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2020年2月

2020年2月29日 (土)

サジ加減

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


先日のブログ。

  ミディアムという評価。

http://tetu-syoubai.cocolog-nifty.com/blog/2020/02/post-d1bd1d.html

  そこでの「k,k」さんからのコメント。

「スーパーに勤めていてミディアムを極めるのは目標だと思います、上も下も必要ですが、ど真ん中の値ごろ。中途半端加減を極めるのは一番共感を得る事だと」。

  私は応えた。

「サジ加減」というやつですね。

  サジ加減。

元々は料理において、鍋とか煮物とかの砂糖やだしを加えるときの「大さじ〜杯」とかの言葉から来ているのであろう。

  女房の料理のサジ加減は抜群だ。

更に言うと、私を料理する時のサジ加減は天才的だ(笑)。

料理の世界から生まれた言葉であるが、いつしか、何かを行うときのバランスや加減、配慮といった意味で使われるようになってきたのであろうか。

  サジ加減 = 匙加減

と書くらしい。

本来は料理の味付けの段階で、「ちょうど良いサジ加減」と言う使用法だったのが、
いつしか人間関係やマネジメントにおいて、「上司のサジ加減一つでどうにでもなる」と言うような使用法になり、人間の感情の機微を操るような人間の操作法のような使用法に進化?してきたのであろう。

  サジ加減とは人生そのもののようだ。

組織をマネジメントするリーダーが、その組織内のバランスを考慮し、誰もが納得するところで判断決断し着地点を探り、組織をマネジメントしていくと言う意味合いや、その場の状況を踏まえて今後の未来を予想し、最良の行動が取れると言う意味合いを指すのであろう。

  このサジ加減を習得する為に人生を歩むのではないだろうか。

そう思ってしまうほどに人生は難しいものである。

  若い時のサジ加減ほど失敗しやすいものである。

経験の無さがそうさせるのであるが、やはり加減と言う言葉に騙されてはいけないのだと思う。

  加減 = 手加減

そう受け止めたら、意図的にと故意にとかのように、相手を追い込んでやろうとか落とし入れてやろうと言う悪意的に受け止められがちである。
しかし、そこに無私無欲な姿勢が大切なのである。

  組織や相手の為に自分を投げ出すと言う姿勢。

そこに、組織の人間が寄ってくる根拠があるのである。

  サジ加減。

最後はそこに行き着きたいものである。







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2020年2月28日 (金)

進む内食化

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


新型コロナウィルスの影響。

  その影響度が深刻化しつつある。

その影響からの主たるインバウンドであった中国からの旅行者の激減。
それに伴う外食産業、宿泊業、旅行業、小売業等の売上激減。

  今までは感染者の数や客船の話題で見えてこなかった数値。

この数値が今後顕在化してくるであろう。

  そして我々小売業の動向。

ひとひと感染、そして飛沫感染、濃厚接触等々と、その実態が少しずつ明らかになってきているとは言え、まだその実態は不明である。

  先日は政府からの指針も発表された。

ここ一週間が勝負とのこと。
そして、大きなイベントやコンサート等も軒並み中止の方向で動いている。

  不要不急の外出を控えるという心理。

よって、外食しない、外出しない、外泊しない、等々の行動がエスカレートしていくであろう。

  逆に言うと、内食化が更に進んでいくことになる。

先週の3連休。

  絶好に行楽日和。

通常であれば、あのような好天に恵まれた3連級であれば、中日の日曜日の売上は激減するはずであるが、今回は通常の日曜日以上に来店客数が増加し、更に客単価は更に上がった。

  要は、買い溜めである。

それだけ、できるだけ買い物回数も減らし、外出しない為に一度の買い物で買い溜めする、と言う行動。

  この状況と情報では当然の行動か。

とは言っても、大型ショッピングセンターへの買い物は慎む傾向にあろうか。

  あまり賑わいの少ない、そして清潔で鮮度の良い中小スーパー。

要は、基本がしっかり出来ていて安心して買い物ができる単独の食品スーパーへの買い出しという選択肢なのであろう。

  そしてその傾向は当面続くであろう。

しかし社会的に見たそれらの行動が継続され続ければ、我々業界だけの問題では済まされないであろう。

  経済は回っているのである。

巡り巡って自分のところに戻ってくるもの。

  特にご馳走という視点は相当薄れていくであろうか。

3月3日の雛祭り。

  さてどうなるのであろうか。

中国産のハマグリ。

  想像を絶する事態に陥るような気がするのである。

その販売自体にクレームを頂くことを想像しなければならないかもしれない。

  “てっちゃん、それは考え過ぎだし言い過ぎだよ”

そうかもしれない。
しかし、予想しておくに越した事はない。

  逆に国産にシフトするかハマグリ自体食卓にのぼらないか。

内食化という傾向と、お祝いというムード。

  いずれにしても普段の信頼が雛祭りを左右するであろう。






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2020年2月27日 (木)

見えなくなるもの

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


世の中には見えるものと見えないものがある。

  それは状況の違いによっても違いがあるだろう。

かっては仕事の職位が変わって、例えばチーフとか店長に昇格してから初めて見えてくるものもたくさんある。
逆に、担当者やチーフの頃は見えていたものが、昇格するごとに見えなくなっていくものもあろう。

  見えなかったものが見えるようになるのは興味を持って探索する。

しかし、かっては見えていたものが見えなくなっていくという部分に関しては、あまり関心がないのではないだろうか。

  関心がなくなるから見えなくなっていくとも言える。

しかし、かっては見えていたものというのは、その見えている部分に対して自分の課題や改善部分として見えていたものもある。

  “自分があの職位になったら改善しよう”

上司の姿や店長の姿を見て、その部下の立場、下の立場にいたから上司の背中がよく見えていた部分。
それは逆に言うと、他人の背中がよく見えるのと同様に、それが自分の立場から見ると大いなる課題としても写っていたのである。

  しかし自分の背中は常に見えないもの。

自分の背中。

  そこに部下の不満であり要望であり組織の希望が隠されているのである。

担当者であれば、パートさんやチーフがその背中に課題を見るし、チーフであれば上司の背中に課題を見る。
そして店舗内の組織であれば、店長の背中に店舗の従業員はお店の課題を見るのである。

  そしてその背中を見て「自分だったら」と言う希望を持つのである。

しかしその立場になると、上司の背中からかって抱いた希望が見えなくなってしまう。

  それはその立場になった途端に見える景色が全く異なるからであろうか。

当然に昇格すれば今まで見ていた上司の姿を思い描いて妄想で覆われてしまうものである。
そしてその妄想からは、なぜか上司の背中と言う課題がかき消されてしまうのである。

  何故か?。

それは、その妄想が「あるべき理想の上司」という何の根拠も無い自分の憧れだけを信じて、その姿に埋もれていくからである。
よってその地位に就いたら、あくまでもかっての上司の評価を棚卸して、その背中から見えた課題を念頭に置きながら自分に当てはめていくことが重要であろうか。

  そして、自分の背中。

こればかりは、どんなに著名人であろうとも隠しようが無い。

  誠実な心を持つことでしか解決のしようがない。

そして誠実な心とは、邪心の無い心である。

  目先の欲得ではなく未来を見据える眼。

そして自分は部下の成長によってのみ自分の未来が開けるという純粋な心である。






 

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2020年2月26日 (水)

ミディアムという評価

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


ミディアムというランク。

  どちらかというと中途半端。

かってはそんなイメージを持っていた。

  赤ワインの濃さの「ミディアム」。
  髪型の長さ加減の「ミディアム」。
  焼肉の焼き加減の「ミディアム」。
  クルマの排気量の「ミディアム」。
  コート類の長さの「ミディアム」。

いろいろと、「ミディアム」という評価でその商品の特性を表す表現法を使用する。
しかし、ミディアムという評価の前後には、必ずその上下のランクが存在する。

  赤ワインには、フルボディ〜ミディアムボディ〜ライトボディ。
  髪型の長さは、ロングヘア〜ミディアムヘア〜ショートヘア。
  焼肉の加減は、レア 〜 ミディアム 〜 ウェルダン。

等々、ミディアムという評価の上下につく評価が存在する。

  そうするとミディアムという評価がどうしても中途半端に聞こえてしまう。

例えば、焼肉の焼き加減の場合、レアとウェルダンの中間の焼き加減という位置づけになってしまう。

  牛肉好きは「レア」で焼いて生肉の風味を味あう。

そして牛肉が苦手の方はしっかり焼いて生肉くささを避ける傾向にあろう。

  そうするとミディアムという焼き方の意味がなくなってしまうように思えるのだ。

しかし私は最近、焼肉の焼き加減の「ミディアム」に凝っている(笑)。

  何故か?。

美味しいから(笑)。

  従来は牛肉の焼き加減は常にレアで焼いていた。

そして、レアで焼くことによって、生肉の味わいが楽しめたからである。

  生肉で味わうことが牛肉好きの証明であるとも思っていた。

しかし、いつもレアで焼いていると、どうしても焼肉の味がどのランクの牛肉でも同じような味になってしまうことに気が付いたのである。

  国産の霜降り牛も輸入の赤身肉も意外に味の違いが少ない。

そんなふうに思っていたのである。
いや、実際には全く異なる味わいではあるのだが、それをミディアムで焼くことによって更にその味わいが強調されるのに気が付いたのである。

  特に霜降り牛の場合は焼き加減でいろいろな味わいを満喫できる。

更には、ワインのミディアムボディ。
こちらも、以前はフルボディを好んで飲んでいた。

  しかしいつしか料理が美味しく無くなっていた。

これは、自分の舌の問題かもしれないが、ミディアムボディで食事をしながらワインを嗜むと、ワインの味わいと料理の味わいのバランスが良く、より食事を楽しむことができることに気づいたのである。

  何でも「ほどほど」が最高なのかもしれない。






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2020年2月25日 (火)

見えない恐怖

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


新型コロナウィルス。

  連日ワイドショーを賑わせている。

そして社会的な支障も出始めていると言っていいだろう。
以前は武漢というキーワードに集約されていたが、2月に入るとその範囲を徐々に広げ、この2週間では市中感染というキーワードに移ってきた。

  ウィイルスという目に見えない恐怖。

その恐怖が今日本を襲っている。

  誰がキャリアか分からないという恐怖。
  何が原因で移るのかが分からない恐怖。

そのウィルスがはっきりと見える化されているのであれば防ぎようもあろう。
しかし、目に見えない、要因も分からない、そしてその症状や病状もよく理解されておらず、更には自分にその自覚症状が出たときにどう行動していいのかすら良く分からないのが、最大の恐怖であろうか。

  そのよく分からない部分に左右されて商売も縮小均衡に陥り始めている。

まずは客数のダウンだろうか。
特に大型ショッピングセンター等の人混みは避ける傾向にあろうか。

  更には惣菜やベーカリーのバラ販売の自粛。

本当にそれが妥当な選択なのかどうかも理解されないまま、見えない恐怖と戦いながらのバラ販売の自粛という選択であろうか。
しかし、我々の業界は食材の提供という使命を持つ。

  よってライフラインでもある為その影響はまだ少ない。

しかしこれが旅行やレクリエーション等の産業界では甚大は影響を受けていると思われる。

  先日の天皇誕生日を含めた3連休。

絶好の好天に恵まれた日月の後半の連休。

  都内の集客スポットは閑散としていたという。

逆に郊外の山間部は意外に行楽客が多かった。
そして我々の食品小売業界の動向は?。

  内食化が益々進んでいるのであろうか。

昨年10月からの消費増税と同時に施行された軽減税率の導入。
この導入によって、外食から内食へと移行してきているという実感があったが、この傾向が今回の新型コロナウィルスの発生に伴い、更に加速してきているように思える。

  それが今回の3連休に現れた。

通常であれば、好天に恵まれた3連休ともなれば、外食や大型ショッピングセンターの賑わいとは裏腹に我々食品スーパーの来店客は減少し、逆に3連休明けの火曜日以降からの買い出しに集中するのであるが、今回は天皇誕生日とも重なった日曜日は開店から来店するお客様が多かった。

  そしてそれは一日を通して客数の減少が無かったという現実。

人混みを避け、外食を避け、家中で食事を楽しむ?3連休となったのではないだろうか。
そしてその傾向は今後益々顕著になっていくのだろうと思われる。

  この混乱と陽性反応者は確実の増加していくであろうから。

極端な話、キャリアとなっている方々がもしかすると多くの客数の中に紛れ込んで店内買い物をされているかもしれない、という恐怖。

  それだけのことが実際は起こっているのかもしれない。

しかし、それは単に見えていないだけのことかもしれない。
そして、それでもそこからコロナウィルスから肺炎を発症する人もほとんどいないということかもしれない。

  全く、ことの真相が見えないのである。

しかし逆に、見えないことが安心につながることもある。
世の中は、見えないからこそ安心して行動できるという側面もある。

  そしてその先の恐怖もある。

自店の従業員が感染したら、もしかして自分が感染したら、そして感染したお客様が自店を利用されたという事実が明らかになったら。

  そう考えると、恐怖は更に広がっていく。

この業界、そして店舗で働く全従業員は、不特定多数のお客様と接する業界。
そしてお客様の心理としても、清潔で綺麗な店舗や施設、そして前出しされ整理された売場で安心して買い物がしたいというこのタイミングでの欲求を満たしてくれる店舗に足を向けられるであろう。

  よって何よりも基本がこのタイミングでは絶対なのだろうと思われる。

そして常に鮮度の良いお店という期待値がこのタイミングでは絶対的なものとなる。
今までその部分に力を入れてきた企業であり店舗が、このタイミングでは絶対的な支持を得ることであろう。

  そして何れにしても「手洗い」だけは徹底していきたいものである。







  

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2020年2月24日 (月)

通勤途中の景色

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


自宅から職場までクルマで約50分。

  結構な距離である(笑)。

そして当地は関東平野の北端でもあり、この時期の晴天率は全国でも有数の立地となる。

  よってこの時期の天候は今が最高かもしれない。

特に今年は例年にない暖冬であり、積雪も無く、2月に入ってからの冬晴れは乾燥度合いも高いが、遠くには日本一の富士の姿もくっきりと映し出されるのである。

  “えっ!、富士山が見えるの?”

北関東から富士山が見えるのか?。

  はい、それもこの時期だけですが。

そう、乾燥度合いの高いこの時期だけは、遠く南南西の方向に綺麗な三角屋根の、それも裾野に沿ってなだらかに水平を描くような輪郭の富士山が、上部4割程度雪に覆われた頭部から下部6割の裾野までくっきりと映っているのである。

  よってこの時期は早朝の通勤は楽しみでもある。

今日は綺麗な富士山が見えるだろうか。
大抵は、雲ひとつない快晴の日には概ね富士山は見えるのであるが、時折南南西方向に雲が掛かっていたり、富士山周辺の雲行きが悪いとこちらまで見えない状況の日もある。

  しかしこちらが快晴の日には概ね上記のような富士山が見えるのである。

但し、この冬晴れの時期だけだ。

  そして最近気がついたことがある。

それは、その富士山からその立ち位置で方向を西北西に視点を変えると、なんとそこには栃木の名峰である男体山がこれまた鬼の爪痕のような積雪を被って綺麗に映し出されているのである。

  いつもは綺麗な富士山に視点が集中していて気づかなかった。

しかし、ちょっとした気まぐれで体を回転させた折に見えた男体山もまた雄大であった。

  そこに純白の雪景色が重なれば最高であろう。

しかし今年はそのような雪景色は全く見られない。
それはそれで、当地としては幸せなことなのかもしれないが。

それでは当地から見える富士の姿をご覧ください。
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更に、西北西に見える男体山。
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まさに、当地ならではなの冬の景色であろう。

  そしてまさに関東平野である。

特に、南方方面に関しては遮るものが何もないから、200km以上離れた富士山も上記のようにくっきりと見えるのであろう。

  しかしこの景色も3月に入ると徐々に霞に消えていくのである。

この時期ならではの冬景色。
満喫したいものである。






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2020年2月23日 (日)

上野樹里の演技力

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


今日は日曜日。

  芸能ネタの日(笑)。

今ドラマ界で話題になっていることがある。

  上野樹里の演技力。

彼女は現在、TBSに日曜劇場「テセウスの船」に出演中。
このテセウスの船では、主演の竹内涼真の元妻、歴史が変わった現在では雑誌の記者として出演している。

  上野樹里。

彼女を最初に知ったのは2006年の「のだめカンタービレ」。

  この時は天真爛漫は上野樹里という存在。

同様に今回も、第一話では竹内涼真の妻として登場し、早々に病でこの世を去るという役柄であった。

  よって、“早くも上野樹里はお役御免か”

そう思っていたのだが、突然第四話から再登場となった。

そして第三話までは過去の世界で竹内涼真が未来の歴史を変えようとしていたのだが、その後再び現代に戻り、実際に以前の歴史と現代が変わり、元妻の上野樹里の存在も、以前の夫婦という関係から雑誌の記者という設定に置き換えられて現代で再び竹内涼真と知り合うという設定に歴史が変化していたのである。

  ここで登場する上野樹里の演技が迫真を突いていたのである。

竹内涼真は父親の無実を晴らそうと、事件の遺族の会に乗り込んで自分が犯人とされている男の息子であることを告げ、そこで何か真実を知っている人はいないかという直談判をしようとしたのであるが、ある事情から断念せざるを得なくなった。

  そこで代わりに壇上に上がって直談判をしたのが上野樹里。

そこでの演説、そして遺族から水をかけられコップをぶつけられながらも、再び演説を始めるその姿が凄かった。
また前回の第五話においても、竹内涼真との信頼関係を結びながら、何かの運命に引き寄せられていくような親近感を竹内涼真に感じていくというストーリー。

  上野樹里という女優。

のだめカンタービレの時は、自由奔放な役柄同様に玉木宏の後ろであどけなさの残る女優という印象であった。

  しかし今回の役どころとその演技はそのイメージを払拭した。

更に、迫真の演技をしたかと思えば一転して愛くるしい笑顔を見せる場面もある。

  そして同時に現代に戻った竹内涼真が真犯人を追っていく。

ドラマの視聴率も安定して11%を超えているようだ。

  今後のストーリーが楽しみである。






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2020年2月22日 (土)

主導権

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


主導権を握る。

  業務上でも重要なポイントか。

例えば売場作り。

  特設コーナーの販売計画。

定番売場と違って、特設コーナーとか平台とかは、特段に決まった定番の品揃えではなく、季節性やイベント性、更には特売商品を単品で量販するスペースとして自由に設定できる。

  その自由な売場を誰が主導権を握って計画するのか。

店舗内でもフリーな売場であるから、このようなフリーな売場に関しては全てが店長の主導権で計画されるお店もあろうし、逆にフリーな売場ではあるがその位置がある部門と密接な関係がある場所であれば、その部門の管轄として主導権をその部門に委託する場合もあろう。

その中間としてここぞのイベント時に店舗の横串を差すために店長管轄となる場合もあろう。

  誰が主導権を握るのか?。

基本的には店長が店舗内の全ての売場の主導権を握るのが本来の姿であろうか。

  よって特設はもちろん定番までも店長管轄の売場。

それが本来の姿なのだろうと思う。
しかし、とはいっても全ての定番まで細部にわたり品揃えを管轄しようとしてもそれは無理な話。

  よって30%のフリースペースを如何に主導権を握るのか。

それも、場面場面で自分が主導権を握ったり部門に移管したり。

  そんな頻度が理想ではないだろうか。

主導権とは、握れば握るほど独裁化していくものだ。

  “店長が全てを決めてくれる”

そうなったら誰も何も考えなくなる。
結局は、外部与件の変化に付いていけなくなっていくのではないだろうか。

  逆に主導権が分散されればされるほど多くの人間の関わりが増える。

そこにビジネスチャンスが生まれることも多い。

  このような場合は最終決定者を店長ということで主導権に収めればいい。

何れにしても最終責任者は店長ということにはなる。
しかし、店長から委託された部門チーフや担当者、更にはパートさん達が最終の主導権者である店長の意向や自らの情報から得たビジネスチャンスを如何に自らが主導権を握る売場やフィールドで活かすことができ、それが結果としてつなげられるかは、そこに関わる人間達の情報と意思が一丸となったときに最高のパフォーマンスを発揮されることは明らかである。

  主導権を握った人間のモチベーションはいやが上でも上がるもの。

そしてその主導権という力を如何に店舗内で有効に活用するかというマネジメント。

  リーダーの妙であろうか。







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2020年2月21日 (金)

居心地

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


居心地のいい場所。

  いつまでも居たいと思う場所。

それは店舗でも言えるであろう。

  居心地のいいお店。

それがお客様にとってそう思えるのであれば、それは我々従業員にとっても理想の姿ではないだろうか。

  そして従業員にとっての居心地のいいお店とは?。

それは働く従業員にとって、働きやすいハード面を有し、働きやすいソフト面も充実し、そして何より働きやすい人間関係が構築されていることが重要であろうか。

  そんなお店に赴任したらいつまでも居たいと思うであろう。

しかし、いつまでもそこに居続けることによって、いつしか自分がぬるま湯に浸かってしまっていることに気づかないものである。

  先日通勤途中でこのようなアメリカの諺を放送していた。

Get out of your comfort zone

  “居心地の良い場所から出ろ!”

このような意味らしい。

  要は、今のぬるま湯から抜け出せ。

そんな意味らしい。

これは多くのグローバル企業(世界規模で活躍する企業)が、企業内で使用する格言であるという。

  これを我々の仕事に置き換えてみる。

例えば、現在の店舗で新店立ち上げにより異動してきたと仮定して、ゼロからのスタートから始まり、人材採用、人材育成、開店に至る。
そして、競合店のリニューアルや新規開店を受け、対策を打ち、更には人材の流出や新規採用を経て、ようやく4年目の現在に至り、自分の思い描く売場作りとそれを支える人材を得てきたという現在。

  もしかして知らず知らずのうちに「ぬるま湯」に浸かっていないか?。

自分でもそう感じるこの頃を人事はいち早く察して(笑)、新たな赴任先を用意するというストーリー。

  上記の場合は人事異動という外部与件にてのGet out of your comfort zone。

しかし、グローバル企業ではこのことを企業側からの主導ではなく、自らの意志で自ら行動せよという諺があるという。
そして常に上司や同僚からそのことを突きつけられるから、自分でもどんどん新たな環境に身を投じる行動を起こし、チャレンジしていくという空気が企業内にあるのであろうか。

  日本企業でも「チャレンジ」はよく使用される。

しかしそれは現状の環境において、もっと上を目指すために販売数量を自分の限界を超えて仕入れて販売してみる、というような部分であろうか。
それが、グローバル企業においての「Get out of your comfort zone」という意味であれば、自分が身を置いているそのぬるま湯から脱せよ、という意味で捉えるならば、新たな環境に自らの意志で立ち向かえ、ということであるから、また新たな環境の中で自分を鍛えるために転職であり職場変更でありを率先して行え、という意味になるのであろう。

  よって海外では自らのキャリアの為に自ら転職するのである。

そして、いつの間にか浸かっていたぬるま湯から自らの意志で脱出するのであろう。
しかし、日本では将来のリスクもあり、なかなかそう簡単に転職という意思決定は出来ないであろう。

  よって自社内で如何に「Get out of your comfort zone」に踏み切るか。

自社内の許される範囲で、自らの判断でどんどん売場のチャレンジ、商品導入のチャレンジ、そして新たなマネジメントのチャレンジを図って、自分のcomfort zoneを破っていくしかないであろうか。



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2020年2月20日 (木)

新米チーフの課題

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


担当者として一定の期間の基礎を積み上げていく。

  そして数年経つといよいよチーフ候補として名乗りを上げていく。

それは、担当者としてその部門の一連の仕事を一通りこなすことができ、人間的にも一つの部門の責任者としてふさわしい人格を備えているという判断の下に評価されていくのである。

  “あの人間ならチーフとして相応しいだろう”

そのような判断の下に人事異動が発令されチーフとしてあるお店に赴任していくのである。

  いわゆる新人チーフという位置づけである。

本人は当然のことながら希望を胸に赴任してくることになる。
能力的にも十分にチーフとしての資質を有しているのであるから、新任地に赴任しても十分に能力を発揮できるであろう。

  しかし、・・・ 。

チーフと担当者の決定的な違いとは?。

  所詮は担当者はワーカーとしての評価なのである。

よって、チーフという部門責任者ともなると、売場全般に関わらなければならないし、売場を管理する部下全員を把握しなければならないし、本部バイヤーとも直接に関わらなければならない。

  更には直属の上司である店長との関係も緊密となる。

特に人間関係の複雑化と綿密化は担当者の比ではないであろう。

  ここに担当者と部門責任者とのギャップが大きく感じられるところであろうか。

よって、従来であれば自部門の業績が悪化した場合でも、直接に自分が関わって業績改善を図ったという経験は皆無かもしれないが、チーフという立場はそれを許してはくれない。

  ストレートに業績改善を要求されるのである。

よって、ここからが本当のチーフ業のスタートと言えるのではないだろうか。

  自分の業績を改善させる仕事。

言い換えれば、このことが仕事の醍醐味とも言えるのである。
そして、新人チーフが一番大切にしなえければならないこと。

  それは「問題発見能力」である。

問題解決能力を問う前に、問題発見能力に注目すべきであろうか。

  そもそも問題を発見できなければ解決さえも無理な話が。

よって、正しい問題発見能力を身につけることから始めるべきであろう。

  正しい問題発見が出来たなら、あとはその問題を解決していくだけである。

それは、実際に実行を重ねていくしかない。
しかしそれも正しく問題を発見できなければ、無駄な実行のみを重ねることになり、正しい問題解決に至らない場合が多い。

  そこが新人のチーフに課せられる課題であろうか。







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2020年2月19日 (水)

売場の役割

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


昨日は、店舗入口の活用に関しての記事。

  店舗入口という場所。

そして店舗とは入口だけのものではない(笑)。

  入口とは店舗のほんの一端。

入口から入店すると、青果の果実があり野菜があり、そしてデイリー食品の平台があり、鮮魚や精肉の平台や企画コーナー、そして外側には冷蔵ケース内に定番商品が並ぶ。

一歩中に入ると、食品や菓子、冷食やアイス、そして雑貨屋お酒コーナーが次から次へと展開される。

  店舗や企業によっての違いが多少あるだけ。

概ねは上記のようなレイアウトによって構成されていると思われる。

  そのレイアウト毎に役割を与えているだろうか。

売場のレイアウトに役割を与える?。

  それはどういうことだろうか。

売場のレイアウトに役割を与えるとは、

  「集客目的の売場」
  「利益確保の売場」
  「鮮度を売る売場」
  「季節提案の売場」
  「味の提案の売場」
  「単品量販の売場」
  「メニューの売場」

等々である。

  そしてそのバランスが店舗の業績を決めるのである。

上記のバランスが崩れていくと、ディスカウンたーのような低荒利に終始するだろうし、安物買いのお客様のみになってしまうだろうし、逆に価格的に魅力の無い集客力の無いお店になっていくだろうし、季節感や鮮度感を感じない売場になっていくだろうし、単に素材だけを並べている売場になって行ったりもする。

  そこにもお客様の期待値が影響していくのである。

お客様の期待値は何も入口のお店の顔だけの問題ではない。

  そこはウェイトは高いが店舗全体のレイアウトが影響を与えてもいるのである。

お店は一個の商品である。

  このことを実現する上で非常に重要な部分である。

店舗を如何にコンパクトに捉えて、お客様の客動線を考慮した上で、上記のような役割を試行錯誤の上に確立し、その役割に沿って商品展開をすることである一定の業績が安定的に残せるようになっていくのである。

  このことを把握するのが店舗リーダーの仕事であろうか。

店舗は一個の商品であろうとすると、どうしても各部門の責任者が自分の売場で役割を与えて、売りを作る場、鮮度を見せる場、旬や季節感を見せる場、利益を作る場であり商品でありを販売計画に配置して売上と荒利をバランスよく残すのと同様に、上記の考え方を店舗レイアウト上で配置できることが重要となる。

  この売場は店舗として集客を図る場。
  この売場は店舗として利益を生む場。
  この売場は店舗としてもう一品の場。
  この売場は店舗として話題を売る場。
  この売場は店舗として新商品展開場。

等々、売場の役割を明確にし、理想としてはある程度固定化して仕組みとしてその売場を役割に沿った商品特性で展開することが継続していく鍵となろうか。

  そうなると、お客様の客動線も複雑化していくことであろう。





  

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2020年2月18日 (火)

店舗入口の活用

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


店舗入口。

  我々の世界では「お店の顔」として位置付けられている。

お店の顔を位置付けるのであるから、店舗入口、特に青果側の入口に入った瞬間にそのお店がそこに集約されていなければならない。

  しかしどうだろうか?。

店舗入口に入った瞬間にお客様が自店をどう評価してくれているのか。

  それを意識しながら店長自身が店舗入口に立っているだろうか。

店長自身の店舗入口に対するこだわり。

  このこだわりは普段のお客様にも同様に通ずるはずである。

入店した瞬間に、「いつもの売場だわ」と思われていないだろうか。
当然、レイアウトや売場計画が同じレイアウトで展開していれば、多少の商品が変化してもお客様にも変化が無いと思われてしまう。

  “今日のこの売場はなんかおもしろそう!”

そう思われてナンボの世界ではないだろうか。

  その為には、お店の顔としての意識がものを言うのだろうと思う。

店長自身が店舗入口にどれだけのこだわりを持つか。

  そのこだわりが青果部門を動かすのでは無いだろうか。

今の旬はこれだから、このカテゴリーで勝負。
今の話題はこの部分だから、この単品で勝負。
今の相場高に対して、ここはこの価格で勝負。

  そしてそこに入店直後の賑わい感やボリューム感。

それが日々の連続になってくれば、お客様の期待値は徐々に高まってくるであろう。

  店舗入口の「お店の顔」にもお客様の期待値は隠されている。

そしてそこは青果部門の腕の見せ所でもあり、お客様の期待値の宝庫でもある。
ここに店舗の責任者と青果チーフがどれほど、お店の顔としての位置付けを実現できるか。

  ここにお客様の期待値と客数そして店舗売上が左右されるのである。

しかし店舗の入口はお店の作りによって、幅広であったり縦長であったり、本来の売場ではないから店舗によって制約もあるだろう。

  逆に言うと担当者の腕がそこに凝縮される部分もある。

私はこの店舗入口を奥深くできればいいと思っている。

  横長や縦長を如何に奥深く感じさせられるか。

奥深くとは、奥行きを感じさせる売場の展開であると言うことだ。

  奥行きのある売場。

そこにはお客様が一見すると狭いかも知れないが、どんどん進んでいくに従っていろいろな発見のある売場作りが成されていると言うことである。

  横幅のある売場でもそれは可能である。

その横幅をどう奥行き感のあるレイアウトに出来るかどうか。
そのレイアウトにすることで、広い横幅を奥行き感のあるレイアウトと陳列、商品構成にすることは可能であり、そこにお客様の期待値の高めかたが隠されているのではないだろうか。

  店舗入口というお店の顔。

拘り続けていきたいものである。






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2020年2月17日 (月)

22幕顛末記

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


てっちゃん会第22幕が終了した。

  今月の12日〜13日。

トレードショーを兼ねた開催日ではあったが、如何せん地方巡業となる開催地の為、どうしても参加者が限られた格好だった。
そして私は、午前8時に家を出てクルマで現地に向かった。

  そして到着時間は午後2時。

途中、昼食をとあるスーパーで弁当を買ってクルマで摂った為1時間程度は延長したが、クルマを運転する時間だけで正味5時間弱は費やした。

  現地に着くまでに本当にヘロヘロになってしまったのである。

それから、仲間たちと旅館で待ち合わせし、総勢で今回の幹事企業と競合店を視察した。

  とは言っても今回の基幹店舗と競合店はかなりの距離がある。

よって、厳密には競合店というよりは、参考店舗として視察すべき店舗であったろうか。

  一店舗は価格を打ち出した大型店。
  もう一店舗は地域密着の中型店舗。

どちらかといえば、中型店舗の方がきめ細かな商品化と売場展開によりお客様が多かったように思えたのである。

  なんとその中型店舗のバイヤーもてっちゃん会のメンバーなのである。

そんなつながりの地域で今回は22幕が開催された。
それは以前のブログでも紹介しているのであるが。

  http://tetu-syoubai.cocolog-nifty.com/blog/2020/02/post-28b4f2.html

この時のブログは、実際には開催前の段階で私の予測の記事であったが、今回は顛末記として報告させていただくとした。

今回もメンバーのお店を舞台にした売場作りを視察し、その後メンバーの取り組み報告がパワーポイントで説明され、その後に会のメンバー数人による成功事例、取り組み事例等が報告された。

  今回の舞台のお店はこだわり商品が半端なく展開されていた。

そしてそのこだわり商品をメーカーや問屋と交渉し導入し、そしてコトPOPにて売り込む役割がパートさん達であることが素晴らしいのである。

  逆に店長は商品導入にはあまり介在しないらしい(笑)。

いつの間にか自分の売場が縮小され、パートさん達の導入商品に横取りされていることもしばしばらしい(笑)。

  それだけ仕入れから売り込みまで責任をもって望んでいるということだ。

そんな報告会と質疑応答後に、食事があり、その後の会のメンバーによる事例報告の段階になると、10名程度のパートさん達や社員達も同席してその事例を視聴するという場となった。

  なんと積極的な姿勢であろか。

これも店長の差し金なのか自ら手を挙げて参加したのかは不明であるが、いずれにしても積極的な姿勢であることだけは間違いない。

  そしてこのような志の高い従業員を如何に育てるか。

ここに店長を含め企業の幹部は集中すべきなのだろうと思う。

  そこにこそ企業存続の鍵があるのだから。






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2020年2月16日 (日)

相次ぐ卒業

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


今日は日曜日。

  芸能ネタの日(笑)。

SKE48の松井珠理奈が卒業を発表した。

  「松井お前もか!」。

そう言いたくなってくる。

  SKE48に関してはsakaeさんもさぞかし寂しい想いをしているだろう。

これで、乃木坂、欅坂、そしてSKEとグループの顔として存在感を示してきたセンターメンバーが相次いで今年の前半には卒業、もしくは脱退という形でグループを去ることになった。

  特に乃木坂、欅坂は今が最大のピークであろうか。

そこにきてのSKEの松井珠理奈の卒業発表。

  確かに松井の場合は健康面での不安はあった。

松井珠理奈といえば、大声ダイヤモンドで前田敦子とともにダブルセンターにわずか11歳で抜擢された人材であった。
その後もSKEだけに留まらず、AKB48との合同の楽曲にも何度も選抜入りをしている逸材。

  そして2018年の最後の世界選抜で第一位を獲得。

結果的にはこの年をもって AKB総選挙は終了となった為、彼女が最後の選抜総選挙の優勝者となったのである。

  これからAKBを背負うであろう逸材であった。

ただし、欅坂の平手友梨奈も同様であるが、若くしてグループ内のエースとして位置付けられるという部分が本当に本人にとってどうなのだろうかと思う。

  いわば「青田刈り」同様の扱い。

本人の素質は優秀なのであろうが、同じ人間である。

  同じ人間としてのエースたる人格を持ち合わせているのかどうか。

そこを見誤ると、結局は不幸な人間を作り出してしまうことになるのではないだろうか。

  確かに若年世代から素質を発掘するのは必要であろう。

特に芸能界のような場所では若年時代から発掘、育成、そして長きに渡ってアイドル時代を過ごさせた方が「金」になるのであろうが。
そんな商業主義な部分と本人の人格との戦いが裏側では起こっているのではないだろうか。

  そんなことを推測してしまう最近のエースの卒業である。







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2020年2月15日 (土)

暖冬から

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


なんだかんだと言っても今年は暖冬。

  この時期の北関東は日本一の晴天率。

2月に入り、透き通るような青空が続く。
そして比較的気温も高めであろうか。

  よって商品動向にも少なからずの影響がある。

更に、野菜の相場も安定しており相場安の様相を呈している。

  生食、果実、サラダ系の伸びが顕著な2月の途中経過。

野菜の相場が安定しているということは、野菜の売上は厳しい状況が続く。

  こんな時ほど果実を如何に売り込むか。

そして今年は国内柑橘は順調に入荷していると思われる。

  デコポン、せとか、きんかん等々。

そして今年は「はるみ」の生育が順調であり、味も良い。
また、インフルが猛威をふるう季節でもあり、新型コロナウィルスも脅威であろう。

  この時期は国内柑橘を徹底量販すべき時か。

ということで入口の特設で国内柑橘のコーナー化が好評である。

  また鮮魚部門では刺身類が数値を押し上げている。

まぐろ類、冷凍カツオ類、養殖ぶり、お造り類が暖冬の影響もあろうか、順調に伸びている。

  逆に厳しいのは野菜類。

ホットメニューがそれほどの需要増とならずに相場だけが安く推移しているため、野菜類の点数がなかなか伸びてこない。

  野菜の相場安の時ほど果実を売り込むべし。

そして今年の「はるみ」は温暖が気候もあってか「味」もそこそこに良い。

  要は食べやすい甘さ。

よって、それなりの大玉が2個で300円程度で購入できるから、食べ応えのある「はるみ」が食べられるのである。
よって、きんかんやデコポンに混じって、はるみの売上も乗っかってきているのだ。

  そして意外に他企業では「はるみ」を仕掛けてこない。

こんな時ほど、先に徹底して仕掛けて「はるみ」なら当社というイメージ作りをするタイミングであろうか。
それも、野菜の相場、温暖な気候が国内柑橘を売り込むタイミングとして用意されたということだろうか。

  そんなタイミングに如何に乗るか。

それはどの部門にも言えることではないだろか。

  今このタイミングで売るべき単品やカテゴリーが必ずある。

そう信じて如何にその単品を見出すか。

  そこに商売の本質があり醍醐味があるのであろう。






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2020年2月14日 (金)

育種家という仕事

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


先日のNHKの仕事の流儀。

  「育種家 鷲澤幸治」。

育種家?。

  初めはそんな仕事があるのかも知らなかった。

辞書で調べてみると、こう書いてあった。

  「家畜や植物の品種改良を職業とする人」

とあった。

果実の世界では品種改良によってどんどん新たな品名のりんごや柑橘が登場しているが、花の品種に関しては花栽培の農家さんの仕事の中にそのような部分も入っているではないかと思っていたのであるが、彼はその世界では有名な存在だという。

  ダリアの神様。

育種家が一生に一つの新品種のヒット商品を開発できるかできないかという世界において、次々と新品種をヒットさせてきたその手腕をして、ダリアの神様という呼称で呼ばれるようになってきたのだという。

  恩年72歳。

しかし日々農場に立ち、雑草をむしり、そして余分な花を抜いては見込みのあるダリアだけを残して農場を整理していく。

  品種の改良には自然交配と人工交配があるという。

ネット検索してみると、その交配に関して以下のように載っていた。

「品種改良の方法のうち、一番使われている方法が「交配育種」つまり、「かけあわせ」です。良い品種を作るには、まず、目的の形質の優れた、母親・父親を選びます。次に、母親として選んだ花の雌しべに、父親の花粉をつけます。これを「交配」と呼びます。」

  これは基本的に「人工交配」であろう。

しかし、鷲澤さんはこの人工交配を嫌い、あくまでも自然交配に拘っている。

  なぜか?。

思いもしない逸品が自然の営みによって生まれるという。

  自然交配とは。

昆虫や動物によって花粉が運ばれて交配する、人間の手を介さない自然の交配のこと。

  そこから生まれる意図しない交配。

鷲澤さんはあくまでも自然交配に拘っているのだ。

  育種家のほとんどは人工交配で新種を開発するらしい。

人工交配の方が圧倒的に自分の意図した姿や形を生み出すメリットはあろう。
しかし鷲澤さんはあくまでも自然の成り行きに任せ、その自然の成り行きという場の環境を整備する下準備に徹する。

  相当時間のかかる仕事の進め方。

よって、10年に一度の奇跡を呼び込むのであろうか。

  だから、常に園を回ってその奇跡の一輪を探し回るのである。

自然に任せる。

  ある意味これが一番美しいのかもしれない。








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2020年2月13日 (木)

全員参加の後座

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


今日はてっちゃん会第22幕の二日目。

  いわゆる、後座の日。

昨日は周辺の店舗見学と懇親会。

  そして今日は後座と称する勉強会。

最近は後座を重視するあまりに地方巡業が多くなり、参加人数という視点で見ると多少寂しい部分があるが、何度も言うが数の問題ではなく参加される方とその習得度の問題である。

  いろいろな事情の中で後座に参加するという機会。

その機会に恵まれた方が、その報酬を最大に活かせるような後座の中身。

  そこに拘りたいと思っている。

そして今回の後座も、メンバーの店舗から参加者、店舗メンバーお互いに学び合える会合としていきたいと思っている。

  今回は店舗のパートさん達も参加するという。

なんか店長と親しい人達がたくさんやってきて、何やら店内やバックヤードにズカズカと入ってきて粗探しみたいなことをやっている。

そんな団体さんとしての迎えられかたではなく素性をしっかりと把握していただくには、パートさん達も含めての後座の参加が理想といえよう。

  そして今回はその理想型が実現されようとしている。

この記事を書いているのが2月7日現在であるから、今回の幹事長の目論みであろうが、おそらくその目論み通りに事が進められていくであろう。

  これは楽しみである。

さて、どんな意見が出てくるのか。

  その前に店舗視察が楽しみである(笑)。

店長主導とは言え、それを飛び越してパートさん主導で仕入れ、売場計画、発注、そして売り場作りがされているという店舗。

  男性社員では及ばない細部の売り場が至るところで見られるのではないだろうか。

そういう意味では、話題のチェーンストアのMRもいいが、今回のようなローカルでフレンドリーな地域密着型のお店も見応えはあるのではないだろうか。

  その後の意見交換会。

全員とはいかないだろうが何人かのパートさんも参加されるらしい。
そこで参加された方に聞いてみたいことがある。

  「仕事の楽しさって何?」

スーパーマーケットの仕事で自分が受け持つ売場を担当しながら、どこに仕事の楽しさを見出しているのか?。

  それぞれ個人個人で違うかもしれない。

それでも、個性豊かな売場を作れるのであるから、そこには独自の楽しみ方が存在するのであろう。
先日もある若手社員と会話をした。

  仕事の楽しさについて。

我々は小売業という業界に従事している。
金融業や製造業、営業マンとしてではなく、小売業の従業員として。

  そしてこの業界が大好きになってきた。

そして一部商品の製造部門も有しながら、自分で仕入れて自分で調理加工し、そして自分で売場に陳列して自分の結果として即さま実績が見える。

  こんなにダイレクトな仮説・検証の場はない。

私はそんなダイレクトさが何よりも楽しいのであるが、個性的な売場を作るパートさん達の仕事の楽しみとは?。

  それも含めて非常に楽しみな後座である。







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2020年2月12日 (水)

お店の横串

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


お店は一個の商品である。

  このブログでもよく使われるフレーズ。

お客様の来店動機を高めるために、店舗間競争を如何に優位に進めていけるか。

  その為にはお店が一個の商品として競争力を高めなければならない。

そしてそれを推進するのは店舗の店長なのであろう。
それではどうやって一個の商品としての競争力を高めていくのか。

  それを可能にするのが店舗の横串なのである。

店舗の横串とは、従来の部門毎の本部主導の縦串だけでなく、個店の状況を把握しての個店を一個の商品として横串の刺された全部門の一致した強化項目が統一されていることが前提となる。

  例えば「夕方の来店動機を高める」と言う横串。

これも惣菜だけの問題ではなく、全部門が統一されて夕方の教科がされていなければならない。

  例えば「若年世代の来店頻度を高める」と言う横串。

これとて全部門が統一して現在の品揃えの商品を如何に若年世代のアピールしていけるか、その存在を露出して目立つ場所で展開できるかが重要となる。

  例えば「日曜日の来店頻度を高める」と言う横串。

冷凍食品を半額にするだけでは手落ちだろう。もっともっと日曜日の買い溜め需要を全部門で実施していくこと。更には買い溜めによるプラスアルファのサービスが重要となろう。

このように、お店の全部門を巻き込んだ横串の刺された対策を店長主導の下に実施していかねば、お客様にとって一個の商品としての強みとはとっていただけないのである。

  それを年度初めのこの時期にストアコンセプトとして立案するのである。

その為には、新たに自分の店舗を取り巻く外部与件、内部与件をしっかり把握しておく必要はあろう。

  2月と言う時期はそのような時期なのであろう。

それは基本を磨くということとはまた別物の話である。

  基本はいついかなる場合でも磨き込むべき項目。

よってそれを再びストアコンセプトに入れるべき項目とは思ってはいない。
言うなれば、基本はストアコンセプト以上に優先されるべき項目ではある。

  だからと言って一個の商品としての磨き込みも重要である。

基本という土台があって初めて可能となる一個の商品化。
その基本的な店舗の仕組みはどこまでも普遍ではあるが。

  その上に構築された横串による一個の商品化。

この商品化こそが、競合店との差別化に貢献するのである。

  そんな店舗組織作りのスタートの時期である。







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2020年2月11日 (火)

生鮮の強み・グロの強み

皆さん、こんにちは。
  食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


生鮮に強いかグロサリーに強いか。

  食品スーパーも二極化しているのだろうか。

生鮮上がりだから生鮮に強く、問屋上がりだからグロサリーに強い。

  しかしそうとも言い切れないから不思議なものである(笑)。

そして生鮮に強いから生き残れてグロサリーに強いから生き残れないのかと言ったら、それもそうでも無い。

  食品スーパーの七不思議であろうか。

企業としてある部門に特化して強みを発揮することと、経営として維持継続していくことは別物であると言うことであろう。

  何より大切なのはバランスよく一個という強みがあるかどうか。

どのお店で買い物しようか?。

  その問いに個店の一個の強みをお客様の期待されているかどうか。

そこが問題なのである。

  とは言っても生鮮に強いスーパーそうでないスーパーがある。

生鮮に強いというのは生鮮3部門の「青果」「鮮魚」「精肉」の3部門を指す。
この3部門の売場作り、商品化、そして鮮度と価格で差別化されており、いつ行っても一定の売場が維持されており、尚且つ季節感やイベント性に優れ、そのイベント毎に魅力ある食材が提供されている企業や店舗である。

  そこには創業者や企業トップの思い入れや意思が凝縮されている。

そしてやはり創業者やトップが生鮮部門の特性を理解して、商品回転を重視する商売方法を選択している企業が強くなっていく傾向にあるのではないだろうか。

  商売とは攻め続けること。

生鮮部門とはそういう特性を持っている部門である。
商品の鮮度や価格、そして商品回転を高めようとすると必然的に売れる売場や売れる商品化、売れる陳列に売れる価格という部分を常に考え続けていくから、売れるということに対しての執着力がついていくのであろう。

  これが結果的に魅力のある生鮮売場の実現を見るのである。

逆にグロサリー売場に強いチェーンストアもある。

  グロサリーとは圧倒的な売場面積と品揃えアイテム。

しかしナショナルブランドを中心とした品揃えが中心であるから、どうしても価格に敏感になり、チラシの目玉としての位置づけが多くなる。
そしてあれだけのアイテムを取り扱うわけであるから、決められた人員で如何に効率よく店舗運営ができるかが大きな課題となる。

  そこを克服して強みを発揮するには作業オペレーションに強くなければならない。

一定の人員で数多くのアイテムを品切れをなくし、前出しがしっかりなされていて、尚且つ季節性の高いエンドや話題性の高い商品の打ち出しをしっかりできているのは、作業オペレーションn強くなくてはならない。

  より効率よくより安定した売り場の維持。

これがキーワードであろうか
そしてそれを日々の中で継続していくには、作業スケジュールを店舗全員が理解し、そのスケジュール通りの実践力が問われるのである。

  そしてこの二つの実践力を持つ企業が本当に強いのである。

だからお客様から一つの店舗として選択されるのである。

  “あのお店はいつ行っても安定している”
  “あのお店は鮮度品質でも安定している”
  “あのお店はどこよりもお買い得である”

そんなお客様のイメージと期待感があるから、一個の個店として数ある競合店の中から選択されるのである。

  商品回転と作業効率。

食品スーパーとしてはこの相反する二面性が必要なのであろう。






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2020年2月10日 (月)

今年の恵方巻

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


早くも節分から一週間が経過した。

  さて今年の恵方巻はどうだったのだろうか?。

かなり古い話題になってしまったような気がするのではあるが(笑)。
コロナウィスルス等で恵方巻の結果や反省が皆無となってしまったようなので、もう一度ここで振り返りたいと思う。

  昨年は日曜日。
  今年は月曜日。

この与件だけ見れば、今年は昨年の7掛け?。
そんな見方も出来ようか。

  しかし当社は昨年実績をベースに計画することとなった。

“ちょっと厳しいのでは?”

  当初私もそう思っていた。

しかし実際に蓋を開けてみると、結果的には昨年並みの店舗がほとんどであった。

  中には月曜日と見込んで9掛けのお店もあったらしい。

しかし、そのお店も午後7時には完全品切れだったとのこと。

  要は概ねの店舗は昨年の日曜日と同等の巻寿司の売り上げを記録。

しかし当店は昨年売上に届かず。

  ここに当店の課題があったのであろう。

前回も書いたが、「お客様の期待値」が巻寿司においては期待値が低かったと言うことであろう。
これは、それ以前の普段のお客様の買い回りが低下していたことによる。

  要は普段の寿司の業績がもろに恵方巻に出たと言うこと。

その課題は普段からの売場で潰し込んでいくしかないのであるが。
ただし、今年の傾向がより明確に見えてきたようにも思う。

  それは高級志向の加速。

もはや、恵方巻は関西地方の謂れによる歳時記ではなく、一年で一番美味しい巻寿司を食べる日と言う概念にすり替わってきたように思う。

  少ない量目で高単価品に集中。

これが今年の恵方巻の人気の傾向であった。

  従来の定番品の低下。
  高級志向品の急上昇。

これが今年の流れだったと思う。

  そしてこれは大きな収穫であると考える。

それは、謂れとか恵方の方角と言うちょっと面倒な作法に縛られずに、美味しい巻寿司をカットしてでもいいから食べたいと言う志向に急激に変化してきているのが今年の商品動向から明確に見えてきたということだ。

それは曜日からの影響度としてもあるのかもしれない。

  日曜日は家族揃っての巻寿司での食事。

しかし今年は月曜日故に、家族揃ってというよりも個人個人での食事にシフトしたのかもしれない。

  そこで少しでも美味しい巻寿司へ。

そんな与件の変化からの今年の特徴が出たのかもしれない。

  来年の2月3日は水曜日。

ますます高級志向にシフトしていくかも知れない。






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2020年2月 9日 (日)

代役

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


今日は日曜日。

  芸能ネタの日(笑)。

沢尻エリカの降板で話題の「麒麟がくる」。

  今日が第四話目。

そして、第一話のラストから沢尻エリカが演じる筈であった斎藤道三の娘「帰蝶」が登場した。
帰蝶とは、いずれ織田信長の正室「濃姫」となるのであるから、これからもこのドラマの重要なポジションにて登場する事になるであろ。

  その配役が沢尻エリカから川口春奈に変更された。

その変更によりこのドラマのスタートが二週間ほど遅れたのである。
そしていよいよ川口春奈が演じる帰蝶が第一話から登場してきた。

  突然の大河ドラマへの出演。

当初のこの部分の撮影は終了していたと言うから、改めて取り直したのであろうが、そう言う見方で見てしまうからなのであろうか、川口春奈演じる帰蝶の存在感がやたら高いのである。

  斎藤道三の娘役にしては活発な役柄。

本当にそのような人物であったのかどうかは記録に残っていないようだが、信長に直言するような資料はあるようで、そんなイメージからこのような性格の女性として脚本が描かれているのであろう。

登場早々から父の戦について行こうとしたり、嫁ぎ先の土岐頼純を嗜める場面もあったり馬に乗って颯爽と登場する場面もあったりと、かなり活発な役所を演じているのである。

  活発さの中に見せる凛とした清々しさ。

それを第一話、第二話から感じるのである。

  “この短い時間でよく習得したなぁ〜”

そんなイメージが伝わってくるのである。

そう言えば、最近やたらと放映されている CMがある。

  https://youtu.be/bMQbb-pyT60

保健の先生役で、その先生に怪我の治療をしてもらった小学生?が家で鼻血を出しながらそのシーンを思い出すと言うCM。
この放映が増えているのも、「麒麟がくる」効果ではないだろうか(笑)。

そんな川口春奈のブログに「てっちゃん」と結婚しました、との記事を投稿しているのである。

  https://www.google.com/url?sa=t&rct=j&q=&esrc=s&source=web&cd=2&cad=rja&uact=8&ved=2ahUKEwjHrNXwl7znAhUFat4KHdTJBhQQFjABegQIAhAB&url=https%3A%2F%2Fameblo.jp%2Fharuna-kawaguchi-blog%2Fentry-12221491370.html&usg=AOvVaw3euFYhap1bxMiijai3AD6z

とは言っても私のことではなく、三井住友海上のCMで、テラスハウスの「てっちゃん」とCMでの結婚シーンらしい(笑)。

  どこか親近感のある川口春奈さん。

彼女見たさで麒麟がくるが楽しみになってきたのである。








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2020年2月 8日 (土)

情報収集と情報提供

皆さん、こんにちは。
  食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


情報収集。

  自分にとっての情報とは?。

店長の場合であれば、情報によって行動が変わってくることが多いであろう。

  自店の数値データ。
  競合の数値データ。
  業界の数値データ。
  自社内の成功事例。
  競合店の成功事例。
  52週の売場展開例。

等々、情報を挙げればキリが無い。

  しかし情報を得ることが仕事ではない。

情報収集能力は大切だが、情報をため込んでいてもなんの役にも立たないのが現代であろうか。
これが30年以上も前であれば、情報を持つものが評価されていた時代でもあった。

  よって職位が持つ情報が価値であった時代があった。

しかし現代はその情報を如何に状況に合わせて自身の仕事に活かして、業績を改善できるかに全てが掛かっている。

  よって得た情報や学びを如何に目の前の仕事に活かせるかが重要となるのである。

しかし相変わらず情報を得ただけで満足している場合が多いのではないだろうか。

  得た情報を必ずモノにする手法。

これがわかれば苦労はしないのではないだろうか。
しかし、その手法は人それぞれに独自に身に付けるものではないだろうか。

  いわゆる自分流の身に付け方。

しかしそれを言っているから企業内としては個人差が生まれ、全体として遅々と進まない現状もあるのであろう。

  私の場合は全てが売場に反映されると考えている。

それは店長という職位においては、情報の全ては自分の売場に反映されて初めてアウトプットしたという認識だ。

  だから52週毎に売場の写真を記録に残している。

売場の写真だけではなく、それを重要な部分だけ集めて52週のまとめとしてエクセルで加工し保存。
それによって、得た情報からの売場が52週毎にそこに集約され、積み上げられていく。

  これが私のアウトプット方である。

逆に言うと、このアウトプットに縛られるから、毎週毎週の情報収集があり販売計画があり、そして部下とのコミュニケーションが生まれると言う行動パターンが確立されていると言っても過言ではない。

  それによって必ず写真が介在し反省が生まれる。

言ってみれば情報収集と情報提供は裏腹の関係であり、それが毎週連動することによって、その反省が掲示板でパートさんに至るまで見える化され、店舗として巻き込まれていく。

  情報収集。

得た情報を如何に効率よく周囲に提供していけるか。

  店長としてのマネジメントの鍵ではないだろうか。





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2020年2月 7日 (金)

パソコンの不具合

皆さん、こんにちは。
  食品スーパーで店長をしてい流「てっちゃん」です。


MacでもWindowsでもバージョンアップがある。

  そしてバージョンアップによって不具合になる場合がある。

今回はMacOSのCatalinaのバージョンアップの案内があったので、実行した。
私の場合は全く同じ機種のMacBook Proを所有しているので、MacOSのバージョンアップの場合は時間が掛かる場合が多いので二日に分けて実行したのである。

  一台目は新規購入したMac。

こちらは何の不具合もなく前日にバージョンアップが成功した。

  バージョンアップの成功?。

通常であればなんの不具合も無くバージョンアップは終了するのであるが、なぜか2年に一度の割合で私の場合はこのバージョンアップ中に不具合が起こるのである(笑)。

  何はともあれ一台目は難なく終了した。

よって、二台目は翌日に実行したのである。
前日のバージョンアップが約数十分掛かったので、バージョンアップ中に就寝し、翌日にバージョンアップが終了しているのを確認して終了したので、翌日の二台目も同様にそのまま就寝しようとしたのだが、何故か就寝前にMacBook Proの電源が切れてしまったのである。

  “あれっ!、変だな?”

と思って、少し経過してから再び電源を入れてみた。

  立ち上がり画面の途中でまた再び電源が落ちた。

これはおそらく電源が落ちて再び再起動がかかるのであろうと思い、そのまま就寝して翌朝を迎えたのである。

  しかし電源は落ちたまま。

再度電源を入れてみたが、同じ場面で電源が落ちた。

  焦った。

しかし、このような状況は過去にも何度かあったのである(笑)。

  そしていつもアップル技術サポートに頼るのである。

以前にもこのブログで何度か記載しているが、このアップル技術サポートの対応は見事である。
事前にこのMacBook Proと私の情報がアップル技術サポート側に登録されているので、名前を言っただけで二台の所有の情報がアップル技術サポート側で把握されているのである。

  よって向こうもこちらも話が早い。

サポートの担当の方に状況を説明し、向こうも慣れたもので数種類の改善策を試してみたが結局はどれも不具合を改善するものではなかった。

  よって、再度MacOSの再インストールをすることになった。

サポート担当者が言うには、OSの再インストールになるとかなりの時間と情報量がインストールされる為、Wi-Fi環境の整った場所でのインストールを提案されたが、今回はスマホが持つインターネット共有を利用してみることにした。

  iphone8のインターネット共有がどの程度のものか。

それをこのMacOSの再インストールに対応できるのかどうかを試してみたかった。

  よってスマホのインターネット共有を利用してインストールしてみた。

結果として約2時間程度掛かったが、無事MacOSのCatalinaのインストールが完了した。

  そして、このインストールにて無事不具合から解放されたのである。

良かった良かったであるが、これがMicrosoftとAppleの違いであろうか。

  アップル技術サポートの対応力はステージの違いを感じるのである。

だから安心して使い続けることが出来るのであろう。
しかし、2年に一度の不具合だけは改善して欲しいものである(笑)。







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2020年2月 6日 (木)

期待値を高める

皆さん、こんにちは。
  食品スーパーで店長をしてい流「てっちゃん」です。


毎日来店されるお客様。

  いわゆる「客数」。

客数を伸ばすにはどうすれば良いのだろうか?。

  今後の人口減を考えると最大の課題であろうか。

人口減が進む中での客数増は、それすなわち「一人勝ち」であろう。

  それでは本題の客数増へのステップとは?。

これがわかれば苦労はしない、と言ってしまえば後は無いので、なんとか客数増の本質を突き止めたいとは思うのだが(笑)。

  客数とは実際に来店されたお客様の数。

お客様の数が増えれば増えるほど、客単価×客数によって売り上げがその分高まるのである。

  それではなぜお客様は実際にそのお店に買い物に行くのであろうか?。

それは、そのお店に対する「期待」があるからである。

  「あのお店に行けば、必ず欲しい商品がいつも品揃えしてるから」
  「あのお店に行けば、必ずこの時期にあの商品が置いてあるから」
  「あのお店に行けば、必ずこの時間に作り立てが売っているから」

等々の理由でお客様はそのお店へ足を運ぶのである。

  これが「期待値」であると言える。

期待値とは、何かしらの理由でそのお店をその時間帯に行く事である。

  これが結果として実際にお客様の数として計上されるのである。

しかしもしかすると、その期待値の応えられずにその商品が品揃えしていな場合もあるかもしれない。

  その時は実際にお店に行っても買い物はしない。

よって、客数には計上されないことになる。
実際に客数に計上されるという事は、お客様の期待値にお店が期待された状態であることが前提となるのである。

  要はお客様の期待値に応える売場になっているかどうか。

その結果としての、客数であり売上という結果なのである。

  それではお客様の期待値とはどこで積み上げられるのであろうか。

それは普段の売場作りを置いては他には無い。
普段からその売場やその品揃えが確実に日々の中で愚直に継続されているからこそ、その日々の継続に対してお客様が次回の買い物時に対して期待するのである。

  客数とはそのような過去の繰り返しからの本日の数値なのである。

日々の差別化された売場の継続。

  そこにお客様は期待し来店する。

その期待値に応えられた売場の時のみにお客様は実際に買い物を「客数」と「売上」を計上してくれるのである。
よって、普段からの期待値が高まったのであればそれに応える売場を造ることが条件なのである。

  そこで初めて、売上という数値を頂くことが出来るのである。

期待値と期待に応える売場作り。

  いずれにしても期待値が高まらない限りは期待以上の売上には至らないのである。







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2020年2月 5日 (水)

阿吽の呼吸

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


人事異動。

  異動者達も少しづつ現場の違いに慣れてくる頃だろうか。

人事異動とは、異動する方も異動者を迎える方も慣れる時間を要する。

  要はお互いの思考の奥が読めないのである。

思考の奥。

  それは何を考えているかと言う憶測。

例えば、この商品が欠品したときに、その次にどうするかという判断が人によって様々だということだ。

  前任者であれば自分で他店舗に取りにいくという行動をとる。
  店長であればバイヤー等に連絡して外部の関係者に依頼する。
  パートさんであれば他の商品でその欠品商品を変えてしまう。

いろいろな対応方があるが、大抵はその人間によってパターンが一致しているものである。

  よってそれを予測して事前に自分の行動が取れるのである。

これがいわゆる「阿吽の呼吸」というものだ。

  そして人事異動当初はこれが取れないのである。

当然であろう。

  相手の行動パターンが読めないから。

この行動パターンが読めるようになるまでにはある一定の時間を要するのである。
事前にどこかでその担当者やその店長等と仕事をした経験があればわかるのであるが、人事異動で初めてその人間と仕事をする場合はそうはいかない。

店長対部下の関係であれば、店長の方針は手法を部下が理解するまでの時間がそうだろう。

  この店長だったらこう判断してこう行動するだろう。

そんな予測の下に、事前に自分の行動を決めて実行する。

  よって店長からは何も言われない。

それが人事異動当初であれば、従来の店長の時のような行動をとって良いものかどうなのかの判断がつかずに戸惑うものである。

  この判断に要するのに結構な時間がかかるものだ。

それが人事異動というものであろうか。
1人のチーフが異動してくると、そのチーフは店長に気を使い、その担当者やパートさん達はチーフに気を使う関係となる。

  この複雑な関係から部下達はなかなか相手が読めない状況となる。

それも含めて店舗の店長の方針は常に周囲に周知させておく必要はあろう。
それが暗黙の了解として周知されていれば、この店長はこのような状況においてはこのように判断し、相手にどのような行動を求めるかを常に周知させておく必要がある。

  店舗はこの価値観である程度の統一がなされているのである。

そしてその店長の価値観は企業の価値観と同じでなければならない。

  結果としてチェーンストアはこの価値観に統一されているのである。

とは言っても、個人個人の価値観は微妙に違ってくるものであるから、特に特別な状況になったときの個人個人の状況判断と行動パターンは微妙に異なるものだ。

  そこを阿吽の呼吸で理解し合える間柄。

それにはお互いにコミュニケーションの回数が重要なのだろうと思う。

  特に人事異動者との間には。






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2020年2月 4日 (火)

強みのパターン

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


自社の強み。

  これは他社との比較の中で見えてくるものである。

そしてそれはお客様の目線で他社と自社を比較し、自社にその強みがはっきりと目に見える形で映るから、自社を選択されるのである。

  しかし自社で働く従業員には意外にその事が見えていない場合が多い。

例えば所属する業界団体の研修会等に参加した場合の話。

  よく聞くのは自社のある部門に魅力があると言う意見。

しかし自社で働く従業員にはその部門が他社と比較して強みになっていると言う認識は無い。

  “自社内の同じ部門”

その程度の認識であろう。
逆にこの部門にはかなり力を入れていると思っていても、逆にその部門が他社からすると店舗内でも弱い部門として映っていることもある。

  それだけ自社内にいると見えてこない自社や自店の姿。

それは表面上の売場の状態や品揃え、更には単品の品質や鮮度という見える部分での姿であって、内部に入り込んで日々のバックヤードでの仕事の進め方になってくると尚更他社の状態は見えてこないものである。

自社が属する企業グループはどちらかと言うと内部のオペレーションに強みを持つと思っている。
しかしこれは他社の人間からするとなかなか見えてこない部分でもあろう。

  その強みがあるから売場の安定が維持されていると思われる。

しかしそれも他社と比較して、と言う比較の問題でもある。
自社からすればその維持とて日々の中でのデブロクがあり、単品での品切れや前出しができずにボロボロの状態の時もあろう。

  しかし他社から比較すると安定感は維持されている。

が、・・・ 。

  イベント対応能力という視点で見るとそれは弱みかも知れない。

よく、お盆と年末に関しては競合他社との比較による反省を店長会で行われるが、異口同音に発せられるのは売場の飾り付けや部門合同展開による売場の華やかさ。

  そこが競合他社と自社との大きな違いとして毎回登場する反省である。

それはおそらく内部での店舗としての販売計画や本部主導の情報の違いであろう。

  しかしそこは外部の人間には見えてこない部分でもある。

それは企業グループの研修会においてもなかなか見えてこない内部構造ではないだろうか。
おそらく1週間程度その店舗の中で1日の流れを視察しないと理解できない部分なのであろう。

  しかし転職してきた人間からするとその差は歴然と見えているものである。

そう言う意味では外部の目線を持つ内部の人間の観察力はまた別の意味で貴重な意見なのかも知れない。

  “なぜ、このような売場が作れるのか?”
  “なぜ、売場が毎日安定しているのか?”
  “なぜ、鮮魚売場のガラスが清潔なのか”

外部からは色々と見えてくる競合店の状態。

  やるかやらないかと言うことも必要かも知れない。

しかしそれ以上に、その企業はどうやってそれを実行しているのかと言う情報収集も重要であろう。






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2020年2月 3日 (月)

結果を出す世代

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


四十にして惑わず。

  孔子の言葉である。

人生において、40歳とは今まで歩んできた人生においてようやく惑うことなく、成功への道を歩む実力が付いたということであろうか。

  要は、結果を出すべき年代であるということであろう。

結果を出す世代というと、今まではヤンチャ(失敗)ばかりしていた時代から、少し落ち着いて状況を見極めながら攻めるという行動ではなく守るという視点に立って行動し、最終的には利益という部分の結果を求められるというイメージに捉えられてしまうかもしれない。

  それは企業によっても様々な結果の求められ方があるかも知れない。

しかし、小売業という世界、そしてそれも昨今の競争激化の時代にあって、決して後ろ向きの結果を求めようとすればするほど取り返しのつかない世界に迷い込むことになる。

  それこそ「四十にしても惑い続ける」ことになる。

売上にしても利益にしても、そして生産性にしても労働時間にしても、最後は競争の世界で勝ち続けていくからこそお客様の支持も得られ続けていくといことに繋がるのであろう。

  そしてそれは我慢比べの世界でもある。

上記のようにお客様の支持に対して貪欲に攻め続けていくということは、お互いの競争の世界においては勝つという明確な基準の無いこの世界においては、どちらかが諦める、そして脱落するという結果として終末を迎えることが多い。

  それは競合店の撤退という結末。

それを二十代、三十代で経験してくるからこそ、四十代では競争に勝つことの意味を知り、相手を撤退に追い込み、結果としてお客様を獲得できるのである。

  それを実行するのが四十代なのである。

その為には、二十代、三十代に競争に対しての引き出しを如何に数多く獲得できるかが重要となる。

  競争に対する引き出し。

それは競合店との競争において、店舗という総合的なお客様の選択肢をどう高められるかを見極め、部門別により具体的により生産性の高く効率的なところから実践していけるかの引き出しということになる。

  それが店長としての競争力になっていくのであろう。

そしてそんな個店個店の店長の存在こそが、企業としての引き出しであり財産となるのである。

  その為に店長も企業力を自店にどう活かすかが問われるのである。

チェーンストアであるから、本部の方針や具体的な手法は当然にあるだろう。
その方針や手法も含めて、個店の競争力に活かせるかという視点が大切なのである。

  本部が言うから。

それは四十にして未だに惑う人間の言い訳である。

  如何に身の回りの財産を有効に活用して自店の競争力を付けるか。

四十代にして惑わずその視点において競合店との戦いの臨むスタンスになれるのだろうと思うのである。

  その為に二十代、三十代で何を学ぶのか。

企業が求める人材と、自らが臨む人生。
それが一致することが、成功の鍵と言えるのかも知れない。







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2020年2月 2日 (日)

テセウスの船から

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


今日は日曜日。

  芸能ネタの日(笑)。

以前にもこのブログで書いた芸能ネタの「テセウスの船」。

  それにしても「テセウス」って何?。

まずはテセウスから紹介しよう。

「テセウスは、クレタ島にいた怪物を倒し、船に乗って無事に故郷に帰還しました。
村の人々はテセウスを“英雄”として、テセウスが航海した船を重要なものとして保存する事に。

しかし年月が経過するとともに、船の部材は次々に劣化をしていきます。
そのため、朽ちた部材は新たな部材へと取り換えられ、テセウスの船は修理・保全される事になりました。

やがて元々使用されていた部材は一つも無くなり、全てが新しい部材へと置き換わってしまった「テセウスの船」。
全ての部材が新しくなった「テセウスの船」も、テセウスが航海をした元の船と同じ船であると言えるのでしょうか?」。

  ネットで検索で上記のような説明文が載っていた。

要は、それを形作る一つ一つの素材が全て入れ替わったのに、それは従来通りのテセウスの船と言えるのかという論理的な問いなのである。

  例えばそれはアイドルグループに例えようか。

AKB48というグループが登場した。
そのグループは当初は一期生10名からスタートしたアイドルグループであったが、その後二期生、三期生と続きどんどん新たなメンバーが入ってきたと同時に、一期生が順次卒業していき、今では誰も一期生が存在しないメンバー構成となってしまった。

  さてこのアイドルグループは AKB48と言えるのだろうか?。

それを論理的に結論づけようとする行為が、ギリシャ神話に載るほどの遠い昔に存在し、この議題に対して哲学の思考議論された議題であったという。

  それがこのドラマのテーマ。

ということは、今回のテセウスの船の本意とは、今現在の環境に疑問を持つ人間が、その歴史のスタート次点に帰り、その行動によって歴史が変わり、違った結果として現在を変えること自体が、本当にその人間の人生と言えるのだろうかという問いをドラマを通して視聴者に問いかけていくドラマであろうということだろうか。

このドラマの今までの経緯で言えば、自分の父親が殺人犯として現在勾留中であり、その事実を隠して生活してきた主人公がその真実を確かめようと現場に行った時に、何故か、その時代の過去に舞い込んでしまうという、あり得ない状況からドラマが始まるのである。

そして、過去の事実の中で彼の活躍により変えられた部分と変えられなかった部分が生まれていき、その途中経緯の中で真犯人が誰なのかを追及していくドラマであるのが現在の途中経過なのである。

  流石は日曜劇場でありどんどんこのドラマにのめり込んでいってしまう。

しかし上記のように、彼が過去に戻ることによって、事実が一部変えられてしまうという設定でドラマが進められていくのだが、そこに「テセウスの船」というドラマのテーマが設定されているのがミソであろうか。

  そう考えると最終的にはテセウスの船の議論に向かうのではないだろうか。

彼の行動は果たしてその後の彼の人生をどう変えてしまうのであろうか。
そして、彼の過去の時代に起こした行動は、結果的にその後の事実にどう影響を与えたのか。

  それらの問いが後半の見どころであろうか。

是非、そこの人生論に注目して見ていただければと思うのである。






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2020年2月 1日 (土)

年間最終月

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


いよいよ年間12ヶ月の年度切り替えの最終の月となった。

   年度末とい月間。

企業によっては、3月スタートもあれば4月スタートもあろうし、逆に9月スタートの企業もあるかもしれない。

  しかし概ねは3月から新年度という企業が多いのではないだろうか。

そして当社も3月からが新たな年度として区切られている。
そういう意味でも、節分の時期が年度切り替えとして歳時記的にも気持ちの切り替えが出来る月なのかもしれない。

  節分をを区切りとして翌日から立春。

そして新たな年度のイメージとしての春が立ち上がるのが2月4日。
よって、その立春を3月からに見立てての新年度のスタート。

  その意味では2月月刊の業績でその年度の結果が決まるのである。

しかし我々業界では、12月までの業績でその年度の業績がほぼ決定したと判断し、1月2月は人事異動、新年度への方針やストアコンセプト立案の時期として業績という結果よりも、前年の反省と新年度への計画立案の時期として位置付けられているようだ。

  そして歳時記は「節分」「恵方巻」。

現在では2月3日の節分は曜日に関係無く一年で一番寿司が売れる日となってしまった。

  更には「初午」。

節分から初午の間に、知る人ぞしる「しもつかれ」という食材が各家庭で作られ、初午に稲荷神社に捧げられる日でもある。

  更には、2月14日のバレンタインデー。

年々、バレンタインデーも女性からの告白の日という固定概念から、自分へのご褒美としての美味しいチョコレートを食べる日として変異してきている。

  これは恵方巻も同様であろうか。

本来は由緒正しい謂れがその裏側にあったのだが、それがいつの間にかそのもの自体を「食べる」、更には楽しんで食べるという食の豊かさを交えたイベントに変異して広がっていったのと同じであろうか。

  そして今年から天皇誕生日が2月23日になったのである。

今までの12月23日というクリスマス商戦に影響を与えてきた天皇誕生日では無く、2月23日という日に変更された。

  思えば新天皇と私は同じ1960年生まれ。

新天皇は早生まれの為、学年で言うと私の一つ上の学年となるが、生まれは同じ年。

  しかし、私の誕生日は誰も祝ってはくれない(笑)。

そして今年は閏年の為、2月は29日まで存在する。

  この1日のプラスは業績には大きい存在となろう。

そんな2月が今日からスタートである。





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