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2021年2月16日 (火)

10年前を思い出して

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


2月の13日。

  午後11時過ぎのこと。

まるで10年前を思い出させるような出来事が起きた。

  震度6強ほどの大きな地震。

震度6強とは福島県や宮城県の一部の地域で最大震度6強の地震が日本列島の特に北日本や北関東を中心に襲った。
当方の地域でも震度4程度の揺れを感じたのであるが、その時そこでガラスや家電を支えた感覚としては、震度5はいっていたであろうと思っているのであるが、震度4という数値は低すぎるのではないだろうかと首を傾げたくなった。

  それだけ体感の震度は高かった。

そして思い出すのは10年前の東日本大震災。

  しかし感覚的にはつい先日の事。

その間には何度も地震はあったのだが、それでも先日の地震の体感は10年の期間を飛び越えてあの時を思い出させたのであろう。

  それだけ今回の地震の揺れ方が震災を思い出させたのであろう。

それでは今回の揺れ方の何があの恐怖心を感じさせたのか?。

  それはおそらく揺れの「長さ」であろうか。

通常の地震はそのほとんどがせいぜい10秒程度であろうか。

  しかし今回は1分以上は続いたであろうか。

それも震度4程度の揺れがそれはそれは長時間続いたという感覚である。
そして、その1分以上の長い時間の間に恐怖心が蓄積されていったのであろう。

  揺れの長さ。

この長さが被害を拡大させ、恐怖心を染み込ませ、記憶の残る地震として体に刻まれるのであろう。
それだけ、今回の地震も記憶に残る地震であったことは確かである。

  古くは関東大震災(私は生まれていないが)。
  次に宮城県沖地震。
  更に阪神淡路大震災。
  そして東日本大震災。

宮城県沖地震は1978年に起きた地震であったが、その時私は高校の野球部に属しており、練習の真っ只中にいた。
突然遠くの校舎の窓や近くのマンションの窓が大きな音を立ててガタガタと鳴り出した。

  そしてその次に地面が歪み始めたのである。

それがやはり数分間続いたであろうか。

  その時野球部の仲間たちは皆地面に倒れ込んだのである。

地面の歪みとその揺れの長さからであった。

  その時の震度は5。

震度5が数分間続くという恐怖感とダメージ。

  このダメージは相当なものである。

経験しなければ絶対にわからない地震のダメージである。

  “この後自分はどうなるのだろうか?”

そんな恐怖感を数分間体験するという心のダメージは、震度とその長さとの掛け算で加速度的に増加するのであろう。
そう思うと、今回の震源地である福島、宮城の方々の恐怖心はいかばかりであったろか。

  今回も相当なダメージを受けた小売業もあろうだろう。

お見舞い申し上げます。

  そしてそんな経験からお店の一体感も増していくのも事実。

そしてお店とお客様との一体感。
そんな経験を積みながら、一つ一つのお店との思い出が蘇ってくるのである。








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心のあるべき姿」カテゴリの記事

コメント

dadamaさん、コメントありがとうございます。
区切り。
人生とは区切りを付けながら次へとステップ踏んで進んでいくのだろうと思います。そういう意味では区切りを付けられる人生は理想なのかもしれませんね。
当方も一つの区切りをつける時が来たようです(笑)。

投稿: てっちゃん | 2021年2月17日 (水) 00時46分

地震しかりコロナしかり、社会的な事、個人的な事においても明日何が起きるか分かりませんね。
そう思いながらも何とか60余年生きて参りました(笑)。生を受け両親に育てられ、家庭を持ち子に恵まれ、子供も無事成人し、社会的にも一区切りの職務を終え・・・
残された人生もあと1/4程となり終活もそろそろ頭をよぎるこの頃、家族やお世話になった方々の足手まといならぬよう過ごして行きたいと思うこの頃です。今はご縁を頂いた企業の成長を微力ながら手伝いする事を片道切符片手に終点を目指して頑張りますよ(笑)。
いつ成仏しても自己満足でも悔いのない人生に心掛けたいですね。

投稿: dadama | 2021年2月16日 (火) 11時55分

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