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2020年2月27日 (木)

見えなくなるもの

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


世の中には見えるものと見えないものがある。

  それは状況の違いによっても違いがあるだろう。

かっては仕事の職位が変わって、例えばチーフとか店長に昇格してから初めて見えてくるものもたくさんある。
逆に、担当者やチーフの頃は見えていたものが、昇格するごとに見えなくなっていくものもあろう。

  見えなかったものが見えるようになるのは興味を持って探索する。

しかし、かっては見えていたものが見えなくなっていくという部分に関しては、あまり関心がないのではないだろうか。

  関心がなくなるから見えなくなっていくとも言える。

しかし、かっては見えていたものというのは、その見えている部分に対して自分の課題や改善部分として見えていたものもある。

  “自分があの職位になったら改善しよう”

上司の姿や店長の姿を見て、その部下の立場、下の立場にいたから上司の背中がよく見えていた部分。
それは逆に言うと、他人の背中がよく見えるのと同様に、それが自分の立場から見ると大いなる課題としても写っていたのである。

  しかし自分の背中は常に見えないもの。

自分の背中。

  そこに部下の不満であり要望であり組織の希望が隠されているのである。

担当者であれば、パートさんやチーフがその背中に課題を見るし、チーフであれば上司の背中に課題を見る。
そして店舗内の組織であれば、店長の背中に店舗の従業員はお店の課題を見るのである。

  そしてその背中を見て「自分だったら」と言う希望を持つのである。

しかしその立場になると、上司の背中からかって抱いた希望が見えなくなってしまう。

  それはその立場になった途端に見える景色が全く異なるからであろうか。

当然に昇格すれば今まで見ていた上司の姿を思い描いて妄想で覆われてしまうものである。
そしてその妄想からは、なぜか上司の背中と言う課題がかき消されてしまうのである。

  何故か?。

それは、その妄想が「あるべき理想の上司」という何の根拠も無い自分の憧れだけを信じて、その姿に埋もれていくからである。
よってその地位に就いたら、あくまでもかっての上司の評価を棚卸して、その背中から見えた課題を念頭に置きながら自分に当てはめていくことが重要であろうか。

  そして、自分の背中。

こればかりは、どんなに著名人であろうとも隠しようが無い。

  誠実な心を持つことでしか解決のしようがない。

そして誠実な心とは、邪心の無い心である。

  目先の欲得ではなく未来を見据える眼。

そして自分は部下の成長によってのみ自分の未来が開けるという純粋な心である。






 

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コメント

dadamaさん、コメントありがとうございます。
そんな時代だからこそ、楽しくなければやってられないのではないでしょうか。
そして今後は楽しさを求め続けていきたいと思っております。個人的に(笑)。

投稿: てっちゃん | 2020年2月27日 (木) 14時14分

定年と同時して会社もひっくり返り何も見えなくなってしまい(笑)。自分が背中を追いかけてきた上司も全て引退され信じる者は自分だけ。
部下と言うより定年したので後輩ですね、彼らにも会社が変わって過去の栄光を語るのも虚しく。
そんな意味では周りに害を及ぼさない事務職で淡々と余生を送るのが一番ですよね、一般的には・・・
アウトローにはそれが受け入れられないので厄介ですよ。てな訳でそろそろ暴れますか(笑)。

投稿: dadama | 2020年2月27日 (木) 11時02分

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