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2020年12月27日 (日)

家臣の器

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


今日は日曜日。

  芸能ネタの日(笑)。

先週の日曜日の「麒麟がくる」。

  いよいよ足利義昭が織田信長によって京を追放された。

そしてその足利義昭の側近として活躍していた、三淵藤英(谷原章介)と明智光秀(長谷川博巳)との会話がその後の展開への奥深さを見せていた。

  本能寺の変。

最後は、織田信長と明智光秀はこの謀反で二人の関係を閉じるのであるが、そこに行き着くまでの経緯(いきさつ)が徐々に明らかになっていくのである。

  光秀「信長様のお考えが図りかねる」

足利義昭に付くか、織田信長に付くかという選択で、二人は別れた。

  しかし光秀は心の底では藤英を同志と信じている。

だからこそ、一時は敵対した二人であるが、今こうして同じ信長の家臣として進もうとするところで、光秀は信長に対する本音を藤英に吐露する場面となる。

それに対して、藤英はこう応えた。

  藤英「その時にどう従うか。それが家臣の器というもの」

そこにはある種の「潔さ」が込められていた。

  “自分は足利義昭という主君に対して従うという信念と覚悟があった”

よって、今敵対し織田信長に付いてはいるが、中身は足利家の家臣であるという自負。

  その言葉は光秀に何を伝えたかったのだろうか。

そして光秀はこの言葉をどう捉えたのだろうか。

  非常に興味の湧く、この二人の会話。

そしてこれからの数年後に、三淵藤英は信長から自害を申し付けられる。
おそらく藤英の態度は、既に命を足利義昭に預けた身という態度であり、それが織田信長にも見えていたのかもしれない。

  しかしそれを敢えて隠そうともせずに織田信長の家臣として就いたのであろう。

だからこそ、光秀に対しても、その潔さを「家臣に器」として語ったのではないだろか。

  戦国時代という時代背景。

そこには主君という存在よりも遥かに多い家臣という存在がいた。

  家臣として如何に生きるか。

家臣の生き方を多くの家臣たちは模索していた時代なのかもしれない。

  裏を返せば現代も多くのサラリーマンが存在する。

自分が所属する企業であり上司と自分の関係。

  如何にサラリーマンを全うするのか。

それがある意味現代の生き方なのであり、それを模索しながら日々働いているのである。
自分の上司とて、その上にはまたその上司がおり、最終的には企業のトップが存在し、そしてその上段には株主という存在がある。

  家臣の器。

現代に言い換えれば、「サラリーマンの器」とでも言えるであろうか(笑)。

  そしてその理不尽な存在に対してどう向き合うのか。

いよいよ面白くなってきた「麒麟がくる」である。






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コメント

てつろうさん、コメントありがとうございます。
時代は変われど、同じ日本人の血が流れる地で延々と流れる組織体。
歴史に学ぶということの意味がよくわかりますね。

投稿: てっちゃん | 2020年12月28日 (月) 07時45分

kazuさん、コメントありがとうございます。
昨日の麒麟がくるの冒頭でも登場した「家臣の器」。
そして光秀と信長の確執がいよいよ本格的になってきた様です。年明けまで延長される大河ドラマ。年越しの楽しみですね(笑)。

投稿: てっちゃん | 2020年12月28日 (月) 07時43分

歴史物のドラマは見る角度を少し変えただけで人のイメージが変わってみえてきますからね。現代においても形は変われど戦国の世の中にはかわらないと思います。

投稿: てつろう | 2020年12月27日 (日) 13時02分

kazuです

会長の深い解釈には毎回感心させられます。
又、私にとっても会長の意見が共感させられる部分が多いです。
主君(トップ)の申し出に家臣(我々サラリーマン)は是非を問わず答えなければなりませんし、目的・目標に向かって全力を出さなければなりません。
その指針が共感できる物なら迷わず進む事が出来るのですが、共感できない部分でのMDの時には迷いながら進んでいる様に思います。
現代では「職業選択の自由」が有りますので命を取られずして主君から離れる事も出来ますがなかなかその選択にはある意味、命を削る覚悟が必要な事でしょうね。

投稿: kazu | 2020年12月27日 (日) 10時53分

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