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2020年3月

2020年3月31日 (火)

特需の月

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


2020年の3月が終わろうとしている。

  2月中旬頃から始まった内食化の特需。

そしてそれは3月月間において更に加速されて内食化が進んだ。

  新型コロナウィルスの拡大に伴う各家庭の内食化。

そして東京都知事の記者会見による「ロックダウン」の表現によって内食化の進行は決定的となった。

  内食化が刻一刻と進行していった3月。

その3月が終わろうとしている。
よって、その余波をモロに受けた3月は後半になればなるほどお客様の需要が高まっていった月である。

  それは感染者の加速度的な増加と比例している。

まさに有事の状況になっていく過程での動向。
昨日も記したが、この業界の特性としての有事の際の世の中の動向がこの3月に集約されていたと言ってもいいだろう。

  これもまた私にとっては初めての経験。

3・11の大震災、大雨水害、相場高等、世の環境の激変による小売りの場面は常に変化しているものであるが、今回のようにウィルス禍による環境の変化は初めての経験である。

そして上記の環境の激変によって一番影響を受ける仕事も食品小売という商売なのかもしれない。

  その都度その都度この業界の存在の意義を改めて考えさせられるのである。

そして、ウィルスの感染は加速度的に増加している。

  都知事の自粛要請は4月の12日までということである。

この期間とは、大勢の人が新生活の為のスタート時期でもある。

  新入学、新入社、転勤赴任等々。

そして引っ越しがあり、整理があり、そして食事がある。
本来であれば外食等で済ませたいところであろうが、この状況。

  よって内食もしくはお弁当。

食品スーパー等でのお弁当やおかずといった商材の動きが爆発するであろうことは容易に予想出来る。

  4月、新生活。

そして桜は地域によっては散り、そして満開へと北上していく。
しかし今年はそんな桜を愛でる優雅な映像は見えてこない。

  逆に桜を愛でることが悪のような映像。

しかし、ここがまさに価値観の変化であり、ここが堪えどきなのであろう。

  そんな4月が明日からスタートしていく。

入社式も各企業とも明日は実施されるのであろうか。

  そして別の意味で緊張感のある新生活の始まりとなろう。




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2020年3月30日 (月)

業界の特性

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


この週末。

  欧米の買いだめを連想させる動き。

都知事の記者会見によって都民だけではなくその周辺各県の特に食材への買い物行動が一気に加速した。
スーパーマーケット団体やテレビ放映される店舗スタッフも、食材は十分にあるし入荷の予定通りであるから、慌てずに冷静に買い物行動をして欲しいとのテレビ映像も流れていた。

  しかしテレビ報道は前回のトイレットペーパーの時と何も変わらない。

ガラガラになった売場の棚を写し、テレビを見た人たちを結果的には煽るだけの報道。
今回のコロナショックから考えさせられるのは、マスメディアとして事実の報道はその自由を約束されているとはいえ、不安を煽るという逆効果も十分にあり得るということである。

しかしお客様の買い占めや買いだめもわからないではない。

  続々と休業を宣言する外食や商業施設。

これでは自宅で過ごさざるを得ず、必然的に数日間の3食の食材が人数分必要になる。
やはり冷蔵庫を満タンにしておく必要はあろう。

そしてつくづく思うのは、この業界(食品スーパー)の特性。

  食べることは生きること。

その根幹を握る使命が我々業界には課せられているということである。

  だからこのような状況下ほど逃げられない。

それが普段からお店を利用してくださるお客様への最大の使命であろう。
値段でもない、サービスでもない、とにかくあるべき商品がしっかりと棚にあるという基本の原則。

  そしてその基本の原則にお客様の期待値が集中する。

そして以前にも記したが、このような有事の時ほどこの業界は競争の世界から解放され、存在価値を高めていく。

  有事の時。

それはこのような外出したくてもできない状況に陥った時。

  更には地震、水害等の天災の時。

このような状況になればなるほど、お客様は生きるために食材を我々業界から購入する頻度が高まる。
それは、有事が深刻になればなるほどその頻度は異常なほどに高まっていくのである。

  平時には考えられないような異常な買い周り。

それは人間の本能である「生きる」ための行為でもある。

  有事になればなるほどお客様は本能に基づいて行動する。

それが食材の購入である。
それも安価かどうかは問題ではない。

  問題なのはあるかないか。

確実に品揃えしているお店ほど期待値が高まりお客様集中する。

  逆に平時の平和な時ほどこの業界は競争の世界に巻き込まれる。

平時においては、人々も安心して食材の購入が出来る環境になり、食材の買いだめ心理のない時代になると、豊富に存在する我々食品小売業は一気に競争の時代に変貌し、お客様の獲得競争が競合店との間で急速に発展していくことになる。

  更にお客様もその豊富な食品小売業を冷静に選択できる環境になる。

とにかく近くで食料品があるという店舗の選択基準から、より自分の生活スタイルにあった商品や価格面でも日々のチラシからどのお店を選択しようか、更には清潔感のあるお店、接客面の良いお店から自分のお気に入りのお店が近隣の豊富にある店舗から選択できるのである。

更に内食だけでなく、外食や外出により家で食事を作るという選択肢以外にもより自分のその日のスタイルにあった食事の摂り方も選択できるのである。

  そんな環境においては我々の業界は熾烈な競争に晒されるのである。

経営的には上記の有事に方が安定し、利益も高まるであろう。

  しかし私は安定した競争の下で仕事をしたいものだ。

それはそういった環境下の方が今までの経験を生かせるからであろうか、なぜかそちらの環境の方が安心して仕事に取り組めるのであある。

  有事と安定。

現在は有事。

  しかしいずれまた安定期が訪れ、競争が激化していってほしいものである。






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2020年3月29日 (日)

46最強の兄弟

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


今日は日曜日。

  芸能ネタの日(笑)。

乃木坂46  白石麻衣。

  3月25日発売のシングルの活動を以って卒業。

そしてそのシングルが発売された。

  https://www.google.com/url?sa=t&rct=j&q=&esrc=s&source=web&cd=1&cad=rja&uact=8&ved=2ahUKEwidlb2ltL3oAhVHUd4KHS0qCy8Q3ywwAHoECBEQBA&url=https%3A%2F%2Fwww.youtube.com%2Fwatch%3Fv%3DaXrU5zpy9Pc&usg=AOvVaw1tnEmPiuiVvRLu6Wl6b7s_

  曲名は「しあわせの保護色」。

白石麻衣の卒業にふさわしい、ゆったりとしながらも乃木坂46の全員が白石を慕っていた面影のある曲とミュージックビデオであろう。

  乃木坂46の絶対的エース。

それが白石麻衣である。

  最近では欅坂の平手友梨奈、SKEの松井珠理奈が相次いで卒業を発表。

しかし彼女らの卒業の重みとは比べ物にならないほどの白石麻衣の乃木坂の卒業。

  今や乃木坂46はアイドルグループの中にあって最強であろう。

その最強のアイドルグループの中の最強のエースが白石麻衣である。
そして、その白石の為の卒業ソングが上記の「しあわせの保護色」である。

  絶対的エースを乃木坂全員で気持ちよく送り出す為の卒業ソング。

よって、今回の選抜メンバーは一期生中心の選抜メンバーとなった。

  特に中田花奈・樋口日奈・和田まあやといったアンダーメンバーも仲間入り。

やはり白石麻衣と共に乃木坂46を立ち上げ、苦楽を共にしてきたメンバーを敢えてこの曲の選抜メンバーに加え、誰よりも白石を知るメンバー達と共に白石麻衣を送り出すという運営の意図であろうか。

  そしてその白石麻衣と最強コンビを組んでいたのが橋本奈々未。

橋本奈々未は2017年2月20日の自身の誕生日の卒業コンサートを以って乃木坂を卒業する。

そして、白石麻衣と橋本奈々未の関係を表したYouTubeが存在した。

  https://www.youtube.com/watch?v=G2ZjVsTwi5Q

橋本奈々未の卒業コンサートに、送る言葉を送ったのが白石麻衣。

  上記の画像を見ているだけでも二人の関係が理解できる。

乃木坂史上最強の兄弟であろうか。

  その橋本奈々未は芸能界をキッパリと引退している。

そんな橋本奈々未という存在だからこそ、唯一乃木坂46の中にあって白石麻衣と対等の間柄を築けたのであろう。

  そしてその白石麻衣も卒業。

乃木坂46からも徐々に伝説のメンバーが消えていくのは寂しい限りである。










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2020年3月28日 (土)

改革とはコンセプトを変えること

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


改革。

  よく使われる言葉である。

逆に使われ過ぎて本来の意味が薄まってきているようにも思える。

  改善と改革の違い。

改善とはトヨタ自動車が「カイゼン」と称して、現場げ起こる問題を現場が修繕していくことによって、日々の中での効率化と安全な状態を維持継続していく為の行為である。

  よって現状を肯定し維持発展する為の行為となる。

しかし改革となると、現状を否定するところから始まるのである。

  例えば大型立地の地方百貨店。

駅前で多くの人が立ち寄る時代背景から賑わいを呈していたが、クルマ社会の到来により住宅地もより遠方になってくると、駅前立地の意味合いが変わってくる。

  そうなってくるとこの百貨店の存在意義が問われることになる。

そこには改革という言葉を使用して、現状の品揃えやサービス、売場のレイアウト等を見直し、この百貨店の今後の存在価値を見出して新たな企業理念を確立して再生していくことになる。

  これが改革ということではないだろうか。

よって改革とは企業のコンセプトの変更を伴うということである。
それでは、コンセプトとはなんなのだろうか。

  企業にはまず「理念」が存在する。

理念とは、企業の存在価値を表す言葉であろう。

  何のために自社は社会に存在するのか。

その貢献する領域を表したのが企業理念。

  その理念を具体化するための枠組みがコンセプト。

但し、その枠組みは社会という人間組織の進化や変遷に伴って、その企業の社会貢献する領域とのズレが発生してくることになる。
そのズレを修正するために必須なのが、コンセプトを変更するという改革なのだろうと思う。

しかしコンセプトの変更においても細部の具体化においては、変えなくてはいけない部分と変えなくては社会貢献できない部分が生まれてくるものである。

  問題は変えなくては社会貢献できない部分。

その部分をコンセプトの変更によって枠組みを変え、具体的な実践方法をより社会貢献にマッチングした手法に改革して社会に提供していく。

改革とはコンセプトを変更して組織内の考え方を変えることから始まるのである。

  よってコンセプトを変えなければ改革には至らない。

その覚悟がなければ、改革という言葉を出してはいけないのだろうと思う。

  改革という言葉だけで組織内の行動が変わるのかといえばそれは否だ。

それは従来から実行していた末端の行動パターンが存在するからである。
その行動パターンを破壊してでも、違う行動パターンを定着させていく。

  そんな覚悟を持って改革を実践していきたいものである。








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2020年3月27日 (金)

問題児

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


問題児。

  何もてっちゃん会のメンバーのことではない(笑)。

てっちゃん会のメンバーが問題児の集まりであることは今更言うことでもないからである。

  それでも今回は問題児がテーマ。

先日(それでもだいぶ前の)のNHKの仕事の流儀。

  楽天の三木谷社長を取り上げていた。

この番組で知ったのだが、楽天という組織の公用語は8年前から英語を使用していると言う。
よって、会議での場やプレゼンの場では全てが英語でのコミュニケーションとなる。

  普段の業務の打ち合わせが全て英語。

とても今現在の自分の立場では理解しがたい現実が楽天という職場では繰り広げられているのである。
理由は、7千人の社員のうち外国人が2割を占めているということからだという。

  日本語でも言葉が通じないと感じる今日この頃(笑)。

それがあちらの言葉でコミュニケーションすることなどこの業界では到底及びも付かないことではないだろうか。
しかしそれだけ従業員自体がグローバル化し、複雑な日本語で会話しても誤解を生じる恐れがあることをいち早く察した三木谷社長の英断であると言えるだろうか。

  そこからして世界観が問題児(笑)なのかもしれない。

あなじ物事を見ても、全く異なる視点でその状況を捉える発想。

  このことが周囲からすると問題児として捉えられるのであろう。

番組では、三木谷社長の日々の時間との戦いから撮影がスタートした。
今では数多くの事業を手がける楽天。

  その数70あまり。

そのほとんどに自らの判断で決定権を持つ存在。
よって、毎日15件のミーティングをはしごするという。

  歯磨きの時間もぴったり24秒(笑)。

それだけ、日々が時間との戦いの連続。
彼は言う。

  日々新しいものを創造していくポイントはスピード。

またおもしろいと思ったのは「バッド・ニュース・ミーティング」なるもの。

  悪いニュースの報告会。

我々業界では有り得ない報告会であろうか。

  成功事例の報告会ならザラにある。

しかし、悪いニュース(失敗事例)の報告会は初めて聞いた。
思えば、人間は失敗から多くを学ぶ生き物でもある。

  組織内で失敗事例を共有することの効果は計り知れないだろう。

一番の効果は、失敗を恐れない組織になっていくことであろうか。
自分の失敗を堂々と社長以下の場で報告できると言う優越感。

  但し、それがどこまでの失敗なのか。
  そして、その後の未来が開けているのか。

そこがなければ単なる失敗に過ぎないが、失敗とは成功への布石でもあるから、その布石として何が見えてきたのか。

  失敗から見えてきた未来。

そこがこのミーティングの最大のポイントであろう。
この報道だけでも周囲の企業との違いが突出しているのではないだろうか。

  まさに問題児たる所以であろうか。









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2020年3月26日 (木)

個人差

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


ブログ記事。

  当初は自己満足で書き始めたのが始まり。

よって、誰もこんな自己満足のブログなど見てくれる人もいなかった。

  が、何人かの同業の方が少しずつ読んでくれるようになってきた。

そしてそれぞれの記事に対するコメントも入るようになってきたのである。
そこから、毎日の記事とその返信に対する楽しさ、面白さも加わり、毎日更新が定着してきたと言える。

  やはり書いた記事に対してのコメントが入るのは嬉しいものだ。

関心を持ってもらっている。
興味を抱いてもらっている。
共感していただいている。

  書いた記事に対しての上記のような感慨。

それが連動して、いつしか自分の自己満足をぶつける場としてのブログではなく、徐々に記事のテーマが「共感」に変わっていったようにも思える。

  いかに読んだ人が共感してくれるか。

よって、記事の内容も誰もが経験しているような内容をセレクトしてきたように思える。

  と同時に記事に応じて入るコメント数も違ってくることに気づいた。

“あれっ、この記事に食いついてきたか⁉️”
“この記事自信があったんだけどなぁ〜⁉️”

  意外に自分が思う記事への反応が違ったりもする。

それがまた新鮮なのであるが。

  更には自分の見る視点と異なるコメントも新鮮である。

自分としては、今回の記事のテーマの視点があったのものの、別の視点でコメントが入ったりすると改めて思うのである。

  “そっちの視点で共感したか”

それ一つ取ってみても、人の視点、人の捉え方、そして人の感性は異なるのだという事を知るのである。

  それでは何故人の感性が異なるのであろうか?。

それは、それぞれの人がそれぞれに異なる環境で仕事や暮らしをしているからであろう。

  店長の人、チーフの人、運営部の人、更にはトップや他業界。

それぞれに違う環境で同じを記事を読んでも、その捉え方や視点、そして感情は大きく又は微妙に異なるし、そこから導き出されるリアルなコメントも人それぞれに視点の違いを表すのであろう。

  そして、それによってその記事を更に深く掘り下げてくれるのである。

“コメントがおもしろい”

  そんな話もよく聞かれる。

それだけいろいろな方のコメントによって、更に深掘りされていくのではないだろうか。
最近ではただのバイトさんのコメントなど記事の何倍もの奥深さを感じさせるものである。

そして、そんな方々がリアルに会合するから更に会話が深まっていく。
そしてそれが立場を超え、職位を超え、業界を超えて共感し合える結びつきになっているのであろうか。







  

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2020年3月25日 (水)

桜の開花

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


早くも桜の開花である。

  昨年と比較しても約一週間以上早いのではないか。

本来であれば、もっと話題になって良いはずの春の訪れ。

  昨年末からの暖冬。

よって、桜の開花は今年は更に例年よりも早くなるだろうことは予想はしていた。

  しかし同時に発生したコロナショック。

桜の開花以上の衝撃的な話題が連日世間を席巻している。
本来であれば昨年以上に賑わうべきであろうお花見の会場やその周辺の飲食店も、全ての自粛ムードの中でゆっくりと宴会形式にての桜を愛でるという行為は激減の様相となっている。

  とは言っても外出したくなるこの時期の陽気。

流石に春彼岸からの3連休の最終日の日曜日は、外出された方が多かったようである。

  今回の3連休は従来とは食品スーパーでの様相も変化していた。

従来であれば、3連休ともなると外出される方が多い休日となる。
ましてや陽気も温暖になり、家族揃って外の空気を吸いたくもなる時期。

  そして今年は桜の開花も重なるタイミングとなった。

これが例年であれば、この3連休は食品スーパーは逆に閑散たる状況であったはずである。

  しかし今年はそのタイミングでの自粛ムード。

彼岸前日からの準備用品や食材を求めるお客様の買い周りで賑わった。
それが金土と続いたのである。

  通年であればこのタイミングが閑散となるものだ。

そして、通年であれば最終日の日曜日にようやく外出から帰宅されたお客様の自宅での夕食の為の食材購入のタイミングになる為、日曜日の午後からの買い周りに集中するはずの日曜日の動向。

しかし逆に今年は十分に自宅に食材を有する家庭が多く、日曜日の午後からの買い周りは従来とは比較にならないほどの穏やかぶり。

  例年とは異なる買い物同行であるとは予想はしていた。

しかし、前週の週末と比べてもこの3連休の動向はまた別の流れとなった。
この流れは、今後の4月後半からのゴールデンウィークへの布石となるであろうか。

  そんな状況ではあるがやはり外の空気を求めたくなるのが人間。

それが健全な人間の姿なのでもある。

  そして自宅の庭の桃の花。

こちらも毎年桜の開花とほぼ同時に開花する。

  やはり花を人を和ませる。

ゆっくりと一輪一輪の花を眺めていると心も和んでくるものだ。

  そして一気に初夏の様相である。

“最近春が短くなったぁ〜”

  まさに冬から夏へ。

そんな昨今の陽気。

  そんな短い春を楽しみたいものである。




  

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2020年3月24日 (火)

Skypeを試す

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


コロナによる移動制限。

  先週の週末には大阪〜兵庫館での要請があった。

政府からの外出を控える要請。
市町村からの移動制限の要請。

  そんな状況だから人との会合も皆無の状態。

よって、てっちゃん会等の仲間との交流も大きなものは取り敢えず延期の状態。

  そこで以前からリモート飲み会なるものを模索してきたのである。

そのリモート飲み会のリーダー格のhataboからSkypeでのやり取りの打診があった。

  Skype?。

名前を聞いたことがあるが、馴染みは無い。
てっちゃん会は当初より「リアル」を求める方々の会合であるから、リモートワークなども全く人ごとのこととして捉えていた。

  ましてやリモート飲み会などもっての他と捉えている方がほとんどであろう。

よって誰もがそのようなツールの存在など知る由もない。
そこで誰もが無知状態であるが故に、そのお鉢がhataboに回ってきたと言えようか(笑)。

  そこでhataboからのSkypeの提案。

早速自分でもSkypeをインストールしてみた。

  Microsoftのアカウントが必要なのを知った。

よって、Microsoftのアカウントを持っていないと、新規登録しなければならないので多少面倒ではあるかもしれない。
しかしこれを登録してSkypeをインストールしてみると、これが全くわからない。

  初めてのソフトであるから試行錯誤は覚悟の上。

しかしSkypeとは相手が必要であるし、その相手とリアルに同じ時間を共有する為、自分の都合だけではSkypeでのやり取りは出来ない。

  あくまでも相手と同じ時間を共有するという意識が必要である。

例えばブログであれば、この場の共有としては当方も自分の自由な時間に自由な事を書き込むだけ。
それがリアルにアップされるのか、当方のようにある決められた時間毎にアップを設定するのかも自由である。
そしてそれを読まれる方もそれぞれが自分の都合に合わせて読まれるし、途中で読むのを止めるのも本人の自由である。

例えばチャットなどもやりとりもできるが、それでも自分の自由な時間毎にお互いのやり取りが出来るわけであるから、返信が遅れることもままあるし、どこかのタイミングでそのチャットが終了することにもなる。

  しかしSkypeは自分と相手との時間の共有が必須。

よって事前にお互いに自分の都合の良い時間を打ち合わせをしてから、その時間に自分がインストールしているSkypeのパソコンかスマホに向かって相手が映し出される画面を見ながら会話をすることになる。

まだ相手と私と言う二人の会話を経験しているに過ぎないが、これが3人以上の会話となるとどのような画面でどのような音声での会話となるのかが未知の世界ではある。

  果たしてそのような環境でリモート飲み会が出来るのだろうか(笑)。

飲み会といえば、リアルに相手の存在や表情、そしてリアルに返ってくる会話を交わしながら解放された自分と相手の共有の場である。

  そのスタートラインが、まず初めの一杯の「乾杯」の瞬間であろうか。

飲み会の場面での乾杯の一口の美味しさは格別である。
そんなリアルな飲み会の楽しさをどこまでSkypeで共有できるのであろうか。

  やってみないと始まらないであろう。

そしてそれは周囲に自分一人であれば何の違和感も無いが、周囲にリアルに人が存在するのであれば、自分だけがその空気から離れてリモート先の相手とグラスを片手に会話をしながら飲み食いをしていると言う状況。

  これもリアルな現場としてはなんとも言えない違和感であろうか(笑)。

色々な不安はあるが、まずはやってみないと何も見えて来ないであろう。





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2020年3月23日 (月)

どの階段を登るのか

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


仕事での業績改善。

  我々に課せられる当たり前の日常。

その為に我々は日々売場を作り、お客様が来店し商品を購入し、売上から利益を出す。

  その結果としての部門利益の積み重ねからの店舗利益、企業利益、そしてそこから捻出される我々の給与。

よって、最終的には我々は自分が担当する部門や店舗の利益を創出することが最終的な目的となる。
その為に、店舗内の設定された部門スペースを有効活用して売場を作り販売する。

  その為に部門に人材が投入され教育され共に売場作りに携わる。
  そしてその人材が発注をし納品された素材を商品化して陳列する。
  更に清潔な売場を維持し接客を磨いて買い物環境を整えていく。

それら店舗運営に関わる全てのあるべき姿を理想として、我々は日々このあるべき姿を追い求めて日々の業務に携わる。

  あるべき姿は企業毎にマニュアルとして見える化されるものもある。
  企業トップや本部スタッフが店舗巡回時に現場でアドバイスもする。
  店舗内では店長が日々あるべき売場作りの為に各部をチェックする。

そして最終的な利益創出の為に、各部各人が自分が考えるあらゆる手法を講じて日々の売場を積み重ねていくのである。

  しかしそれと同時に商売の環境も日々変化していくのである。

青果物の相場も変われば、日々の天候や気温も変化していく。
競合店の出店もあれば閉店もあり、競合環境も変化していく。
コロナショックのような激震もあれば企業のM&Aも生まれる。

  それらの環境の変化に合わせて販売手法を変えていく。

このように、最終目的を利益の創出ではあるが、その過程には色々な手段が存在するのである。

  要は利益という目的の為にどの階段を登るのかという問いである。

そして現場からよく聞かれる言葉。

  「いろいろな人がいろいろな事を言う。」

それは店舗チェックする人間が自分の登ってきた階段での成功事例からのアドバイスをしている訳であるから、どの言葉も成功へのステップとしては正しいものではある。

しかしそのアドバイスは、そのチェックした瞬間だけの店舗での問題点であり、日々継続して店舗を見ている店長からすると納得のいかない部分が多分にあろう。

  そして現場で実行する最終決定者はやはり店舗のスタッフである。

特に店長は最終決定者であり指示者でもあるわけだから、どの階段を登って目標にたどり着くのかを判断するべき人間であろうか。

  但し店舗運営のベースはあくまでも基本とマニュアルが原則となる。

そこを外してはどんな施策も継続できないし、変化への対応も出来ない。
そして、世の中の変化や商売環境の変化にどう対応し、どの階段を一歩踏み出すのかを現場が判断しその一歩を歩むのである。










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2020年3月22日 (日)

4月のドラマ予告

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


今日は日曜日。

  芸能ネタの日(笑)。

最近は休日でも行楽に出かける日程が少ない(ほとんど無い)為、家でブログを書くかドラマを見る日が増えたせいか、3月終了期のドラマはしっかりと見ることが出来た。

  いよいよ本日は「テセウスの船」も最終回。

さて、真犯人は一体だれなのだろうか?。

  それが本日の一番のミステリーであろうか(笑)。

今期見続けてきた「ケイジとケンジ」は東出騒動により一回早く切り上げられてしまった。
結構面白い筋書きが最近ようやく見えてきたのに残念ではあった。

  そして「恋はつづくとどこまでも」もハッピーエンドで今週終了。

そして本日の「テセウスの船」である。
しかし日曜日に意外に視聴率が高いのは、「ポツンと一軒家」。

  そこに登場する夫婦愛や家族愛は日本人ウケするノンフィクションであろうか。

そしていよいよ4月期の新ドラマがスタートしてくる。

今期はなんと言っても「半沢直樹」であろうか。
テセウスの後番組としてスタートする日曜劇場。

  http://bit.ly/382TVKa

4月のいつからのスタートからは未だ不明であるが、前回の最終回では驚異の42.2%の視聴率を叩き出した化け物的なドラマであった。

  「やられたらやり返す。倍返しだ!」

このセリフと共にスカッとするエンディングは、サラリーマン達の明日への活力となっていたに違いない。
それだけこのドラマの社会的影響力は高かったと思われる。

  今回は銀行から証券会社への左遷という設定からのスタート。

また4月から爽快な堺雅人の勇姿が見られるのであろう。

次に4月14日(火) 22時スタート  TBS系。

  「私の家政夫 ナギサさん」http://bit.ly/2SkAvMp

仕事はバリバリできるが、こと家事に関しては何も出来ないアラサーの多部未華子。

  28歳の誕生日になぜか登場するスーパー家政夫。

それが大森南朋。
そこからはどのような展開になっていくのか楽しみであるが、ラブ・コメディーには間違い無いだろう。

更に4月15日(水) 22時スタート  日本テレビ系

  「ハケンの品格(続編)」http://bit.ly/2velrGW

15年ぶりの続編の登場。
ある意味、派遣という働き方を確立させた番組であると言えるだろう。

  そして令和の時代の働き方。

さてどんな働き方を披露してくれるのか楽しみである。

そして4月9日(木) 22時スタート  フジテレビ系。

  「アンサング・シンデレラ」http://bit.ly/2tthHAL

主演は石原さとみ。

  ご存知ドラマの女王である(笑)。

薬剤師という縁の下の力持ちを扱った医療ドラマ。
番宣を見ていても、従来のような強烈な個性を感じさせるキャラクターではないが、逆に石原さとみの違う内面が見えてくるようでもある。

最後は4月4日(土) 23時30分スタート  NHK総合。

  「いいね! 光源氏くん」http://bit.ly/393CJoA

なんとNHKでの放映である。

  この世に迷い込んだ光源氏と地味女の物語。

そんな癒し系のドラマであろうか。


さて、いよいよ4月。
ドラマも大いに楽しんでいきたいところである。








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2020年3月21日 (土)

本人の納得

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


納得するか否か。

  全てはそこに尽きるのではないだろうか。

色々な決断や判断、その前提になっているのは、本人がその事象に対してどう受け止めているのかという前提。

  それに対して肯定的に受け止めている場合。
  それに対して否定的に受け止めている場合。

それによって、本人の受け止め方は真逆となり、その結果としての自らの判断や決断に対しても、右を取るのか左を取るのかに分かれていくのであろうと思う。

  肯定的に受け止めるのであれば。

その後に起こる事象に対しても、納得性の高い予測であり結果であり、その結果に対しても好意的に受け止め自らを納得させる思考回路が働く。

  しかし否定的に受け止める場合。

その後に起こる事象に対しては、やはり結果としても納得のいかないものとして受け止められ、どこまでも自らの納得性の無い否定的な判断がなされていくのである。

  要は、納得して行動するか否か。

それによって、その後の行動とそれに伴う結果に対しても、前提としての納得という自分の気持ちが付き纏うことになる。

  そして納得して行動することによってその後の積極性も異なってくるのである。

自分のこれからの行動に対して、自分自身が納得して行動しようとするのであれば、実際に行動しその結果を得ることに対しても納得性の高い行動となる為、その結果としての自らの労働に対しても何の後悔もないし、不当感も持たない。

しかし逆に納得のいかない前提での自らの行動であるならば、そこには必ず不当感が付き纏うものである。

  “働かされている”

働かされ感のある日々の労働。

  特に現代ではそこが分かれ道になるのである。

世は働き方改革によって、労働時間の厳守のみが定着し、そこに働く従業員の納得感が置き去りにされてきた感がある。
そして、その結果働く従業員の結果へのコミットメントが薄れてきたのも事実ではないだろうか。

  要は、担当者が結果に対して無知になっているのである。

そして、更に要は担当者がどうすれば売上という結果を出せるのかという普段の訓練が為されていないのが現状となってしまったということだ。

  単に売場を埋めるというだけの単純作業。

そしてそれが完了したら、「お疲れ様」という1日の流れ。
それが毎日の日課になると、結果になど振り向きもしなくなってくる。

  要はパートさんやアルバイトと同様のワーカーに終始しているのが現実。

それを「時間が無い」」という便利が理由をつけて放置しているのが我々の行為なのかもしれない。

  仕事の楽しさとは何か?。

もう一度その楽しさを掘り起こし、そこに注目していかなければこの業界の次の世界は開けてこないのではないだろうか。

  もっと絞り込んだ部分に注目すれば「売る楽しさ」の追求である。

そしてその売る楽しさとは売れた喜びと連動して相乗効果を高めていくのではないかと思っている。

  売る楽しさと売れる喜び(感動)。

売り為にどんな計画を立て、どんな商品をどのように売りのか、そこに喜びを感じることであり、その結果として自分の計画以上に売れた時の感動が重なり、更に次回は更にその感動を得たいが為の計画となっていくのである。

  まさにこれが理想的なPDCAなのである。

そして、そのPDCAを回すことを企業として組織として定着させていくことが、従業員の流出を食い止めることであり、自社や自分の組織力を高めていくことに繋がるのであることを信じて行動したいものである。






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2020年3月20日 (金)

3連休

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


さて、今日から3連休。

  春彼岸と週末の土日の3連休がスタート。

そして今年は温暖な冬の影響により桜の開花も昨年よりも一週間程度昨年よりも早めで推移している。

  外出してお花見等の行楽を楽しみたいところであろう。

しかしこの騒動である。

  さて何割の方が花見に出るのだろうか。

ちょっとしたお花見には出掛けるだろう。
しかし、そこでの宴会や食事はほとんど無いであろうか。

  まだそこまでの安心感は湧いてこないであろう。

そしてこの3連休の動向が、4月後半のゴールデンウィークを予測させる上で大いに参考になるお客様の動向となろう。
ここ数週間で、週末から日曜日のお客様の買い物行動は見えてきた。

  しかし好天の3連休はどうだろうか。

従来であれば3連休の日曜日は普段の日曜日よりも落ちる傾向がある。
特に食品スーパーのような単独店舗となればその傾向は強まる。

  しかし今年は真逆の結果になるのではないだろうか。

それが今日からの金土日で見えてくることになる。

  まして彼岸という絶好の行楽期。

これが通年であれば、本日の春彼岸にお墓参りをし、そのまま行楽に出掛ける行動となろう。

  今年はその行動がどのように変化するのか。

そしてその暮らし方が4月後半のゴールデンウィークへの布石となることは間違い無いだろう。

外出や外泊、そして外食といった行動から、そのコスト分を内食へ向ける傾向となってくるだろうから、家族揃っての御馳走が各家庭の食卓に並ぶことは大いに予測される。

  家族揃ってのご馳走のある食卓。

子供たちも揃うとなれば当然に牛肉がメインとなろうか。
また、大人達が家庭内で揃ってとなれば、刺身類、それも脂の乗ったマグロやブリ、タコ類等も動きを示すであろう。

連日ワイドショーで展開されているコロナショック。

  そして全国民の方は「今が耐えどき」との意識が強い。

その耐えどきでの家庭の食卓。

  そこを支えるのが我々業界の使命。

よってその使命に応えられる店舗として事前にお客様に認知されている必要はあろう。

  小さくても週末にはしっかりとご馳走の並ぶお店。

そんな期待値を如何にこの3連休で確立しておくか。

  そこにこの3連休の意味があるのではないだろうか。







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2020年3月19日 (木)

提出物

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


組織人としての報告義務。

  提出物。

我々小売業の業界でも企業毎にいろいろな提出物があろうか。

  業績対策面。
  人事評価面。
  行為計画面。
  業務日報面。
  清掃状況面。

大なり小なりの報告事項が目白押しの店舗運営という仕事。
そしてそれは部下に対しても都度要求するものである。

  自分でも上部に提出物を提出。
  部下へも自分に提出物を要求。

自分が上司に対して提出物を提出するというのは、自分と上司との関係であるから、自分がどの程度のスピードで提出物を期限通りに提出しているかというのを他の店長との比較では見れない。

  よって自分では期限を守り制度の高い内容で提出している。

そう思っていても、上司からすると、

  「期限は守らない」
  「中身が何もない」

そう映っているかもしれない(笑)。
それは自分が上司として部下へ提出物を課した時に見えてくるのである。

  「期限を守らない部下」
  「中身が何もない部下」

そのギャップを見るにつけ、自分が提出している提出物の期限はどうなのか?、そして一番大切な中身はどうなのか?、を推し量れるのである。

そして見えてくることは、

  いの一番に提出するのは二つのタイプがあるということ。

まずは、しっかりと内容を詰め、中身の濃い提出をするタイプ。
次には、提出することありきで、中身は上っぺらだけのタイプ。

いの一番に提出するということは、普段からその内容について頭を整理しながら仕事をしている人間であり、上司から提出物を要求された時には既に実行段階に入っているかもしくは即座に実行できる準備がされている段階であるから、その内容も論理的に整理され具体性のある内容になっている場合が多い。

逆に、とりあえず出せばいい、というタイプはその内容も雑で、何の具体性もなく、毎月同じ内容であることが多い。

  そしてそれは自分にも当てはまるということだ(笑)。

業績対策面は競合状況を押え、自店の業績を押え、更には部門毎の能力を押さえて、店舗としてどうしてくのかをかなりの具体性を備えて提出したとするが、逆に自分の自己評価においては、毎回同じ課題を同じ評価で提出するといった状況だろうか。

それはまた個人によっては真逆であり、自己評価はしっかり自分を振り返り、その反省から次へのステップとして自分に不足しているところや今後成長していく上で必要な項目を具体的な行動指針として提出するが、業績対策に関しては毎回同じうわべだけの表記がなんの具体性も無い内容で提出するというタイプもいろうか。

  でも概ねは提出物の早い人間は濃い内容のものが多い。

それだけその提出物のサイクルを理解し、そのサイクルに応じた自分の仕事のスタイルが身に付いているということであろうか。

  その部分でも自分を振り返ってみたいものである。






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2020年3月18日 (水)

外食レジェンド

皆さん、こんにちは。
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先日のカンブリア宮殿。

  外食レジェンドの

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2020年3月17日 (火)

即答

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


即答。

  意味は即、答える。

意味は単純で簡潔な内容。

  ビジネスシーンでは非常に重要な課題だと思っている。

しかしこれがなかなか出来ないのが現場だろうか。

上司がある質問が突然降りかかってきたとする。

  それも大勢の会社の関係者の前で。

そんな壮大な場面では即答出来る能力があろうとも、あまりの緊張感に襲われてとてもとても的確に即答などできるものではないかもしれない(笑)。
まぁそれはそうそうあるものではない特別な場面だとしても、普段の上司と部下の会話、同僚同士の会話において、質問する方が即答を求めている場面は多々あろう。

  その時に質問者が求めているのは即答。

それは、コンマ数パーセントの正確な数値の回答を求めているのではなく、極端な話数十パーセント単位の大雑把な回答でも良いから会話のキャッチボールを手早く回転させ、会話のステージをどんどん引き上げていきたいという意図がある時である。

  よって瞬間的な即答が会話の次へのステップに重要な役割を果たす。

しかしその期待に対して、回答する方はどうしてもその問いに対してより正確な回答をしようとして考え込んでしまう場面がある。

  雑把でいいから即答を期待する質問者。
  より正確な回答をしようとする回答者。

そのギャップがコミュニケーションギャップとなって、お互いの会話から次へのステップや更に上のステージに乗っていけない要因であると言えるだろう。

  特に上司との会話においては心がけるべきであろう。

上司はその質問に終始するつもりはないのだが、どうしても部下はより正確に間違いのない回答をしようとし、即答を避け、より正確な回答の為に資料を紐解いたり数値計算をし直したり。

しかし上司が求める回答は即答でありそこから問題解決を図りたいと考え、その質問を一つのきっかけとしヒントとしてそこからまた新たな質問や現場を部下から引き出してお互いのコミュニケーションからの次へのステップを思索していくのである。

  部下の気持ちもわかる。

“上司にいい加減な人間だと思われたくない”

  常に品行方正で正直な人間だと思われたい。

どうしてもそのように思われたいという願いもあるだろう。
更には、正確で正しい回答をしておけば、後々に突かれることも無いだろうという安心感もあろう。

  しかしそれが望まれる場面とそうでない場面がある。

そのTPOは身に付けておきたいものである。
上記は上司と部下との会話に終始したが、それ以外にも上司が部下との会話において、更には同僚同士の会話において、仕事上のやりとりの中での「即答」はある意味大切なことではある。

  自分の見解を即答で答える。

その前提には、その事柄に対しての確固たる自分の意見を持っていなければ即答は出来ないであろう。
それだけ、即答するにはそれ相応の経験とそれに裏付けられた確信と、そしてそのことを会話の中で認識し自分の信念として言い切れる自信がなければ、即答という回答は出来ないものである。

  そして「即答」と「適当」は違う(笑)。

即答で信頼を得る人間と、適当で信頼を失う人間がいることも事実。

  即答がいつも適当な人間は即信頼を失うものである。

それも心しながら即答を心がけるべきであろう。






  




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2020年3月16日 (月)

あるお客様との会話から

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


当店によく来る男性のお客様。

  と言っても多くの男性リピーターがおられる(笑)。

そして大抵は鮮魚売場で会話するお客様が多い。

  なぜか?。

大抵は鮮魚売場で品出しをしているときにお互いに絡み合うからである(笑)。

  ご夫婦で来られる男性客。
  お一人様で来られる男性客。

先日は大抵はお一人で来られるお客様が、滅多に来ない奥様と来られて紹介されたりもした。
食品スーパーには本当にいろいろな男性のお客様が来店される。

  スーパーに来店される男性のお客様。

それは女性にも言えることだが、とりわけ男性客にはいろいろな方がいる。
食品スーパーに来店すると言うことは食材を買い求めに来られるということ。

ということは大抵は自分で調理をする為に自分で食材を購入する目的で来店される方がほとんどだということだろう。

  しかしだからと言って独身とは限らない。

奥様と役割分担しながら買い物は自分でされる方もいる。
先日はそんな男性のお客様と会話をした。

  よく来られる男性のお客様。

そのお子様が今度ご結婚されるという。

  「おめでとうございます。」

そう祝福したら、こう返してきた。

  「いや実は大変なんだよ。」

それはこうだ。
こんな状況(コロナショック)だから、結婚式をどうするか迷っているという。

  子供の結婚式。

多くの関係者に自分の子供の結婚を祝ってもらいたいのが親心であろう。

  しかしそんな気持ちを踏みにじるコロナショック。

相手の親御さんは首都圏には出てきたくないような気配だという。
その気持ちも理解できるのがわかるだけに厄介なのだろう。

  私は言った。

「お気持ちはよく分かりますが、ここは主催者がナタを下ろして延期または中止を決断するのが呼ばれる方にとっても幸いなことなのではないでしょうか。」

披露宴に呼ばれる方にはいろいろな想いを抱いている方がいるだろう。

  もちろんおめでたい席に参加したいと思う方。
  とは言ってもこんな時だから迷いに迷う方。
  感染しては元も子もないから欠席を決めている方。

いろいろな想いを胸に披露宴の返信を迷っているのである。

  主催者が決断して参加者の不安を取り除く。

それには、この時期のこのタイミングを考えると延期または中止が世の中の流れではある。
そして、この流れの中で主催者となってしまったのであるから、そこは参加される方々の安全を最優先に考慮するのが筋でもあろうか。

  そんな話をさせて頂いた。

その男性のお客様は、私の顔をまじまじと見て言った。

  「ありがとう。気持ちの整理がついたよ。」

それも後々の思い出となるだろう。







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2020年3月15日 (日)

苦味

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


今日は日曜日。

  芸能ネタの日(笑)。

しかし、こんな時期である。
とても芸能ネタを探し出せる環境ではない。

  よって先日のテレビ放映されていた「食の起源」を取り上げたい。

食の起源の最終回は「美食」。

  美食とは食を美味しく豊かに摂るということ。

どうせ食べるのなら「美味しく」食べたいのが食事。
美味しく食べるということは、美味しい食材や高級な食材を購入して食するということに直結するのであるが、この番組では食材以前に人間の舌についての掘り下げから取り上げていた。

  人間の舌。

その舌が食材の味であり味覚を感じる部分である。

  そして、美食とは = 舌の引き出しの多さ

そう、自分の下がその食材を美味しいと感じるかどうかで、美食の度合いが決まるのである。
よって、より自分の舌が感じる味を広げていくことが重要なのである。

  その一つに「苦味」がある。

苦味とは本来自分の体に良くない「毒」として自分の舌が感じる味だったらしい。
よって、苦味を感じたら人間は直感的にその食材を吐き出す習性を身に付けていた。
しかし6万年前の氷河期に人間は食を求めて流浪の民となり新天地を求めて旅立った。

  そこで新たな食材にどんどん挑戦していく。

そこから苦味のある食材でも食べられるものもあることを知る。

  いろいろな挑戦の下に苦味を美味しさとして舌が記憶したのである。

そして、あらゆる食材の中の苦味を味分けられる舌を持つ人が、味の微妙な違いを嗅ぎ分けられる人間として成長してきたのである。

  更に、人類を美食モンスターに変えて行ったのが、嗅覚。

長い歴史の中で人間の頭蓋骨が変遷し、目と鼻と口が一つの穴で繋がり、そこで得たのが嗅覚である。

  人間の舌の味覚センサーは100万個。
  人間の鼻の味覚センサーは1000万個。

結果として人間は嗅覚という1000万個の味覚センサーを獲得し、更に美食モンスターと化していったという。

  更に人間は火を使えるようになる。

そこで更に煮たり焼いたりしながら嗅覚を磨いていったのである。

  このように人類は「苦味」と「嗅覚」で美食を獲得してきた。

そして第三の美食能力の要素があるという。

  それが共感の能力。

それによって、人間は他人が美味しそうに食べる姿に共感し自分でも食べてみたいという共感が生まれ、どんどん自分の味覚センサーを拡大していったのである。

  美食モンスターはこのようにして成長していくのである。

人類は、美味しさというものを「共有する」「拡散する」ことを知るのである。

  これは非常に重要な人類の特徴と言えるであろう。

コトによって食べたい、美味しい、という評価が違ってくるのも、このような人類の歴史によるものなのであろう。









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2020年3月14日 (土)

理念のリーダー

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


マスク問題。

  全く入荷が無い状態が続いている。

そして世間では、政治家がマスクをネットで高額な価格で販売したり親しい政治家に優先的に販売したりして叩かれる様子がメディアを通して伝わってきたりもする。

こんな時だから、尚更マスコミや世間の目が厳しくなっているのは間違いない。

  しかしこんな時だからこそしっかりとした理念が重要なのではないか。

平常時は競合店に囲まれ、如何にしてお客様を囲い込むかを考え、競合店との戦いを積極的に仕掛けていくが、こと有事においては相手を出し抜いてというよりも、まずは世の為に自店が如何に貢献できるかを最優先に考えて行動していくことが重要なのだと思う。

よって、入荷したマスクやトイレットペーパーを在庫として小出しにしていくのではなく、入荷次第売場に全品品出しして来店されたお客様に包み隠さず提供することが最優先と考え行動しなければならない。

  それはメディアも同様に社会的使命を果たさなければならないのではないか。

決して視聴者を煽るような報道は慎むべきであろう。
それが結果として煽る報道になったとしても、それは許されることではない。

  小売りの売場だけを報道して国民を煽る報道。

目先の視聴率は獲得できるかもしれないが、それによって不必要な買い占めにつながるような報道が堂々とされるようでは本末転倒ではないか。

  それは今後の報道にも言えることでもある。

そして小売業としてもより多くの国民の方にマスクやトイレットペーパー、更には予想される商材をバック在庫にせずに売場に十分に補充していかなければならない。

  そういう意味では「イオン」がトイレットペーパーを大陳したのは大いに評価したい。

そうやって小売側が正しい情報と行動を起こしていく事が大切なのではないだろうか。

  そしてそれを率先するのが理念のリーダー。

地位でもなく販売技術でもなく、小売の使命を背負って商売をしようとする理念。
そして、その理念があるからこそ、そこに追随しようとする人々が集まってくるのではないだろうか。

  そしてそれが商売の醍醐味であり喜びにつながるのではないだろうか。

そう考えると、今は競争の時ではなく理念で商売をする時なのではないか。

  特売で価格を出すが数量限定で販売。

要は、早い者勝ち、という従来の商売の仕方もあろう。
しかし、今この時は数量限定販売ではなく、しっかりと最後まで品揃えをして、いつ行っても品揃えされている安心感や安定感を提供すべき時なのだろうと思う。

  理念の経営。

それを実践するのが「今」なのだろう。

  そしてそれに共感する人間たちが追随していく世界。

それが商売の本質であり、使命であり、そこに商売の喜びを感じる人間たちが集まっていく世界。

  そんな世界を皆で構築していきたいものである。








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2020年3月13日 (金)

誰の言葉か

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


企業の指示命令。

  本部指示。
  業務命令。
  企業方針。
  作業指示。
  
いろいろな指示命令があろうし、都度上司や上部からの指示もあろう。
更には、具体的な売場の販売指導や商品展開、売価設定に競合対策等々。

  店長であれば自分が主導権を握っての売場計画があったとする。

そこに、上司からの指示が入ってきたり本部商品部からの要望があったりする。

  “さてどうしようか?”

自分が思い描いていた計画の変更を余儀なくされる場面もあるだろう。

  こんな私でも否応なく計画の変更を迫られる時がある(笑)。

そんな時に頭を過るのは、

  「誰の言ったことばなのだろうか?」

要は、これは誰の指示や意向なのか?、という詮索。
これは誰もが経験しているのではないだろうか(笑)。

  「これを誰が言ったの?」

そして、言った人間によって、その指示を遵守するのか無視するのか。
無視というのは穏やかではないが、極端な話、これが社長の言葉であればこれは絶対であろう。
更には取締役級の方の言葉でも同様の強制力?があろうか。

  逆にバイヤーやトレーナーや店舗所属の人間の言葉であればどうだろう。

自分よりも役職が同等か下位の人間の言葉と分かれば、その言葉に対する強制力は極端に落ちてしまうのではないだろうか。

  そしてこれが組織の実態でもあろうか。

それだけ、その指示や注意や行動規範に対して、「誰の言葉か」でその指示を受けた人間の忠実度は変わってくるのである。

逆に自分と同等もしくは下位の人間の言葉への注目度が本当の実力なのかもしれない。

  “一目置かれる人間の言葉”

あいつが言うのだから、真実なのだろう
あいつがそう言うのなら間違い無いはず。
あいつの言葉だったら、信じてみようか。

  地位や役職に関係なくそう思われる人間。

そこにはその人間の人間性が要求されるのである。

  普段からのその人間の思想と行動。

そしてそこに結果が付いて回れば、その人間の言葉は相当高い説得力を持つことになる。

  「彼がそう言っていました。」

「あいつのそう言うのなら間違い無いだろう。」

  地位や役職につきまとう権限では無い。

その人間がそう言う意味とは何か?。

  その言葉を聞いた人間にそう思わせる存在。

そんな存在になりたいものである。









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2020年3月12日 (木)

卒業していくバイト達

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


3月も中盤に差し掛かった。

  コロナ騒動で慌ただしい世の中。

しかし確実に卒業と新たな新生活の時は迫っている。
そしてアルバイト学生達も同様に新生活へ向けて、長年続けてきたアルバイトを退職し新生活への準備を始め始める。

  当店でも多くのアルバイト学生達が間もなく退職をしていく。

今回退職するアルバイト学生達はいずれも2〜3年のアルバイトとしては長期間このお店で貢献してくれたメンバーがほとんどである。

  そして今回は4名のアルバイトが退職。

それぞれに、入社時の採用面接をし、採用し、そして紆余曲折を経ながら現在に至っている。

  入社当時はまともに私の目を見れない子達ばかりだった。

面接時にアルバイトの心得を話し、アルバイトとは言え仕事以上に学業を優先すること、そして学生と社会人との違いからの挨拶の重要性や社会人としての自覚を話し、最後は相手の目を見てコミュニケーションをすることを要請した。

その話しを受けて直ぐに言われた通りに目を見て話しをする子と、それでもなかなか私の目を見れない子がいた。
出社しても挨拶も無く更衣室で着替えてから、売場で黙々と品出しをする。

そんな彼ら彼女らではあったが、まずはお楽しみ抽選会のメンバーとしてお客様との触れ合いを担当させた。

  抽選会で当選したお客様と共に喜ぶのも仕事。

そこでもなかなか心からの笑顔は出せなかった。
しかし徐々に心が打ち解け、数時間もすればお客様と同等の笑顔が出せるようになってくる。

  お客様と共に苦楽を共有する。

そんな経験であろうか。
そして、その経験を感想文として提出させたこともあった。

  初めての経験から学んだこと。

お客様と苦楽を共有するという経験が、本人の生き方考え方を少しずつ変えてきたのも事実であろうか。
そんな経験をしながら、更に自分の部門で社会人としての経験を積んでいく。

その後の3年を経て、今ではしっかり相手の目を見て、そして私の目を見て堂々と会話ができるようになってきた。

  そして全員が自分の就職を決めてのこの春の退職。

全員にエールを送り、更に新たな新生活を迎えてもらいたいものである。

そしてまた新たなアルバイトの子達が面接を受けに来るのである。

  “本当に来るのだろうか?”

本来であれば、大学が決まり進路が決まった高校生達が自活目的のアルバイトの打診がある時期である。

  しかしこの騒動である。

この状況では入学式等の式典もないであろうし、早速アルバイトを始める学生達も極端に少なくなるのではないだろうか。

  特に多くのお客様と接する環境を本人達がどう思うであろうか。

ピークから夜にかけてのお客様が益々増加する昨今。
早々にアルバイト学生を確保して、補充やレジ業務を充実させたいところであるが。





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2020年3月11日 (水)

食品スーパーの使命

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


政府の要請からの外出、外食の自粛。

  それを受けての国民の皆さんの行動。

本来であれば、ようやく春めいてきたこの頃、この時期となれば外出をして春の気配を感じたくなる季節である。

  桜の開花。

今年は更に早まり、3月中旬(関東地方)の開花が予想されているぐらいである。

  外に出て外で食事を、という時期の到来が通常のこの時期。

しかしそんな欲求をゼロにしてしまうコロナショック。
これに関しては誰も責めることは出来ない。

  まさにウィルスという敵に対しての人間との戦いなのであるから。

そしてこのような緊急事態に対しての我々食品スーパーの使命を考えさせられざるを得ないのが昨今であろうか。

  マスク騒動。
  トイレットペーパー騒動。
 
そこに端を発した買い占め。

  そして、ここ2週間の人々の行動の変化

本来ならば外出をしたいこの時期にジッと家中で暮らさなければならないという憂鬱な世界。

  全ての欲求を押し殺して食品スーパーに食材を買い求めに来られる。

特に週末は外出を控えられた方々が押し寄せ、この数日間の内食の為の食材を購入される。
それは長年この商売を続けてきた我々の想像を遥かに超えるものである。

  “国民皆が家中で食事をするということはここまで凄いのか”

率直な感想である。
そんな経験は今まで無かったということである。

  震災時。
  台風時。
  大雨時。

いろいろな災害に遭遇し、人々の暮らしの変化を経験してきたが、全ての日本国民が皆家中で暮らすということに関して、世の中の動きがどのようになるのかという経験は皆無であった。

  全国民の食材が小売業に集中することの実態。

終戦直後はこのような状況にあったのだろうが、徐々にそれが緩和されてきて今に至っている。
その過程の中で、外食や外注にも分散されながら今に至っているのであろう。

  それが再び食材が小売業に急激に集中してしまった。

思えば、我々食材を扱う小売業とは、平和な状況になればなるほど競争の世界に巻き込まれて仕事をしている。
しかし一度今回のような緊急事態に陥れば、食材自体がライフラインと化してしまうということを今回もまた改めて思い知らされるのである。

  緊急事態時ほど食材自体がライフライン化する。

それは、食材が人間が生きていく上での根源であることを、このような状況でより明確に知らされるのである。
そしてそんな時ほど、我々はより真摯にこの商売の使命を果たすべく取り組まなければならないということを自覚しなければならない。

  我々の使命とは人の食をより安全に提供すること。

それも、包み隠さずに正直に素材を提供することを使命とされる職にあることを自覚することでもある。
ネットで提供されたようなマスク1箱数万円で販売するという悪質な行為をしてはならないということであり、食材の日付を隠蔽したり表示を歪曲したりすることでもない。

緊急事態時にはそのような真摯な態度で商売をするが、いざ平常時になれば再び競争の世界に巻き込まれながらお互いの販売力を磨いていく。

  平常時と緊急事。

我々の使命は最後まで「人の健康を維持する食材を提供し続ける」ことにあることを知るべきであろう。





  

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2020年3月10日 (火)

人間社会

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


コロナショックによる弊害。

  人が外出しない生活。

それは今後の人間生活においてどのような弊害をもたらすのだろうか。

  人間とは元々は弱い動物であった。

それが、表情を持ち、言葉を持ち、人間同士が連帯して高度な団体行動を取れるようになってきた経緯の中で成長してきた経緯がある。

  要は人間の強みは連帯する強み。

今その強みがコロナショックによって分断されようとしている。
コロナショックとはいずれ人間の知恵と工夫によって問題解決の道へ進んでいくであろう。

  しかしその爪痕は大きい。

それは上記に示す通り、人間の強みである人間同士の連帯力が、このコロナウィルスの影響によって大きく分断されていくように思えるからだ。

  人間が外に出ない。
  人と会話をしない。
  マスクで顔を覆う。
  濃厚接触をしない。

従来から持つ人間の強みが一つ一つ分解され、そしていずれ人間はお互いに孤立していく方向に向かうであろう。

  これは要するに人間の強みを失っていくことになる。

もしかすると、今回のコロナショックによってもたらされる最大のデメリットはこのことではないのだろうか。

  要はウィルスによって人間の連帯力を解体すること。

ここにウィルス本来の目的があり、そこから人間社会が崩壊していくのではないだろうか、と仮説を立てたくなるほどコロナショックは人間の本来の暮らしを崩壊させようとしているのではないだろうか。

  人間社会の崩壊。

それはもっと昔から徐々に我々人間社会に忍び寄ってきたのかもしれない。
それは、科学が解明されてきたここ100年の間に加速度的に忍び寄ってきたのではないだろうか。

  特にウィルスの発見はその最たるものではないだろうか。

そしてそれはずっと昔から存在していたのだろうと思うのだが、その存在を人間が知ることによって急速に不安と恐れが生まれ、いつしか人間同士の接触が希薄になっていくような方向に向かわせられているように思えるのだ。

  人間はその接触と連帯によってここまで地球を牽引してきたのである。

しかし、その接触と連帯という人間の強みがウィルスによって奪われていく。
そして、コロナショックが落ち着いた暁には、上記のことが杞憂として消え去ってくれれば良いのであるが、人間同士が接触しない、連帯しない、集団行動しないという機運が解消しなければ、世の中はどうなっていくのであろうか。

  そんな不安を抱える今日この頃である。







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2020年3月 9日 (月)

雛祭りからの今後

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


3月3日の雛祭り商戦。

  1週間遅れで取り上げるこの話題。

それだけ、雛祭り商戦自体もこの騒動であまり話題に上らなくなっているのが今年の今を物語っているのであろう。

  全ての自粛がここに集中しているというこの2週間。

よって、全ての学校もイベントもコンサートもスポーツやその他の観戦も含めて、日本国中が巣篭もり生活を余儀なくされているのがこの数日の現実。

  そこでの雛祭りはどうだったのか?。

私もこのブログで書いたが、刺身類は好調に推移するも外国産はまぐりは厳しく、その反動で動く国産はまぐりも価格面でどうなのかという前提で記事を書いた。

  そして結果は?。

日本国中が巣篭もりなのであるから、外食からの内食化による集客力は相当に高まった。
そして内食化によるちらし寿司材料もそれなりに予定通りの動きを示した。

  問題のはまぐりは?。

これも国内産も外国産も同様に予定通りであった。

  特に国内産はほぼ完売。

やはり国内産にシフトはしたものの、外国産が不振かと言えばそうでもない。

  予定数量はほぼ完売と言って良い動きであった。

そしてそれ相応にお客様の数も多かったが、特に夕方以降のお客様が多く来店されたことだ。

  しかし休みのはずの子供たちは極端に少なかった。

やはりそこに休みを主旨の理解と感染リスクからの親たちが連れてこないという行動の現れであろうか。
そして、比較的強い火曜日という曜日の為か、お買い得品を買いだめする買われ方には比重が置かれていたようにも思える。

  強い曜日と雛祭りの一致が好調要因?。

それだけ弱い曜日とのギャップが激しくなっているように思える。

  強い曜日は更に強く弱い曜日は通常通りの安定。

そんな買い物行動が明確になってきたように思える。
そして日本はこの後、いよいよ春本番ともなり、彼岸、花見、そして新入学シーズンへと突入していくのである。

  当然3月月間も巣篭もりは続くであろう。

そして花見も外出も全く見込めない今年の春。

  行楽というキーワードは死語になるのではないか。

そんな中で我々は何をすべきか。

  徹底した旬の提案が必須であろう。

外の景色を食卓に。

  そのようなイメージであろうか。

外出は出来ないが、今の春や食材をせめて家庭内で美味しく味わってください。

  そんな提案で「食」で外出気分を味わっていただく。

それが今年の春の提案であろうか。

  ピンチはチャンス。

普段提案の無い春をどんどんアピールしていくべきであろう。








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2020年3月 8日 (日)

恋つづ

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


今日は日曜日。

  芸能ネタの日(笑)。

「恋はつづくよどこまでも」

  何度かこのブログでも取り上げているドラマ。

今期のドラマの中でも放映途中から徐々に視聴率が高まっているのである。
そして徐々に人気が出てくると、ドラマ名を略して表記されることが多くなってくる。

  「恋はつづくよどこまでも」 →  恋つづ

最近はこのように表記されることが多くなってきた。

  要は人気が出てきたということであろう。

以前にも、このような表記をされるドラマは以後人気ドラマとして名を残すことになる。

  ロングバケーション   → ロンバケ
  花より男子       → 花男
  逃げるは恥だが役に立つ → 逃げ恥

のような省略形になっているのだ。

  そして今回の「恋つづ」もそのような傾向になっているようである。

では、なぜ今回の恋つづが人気となってきたのであろうか。

  一つはコロナショックによる巣篭もり生活にあろうか。

というのは、2月終盤の第7話から急速に視聴率が高騰してきたからだ。
この傾向は「テセウスの船」でも同様のことが言える。

  しかし上がってこないドラマもある。

結局は巣篭もりになっても視聴率が上がるものと上がらないものがあるということだ。
その中でも、恋つづは視聴率を上げ続けているドラマであると言えるだろう。

  ではなぜここにきて視聴率が高まってきたのであろうか。

それはドラマ名でもあるように、上白石萌音の佐藤健への一途さがいじらしいのである。
そして佐藤健のツンデレながら徐々に彼女の一途さと人間的な魅力に気づき始め、彼女の気持ちに応えていく姿勢にあろう。

  当初の冷たい対応から徐々に傾くドラマの流れ。

この流れが見るものの心をとらえて離さないのであろう。
もはや、ドラマの流れと結末は誰の目にも明らかなのであろう。

  この先にどのような紆余曲折がありハッピーエンドを迎えるのか。

バレバレではあるが、自分もこのドラマから幸福感を得たいと思ってしまうのである(笑)。










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2020年3月 7日 (土)

リモート飲み会?

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


昨日はe-Learningを記した。

  新型コロナウィルス。

これを契機に一気に学び方も変わりつつあるという。
それが一時のものなのか今後の流れなのか。
それと同様に働き方も変わってきた。

  リモートワーク。

新型コロナウィルスの感染リスクを避けようと、大手企業が採用し始めた働き方。
よって都心の大手企業の広大なフロアには人っ子ひとり居ない。

  “相当な経費削減になるだろうなぁ〜”

逆にそっちを想像してしまいそうな勢いであろうか。
そして現代は在宅でも仕事仲間達と自宅のノートパソコンでミーティングをしながら、更に自分の役割を担ってパソコンで仕事をまとめていくという手法がいくらでもできる時代なのだと知った。

  通勤ラッシュによるクラスター拡散防止を目的としたリモートワーク。

そして政府からはそれらのクラスター拡散防止を目的に、小中高の休学や各種イベントの自粛、そして濃厚接触の恐れのある立食パーティ等の自粛を全国民に要請した。

  飲み会の自粛要請。

全国の呑助達にとってはこの要請は痛いところであろうが、朗報もある。

  リモート飲み会。

リモートワークが定着してきたチームが、そのままそのパソコンの前等で缶ビールやつまみを用意し、そのままパソコンの前で1人飲みを始めるのである。

  一人飲みとは言ってもパソコンの画面には大勢の仲間達。

彼らと会話を楽しみながら一人飲みをするというスタイル。

  かなりの違和感があろう(笑)。

しかし、普段からリモートワークに慣れている方達であれば、それは何の違和感もなく進められるのであろうか。
このスタイルであれば、フェイスブック等の遠方の友人達とも気軽に会話が楽しめるのではないだろうか。

  そうなるとSNSでは繋がっているが会ったことの無い方とも飲める。

現代であれば、そのような方は結構多いのではないだろうか。

  Facebookでは毎日のように会話をしているお友達。

しかしまだ一度もお会いしたことのないお友達。
一度はお会いして、Facebook上の表面上のやり取りから、仕事での奥深いやりとりまでお酒の力を借りながら画面上で会話をするという一歩進んだやりとりが生まれるのではないだろうか。

  ただ、その為のツールがわからない(笑)。

ネットで検索するとSkypeやzoomとかappier.inとかいろいろあるらしいが、いずれも知らないツール。
ということで、いろいろ体験してみるのも良いかと思っている。

  ということで一度体験してみますかdadamaさん(笑)?。






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2020年3月 6日 (金)

e-Learning

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


コロナショックは各種研修会にも大きな影響を与えているという。

  「ここ3ヶ月の全ての研修会が吹っ飛んだ」

吹っ飛んだとは、流れた(中止)ということらしい。

  濃厚接触とは縁遠いのではないだろうか。

例えば、最近のクラスターの温床となっているらしい「ライブハウス」の参加とか「スポーツジム」への参加というようなレベルの飛沫感染の有無で言えば、リスクはかなり低くなると思うのであるが、どうしてもこの時期の流れであろうか。

  人を集めての研修会が当面中止に。

我々小売業界は内食化の需要拡大により業績は好調を維持しているが、それ以外の業界には大きなダメージが徐々に襲いかかってきているのである。

  スポーツイベントやコンサートの中止。

それらはどうしても大きな声援を送ったり共に大声で歌ったりと、感染リスクは高まるものであるが、集合教育としての研修会のリスクはどうなのだろうか、と思うのだが。

それでもその流れの中に、グループ討議等もメニュー化されているのであれば、どうしても感染リスクは発生するであろう。

  しかしそれを言ったら店舗で接客する全従業員にも同様のことが言える。

それでも主催者側が中止を発表せざるを得ない状況が今なのであろうか。
そして、ある研修主催者の方が言っていた言葉が残った。

  「益々e-Learningに力を入れるべき」

要は、ネット上での研修会や学びの場の提供ということである。
もはやある場所に集まって、皆で講師を前に同じことを学ぶ時代ではなくなってきているのだろか。

  そしてこのコロナショックがそれを加速化させるのであろうか。

そんな印象さえ感じる今回のコロナショック。
そしてその影響としての研修会の軒並みの中止や延期。

もっとも一定の場所に集まるという研修会にもメリットデメリットはあろう。

  メリットはなんと言ってもリアルに講師の話が聞けるという点。

リアルに聞けるというのは、昔からの諺でもある「百聞は一件に如かず」にある。
いくら本で読んだりネットで見たりしても、講師が自分の言葉で話をすることによる理解度は、自らの知見で文章を見るのとは雲泥の差で理解度が深まるものである。

  更には、同席したメンバーとの交流も同時にあるだろうか。

そしてその繋がりから、それ以降の人間的な交流も始まっていくと考えると、リアルにお会いするメリットそのものであろう。
しかし逆にデメリットもあろうか。

  一番のデメリットは交通費と時間。

東京というど真ん中に住んでいればさほどではないが、極端な話し、飛行機等で数万円を掛けて現地に赴く場合もあろう。

  研修費用よりも交通費用の方が高く付く。

その費用をかけて感染リスクを負ってまで参加させられない。
企業側も主催者側もそこがこの時期の中止を判断せざるを得ない部分であろうか。

  そこで今後益々活発化するのがe-Learning。

そんな話を研修会の主催者の方は話をされていた。

  概ねはネットを活用して自ら学ぶ。
  時折リアルにお会いして共に学ぶ。

そんな時代になっていくのであろうか。







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2020年3月 5日 (木)

楽しくなければ・・・

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


昨日は「副店長」について記した。

  今日は店長の役割期待。

そして昨日は、店長の役割期待を「仕事の楽しさ」の店舗での推進者と明記した。

  店長は店舗での「仕事の楽しさ」の推進者。

小売業という仕事。

  本来はこんな楽しい仕事はない、と思っている。

しかしそう思うのは私だけであろうか?。

  このブログのサブタイトルは、「楽しくなければスーパーじゃない」。

もちろん、このフレーズもいろいろなところで使われているフレーズではある。
そしていつも想うのは、てっちゃん会で集う仲間たちを見ていると、本当に仕事を楽しんでいるんだなぁ〜という実感と共感。

  その二つがあるからこの会は長く続いているんだろうなぁと思う。

そして店長と副店長との役割期待も記した。

  店長は「仕事の楽しさ」を、副店長は「基本の徹底」を推進する役割。

よって、店長と副店長はクルマの両輪である、とも記した。
店長と副店長がお互いに役割期待を果たしながら店舗を違う使命を持って牽引していくから、店舗は競争力のある一個の商品としてお客様に輝いた存在として映るのである。

  仕事の楽しさとは「売る楽しさ」と「売れる喜び」を享受することである。

「売る楽しさ」とは、販売計画の部分であろうか。
「売れる喜び」とは、販売実績の部分であろう。

  売る計画と売れる感動。

この二つがこの商売の醍醐味である。
そしてこの醍醐味は、担当者やもっと言うとパートさんまで同じ感動を共有できるのである。

  末端のパートさん達が「売る楽しさ」」と「売れる喜び」を享受できる。

このことが、小売業の素晴らしさであり醍醐味であろう。
そしてそれは脈々と担当者から部門チーフ、そして店長に至るまで同じ「楽しさ」と「喜び」を享受できるのである。

  この「楽しさ」と「喜び」の享受こそが全ての店舗運営の軸となるのである。

そして、この軸が太ければ太いほど、店舗は競争力のある一個の商品として輝き続けるのである。

  それを推進し牽引するのが店長の役割期待。

そして「売る楽しさ」と「売れる喜び」を店舗運営の軸として如何にマネジメントしていくかが店長の最大の使命と言える。

  「売る楽しさ」と「売れる喜び」を店舗運営のマネジメントの軸とする。

これこそが店長の最大の使命であり、これをマネジメントとして仕組み化し店舗に定着する事こそ、理想の店長像ではないだろうか。

  思えば私もそこの一点に集中して今まで模索してきたように思う。

そしてこれからも、この命題を追求し続けていきたいと思うのである。







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2020年3月 4日 (水)

副店長という存在

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


副店長という存在。

  高い地位だが存在感は薄い。

私も副店長の経験を持つが、自分が何物なのかという自問自答を繰り返しながら日々を過ごしていたという思い出がある。
それだけ副店長という存在は、店舗内でも中途半端な存在であると言えるであろう。

  副店長の役割。

その役割が組織として店舗内として明確になっていれば問題ないのだが、意外に副店長という職位だけはあるがその役割が不明確な企業や店舗が多いのではないだろうか。

  副店長という存在価値。

店長から見れば、店舗の決定権は自分が握り、部門の決定権は部門チーフが握る。

  どうしても副店長という存在は何の決定権も無い存在になりがちである。

しかし、これから店長へと昇格していって欲しい存在でもある。

  ここでモチベーションを下げられては困るのである。

そこで、副店長としての使命を明確にしておく必要はあろう。
それは、副店長を企業としてどう位置付けているかにかかってくるのだろうと思う。

  副店長を雑用係としてのみ位置付けているのか。
  副店長を次期店長候補として位置付けているのか。
  副店長を定年後の管理職として位置付けているのか。

その役割期待によって副店長の位置付けは大きく変わってくるであろう。
しかしここは副店長を次期店長として位置付けておくのが最も店舗内の活性化にはなるであろうか。

  副店長がしっかりと機能するから店長の店舗運営が活きるのである。

私は、店長と副店長がお互いに役割期待を分かち合うからこそ、クルマの両輪としてバランスよく走れるのだと思っている。

それでは店長と副店長の役割期待とは。

  店長は「仕事の楽しさ」を推進する役割。
  副店長は「基本の徹底」を推進する役割。

上記に関しては、その逆でも良いとは思うのだが、店長の存在はどうしても全部門に波及しなければならない。
そして、仕事の楽しさを追求する根幹にあるのが店長としての使命と位置付けておくのが、店舗が一個の商品として競争力を高めるのには有効であろうか。

  よって副店長が「基本の徹底」の部分で大きな役割を担う方が適していると思うのだ。

店舗が「仕事の楽しさ」を追求しながら活気ある売り場を展開する為には、その裏側で「基本の徹底」が実行されているという前提が必要となる。

  「基本の徹底」という土台の上に「仕事の楽しさ」が躍動できるのである。

そのクルマの両輪を店長と副店長がお互いに一台のクルマの車輪として相乗効果を上げなけれならないのである。
よって、「仕事の楽しさ」だけの追求でも「基本の徹底」がブレーキとなり、「基本の徹底」だけでは「仕事の楽しさ」がブレーキとなる。

  「仕事の楽しさ」と「基本の徹底」とは同じスピードで走行して初めて効果が出るのである。

その一翼を担うのが副店長という存在ではないだろか。

  そしてそこから次期店長という世界が見えてくるのだろうと思うのだ。






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2020年3月 3日 (火)

新たな52週MD

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


一年52週。

  いわゆる52種のMD。

2月後半で52週目を終えた。

  52週目のテーマは「52週最終週と新型コロナの影響」。

こんなテーマが今年度最終の52週MDの反省書のテーマとなった。

  そしてその新型コロナウィルスの影響のまま52週の第1週へと繋がった。

新型コロナウィルスで終わり、新型コロナウィルスで始まるという今年の52週MDである。
思えば、昨年のこの時期もこのテーマのブログがあった。

  http://tetu-syoubai.cocolog-nifty.com/blog/2019/02/52-e123.html

一年間継続してきた52週をやり終えてホット一息のブログであった。

  そしてまた新たな一年のスタート。

しかし従来は一年間店長として従事できるというある程度の安心感があった為に、今後一年間また継続していこうという強い意志が働いたのだが、今年は任期途中で定年を迎えることになる。

  “いつまで52週を維持できるだろか”

そんな不安もあったり、52週を継続していこうとするモチベーションの問題もあったりするのが本音である。
そんなこともあって、今年の52週の取り組みは少し取り組み形態を変えていこうと思っている。

  思えば本格的に52週MDに取り組んで10年。

2010年から本格的に52週全ての週で販売テーマと写真、そしてそのまとめとしての編集を繰り返し、歯を食いしばって継続してきた。

  その結果としての自信とよく年からの継続。

2年目以降からは、その継続と自信が後押しされて効果的な継続方法を生み出し、それがルーティン化されて精度が高まっていった。

  更には52週MDの継続がもたらす効果も検証できた。

それは、写真をとることによって、妥協しない売場が実現できたことである。

  妥協しないとは縦割り、品揃え、手直し、鮮度、そして撮影意識。

そのことで、逆に部下達も写真に撮られるという意識が働き、私の写真撮影を止めてまでもいい売り場を撮ってもらおうとする意識がついてきたことである。

全員が全員ということではないが、やはり意識のある担当者となると、どうせならもっといい売り場を、という意識が働くものである。

  その継続が売場作りのレベルと徐々に上げていくのであろう。

結果的に、店舗を変えるごとにその意識が部下たちに備わっていくのがわかった。

  私も、妥協のある売場は撮影しないことにしている。

だから、その週に一枚も撮影されていない部門もあったりする(笑)。

  よってその週はその部門は一枚も写真が無い。

しかしそれはそれでいいと思っている。

  妥協の売場など何の反省にもならないからである。

毎週毎週の売場を後々まで残す、という貪欲さが、消えて無くなる売場へのこだわりとなって、その瞬間瞬間にパワーが漲るのである。

  そう、今の売場は消えて無くなる運命にある。

それは、いい売場ほど瞬間的にお客様が商品購入され、品薄になり、いずれボロボロになっていくもの。

  その瞬間の最高の状態を作る。

このことはある意味「刹那」の状態となる。
その刹那の瞬間、今がこの売場の最高の瞬間。

  その瞬間に命をかける(大袈裟だが)。

そんな担当者たちの気持ちが伝わる売場を従来は撮り続けてきた。

  そして今年はそこから脱却しようと思っている。

それは、現在検討中であるが、今年はもっと部下育成に立脚した52週への取り組みを実現しようと思うのである。







  

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2020年3月 2日 (月)

新年度のスタート

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


新年度のスタート。

  2020年度が3月1日(日)からスタートした。

とは言っても、今年はそんな余裕は無い。

  先行きの全く見えない不安と恐怖。

全てはその不安で覆い尽くされているような圧迫感。

  いつ終息するのかどうなのか。
  自分が陽性だった時の対応は。
  自分の店舗が関係していたら。

そんな時の事を考えると憂鬱になってくる。

  そんな中での新たな年度のスタート。

特別にそんな心配をせずに店舗運営を図ればいいのであろうが、これだけの市中感染が広がる中、いつ何時自分に関係するところで感染を受けるかの見通しも立たないのが現実であろうか。

  そして明日はひな祭り。

チラシ寿司にはまぐりのお吸い物。

  ひな祭りの定番メニューである。

そして、果実や苺のデザート等、女性のお祝いや自分へのご褒美が凝縮したイベントがひな祭りである。

  しかし今年は家中での内食化が進むであろう。

チャンスはチャンスではあるが、全く見通しは立たない。

  3月1日の日曜日は相当に家中での内食であろう。

そして女性が自分の為にという選択と同時に外食から内食と捉えると、3月1日の日曜日の需要は相当高まったはず。
その流れで、本日から明日へのひな祭り本番がどう転ぶのか。

  外国産のはまぐりの需要はどうなのか?。

そのはまぐりは国産に本当にシフトするのか?。
全く見えないのが今年の傾向であろうか。

  従来の流れは全く役に立たないのが今年の傾向。

商品政策上は、従来の流れを予測して今年の計画を作成していてのはまぐりの発注数量であっただろうが、直近になってのこのような事態。

  従来の流れは何の役にも立たないのが実情であろうか。

私の予測としては、ここ数日の流れから「ちらし寿司」と「デザート類」は相当内食化が進み需要拡大されるであろう。

  しかしはまぐりに関してはメニューの減少や国産シフトはあろう。

また、来店時間はピーク時を避けて、午前からアイドルタイム(2時〜4時)に傾倒するであろうか。
  
  よって、はまぐり等の貝類は売り減らしを図って正解かもしれない。

我々の一年の始まりは、なんと言ってもひな祭りからスタートとなる。

  ここで弾みをつけたいものである。







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2020年3月 1日 (日)

真犯人?

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


今日は日曜日。

  芸能ネタの日(笑)。

テセウスの船。

  いよいよ真犯人が登場してきた。

しかし、今日はまだ第七話。

  “もう真犯人が登場してくるのか?”

私はそう思っている。
今回の日曜劇場も人気故に、第9話で終わることはないだろう。

  おそらく第10話か11話まではいくであろう。

そう考えると、真犯人が登場するのは9話か10話。
しかし、第7話で真犯人が登場、と言うのは、時期尚早である。

  “これは何か裏があるな?”

そう考えるのが妥当ではないか。
おそらく、今回の真犯人と目されている人物が本当の真犯人であるならば、残り4話には相当の裏が隠されているのであろう。

  そしてその裏と「テセウス」の意味がどう一致するのか?。

それがこれからの見どころのような気がするのである。

  テセウス。

前回のブログでも書いたが、テセウスとは、ギリシャ神話に登場する英雄テセウスが乗った船。
その船を記念に残そうとしたため、船の材料を全て入れ替えて修理してしまった。
そこで、その船はテセウスが乗った船と言えるのかと言う疑問が持ち上がったのである。

このドラマは視点を変える事で見える世界が変わることを問題提起している物語であると言えよう。

  それは我々の仕事でも大いに役立つ視点ではないだろうか。

このドラマでは、その地点(時間)に立って、二つの軸をベースに物語が進行していることがポイントであろうか。

  現在の視点。
  31年前の視点。

現代では大量殺人事件の犯人
しかし31年前にタイムスリップして見えてきた当時の父の姿。

  現代という時代。

しかしその現代とは歴史の流れの中の一区切りであり、そこから見える歴史は当時の歴史とは全く異なる時代であり価値観で覆われていた世界でもある。

  歴史とはその時代背景の中で見なければならない。

それをこのドラマは言いたいのではないだろうか。

  そういう目線で今の仕事を考えてみる。

自分の目線、トップの目線、上司の目線、部下の目線、パートさんの目線、等々。

  目線が変わると価値観が変わる。

そして同時に正義も変わり、行動が変わる。
それを試行錯誤してみていくという視点が重要なのだということだ。

  ドラマの進行と同時にこの視点でも見ていきたいものだ。







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