日記・コラム・つぶやき

2018年6月24日 (日)

ロシアW杯

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


今日は日曜日。

  芸能ネタの日(笑)。

当然、ロシアW杯の話題から。

開幕前は今ひとつ盛り上がりに欠けたロシアW杯。

  コロンビア戦で一転した(笑)。

コロンビア戦での勝利を何人の方が予想しただろう。

  予想と現実とのギャップ。

そのギャップの大きさが、今現状の喧騒となって渦巻いているのだろう。

  ある意味、ラッキーな部分はあったと思う。

しかし、そのチャンスを確実にものにし、一度失いかけた勝利を再び引き寄せた腕力は評価したい。

  11対10。

結果的には、この数の格差が後半に徐々に日本に味方していったのは事実。

  そして、それを得点に結びつけた実力も事実。

格上相手に対しての勝利。

  歴史的勝利。

FIFAランキングでもコロンビアの16位に対して日本は61位。
誰もが、コロンビア戦ではドローで良くやったという評価だったのではないか。

  そのギャップが大きな歓喜をもたらすのであろう。

試合前の国歌斉唱。

  コロンビア側の国歌斉唱時は歓喜でスタジアムがどよめく。

ほとんど国歌斉唱が聞こえないほどのどよめき。
方や日本の国歌斉唱時は君が代が静かに流れる。

  “圧倒的な応援の差だなぁ〜”

ここからして、コロンビアとの格差を実感したのは私だけではなっただろう。

  “これが今大会の現実か”

事前の盛り上がりの無さが、初戦でのスタジアムを取り巻く環境にまで影響を及ぼしていたのかと、改めて思い起こさせた。

  そして試合開始。

それは前半6分の出来事だった。
相手ディフェンスが一発退場で、しかもペナルティキックを得る。

  PKで1点獲得の上にそれ以降1人多いアドバンテージ。

いくらFIFAランキングの差はあれど、このアドバンテージではコロンビア選手達のモチベーションは上がらないだろう。

  しかしそこを確実にものにした日本。

そのメンタル面は評価しなければならない。

  さて、今日の深夜24時。

勝利すれば一次リーグ突破に大きく前進する。

  しかし、道はそう簡単ではないだろう。

これからまだまだ紆余曲折が待っている1次予選。

  日本の一喜一憂がこれから訪れるのではないだろうか。








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2018年6月22日 (金)

言葉を編む

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


先日のNHKプロフェッショナル 仕事の流儀。

  「言葉の海で心を編む」。

今回は辞書作りを専門とする日本語学者

  飯間浩明さん。

私も、このブログを日々書いている関係上、言葉には注意を払っている。

  誰に伝えようか。
  何を伝えようか。
  どう伝えようか。
  使用する言葉は。
  受け手の感情は。

色々なことを想像しながら、言葉を選び、そして発信する。

  元々は自分の心の発信であった。

しかし、発信する目的から、いつしか受けてとの一体感を得ることを優先するようになった。

  コミュニケーションとは受け手が主役であるから。

そんな感慨を持ちながら番組を見ていた。

  世の中ではどんどん新しい言葉が生まれていく。

彼は、その新語を街中から探し出し、辞書編纂に活かす仕事を担う。

  国語辞書。

それはもう、不動のものだと思っていた。

  “新語など入る余地のない世界”

国語辞書とはそういうものだと思っていたのだが、この番組を見てから、それは大きな間違いだということに気づいた。

  6年に一度改訂される度に新語が盛り込まれていく。

その取捨選択を担うのが彼の仕事らしい。
この番組の冒頭にも早速、新語が登場してきた。

  ゆるキャラ 〜 デザインは素人っぽいがかわいらしい。
  シズル感  〜 飲食物の映像が見るからに美味しそうな感じ。
  
等の言葉が新たに彼の手腕で辞書に付加されたのだろう。

  新語に定義を与える。

それを語釈という。
新しく巷に広まっている言葉が、完全に世の中に定着した段階で、その言葉の発祥や用例を通してどんな意味として通用しているのかを定義づけるものである。

  その情報収拾は膨大にのぼる。

その一つに「黒歴史」という言葉があった。

  ここ数年使われだした新語である。

黒歴史という新語をどう語釈するか。

  人に知られては困る、思い出したくない歴史。

そう語釈した。

  単に思い出したくない歴史だけではない。

自分だけが思い出したくないということ以上に、人に知られたくないという感情の入った意味を込めて黒歴史に編んだ。

  なるほど。

言葉とは深いものだ。
言葉の使い方一つで、受け手の人間の感情が大きく揺れるものである。

  どの言葉をどのタイミングで相手に放つのか。

そこに、コミュケーションの素晴らしさや難しさがある。

  同じ「頑張れ」でも使い方ひとつ。

頑張りの足りない人間に対しての「頑張れ」。
疲労困憊している人間に対しての「頑張れ」。

  同じ頑張れでも相手の状況とタイミングがある。

相手が受け入れるタイミングと言葉。

  リアルな会話で伝える言葉。
  SNS環境だけで伝える言葉。

その伝え方にも微妙な違いを要する。

  リアルな会話には言葉以上に表情や態度が有効だ。

しかし、目や表情が見えない相手に対しての言葉は気を使う。
そういう意味では、絵文字やスタンプは心理面を和らげてくれる効果がある。

  言葉だけで伝えようとすると回りくどくなってしまう。

しかし、このブログは敢えて言葉にこだわろうとしている。

  言葉が持つ強いメッセージ力。

言葉という感情をあまり表に出さない表現によって、強い表現になるときもあろう。
語尾も「〜である。」を多用して断定的に言い放つ場面も多い。
現場の店舗の店長目線の為、本部サイドのバイヤーや管理部門の方からの目線からすると違和感もあろう。

  逆に言うと「よく言ってくれた」と言う共感も多い。

今回のプロッショナルから、再度、受け手の方の感情も含めてブログの書き方を問いて見たいと思うのである。








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2018年5月 3日 (木)

健康診断の謎

皆さん、こんにちは。
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今年も健康診断の結果が手元に届いた。

  ここ数年はC1の評価。

どこも異常無しがA。
軽度異常所見がB。
6ヶ月後経過観察がC1。
3ヶ月後経過観察がC2。
要治療がD1。
要精査がD2。

  よって、C1はまぁまぁ毎年そこそこの健康状態ではある。

自分でも誇れるのは、肝機能には全くの異常が無いことであろうか。

  “あれだけ飲んでも異常無し?”

そう誤解されている方が多数いるのではないかと思われるが、心配ご無用、私の肝機能は至って正常であります(笑)。

  なぜか?。

飲酒が週に1〜2回程度であるからだろう。

  “えっ!、毎日飲んでるんじゃないの?”

そのような誤解を持つ方が多いのであるが、私の飲酒は一週間で休日の1回〜2回程度でのことである。

よって、その程度の飲酒の回数であれば、健康診断でも肝機能への障害は生じないのである。

  しかし、

逆に、脂質面に関しては従来から多少高めで推移している。

  ここ10年ぐらいほぼ一定の安定した高音の数値。

これはもう、体質として諦めるしかないのであろう。

  そして今回は何故か視力が良くなった。

前回の視力よりも左右とも0.2〜0.3ほど良い結果なのだ。

  今回はヤマ勘が当たったのだろうか(笑)。

皆さんもご存知の通り視力の検査は、上下左右のどこに○の欠けている部分があるかを答えるものであるが、徐々に小さな円になってくると、どこが欠けているかが微妙に見えずらい部分がある。

  “エイッ!、ヤッ!”

とヤマ勘で答える部分があるのだが、それが今回は的中したと言ってもいいかもしれない。

しかし、視力という従来からの評価はそれほど低下していないが、やはり老眼による至近距離を見る視力は明らかに低下している。

  眉間に皺を寄せて少し離してモノを見る。

そんな仕草が自分でも定着してしまった。

  “この仕草を他人に見られているんだぁ〜(笑)”

しかし、体重を筆頭に、健康状態に大きな変化がないと言うことは、ひとえに現場で仕事をしているからであろう。

  これが本部勤務になると状況は一変する。

どうしても机に座る時間が多いのだろう。

  見た目にも大きく変化していく。

そうなると、自分の健康維持の目的で自ら体を動かす環境を作り出さなければならない。

  フィットネスクラブの盛況。

私の住む地域にもフィットネスクラブが近くにあるが、大盛況である。

  開店時間9時には、100台ほどの駐車場が満車。

もっとも、利用者は仕事をリタイアした高齢者がほとんどであるが。

そして、健康診断の不思議は、よくコメントを頂くdadamaさんの健康診断の結果が毎年A評価を得ていると言うことだ。

  “絶対におかしい”
  “なんかやっているな”

健康診断の受診の前に、何か異常が出ないマジックを施しているのではないかと疑っている。

  “あれだけ毎日呑んでいても肝機能が健康?”

それだけ、心の健康が体を癒しているのだろう。







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2018年5月 1日 (火)

欧州車と暮らす

皆さん、こんにちは。
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欧州車。

  数年前に購入した中古の車。

http://tetu-syoubai.cocolog-nifty.com/blog/2011/05/post-4bc6.html

  あれから約7年。

もう7年も乗ればこんなことが起こるのかぁ〜というような出来事が発生した。

  初夏の様相の最中のこと。

仕事に行き、従業員駐車場に駐車した。
おそらく30度近い気温になるので、多少窓を開けて日向に駐車していた。

そして、仕事が終わり、車に乗った瞬間のこと。

  “なんか頭に当たるなぁ〜”

そう感じて上を見て驚いた。

  天井のスポンジが全部垂れていたのだ。

そのたわみが頭の髪の毛にあたり、違和感を感じたのだ。

  天井のスポンジ状の布が天井から剥がれて落ちかかっている。

しかし、真ん中部分だけ接着剤が剥がれてたわんでいるが、周囲はまだ付いたまま。

  よって、真ん中大きく下にたわんだ状態のまま。

正直、この欧州車に関しては、今までも日本車にはありえないトラブルが続いていた。

  特に電気系統のトラブルが購入当初より続いた。

クラクションが鳴り続けたり、ヒューズがすぐに飛んだり、方向指示器がが故障したり。

  最近では時速80キロで起こる3速固定化。

これはいまだに直っていないが、諦めてなれることにした(笑)。

  どのトラブルも、なんで?。

購入当時はそのようなトラブルが続いた。

  日本との気候の違い。

この差が如何にクルマの電気系統に与えるインパクトが大きいかがわかった。

  しかし、ここ最近は大きなトラブルも無しになってきた。

それは、クルマの対する慣れもあるのだろう。

  しかし今回の天井のタレには驚いた。

これも日本車ではあり得ない状況。
ネットやfacebook仲間にこのことをアップすると、以外にみんな冷静。

  「あるある(笑)。」
  「フランス車ではよく聞く話。」
  「こんなもんよ。」

こんな声に励まされ(?)たのはいいが、さてどうやって直すかである。

ネットで同様の事態を検索すると、意外に業者のホームページのようなところで、このクルマの同様のトラブルに対して、天井の部分を外して、布を再び接着剤で付け直し、またそれを天井に固定して直した旨のアップが載っていた。

  “やはり業者に預けるしかないか?”

いくらかかるのだろうか。

  純正だと数十万とのこと。

自力で修理してみるか。
そんなこんなで、後日、休日にゆっくりと修理を予定しております。

  しかしなぜに多い欧州車のトラブル。

それを承知で付き合わないと、欧州車に乗る資格は無いという。

  それでもこのクルマのドライビングテイストはほかでは変えがたい。

そして自力で修理しながら付き合って行くから、逆に愛着が沸くのだろう。









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2018年4月27日 (金)

サングリアの季節

皆さん、こんにちは。
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サングリア。

  手作りの果実入りワイン。

手作りのサングリアの目覚めたのは一昨年であろうか。

  Facebook仲間のアップがきっかけであった。

彼女がアップしたその画像が非常にお洒落であったため、ワインの興味とサングリアのお洒落感が心に響いて興味を引いた。

  “よし、俺も作ってみるか!”

そう思って、手作りのサングリアにハマってしまったのである。

  今年で3年目であろう。

Facebookの面白いところは、一年前や数年前の同じ日にアップした内容が記憶として今年の同じ日に過去の記憶としてアップされるのである。

そして、昨年と同時期に、やはり手作りサングリアで一杯やっている画像がアップされてきたのには驚いた。

  “同じこと考えて同じことしていたんだ(笑)”

昨年の今頃の時期に、やはり手作りのサングリアを作っていたという事実。

  この時期になると飲みたくなるのだろうか。

春というよりも初夏の日差し。
そして、お洒落な手作りのサングリア。

  私流の作り方はいたって簡単。

一番安い外国産のワイン。

  できれば辛口の甘くないヤツ。

そのワインに、好みの果実類をカットして入れて、一晩二晩寝かせるだけ。
果実は、今が旬の果実になるが、今だとパイン、バナナ、苺、グレープフルーツ、キウイ、りんごあたりか。

  パインやバナナを入れると、トロッとした甘味が出る。
  柑橘やライムは酸味が増し、さっぱりとした風味が出る。

そんな印象であるが、最近は単品を選択していれるのではなく、値下げされたカットフルーツの盛り合わせを購入することが多い(笑)。

大型パックの盛り合わせになると、パインやらキウイやら苺、りんご、柑橘が全て盛りあわされているから、そのまま入れても良し、家族で多少食べてから残りを入れても良い。

  そして二晩寝かせる。

ずっと冷蔵庫に入れっぱなしにしておくのだ。
そうすると、果実から出た果汁がワインに果実のとろみが多少ミックスされ、それが果実の甘味となってワインに溶け込むのである。

  この果実感とワインの渋みが適度にミックスされる。

このワインを飲みながら、中のワインが沁みた果実と両方味わえるのである。

  この果実がまた美味しい(笑)。

特に、パインとバナナは甘味と酸味とワインの渋みがミックスされた果実を味わうことができるのである。

  安ワインで398円。
  カット果実500円。

この程度でサングリアが出来てしまうのだ。

  そしてこの手作り感はたまらない。

手作りということは自分で作るということであり、唯一無二の存在。
だから、尚更美味しさ感が伝わってくるのだろう。

  更に見た目のオシャレ感もまんざらでもない。

手作りサングリアは実際の果実が入っているから、その見た目の美味しさ感が生まれるのであろう。

  ワインと果実の融合。

ますますハマっていきそうである(笑)。


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2018年4月20日 (金)

熟成日本酒?

皆さん、こんにちは。
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ちょっと前の日経新聞の記事。

  「日本酒 熟成のプレミアム」。

日本酒と聞いただけで小躍りして喜ぶ方も多いだろうか(笑)。

  日本酒を熟成させる取り組み。

この取り組みがジワリと広がってきているらしい。

  日本酒の熟成。

今、日本はワインブームであるが、このワインの製造過程に着目し、日本酒の製造法を開発した酒蔵もあるという。

従来、私は日本酒を好んでは飲んでこなかった。

  なぜか?。

遠い記憶に、一番初めに大学のボート部での飲み会に参加して、日本酒をラッパ飲みさせられて記憶を無くし、その夜は一晩中ゲロッパきの憂き目にあったから。

  この時を境に日本酒にはいい思い出はない(笑)。

それは社会人になってからも同様で、入社後すぐにアサヒのスーパードライが発売されてからは、ビールオンリーになっていった。

  しかしこの歳になってから日本酒に目覚めたのであろうか。

それには、女房の影響もあるかもしれない。

  女房は今までほとんど飲まなかった。

しかし、近年義理の弟から頂いた日本酒やdadamaさんから送られてきた日本酒を口にするようになり、今までの日本酒には無い味わいを舌が覚え、また飲みたいとの欲求が生まれてきたためであろうか。

  この歳で初めて日本酒を探しに近隣を調べたりもした。

そして、嗜む日本酒はなんとも言えない味の深みを覚えるのである。

  元々はただのコメ。

しかし、そこから導き出される日本酒としての味は、これほどまでに違うのかと感嘆してしまうほどに違いが現れる。

  ワインであればぶどう毎に味が違う。
  焼酎であれば芋か麦か味わいが違う。

しかし、日本酒は同じコメなのに、なぜこうも味が違うのだろうと思う。

  それだけ製造過程での違いが味に出るのだろう。

それは決していいコメを使ったからということではなく、やはり作り手の腕次第といだといいうことらしい。

  そんな時代に出現した熟成日本酒。

この記事を見ると、日本酒を熟成させる技術や製造法は江戸時代にもあったらしい。

  その江戸文化を復活させたという。

その酒蔵の特徴は、コメをあまり削らずに旨味を引き出すことにあるという。

  通常の大吟醸はコメを50%以上削る。

それを、30%前後に抑えて、熟成によって味の深みにつなげているという。

  「和風の煮込み料理や熟成チーズとも合う」

そんな料理に合うという。

  一度は味わってみたいものである。





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2018年3月25日 (日)

映え(ばえ)

皆さん、こんにちは。
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インスタ映え。

  更に最近では「映える(ばえる)」と言うらしい(笑)。

私はインスタグラムはやっていないので、どのような画像が飛び交っているのかわからないが、相当色合いも作られた派手さがあり、アップされる写真も見応えのある画像なのだろう。

  “どうせ載せるなら見栄えのする画像を”

誰でもそう考えるだろう。
それは、お客様が来るのに散らかったままの客間には通さないのと同じこと。

  どうせアップするなら注目されたい。

それがSNSでの表現方法であろう。

  写真のアップがほとんどだから。

何かを表現するのに、Facebookやラインなんかでもそのほとんどは写真が主流である。

  文字だけのSNSはこのブログぐらいなものであろうか(笑)。

結城先生や水元先生達のブログでさえ、多くの写真と文章の組み合わせである。

  やはり写真の説得力は抜群である。

百聞は一見に如かず。

  一目見ただけで幾百の言葉にも勝る表現力。

だから、多くのSNSでは写真を選択し、どうせ載せるなら見栄えのする写真を、そんな意図からどんどん見栄えのする写真が増え、更にはその為だけに多額の金額を使って見栄えだけをよくした写真が撮られ、食べきれずに残していく羽目になるのだろう。

  この傾向が我々業界にも定着してほしいと思うのである。

それは、売場作りにもインスタ映えするような見せ方を導入し、その結果として売上拡大に結びつくような売場を期待したいものである。

  私も売場の写真撮りには大いに気を使う。

それは、部下達がせっかく作った売場である。

  どうせ写真という記録に残すのだからいい売場を。

そう思うのである。
だから、その売場に関する媒体は極力探して取り付ける。
当然、手直しをし前ヅラを合わせ、縦横斜めの陳列ラインを揃え、最後は脚立に乗りどの角度から撮影するかを決める。

同僚によく言われるのは、写真の売場はどこにいった(笑)。

  要はあの写真通りの売場になっていないという嫌味。

それは当然である、今できる最高の売場に手直ししてから写真を撮るからだ。

  しかし確実に写真の売場がどこかのタイミングで存在はした。

写真の売場が存在したということは、その時間帯にその売場を見たお客様は多少なりとも感動したと思われる。

  その方達がリピーターなって頂ける可能性は高まる。

更に、その写真で報告書を作成するため、企業のトップやバイヤー達からも部門の担当者が評価される確率も高まろう。

  “いい売場を作れば業績も自分の評価にも繋がる”

その連鎖が、店長と担当者との信頼関係でもあり私の部下のアピールでもある。
そしていずれ1日に一回の売場の存在回数が増えていき、いずれ最高の売場が標準化されていくのである。

  インスタ映えする売場。

この視点からでも、いい売場を維持する側面があると思えるのだ。








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2018年1月30日 (火)

スキー復活

皆さん、こんにちは。
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今、スキーが復活しているという。

  「私をスキーに連れてって」

1987年に公開された「私をスキーに連れてって」により、当時のスキー人気は最高潮に達した。

あれからもうすでに30年が経過したのである。

  原田知世、三上博史、高橋ひとみ等々。

今ではおばさん役の高橋ひろみがこんなに若い頃があったのかと驚かせられるほどの時代。

  主題歌は松任谷由実の「サーフ天国スキー天国」。
  挿入歌で「恋人がサンタクロース」。

撮影に利用されたゲレンデは、志賀高原、焼額山、そして万座。
あの映画以来、これらのスキー場は異常なほどの人気となったのである。

  私も一度だけ志賀、焼額山、横手山、を滑った。

今でも、心に残るスキー場である。

そんな時代にタイムスリップするようなCMが今流れている。

  JRのSKISKIのコマーシャル。

当時の映画そのままに、あの時の二人の映像を流しながら

  「私を新幹線でスキーに連れてって」

と謳うコマーシャルである。

https://www.youtube.com/watch?v=Y8uTc_J3aNo&list=PLFbIE3ZA5MzDlhDwwJjvD8iUK6Nj7RKqj

  「バーン」のシーンは序盤の名シーンである。

JRとこの映画のコラボレーション。
それは、スキーというかっての冬のトレンディーな娯楽であったスキーが、そんな時代を生きた世代が定年を迎え、再びスキーを楽しむ嗜好に向かっているのだろう。

  しかしかってのようにクルマで行くほど元気も無い。
  ましてやスキーキャリアも無いしスタッドレスも履いていない。

そこで、新幹線で連れてって、というわけか(笑)。

  思えば、スキーほどリスクの高いレジャーは無い。

まず、雪山という豪雪地帯に行くというリスク。
そして、晴れる確率が非常に低いというリスク。
更に、雪山をクルマで行って帰るというリスク。

  色々合わせるとコスト増になるというリスクだ。

しかし、逆に言うと、快晴の雪山を滑る快感は何よりも爽快であることも事実。

  私もこれが忘れられないからスキー三昧の冬を何度も過ごした。

平日のスキー場はリフト待ち無しのノリ放題。
そして、一般人が仕事で額に汗する中、自分はこんなにも贅沢な時間を過ごしていると言う優越感。

  この優越感が忘れられなくてスキー三昧を過ごしていた。

そう言っても過言では無い(笑)。

  それだけ晴天の下でのスキーは人に優越感をもたらす。

そして、晴天の朝のリフトが動くと同時に一番乗りでゲレンデに繰り出す。

  誰もいないゲレンデをスピードに任せて滑降する。

ここでも優越感(笑)。

  誰も滑っていないまっさらなゲレンデに自分のシュプールを描く。

ここでも優越感(笑)。

  晴天のスキーとは優越感の塊なのである。

再びのスキーブーム。

  本当に再来するのだろうか。








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2018年1月29日 (月)

アクセス推移

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長している「てっちゃん」です。


ブログを書いていると気になる数値がある。

  アクセス数。

要は、何人の方がこのブログを見ているのかと言う数値。

  ブログの人気度を図るメジャーであろうか。

そして、書いている方も数値として明確に評価されるので、今後の励みにもなろう。
このブログを書き始めて丸10年になる。

  気がつけば10年経過していたのである(笑)。

初投稿が2008年の2月12日。

  あれからほぼ10年。

時の流れは早いものである(笑)。

  そして今日の話題はアクセス数。

毎年思うのだが、年が明けて年始になると急にアクセス数(訪問者)の数が増えるのである。

  逆に、12月に入ると徐々に減少していく。

年の瀬が迫り、なかなか時間的にも心理的にも余裕がなくなっていくのだろうか。
その極みは12月の年末商戦時期。

  この時期になるとぐっとアクセス数が減少する。

その反動が、年明けの1月5日頃から返ってくるのが毎年の恒例(笑)。

  それも時間的心理的余裕の始まりなのであろうか。

そして、このアクセス数に我々ブログを書いている者たちは一喜一憂するのである。

  “今日は過去最高を記録するかも”
  “やはり日曜日は低いなぁ〜”

今だに、アクセス数に翻弄される毎日である(笑)。

  一週間でも一番多いのは月曜日であろうか。
  逆に一番アクセス数が少ないのが日曜日。

まさに業界の売上金額に反比例しているわけだから、やはり時間的にも心理的にも余裕の有無で読まれるか読まれていないかが判断できる。

特に以前は月曜日に敢えて先週の店舗MRを投稿していた為、圧倒的に月曜日のアクセス数は多かった。

  最近では曜日毎にほぼ一定のアクセス数で安定している。

微増はしているが、毎日ほぼ一定の方に定期的に読まれていると言う現れであろうか。

  業界の記事であるから広がらないのはわかる。

だから、微増でも確実に右肩上がりに推移しているのはこの業界固有の価値観であろうか。

  以前は、アクセス数を稼ごうと色々と試みた。

結果、読者の方の興味もある程度見えてはきたが、それとアクセス数とが日々の中で直接結びつかないことも知った。

  アクセス数という数値に振り回されない。

ある時から、そんな哲学的な考えに支配されるようになる。

大切なのは、毎日確実に読んでくれている方がいてくれるという安心感と、それらの方々に少しばかりでも良い影響があることを願うという使命感であろうか。

  仕事に対する共感。

ある方からは、このブログの一番の魅力はその共感だと言われた。

  自分では意識したことはない。

しかし、この共感というキーワードは大きいと思う。
そんな共感を得る記事内容を模索しながら、アクセス数が落ちないように飽きの来ない内容にしていきたいものである。







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2018年1月 8日 (月)

必要とされる喜び

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


先日、通勤途中のラジオから流れてきた話題。

  毎年マグロの初セリで話題のすしざんまい。

このすしざんまいのの木村社長が登場した。

ちなみに、すしざんまいは今年の初セリで最高額のマグロの初セリ7連覇は逸したらしい(笑)。

すしざんまいでは、毎月2回の入社式を実施しているらしい。

  要は入社するパートさん含めて全員の入社式を開催。

通常、新卒の社員が入社する4月に一度入社式を開催する企業がほとんであろうが、すしざんまいでは、新規に入社されたパートさん達の入社式まで月に2回づつ本社で開催しているという。

  社長直々に新入社員達への激励の言葉。

これには、特に人生経験を積んできたパートさん達は感動するのではないだろうか。

  途中からパートさん達の目の輝きが変わってくるという。

そうだろうなぁ〜、と思う。

  社長が毎回毎回言葉をかけてくれるのである。

本気で頑張ってみよう、という気持ちの高揚を抑えることが出来ないほどの興奮を覚えるのだろうと思う。

  そこで話すのが、働く喜びの話だという。

我々は最終的にはお金の為に働くのであるが、それでもお金の為だけに仕事を続けることは苦痛以外の何ものでもない。

よって、継続して働いていくには、そこに喜びが伴わなければならない。

  その喜びとは人に必要とされることであるという。

この仕事を続けることによって、誰かに必要とされているという実感。

  それが働く喜びとなり生きる喜びとなっていく。

その為には、周囲とのコミュニケーションも大切だしチームワークも大切だし、自分の努力も大切になっていく。

それらを理解することによって、働く仲間達との人間関係が改善され、お客様への接客もレベルを上げ、自らの仕事内容も進化していく。

  そんな話を、入社式に社長自ら新入社員に話すという。

人が意欲的に働くということは、このような組織内での一体感なのだろうと思う。

  特に女性が中心の組織はそうだ。

決して、賃金の高低だけではない。
更に、一人一人の悩み相談にも乗るという。

人生における悩み。

  それは、「人間関係」「金銭関係」「健康問題」。

この三つに絞られるという。

それら三つの悩みに対して、社長なりのアドバイスをしながら、社内の人間関係の構築が必要とされる人間としての成長を促し、働きがいが生きがいに繋がり健康を取り戻し、働くことによって金銭問題も改善していく。

そんなストーリーを描きながら、自社で力を発揮していただく。

  すしざんまいの勢いを感じる内容であった。










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