
  謝肉祭
  横須賀ストーリー
  ロックンロール・ウィドウ
  曼珠沙華
  不死鳥伝説
  歌い継がれていく歌のように
  さよならの向こう側

最後のさよならの向こう側は涙で歌えなかったが、その後にマイクを目の前の床に置いて去っていく姿が、伝説のコンサートの所以であろうか。

  当方もさよならの向こう側以降は涙が止まらないほどの感動。

人気絶頂にありながら今までの全ての栄光を捨てて一人の女性として伴侶を支えて生きることを選択する。

  そこに彼女のブレない強さがあるのであろう。

その強さが40年後に伝説から神話となって蘇ってきたのである。









  

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2020年9月17日 (木)

個の時代

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


個の時代。

  そう言われて久しい。

個人が組織という大船に乗っているという鎧を脱ぎ捨て、自己責任で自分の人生を切り開いていくという気概と行動を伴った生き方をしていく時代であるという生き方のスタイル。

しかしなかなか概念的には理解しても我が事として捉えられない時が過ぎていったように思う。

  更に到底我々世代には概念的にも理解できない思想であろう(笑)。

ましてや「働き方改革」という言葉によって、企業内での就業時間も長かろうが短かろうが企業としては従業員を守らざるを得ない時代になってくると、自らの価値観を持って企業内で就業しようという気概も持ち合わせない従業員も逆に増加したような気もするのだが。

  しかしコロナ禍がそんな時代も早めたような気がするのである。

従来であれば、企業側が従業員の成長を願っていろいろな研修会に派遣または自社に研修会を招いて交流の場を提供していきたのだが、このコロナ禍以降はそれも停滞、または停止している状況であろうか。

  そしてそれもいつ再開するのかしないのか。

逆に言えば、従業員がそのことを期待していては、個人としての成長に個々の差が生まれていく時代になっていったと捉えるべきなのではないか。

  企業内での自分の成長。

それは以前にも記したと思うが、集合研修と現場でのOJTがメインであると思う。
そしてその一つの集合研修が停滞している現状。

  残るは現場でのOJT。

しかし、それを再び提唱しても、従来と何も変わらないのが現実ではないだろうか。
ある教育機関の事例では、コロナ禍以来集合研修等は現在はほとんど延期か停止状態という。

  逆に通信教育が伸びているという。

それを企業側が集合研修から通信教育に切り替えて従業員教育を図っているのか、個人が自己責任において自ら通信教育という学びの場を得ているのかはわからない。

  その両方だとしても自ら学ぶという手法を選択した個人も多いという事だ。

自ら学ぶ場を選択し、行動し、実践していく時代。

  それが「個の時代」という事なのであろう。

よって、企業側から一律に教育の場を提供し、ある意味強制的に従業員の教育を実行していた時代から、個々人が自らの判断で現場のOJTでは学べない学びの場を自分で模索しながら参加していく時代に急速になってきているということであろう。

  そういう視点でこの業界の教育システムを見てみると。

たくさんの学びの場が提供されているのである。
企業側が用意した教育の場の提供ではない為、なかなかそのような場を模索することは無いかもしれないが、本当に現場の仕事に対しての疑問を自社の解決システムだけでなく、より開かれた学びの場において、より解放された思考風土に触れることによって同じ学ぶ仲間とともに学び合える場というものがたくさん提供されているように思うのであるが。

  が、・・・ 。

やはり企業相手に提供されている教育プランであるが故に、コスト的には相当高額になっているのも事実であろうか。

  そして通信教育やリモート教育というシステム。

どちらかというと、企業側が全般的な基礎知識の習得の為の教育システムという兼ね合いが強い。
それを望む個人もいるかもしれないが、外部研修で一番楽しみなのは他流試合である(笑)。

  同業他社の企業人との交流を通しての情報交換。

何より、この部分が外部研修での一番の楽しみであり、価値観の違う他企業との交流からの情報交換の場が一番の学びの場となるのである。

  そしてそれは同じ現場で働く者同士のOJTそのものでもある。

そのような他流試合を積極的に提供している場での学びが個人としても継続的に参加できる環境のあるのではないだろうか。

  自社以外の人間との他流試合。

できればこのような場により多く足を踏み入れていきたいものである。









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2020年9月 1日 (火)

成功体験をゼロにする

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


先日は「上半期を振り返って」を記した。
http://tetu-syoubai.cocolog-nifty.com/blog/2020/08/post-4f6bdf.html

  コロナに振り回された半年。

一言で言うと全てはコロナに集約される上半期であった。
そして日本国内の各産業もコロナからの影響を大いに受けているのである。

  特に観光業、航空業、外食産業の影響は甚大だ。

それは今なお続いており、この影響がいつ収束するかもわからない。
そして我々の業界ですら、店内での3密の防止策として店内が混雑するようなイベントや販売促進は全て姿を消した。

  よって大型店で集客力のあるイベント停止による影響も大きい。

と言うように、我々業界ですら影響が出ているのであるから、上記産業の影響は相当なものであろう。

  そして従来の成功体験はそのほとんどが機能しない状態であると言う。

特に外国からの観光客を取り込む業界は前年比10%未満という話も聞く。

  これまでの成功体験をゼロにして再構築しないと経営できないレベル。

これを自分に置き換えてみよう。

  今まで学んだ成功体験をゼロにする。

そう考えただけで、この業界で学んできた今までの知識や知恵、経験がなんの役にも立たなくなってしまったという想定である。

  それは自分の存在価値がゼロになるということである。

そんな状況の追い込まれたとしたら、自分はこれからをどう生きていけばいいのであろうか。
それを考えるだけでも、息が詰まりそうな感覚に陥ってしまう。

  “本当に成功体験をゼロにすることが出来るのか?”

そして自分の成功体験がゼロになったという気持ちに耐えられるのだろうか、という疑念も湧いてきた。
しかし逆に、違う考え方も頭をよぎるようになってきたのである。

  成功体験の多さがこの現場を打破出来るのではないか。

結城先生のブログには、「コロナは時間を早める」とある。
であるならば、成功体験を積んできたからこそ、次へのステージにいち早くかけ昇れるのではないだろうか。

  要は次のステージが見えるかどうか。

それは常に次のステージを見る努力をしてきた結果、次へのステージ模索してきたからこそ、その時間が早まったということであり、従来の成功体験にあぐらを描いて来た者にとっては、単にその成功体験を失うということに過ぎないのであろう。

  成功体験を積み上げて次のステージを目指してきたかどうか。

そこに、次へのステージが見えるか全く見えないかという明暗のくっきりした違いなのであろう。

よって、成功体験にしがみ付くのではなく、成功体験を通して学びより高い位置から次のステージを目指した者だけが、先手を打ってそのステージに駆け上がれるということであり、それが「コロナは時間を早める」という意味なのであろう。






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2020年6月10日 (水)

職場環境

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


職場環境。

  従業員はこの環境次第で如何様にも変化する。

前向きな環境であれば、従業員が前向きに売場作りや発注に連動し、その結果として知らず知らずにそれが売り場に連動して、その売り場にお客様が反応して来店客数が増加していく。

後向きな環境であれば、従業員も後向きに売場作りや発注に連動し、その結果として知らず知らずにそれが売り場に連動して、その売り場にお客様が反応して来店客数が減少していく。

  職場環境。

それは「職場環境」が人を変えるのか、「人」が職場環境を変えるのか?。

  当然、「人」が職場環境を変えるのである(笑)。

それでは「人」が変われば職場環境が変わるのか?。

  一度確立した職場環境は早々変わらない。

前述として「前向きな環境」と「後向きな環境」と言い表したが、職場環境が前向きか後向きかという空気は非常に重要である。

  この空気が従業員感染していくのである。

まるで新型コロナウイルスのように(笑)職場内を空気感染させてしまうのが、職場環境とでも言い表せようか。

  それではどうしたら「前向きな職場環境」に変えられるのだろうか?。

それは、その職場内での評価制度に依るのである。

  前向きに行動したら褒められる。
  前向きに行動したら給与が上がる。
  前向きに行動したら全社の事例として取り上げられる。

等々に、企業として店舗として、個々人の前向きな姿勢を評価する制度が整っていることは非常に需要なファクターとなろう。

  店舗内で全社1位を取ったら全体朝礼で表彰された。
  販売コンクールで全社1位を取ったら社長から表彰状を頂いた。

特にパートさん一人一人が店舗内や全社で評価されるという制度が積極的に活用されている企業や店舗では、前向きな環境は創造しやすいと言えるのではないだろか。

  これはまた「逆も真なり」であろうか。

積極的に全社1位を狙ったが逆にロスが発生して利益が大幅に減少した。
その一時だけの事例から、前向きな姿勢を二度ととらなくなったという事例もまた数多い。

  要は確率の問題である。

「前向きに挑戦する姿勢」を持つ従業員がどれだけの割合で組織内に存在しているか。
これによって、職場内の空気は「前向き」であるか「後向き」であるかが決まるのである。

  それを推進出来るのはやはり組織のリーダー。

そして、組織も個人も成功と失敗を繰り返しながら成長していくものであるし、それに連動して来店客数も増減していくものである。

  更に組織や個人には、挑戦し続ける資質と挑戦しないことを続ける資質がある。

是非、挑戦し続ける資質になるまで、失敗から多くを学び次への成功のステップにしていく資質を組織全体に植えつけていきたいものである。





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2020年5月 5日 (火)

品格にこだわる

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


仕事を身に付けていく過程で習得していくマニュアルや技術。

  我々は経験に応じていろいろなことを学んでいく。

それはなにも販売技術や接客技術だけではなく、商売の原理原則も同時に学んでいくものである。

  その過程の中で仕事への取り組み方や仕事観、人生観も同時に学んでいく。

その仕事観や人生観は企業毎に異なってくるものだということが経験を通してわかってくることになる。

  それは転職をしたりM&Aによって異文化と接する機会がそうさせるのである。

仕事観や人生観。

  それは仕事への取り組み方であり階段の登り方であろうか。

どんな取り組み方をして結果を出すのか、どの階段を登って目標とする姿を目指すのかである。

  Aという企業は右の階段を登ることを文化としてきた。
  Bという企業は左の階段を登ることを文化としてきた。

このAとBが合併したら、その調整には並大抵では済まないであろう。

  更にAがBを吸収合併したら。

Bを歩んできた企業人は大きな戸惑いを覚えるであろう。
そこで挫折をして退職する人材も出てくるであろうか。

  最終的には目指す姿は同じではあるが。

ただし、右の階段と左の階段には大きな違いがあった。

  それは品格の差。

同じ姿を目指すとはいえ、手段を選ばない右の階段と商売人としての通りに準じた左の階段とでは異質の登り方となるのである。

  右の階段を登ってきた人間は左の階段を周りくどいと嘆き
  左の階段を登ってきた人間は右の階段を品格がないと嘆く

それは仕事観の違いからくるものであろうか。

  素直に言って結果を求める企業はあまり接客に関心が無い。

そして先輩後輩の礼儀という日本人の特性にも無関心であり、とにかく結果によって職位も給与も応じている。
結果として、企業業績も結果を出している。

  しかし内部の従業員の入れ替えも激しい。

方や左の階段を登ってきた企業は接客にも力を入れ、結果としてお客様からの感謝の言葉を受けることが多い。
更には企業人としての先輩や後輩との繋がりも強く、そのような関係を入社時から構築してきた為、人材の入れ替えが少なく一生の仕事として捉えている社員も多い。

  どちらが「働き甲斐」があるかということだろうか。

働き甲斐という階段から従業員のモチベーションを高めて、一生働ける企業としての階段を登りながら企業が目指すあるべき姿を求めていく左の階段と、とにかく結果を求めてその評価に徹する右の階段。

  よって右の階段で当たり前のことが左の階段ではタブーとなる。

それをB社では品格と言い、A社では無駄と言う。

  さて皆さんは「品格」どう評価しますか?(笑)。






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2020年4月 8日 (水)

コロナの脅威

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


コロナの猛威が止まらない。

  その感染力は脅威である。

しかしコロナウィルスの脅威はその感染力だけでは無い。

  人間の強みまで奪おうとしているからである。

人間とは微生物の時代から紆余曲折を経ながら進化してきた動物である。
そして今日のようにこの地球上で他の動物を凌いで高度な文化を築き支配してきた。

  その支配の歴史の中で築いた人間の強みとは。

その強みとは、他の強食動物よりも肉体的に劣りながらもその支配から逃れ、独自の高度な文化から織りなす生活力で高い生命力を養い今日を築いてきたのである。

  その根底にある人間の強みとは何か?。

それは、人間同士がお互いにコミュニケーション能力を高めて「連帯」する動物となって成長してきたからである。

  連帯。

要は人間同士が組織化して他の動物の脅威から逃れてきた歴史である。
人間同士が連帯して、狩猟をしまた農耕によって田畑を耕し果実を育てて安定した食生活を築くことが出来たからである。

  人間は唯一表情を持つ動物である。

その表情からお互いの会話を持ち、更に言葉を持ってより具体的な連帯化を図り、より高度な文明を土台としてより安定した生活をすることができるようになってきたのである。

  その根底には人間同士の連帯が存在する。

しかし、今その人間の最大の強みである連帯化が根底から崩壊しようとしている。

  新型コロナウィルスにより人間同士の濃厚接触が分断されているのだ。

もしかすると、長い人間対動物の争いの中で、目に見えないウィルスという敵に人間社会が分断され、その強みが奪われ、弱体化していくのではないだろうかという不安がある。

  そこがこのウィルスの脅威であると私は思っている。

イタリアではその人間の強みである接触からコロナウィルスが蔓延してしまったとも言われている。

  人間の強みを最大に悪用したウィルスの知恵なのではないだろうか。

そしてそこから人間同士は接触を恐れ、連帯することもできずに、徐々にその強みを失い弱体化していくという筋書きをこのウィルスが意図しているとするならば、これは人間の最大の危機と言えるのではないだろうか。

  このウィルス対策の為に巣篭もりを強要されている。

そうやって濃厚接触を避けることにより、このウィルスの蔓延を防ぎ、その間にこのウィルスに対する防御薬や予防薬が開発され、その後のウィルスを根絶しようと人間たちは行動を始めたのだが、それは人間の強みを一時でも失うということでもある。

  人間の強みを放棄してでも対抗薬を開発する。

そのどちらが早いのか。

  もしかするとこのまま人間はその強みを失うかもしれない。

それが今回のコロナウィルスの最大の脅威ではないのだろうか。

それを乗り越える人間同士の連帯をどのような形で維持継続していこうとするのか。
それがこれからの人間の進化になっていくのであろう。






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