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2019年9月 6日 (金)

初めての経験

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


来月から施行の消費増税。

  今まで3度増税を経験してきた。

その都度新たな増税の傾向が見えてきた。

  直前に買いだめ需要が爆発するという消費傾向。
  直後には買いだめされたカテゴリーが低下傾向。

そして中々、その低下傾向が回復しないという現実。
今までは0%から3%への増税、3%から5%への増税、そして直近では2014年の5%から8%への増税。

  回を繰り返すごとに駆け込み需要が拡大しているという事実。

消費者といか国民は回を重ねるごとに、どのタイミングでどのカテゴリーを買いだめすればいいのかを過去3回の増税で学んできたのであろう。

  しかし今回の大きな違いは軽減税率の精度が導入されるということだ。

過去は全て一律で増税されたが、今回は軽減税率の施行に伴い、我々が扱うほとんどの商品は増税の対象とならない。

  ここに過去からは学ぶことができない環境の違いがある。

一般に増税になるのであるから、消費は全般に従来の経験から言っても下降傾向になるのは間違いないであろうか。

  但し、一律に低下していくかどうかは新たな税制制度にかかっている。

食品を持ち帰ると8%据え置きのまま。
食品をその場で食べると10%増税へ

  ここに従来の経験が活きない環境の変化がある。

所謂、増税に関しての初めての経験となるのである。
  
  この初めての経験をどう読むか?。

ここに仮説力が問われるのではないだろうか。
私は、今回の軽減税率を併用した増税に対しては、外食は10%、スーパー等での素材の購入では8%据え置きという措置によって、消費する場所が大きく変化するのではないだろうかという仮説を立てている。

  その仮説に則った現場での対応。

そしてその仮説を立てるということ自体が、今回の軽減税率と伴う増税の大きなポイントであると思っている。

  全国民が初めての経験となるから。

初めての経験時には、仮説を立てることが前提となろう。

  仮説が正しいか間違いかではない。

仮説を立てることが、必ず次回に活きてくるのである。
次回の増税時だけではなく、あらゆる変化への対応に対して仮説を持って臨むことは重要なことである。

  仮説を立てるから事後にその仮説とのギャップを肌で感じることができるのである。

仮説を立てなければ事実だけが記憶として残るが、仮説を立てて臨めば事実と自分の仮説のギャップまでもが記憶として残り、次回の仮説立案を大いに手助けしてくれるのである。

  仮説を立てる。

それはそれ以降の自分の仮説力を一つ一つ精度の高いものへと高めてくれるのである。

  間違ってもいいから仮説を立てて歩む。

人生において大切なことではないだろうか。





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コメント

第01肉屋さん、コメントありがとうございます。
今回は肉屋での消費増税と軽減税率の体験。貴重な体験と今後消費増税は矢継ぎ早に襲ってくるでしょうから、次回のために知恵を蓄えておきたいですね。そのことによって次回からの手の打ち方も先手先手になるでしょう。

投稿: てっちゃん | 2019年9月 6日 (金) 23時58分

ただのバイトさんへ。
いくら聡明な頭を以って明快な判断が出来ても、やるかやらないかの決断は熱いハートがあるかないかで決まるものです。だから時として、いや往々にして頭のいい集団が度胸のいい集団の後追いをしてしまうもの。だから人生はオモロイとも言えるのですが。

投稿: てっちゃん | 2019年9月 6日 (金) 23時53分

8%の増税になった際のスーパーはまだイオンに勤めていたことだったのと経験不足でそこまで常識が不足していたから、そこまで売り上げが上がったイメージがありませんでしたが、
タバコが飛ぶように売れた記憶しかありません。
入り口前にタバコの特設コーナーを設置して3000円5000円のタバコ箱買いがすごく出ていたイメージがあります。
食品は、そのころ自分は精肉だったかギフトだったか記憶が定かではありませんが、ギフトで働いていたと思いますので、入り口正面の記憶があったのではないかと思います。

高価格商品が飛ぶように売れた記憶はなく、その当時は中国人のインバウンドが多々あった頃なので当時のお客様は日本人相手ではなく中国人観光客相手の商売が主流でした。
タバコ・薬・生理用品が飛ぶように売れたのがその時期だったかもしれません。

投稿: 第01肉屋 | 2019年9月 6日 (金) 10時12分

「人と物が複雑に絡み合うビジネス」「商売は心理学」…

頭と心が複雑に絡み合うビジネスですね。

「判断は頭でするもの、決断はハート(心)でするもの」

野村克也さんが野球の采配について述べた名言ですが、これはどんな分野にも当て嵌まると思います。
判断できているのに、決断できない。あるいは判断できてないのに決断する。
どんな分野であれ、その分野でひとかどの人物はそんな失敗を繰り返してひどかどの人物になったのでしょうね。

売り切りのタイミングとか未だにこんな失敗ばかりですよ、笑
「少しでも安く買いたい」と「少しでも高く売りたい」の真剣勝負の中で。


投稿: ただのバイト | 2019年9月 6日 (金) 07時01分

ただのバイトさん、コメントありがとうございます。
商売の醍醐味はまさにただのバイトさんが仰る通り「人」が「物」を「人」に売る商売。
人と物が複雑に絡み合うビジネスですからそこには乾いた数値だけでは理解出来ない結果を生むこともままあり、それをも含めての仮説立案が個人の能力の差になって後々蓄積されていくのでしょう。
同じお店でも違う人間が同じ商品を単品量販しようとするとそこには何故か数量の差が生まれるもの。それが仮説力であり自分だったらこれだけの数量を売り込めるという経験とプラスαの仮説を上乗せして数量を決定し入荷展開する。そして「売ってやる」という意思がここに上乗せされて、そこに知恵という発想が新たに加われば結果として入荷商品を売り切ってしまうもの。
元セブン&アイの鈴木敏文会長の言葉に「商売は心理学」と言っていましたがまさにその通りだと思います。そしてそれは働く従業員のマネジメントにも同じことが言えると思います。仮説を立ててその先を読もうとするか全て受け身で後手後手に回ってしまうかで、自ずと結果は違ってくるもの。その結果が数値であり業績であるから、結果のデータだけ見ても、何故?となってしまう。データとは振り回されるものではなく、仮説を立てるから的をえたデータ検証が出来、データの重要性を理解できるのだと思います。
そういう意味では授業の予習の表現はまさにその通りだと思います。
仮説とは予習のこと。前もって事前に予習をするから理解度も増し、新たな発見も敏感に気づくもの。見事な例えですね。参考にさせていただきます(笑)。

投稿: てっちゃん | 2019年9月 6日 (金) 06時18分

追伸、仮説を立てるというとなんだか難しい行為のように思いますが、これは学校や塾での勉強で予習をするのと同じようなものですね。
まず前日に授業の予習をしておき、予め疑問点などを整理しておく。そうすれば当日授業を受けたときの理解度が全然違うものですし、当日の授業で自分ではわかったつもりでいた箇所が実は違ったりするということに気づく。この当日の授業が、仮説を立てて作った売り場での実際にお客様の反応などを見たり売り上げの実績と言った経験に当たるでしょうか。
そしてそれを元に復習して、さらに理解度を深める。
内容は違ってもやっていることはそんなに変わらないですね。

さらに追伸、タイムリーな話題ですが京急線の脱線、衝突事故のニュースで、衝突したトラックの積み荷であるレモンやグレープフルーツ、オレンジなどの柑橘類が線路上に散乱していることから
重大事故にも関わらず何ともユルい雰囲気を醸し出していて、辺りは柑橘系の香りが漂っていたのだろうか、などと想像してしまいます。
果物の爽やかで人を和ませる力は凄いなと思いました。

投稿: ただのバイト | 2019年9月 6日 (金) 05時32分

最近改めて思うのは、ここで言う「経験」や「仮説力」というようなものがあって初めて、数字を読む力が養われるのではないかということです。

自ら立てた仮説を数字が裏付けたり、後押ししたり、時に数字の嘘を見抜けたり。数字自体は嘘をついているのではなくて、ある一面の真実ではあるけれども、そこに「あれ、おかしいな」と気づくことができるかどうか。
この日、なんでこんなに売れてるのかな、とか、昨年のこの日の売上は普段なら売れるわけないのに何で~万もあるのとか、こんな発注量絶対あり得ないから発注ミスでしょ、と気づける能力は毎日の経験から。「異常」を察知する能力は、毎日見て聞いて感じて「通常」を知っているということからです。

ある新入社員が夕市の商品として、当時の相場で1束298円のほうれん草を248円と50円下げて大量陳列していたことがありますが、もちろん売れませんでした。誰に聞いても250円近いほうれん草は高いと言います。
こうした値頃感というのは論理的に説明すれば理解できるものではなくて、どうしたってある程度の経験を積まなければ身につかないものです。
原価を知っている人間からすれば安いとしても、それが買い手にとって安いわけでもなく、あるいは仕入れ業者みたいな人なら安いと思う品でも一般の消費者には全く訴求しなかったりします。
野菜で言えば低単価・高回転・必需品と言う3要素が欠けている物は野菜であっても野菜ではないのです。何年かに一度レタスやキャベツが高騰して400円、500円と言う値段を付けますが、それは野菜としての役目は担えない商品になります。そんな価格でレタスを買うならサラダ菜とか他に安い野菜で間に合わせるわ、というのがお客様の声です。
売り場のボリューム感というのもそうです。こんな陳列量じゃ前日の残り物じゃないの?と疑われたりして、初めてわかるものです。

そもそも人間がやることは必ずしも「論理」で説明できることではなく、他に「感情」(=喜怒哀楽)や「感性」(=好き嫌い)と言ったものが関わってくるのです。
ビジネスの世界では、そうしたものは極力排除して客観的な数値を見なければ正しい判断はできないなんて言われますけど、商売と言うのはどうもそれだけでは上手くいかないように思うのです。
ファミリーレストランのロイヤルホストが24時間営業をやめると打ち出した時に7億円の減収を覚悟していたそうですが、蓋を開けてみれば7億円の増収で、営業時間短縮による従業員の士気の向上が原因と分析されています。
そういうものは事前の数字に反映しきれないもの。売上減を怖がって営業時間を縮められない一因でもあります。

そして数字はいくらでも悪用できます。
改装したとあるお店が売上昨対110%で大成功などと言っていましたが、平日20万売れる店が高いお金をかけて改装したにも関わらず22万になっただけです。それを昨対110%という部分だけを切り取って言っているに過ぎませんでした。
また昨対でどの数字も悪くて商品部の責任問題になるからと、唯一昨年の数字を越えられそうな買い上げ点数を増やすために、オクラ1本28円とか、アスパラガス1本98円とか、最後はスナップえんどう1本10円とか、馬鹿みたいにバラ売りしてどうにかこうにか数字上は昨年の点数を越えられましたが、売上金額はますます落っこちて、レジのタッチキーは増えまくって大迷惑、1つずつ形を確かめられますなどと謳っていましたが、それ以上に「他の人がベタベタ触ったようなスナップえんどうなんかワタシ買いたくない!」というお客様も多かったですね。
こんなバカみたいなことが硬直化、官僚化した組織では実際起こっているんです。これらは全て数字が先に来て、数字に振り回された結果です。

僕が大嫌いな数字の指標に「人時売上」というものがあります。
競合店の影響で生鮮部門が軒並みズタボロで、それをカバーすべきとグロッサリー部門のマネージャーが店長からしばしば人時売上が悪いと言われていましたが、原因は明らかでグロッサリーの中に加工食品だけでなく銘店、ギフトが入っているからです。
銘店というのは3000円の商品を1つ売るのに接客で30分要したりします。30分あったら3000円の米をどれだけ陳列できるかと問われたら、確かに効率はとても悪い。しかしその指標だけで判断していいのかどうか。
もっというとレジの人時売上。これを言ったらどんなにレジが長蛇の列でも少ないレジの人数で混ませれば混ませた分だけ効率が良いということになります。
つまり、これらの考え方を突き詰めていけば、(凄くあからさまな言い方になりますが)
「いかに劣悪なサービス・接客レベルでどれだけ高い金をぼったくれるか?」になってしまいますよ。

投稿: ただのバイト | 2019年9月 6日 (金) 05時00分

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