生き方

2017年3月28日 (火)

男の見られ方

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


今日は日曜日ではないが、、先日放映されたテレビネタでいきたい。

  毎回見ている「艶歌四人姫」。

そこで気になるシーンがあった。

  「男のどこを観るか?」

男のどこを観てその人間性を判断するか?。

そんな問いを、坂本冬美、藤あや子、香西かおり、伍代夏子の四人が回答するシーンである。

  “女は男のどこを観ているのか?”

非常に気になる部分ではある(笑)。

  伍代夏子は、男の「靴」を観るという。

“やっぱりなぁ〜”

新婚当初に女房に言われたことがある。

  「靴は常に磨いてね。」

男にとっての靴、特に革靴は人間性を現すと言われた。
それ以来、毎朝靴を磨いてから出社することにしている。

独身時代は、なかなか靴まで気が配らないことが多い。

  上着、スラックス、髪型他。

靴以上にこだわらなければならないパートは多い。

  それでも女は男の靴を観る。

そこに、その男の人間性を観るという。

  “靴に気配りできれば、将来女房にも気配りできる”

そのような女の第六感が働くのであろうか(笑)。
何れにしても、参考になる提言である。

  次に香西かおりは「食べ方」と答えた。

これも深い意味があるなぁ〜と思った。

  “食べているときは無防備だからなぁ〜(笑)”

無防備な状態ほど、素の自分が現れてしまうもの。
いくら表面上、カッコいいことを言っていても、食べているときは欲望の思うままに行動してしまうもの。

  そこを鋭い目で見られているのである(笑)。

これはもうどうしようもない場面である。

  食欲という欲望は誰も隠せない真実。

そこを突いてくるところは、流石である。

  人生の辛苦を味わってこその眼であろうか。

食事の際の周囲の目。心しておきたいものである。

  更に藤あや子は「胸筋」と答える。

胸の筋肉。

  男の強さの象徴であろうか。

人間はお互いに自分に無い部分に憧れるものである。

  男には無い女性の体型や胸。
  女には無い男性の筋肉や姿。

スリムな男性がふくよかな女性に憧れる。
スリムな女性が力士のような男性を好む。

  意外に多い志向のようだ。

自分に無い異性への憧れ。
それが、男性の胸筋を観る女性の目であろうか。

  最後の坂本冬美は「顔」「お尻」「匂い」。

最後の匂いは意外だった(笑)。

  加齢臭? 体臭? 異臭?。

自分の匂い(笑)。
これも意外に自分では気づかないものである。

  “さて、自分はどんな匂いを放っているのだろうか”

実際に放たれる匂いではなく、別のニュアンスで捉え直してみよう。

  匂い = 雰囲気。

そう捉え直すと、自分が放つその場の空気としての自分の存在感を認識する必要があるのだろう。

特に、店長や企業の幹部となると、部下やお客様、お取引先の方々から「見られる」存在でもある。

  “自分はどう映っているのだろうか”

この視点も大切なセルフマネジメントになるのではないだろうか。

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2017年3月 6日 (月)

情報の発信

皆さん、こんにちは。

  食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


情報を発信する。

  色々な意味合いがある。

いい情報を発信することによって、他者や自企業に有益な価値をもたらす情報。
悪い情報を発信することによって、他者や自企業に不利益な価値をもたらす情報。

  ここで取り上げたいのは、前者。

後者に関しては、以前のブログにも「沈黙は金」として記した。

  知り得た秘密の情報。

それを情報通でありたいという欲求からついつい他者に漏らしてしまう。
  
  しかし、そんな情報からは何も学べない。

他者や企業がその情報から有益な学びの世界へ広がっていかなければ意味がない。
  
  それは、自分にとっても他者にとっても。

だから、知り得た秘密の情報は絶対に口を貝にして閉ざさなければならない。
  
  しかし、有益な情報は?。

これは、どんどん発信すべきであろう。

  成功事例。
  失敗事例。
  販売事例。
  単品量販事例。
  人材育成事例。
  人材獲得事例。
  競合対策事例。
  地域貢献事例。

その他諸々あろう。
しかし、自ら情報発信するということは、それ相応の勇気がいるものだ。

  “他者が納得するだけの価値ある情報なのだろうか”

そんな不安がよぎるから。

  しかし、行動しなければ何も始まらない。

そして、行動した瞬間から、そのPDCAが回り始めていく。

  前回発信の情報の反応はどうなのだろうか?。
  その情報から他者は何を得たのだろうか?。
  次回はそこから何を進化させていこうか?。

そんな反省から次への事例が生まれ、発信し、更に次への展開へと繋がる。

   まさに、Plan、Do、Check、Actionのサイクルが回っていく。

情報を発信し続けることによって、自らの仕事への取り組み方のレベルが上がっていくことになる。

更に、その情報発信源に周囲からのアドバイスや励ましも寄せられる。

   発信源には更に密度の濃い情報が入ってくる。

このサイクルが、PDCAを更に加速させる要因となる。

  「情報は発信するものに集まる」。

そう言われる所以である。

今までの同僚や部下の仕事ぶりを見ていると、この情報発信に目覚めた部下たちは、一気に仕事ぶりが変わり周囲の評価を高める事例がたくさんあった。

  “彼奴、いつからあんなに仕事ぶりが変わったのか”

そんな印象を受ける同僚が部下がいた。

  それは情報受信者から情報発信者に変わっただけのこと。

情報は発信する側にいたいものである(笑)。




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2017年3月 2日 (木)

実になるもの

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


書籍。

  企業や上司から勧められる本。

特に、この業界でも数多くの本が出版され、その中でも企業に関係する著者の方や上司が読んで良かった本などは全社的にも購読が勧められる。

先日も、上司が読んで非常に参考になったとのことで、勧められた販売手法の本があった。

  「全店長は購入して読むように。」

ネットで調べたら、アマゾンでは定価の2倍の価格で中古本が出品されていた。

  定価の2倍!。

余程人気の本なのだろう(笑)。

  今までもいろいろな本を読んではきた。

そして、心打たれる本もたくさんあったし、心打たれるフレーズにも出くわしたりもした。

  今でも大切に保管している本も多い。

しかし、その全てが身に付いたかといえば、それはノーだ。

  なぜか?。

全てを実践したわけではないから。

  実践して初めてその本が理解できるのである。

いくら頭で納得しても、自分で自分が立つフィールドで実際に経験したり実践したりしなければ、それは単なる知識のままで終わってしまう。

  何を言っても、実践してこその外部情報。

実践して初めて、その本の内容が自分を取り巻く環境の中でどのように受け止められどのように自分に伝わるのかがわかる。

  これが知識と知恵の違いである。

知恵だけが実践に役立つ。

  理屈をいくらコネても誰も着いてこない。

それはまず自分がお腹に入っていないからだ。
自分のお腹に知識が入っていれば、実践にあたっての人間的な情報が含まれてくるから、他のものが実践しようとするときに非常に有効な言葉となって発信できるのだ。

とは言っても、本を読まなければ、それらの情報すら接することは出来ない。

  著書からの情報を何割実現できるか。

そして、それらの実践から身に付けた知恵が、更なる情報の受け皿となって機能してくれる。

  例えば、「単品量販」の手法。

本に書いてあるように、普段の3倍の数量を仕入れて3倍のフェースをとって3段罪にして販売することで売上が上がるという情報を得たとする。

  実際に3倍の数量をまずは仕入れること。

大抵は、まずここで躊躇してしまう。

  なぜ出来ないか?。

自分が苦労することが目に見えているから(笑)。

  3倍仕入れたら3倍の商品化と陳列時間。
  大量残になったら処理する時間が無駄。
  業績悪化したら業績対策の時間が無駄。

限られた時間の中で如何に効率よく無駄のない仕事をするか。

  時間管理の焦点がここに集約されているのが現状。

この発想を逆転させなければ、自らの単品量販力は絶対に身に付かない。
その為には、自部門での役割を転換しなければならないだろう。

  ルーティン業務を役割とする人材に任せる。

そのような発想の展開と実践、そして自らは単品量販の計画と実現へ。
そこに、ルーティン業務の仕事の大切さも理解でき、単品量販の大切さも理解できる組織が出来上がるのである。

  単品量販という事一つとっても自ら解決すべきことは多い。

それは全て実践から生まれる知恵である。

  自分の実になるものは全て実践から生まれるのである。


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2017年2月27日 (月)

後を濁さない

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


立つ鳥跡(あと)を濁さず。

  昔からの諺(ことわざ)。

立ち去る者は、自分の後始末は自分でしっかりやって、残る者に負担をかけないという内容の諺である。

  日本人の潔さを示す諺であると信じていた。

しかし、最近では「立つ鳥跡を濁さず症候群」が蔓延しているという。
定年を迎えたり、早期退職を選択して企業を離れる直前に、立つ鳥跡を濁さず症候群になっているという。

  立つ鳥跡を濁さず症候群?。

必要以上に自分の役職を引き継ぐ人材への引き継ぎを丁寧にやりすぎて、面倒臭がられることのようだ。

  “悪いことでは無いだろう”

私はそう思うのだが、跡を引き継ぐ方は、いろいろな先入観まで押し付けられることで、自分の時代に早期には入れないもどかしさを感じることらしい。

  “それはあるかな”

人事異動の際の引き継ぎは、店長同士であれば、簡単なものである。

  私もそうだった。

変に先入観を叩き込めば、部下も心気一点頑張ろうとしているのに、上司である店長が先入観を持ってしまえばその心意気も台無しである。

  店長が変わって芽を出す機会を失う。

人事異動とは、赴任する店長もそうだが、迎い入れる部下も心機一転のチャンスである。

  このチャンスを台無しにしてしまう。

だから、余程伝えなければならない項目以外は、必要以上に人の性格は引き継がない。

  お互いに初顔合わせで一から構築していく。

人事異動という制度の良さの一つであろう。
私が以前の会社を退職した時は、1月いっぱいの予定だった。

  先方(現企業)からは1月からと言われていた。

しかし、いきなり12月の31日では後任の店長との引き継ぎの問題もあり、人事異動が複雑になってしまう。

  よって、人事異動のタイミングまで待った。

しかし、いきなり2月の節分を丸投げするわけにもいかず、2月3日の節分を以って最終日とした経緯がある。

  “これも「立つ鳥跡を濁さず症候群」だったのかなぁ〜”

そんな風に不安になってしまった(笑)。

  これは日本人の嫌われたく無い症候群から来るらしい。

組織内では、いい子でいたい。
最後まで、いい子として思われていたい。

  自分の意思よりも組織の意向。

組織内での価値基準に従えば、組織内では責任を問われない。

  しかし、課題解決の本質にはコミットしない。

その本質を追求しないまま、組織内の論理だけを優先する気質。
その延長線に、立つ鳥跡を濁さず症候群が存在するという。

  保身。

組織に属して入れば、やはり誰でもその組織の中で自分を保身するものだ。

  それは組織内でのキャリアアップが日本人のDNAであるから。

組織を変えないことが一番安全な自分のキャリアアップ。

  そう信じる世代が50歳以上であろうか。

しかし、私は退職すると決めた時から、その組織での考え方が変わった。

  自分はその組織での未来は無い。

要は、しがらみが無くなったということ。
しがらみがなくなれば、物事の本質を誰に遠慮もせずに追求できるというもの。

  しかし、部下には部下の未来がある。

だから、部下の未来の為に仕事が出来た。

  自分の保身を捨てて部下の未来の為に。

そこにリーダーの本質があると知ったのは、以前の企業を退職する直前のことだった。

  退職するこの時にようやく仕事の本質に気づいた。

しかし、私は、これは長年この企業に貢献してきた私への、企業からの最大のプレゼントだと思った。

  退職する企業からの一番のプレゼント。

それは、仕事の本質、組織の本質であったのだ。

  このことは普遍の原理原則であった。

この原理原則は現企業でも同様であった。
そういう意味でも、前企業からの最大の餞別であったのだろう。








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2017年2月21日 (火)

満点にこだわる時

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


人間の平均点。

  だいたい70点で及第点だろうか。

長い人生で70点の平均点をマークできれば、その人生は成功と言えるだろう。

  しかし、あくまでも平均点の話である(笑)。

常に、平均点の70点であることが、良いことではない時もある。

  “ここは100点満点でなければダメだろう!”

そのような場面でも敢えて70点を目指す人間がいる。
しかし、「ここぞ」の場面は是が非でも100点を取るべき所という場面で、100点を目指さないという姿勢は、他者からすれば「使えない人間」と捉えられる時がある。

  完璧の姿勢でその場を突破すべきとき。

長い人生の一番大事な場面もあろうし、普段のちょっとした場面でもそんなときはある。

  一生に一度歩かないかの瀬戸際。

そこで力を発揮できない方に関しては、それはそれで致し方ないかとも思う。

  但し、本気でその場に臨んだ時であれば、の話。

しかし、普段んちょっとした場面で、100点を目指すべき時でも70点に甘んじる姿勢をとる人間もいる。

  その人間に関しては、最悪の評価が与えられる。

例えば、お客様が並んで待っているレジに応援に向かうとき。

  いつものように悠然と闊歩していき、レジにゆったりと入る。

ここは周囲のお客様の目線の為にも自ら走って急ぐ姿勢を見せなければならない場面。

  “なぜ、ここで走らない!”

そういう場面でもマイペースを貫く人間。

  我々の世界ではこのような人間はいらない。

ここは70点では済まされない場面である。
100点を目指してこそ、評価される場面である。

  しかし100点を目指す姿勢さえ見せない。

それでも他の場面では平均以上の点数を獲得する実力はあり、その能力は安定している。

  人間の評価は難しいものだ。

これが大人関係の場面での他人の評価である。

  空気を読んだ行動。

ここぞの場面では100点を獲得する。
しかし50点で良しの場面も心得える。

  この臨機応変さが、人間には必要なのである。

その空気とは、目に見えない人の心。

  見えない世界にどれだけ精通しているか。

見える世界と見えない世界。

  なんか久しぶりにこのようなテーマを持ち出したような気がする。







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2017年1月28日 (土)

自分の看板

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


人間の看板。

  それは、企業であり職位であり仕事であろう。

その看板を背負いたいと言う願望があるから、人は仕事を頑張ろうとし責任を全うしようとし努力していくのであろう。

  そうやって獲得した自分の看板。

人はその看板を利用して更に自分の仕事に活かしていく。

  看板に見合った責任と仕事。

時に看板は自分を磨いてくれる。
看板を背負ったと同時に、今まで見えなかった世界に引きづりこまれ、強制的にでもその世界(ステージ)で生きていく覚悟を求められる。

  その覚悟と行動が自分を磨いていく。

だから、その看板を獲得することで人間は更に自分を磨く環境を得ることができるのである。

しかし、その看板に見合った自分の魅力を併せ持っているのであろうか、という疑問も常に持ち合わせていなければならないのではないか。

  自分の看板。

付き合う相手にとって、その魅力は自分なのか看板なのか。
自分の看板を下ろした時に、そのことを痛烈に突きつけられることになる。

  企業で働くと言うことはそう言うことである。

特に、バイヤーと言う職位にはそのリスクが付きまとう。

店長と言う職位は、所詮は企業内の人材との付き合いの延長であるから、他の魅力と言うよりはどちらかと言うと人間的な魅力を発揮しやすい部分が多い。

しかし、バイヤーという職位には自社内の人間的な付き合いは逆に少なく、社外の利害関係を持つ人間との付き合いがメインとなる。

  そこに大きな錯覚が生まれるのである。

何と言っても、その場に身を置いておくと気持ちが良い(笑)。
自分を挙げてくれる存在ばかりだから、自分に対して厳しく律する必要が無い。
それが嵩じてくると、そこから離れたくなるものである。

  店舗に足が向かなくなる。

何度かこのブログでも記したが、組織内でのバイヤーの仕事は、役割を分けた中での仕入れ業務であり、その仕入れ業務と販売業務が連動して初めて一つのコトを成し得るのである。

  よって、仕入れと販売の橋渡しまで含めた責任があるわけだ。

そこに着目しているバイヤーとそうでないバイヤーの違いは、業績に大きく連動してくるのである。

自分が背負っている看板が、相手にはどのように写っているのか。

  その看板を自ら脱いでみることで何が変わるのか。

辛くともそのことによって、自分の看板の意味が理解できるのであろうし、そこから学ぶ部分の多いのでは無いか。

  自分の看板を脱ぐ。

それは同業者の研修会であろうし、異業種の研修会であろう。
会社の看板を脱いだ丸裸の状態で参加する組織活動。

  そこで何が出来るのか。

それも自分を磨く場なのである。







  

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2017年1月25日 (水)

口の堅さ

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


人事異動の季節。

  自社や他社からの人事異動の話もチラホラ。

人事異動に伴う「内示」の季節でもある。
当店にも人事異動の内示が入り、辞令が交付された。

  内示が交付されると、あっという間に広まるもの。

ここだけの話だぞ、と言っても広まってしまう。

  なぜか?。

それは、一番聞きたい話題であるし、話たい話題でもある(笑)。

  しかし、ここで注意しなければならないことがある。

このような時に「口の堅さ」が露呈してしまうのである。
私は、このような話題において、内示や人事異動の情報は、絶対に他人に漏らさないことにしている。

  「聞きたい」「話したい」のは山々だ。

しかし、この類の話題は絶対に他人漏らさないことにしている。

  なぜか?。

漏らせば、「口が軽い」と思われてしまうから。
逆に、絶対に他人に漏らさなければ、「口が堅い」と思われる。

  「口が堅い」という評価は褒め言葉だと思っている。

それは、ある意味「融通が効かない」という意味にも取れるが、逆に言うと「絶対に他人に漏らさない口の堅い人間」と言う評価でもある。

  「口が堅い」とは褒め言葉。

特に上司や同僚から見れば、口が堅いとは私利私欲で行動しないと言う評価でもあり、上司から見れば安心して本音が言える相手として信頼されると言うことでもある。

  口の堅さ。

それは、そのような評価を受けるのであるが、それ自体一朝一夕に獲得できる評価ではない。

  口の硬さを10年継続して初めて得られる信頼。

10年も継続すれば間違いなく「口の堅い」人間であると評価されよう。
そして、その裏には、「あいつは絶対に裏切らない男」と言う評価も同時に得られているのだと思う。

  「あいつに聞いても無駄だ。」

あいつに聞いても絶対に口を割らない。
それはそれは、どんな情報を得ていようとも、このような類の情報は絶対に他人に漏らさないと言う評価は素晴らしいことだと思う。

  この評価を得られたら本物であろう。

それだけ、この手の類の情報は漏れやすいし漏らしやすいものである。

  それは人間の性(さが)からくる欲求であるから。

秘密を他人から聞きたい、話したい。
しかし、それを抑えて絶対に漏らさないと言う人間の評価は絶対である。

  そんな信頼を得たいと思うのだ。

だから、その性を抑えてでも、このような類の情報は絶対に漏らさないことにしている。

  どうぜ、数日後には解るのである。

それまでは、口を割らずに我慢する。

  そしてその先に待つ「信頼」を獲得したいものである。







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2017年1月16日 (月)

毎年の寒波

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


今年度最大の寒波。

  この時期の恒例行事である。

毎年、年始は穏やかな天候。
そして、成人の日まで穏やかな天候が続く。
しかし、センター試験になると大荒れとなる。

  毎年この時期が寒波襲来の恒例なのである。

それは、私達の世代から続く恒例のようだ。
そして、受験生はそのような経験をしながら社会の一員となっていくのかもしれない。

  受験生を持つ親御さんの心配はいかばかりか。

試験の心配に風邪ひきの心配、そして大雪の心配と二重、三重の不安を振り払って心配しなければならない。

  更に現代は私立もセンター試験を活用しているから厄介だ。

以前であれば、センター試験は国立系の大学を受験する学生の為の試験であったから、このセンター試験で失敗しても、この結果は私立の受験には響かない。

しかし、センター試験が私立の試験の合否に影響してくるとなれば、絶対に失敗できない試験となる。

  ここにセンター試験の厳しさがあるようだ。

ここでいい成績を残して、国立も私立も優位に進めたい。
誰もが願うセンター試験。

  しかし、毎年の大荒れの天候。

是非、受験生はこの三重苦を振り払って、人生の最初の難関を突破して欲しいものである。

  そして、いよいよ本格的な積雪の到来。

特に、東北以南はこれからが真冬の時期であり、一番厄介な積雪の時期でもある。
関東方面の積雪は、道路網が分断される為、我々小売業においては商品の入荷が乱れるというアクシデントと、従業員が通勤できないというアクシデントに見舞われる。

  更にはお客様が来店できないという影響。

そして、この反動が前日か翌日以降に再度影響指定くる。
しかし、不思議なことに大雪で売り上げが減少するというデメリットの反動としての前日の買いだめや翌日の買いだめ効果が意外と高いことも事実。

  特に、前日の買いだめ需要が高いとトータルで効果大となる。

買いだめされた食材はもちろん、それ以降に売り上げとなる分と合わせると、結果的に期間計の売り上げがプラスになったいたりするのである。

  それもやり方次第であるのだろうが。

だから、雪の予報がそれなりに事前に発信されている場合の買いだめ効果は、特に最近の気象予報のシステムにあっては効果が高まっているのが現状ではないだろうか。

  積雪の予報では外出は出来ない。

結果的に、家で内食の機会が増えるということであり、商品展開次第ではより多くの買いだめをしてしまう買い周りが増加することにもなるのだろう。

  積雪をチャンスと捉えるかピンチと捉えるか。

ここにこの期間の数値上の分かれ目が生まれるのだろう。

  特に今回の土曜日から日曜日にかけての買いだめ需要。

これを大いに活用できた店舗にはチャンスが巡ってきたのではないだろうか。







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2016年12月21日 (水)

転職する勇気

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


先日、地元でミニてっちゃん会が開催された。

  とは言っても4人ほどでの開催。

開催とは言っても、単なる飲み会である(笑)。
従来は、こちらの地域では会のメンバーが不在(私一人)であったが、ここ数ヶ月の中でいつのまにか2名が加わって、計3名が在籍する状況になったのである。

  必然的に、それじゃ飲るか、という話になる。

そこで毎回コメントを頂く「かわらいさん」も誘い、この地でのてっちゃん会の開催となったのである。

スーパー関係者が3名にスーパーの取引先の方が1名。

  “疎外感を持たれはしないか”

あまりにも食品スーパーの内部の話に盛り上がり、取引先の方が疎外感を持って話に混ざりづらい環境にならなければいいなと不安もあったが、その方も積極的に会話にハマっていただき、楽しく過ごすことができた。

  そこで話題になったのが転職。

4名中3名が転職経験組。

  3名中2名は同業のスーパーへ。

もう一人は、当時の仕事とは全く異なる異業種への転職だった。

  それも30を過ぎた段階で。

それを聞いた時は、彼の人生に対すつ認識を疑った。

  30過ぎで家庭がありながらの異業種への転職。

独身ならともかく、家庭を持った男性が異業種への転職というのはあまりにも無謀ではないのか。

  おそらく多くの方がそう思うだろう。

しかし、彼は喜んで(?)転職したという。

  なぜか?。

転職先の社長からの強い誘いがあったから。

彼は、当店との取引先であり、テナントで入っている花屋の従業員である。
あるセミナーがきっかけで、現在の社長の目に止まり、引き抜きされたという。

  同じセミナーで意気投合。

そこが一つの偶然だったのだろう。

  高い志を持って参加したセミナー。

そこには同様の人間が集まるものだ。
そんな環境で出会った人間同士。

  お互いに惹かれ合うものがあったのだろう。

これが、自分の意識だけで異業種へ転職するということであれば、相当無理もあるだろうが、異業種とは言えお互いの志に惚れ込んでの転職。

  そんな環境で働ける従業員が逆に羨ましい。

企業で働く。
小売業で働く。
スーパーで働く。
生花商で働く。

  社長と部下との関係。

何かしら社長の求心力があるから企業は成り立つのであろう。

  そこに存在するのはトップと部下との人間関係。

自分の生活の為という大前提はあるものの、そこの環境で継続して働くということになれば、何かしらの別の要因が多いに関わってくると思われる。

  その一つにトップの求心力というものがあるのは間違いない。

この人の為に、このトップの為に、俺は仕事で貢献する。
そんな想いが強いほど、従業員は力を発揮する。

  それは普段からの彼の仕事ぶりにも表れている。

人間は、同じ人間の生き様に共感を得て力をもらうのであろう。




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2016年10月30日 (日)

橋本奈々未という生き方

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


今日は日曜日。

  芸能ネタの日(笑)。

先週の日曜日に、あるアイドルの引退を記した。

  乃木坂46の「橋本奈々未」。

来年の誕生日である2月を目安の乃木坂卒業、そして芸能界の引退。

  その潔さに「山口百恵」の引退を思い出した。

それが前回の記事の内容であった。
そして今回もこの記事を取り上げてみたい。

  なぜか?。

彼女は、人間の人生における非常に大切な事を実践していると思えるからである。

  それはどういうことか?。

人間は生まれてから死ぬまでを生きる。

  それが人生である。

そして、個人個人がそれぞれの人生を、いろいろな外部与件や内部与件に左右されながら生きていく。

その都度都度にいろいろなものに振り回されながら、時には自分で自ら崩れながらも自ら立て直しながら人生を生きていく。

  ときに芸能界へ身を投じる者も多い。

そしてその中には世間に認められてスターの道を歩むものもいるだろう。
そして周囲からおだてられて自分を見失い、人間の原理原則を忘れてしまう時が来る。

  そこから人生が狂い始めていく。

そしていつしか自分の時代が過ぎ去り、周囲も自分からさっと引き潮の如くに姿を消していく。

しかしかっての栄光が忘れられず、いつしか復活したいと願いながら芸能界にひっそりとしがみついて生きていく。

芸能界という人気や実力が最優先の世界で生きていこうとすれば、上記のようなリスクを常に覚悟しながら芸能界で生きていく自分の実力を発揮し続けて生きながら泳いでいくしかないのであろう。

  人生とはある一定のリズムを持って流れていくものだ。

そして、その一定のリズムで生きていくことが一番安定して自分の成長を実感し、そして周囲との関係もより安定した信頼関係を築きながら歩めるのである。

しかし、上記のようにアイドルとして一時でも世間の注目を浴びてしまうと、芸能界で注目を浴びることがイコール人生であること、そしてそれを最大の目的と化してしまいかねない危うさを孕んでいることは、これまでの芸能人が辿ってきた道でもある。

しかし、橋本奈々未という女性は、一定のリズムで生きてきた、そのままアイドルの世界に入り込み成功の道を歩んできた。
そして、そのリズムを失うことなく、芸能界を引退して普段に戻ろうとしている。

  なと聡明な生き方であろうか。

思えば、山口百恵という芸能人も、芸能界へ入る前は決して恵まれた人生ではなかったという。

  そして橋本奈々未も同様に。

人生の厳しさを前もって体感してきた人間が芸能界で成功したとしても、それは一時の夢であり、その夢はいずれ醒めるという事を体で感じているのだろう。

  だから芸能界という魔界の怖さを知っているのだろうか。

だから、普段のフラットな人生が一番の幸せである事を知る彼女ら(山口百恵や橋本奈々未)は、再びフラットな人生に何の後悔もせずに戻っていこうとするのだろう。

  そう考えると、我々の人生にも同様のことが起こりうる。

その一時に思わぬ幸運から世間の注目を浴びる時が来る時がある。
しかしそれはあくまでも一時のことであり、いずれその注目は引いていき、以前のフラットな人生に戻っていく。

  その為に、現在に浮かれているわけにはいかない。

その事をしっかり体に刻み込んでいる人生を今まで経験してきているからこそ、橋本奈々未という女性は、潔く芸能界からも引退が出来るのである。

  彼女は2月までに最高の輝きを放つであろう。








  

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