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2020年8月

2020年8月31日 (月)

結果を急ぐには

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


効果測定。

  要は結果はどうなのか?。

と言う検証が常に求められるのが、仕事人として当然のことである。

  結果を求められない営利企業は無いであろう。

そしてそれはその組織に属する人間が負うべき当然の責務であろう。
それでは、数値結果とはどのようなことなのであろうか。

  最終的には店舗の営業利益が店長としての総合評価であろうか。

しかし、その総合評価の前段階として、売上であったり利益であったり生産性であったりの数値結果が問われることになる。
そしてそれらの数値を出すためにいろいろな施策を打つのである。

  売上を上げるために単品を売ったりチラシを撒いたり。
  利益を上げるために荒利調整をしたりロス対策したり。
  生産性改善の為に工程を見直したり速度を計測したり。

そしてそれらの取り組みから基準が高められたり、売れる仕組みが整えられたりしてその成功した施策が取り入れられて継続していくことになる。

  そこで大切のなってくるのは如何に結果を効果的に測定するかということだ。

それには、その結果を出すための施策を変えないで継続していくことに尽きる。

  これを試してダメだから数日でまた別の施策に変えていく。

これでは中々その施策に対しての結果が正確に評価出来ないであろう。
その施策の結果をどう評価するかという問題は、同じ施策で継続してやり続けていくからその施策がどれほどの時間を要して定着し、それが結果として表出してくるのかという部分を検討する必要があるのである。

  結果を出すのにどれほどの時間を要してどれほどの効果があるのか。

この部分が測定されるなければ、それがその企業や店舗、又は個人の能力として加わらないであろう。

  結果はそう簡単には現れないものである。

簡単に結果が現れるのであれば、他企業や他人が簡単に真似出来るであろうし、おそらくその結果自体も早々に効力を失っていくものである。
それだけ、有効に機能する結果に結びつけるには、それ相応の時間を要するものである。

  しかしそれは変化への対応とは又別の問題でもある。

コロナ 禍によって売れる商品が変わってきた。

  これは有無を言わさずに変化に対応するべきである。

又、コロナ感染予防としてレジの透明シートを設置した。
これもこの状況においては即実行し対応しなければならない施策である。

  変化に即対応する部分と時間をかけて検証する部分。

しかし我々は変化への対応はすれど、時間をかけての検証は苦手である。

  しかし最終的には時間をかけて検証した者が勝ち残る。

要はいろいろ手を出すことによって瞬間的な結果は得られが長くは続かない。
結果として、いろいろ手を出すがどれも長続きせずに短命で終わってしまう。

  結果何も残らないという現実。

それが、結果を急ぐということなのである。
そして、やり続けることが一番の早道なのでもある



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2020年8月30日 (日)

秋の新ドラマ紹介

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


今日は日曜日。

  芸能ネタの日(笑)。

さて今日からNHK大河ドラマ「麒麟がくる」が放映再開される。

  前回が桶狭間の戦い。

その後から織田信長と明智光秀の関係がどのように親密になっていくかがドラマの流れであろうか。
そして、7月スタートのドラマが中盤期から終盤を迎えようとしている。

  「私の家政夫なぎささん」も来週が最終回となった。

意外に視聴率が高まり、最近では16%を超える視聴率を誇るようになってきたのは驚きである。

そしてその後に続くドラマ。

  「おカネの切れ目が恋のはじまり」。

https://www.tbs.co.jp/KANEKOI_tbs/

9月15日スタート(TBS)。毎週火曜日 夜22時放送。

  主演は三浦春馬と松岡茉優。

このドラマは三浦春馬が亡くなった為に、異例の4話完結での放映となる。
三浦春馬のファンの強い要望により、代役を立てずにあくまでも三浦春馬が演じるドラマとして一部脚本を書き換えての放映となる。

  これは三浦春馬ファンだけでなく必見であろう。

さて、どれほどの視聴率になるのかも楽しみではある。

次に、

  「彼女が成仏できない理由」。

https://www6.nhk.or.jp/nhkpr/post/original.html?i=23957

9月12日スタート(NHK)。毎週土曜日 夜23時30分放送。

ミャンマーの青年エーミンは、日本の漫画に憧れ愛読し、漫画家になるため念願だった日本への漫画留学をすることに。限られた留学資金をもとにアパート探しをはじめるが、想像を超える日本の高額な家賃事情に驚がく…。そんな中、激安物件を発見し即決するも、そこには幽霊が潜んでいたという。

しかし、背に腹はかえられずエーミンは幽霊と共同生活を始めることになるという設定でのスタート。

  いわゆるラブコメディーであろうか。

そして主演の一人、幽霊役の高城れにはももいろクローバーZ所属のアイドル。

更に嬉しいお知らせ。

  深キョンの「ルパンの娘」が帰ってくるのだ。

https://www.fujitv.co.jp/Lupin-no-musume/

10月スタートであるが、毎週木曜日の22時スタート(フジテレビ)
そして前作と全く同じ俳優陣だということなので、全く違和感なく続き絡みれるということだ。

  今回は極貧な夫婦としてのスタートらしい。

さまざまな障害を乗り越えた末、夢にまで見た新婚生活を手に入れた華と和馬。しかし、華が死んだことになっている“Lの一族”であるため、2人はあくまで事実婚。前作で警察一家・桜庭家の長年の夢であった捜査一課の刑事となった和馬だったが、今作では泥棒一家“Lの一族”の娘・華と交際していた責任を取らされ、所轄に左遷されていた。華との結婚は職場ではもちろん秘密で、和馬は独身と偽ることに。華と和馬は、隣人の声が丸聞こえなほどオンボロなアパートで2人きりの新婚生活を始める。

  上記がこのドラマの設定らしい。

また今回もドタバタなラブ・コメディーで楽しませてくれるであろう。

  10月スタートのドラマは追ってブログで記していきたい。






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2020年8月29日 (土)

基準を高める

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


自らの仕事に対する基準。

  開店品揃え、取り扱いアイテム、品質、ボリューム等。

企業として、そして個人として、それぞれに合格ラインという基準がある。

  開店品揃えが完了するのは何時か。
  開店時に何%の品揃えであるのか。

品揃えのスピードに関しても上記のように企業として又は個人としてある程度の基準を持って仕事をしていると思う。

  あるチーフは開店時品揃えを100%を基準としている。
  又あるチーフは品揃え完了時を11時を基準としている。
  更にあるチーフはそれを持たずに日々仕事をしている。

当然、10時開店であればその時間に品揃えを完了するという基準を持つチーフの方が高い基準で日々仕事をしており、その連続が精度の高い開店までのオペレーションを構築し、結果的に安定した時間帯毎の売場を維持できる条件を整えていることになる。

  開店品揃えという基準だけでも上記のようにそのメリットは多大である。

それが、鮮度の基準、品質の基準、陳列ボリュームの基準、接客の基準等々企業の販売技術の基本の部分だけでも相当の基準があり、それを目標に日々仕事をしているのか、そんな基準を持たずに単に売場に商品を出すことだけの作業をしているのかでは、その企業や組織、そしてお店の安定度が異なり、結果的にそれがお客様の評価に繋がり、伸びる店舗か廃れる店舗かに分かれていく。

  そしてその基準の高さが店舗力なのである。

基準が高いということは、その基準の高さが日々維持されているということであるから、一人一人の作業のスピードと正確性が高いということであり、より生産性の高い店舗ということであり、生産コストが低ければ価格訴求が可能となり、価格面での優位性を発揮できることにも繋がる。

しかし逆に言うと、その基準を上げればいいかと言うとそうでもない。

  絵に描いた餅となるからだ。

開店品揃えを100%にするには、必要人時数が想定されており、その必要人時数が人員不足にて足りなければ従業員に負担を背負わせることにもなる。

  それらの条件を整えてやることが店長の最大の役割と言えようか。

同様に、時間帯別のあるべき売場の維持や最大ピーク時の売場のボリューム、又取り扱いアイテムやSKUもあるべき人員がいて初めて可能となるものである。

  よって基準の維持は人員の維持と同様の流れであると言える。

そして基準を高めるとは、豊富な人材一人一人の基準に対する知識を深め、その基準に対しての達成力の高さなのである

  そのことによって、店舗の基準は日々の継続の中で高まっていく。
  
そしてそれが集客力となり、日々の日販が高まり生産性の向上、そこから価格訴求へ向かい、更に集客力が高まると言う構図を如何に継続していけるか。

  それが店舗の進化と言うことなのであろう。






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2020年8月28日 (金)

上半期を振り返って

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


本日が8月28日。

  3月スタートの企業は8月までが上期。

そして、お盆商戦終了とともに、ほぼ上半期も終了という区切りであろうか。

  今年の上半期。

もはや今更改めて言うこともないであろう。

  上半期はまさに新型コロナウィルスに振り回された半年であろう。

1月後半からのダイヤモンドプリンセス号内での新型コロナ感染者の急増とその対応、そしてその日々の報道から日本国内でのパンデミックが始まった。

その感染力の強さと芸能人の死という衝撃的なニュースで一気にコロナ感染が身近なものとして捉えられるようになったのである。

  その後は外食から内食への急激な移行。

そしてこの業界もコロナ感染対策に追われることになる。
更に、4月には政府からの緊急事態宣言が発令され、経済が急速に停滞することになるが、逆にこの業界が食のインフラの中心と化し、3密対策と同時に食材供給の源となる様相となった。

  総括して言えばこの上半期はコロナ特需に尽きるであろう。

ただしそれはあくまでも「特需」である。

  特需はいずれ泡の如く消えていく。

それはおそらく来年のコロナ特需が始まった2月で消滅すると思われる。
その段階で予測されるのは、一年経過後の昨年比という呪縛が待っているという事実。
そして、新型コロナに対するワクチンや治療薬の開発という思惑。

  その段階で再び人々の移動という行為が復活するであろう

そうなると、来年の2月からの業績は昨年比という視点で見ると相当なリスクを負うことになる。
それを予算という数値に置き換えて、現在の業績を検証していくことになるのであるが、この業界はあくまでも昨年比で評価される業界である。

  ここから80%台や70%台に落ち込む企業や店舗が続出するであろう。

しかしここからが明暗のはっきりした状況が見えてくるのである。

  元に戻る店舗と維持する店舗。

コロナ特需が泡となって以前の売上の戻る店舗もあれば、現場を維持して特需をきっかけに高いステージを維持し続ける店舗の明暗がはっきりするのが来年の2月以降の分岐点となるはずである。

  その大きなポイントが素材に目を向けたかどうか。

ここに来て再び素材に目を向け続けてきた企業が日の目を見る時が来ているようだ。

  内食化という買い物体験を通して店舗を評価する時代。

昨年に1割増で売り上げが上がったということは、その分その店舗の素材を購入された方がいたという事であり、それらの方が同じ素材を購入する場合にどの店舗を利用するか、リピートするかの判断を来年の2月までに完了するのである

  来年2月以降は素材で支持の高い店舗が一人勝ちの時代となろう。

そして大手スーパー以上に健闘しているのが中小スーパーであろうか。
コロナ以前であれば、惣菜系を強化してきた昨今のスーパーに押されて競争力を失いつつあった、素材をコツコツと売り込んできた中小スーパーであるが、ここに来てその素材の良さを評価された中小は依然として高い伸び率を誇っている。

  なかなか素材の良さをアピールできていなかった中小スーパー。

しかしこの状況において、大手よりも近くて短時間で買い物できる中小スーパーでの買い物体験をしたお客様が、その素材の良さを改めて再認識した中小スーパーであれば、今後コロナの不安が解消された後でも、そのまま内食化に踏み切る家庭にとっては食のよりどころとなるであろう。

  そして下期の課題は基本と素材にあるのではないだろうか。






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2020年8月27日 (木)

秋刀魚の不漁2020

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


今年もサンマが不漁らしい。

  初競りで昨年の5倍の高値。

昨年も一昨年も、そしてここ数年は秋刀魚の不漁の話題が続いてきたので何も今更とも思うが、流石に今年は更に深刻な不漁らしい。

  どだいお盆には多少姿を見せていた秋刀魚。

そして1尾500円とかの価格でもお盆での売場に鮮魚コーナーの話題にはなっていたのであるが、流石に今年は全く姿を見せていなかった。

  “やはり話題通り今年は深刻なんだなぁ〜”

そんな予感はしていたが、やはり本当に秋刀魚がいないらしい。

  関東以北において秋刀魚とは秋の風物詩である。

そして、私が鮮魚のチーフとして最初に生魚の単品量販を覚えたのが秋刀魚である。

  どのタイミングで最大ボリュームで仕掛けるか。

当時、量販店でチーフをやっていたときは、それこそ100ケースという単位で商品を仕入れ、6尺平台にブルーシートを敷いて入荷した秋刀魚を最初の展開時から20ケースほど投入し、そこから売れていく毎にどんどん追加投入し、最終的には100ケースを売り切るという時代でもあった。

  あの時のワクワク感とドキドキ感は「売る楽しさ」「売れる喜び」の極致であった。

そして毎年秋刀魚の季節になると、このワクワクドキドキを求めて単品量販がエスカレートしていくのである(笑)。
そしてそれを機に、他の生や刺身類、塩干物等、いろいろな単品で上記のような仕掛けによっての単品量販の楽しさとダイナミズムに目覚めていくのである。

  そのきっかけを作ってくれたのが秋刀魚だ。

その手法は店長になっても、秋刀魚から果実に移り、果実の52週の単品量販へと進化しながら今に至っているのである。

  秋刀魚も果実も必ず52週の中で巡ってくるもの。

それが当然だと思っていた。

  しかし秋刀魚の52週MDは私の中ではここ数年崩壊している。

それだけ、ここぞのタイミングで売り込むという相場感も数量感も消滅してしまった。
それと同時に秋刀魚の規格も小サイズに移行してきたように思う。

  以前は8k入れが主流であった。

それがいつの間にか4k入れが主となり、最近では2k入れまで登場している。
それだけ、秋刀魚が大衆魚から高級魚となってきている証拠であろうか。

  更に入れ数も4k 22尾から4k 30尾へ。

要は1尾の価格を如何に低単価に抑えるかという規格になっていき、結果的に98円の価格は変わらずに昔よりも秋刀魚が細くなっていているという現状。

  それだけ最近の秋刀魚はサイズダウンしているということ。

それでも、やはり一年で一番旬を感じさせ、そのタイミングで一番単品量販出来るのは秋刀魚であった(関東以北では)。
だから、鮮魚部門にとっての秋刀魚とはある意味商売観を養う最高の単品であることは間違いなかった。

そしてマスメディアもここぞと秋刀魚を取り上げてくれたものだ。

  全て過去形である。

秋刀魚と聞いて血が騒がない鮮魚担当者は誰一人居なかったのであるが、現代はどうなのであろうか。

  鮮魚にとっての旬という特性。

それは鮮魚部門が他部門よりも強みを発揮できる分野であり、秋刀魚意外にも本来はたくさんの魚種に旬があり、一年で一番安価で美味しい時を迎えるのであるが、その代表格が秋刀魚であることも事実であろう。

他の魚種の旬が徐々に世間から忘れ去られているのであるが、秋刀魚だけは世を総動員して盛り上げてくれる。

  この相場高でも相変わらずの賑わいではある。

しかし1尾298円で、しかも細い秋刀魚がチラシに入らざるを得ない今年の相場。

  生いかもべらぼうな高値で高級魚になってしまった。

秋刀魚、お前もか!。

  寂しい秋の始まりである。






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2020年8月26日 (水)

部下への問いかけ

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


OJTによる部下育成。

  最近はこのテーマが多い様な(笑)。

それだけ、皆さん部下育成には大きな課題を抱いているということでもあろう。
そして、部下が上司の思う様な行動をし、仕事をし、結果を残してくれるかどうかで自店の自部門の業績が大きく変わってくるのであるから、どうしても上司は部下をその様に見てしまうものである。

  そのように見てしまう?。

そのようにとは、初めから出来る存在でありはじめから何も教えなくてもこちらが思っているような情報受容能力が備わっており、上司の一挙手一投足に学び、何も言わなくても勝手に成長してくれる存在であるということ。

  確かにそのような部下が居ないわけではない。

しかしそんな人間はほとんど稀な存在であり、相当上司がしっかりと部下の成長管理をしているか部下が高い成長意欲を持ち、相応に考えて行動し常に学んでいる人間であろう。

  そんな稀な部下に巡り会えたらそれは幸せだ。

しかしそんな部下ほど自分の手元から早々に離れ、もっと優秀な上司の元に異動となるか、はたまた自分と同等の職位に昇格してしまうものである。

  よって概ねの部下は自らが手掛けなくてはならないのである。

そしてよく言われるのは、部下への「質問」のしかた。

  YES、NO、が簡単に返答できる質問は避ける。

確かにその通りだと思う。
OJTとは普段の上司と部下との会話ややりとりから生まれていくものである。

  よって普段の部下との会話を意識するだけでも部下の考える力は養われるもの。

部下とて、自分の実力が将来の自分を変えていくわけであるから、自分を変え、成長に導いてくれる上司との巡り合いは嬉しいものである。
しかし上司にその意識がなければ、部下は単なる奴隷であり使い捨ての労働力に過ぎなくなってしまう。

  上司の思惑と部下の思惑。

そこにギャップが生じれば、これは信頼関係とは無縁の関係となっていくであろう。

  信頼関係とは育成と成長の二つの意志が交錯する関係でもあろうか。

そこをまずは上司が意識してこそ、いずれは部下にも伝わっていくのである。
そんな意識を持って、部下との会話を意識してみたいものである。

  まずは、YES、NO、が簡単に返答できる質問は避ける。

例えば、今月の荒利率の状況を部下に聞いてみよう。

  「今月は荒利率予算は出せそうか?。」
    
これでは、YES、NOの世界である。

  「今月は荒利率は何%出そうだ?。」

確かにこの質問ではYES、NOから一歩進んで、具体的な荒利率という数値への回答を求めている。
しかしこれでもまだ弱い。

  現実の現在推移を回答させようとしているに過ぎないから。

部下の考える力と創造力を育成しよいうとしたなら、

  「今月の荒利率の計画は何%だ?。」

こうなると、荒利率の現在の推移からどう荒利額予算に合わせて結果としての荒利率を自ら導き出そうとしているのかの考えを普段から用意しておかねばならない。

  ここまでの突っ込んだ会話を普段から交わしているかどうかであろう。

何も難しいことではない。

  これが普段の会話として成り立っているかどうか。

それだけで部下の思考能力は相当に高まるのではないだろうか。

  あくまでもOJTとは普段の会話の積み重ねなのである。






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2020年8月25日 (火)

本部の視点・現場の視点

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


チェーンストアとしての本部機能と店舗機能。

  どうしても分断されてデメリットとなる場合も多い。

効率を求めれば縦割りの組織運営となり、店長の能力無視という視点へ向かう。
連携を求めれば横割りの組織運営となり、店長の能力次第という視点へ向かう。

  今日は本部の視点、店舗の視点というテーマを設定した。

企業理念を策定し、自社の社会的な役割を想定し、その役割にて社会的貢献を果たし利益を生み、地域の人々から必要とされる企業として存続していく。

  そして昨今は働き方改革によりより一層効率化には知りざるを得ない環境であろうか。

しかし現場の店舗としてはそう簡単に働き方改革がスムーズに進められるものではない。

  お客様優先の売場維持。
  人材不足での作業遅延。
  高齢化による人材退職。
  
なんと言っても、集客のピーク時の売場とその後の売り切りという、日々の同じ作業とは言え日々異なるお客様の来店動機と来店行動により、外部与件に左右される客数と時間帯によってその対応に追われる毎日でもある。

  そんな中でも予想外の商品の大量入荷。

それはバイヤーにとっては宝であろうがお店にとってはただのゴミ。
現場の人間からすると、そう言い切っても許されるのではないだろか(笑)

しかし、送り込みに関しては大手の鮮魚専門店ではそれが当たり前の様に毎日大量の送り込みがあり、それを平然と?店長(部門責任者)が捌き、展開し、売り切っているのである。

  逆に我々は鮮魚専門店から「作」と「演」のノウハウを学ぶ必要があろうか。

それほど、本部目線と現場目線では見る視点が違うのであろうか。

  先ほども述べた様に本部は全体から個店へ向かう目線であろう。
  しかし現場は「その日」「その時間」「その瞬間」の目線となる。

お客様がその商品を取る、そして置く、更に再び同じ商品を取って、買い物カゴに入れる瞬間を見るのである。

  この瞬間を確認できるのは大きな武器と言えよう。

以前から何度もこのブログでは書いてきたと思うが、それが現場の強みであり大きな武器となるのだ。

  その瞬間は本部の誰もが見ることの出来ない現場だけの瞬間。

例えそれがある一人のお客様の行動だとしても、そのリアルな行動から現場は何を得るのか、得られたのか。
そしてそれらのお客様の行動を一番目にしているのは現場のパートさんでありレジ担当者なのである。

  彼女らの最大の武器はその瞬間を何度も目にしていることだ。

その瞬間の情報を武器に如何に売るという視点に転換できるか。

  ここに現場のパートさん教育の本質があるのではないだろうか。






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2020年8月24日 (月)

素材に目を向ける

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。



2月に始まった新型コロナ騒動。

  そこから早半年が経過した。

その間には年度はじめのいろいろなイベントが存在いたはずであるが、全てこの新型コロナ騒動により吹っ飛んだと言ってもいいであろう。

  それほどコロナ禍の影響は甚大であり今でも続いている。

2月末からの節分、バレンタイン、ひな祭り、春彼岸、お花見、入園入学、ゴールデンウィーク、各種夏祭り、そしてお盆商戦。

  それら全てのイベントが今年はかき消されてしまった。

とは言いながらも、業績は二桁増が続く日々。

  コロナ感染の恐怖との戦いも緊張感の連続ではある。

コロナの第一波が終息したのも束の間、結局は第二波の到来となり、その渦中でお盆商戦。

  そして悲喜交々のお盆商戦が終了した。

まだまだ残暑は残るが、季節は秋へ向かって走り始めている。
各店の売場の装飾も商品もグロサリーを中心に秋冬への切り替えの最中であろうか。

  人々の暮らしも大きく変化した今年の前半。

その暮らしの変化に対して、我々小売業も変化への対応をしていくのがこの業界の使命であり永続して営業していく最大のポイントとなる。

  変化への対応。

今年ほどこのキーワードを重要視しなければならない年は無かった。

  この業界は常に変化への対応を求められる業界である。

しかし今年ほどこの「変化への対応」を余儀なくされ、実践し、そして食らいついていくことで食を提供をするというソーシャルワーカーとしての使命を果たすことになるということを自覚する年は無かった。

食の提供をするというインフラという意味では、まずは食を生産するという部分と、生産された食を提供する場という部分に分けられるであろう。

  食の生産が生産者やメーカーであり食の提供が小売業界である。

よって、食の提供以前に食の生産が前提であることは間違いないことである。
我々の仕事は、あくまでも生産された食を、仕入れて加工し陳列して販売するという場の提供の部分。

  しかし同じ食の提供の場としても企業により明暗が分かれている。

生鮮食品をメインに商売をするSM、総合製品を販売するGMS、簡単便利に立ち寄れるCVS、そして薬局から食品をカバーするようになったDRG等々。

  その中で一番需要が高まったのがSM。

人々の食の内食化。

  その暮らしの変化に最大の需要を見出されたのがSMということなのであろあう。

要は、生鮮食材の取り扱いが豊富なSMに人々の内食化という暮らしの変化に対して一番需要が高まったということだ。

  このことは何を物語るのか?。

人々の生鮮素材に対する需要の拡大から、生鮮素材に対する知識と知恵、そしてその源への関心が高まったということである。

  食の源とは素材そのものへの関心の高まりということだ。

この半年の間にお客様はどこの売場の素材の良し悪しをしっかりと把握してきたということである。

  グロサリー系の価格は見ればわかる。

しかし、生鮮素材は価格以上に自ら食してみないとわからないことが多い。

  この半年で食するという経験から明確に見えてきたということである。

「あのスーパーの豚肉は安いがカタイ」
「あのスーパーのスイカは高いが甘い」
「あのスーパーの魚は食べたら生臭い」

  このように具体的に素材の良し悪しを見抜いてしまった。

要は素材自体に真摯に取り組んできた企業が、ようやく報われているという現実が今なのであろう。

  そしてコロナ後においてもその傾向は残るであろう。

素材から即食に急速に戻るのか否か。

  それはリモートワークが残るのか戻るのか。

それと同じ視点で見なければならない。

  どちらが効率的なのか。

再び、しっかりと素材に目を向けるべき時代になってきたのではないだろうか。





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2020年8月23日 (日)

「私たちはどうかしている」から

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


今日は日曜日。

  芸能ネタの日(笑)。

以前に紹介したドラマの案内。

  http://tetu-syoubai.cocolog-nifty.com/blog/2020/07/post-092284.html

この中で紹介した「私たちはどうかしている」が8月12日からスタートしていた。

  とりあえず録画して見てみた。

https://www.google.com/url?sa=t&rct=j&q=&esrc=s&source=web&cd=&cad=rja&uact=8&ved=2ahUKEwiZioWznKnrAhVKBogKHYCUD2EQFjAAegQIARAC&url=https%3A%2F%2Fwww.ntv.co.jp%2Fwatadou%2F&usg=AOvVaw1-N02GMcLmqxiOHPCvj-co

ストーリーとしては、小さい頃に自分の母親を犯人扱いした幼馴染みの和菓子屋の跡取りへの復讐を目的として、自分の素性を隠して近づき彼からプロポーズを受け、その和菓子屋へ嫁入りするところからのスタートとなる。

  ラブ・ミステリー、とでも言おうか。

出演は、主演に渡辺美波、和菓子屋の御曹司に横浜流星、和菓子屋の女将に観月ありさ、大旦那役に佐野史郎、そしてなぜか山崎育三郎も登場するなど、多彩な顔ぶれではある。

  当然私は観月ありさ見たさの選番である(笑)。

流石に若手中心の俳優陣にあって、佐野史郎と観月ありさの二人の存在感は際立つものがある(笑)。
そして、この二人の存在感がこの物語をラブ・ミステリーという領域からラブ・サスペンスという領域にひきづり込んでしまいそうなほどに重い存在であることは確かだ。

  更にこのドラマは和菓子専門店をテーマにしているという点。

和菓子と言えば地域のスーパーでも取り扱いのある商品群である。

  しかしこのドラマでは和菓子の謂れを丁寧に説明し導入しているのが特徴か。

更には、粒あんやこしあんを豆から調理場で製造していく過程も丁寧に説明するなど、和菓子の商品説明も詳細に説明されているのが大きな特徴であろうか。

  「白藤」「亀:鶴」「めじろ」「黄桜」等。

改めて上記商品群を謂れを含めて紹介されると、その謂れを想いながら美味しいお茶と共に食してみたいという欲求に駆られてしまうのである。
それほど、このドラマに登場する和菓子は食べてしまうにはもったいないほどの上品な造りとなっている。

  そしてこのドラマの見どころは。

まだ第二話が終わっただけであり、今後どのような事実が開かされていくのかが見えてこないが、流れとしては当初復讐を目的に近づいた幼なじみで結婚相手の御曹司の真摯な生き方に触れていく度に、相手への憎悪の念が次第に消えていき、愛情へと変化していくであろうことは見える。

  その過程においての和菓子屋の立て直しに誰がどう関わるか。

そのへんのストーリーの組み立てがドラマの見どころであろうか。

そして毎週木曜の「アンサングシンデレラ」。

  石原さとみが言うように「本当にいいドラマ」である。

しかし、それとは裏腹にドラマの視聴率は10%前後と他のドラマの後塵を拝しているのも事実
視聴率だけで言えば、やはり「半沢直樹」、そして「私の家政夫なぎささん」等が一歩先を言っているようだが、アンサングシンデレラも非常に考えさせられることは多い。

  更に元乃木坂46の西野七瀬の存在感もなかなかである。

そしてNHKの大河ドラマ「麒麟がくる」と朝ドラの「エール」。

  麒麟がくるは、8月30日(日)から
  エールは、9月14日(月)から、

それぞれ放映再開となる。

  こちらも多いに楽しみな再開となる。

まさに秋の夜長に嬉しいドラマの数々であるが、寝苦しい夜が早く過ぎ去って欲しいものである。





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2020年8月22日 (土)

秋の到来?

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


先日、久しぶりに奥日光をドライブしてきた。

  気持ちの良い冷風に触れたかったのである。

8月の19日。この時期ともなれば奥日光の気温はせいぜい25度前後であろうか。
そんなことを考えながら、冷風に当たって気持ちを冷ましたいと思ったのである。

  別に気持ちが噴火しているわけではありませんが(笑)。

お盆が終わっても、この猛暑は平地を襲い続けている。
お盆商戦から続き、今週も依然として続いている。

  “奥日光には秋が来ているのだろうか”

そんな期待もあって、車を走らせてみた。
やはり、日光の中禅寺湖を過ぎると、風は冷たく冷房の効いた部屋にいる様な涼しさである。

更に、奥日光の湯ノ湖周辺の木々は一部紅葉が始まっている様な色付きをしていた。

  “徐々にここから紅葉が始まっているんだ”

そんな印象を受けた。
そして思った以上に日光を訪れる車が多かったことだ。

  “皆同じことを考えているんだなぁ〜(笑)”

それでは奥日光の画像をどうぞ。


日光方面へ向かう道すがらの杉。
すでに涼しさを演出しています。
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途中の明智平から男体山を望むも、雲で見えず。
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戦場ヶ原から望む男体山。
こちらは快晴で見事な姿が見えました。
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戦場ヶ原を更に登ると、湯ノ湖が見えてくる。
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湯ノ湖から湯の滝へ流れる川。
この奥に落差70メートルの湯の滝が。
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ここはエアコンがしっかり効いた部屋の様な冷気が。
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一部紅葉が始まっているのだろうか。
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2020年8月21日 (金)

悲喜交々のお盆商戦

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


今年のお盆商戦が終わった。

  お盆商戦本当にご苦労様でした。

今年のお盆商戦、如何でしたでしょうか。

  悲喜交々(こもごも)。

そんな表現がぴったりの今年のお盆商戦ではなかったでしょうか。

  悲喜交々。

都市部は帰省の無いお盆商戦であり、本来であれば12日〜15日のお盆真っ只中での集客は帰省で取られてしまうのが今年は巣篭もり需要により大幅に売上増。
逆に地方は帰省の無いお盆商戦から、12日〜14日の盛り上がりがまったく無く、準備用品から当日のご馳走、そして持ち帰りのギフトや土産品など全ての需要に欠けるお盆商戦を迎えることになった。

  悲喜交々。

色々な感情が混じり合ったお盆商戦。
そんな情報がお盆商戦中から入ってきていた。

  いずれにしても生きる為には食事は必須。

その為の食材の需要は低下はしていないが、帰省に伴う食事以外の需要である、土産、ギフト等は地域格差、個店格差が非常に大きい結果となったのではないだろうか。

そして食事の為の食材も、帰省して宿泊という従来の暮らしであれば、実家で飲んで、刺身を食って、団欒するという12日〜14日の暮らし。
そこが今年は帰省しない、宿泊しない、という暮らしに変化し、刺身、寿司、惣菜類から、家族のみで若年層メインの牛肉、豚肉、鶏肉の食材への需要が非常に高まったようである。

  しかし生花だけは需要拡大。

そこに日本のお盆という認識がしっかりと守られているような気がする。

  帰省しない家族の為に「お花」だけでもご先祖様に。

ご馳走という食材に費やさない分、ご先祖様への花に多少のお金をかけるという今年の流れ。
よって、生花はどの店舗、どの地域でも大幅に需要拡大し、結果的に、青果部門と精肉部門は大きな売上拡大が図られたのは全国的な傾向ではなかっただろうか。

かといって、寿司、刺身の需要が無かったかと言うとそうでもない。

  12日〜14日への集中は例年通り。

しかしその前後の動きはやはり弱いものであった。

  そこに夏休みの短縮が関係しているのであろう。

16日の日曜日が夏休み最後の日曜日。

そんな地域が多かったのではないだろうか。
よって、15日以降からは自宅で過ごし、夏休み最後の宿題をお母さんも手伝って完了させる。
今や、小学校の夏休みの宿題は母親無しにで完成できないレベルに高まっているのである。

  地域の食材を使ったメニューの開発。
  地域の歴史や特産を取り上げた宿題。

さも、パワーポイントを使用して30分ほどのプレゼンができるほどの宿題であるという(笑)。

  その仕上げとしての15日〜16日の時間の過ごし方。

そんなお盆後半の流れが多かったのか。

今年のお盆の暮らしの流れ。
この流れは今後の彼岸や年末、そして来年のお盆に繋がるのであろうか?。

  これも全く元に戻ることは無いであろう。

今年のお盆の暮らしによって、人々は色々なことを学んだであろう。

  リモートというお墓まわりの世話。
  お盆での家族の食生活での新発見。
  
今年のお盆の暮らしで新たに学んだ新生活様式。
その様式は今年限りと認識する部分もあろうし、このまま継続できそうだと認識した部分もあろう。

  そして新たな生活様式でチャンスのありどころをどこに求めるかだ。

そしてそのチャンスのありどころと目した部分に関しては、早速普段の売場に活かすということであろう。

  イベントと言えども普段の延長。

イベントを普段の延長と捉えると、普段での経験値がお客様の期待値となり、経験値からイベント時の数量計画や売場展開にも何の違和感も無くスムーズに導入できるのである。

  そこに次回の成功の道筋が隠されているのである。

そのチャンスのありどころを、しっかりと画像にて反省を残し、早速普段から導入していきたいものである。






  

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2020年8月20日 (木)

在庫への認識

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


小売業にとっての在庫とは。

  在庫が無ければ売上にはならない。

しごく当たり前の話ではある。
売場の商品も在庫であり、バックヤードに保管している商品も在庫である。

  よって在庫がないということは売場に商品が無いということ。

これでは小売業として販売する商品が売場に無いということであるから商売としては話にならないということである。
売場に陳列してある在庫にプラスして、次回入荷までに売場からなくならない程度のバック在庫を持つことが必要となる。

  全ての商品が上記のような在庫管理ができれば理想である。

しかしなかなかそうは話が進まないもので、どうしても次回入荷前に欠品してしまったり、逆に在庫過剰によってバックヤードが身動きできなくなってしまったりという問題のモグラ叩きの毎日ではないだろうか(笑)。

そしてお盆や年末ともなると、本部から際物と呼ばれる商品(お盆用品等)の消化率が日々店舗に送付されて、現在の消化状況を現場に認識させようとするのである。

  現場にとっての在庫とは?。

この認識は、千差万別かもしれないと最近想うようになってきたのである。

  在庫が無ければ売上にならない。

これは私の在庫に対する認識である。
しかし他の人間が在庫を捉えるときに、

  在庫を抱えると仕事が増える。

そんな認識を持っているかもしれない。
更には、

  在庫はいずれロスや廃棄を産む。

そう認識している人もいるかもしれない。
何を最優先に頭に描くかという問題でもあろう。

そして上述した言葉は全て真理を突いている言葉でもある。

  過剰な在庫は鮮度落ちの早い商品であればいずれは腐る。

その前にお客様に鮮度の良い美味しいタイミングで提供できるかが問題であろう。
更には、在庫は入荷したら整理をして、品出しをして、売場に出ない在庫は再びバックヤードに戻ってきて整理をして収納する。
売場の在庫は日々の中で埃を取り、前出しをして、労力をかけて維持メンテナンスしなければならない。

  確かに仕事は増える。

今回のお盆商戦でも、本部バイヤーが各店舗に過剰在庫の報告をさせ、その過剰在庫に対して別の店舗で引き取りをお願いするようなファックスが流れてくる。

その中には「何これ!」という在庫報告も多々あるのである。

  「レタス2ケース」
  「大根4ケース」
  「パイン3ケース」

別に際物でもない普段の在庫。
それも普段の在庫でも普通に持つであろう在庫数量がそこには記載されている。

  “これがお盆商戦における在庫報告か⁉️”

そんな在庫報告に何の意味があるのだろうかと思ってしまう報告商品と報告数量。
確かに在庫という意味の捉え方は色々あろう。

  自店だけではどうしても捌き切れない商品と在庫量。

それを如何に共有するかがこのような場面での在庫報告なのだろうと思うし、バイヤーもそれを期待して報告を義務付けているのだろうが、各店の各チーフの在庫に対する認識の違いが浮き彫りになるのである。

  自分で計画し仕入れた在庫は自分で売り切る。

その決意があるからこそ、計画段階からシビアになり、いざ入荷したら最後自分で自力で創意工夫しながら最終的には定価で(理想は)売り切っていくことが仕事であろう。

  そこに各人の認識の違いが生まれるのであろう。

在庫とは自分で売り切るから実力が付くのであるし、次回の計画にも多いに活かされる。

  売る楽しさとは如何に売るかという計画立案の楽しさであり。
  売れる喜びとは工夫して売切ることが仕事の喜びとなること。

この二つの仕事の楽しさを如何に享受するか。
そこに在庫に対する認識が決定するのではないだろうか。










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2020年8月19日 (水)

人材育成を考える

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


以前のブログで「導入」と「深掘り」を記した。

  https://app.cocolog-nifty.com/cms/blogs/600797/entries/92108674

「導入」という集合研修と、「深掘り」というOJTでの実践。

  この二つを如何に効率よく本部と現場で連携できるか否か。

昔からよく言われる諺には、「良い上司からは優秀な多くの人材が輩出される。

  日々のその上司の仕事の姿勢や行動から多くを学ぶ。

その結果として、同様の行動をとる人材が多く輩出され、その人間が更にその輪を広げていくのである。
そして本当の良い上司とは、自分から巣立った部下達に支えられて自分がその上の職位に立ち、彼らに支えられて自分の目指す組織像を実現させ業績を達成していくのである。

上司に引き上げられて職位につくのではなく、部下に支えられて職位につくのが本質であり、その下に付いた部下は幸せであろう。

  しかしいつまでも個人的な要因で部下育成を誤魔化すわけにはいかない。

要は、「導入」からの「深掘り」を如何に現場で部下たちの意志を掘り起こし深掘りという行動に向かわせるかが大きな課題と言えよう。

  それは人間の器の大きさという視点が必要であろうか。

人間の器とは、受容能力の拡大のことでもあり、供給能力での引き出しの多さのことでもある。

  受容能力とは、柔軟な情報の受容力。
  供給能力とは、豊富な情報の供給力。

柔軟に情報を相手から受け入れ、豊富に情報を相手に供給する能力の高さが、器の大きさという本質なのではないだろうか。

  器という内容を情報受容能力だけに捉えてしまうと間違ってしまう。

情報を受け入れるだけなら、それは簡単なことだ。
しかし大切なのは、その情報から解決策を供給することの方が重要なこと。

  器をこのように捉えると人間の行動は変わってくるもの。

導入の目的で様々な研修会に参加することは器の大きさを測る一つの側面でしかない。
そこで学んだ考え方や手法を現場で実践し、自らの手で深掘りをし、課題を解決しようとする人間への供給という流れに持ち込めれば、信頼という器の拡大に持ち込むことができるのである。

  それが深掘りをOJTで如何に日々の中で仕組み化していくか。

要は、部下に情報供給能力を日々の実践の中で鍛えていくことにある。






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2020年8月18日 (火)

信頼関係の発端

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


信頼関係。

  基本は人間同士の心の支え。

時として、個人の方が企業への信頼や店舗への信頼を寄せる場合も使用しようか。

  しかし人間と人間の信頼関係が主たるものであろう。

それでは人間と人間の信頼関係とはどのような経緯で生まれていくのであろうか。

  信頼関係にある人間同士の関係とは。

それは、友人同士、上司と部下、企業のトップとその幹部、仕事上の取引先、ママ友、等、いろいろな人間関係があろう。

  信頼とは問題解決能力のことだと私は思う。

自分にとっての問題や課題を、自分以上にそのことに対して解決能力のある人間に信頼を寄せてお願いすることから始まるのだと思っている。
それは、上記の関係のように、私生活での友達同士やママ友、企業内では上司と部下、トップと幹部、取引先と自分、というような関係の誰でもがその相手となりうるのである。

  特に仕事上での関係は企業人にとっては外せない関係である。

信頼を寄せて自分では解決できない問題を相手にお願いする。
お願いされた側の人間は、その期待を裏切らないという意図で相手に貢献する。

  この関係の積み重ねが厚い信頼関係の構築となっていくのである。

その初動においては、相手を巻き込むという行動が発生するのである。

  解決できない課題に対して相手を巻き込んで取り組む。

相手を巻き込むということは、相手に対しての信頼を寄せているという意図がある。

  その意図が相手に伝わるかどうか。

これは非常に重要なポイントであろう。

  ここに人間関係構築の術があるのではないだろうか。

いわゆる新入社員や人間関係が苦手な人間は、あまり人に頼らずに自分で解決していこうという行動をとる。
それが個人の問題であったり、個人で仕事をしているフリーランスのような方であればそれでもいいだろう。

  しかし我々店舗で勤務する人間はチームで仕事をする。

チームで売場を作り、流れ作業で一つの売場を完成させる。
売場作りだけでなく、そこにはに受け商品の整理や鮮度チェック、商品化と値付け品出しの役割分担等が発生する。

  事前に作業割り当て表に記載はされている。

しかし突発的な業務が発生する場面も多い。

  その時に自分で抱えるかパートさんに振るか。

自分でやるのは簡単だ。
誰にも頭を下げずに、信頼を寄せることなく、自分のペースで取り掛かればいいわけである。

それをその課題に対して自分よりも解決能力の高い(上手くできる)パートさんに対して、信頼を寄せて役割を分けることによって、そのパートさんはその信頼に応えようとしてその業務を引き受け、課題解決に貢献しようとする。

  信頼関係とはそのような瞬間から生まれていくのである。

部門のリーダーとなっていく過程の中で、上記のような信頼関係の構築無しには部門を背負うことはできない。
そしてそれをマネジメントという組織運営能力へと昇華させていくのがリーダーの役割であり仕事なのではないだろか。

  信頼を寄せる、寄せられる。

このお互いの関係が強い絆で信頼関係を結んでいる人間同士の関係であり、まずは信頼を寄せるところからスタートするのである。






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2020年8月17日 (月)

自信という武器

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


先週の土曜日は「基本の進化」を記した。

  https://app.cocolog-nifty.com/cms/blogs/600797/entries/92115727

導入された基本を組織が仕組み化し、定着していくと次の段階へ向かう深堀が始まり、深掘りによって更に基本の仕組み化が為されていけば、深掘りもまたその組織や個人にとっては基本として定着していくのである。

  これが基本の進化。

そしてそれらの基本が維持継続されていくと、必ずタイムラグを生みながら結果が伴っていくものである。

  基本の継続からもたらされる結果とは必ずタイムラグが生まれるもの。

しかし、基本をスタートした段階から結果が出るまでには、どの程度の時間を要するのかは誰にもわからない。

  それは置かれた条件が異なるからである。

一週間で結果が出る場合もあれば、一年から数年の年月を要する場合もあろう。
しかし、その基本をやり続けてきた人間には、必ずその結果が後々にもたらされると信じているのである。

  それは基本を継続してきた経験からもたらされるものである。

その経験と知恵が、自信を生むのである。

  その自信が継続していく信念となるのである。

その自信からくる信念は、自分にとっての大きな武器となろう。

  大抵の人間は半年で結果が出なければ止めてしまうもの。

それよりももっと簡単に短時間で結果が出せる手法はいくらでもあるからだ。

  チラシの価格やポイントサービス等。

その日のうちに結果が出るから楽しいし、止められなくなってしまうもの。

  “基本なんかやってられねぇ〜よ(笑)”

となってしまう。

しかし基本の重要性を知る人間は上記のような止められない販促サービスを経験し苦い思い出を持つものでもある。

  販促サービスというアリ地獄。

簡単に結果が出るが、簡単にお客様が離れてしまう最大の武器。

  これが基本を忘れた組織の末路である。

お客様の信頼とは、価格やポイントではなく、「また行きたい」というお店への信頼である。

  いつ行っても鮮度の良い商品が置いてある。
  いつ行っても従業員が気持ちよく挨拶してくれる。
  いつ行っても清潔なお店で安心して買い物ができる。

それを獲得出来るには、それ相応の時間を要さねばならない。

このように、一年以上やり続けられるのは上記のような信念を持っているか否かであろう。

  自信という武器をなんとしても獲得したいものである。





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2020年8月16日 (日)

メンタルを鍛える

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


今日は日曜日。

  芸能ネタの日(笑)。

流石にこの時期としては芸能ネタも尽きてきた(笑)。

よって、先日放映されたNHKのプレフェッショナル「仕事の流儀」から。

  今回はスペシャル企画として卓球の「石川佳純」。

今回の取材に関しては、信頼を置けるスタッフにしか見せないであろう内面の心境が吐露される場面の多いドキュメンタリーであったと思う。

  そういう意味では番組のプロデューサーと石川佳純の信頼度が伺えるものである。

石川佳純といえば、メンタル面の強さの際立つ選手というイメージが強い。
しかし、そんな石川でも2019年は東京オリンピックのシングルス出場をかけた熾烈な争いの真っ只中にいた。

  結果的には平野美宇にポイントで逆転勝ちして出場決定はした。

そこでの石川佳純の姿はまさにヒューマンドラマを見ているであった。
その姿を、 NHKのカメラとインタビュアーはしっかりと捉えていたのである。

  メンタルの強さ = 内面の強さ。

特に、スポーツの世界でのメンタル面の強さと言えば、試合という本番に強いという意味合いが強い。

  本番に強いということは試合に強いということ。

要は試合巧者ということにもつながる。
そこでは、自らの精神をコントロールして、試合のここぞという場面で本来の力を発揮できるという安定感とでも言おうか。

  しかしいくら試合巧者とは言え圧倒的な能力の差は補えない。

自分と同等かもしくは微妙な差。
そんな条件の時に、メンタルの強さが発揮されるのであろう。

  しかしどんなにメンタルが強くても自分の能力以上のものは発揮できない。

要は、普段の力を普段通りに、特にここぞという時に発揮できる精神面の強さを言うのである。

  私はそれを「数」の力だと思っている。

要は、練習量であり、過去の試合数であり、その相手と何度対戦したかと言う経験であり、そのような場面を何度通過したかと言う経験値であると思っている。

  例えば卓球というスポーツ。

シングルスであれば、人間対人間の一対一の戦いである。

  お互いに人間同士の戦い。

そして最終ゲームで10対10のイーブン。

  絶対に失敗できない場面。

選手のメンタル面が試される最高の場面であろうか。

  そこで重要なのは、相手のミスを待つという姿勢。

そこに過去の練習量等の「数」が活きてくるのである。
そして、どちらかがそん場の空気に耐えきれずにミスをしてしまう。

  強さとは崩れないこと。

相手も自分と同じ人間。

  人間にはスキが出来る。

どちらが先にスキを見せるか。

  この重要な局面で先にスキを見せた方が負け。

そして、試合巧者は相手のスキを見逃さないのである。

  競合店にもスキがある(笑)。

そのスキを如何に突くか。

  そんな視点で競合店を見ると面白いかも(笑)。




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2020年8月15日 (土)

基本の進化

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


昨日は「導入」と「深掘り」を記した。

  https://app.cocolog-nifty.com/cms/blogs/600797/entries/92108674

導入とは基本の導入。
深掘りとはその基本を自ら掘り下げてその本質を自らの行動で体験すること。

  導入は他人の手によって導かれるもの。
  深掘りは自らの行動で手に入れるもの。

よって、基本の部分は一度は集合研修等で皆が同じ場に集まり、同じ指導を受けて基本を知識として理解すること。

  要は、企業としてのあるべき論を頭で理解することから始まる。

この業界で言えば、それが、「接客」「清掃」「品切れ」「鮮度」であろうか。

  これを私は基本の4Sと読んでいる(ロゴがあっているかどうかは別にして)

しかしこれもあくまでも理論上の基本4項目であり、これを知識として学んだからといって、自分の職場でコツコツとこのことばかりを永遠に実践しているわけではない。

  当然売場作りや業績対策等も同時並行で進めながら。

そして、上記の基本4項目は実践したからといって、即業績という結果に結びつくわけではないし、なかなか検証も難しいだろう。

  しかし経験すればするほど基本が重要と思えてくる。

そしてそれは、基本の実践をしっかり取り組んだから見えてくる経営の要諦であり、破綻していく企業はいずれも基本から崩れていくというのは業界の常識ともなっている。

  それでも業界内では基本の出来不出来に企業格差が存在するのも事実。

それは、基本に対しての導入と深掘りの関係が共通認識されていないからだと思う。

  基本を導入だけの表面上の知識として捉えているところに問題がある。

導入という知識、その後の基本を如何に深掘りしていくかという地道な継続と進化が、基本をその企業の文化として従業員のDNAの植え付けられていくかどうかが重要であろう。

  そして深掘りの為の仕組み化が進められていく。

そして試行錯誤しながら基本を実践に移し、店舗内で継続して実施していく為の日々の作業スケジュールに落とし込まれていく。
この連続がいずれ、従業員をして当たり前の日常の業務となっていくのである。

  これが定着していくと更に深掘りの段階へと進化していく。

例えば「接客」。

  当初は基本の用語や動作、笑顔や売場案内として取り組んだ。

更にそこから深掘りをしていくと、こちらから商品を探している様子のお客様に近づいていき、「何かお探し物はございますか?。」という会話となっていく。

また、「鮮度」

  商品自体の鮮度から陳列やくくりといった部分の鮮度追求が始まる。

商品のカテゴリー毎の縦割りを崩さず、更に鮮度感のある商品カテゴリー毎のくくりにこだわるようになり、鮮度への深掘りが始まる。

  基本が進化していくのである。

そして、進化した基本の過去の部分に関しては、その組織においてはされていて当たり前の基本となって過去形になっていくのである。

  基本の進化。

それも生産性との裏腹の関係でもある。
しかし従業員がその基本ができていることが当たり前として意識付けされてくると、必然的に生産性は高まり、更にお客様のお店への支持も高まり、不動のものとなっていくのである。








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2020年8月14日 (金)

導入と深掘り

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


今人材育成を考えて見ると

  「導入」と「深掘り」に分ける事ができようか。

導入段階では新入社員教育や年度別研修、職位別研修、そして副店長や店長研修がそれにあたるであろうか。

  どちらかというと集合研修において一方通行の勉強会。

入社時における企業内の挨拶の仕方から業界の勉強、店舗内の役割の勉強から、年度別研修ではチーフへ向けての仕事の仕方、部門別マニュアルのテスト等、そして職位別研修会ではその職位の役割、マネジメント、業績達成等の考え方と実践方法の勉強会という流れであろうか。

  入社にあたって、昇格にあたって、その役割に必要な知識の導入。

これが導入段階での教育となる。

  導入段階での勉強会はその本人にとっては一回きりの勉強会。

よって同じ研修会に何度も何度も参加することはない。

  理論と知識は一度きりの詰め込み式の教育法である。

導入とはこのような教育法であり、学校方式によって効率よく大人数の人間を一律に教育する手法であり、そこには一対一という関係は無い。
そして、最後は教室で学んだマニュアルであったり決め事であったりの復讐としてテストが行われ、今回学んだことの復讐と効果が個人ごとに評価されるのである。

  答えは一律に一つの回答が基本である。

一つの問いに対して、二つや三つの回答でも許されるということは決して無い。

  答えは一つ。

それが導入段階の教育法である。

  それに対しての深掘り。

これは教育法というよりは、導入に対しての取り組みと捉えるべきであろうか。

  導入の答えは一つ。

要は、導入とは答えが明確であり、誰もが一度勉強すると覚えられる内容であり、皆が同じ答えを解答しやすい内容なのである。

  よって例外も無い。

しかし、その導入を経て現場での実践をしていく中で、導入で学んだ事例が当てはまらないことの多さに気づいていくのである。

  導入とはワンパターンの事例を取り扱うもの。

しかし、現場で日々起こる出来事は千差万別。
ワンパターンなどどこにも存在しないのである。

  よってその状況に応じた行動と対応を求められるのである。

同じパターンの状況でも相場や競合、そして天候や曜日によって全く異なる対応をしなければならない場面によく遭遇する。

  その場に応じた対応が深掘りなのである。

深掘りと掘り下げれば掘り下げるほどに、いろいろな場を発見し、その場に応じた対応こそが成功への道につながっているのである。
そして、その深掘りとは、常に現場でOJTを繰り返しながら学んでいくことになる。

  それを学校形式では絶対に学べないのである。

一つ一つの状況が異なるからである。
更に深く掘り下げれば掘り下げるほどに、その深さは際限なく続くのである。

  これが商売の道というものであろうか。

しかしいつしか、深掘りを極めていくと、一つ一つが本人にとっては導入と同様に同じ回答にたどり着くようになっていくのである。
他人画から見ればそれは深掘りの奥深い知恵であるのだが、深掘りを極めた人間がその場に立つと、それは導入と同等の状況からの回答を引き出すことになる。

  深掘りした人間にとって過去は導入なのである。

そしてそれは本人にとっての基本と化していくのである。



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2020年8月13日 (木)

部下の伸び代

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


先日、「伸び代を残す」を記した。

  業績に対しての伸び代。

それによって、長期的な成功を勝ち取る事ができるという内容。
https://app.cocolog-nifty.com/cms/blogs/600797/entries/92085081

伸び代とはいろいろな領域において重要であると言える。

  それは部下育成においても同様であろうか。

部下育成における伸び代?。

  部下が自らの伸び代を増やすこと?。

それは自分で自分を甘やかすことになってしまうからそうではない(笑)。

  要は上司が全てを完璧に指導しないということか。

今の部下の成長と能力を考慮して、その能力以上またはスレスレの指導をすれば、それは目一杯の彼の能力であり、それを習得することだけでいっぱいいっぱいの状態となる。

  多少自分で考え行動する領域を残してやることも教育であろう。

それを自分で考えて行動する部分を残してやる、ということである。
それは、以前に指導した事の実践を何も言わずに一人で実践させて見るということである。

  とはいうものの上司として失敗はしたくない。

そこで短期的に失敗したくないという度量の持ち主であれば、全てが全て自分が指示指導しようとする。

  結果的にはその場はノーミスで成功したとしよう。

しかしその分部下が失敗から学ぶチャンスを奪うことになる。

  言わば部下の伸び代とは失敗から学ぶチャンスを与えるということだ。

そして、その伸び代が自立を産み、上司が指導した以上の仕事をこなすようになっていくのである。

しかしそこにも課題がある。

  カリスマ上司ほど部下を黙らせる後光があるという事だ。

カリスマ化されている店長やチーフという存在。
そんな存在の上司が企業に一人や二人はいるだろう。

  そんな上司の発言力は絶大だ。

そしてその上司の言葉を神の声として、受け取る側は取るのである。
よって、カリスマ上司ほど自分が思っているレベル以上に部下への伸び代を考慮した発言に心すべきであろう。

  ついつい言った自分の発言の影響力の大きさ。

組織として長期的な成功を目指すのであれば、目先の部下の失敗が成長のチャンスであり、そこから長期的な成功がもたらされるのであれば、短期的な成功と長期的な成功という基準で部下教育も考慮する事が重要であろう。








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2020年8月12日 (水)

手本を持つ

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


理想の売場。

  皆さんそれを目標に売場作りをする。

それでは理想の売場とは具体的にどのような売場を言うのか。

  しかしなかなか自分でもそれを表現することは難しい。

表現しようとすれば、具体性に欠け概念的な言葉で網羅しようとすることになる。
よって、現実に存在する「ある売場」を目標にしている場合が多いのではないだろうか。

  例えば自社他店舗で良い売り場を作っているお店。
  例えば競合他社で憧れてしまうような売場のお店。

特に自店から近場にあるお店であれば、競合店であろうとなかろうと自分の「手本」として日々MRしているお店があろう。

  それも時系列的に参考にしているお店である。

それは、その日のその瞬間の売場だけではなく、時系列的に毎週毎週の売場が相場や旬、イベント等の歳時記に合わせてダイナミックに変化しながらも効率的に関連性の高い商品群が一堂に集められた展開をしているお店であったり、常に売場の縦割りがしっかりと維持されながら鮮度感のある陳列をしているお店等であろうか。

  自分の手本。

その存在は非常に大切であろう。
身近なところに、これからの売場作りにおいて自分が参考になる売場の現物を直接、そして時系列的に勉強できるのであるから。

  百聞は一見に如かず。

よく言われる言葉であるが、それを地でいくのが実際に存在する売場を自分の目で直接見ることである。
それによって、いくらいろいろな情報が耳に入り込んできたところで、一回その売場を見たら全てが理解できると言うことだ。

  そんな自分にとっての手本であり見本のお店を作っておきたいものである。

それも時系列的に52週毎に見続けることが大切だ。

 それを定点観測という。

同じお店の同じ時間帯で同じ曜日を毎週見続けること。
それによって、そのお店の考え方や販売手法が常に変化しながら「今」を追い求めていく姿が見えるのである。

  そこで見えてくるのは「タイミング」。

いつどのタイミングでそれを打ち出すのか、それもどれだけのボリュームで、展開方法は、等の生の情報がその売場から入手できるのである。
特に、その地域での出店が先輩格の企業や店舗であればそれは自店にも大いに参考にできる生の情報と言える。

  特にイベント時の売り場の変化を把握することは有効であろう。

お店の顔である店舗入口の売場展開。
青果のトップ平台の旬の果実の展開。
鮮魚のイベント時の刺身売場の展開。

  等々、店長として参考にする部分もあろう。

ただし、上記のように各部門の担当者がそのまま自らの展開手法に取り入れやすい職位の人間が直接見に行ってくることも大切である。
自社の模範店舗を視察することも重要であろうが、競合他社の模範店もを視察することも重要。

  違うDNAを持つ企業の売場ほど参考になるものはない。

自分の売場作りにおける「手本」の存在。

  この手本の存在が自分の売場の進化を決めるのであろう。






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2020年8月11日 (火)

数値の良し悪し

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


よく部下と業績の話をする。

  「今の業績の良し悪しは何に由来するのか?」

当然、業績とは良い時もあれば悪い時もある。

  その業績の由来(理由)を明解に答えられるか。

突然店長から、業績の由来を尋ねられれば、一瞬は戸惑いもあるだろう。
常に業績に由来を頭に入れながら今目の前の業務をこなしているわけではないだろうから。

そしてどちらかというと遠慮がちな部下であれば、

  「相場が上がってますから」

青果の売上が好調な要因を外部要因として答える部下もいれば、

  「梅雨が明けて気温が上がりましたから」

と言って外部要因のせいにして現状の不振を嘆く部下もいる。

  ここでも「自責」と「他責」が登場してくるのである(笑)。

http://tetu-syoubai.cocolog-nifty.com/blog/2020/07/post-dc5c0d.html

業績面でも自己責任という内供要因が招いた現在の業績なのか、それとも外部要因に起因する要因からの業績なのかに分けて、できるだけ外部要因を持ち出すという姿勢。

しかし気温や気候、世の中の流れというものは他店や他企業でも同じ事である。

  にも関わらず自店だけが特異な業績。

そこには必ず内部要因からくる業績と見なければならないであろう。

  “内部の何がこの結果を生んでいるのだろう”

その視点が重要であり、自責という視点で内部を見つめ、そこから好調要因を探り不振要因を洗い出す。

  そしてその経験値が次への成功をもたらすのである。

その為にも、現状の業績の要因をヘラヘラと言葉に表して答えられる情報収集は常に頭においておく事が重要だ。
その結果として、店長やバイヤーからの業績に対する質問に対しての返答として聞き手に重要な情報を提供することになる。

  「野菜の相場を利用して競合売価を調査して対応しています」

という返答であれば、それによってもたらされた業績が今後の彼の相場高への対応を更にスピードを持って精度の高い行動をもたらし、相場高をチャンスに変えていく能力を身に付けていくのである。

  「気温が上昇してきたので、焼きたてから冷蔵のサンドに重点を移しました。」

そのことによって、毎年到来する梅雨明けへの対応力が身につき、サンドイッチの分野でのお客様の支持が秋から冬になっても維持できるお客様の認知度につながるのである。

  今の業績を自責を以って見る視点。

それはその段階では苦痛であろうが、いずれはその視点が長期的な成功をもたらすのである。






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2020年8月10日 (月)

伸び代を残す

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


商売とは難しいものである。

  なぜか?。

短期的な成功と長期的な成功という二つの側面で商売を考えなければならないからです。

  短期的な成功。

これは、特売や価格、タイムサービス等の集客力を高める販促がスピーディな効果を観測できるのであるが、その効果は短期的である。

  長期的な成功。

これは、永続的にお客様がリピートしていただき、競合店が出店しても一時的な影響を受けるとしてもその後のリカバリーが早々に成され、長期的に業績を積み上げていく仕組み。

  最終的には長期的な成功を維持していく仕組みを確立する事が目的となるであろう。

その為には、如何に短期的な成功を随所に導入しながらも、その効果と長期的な成功の流儀を店舗内に仕組み化させて、その仕組みを確固たるものに仕上げながら、更にその土台の上にワンランク高いステージを積み上げていく事の連続なのであろう。

よって、当初の基本が確立されてきたら更に企業としての次のステップとしての基本への取り組みが成され、それが確立された段階で更に次の基本を積み上げていくのである。

  よってレベルが上がれば基本のレベルも上がっていくもの。

しかし商売の難しさとは、前述した通り短期的な成功を以って店舗の進化をやめてしまう事である。

  そこから先への成功パターンを描けないことにある。

短期的な成功には販促面の取り組みだけではなく、無駄なロス削減への取り組みとしてのアイテムの縮小や販売データからの陳列数量の調整、更には競合対策としての価格合わせ等があろうか。

  そしてコンパクトな売場で一時の成功をもたらすとする。

その成功から、更にアイテムが絞られ、価格訴求され、ロスが削減されていく。

  それはいつしか客数の減少に歯止めが掛からない状況へと邁進していくことになる。

商売とは、削減したら付け加えの連続で売り場が活性されていくことに終始するものである。

  アイテム削減したら次の「伸び代」が付け加えられなければならない。

次の伸び代を用意しながら現状の無駄を省いていく。

  無駄と伸び代。

その違いは何か?。

  そこが担当者の腕であろうか(笑)。

それは、その単品やカテゴリーが今後伸び代として貢献できるかどうかを見極める目が必要となろう。
それは世の中の流れがその単品やカテゴリーを必要とするものに変化していくかどうか、更には52週のMDの流れの中で必ず数週後にヒットしていく商品やカテゴリーであるかという視点である。

  いろいろな意味で伸び代を常に意識しておく事の重要性。

単品としての商品や販促としてのサービス、そして仕組みとしての基本の充実。
一口に伸び代とはいうが、いろいろな部分でその後のあるべき姿を目指して積み重ねていけるかどうかであろう。







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2020年8月 9日 (日)

半沢直樹から

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


今日は日曜日。

  芸能ネタの日(笑)。

日曜劇場「半沢直樹」。

  流石にこのスピード感は他のドラマの類では無い。

視聴率も流石の22%超という昨今では驚異的な数値。
アンサングシンデレラが10%前後であるから、半沢直樹の視聴率の凄さが伝わるであろうか。

  更に先週の第三話から登場のおねえ検査官の片岡愛之助が登場。

このおねえ検査官の愛之助と、更に特別編で登場した吉沢亮のパソコンでの対決は見ものだった。

  わずか数秒のタッチの差で証拠隠滅は図られたが。

その後の展開が今日の日曜日の午後9時からの放映で明かされるであろう。

  ドラマ半沢直樹の魅力はどこにあるのだろうか?。

ポイントは2点あろう。

  1点目は、そのスピード感。

コロナ禍によって放映が遅れたというのもあるだろう。
また、通常は10話放映だが、今回は短縮されるのではないだろうか。

  よって必然的にスピーディな展開になる。

しかし単純にストーリを短縮することではなく、息つく間もなく次から次へとストーリーが急展開するのが良い。

  単純に場面での勝利が急展開してピンチに転落。

そのようなストーリーの急展開が見ていて爽快なのである。
そして、次回への期待感が急速に高まるのである。

  連続性のあるスピードを持った展開。

これが何より半沢直樹の次回への見たさに繋がっているのであろう。

  2点目は、サラリーマンへの応援会的な設定であろう。

大手銀行員とはいえ、半沢直樹は一課長的な存在。
言わばコテコテのサラリーマンである。

  まして銀行の課長職。

イメージとしてはど真ん中の中堅サラリーマン。
そんな彼が、「人事が怖くてサラリーマンが務まるか」と豪語するスタンスが、同じコテコテのサラリーマンの心を揺さぶるのであろう。

  そして日曜夜9時というちょうどいい時間帯。

明日からの仕事に向けてモチベーションが高まる瞬間。
世のサラリーマンの多くはこのドラマから明日への活力を高め、明日へ向かうのではないだろうか。

  ただし、多少の違和感もある。

それは、取締役の香川照之と営業部課長役の市川猿之助の二人の歌舞伎役者の演技の濃さであろうか(笑)。

  “何もあそこまでクサい表情をしなくても”

と言えるほどの表情。
歌舞伎の世界では当たり前の表情であろうが、何もこのドラマでまでも、と思わせる濃さがちょっと違和感を覚えるのである。

更に我々世代のアイドルである南野陽子が悪役夫人役で登場するのも、当時を知る当方にとってはかなりの違和感なのである。

  南野陽子には最後は是非善人として登場して欲しいものである。






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2020年8月 8日 (土)

無駄話のできるレジ担当

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


スーパーのレジ担当。

  以前のブログで手打ちレジの記事を載せた。

http://tetu-syoubai.cocolog-nifty.com/blog/2020/07/post-3a18e9.html

  手打ちレジスターの話。

そして当時のレジ担当の仕事とその楽しさ。

  如何に精算時に違算を少なくするか。
  更にスピードを持ってお客様を流すか。

他のレジでの作業はこの2点に集約されていたから、如何にこの二つを今日1日の中で極められるかという意識が強かったということである。

  そしてもう一つは、毎日来てくれるお客様との会話。

これが話好きなレジ担当にとってみると何よりの楽しさでありレジ精算時の癒しになっていたか。

  要は上記2点が概ねのレジ業務であったから、それ以外はレジ担当者は特に午前中はお客様との会話を楽しめたのである。

その当時の仕事を見ていた人は、逆にレジへの憧れとなってスーパーのレジを希望する人も多かったのではないだろうか。

  逆に言うと、お客様もレジ担当者との会話が楽しみな方も多い。

そしてそれがリアルに来店される店舗での大いなる特性であり強みでもある弱みでもある。

  レジ生産の煩わしさ。

店内で一人で買い物をするが、最終的にはお店側の人間と現金と商品のやりとりをしてからでなければ買い物が完了しない。
当然と言えば当然であるが、現代ではネットで購入する場合にはほとんどの場合はレジ生産という場面は無く、そのほとんどがクレジットカードやキャッシュレスにての生産となる。

  売場という現場に行かずとも商品が手に入る時代。

しかし、リアルな店舗には未だに最後のレジ生産を癒しとして感じてくれるお客様も多いという事実。

  こここそが我々リアルな店舗を構える企業の強みとしなければならない部分。

特にコロナ禍においては従業員とお客様との接点が遠くなってしまった。
またお客様も働く従業員もお互いに接触する場面を避ける行動を心理的にとってしまっているのも事実。

  残念ながらそれが継続される部分と戻る部分とが今後生まれてくるであろう。

マスク着用や安全シールドの設置はもしかすると今後の定番になっていくのかもしれない。
しかし、試食や会話、雑談等は再び再開されていくだろうと思っている。

  お客様との雑談。

是非はあろう。

  それを嫌うお客様もいるだろう。

しかし、リアル店舗の強みであるお客様とのリアルな接客を放棄したら我々の生き残る道は非常に狭い道となっていくであろう。

  「お客様と多いに雑談してくださいね。」

このお店の新規開店前の接客訓練の折に、レジ担当者に何度もお願いしたことがある。

  どうせ開店後落ち着いたら時間的な余裕が生まれるはず。

その時のぼ〜っと立っているのでは無く、積極的にお客様との会話を楽しみ、お客様来店頻度を高めていきたいという意図からのお願いであった。

  益々我々の接客場面は機会を失っていくであろう。

そんな折でも、如何にしたらお客様との接点を増加できるであろか。。

  お客様の来店動機を考えたらそこが、最終的に分岐点になるのではないだろうか。








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2020年8月 7日 (金)

提案と量販

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


昨日は「今を100とする」を記した。

  新店の業績対策として重要なこと。

それは基本の徹底であることを記した。
しかし基本だけではある意味現場は退屈してしまう。

  現場の商売感を如何に磨くか。

これも未来への布石としては重要なことであり、一人一人の販売力を磨くという意味でも新店の取り組みとはまた別に検討していくべき項目であろうか。

  そこで再び店舗のレイアウトに触れてみたい。

店舗レイアウトに関しては以前にもブログに期したことがあった。
http://tetu-syoubai.cocolog-nifty.com/blog/2020/07/post-f238db.html

  この時は部門別レイアウトの考察であった。

青果から入店し、鮮魚〜精肉〜惣菜、と流れるのか、精肉〜鮮魚〜惣菜と流すのか。

  これらの違いとその意義について記した。

そして今日は生鮮以外のレイアウトについても考察してみたい。

  その前に単品量販とメニュー提案を考察してみよう。

単品量販。

  言わずと知れたこの業界の販売技術。

如何に単品を大量に販売するかという販売技術。
同じ単品を企業として量販することに決定し、原価交渉や価格設定、そして基本的な販売展開手法も含めて本部から同じ情報が送付されてくるが、なぜか店舗ごとにその販売数量にデブロクが発生するのは何故だろう。

  それが個店の意識の問題なのか店舗特性の問題なのか。

しかし部門チーフが変わると全ての単品量販が全て上位に食い込むことになる。
また、本部からある部門の単品と別の部門の単品をメニュー提案としてセットで販売強化するという提案がされたとしよう。

  単品量販同様にこれもチーフが変わると劇的に販売数量が変わる。

そう考えると、単品量販もメニュー提案も人によって大きく変動するという前提は不動であろう。

  要は単品量販やメニュー提案も現場の人間次第でその取り組み成果は劇的に変動する。

企業としては、この販売力を個人毎に付いて回る特性から組織として標準化していくことは取り組むべき課題といえよう。
とは言いながら、そう言っても個人毎にそのギャップはどこまでもついて回るものではある。

  それだけトップを走る人間はそれなりに進化しているものであるのだから。

更に、本部提案者も単品量販の好きな幹部もいればメニュー提案を好む幹部もいよう。
そして、挙げ句の果てには単品量販しかやらない企業もあれば、メニュー提案しかやらない企業まで出てくるようになる。

  私からすればそんなのはどちらも大切に決まっているのだが。

そして結局は単品量販もメニュー提案も行き着くところは店舗の売上と荒利の獲得である。

  最終的にはこの両面を駆使して販売力を高めることができるのである。

それは、単品量販の手法でメニュー提案をしたり、メニュー提案の手法で単品量販をするという販売手法を駆使して結果的にお互いの単品量販を相乗効果で更に高め、異常値と言えるほどの販売力を駆使できるようにしていくことが最終目的となるのである。

  よって店舗内でこの二つの販売手法を如何に効率よく駆使するかが課題となる。

私が常に念頭に置く販売レイアウト。

  入口の青果部門は賑わい感のある企画コーナー。
  入口付近のグロサリーは提案する企画コーナー。
  売場中ほどの青果売場は提案する企画コーナー。
  出口付近のグロサリーは量販する企画コーナー。

そんなイメージであろうか。

  要は、入口は提案、出口は量販。

簡単にいうとそのようなレイアウトで企画コーナーを提案している。

  何故か?。

入口の青果売場は黙っていても「相場」「季節」「旬」が打ち出されるから、今更提案は無駄となる。
逆に入口付近のグロサリー売場は青果の旬、店舗のイベントに合わせた提案の売場にて季節感を演出。
入口と逆側の出口付近ではグロサリー中心に単品量販によってお客様に期待感を持たせた売場を演出。

  そうすることでお客様の回遊性を店舗として高めることが目的となる。

それが、結局はお客様の客単価の増加につながり、結局は売上、荒利への貢献度を高めるのである。

  それが個人の販売技術の育成が年々の売上拡大を図ることになるのである。




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2020年8月 6日 (木)

小さなチャンスの積み重ね

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


昨日は「今を100とする」を記した。

  あるべき予算に縛られずに今現実を100とする。

そこから如何に地道に数値を伸ばしていくか。

  そのことが現場のモチベーションを維持し継続していけるのである。

そして今日は「小さなチャンスの積み重ね」。

  昨日の結びに「チャンスは巡ってくるもの」と記した。

業績改善店舗におけるチャンスの到来とは?。

  これを数年に一度のような大チャンスのことではない。

日毎に、週毎に訪れるチャンスロスというチャンスである。

  特売時に欠品した特売品。
  夕方以降に欠品した弁当。
  丑の日に欠品した鰻蒲焼。
  梅雨明け時に欠品した麺。
  開店時に欠品した刺身類。

等々、毎日の売場においての品切れのことである。

  特に大きなイベントになればなるほどチャンスロスを対策していきたい。

丑の日やお盆商戦、そして秋彼岸と今後様々なイベントが繰り返されて巡ってくるが、それらは全て新規出店の店舗においてはチャンスである。

  それは何も新店だけではなく既存店でも同様ではあるが。

それでも新店では初めての出来事でありその地域のお客様にとってもそのお店では初めての経験。

  この経験時に競合店以上の売場で臨むこと。

そしてこの積み重ねがとりも直さず全てチャンスに値する。

  これを地道に1年間繰り返していくことが一番の近道となる。

何も特別なことではない。

  強いて言えば「基本の徹底」であろうか。

新店ほど、この企業が提唱している「基本」を根付かせることが最優先となろう。
それは、新店ほどその企業の基本の部分が弱いからである。
そして新店ほど、基本という部分を根付かせるなければならない時でもある。

  そしてそれが競合店との差別化への布石となっていくのである。

不動の基本の徹底を構築してこその翌年からの差別化対策。
このステップを踏むためには、初年度に基本を根付かせ、それを初年度の最大の競合対策として根付かせることができるかどうか。

  その基本が翌年以降の土台となれるかどうか。

その積み重ねが翌年に新たな次元へのステップを踏むための重要なポイントとなる。

  “なんだそんなわかり切ったことしか言えねえのか!”

そう思われる方は多いと思う。

  しかし・・・ 。

基本を笑うものは基本に泣く。

  それだけ基本とは小さなチャンスを救ってくれるのである。

特に小さなイベントでの確実な売場作りは徹底したいものである。

  その習慣が2年目以降の強みとなっていくのである。








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2020年8月 5日 (水)

今を100とする

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


業績対策。

  特に業績の厳しい店舗に課せられる課題。

如何に今の業績から改善に向かわせるか?。

  それは個店にも本部にも突きつけられる課題でもある。

その個店に対する課題がトップや経営幹部から突きつけられるものであれば、それは本部でも店舗でも対応が必須であろう。

  まずはなぜその業績が課題なのかの問い。

本来その店舗で見込まれる売上や利益が取れていないという課題なのか、予想外に競合店が出店を果たし売上等が急低下したのか、それとも個店の内部である部門だけが特別な理由で業績が急低下しているのか。

  どこの数値が問題なのかという問い。

それによって、課題に対する優先順位が明確になり、改善手法も変わっていくのである。

  一番難しいのは新店の場合であろうか。

新店を開店する場合には、商圏調査によりその場所に新店を出店した場合にどれほどの売り上げを見込めるかを想定して新店を立ち上げる。

  その売り上げを見込んで採算ベースの乗せられるかという見積もりがある。

その見積もりに対して実際に新店をオープンさせてはみたものの、その売り上げベースに乗って行かない場合の業績対策が現場としては一番難しい課題となろう。

  まだ一年も経過していないのだから。

既存店であれば、昨年に対しての今年の売り上げという絶対的なベースがあり、そのベースに対しての今年の売り上げとその比較という評価から判断できるが、一年未満の新店の場合の今の売り上げの評価をどう判断すべきかという課題は悩ましい。

  “見積もり自体に問題があったのでは”

新店において業績対策をする場合は現場ではいつも上記のような疑問から始まるのが普通だ(笑)。

  “この立地であの売り上げ予算はいかねぇ〜よ”

そんな雑音を耳にしながらのスタートとなるのが常であろうか(笑)。
しかし最近の新店(どの企業も同様)は、当初予算を割るケースが増えているという。

  それだけ3密な既存店の中に出店するケースが増えているのであろう。

基礎商圏と競合店。

  新規新店も既存店も上記の二つの要因で売り上げは決まると言っても良い。

そこに自社の店舗規模と実力によって多少のブレはあろうが。
よって、業績対策において現場の人間達がより意欲的に業績改善を行って達成感を味わい、その達成感から更なる改善への意欲と行動に駆り立てるには、現在の業績を100としてそこから如何に100を105更に110へと一つ一つ改善していくことが重要であろう。

  チェーンストアとしての新店の現実。

それは既存店とそう大きな違いは無いと思われる。

  違いがあるとすれば既存店ほど認知度が高くないということだろうか。

認知度が低いということは、本来その企業が有するお客様に有効なサービスが他の競合店と比較しても商圏内のお客様に知られていないということであるから、競合店が多ければ多いほどその認知スピードも遅くなるということである。

  タダでさえ認知スピードが遅いエリアで如何に早急に認知して頂くか。

そこが最優先の業績対策である。
そして同時に、部門別に来店されたお客様に対して如何に購入単価を上げていくか。

  あくまでも今を100として如何に今の100を伸ばしていくか。

そこに数値的な見える化を図り、実施した対策の効果を測定しモチベーションを高めていくことを優先に実施していくことであろう。

  あるべき売上予算をあくまでも目標にすることではないのである

そうこうするうちに、チャンスは必ず巡ってくるものである。

  チャンス?。

そう、チャンスである。

  それは後日、記することにしたい。









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2020年8月 4日 (火)

他者からの学び方

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


昨日のブログは「背中を押してやる」を記した。

  そんな気概のある組織は強い。

しかしそこにはお互いの信頼関係が必須であり、結局は人間同士の継がなりや組織内の結束が不可欠であり、一致団結して目標に向かっていくリーダーシップがそこには必ず存在するのである。

  そして今日は「他者から学ぶ」ということ。

人間はいろいろな場面でいろいろな事を学びながら成長していくものだ。

  その中で一番影響を受けるのは他者から学ぶこと。

一番身近な親や兄弟から一番多く学ぶということは否定出来ない事実。
何せ、人生において一番多く触れ合う存在である親族、特に親からは一番多くのことを学ぶものである。

  親の背中から学ぶことは多い。

よって人間は子を持つと変わると言われるが、まさにその通りであり、そこに人間の師としての自覚がそうさせるのであろう。
そして学校の先生や同級生、高校以上になると同じ運動部等の先輩から学ぶことも多いだろう。

  そして社会人になると上司や先輩の存在がその人間を大きくさせる。

特に印象に残る上司や先輩の存在は、その姿や行動、そして癖までも同じ口調になることも多い(笑)。

  多くの人は、ある一人の尊敬する人間をそっくり全て吸収しようとする。

その尊敬する人間をそっくりコピーをして真似ようとする。
それはそれで初期の頃はいいかもしれないが、やはりどこまでいってもその人間には成りきれないものである。

  それとは別に人間にも様々な特性がある。

いろいろなタイプがいて、いろいろな生き方をしている。

  要は個々人ごとに価値観が異なりその価値観で生きているのである。

そしてその価値観で良し悪しを判断し、その価値観で行動し結果を出そうとするのである。

  その個々人ごとに異なる価値観を素直に吸収することが重要ではないのか。

逆に言うと、それぞれの人間にはそれぞれに良し悪しがあり、その良い部分や尊敬する部分だけを自ら吸収して取り入れ、自らの学びとしていく手法の方がより自分の進化に繋がっていくのではないかと思う。

  そうすることで自分の色が鮮明に打ち出されていくのである。

自分を磨く。

  よく言われる言葉である。

それはいろいろな人間と出会い、その都度その個人の尊敬できる部分を見出し自らの生き方や手法に取り入れていく。

  その結果として自分という人間が自分の理想とする姿に近づいていく。

更には他者との関係においても、否定的に相手を観るのではなく肯定的に相手と接するようになれるのではないだろうか。

  他者との信頼関係とはこのような繋がりから生まれていくのである。

そして今後とも他者との関係づくりにおいて、相手から学ぶ姿勢が崩れることはなく、出会いを大切にする姿勢が構築されていくのではないだろうか。

  やはり出会いは大切にしなくてはならないものだと思う。





  

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2020年8月 3日 (月)

背中を押してやる

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


人は誰かから背中を押される。

  そして誰かの背中を押している。

要は、人間同士が影響を受け、そして影響を与えているのである。

確かに、一人で考え一人で意思決定をして、一人で行動する人もいるだろう。

  独立自営の人間であればその確率は高いかもしれない。

それでも、リアルに他者から影響を受ける場面もあれば、本やネット上でのやり取り等で影響を受けている場合も考えられる。

  先日のブログで「自責と他責」を記した。

自己責任で明日へ向かってチャレンジしていく気概のある組織なのか、自己責任を負わされるのが嫌で自ら行動を起こさない気風の組織なのかで、組織力が進化するのか退化するのかという内容であった。

しかし、チャレンジ精神のある組織内の構成員が全て自己責任を持ってチャレンジし行動するかという当初からそんな人間たちばかりではないであろう。

  中にはどうしても躊躇してしまう時がある。

そんな時に、気概のある組織には必ず自分の背中を押してくれる存在がいるものである。

  自分の背中を押してくれる人間。

時には上司、時には同僚、時にはパートさん、そして時には企業のトップが自分の背中を力強く押してくれるのだ。
そして、悩んだ結果なかなか決められずにいたその事項が、その人が背中を押してくれた結果、実行に踏み切れるということがよくあるものだ。

  自分の背中を押してくれる人間。

そんな人間が上司として存在してくれるならば、それは非常に有難いことである。
上司が背中を押してくれるということは、その件に関しては承認しているということである。

  堂々と行動に移せるのである。

上記のように、堂々と行動できるのか、こそこそと隠れるように行動するのとではその結果に歴然とした差が生まれるであろう。

  当然、堂々と組織内で行動した方が結果検証もスピーディである。

よって、その検証から今後どうすべきかの判断も早いということだ。

  結果から、全体に波及させるのか、今しばらく検証を続けるのか。

そして全体に波及するにしても、トップの後押しがあれば更に全社への波及も一気に進められるのである。
このように、組織とは背中を押す人間の存在によってスピードが異なり、その結果としての変化対応力が全く異なってくるのである。

  かと言って全てが全て誰の背中も押すということではない。

新たな挑戦に対しての承認をするということであるから、そこには何がしらの根拠が伴うものである。

  そしてその最大の根拠とは「信頼」である。

ある程度の数値的な根拠は当然にあるだろうが、最終的にはそれを承認し、実行に移すにはリスクも伴うもの。
そのリスクを押してでも背中を押すのであるから、そこには相手との信頼関係が絶対に必要となる。

  「アイツが言うのであれば」
  「あの人の言葉であれば」

相手への信頼という絆が担保となり、承認をし、そしてその人間の背中を押すという行動や態度となる。

  やはり最後はそこへ行き着くのであろう。







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2020年8月 2日 (日)

アンサング・シンデレラから

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


今日は日曜日。

  芸能ネタの日(笑)。

以前にも紹介したドラマ。

  「アンサング・シンデレラ」。

https://www.google.com/url?sa=t&rct=j&q=&esrc=s&source=web&cd=&cad=rja&uact=8&ved=2ahUKEwi-tNS51vPqAhUZyYsBHUMyAbAQFjAAegQIARAC&url=https%3A%2F%2Fwww.fujitv.co.jp%2Funsung%2F&usg=AOvVaw0kYeDlW62ckpQUOR1P2vDr

  第三話まで終了した。

以前朝のワイドショーで、主演の石原さとみが出演し、その日から始まる「アンサング・シンデレラ」についてこう言っていた。

  「本当にいいドラマができました」

まぁ、番宣の目的に出演したのだから、そういうのも当然だろうとは思っていたが、第一話、第二話を見て本当にいいドラマであるという率直な感想である。

ドラマの内容は、以前に予想した通り石原さとみが医師ではなく薬剤師として、どちらかというと医師の影に隠れて表面上は目立たない存在であり、自らの薬剤師という立場が医師と患者の狭間でどこまでを薬剤師の領域として行動できるのかを模索しながらも、そこに薬剤師という使命を見出していくという設定のようだ。

  医師と患者と薬剤師。

改めてこの関係がよく理解できる設定となっている。
そしてここに別ドラマである、「私の家政夫 ナギサさん」の主演の多部未華子の演じる「製薬会社のMR」とセットでこの業界を見れば、更に医療機関の世界が見えてくるのではないだろうか。

  そんな医療現場を描いた今回の「アンサング・シンデレラ」。

このドラマで新たな石原さとみ像が見られたのは嬉しい限りだ。
従来は、「高嶺の花」や「極楽レストラン」等、かなりセレブな役回りで上から目線の役を演じていたが、今回は現場の最前線で働く薬剤師。

  相当は激務の設定である。

実際の薬剤師がどうなのかというとよくわからないが、薬剤師にもいろいろな現場があるようで、ドラマでは病院薬剤師という設定である。

  大病院ともなると患者数に合わせて薬の調合も相当なものだろう。

その現場で時間との戦いと合わせて、医師と患者の挟間で働く薬剤師という設定。
その現場では調薬も時間との戦いのようで、相当忙しい、時間との戦いの様相である。

  そんな設定での石原さとみの行動。

特に、病院内を歩く身のこなしが印象的だ。

単に早く歩くのであれば、「バッサバッサ」と歩くというような表現になるのであろうが、彼女の場合は「スタスタ」「ひらりひらり」と患者や医療関係者が歩く病院内を、ひらりひらりとその間を縫うように歩く様がドラマでのよく出てくる。

  “流石の身のこなしだなぁ〜”

そう感心してしまうほどだ。

  “俺も店内をあのように歩いているのかぁ〜(笑)”

目的を持って業務で歩いていると、どうしても早足になってしまう。

  結果的にお客様の間を縫うように歩いている。

そのことを思い出させるような、石原さとみの病院内での早歩き。

  この部分だけでも見ていて気持ちの良い場面である。

そして、必ずどこかの場面で涙を誘う終盤の結末。

  石原さとみの新たな境地を感じるドラマである。






  

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2020年8月 1日 (土)

自責と他責

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


今日から8月。

  前半戦のヤマ場となる月。

言わば、前半のお客様の評価であり通信簿を頂く月となるのが8月という時なのである。

  昨日は「読めない時代のリスク責任者」を記した。

コロナショックの感染者がいまだに収束するどころか、逆に第二波然とした様相。
今年のゴールデンウィーク同様に「外出自粛要請」としての「ステイホーム」となりかねない状況。

  そんな状況の中、お盆商戦を迎えるのである。

そんな時ほど、リスクを負ってでも明確な方向性を示す役割が必要となる。
そんな記事を書いた。

  そして今日は「自責」と「他責」。

「自責」とは自己責任。
「他責」とは他者責任。

  まさに今は個店の店長が自責を負って方向性を示すべき時。

そしてそのような役割を担う存在が今は必要であり、その存在が個々人を正しい方向へ向かわせ、組織を引導できるのである。

  逆に他責の組織では絶対に誰もリスクを負う行動を取らない。

よって、このような混迷の時に組織を引導する役割を担う人間が現れないのである。

  そのような組織風土が出来上がっているのである。

そのような組織は変化に洗われながら徐々に衰退していくであろう。

  それが組織の生態である。

組織には求心力と遠心力がある。

  求心力は内部に集中する力。
  遠心力は外部に飛び出す力。

強固な求心力により、組織は一個にまとまろうとするし、同じ価値基準に従って一体化していことする。
そうやって組織は固さを維持し、何があっても崩れない強固さを増していくのである。

しかしそれと同時に柔軟さを失っていくというデメリットも併せ持っていくことになる。

  そこに遠心力が有効な役割を果たすのである。

遠心力とは、自責を持った個々人がチャレンジ精神を発揮して組織に新たな価値基準を創造していく力である。

  自責という覚悟が人間を強くする。

他責で行動する場合は、人間はその行動に覚悟が伴わないから思想と行動に軸が無い。

  軸が無いから行動がその都度ブレるのである。

行動がぶれるから、課題に対しての突破力が無いのである。

  他責に依る行動とは突破力に欠けるのである。

自責と他責の違いは、その突破力にある。

  その突破力の積み重ねが組織力なのである。

そしてその突破力が組織の器を大きくし、許容力を高め、多様な価値を取り入れ、変化に対応できる組織体となっていくのであろう。

  よって求心力にも遠心力にも自責という覚悟が重要なのである。

自責を以って行動する。

  今こそリーダーに必要な覚悟ではないだろうか。







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