生き方

2017年1月28日 (土)

自分の看板

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


人間の看板。

  それは、企業であり職位であり仕事であろう。

その看板を背負いたいと言う願望があるから、人は仕事を頑張ろうとし責任を全うしようとし努力していくのであろう。

  そうやって獲得した自分の看板。

人はその看板を利用して更に自分の仕事に活かしていく。

  看板に見合った責任と仕事。

時に看板は自分を磨いてくれる。
看板を背負ったと同時に、今まで見えなかった世界に引きづりこまれ、強制的にでもその世界(ステージ)で生きていく覚悟を求められる。

  その覚悟と行動が自分を磨いていく。

だから、その看板を獲得することで人間は更に自分を磨く環境を得ることができるのである。

しかし、その看板に見合った自分の魅力を併せ持っているのであろうか、という疑問も常に持ち合わせていなければならないのではないか。

  自分の看板。

付き合う相手にとって、その魅力は自分なのか看板なのか。
自分の看板を下ろした時に、そのことを痛烈に突きつけられることになる。

  企業で働くと言うことはそう言うことである。

特に、バイヤーと言う職位にはそのリスクが付きまとう。

店長と言う職位は、所詮は企業内の人材との付き合いの延長であるから、他の魅力と言うよりはどちらかと言うと人間的な魅力を発揮しやすい部分が多い。

しかし、バイヤーという職位には自社内の人間的な付き合いは逆に少なく、社外の利害関係を持つ人間との付き合いがメインとなる。

  そこに大きな錯覚が生まれるのである。

何と言っても、その場に身を置いておくと気持ちが良い(笑)。
自分を挙げてくれる存在ばかりだから、自分に対して厳しく律する必要が無い。
それが嵩じてくると、そこから離れたくなるものである。

  店舗に足が向かなくなる。

何度かこのブログでも記したが、組織内でのバイヤーの仕事は、役割を分けた中での仕入れ業務であり、その仕入れ業務と販売業務が連動して初めて一つのコトを成し得るのである。

  よって、仕入れと販売の橋渡しまで含めた責任があるわけだ。

そこに着目しているバイヤーとそうでないバイヤーの違いは、業績に大きく連動してくるのである。

自分が背負っている看板が、相手にはどのように写っているのか。

  その看板を自ら脱いでみることで何が変わるのか。

辛くともそのことによって、自分の看板の意味が理解できるのであろうし、そこから学ぶ部分の多いのでは無いか。

  自分の看板を脱ぐ。

それは同業者の研修会であろうし、異業種の研修会であろう。
会社の看板を脱いだ丸裸の状態で参加する組織活動。

  そこで何が出来るのか。

それも自分を磨く場なのである。







  

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2017年1月25日 (水)

口の堅さ

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


人事異動の季節。

  自社や他社からの人事異動の話もチラホラ。

人事異動に伴う「内示」の季節でもある。
当店にも人事異動の内示が入り、辞令が交付された。

  内示が交付されると、あっという間に広まるもの。

ここだけの話だぞ、と言っても広まってしまう。

  なぜか?。

それは、一番聞きたい話題であるし、話たい話題でもある(笑)。

  しかし、ここで注意しなければならないことがある。

このような時に「口の堅さ」が露呈してしまうのである。
私は、このような話題において、内示や人事異動の情報は、絶対に他人に漏らさないことにしている。

  「聞きたい」「話したい」のは山々だ。

しかし、この類の話題は絶対に他人漏らさないことにしている。

  なぜか?。

漏らせば、「口が軽い」と思われてしまうから。
逆に、絶対に他人に漏らさなければ、「口が堅い」と思われる。

  「口が堅い」という評価は褒め言葉だと思っている。

それは、ある意味「融通が効かない」という意味にも取れるが、逆に言うと「絶対に他人に漏らさない口の堅い人間」と言う評価でもある。

  「口が堅い」とは褒め言葉。

特に上司や同僚から見れば、口が堅いとは私利私欲で行動しないと言う評価でもあり、上司から見れば安心して本音が言える相手として信頼されると言うことでもある。

  口の堅さ。

それは、そのような評価を受けるのであるが、それ自体一朝一夕に獲得できる評価ではない。

  口の硬さを10年継続して初めて得られる信頼。

10年も継続すれば間違いなく「口の堅い」人間であると評価されよう。
そして、その裏には、「あいつは絶対に裏切らない男」と言う評価も同時に得られているのだと思う。

  「あいつに聞いても無駄だ。」

あいつに聞いても絶対に口を割らない。
それはそれは、どんな情報を得ていようとも、このような類の情報は絶対に他人に漏らさないと言う評価は素晴らしいことだと思う。

  この評価を得られたら本物であろう。

それだけ、この手の類の情報は漏れやすいし漏らしやすいものである。

  それは人間の性(さが)からくる欲求であるから。

秘密を他人から聞きたい、話したい。
しかし、それを抑えて絶対に漏らさないと言う人間の評価は絶対である。

  そんな信頼を得たいと思うのだ。

だから、その性を抑えてでも、このような類の情報は絶対に漏らさないことにしている。

  どうぜ、数日後には解るのである。

それまでは、口を割らずに我慢する。

  そしてその先に待つ「信頼」を獲得したいものである。







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2017年1月16日 (月)

毎年の寒波

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


今年度最大の寒波。

  この時期の恒例行事である。

毎年、年始は穏やかな天候。
そして、成人の日まで穏やかな天候が続く。
しかし、センター試験になると大荒れとなる。

  毎年この時期が寒波襲来の恒例なのである。

それは、私達の世代から続く恒例のようだ。
そして、受験生はそのような経験をしながら社会の一員となっていくのかもしれない。

  受験生を持つ親御さんの心配はいかばかりか。

試験の心配に風邪ひきの心配、そして大雪の心配と二重、三重の不安を振り払って心配しなければならない。

  更に現代は私立もセンター試験を活用しているから厄介だ。

以前であれば、センター試験は国立系の大学を受験する学生の為の試験であったから、このセンター試験で失敗しても、この結果は私立の受験には響かない。

しかし、センター試験が私立の試験の合否に影響してくるとなれば、絶対に失敗できない試験となる。

  ここにセンター試験の厳しさがあるようだ。

ここでいい成績を残して、国立も私立も優位に進めたい。
誰もが願うセンター試験。

  しかし、毎年の大荒れの天候。

是非、受験生はこの三重苦を振り払って、人生の最初の難関を突破して欲しいものである。

  そして、いよいよ本格的な積雪の到来。

特に、東北以南はこれからが真冬の時期であり、一番厄介な積雪の時期でもある。
関東方面の積雪は、道路網が分断される為、我々小売業においては商品の入荷が乱れるというアクシデントと、従業員が通勤できないというアクシデントに見舞われる。

  更にはお客様が来店できないという影響。

そして、この反動が前日か翌日以降に再度影響指定くる。
しかし、不思議なことに大雪で売り上げが減少するというデメリットの反動としての前日の買いだめや翌日の買いだめ効果が意外と高いことも事実。

  特に、前日の買いだめ需要が高いとトータルで効果大となる。

買いだめされた食材はもちろん、それ以降に売り上げとなる分と合わせると、結果的に期間計の売り上げがプラスになったいたりするのである。

  それもやり方次第であるのだろうが。

だから、雪の予報がそれなりに事前に発信されている場合の買いだめ効果は、特に最近の気象予報のシステムにあっては効果が高まっているのが現状ではないだろうか。

  積雪の予報では外出は出来ない。

結果的に、家で内食の機会が増えるということであり、商品展開次第ではより多くの買いだめをしてしまう買い周りが増加することにもなるのだろう。

  積雪をチャンスと捉えるかピンチと捉えるか。

ここにこの期間の数値上の分かれ目が生まれるのだろう。

  特に今回の土曜日から日曜日にかけての買いだめ需要。

これを大いに活用できた店舗にはチャンスが巡ってきたのではないだろうか。







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2016年12月21日 (水)

転職する勇気

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


先日、地元でミニてっちゃん会が開催された。

  とは言っても4人ほどでの開催。

開催とは言っても、単なる飲み会である(笑)。
従来は、こちらの地域では会のメンバーが不在(私一人)であったが、ここ数ヶ月の中でいつのまにか2名が加わって、計3名が在籍する状況になったのである。

  必然的に、それじゃ飲るか、という話になる。

そこで毎回コメントを頂く「かわらいさん」も誘い、この地でのてっちゃん会の開催となったのである。

スーパー関係者が3名にスーパーの取引先の方が1名。

  “疎外感を持たれはしないか”

あまりにも食品スーパーの内部の話に盛り上がり、取引先の方が疎外感を持って話に混ざりづらい環境にならなければいいなと不安もあったが、その方も積極的に会話にハマっていただき、楽しく過ごすことができた。

  そこで話題になったのが転職。

4名中3名が転職経験組。

  3名中2名は同業のスーパーへ。

もう一人は、当時の仕事とは全く異なる異業種への転職だった。

  それも30を過ぎた段階で。

それを聞いた時は、彼の人生に対すつ認識を疑った。

  30過ぎで家庭がありながらの異業種への転職。

独身ならともかく、家庭を持った男性が異業種への転職というのはあまりにも無謀ではないのか。

  おそらく多くの方がそう思うだろう。

しかし、彼は喜んで(?)転職したという。

  なぜか?。

転職先の社長からの強い誘いがあったから。

彼は、当店との取引先であり、テナントで入っている花屋の従業員である。
あるセミナーがきっかけで、現在の社長の目に止まり、引き抜きされたという。

  同じセミナーで意気投合。

そこが一つの偶然だったのだろう。

  高い志を持って参加したセミナー。

そこには同様の人間が集まるものだ。
そんな環境で出会った人間同士。

  お互いに惹かれ合うものがあったのだろう。

これが、自分の意識だけで異業種へ転職するということであれば、相当無理もあるだろうが、異業種とは言えお互いの志に惚れ込んでの転職。

  そんな環境で働ける従業員が逆に羨ましい。

企業で働く。
小売業で働く。
スーパーで働く。
生花商で働く。

  社長と部下との関係。

何かしら社長の求心力があるから企業は成り立つのであろう。

  そこに存在するのはトップと部下との人間関係。

自分の生活の為という大前提はあるものの、そこの環境で継続して働くということになれば、何かしらの別の要因が多いに関わってくると思われる。

  その一つにトップの求心力というものがあるのは間違いない。

この人の為に、このトップの為に、俺は仕事で貢献する。
そんな想いが強いほど、従業員は力を発揮する。

  それは普段からの彼の仕事ぶりにも表れている。

人間は、同じ人間の生き様に共感を得て力をもらうのであろう。




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2016年10月30日 (日)

橋本奈々未という生き方

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


今日は日曜日。

  芸能ネタの日(笑)。

先週の日曜日に、あるアイドルの引退を記した。

  乃木坂46の「橋本奈々未」。

来年の誕生日である2月を目安の乃木坂卒業、そして芸能界の引退。

  その潔さに「山口百恵」の引退を思い出した。

それが前回の記事の内容であった。
そして今回もこの記事を取り上げてみたい。

  なぜか?。

彼女は、人間の人生における非常に大切な事を実践していると思えるからである。

  それはどういうことか?。

人間は生まれてから死ぬまでを生きる。

  それが人生である。

そして、個人個人がそれぞれの人生を、いろいろな外部与件や内部与件に左右されながら生きていく。

その都度都度にいろいろなものに振り回されながら、時には自分で自ら崩れながらも自ら立て直しながら人生を生きていく。

  ときに芸能界へ身を投じる者も多い。

そしてその中には世間に認められてスターの道を歩むものもいるだろう。
そして周囲からおだてられて自分を見失い、人間の原理原則を忘れてしまう時が来る。

  そこから人生が狂い始めていく。

そしていつしか自分の時代が過ぎ去り、周囲も自分からさっと引き潮の如くに姿を消していく。

しかしかっての栄光が忘れられず、いつしか復活したいと願いながら芸能界にひっそりとしがみついて生きていく。

芸能界という人気や実力が最優先の世界で生きていこうとすれば、上記のようなリスクを常に覚悟しながら芸能界で生きていく自分の実力を発揮し続けて生きながら泳いでいくしかないのであろう。

  人生とはある一定のリズムを持って流れていくものだ。

そして、その一定のリズムで生きていくことが一番安定して自分の成長を実感し、そして周囲との関係もより安定した信頼関係を築きながら歩めるのである。

しかし、上記のようにアイドルとして一時でも世間の注目を浴びてしまうと、芸能界で注目を浴びることがイコール人生であること、そしてそれを最大の目的と化してしまいかねない危うさを孕んでいることは、これまでの芸能人が辿ってきた道でもある。

しかし、橋本奈々未という女性は、一定のリズムで生きてきた、そのままアイドルの世界に入り込み成功の道を歩んできた。
そして、そのリズムを失うことなく、芸能界を引退して普段に戻ろうとしている。

  なと聡明な生き方であろうか。

思えば、山口百恵という芸能人も、芸能界へ入る前は決して恵まれた人生ではなかったという。

  そして橋本奈々未も同様に。

人生の厳しさを前もって体感してきた人間が芸能界で成功したとしても、それは一時の夢であり、その夢はいずれ醒めるという事を体で感じているのだろう。

  だから芸能界という魔界の怖さを知っているのだろうか。

だから、普段のフラットな人生が一番の幸せである事を知る彼女ら(山口百恵や橋本奈々未)は、再びフラットな人生に何の後悔もせずに戻っていこうとするのだろう。

  そう考えると、我々の人生にも同様のことが起こりうる。

その一時に思わぬ幸運から世間の注目を浴びる時が来る時がある。
しかしそれはあくまでも一時のことであり、いずれその注目は引いていき、以前のフラットな人生に戻っていく。

  その為に、現在に浮かれているわけにはいかない。

その事をしっかり体に刻み込んでいる人生を今まで経験してきているからこそ、橋本奈々未という女性は、潔く芸能界からも引退が出来るのである。

  彼女は2月までに最高の輝きを放つであろう。








  

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2016年10月10日 (月)

55歳からの生き方

皆さん、こんにちは。 
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


先日の結城義晴先生のブログ。

  http://www.shoninsha.co.jp/blog/2016/09/30/58278/

「55歳からが勝負だぞ」

  牛丼の吉野家の創業者の言葉。

「55歳からが勝負だぞ」

  その為に20代、30代、40代なりの生き方がある。

「社会人として影響が小さいうちに、多くの挑戦と失敗を重ね、能力と信頼を蓄積し、55歳から花を咲かせればいい」

  私は、この言葉の重さに愕然とした。

「自分は55歳から勝負ができるのか?。」

  真剣に自分に問い詰めてみた。

「俺は、この歳から世間に対して、勝負をかけることができるのか?」
「勝負を賭けるられるほどの生き方を、今までしてきたのだろうか?」

  しかし、この言葉の意味は理解できる。

この歳になってようやく、20代、30代、40代の意味が理解できるようにはなった。

  その時々でいろいろな人生訓を学んではきた。

しかしその都度人生の深さを味わうことになる。

  “まだまだだなぁ〜”

そんな挫折を繰り返しながら、30代、40代を歩んできた。

  50代半ばになって今までのモヤが晴れたような気がする。

自分の人生にとって大切なもの。

  それは、普遍なものと変化するものの分別。

この世の中の原理原則、そしてこの業界の原理原則。

  これは決して変えてはいけない原理原則である。

そして、変化に対応していくべきもの。

  それは時代が求めるものであり時代の変遷と共に変化していくもの。

それを自分なりに、自分の軸としてブレないものを身に纏い(まとい)、その上で瞬間瞬間の時代の流れの中で、チャンスという流れに瞬間的に飛び乗る眼力。

  その眼力は20代、30代、40代の失敗からしか得られないもの。

だから、若年時代に大いに失敗しながら一つ一つの原理原則を積み上げ、チャンスという流れのスピードと手の出し方を学んでいく。

  その集大成が55歳から始まるということだろうか。

55歳と言えば、企業人としては役職定年の年齢でもある。
よって、55歳を超えた瞬間から、企業に頼らず自らの技量でその後の人生を切り開いていく年齢層でもある。

  これから俺は自分の人生を切り開いていけるのか。

その答えは、すでに20代から始まっているのだということだ。
その為には、素直に言われたことだけをやっていては決して身につかないことがある。

  それはチャンスを掴む技術。

こればかりは、自分でチャンスを掴む訓練を繰り返し繰り返し訓練していくしかないのだ。

  チャンスの掴み方。

こればかりは、残念ながら、誰も教えてくれない(笑)。

  自分で掴み損ねて後悔を繰り返すしかないのである。

20代は、チャンスをチャンスと思わない。
30代は、チャンスの後ろ髪しか見えない。
40代は、チャンスを焦って潰してしまう。

  50代でいよいよ目の前のチャンスが見える年代だ。

そのチャンスに飛び乗ることが、勝負の時だと言うのだろう。

  我々は勝負の時を如何に生きるべきか。









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2016年9月17日 (土)

足下

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


足下。

  特に、男の足下には注意しなければならない。

「足下を見る」という諺(ことわざ)がある。

  自分の身なりで評価される、という意味であろう。

特に、江戸時代の籠屋は相手の草履を見てどのような素性の人間かを見極め値段を相手にふっかけてそうだ。

  そこから生まれた諺。

だから、相手と折衝する場合には自分の身なりに気を払えという意味から始まり、常日頃から自分の行動には注意を払え。でなければ誰が見ているかわからないぞ。という意味に拡大されて現代に受け継がれてきたようにも思われる。

  「足」が付く諺は多い。

「足」もとを見られる。
「足」が付く。
「足」を洗う。
「足」を引っ張る。
「足」を棒にする。
「足」が地に着かない。
「足」もとに火がつく。
「足」ることを知る。
「足」で稼ぐ。

  等々、いろいろな意味で使われる「足」。

「足」を辞書で調べると、文字どおり人間や動物の「足」であり、更には行動する、歩く、走る、足りる、する価値がある、満たす、加える、度を越す、へつらう様、等々。

  自分の足からどんどん広がりを見せる見解。

これは、自分の足が自らの行動でどんどん領域を広げていき、いずれ度を越す行動を起こしてしまうという過去の経験が、足という意味を広げてきたのだろうと思う。

  私は「足」という言葉を「基本」と置き換えている。

自分の体を支える部分。
そしてそれを行動に置き換える部分。

  自分を支えて行動する。

だから、人間は足を大切にしなければならない。
だから、足を守る「靴」も大切にしている。

  見る人は必ず人の「足下」を見る。

それは、靴を見ると置き換えても良い。
昔の籠屋がお客の草履を見たのと同じで、パートさんほど上司の足下を見て評価するものだ。

  だから若いリーダーほど足下に注意しなければならない。

最近の若者は母親の影響もあってか自分の靴にも注意を払う人が出てきたが、昔は足下などに注意を払うスーパーの担当者などいなかった。

  特に独身の担当者ほど。

だから影で「若造」などと思われていたのだろう。

  「足」の付く諺には、どこか戒め(いましめ)的なニュアンスが多い。

それだけ、自分を支える部分ではありながら人間はそこに目がいかないのだろう。

  しかし、他人からはしっかり見られているのも「足」。

自分の足はどうなっているのだろうか。
そして、他人からはどのように見られているのだろうか。

  もういちど見直してみたいものである。









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2016年9月 4日 (日)

江川卓の思い出

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


今年の夏の甲子園。

  リオオリンピックに隠れて話題性が乏しかった。

が、それでも準決勝、決勝はそれなりに話題となった。

  作新学院が54年ぶりの全国制覇。

“エッ!、作新って以前に優勝経験があったんだ?”

  私の知る作新学院は江川卓。

後にも先にも、このほどのピッチャーは見た事がないと思えるほどの存在感を持っていた。

  その江川ですら経験できなかった、全国制覇。

東北出身の私は作新学院は地元ではなかったが、近隣の県の高校球児だから関心を持って見ていた記憶がある。

  夏の甲子園の2回戦。

作新学院対銚子商業の試合は今でも思い出に残る。

  降りしきる雨の中の押し出しサヨナラ。

あの時の江川の毅然たる表情は彼の意志の強さを物語るものだった。

  強烈な印象が残る江川と作新学院。

その印象を覆すほどの今年の作新学院の活躍である。
今では、地元の高校ということもあり、誰もがあれよあれよと言う間の決勝進出だったようだ。

  江川を援護する打撃陣。

それが当時の作新学院の決定的な弱点だった。
今年は、今井投手を擁する守備面とどこからでも攻撃できる打撃陣が相まって、甲子園に入ってからチームの結束力も高まっていったようだ。



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2016年6月 7日 (火)

履歴書

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


人間の履歴書。

  就職の為に履歴書を書く。

その時、人間は自分の過去を振り返り、何を思うのだろうか。

ここ数ヶ月、採用面接に明け暮れているような日々である。

そして、彼ら彼女らの履歴書と目の前のリアルは人物を見比べながら、今までの経歴と本人たちの仕事への展望をお互いに話し合う。

履歴書の過去の振り返りに多くの時間を割くことはないが、時にはその時々のその方の人生をお互いに深く入り込むこともある。

  「頑張られたんですね。」
  「大変な苦労でしたね。」
  「ひどい環境でしたね。」

学生時代の苦労話しや現在の就労に関しての話題等で盛り上がることもある。

  履歴書。

既存店であれば、不足部門に応募してきた方の面接になるから、配属部門が決められた中での面接と成る。

よって、それほど応募者の方の過去の履歴や経歴をじっくり眺めて検討することに時間を割かない。

しかし、新店開店の場合では、どの部門に配属するかという段階からその方を見ていく。

  “どの部門に適しているか”

そこから検索していくことになる。

  だから、過去の経歴は?。

そんなところから、その方の「希望部門」と我々の「要望部門」の両視点から接点を求めていくこととなる。

パート採用の場合は、今までの学歴と就職歴を表記することとなるが、正社員としての転職の場合は、多くの企業を渡り歩いてきた以外は、以前の企業での業績や職位なども記載することになる。

  その企業でどんな実績を残してきたか。

よって、正社員としての履歴書の場合は、どんな企業を渡り歩いてきたかという視点ではなく、何を実績として積んできたかという視点。

  逆に、渡り歩いた企業の数は不信感でしかない。

“当社もすぐに辞めてしまうのか?”

  それよりも、主たる企業での携わった仕事を記してほしいものだ。

そう考えると、一つの企業である程度自信を持って他社の評価を得られる職位とそこでの実績を積んでから転職を志してほしいものである。

自分の履歴書を書く機会とは、そう多くはないだろう。
私も一度書いた経験があるが、以前の企業での自分の職歴を振り返るに当たって、自分のこれまでの歴史を振り返らなければならない。

  自分の経歴の振り返り。

転職するしないに関わらず、一度自分のこれまでの経歴を振り返ってみることは必要ではないかと思う。

  今までどのような経歴を積んできたのか。
  その経歴一つ一つに何を学んできたのか。
  
そのような歴史を振り返り、これからの自分が進むべき方向を検討する。

  その経歴で自分に不足している部分は何か?。

いろいろと、見えてくるのではないだろうか。

ps
そして、今日が3000記事目。
皆様のご支援に守られながら、3000回、約8年を経過致しました。

今までもたくさんの方々から、暖かいコメントを頂き、そのコメント一つ一つが私をどれだけ勇気づけてくれたかわかりません。

そのコメント数も、あと120コメントほどで1万コメントを数える。

  3000記事で10000コメント。

1記事で3コメント。
記事以上にコメントが多いことも嬉しい皆さんからの励ましである。

お陰様で、現在まで続けてこれましたことを、本当に感謝致します。

  そして、今後とも、よろしくお願い致します。



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2016年6月 4日 (土)

40代の後悔

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


先日、@niftyニュースを見ていたら、こんな記事が出ていた。

  定年退職者の後悔。

定年退職者が、今までのサラリーマン人生を振り返って、何に一番後悔しているか?。

  という問いに対して、

40代の時の時間の使い方に対しての後悔が多いということだ。

  40代での時間の使い方。

そもそも40代とはどんな時期なのだろうか?。

  20代は現場で基本を身につけた時期。
  30代は商品部として組織の駒の時期。
  40代は店長として組織を担った時期。
  50代は従来のキャリアを生かす時期。

そう考えると、40代というのは、20代、30代とは違い、組織をマネジメントする業務内容に切り替わる時期ということになる。

この時期に、時間の使い方についての後悔をする方が多いということなのだろう。
確かに40代以前は、仕事を覚え、組織の駒としての意識が強かった。
だから、与えられた仕事の流れについていこうという意識が強かったように思う。

  しかし40代は自ら組織運営をする立場。

既成のルーティン業務をこなすというよりは、自らルーティン業務を生み出すという仕事となる。

  要は、考えて生み出す仕事がメインとなる。

従来と比べると、生み出すということが仕事のメインとなるということだ。
そして、そのことに対しての時間制限は無いというのも特徴か。

  時間は無制限にある。

そんな意識が、後々後悔するということになるのだろう。
自らはルーティン業務をあまり持たないため、時間に縛られるということも少ない。
だから、時間に対して自分を律して行動するという業務内容から解放されてしまい、逆に時間をコントロール出来なくなってしまうのだろうか。

  自分の経験としても無駄な事に時間を費やした後悔はある。

その時は無駄な時間、優先すべき事項の優先順位という発想が無く、逆に優先順位の低い事項に時間を割く使い方をしていた記憶がある。

  もっと効率よく時間を使えばより多くの事をこなせた。

そんな後悔はある。

  更にはプライベートでも多彩な変化が起きてくる。

子供の成長、女房との距離、両親の死、引っ越し、転職等。

  仕事とプライベート両面での環境の変化。

この事が、尚更時間の使い方を複雑にさせていくのだろう。

  そして50代になってようやくその答えが見えてくる。

50代になると、それらすべての答えが見えてきたり、感じてきたり(笑)。

  一番見えなかったのが40代だったかもしれない。

いろいろな選択肢があり、その時々でその選択を求められ、今後の人生を左右させる場面の連続が40代なのである。

  ようやく落ち着く50代後半から定年後にそれを後悔する。

“あの時、こうしていれば良かった”

  その一つが、時間の使い方。

しかし、皆が後悔しているということは、誰もそれを40代で実践できなかったという裏返しでもある。

言えることは、昨日も記したが、谷の時に如何に生きるか。
前回の谷を教訓に、新たな谷に何を指針として自らを律して自律したブレない生き方ができるか。

  その繰り返しではないだろうか。







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