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2019年6月

2019年6月30日 (日)

7月の新ドラマ

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


今日は日曜日。

  芸能ネタの日(笑)。

前回のドラマでは、主に「東京AK男子」と「俺のスカートどこいった?」をメインに途中の紹介をした。

  「東京AK男子」は計8話と短かった。
  「俺のスカートどこいった」は計10話まで続いた。

共に意外な結末とラストはハッピーエンディングではあったが、それなりに楽しめたドラマであった。

  そしていよいよ7月スタートのドラマの紹介である。

まずは、7月16日(火)フジテレビ 21時スタート。

  「TWO WEEkS(トゥー・ウィークス)。

https://matome.naver.jp/odai/2141740245919561001/2156090442871974803

主演は三浦春馬。

  久しぶりの主演となる。

トゥー・ウィークスと言うだけあった、限られた2週間と言う時間で愛するものと無実の罪を救えるかと言うのがタイトルである。

  タイムリミットは2週間。

非常にタイトな時間を約3ヶ月をかけて放映するのであるから、中身の濃いドラマが期待できるであろう。
脇役として高嶋政伸、黒木瞳を擁して迫力のある俳優陣の切迫感のあるドラマが期待できるのではないか。

次は、7月9日(火) TBS  22時スタート。

  「Feaven? 極楽レストラン」。

https://matome.naver.jp/odai/2141740245919561001/2156116355156423503

  主演は石原さとみ。

これはもう見るしかないでしょう(笑)。

変わり者オーナーと個性派シェフらが巻き起こすドタバタ・ハートフルドラマらしい。
上記のトゥー・ウィークスも火曜日の21時からで、極楽レストランは22時から。

  火曜日は久々に見たいドラマが連続放映される曜日となった。

そして、7月10日(水) 日テレ 22時スタート。

  「偽装不倫」。

https://matome.naver.jp/odai/2141740245919561001/2155762972757521903

なんとも穏やかではないタイトルだが、中身はラブコメ。

  主演は、杏。

婚活疲れの一人旅に出かけた機内の偶然から既婚と偽り、そこから偽装不倫へと発展するが、そこのギクシャク感が面白そうである。

更に、7月11日(木) フジテレビ 22時スタート。

  「ルパンの娘」。

https://matome.naver.jp/odai/2141740245919561001/2156133536808633003

  主演は深田恭子。

これも見るしかないでしょう(笑)。

  泥棒の彼氏が警察官という設定。

さてどんな破天荒で面白いドラマとなるか期待大である。

そして最後は、7月7日(日) TBS  21時スタート。

  「ノーサイドゲーム」。

https://matome.naver.jp/odai/2141740245919561001/2155762976057528403

  主演は大泉洋。

日曜劇場でもあり、池井戸潤の書き下ろしでもある。

  出世コースから外れたサラリーマンの再起の物語。

企業人、組織人としては面白いドラマであろう。

  また新たなドラマのシーズンがやってきた。










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2019年6月29日 (土)

評価を得たい相手

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


人間の評価。

  出来れば上司から高い評価を得たい。

それは組織人として当然の想いであろう。

  それと同時に部下からも高い評価を得たい。

それも上司からの評価と同様に重要視しているリーダーも多い。

  上司と部下からの高い評価。

これに勝る組織人はいないであろう。

しかし上司と部下からの高い評価とは、相反する要素を同時に満たさなければならないため、上司からの評価が高いリーダーは部下からの評価が低かったり、部下からの評価が高いリーダーは上司からの評価が低かったりするものだ。

  上司にも部下にも高い評価を得るリーダー。

それは、本物であろう。

  要は部下のモチベーションを高めながら上司の目指す組織作りが出来る。

企業が目指すあるべき姿に確実に近ずく方針を店舗や組織で掲げ、その方向へ確実に向かっている組織の実態とその姿勢が上司から評価され、同時にそこへ向かうために自分が率いる組織のメンバー達にしっかりと方向性を示し、一人一人の働くモチベーションを維持して部下達の持てる能力をあるべき姿に向かって一致団結させ確実に進化している組織。

  まさに理想の姿である(笑)。

しかし、そんなリーダーが実在して上司にも部下にも高い評価を得ているリーダーはどれほどの数なのであろうか?。

  まさに夢物語ではないだろうか。

そのほとんどのリーダー達は、上司から示されたあるべき姿に対して理解し受け入れはするが、対して自分が率いる組織やその人材の実態とも直面しなければならない。

  組織の人材不足もあろう。
  組織を人材能力もあろう。
  自分の運営能力もあろう。
  自企業の組織力もあろう。

色々な問題を抱えながら企業が進むべき方向性と同じ方向を向いて、より具体的に自分の立てた店舗方針や組織方針に沿って自組織を運営すべく日々諸問題と葛藤しているのである。

  特に部下の行動とそこから起因する業績との狭間でもがくのだ。

それは出来るだけ上司の指示や指導に沿った形で部下を説得して行動させ、実績を高めたいとの相反するギャップに苦しむからであろう。

  それは上司からも部下からも高い評価を得たいという欲求からであろう。

しかし、それ故にどちらからも中途半端として評価されてしまう可能性が高まるのである。

それでは、どうしたらいいのであろうか?。

  能力を有する人材から高い評価を得ることを優先したいものである。

上司だろうが部下だろうが、高い能力を有する人材は、仕事面でも適切な判断をして行動している人材が多い。

  彼らからの共感を得られる存在。

それが一つの目安ではないだろうか。
特に全ての部下からの高い評価は不可能に近いであろう。

  八方美人的な部下への対応。

それでは組織運営は縮小均衡となっていくであろう。

  高い能力を有した部下からの高い評価。

それは、彼らのモチベーションを高め、そして彼らのリーダーシップによって組織はより効率的に回転していくであろう。

  能力の高い部下とは決して後ろ向きな考えは持たない。

前へ前へ。

  そんな部下達の共感を得ながら組織運営を図る。

評価を得るということは、自分の方針を実現しやすい環境を作るということでもある。
そしてそれが組織自体の進む道を耕していくということでもある。




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2019年6月28日 (金)

最終コーナー

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


店舗レイアウト。

  自店のレイアウトは把握されているであろう。

そしてお客様のおおよその客動線を想定して、エンド展開やフリースペースでの商品展開を計画する。

  強い定番、弱い定番。
  強い平台、弱い平台。
  強いエンド、弱いエンド。
  強い催事場、弱い催事場。

店舗レイアウトと客動線から、お客様の目に留まりやすい場所と目に留まりにくい場所が生まれるのは必須であろう。
そして、目に止まりやすい場所が強い場所となり、目に留まりにくい場所が弱い場所となって別れていく。

  そして、そこからが問題だ。

目に留まりにくい弱いフリースペースだからといって目をつむって諦めるのか、そこを逆に利用して店舗レイアウトを活性化させるのか。

  この発想の逆転で店舗の売り上げは大きく変動していくもの。

そして、どうしても強い場所に強い商品を置きたがるものでもある。

  それはそれで売れ筋商品の最大値を引き出せる可能性は高まるであろう。

しかし店長としてもっと重要なのは、店舗全体の売り上げ拡大である。
店舗全体の売り上げは、単品の積み重ねではあるが、その強い単品だけが商品ではない。

  むしろ強い単品はどこに置いても売れるのである。

よって、強い単品を敢えて弱い場所に展開してお客様の買い回りを誘い、そのことで客動線を多方面へ誘発し、そこからいろいろな売場を見て頂き買い上げ点数を上げていくという手法もアリなのである。

  しかしこれも数をこなすことで見えてくる手法であろう。

だから、敢えてやってみるのである。

  やってみると色々なことが見えてくる。

何をやれば弱い場所でもコンスタントに売れるのか。何はダメなのか。
どこに強い単品を展開すれば、客動線がそのように変化するのか。しないのか。

  それらの組み合わせから店舗レイアウト上の役割が見えてくる。

これは、店長以外には絶対に見つけることができない店舗特性であろう。

  店舗全体を自由に更生できるのは店長だけであるから。

だから、店長は店舗全体を自分の販売計画に取り込まなければならないのである。

  逆に言うと部門の縦割りをお客様視点の横割りに是正できる唯一の存在。

前回のてっちゃん会の20幕。

  若手店長が点数拡大の事例を報告した。

それは、店舗レイアウトの最終コーナーに点数拡大の為の菓子を価格訴求して展開。

  客動線の最終コーナーで単品量販。

これは勇気がいるであろう。

  もし社内コンテストでもあったら絶対にやれない企画。

しかし、店舗全体の点数拡大を目指し、お客様に最終コーナーまでたどり着かせるために設置した量販コーナー。
要は、この最終コーナーの存在をお客様認識しながらも、そこにたどり着くまでに店内のいろいろな客動線にいろいろな仕掛けをし、その仕掛け通りに買い回りをすると客動線が長くなる。

  “最後は最終コーナーの単品量販コーナーへ”

そんな目的がお客様にはあるから、店舗側も安心してそこまでの動線を敢えて長く仕掛けて、途中途中での買い上げ率を高める仕掛けを施し、結果的に点数拡大を目論む。

  そして最後に目的の量販の菓子を買っていただく。

そんなトライをして、見頃に目論みを果たし大幅に点数拡大による売上拡大を果たしたという事例。

  そんな成功事例をあの若さで手に入れたのである。

そんな事例を聞くと、聞いているこちらもまだまだ負けるわけにはいきません!、という活気が湧いてくるのであった(笑)。







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2019年6月27日 (木)

成功したいなら

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


成功と失敗。

  一回勝負で捉えればどちらかに評価されるのであろう。

しかし、長い人生、長い商売、長い一年という見方をするならば、失敗は成功の素であるしその場の成功が永遠の成功かといえばそんなことは全く無い。

  成功失敗を繰り返しながら長い人生を歩んでいくのである。

そして、そう考えるのであれば成功も失敗もないし、やった回数が多ければ多いほど成功への道を確立していける可能性が高まるというものであろう。

  だから、成功や失敗で一喜一憂しても対して意味は無いのである。

意味が無いというよりも、失敗は次へのステップであるし、成功も次へのステップでもある。

  そう考えて成功への道筋を色々と経験すべきなのであろう。

そう考える、長い人生において結果的に成功と言えるようになるには、これはもう失敗の数であると断言できるであろう。

  人生の成功は数をこなすということに尽きる。

よって、長い目で見た場合の成功を目指すならば、数をこなして結果的に失敗だろうが成功だろうが関係なく、ひたすら数をこなすという人間として非常に原始的な一歩一歩の地道な歩みこそが成功の根源と言えるのであろう。

  しかしやはり人間どこかで躊躇してしまうもの。

“これをやったらきっと誰かに言われるだろう”
“流石にそれは恥ずかしてくて出来ないだろう”
“ブログにコメント書くなんてとても無理だろ”

  どしても自分の行動をどこかで規制してしまうもの。

その規制が数をこなすという行動から遠ざけ、自分を客観視してしまうようになっていく。

  そしてその選択は自分にとっても楽なのだ(笑)。

勇気を持って壁にぶつかっていくという行為。

  ある意味、その勇気が人間を成長させていくのでもあるが。

そして、数をこなすということは、この勇気を持って行動するということに対しても、違和感なく自分の心の葛藤を制することができるようになっていくのである。

  数をこなすことによる精神の進化。

この心の成長は自分にとって大きな宝になっていくのではないだろうか。

  そんな勇気ある行動が自分に新たな世界をもたらしてくれるもの。

そんな成功体験を繰り返していくと、自分の行動への自信が付き、新たなステージを切り開く目が養われていく。

  ここぞという場面での行動力が付いてくる。

ここで一歩踏み込む。
このチャンスを掴みとる。
ここが押さえどころ。

  そんな人生の肝を掴みとる勘どころ。

そんなものが見えてくるようになるものだ。

  何れにしても数をこなすことで全てを手に入れられるようになる。

数とは、必ずその延長線上に「失敗」が付きまとうもの。
しかし、敢えてその失敗というリスク背中に背負いながらも、行動し失敗し、その失敗から多くを学び次回への成功の道筋を体得し、新たなステージを切り開く行動力を身につけていく。

  人生とは全てがこのような因果応報の上に成り立っているのではないだろうか。








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2019年6月26日 (水)

嫌味

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


店長としてリーダーとして部下に嫌味の一つも言いたくなる時があろう(笑)。

  しかし「嫌味」は何れにしても「悪」である。

嫌味からは何の発展性も進化も生まれない。

  生まれるのは怒りの矛先が確定すると言うことだけである。

嫌味とは大抵の場合は、上司が失敗をした部下に対して、それを叱責する場合にその失敗に対して論理的に冷静に客観的に指摘する以上に、「嫌味」という感情表現に置き換えて自分のストレスを発散することである。

  その感情をぶつけられた部下は同様の感情を抱くもの。

その感情は怒りとなって嫌味を言われた上司に向けられる。

  “何もそんな言い方は無いだろう”

本来は自分の過失であるにも関わらず、上司の嫌味に対して怒りの感情が込み上げ、その怒りが嫌味を言った上司に対して別の攻撃材料を作ってしまうのである。

  “ひどいことを言う上司が許せない”

よって、自分の過失に対しての反省とは逆に、上司への反感という感情抱き、本来あるべき上司と部下の信頼関係は崩れてしまう。
そして、それの交互作用がますます上司と部下との距離を広げ、いずれ不信感しか持てない関係となっていくのである。

  嫌味には何の発展性も無いのである。

しかし、どうしても言いたくなる時もあろう(笑)。
毎回毎回提出物が期限を過ぎる部下がいたとする。

  「おい何考えてんだ。だから業績も振るわないんだよ。」

提出物と業績の因果関係はあるかもしれないが、それを客観的にその因果関係を説かねばならない。

  「思考が遅れれば打つ手も遅れて業績にも跳ね返るぞ。」

提出物とは自らの思考の整理してまとめ、次回への対応を記する場合が多い。
状況を整理して自分の思考回路を再調整し、次への一手をまとめたものを上司の提出する。

  それが遅れれば遅れるほど打ち手も遅れる。

それが延々と続けば、何も手を打たずに状況を悪化されることになる。

  その打ち手を部下が自分の頭で自ら整理し自ら行動するきっかけなのである。

そして業績とは部下の評価でもあり、いずれは自分の評価として跳ね返ってくるもの。
そのお互いの信頼関係を失うことは出来ない。

  よってそこに嫌味が入り込む余地は無いのである。

特に、上司が部下に嫌味を言う場面とは、部下の軽い過失の場合が多い。

  提出物の遅れ。
  会議への遅刻。
  
普段の仕事ぶりのだらし無さからくる態度に対して、上司が普段から募らせていた不満が爆発して、その爆発を凝縮させてぽろっと言葉に出てしまうことが多いもの。

  それはやはり早い段階で客観的に因果関係を説くことが望ましい。

何事も初めが肝心であり、それによって彼の環境がどう悪化し、いずれ取り返しのつかない事態に陥っていくのかを初めに説くことが望まれるであろう。






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2019年6月25日 (火)

魚の三大デメリット

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


ようやく鮮魚部門の下落傾向に歯止めがかかったか。

  最近の鮮魚部門の業績を見るとそんな感じがする。

しかし、鮮魚部門のメインである丸魚や生切身の負の部分はいまだに解決されてはいない。

  食べづらい。
  焼きずらい。
  アラが出る。

これが、鮮魚を取り巻く家庭での調理時の三大デメリットである。

  骨があって非常に食べずらい。

骨を除去するのに、もしかすると両手を使って手指をベタベタにしながら骨を取るという作業。
昔はそんなの当たり前で、それを舌で舐めてそのまま箸を持って食べた時代でもあったが、今の若者には両手で魚を捌きながら食べるという習慣はないであろう。

それでもどうしても骨が取りきれずに、口に入った小骨を食べながら舌で口先まで持ってきて手で取り出すという行為も出来ないであろうか(笑)。

そのまま焼くのは簡単だが、そこから先の面倒くささがどうしてもつきまとう。

  よって、「骨なし」の切身が人気なのもよくわかる。

また、家庭のキッチンのスタイルが変容し、ダイニングとキッチンが同じ空間に位置するレイアウトが一般化し、キッチンからの煙や匂いがダイニングにダイレクトに流れてしまうとい状況を嫌い、魚料理や焼き魚というメニューを嫌う家庭が増えてきているのも現実であろうか。

  レンジでチン対応パックの拡大はそれを物語る。

煙を出したくない、骨とりも面倒、でも魚が食べたい。

  そんなお客様の要望に応えての商品開発。

それがレンジでチン対応の魚料理である。

  本当に便利な時代になったものだ。

しかし、まだまだメインの商材には至っていない。

そして、最後の負は「アラ処理」。

  魚から出るアラの処理である。

家庭でゴミを出したくない、特に生ゴミは週に2回程度しか回収に来ないため、アラの痛んだ匂いがそれこそダイニングを充満させるのである。
これも、ある意味魚を焼いた時の匂いや煙を嫌う傾向と同じであろう。

  生臭い匂いを家中に充満させたくない。

よって、極力スーパーで調理加工された状態で購入して持ち帰りたいというニーズ。

  今やいわしは「開き」や「ドレス」の商品動向の主たるSKUとなっている。

そかし、それほどデメリットもあろうが、魚需要は上記の課題を多少なりとも解決していけば、再び食卓を賑わす商材として未来は明るいと思われる。

  健康に生きたいから。

特に、50歳を超えると自ら摂りたい食事やメニューからフライヤ天ぷら、肉類を外していく傾向になっていく。

  それは自分がそうだから。

最近の仕事での昼食は、どちらかと言えば寿司、おにぎり、サラダ等がメインとなっている。

  従来のようなコテコテの弁当を嫌う傾向になってきた。

自分の胃がそれらを受け付けないのである。
おそらくそれは50歳を越えた方なら、誰でも経験のあることなのであろう。

  それだけ劇的に食生活が変化するのである。

そして、そんな年齢の方が今後ますます増えていくわけである。
先日の、てっちゃん会でのある成功事例の報告でも、骨無し切身の提案が鮮魚部門の業績を底上げしているという事例もあった。

  鮮魚部門の負の解消。

そのことを進めていくのが食品スーパーの役割でもあろうし、差別化の見える化でもあるのだろう。










  

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2019年6月24日 (月)

舌に自信を持つ

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。



我々の仕事は食品スーパーの仕事。

  日々食される食材の販売がメイン。

よって、自店で販売されている食材がどんなものなのか、味は、調理は、価格は、そして競合の状況は。

  自店で販売する単品を取り巻く環境を把握していることが前提。

そういう意味では、自店で販売する食材をどれほど知り尽くしているのだろうか。

  特に「味」に関しては重要なポイントであろう。

メーカーが製造している商品に関しては、ある程度一定の品質を保っている為、味のばらつきはほとんど無いであろうが、生鮮品に関しては個体差が大きい為、極端な話1パック1パック商品が違い味が違うということもある。

まぁ、それは極端な話として季節的に見ても、旬の走りと盛り、そしてなごりのかく時期での味の違いもあろうし、獲れた(採れた)産地によっても味の違いもあろうし、それこそ1尾の部位によっても大きな違いがあろう。

  それらを自分の舌で区別できるかどうか。

この知識というか体験というか能力は是が非でも習得しておきたいものである。
それは、自分の販売する商品を知るという最も当たり前の技術ではないだろうか。

  売る技術も大切。

しかし、売る技術を身に付けるということは、売る商品を知るということが前提であろう。

  というよりも売る商品を知り惚れるということであろうか。

商品の味を知り、食卓のシーンに合わせた多様性や味覚に惚れて、そして自分以外の人にも是非味わって体験したいただき、幸せ感を共有したいという願い。

  その願いが売る技術を習得させるのであろう。

そしてその願いた単品量販につながり、量販によってその価値をお客様が共有し食の豊かさを体験する。

  その感謝が後日「美味しかったよ」という言葉になって帰ってくる。

そのやりとりが商売の醍醐味であり楽しさとなるのである。

  それにはまず自分の舌を鍛えることだ。

自分の舌が確実に商品価値を判断し、多くのお客様に共感されるのか否か。
その判断力が我々にとっては重要なのであり、それには自分の舌が一番信頼の置ける拠り所となる。

  食べてみて自分の舌でまずは判断する。

その商品の持つ本来の味と比較して、目の前の商品の味はどうなのか。
それには、ある程度の同じ商品のピンからキリまでの格差の把握も必要であろうし、熟成度の違いや産地、海域、サシの状態等も微妙な違いとして判断できなければならない。

  それも数をこなすという訓練の賜物。

更には、そこにも商品に惚れるという要素が何よりの要因として位置づけられるであろう。

  自分の舌を鍛える。

そして、自分の舌を信じて、惚れた商品を多くのお客様と共有する。

  それが多くのリピーターを生むのであろう。










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2019年6月23日 (日)

御礼15000コメント

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


今日は日曜日。

  芸能ネタの日(笑)。

しかし、残念ながら、ネタ切れ(汗)。
よって、今回も別ネタにて。

  先日、コメントが15000回を超えた。

前回に10000コメントの時の記事がこちら。

  http://tetu-syoubai.cocolog-nifty.com/blog/2016/07/post-a512.html

現在、記事数は4098記事。

  いつの間にか4000記事を超えていた。

4000記事も同時に祝おうかという流れである(笑)。

  1記事に対して3.66コメント数。

1コメントに対して私も必ずコメントを返すので、1記事に対して私以外に平均2人の方がコメントをくださるという計算である。

  本当に嬉しいことである。

SNSがここまで人々の生活の中に溶け込んでくるとは思えなかった2008年の2月12日からこのブログを立ち上げて11年半。

  この10年でのネットの進化は眼を見張るものがある。

あらゆるSNSが今やスマホで閲覧できる時代となってきた。

  当時はパソコンかガラケーかの時代。

このような情報発信もブログがメインの時代であったが、今やfacebook、Twitter、そしてInstagramの時代。
そして、このSNSの進化に伴い、交友関係も一気に様変わりをしてきた。

  リアルな顔見知りの交友関係。

これがSNS以前の関係であったとすれば、ブログという情報発信以降は、見ず知らずではあるが興味や趣味の合う仲間達が、仮想的に集う場が確立されてのである。

  普段は遠く離れているが毎日会話している関係。

それが、ブログでのやり取りを始め、 FacebookやTwitter、Instagram上での会話はそのように遠く離れてはいても、リアルな会話ができる関係性を築いたのである。

  それを利用すれば世界と繋がるのである。

そんな関係ではあっても、どうしても自分が興味を持つ者同士が集まってくるのが、ネットの世界でもあろうか。

  ネット上で繰り広げられるアップの数々。

その数の多さは圧倒的ではあるが、自分が興味を持つ繋がりは自然淘汰的に絞り込まれ、最後は本当にリアルな関係性へと進化していくのだろうと思う。

  その延長線上に「てっちゃん会」があるのであろう。

この会は何度も記しているが、非公開のFacebook上での関係である。

  メンバーの推薦が全ての加入方法。

よって、基本的には営業目的を有しない全くの有志の集まり。
だからそこに、純粋な自らの意志での参加という前提があり、そこに賛同したメンバーがコアな関係を築けるのである。

  そしてお互いに影響し合って切磋琢磨し合えるのであろう。

切磋琢磨とは、リアルな関係の同企業内のメンバーと行うものであるが、逆に言うと切磋琢磨とはこのようなSNSの関係の中でも行われるものであることを知ったのもこの会のおかげであろうか。

  事例紹介や取り組みの紹介、そしてアップ。

このような行為を繰り返しながら、いつしか自分もその世界に入り込み、そんな行動や実行を自社内で行使し、自社内での切磋琢磨以上にこの会を通しての切磋琢磨によって自らを成長させていく。

  ときに愚痴も言いたくなる時があろうだろう。

そんな愚痴も当たり前に受け入れられる場。

  しかし妥当性の無い愚痴には先輩諸氏からの叱責もある。

それも重要な切磋琢磨である。

  さて、次は5000記事。

続けたいものである。








  

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2019年6月22日 (土)

果実は腕次第

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


先日のてっちゃん会での後座の事例報告会。

  いろいろな取り組みが報告された。

その中で、果実に関する話題もあった。

  企業として果実の売り上げウェイトを高めること。

そのことで、ストアロイヤリティを高められるという仮定からの果実強化への取り組み。

  果実とは嗜好品。

よって、同じ青果部門の「野菜」とは異なり、嗜好品であるがゆえに「食べたい人が食べる」食材である。

  嗜好品とは特別に日々食さなくても良い食材。

日々の主食やご飯、味噌汁とかは人間の栄養分もあり、日々の摂取が必須となるが、例えば、お酒やコーヒーのように「風味や快感を味わうための飲料や喫煙物」を指す。

  そう考えると果実もそのような食材に入れることもできるだろう。

果実といと、みかんやりんごなどのように、我々日本人に慣れ親しんだ果実から、キウイ、バナナ等のように輸入果実ではあるが従来から生活に溶け込んだ商品もあろう。

更に、輸入ぶどう、輸入柑橘、輸入チェリーのようにその季節に応じて入荷する果実もあれば、さくらんぼやメロン、すいかのようにその季節に集中して消費される果実も多い。

  要は一年中安定した食材では無いということ。

ここが、果実が嗜好品に分類される所以ではないだろうか。
そして、この一年中安定して売場を作ることができないという要因から、その瞬間瞬間の売場作りと売り込みが発生するということである。

  一年中安定しない入荷。

それは、一言で言えば鮮度落ちも早い商品が多いということでもある。

  一年中安定した入荷が無く鮮度落ちも早い商品群。

青果の担当者からしたら、取り扱いたく無い商品群であるといえよう。

  その時期だけ売場を変えて売場を作る。
  しかし鮮度落ちも早いからロスも出る。

そんな事情から「売り切りごめん」としてロスの出ない売り方に徹しリスクを回避した売場作りになる傾向が強い。

  要は果実とは黙っていれば縮小均衡になる傾向の強い商品群であると言える。

更には、そこに旬の走り、盛り、名残りという推移があり、また産地や品質によって味の違いが大きいというカテゴリー。

  そこが果実を嗜好品のカテゴリーに括られる要因でもあろうか。

よって、野菜類とは比べ物にならないほどのリスクを伴う商品群であると言えよう。

  経験と勘と度胸を有するカテゴリー。

だから、企業規模とか店舗規模、客数の格差とは無縁の売場と販売数量が産まれるのである。

  要は担当者の腕次第で売場と売り上げが変わるカテゴリー。

そして、味や品質、そしてその瞬間において価格も大いに左右する売場作りが可能なカテゴリーが果実部門であると言える。
そこに着目して、果実を強化し競合店との差別化を図り、ストアロイヤリティを高め、客数増を図ろうとする企業戦略。

  そしてそれを受けての店長としての取り組み方。

青果出身、果実大好きと言う店長ばかりでは無い。

  店長の出身部門も多士精々。

都合よく青果出身者ばかりではないだろう。

  鮮魚もいれば精肉もい、惣菜、ベーカリー、グロサリーと多岐にわたる。

それらの多岐にわたる出身部門ではあるが、特に果実を強化すると言う方針にいかにスピーディーに追随し、そこの部門特性を把握して競合店以上の売場と売り上げを誇れるようになれるか。

  それが店長の仕事であり販売力でもあろう。

そう言う言う一つ一つの店長としての取り組みが店長をしてより高い販売力を身につける大いなるチャンスであり、旬や52週という我々業界のキーワードを身につけるチャンスでもあるのだ。

  さて今週はいよいよ「佐藤錦さくらんぼ」の最大ピーク時期。

この週末に打ち出す店舗、様子を見る店舗。

  ここに担当者の腕が見え隠れするタイミングであろうか。






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2019年6月21日 (金)

人は体験からしか学べない

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。



以前紹介した本。

  「ほめるな・叱るな・教えるな」。

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/482225030X/tetu0358-22

店長会でその本を読みあわせをする時間があるのだが、そこに非常に共感する言葉があった。

  「人は体験からしか学べない」。

人を教育する。部下を教育する。子供を教育する。

  教育には「知識」の教育と「知恵」の教育とがあろう。

知識の教育とはいわゆる学校教育のように、一方的に先生から生徒が学ぶ学校方式があろう。

  そこでは知識としての一般論が伝授される。

大きな考え方や業界の理論、企業のマニュアル、そして数値に関わる業績の見方等。

  この業界に関わる大きな枠組みの理論を学ぶには最適な方式。

この枠組みを習得することによって、考え方の方向性が理解でき、より短時間で問題解決策を自分で方向付ける知識が身につくことになる。

更に、上記の知識の習得と並行して、経験から習得する知恵の教育というものがある。

  知恵の教育こそが「体験からしか学べない」教育となる。

そしてその体験とは、自ら決断した事柄に対してのみ、その結末までの推移まで含めて自分の経験値として自らの体に習得されていくものである。

  自ら決断した事柄のみ?。

ここが一番重要なポイントとなる。

  自分で決めた事柄だけが経験値となるということ。

他人が決めた事柄を自分で実行しても、自分の経験値にはならないということである。
他人が決めた事はあくまでも他人事であり、自分の体には吸収されないのである。

  “上司が決めたことをただやっただけ”

これは、いわゆる自分がロボット化されただけという認識。

  だから自分には何も残らない。

しかし、自分で最終的にリスクを持って決定した事柄に対しては、最後まで自分で決断し続け、最後の結末まで自分の責任として結末する。

  このことによって全ての推移が自分の経験値として吸収されるのである。

この経験値が「知恵」である。

  そしてこの知恵とは自らの体験からでしか得られないもの。

その体験とは自ら決めた事柄に対して行動し結果を出した部分という意味の体験である。

  よって、上司が決めた事柄は決して自らの知恵にはならない。

あくまでも自分で決めて行動した部分だけが知恵として習得されていく。

  それが一番コストパフォーマンスの高い教育となる。

よって、上司やリーダーが注意すべきは、その一番コストパフォーマンスの高い教育の場を奪うなということである。

  “失敗させたくない”

そうやって、いっときは成功させることができるかもしれないが、長い目で見たときのその本人の実力という見方をすると、その実力を身につけたとは言えないのが周囲のお節介であろう。

  自分で決断して失敗・成功する経験。

そうでなければ本当の部分での実力を本人が身につける事はできないのである。

  そしてそれが「教えない」の本質でもある。

教えないという意識ではなく、教えないことによって本人が自らの力で学び取っていくスタンスと力を獲得してほしいと願う心が、部下に教えないという行動を一部取るのである。

  そして、結果を出したら、大いに褒める。

部下の決断から行動、そして結果に大いにコミットメントして、最後に関わる。

  そして部下はその真意を自分がリーダーになって初めて理解するのである。








  

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2019年6月20日 (木)

店長の成長過程

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


昨日は前座。

  ある店舗の業績対策。

そして、その夜に本座の懇親会が催された。

  今日の記事はその翌日の勉強会。

勉強会は、今回の参加者の中から有意義な報告をしてくれるであろう方を選抜してこの一年間の中で自分で最も達成感のある取り組みに対して報告をしていただく時間となる。

  今回は6名の方の報告があった。

いずれもこの会でなければ聞くことの出来ない、同業他社の方の具体的な取り組み事項である。
当然、昨日の前座に参加された企業や店舗の方々も参加されて共に学んだ。

  今回は昨年の中で店長になられた若手店長の報告が印象的だった。

店長初年度。

  どの店長経験者もあまりいい思い出が無いのではないだろうか。

そしてこの若手店長も、初年度を経験して特に前半は自分には店長という職位が合わないのではないだろうかと悩み、いっそのこと退職しようかとも悩んだほど、初年度の店長職とは過酷だったらしい。

  何が過酷だったか?。

赴任当初、レジ要員に欠員が生じ、店長赴任時はほとんどレジ打ちやサービスカウンターに縛り付けの状態だったらしい。

  そして、他部門への関わりが何も持てない状態が続いた。

“部下は自分をどう思っているのだろうか?”

  その疑念からの孤立。

店長に成り立ての時の誰もが抱く不安。

  その不安が否応なく自分を襲ってくる。

しかし、店長たるもの誰にもそのことを相談できる相手がいない。

  しかし彼には、この会があった。

ここに加わる店長仲間やfacebook仲間のアップに励まされ、更には地区の会にも参加しながら心置き無く本音で話が出来る仲間達と出会う。
更に、そんな仲間達の積極的な仕事へのトライの仕方から、自分もどんどん貪欲に店長としていろいろな分野に深く関わってみようとの勇気が湧いてきた。

  そこから積極的に前向きに仕事への取り組みが始まった。

特に自社内での合言葉となっているコンセプトに対しての取り組みを積極的に行った。

  点数拡大、廃棄削減、そして青果の強化等々。

それらの政策に対してより具体的に、組織的にそしてパートさん達も巻き込んでの仕組み化。

  このパートさん達を巻き込んでの仕組み化はかなりの効果をもたらした。

パートさん達の仕組み化によって、黙ってでも日々のルーチン化が定着し、良い方向へ全てが回転していく。
そして、そこからチームワークが生まれ、皆が協力して取り組もうとする空気が生まれる。

  そんな空気が生まれてくると店長職は辞められない(笑)。

店長のやり甲斐や楽しさは店長でなければ絶対に理解出来ないであろう。

  店長をやっていて一番楽しい時間を持てるようになってきた。

別の店長もパートさん達を巻き込んでのコトPOPから始まる組織化によって、パートさん達の横割りによる売場展開やより積極的な数値への関わりを報告してくれていたが、店長とパートさん達との距離が縮まると、店長とて思ってもみなかった大きな波及効果と数値効果を生むものである。

  それが、店舗内の点数拡大をもたらしていく。

昨日は前座にて、各方面から売場や商品化、陳列技術に関しての改善策の意見交換を頂いた。
更に本日は、それを実行する上で大切な店舗内でのパートさんを交えての実践事例の報告が他企業の店長から報告された。

  方向性と具体性。

その両面が今回の前座〜本座〜後座にて完結したわけである。

  これらを受けてさてどんな検証会となるであろうか。

大いに楽しみである(笑)。












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2019年6月19日 (水)

検証会という幕

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


てっちゃん会第20幕。

  昨日は顛末記。

ふぐ三昧の話題でした(笑)。

  今日は前座。

今回はクリニックと称して、その店舗と新規出店した競合店2店舗を視察し、最後にクリニック店舗を見て参加者全員が如何にしたら業績回復させられるのかという視点に集中して意見交換会を実施した。

そして翌日は、自社の取り組みをいろいろな視点から報告し、クリニック店舗のメンバーへの後押しを実施。

  その記事は明日ご報告致します。

今回の前座の参加者はほぼ20名程度。

  意見交換をするには適度なメンバーの数であっただろうか。

それも、参加者総勢の参加企業数でも15社と、同業多社なメンバーが同じお店をクリニックしての意見交換。

  そこには企業の違い、価値観の違い、そして個人の違いが出てくるもの。

しかし何故か、そんな違いというよりも、一途にこの店舗の課題を多方面から捉えて意見をぶつけるスタイルは、同じ文化を持つ者同士からは絶対に得られない貴重な意見が多かったように思う。

  企業文化。

それは、同じ風土で育った企業内の従業員は同じ価値観を持つ。
よって、同じ店舗のクリニックをしても同じ答えが返ってくる為に、意外に意見が出てこないものである。

  せいぜい企業内の決め事の不徹底程度であろうか。

しかし、一歩外に出て外部からの見地からの意見である為、その企業文化をとっくに飛び越えた新鮮な意見が飛び交うのである。

  受ける側も新鮮であったに違いない。

“えっ!、そんな発想もあったんだ!”

  そんな表情で意見を受ける方々が多かったように思える。

「まず、レイアウトがおかしいのでは」。
「まず、競合の設定がおかしいのでは」。
「まず、通路の設定がおかしいのでは」。
「まず、入口に賑わい感が無いのでは」。

  等々。

現場の当事者はそれが当たり前という前提で、そこから具体的な品揃えや商品化、そして陳列、売価設定等をして日々の売場作りをしていたと思われる。

  しかし、外部の違う「血」を持つ感度が違和感を覚える。

それが、外部の目から見た感想であり、いろいろな価値観からの売場改善案が、まずは具体的な部分ではなく店舗運営をする概略から攻め込まれてての意見交換から始まった。

  「なるほど、おっしゃる通りでございます。」

それは半分儀礼、半分本音の意見交換会での受ける側の返答。

  その前提が決まれば具体性は自ずと導かれていくのではないだろうか。

特に、隣の競合店は見過ごしてはならない。

  慣れ、とは怖いものである。

出店当時からお互いに同時期に出店してきた関係。
よって、隣に同じ業界の競合店が存在していても、それは既成事実であり今更競合店としてマークもしない。

  お互いに隣で商売しているという影の薄い存在。

しかし我々からすると、最強の競合店であり、今更新規出店した競合店への対応以前に隣との競争に勝ってこその新規競合出店であり、そこがクリアできなければ、地域一番というロイヤリティーを拡大していくことは出来ない。

その為には店長同士が情報交換できる関係作りが必要なのであり、同じ営業の仲間としてお互いに尊敬し合いながら相手の強み弱みを探り寄せ、付け入る隙を虎視眈々と待つのである。

  そしてこのてっちゃん会という集団はそんな関係の延長から生まれた会でもある。

競合店との戦いというのは、それ以前に競合の人を知り、尊敬しながらもその商売対商売の競い合いとなっていくのである。  

そして今回の主催者である幹事の方から、この意見交換会の締めとして、この意見交換会から頂いた貴重な意見を早々に取り入れて、その結果としての売場であり数値でありをいずれ検証会として再びこの地で催したいとの申し出があった。

  言いっぱなし、聞きっぱなしでは無いよ。

その後の数値検証まで含めて再び意見交換会を開催したいというのである。

  これが本気度というものであろう。

単なる酒飲みのついでではないよ、という覚悟がそこにはある。

  その必死さが、この会の絆でもあろうか。

さて、20幕の検証会は20.5幕とでもしましょうか(笑)。









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2019年6月18日 (火)

第20幕顛末記

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。



てっちゃん会第20幕。

  記念すべき区切りの幕となった。

前回の区切りの10幕は総勢80名以上にもなった盛大な会であった。

  今回は総勢20名程度。

“4分の1じゃん”

  しかしコアでレアな中身。

数を集めるという行為も大切であろう。

  物事は数の多さで決まるもの。

よって、組織の数は組織の大きさを示すものではある。
しかし、組織の固さは組織の強さを示すものでもある。

  よって今回はその組織の強さを遺憾無く発揮された回となった。

場所は北陸。

  初めての地。

しかしこの地にてっちゃん会結成当初から参加していただくメンバーが所属する企業がある。
今回は、記念すべき第20幕でもあり、以前は東京開催のみであった会を名古屋に広げ、今回の記念回は北陸にも足を伸ばしてみようとの意図である。

  徐々に広がる開催地。

これも、参加メンバーが新たな境地を発見するいい機会でもあった。

  北陸という地だけあって、交通の便もあろう。

予想通り、参加メンバーも限られてしまった感はある。
また、今回は参加直前に個人個人の都合が合わずにあえなく不参加となったメンバーも多い。

  不参加のメンバーの方々には本当に恐縮である。

それほど、今回は希少価値の高い記念すべき回となったと思われる。

  まずは料理。

ふぐ三昧とはこのことを言うのであろう。

  ふぐ刺しはもちろんふぐの唐揚げ、ふぐ鍋、そしてふぐ雑炊。

最後はふぐのひれ酒ときた(笑)。

  更に、ふぐだけに収まらず、超新鮮な刺身類の数々。

関東東北と違い、ここは北陸。
刺身類も赤身の刺身は無く、カレイ、エンガワ、いか、ぶりと新鮮な刺身類が大きな舟盛りとなって登場する。

  これがまた新鮮で甘い。

本当に鮮度の良い刺身の甘さを堪能できたのである。
これが、水揚げ漁港近くの民宿の強みであろうか。

  また早朝の北陸の海。

北陸というと夕日と思いがちだが、そこの民宿のある海は複雑な海岸の小さな半島の東側に位置していた為、早朝に海岸に行ってみると朝日が昇っていたのである。

  北陸の海と朝日。

このミックスにも感動である。

  そしてコアなメンバーとの会食。

美味しくないわけがない(笑)。

  ましてふぐ三昧である。

よく知られるふぐ刺しも、一枚一枚丁寧に食べるものだと思っていたが、最後はふぐ刺しを早く片ずけないと後の料理が出せない為、旅館の方々がふぐ刺しを強制的に我々に振る舞うのである。

  一度はやってみたいふぐの大食い。

箸をふぐ刺しが乗る皿に沿ってふぐ刺しをすくい、一気に5〜6枚をすくってタレにつけて食べるという食べ方。

  鮮度の良いうちに早めに食べ尽くすのもふぐ刺しの美味しい食べ方らしい。

そして、複数枚つまんで一気に食べるふぐ刺しはこの上もなく上品で味わい深いお刺身であった。

  そして最後はふぐ雑炊。

これがふぐ刺し以上に、メインイベントであった。
しかし、これ以上申しますまい。

  不参加の方々からのお怒りのコールが舞い上がりそうだから(笑)。

それだけ、料理に関してだけでも一回の記事になってしまうほどの第20幕でした。

  勉強会等の話題はまた後日に。









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2019年6月17日 (月)

梅雨はホットで

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


今年の梅雨は気温差が大きいのではないだろうか。

  先週の土曜日で21度。
  翌日の日曜日で28度。

一日違いでここまで寒暖の差がはっきりする日が意外に多い。

  先週のてっちゃん会第20幕を例外として。

てっちゃん会は日頃のメンバーの行いが良いのか悪いのかは不明であるが、てっちゃん会当日はそれ以前の天気予報に関わらず、大抵は晴れる日が多い。

  ということで今回もほぼ快晴。

しかし、それ以前の天候や先週の半ば、そして週末と高温〜低温〜高温と寒暖の差がはっきりとした一週間。

  こうなると発注は非常に難しいものである。

しかし一つ言えること。

  定番も平台も涼味一色の売場。

ということは、この時期は何れにしても定番は夏型の売場になっているお店がほとんどであろう。

  よって、平台や企画コーナーはホットで提案すべきかなと思う。

この数週間のグロサリーの企画コーナーの動向を見ていても同様である。

  意外にホットメニューの動きが良い。

そして、朝夕の気温も未だ20度を割る日の方が多い。
人々の意識は、暖かい物を食べたいという欲求が高いのではないだろうか。

  その意味もあってのホットメニューへの需要。

6月下旬。

  季節は初夏から夏への移行期。

しかし、梅雨時期でもあり、本当に日々の提案は難しい時期もある。
それは、毎年のことでもあるが、この梅雨時期の展開は迷うものである。

  そして今回ようやくその結論が出た(笑)。

6月の梅雨入りから6月いっぱいは、涼味ではなく企画コーナーの半分はホットな企画にすべきである。
企画コーナーの全てを涼味関連にするのではなく、半分の企画に関しては逆にホットなメニューの商材を入れ込むことで、低温に対するリスク回避ができるのではないだろうか。

  特に日配は発注が全て。

よって、日配ほどリスク回避の展開が重要となる。

  逆に梅雨明けからは全面的に涼味類の展開を強化しなければならない。

そんなことを想った梅雨時期の展開である。








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2019年6月16日 (日)

氷の世界

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


今日は日曜日。

  芸能ネタの日(笑)。

先日、カバーズという歌番組で井上陽水の特集を放映していた。

  井上陽水。

彼の最初のアルバムは衝撃的である。

  アルバムのタイトルの「氷の世界」。

この曲で、彼の名は一気に日本中の若者に衝撃を与えることになる。

  氷の世界。

若者が大人になるに従い感じる世の中の矛盾であり挫折でありを赤裸々な感情表現で表した詩。
これはおそらく、彼が開業医をする父の後を継ぐために医学部を受験するも失敗し、浪人生活を余儀なくされた苦い経験を歌の込めたのかもしれない。

  そしてこの歌は日本初のミリオンセラーでもあるらしい。

そして私も何度か井上陽水「氷の世界」に関しては、このブログでも書いている。

  http://tetu-syoubai.cocolog-nifty.com/blog/2015/06/post-3aa9.html

その氷の世界を筆頭に、このアルバムには至極の名曲が散りばめられている。

  そんな思い出の氷の世界。

先日のカバーズでは、この「氷の世界」に再び脚光を浴びさせて歌ったのである。

  それもラテン系のリズムに乗せて。

氷の世界の世界観に登場する重い詩。

  その詩がラテン系のリズムに乗せて歌う。

これは聴いてみたいと思った(笑)。

  “どんな世界観を醸し出すのだろうか?”

そして、あの詩がどのように現在の私の心に響いてくるのだろうか。
そんな興味を持って聴いてみた(笑)。

  “なんとも言えないエキゾチックな響きであった”

そのエキゾチックさが逆に我々世代には、かっての脳天をカチ割られるほどの心地よい衝撃となって響いてきたのである。
かっては衝撃的だった、心の内面を曝け出した心の叫びが、重くもなく軽やかにそして重厚に伝わってくるのである。

  “かっての重さの代りに重厚にして軽やかなリズム感”

重くは無いが、重厚なリズム感?。

  ちょっとわかりにくいかもしれないが(笑)。

かっての「氷の世界」はその詩の重さが全てであった。
よって、どちらかというと単調なリズム感に単調な抑揚で素朴に歌い上げていた。

  しかし今回はそこに奥の深さを感じさせるリズム感がある。

そのリズム感が奥の深い感情を表現しているのである。

  奥の深い感情表現。

それこそが人生を積み重ね、酸いも甘いも味わい(辛酸を嘗める)ながら現在に至る心境を表しているように思えたのだ。

決して人生は当時想っていたほどの暗さも無く、ここまで生きてきてみれば絶望を乗り越えることも出来たし、多少なりとも孤独感からも解放され、人間同士のつながりを持ちながらまだまだ元気に生きていけるという期待のようなものであろうか。

  そんな期待感を抱かせてくれるリズムに変化していたのである。










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2019年6月15日 (土)

決めていく過程

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


一つのことが決まると、

  他のことがバタバタと決まっていく。

よく聞く話である。

  決断すべきこと選択すべきこと決定すべきこと。

例えば、ストアコンセプトに例に取ろう。

  店舗のコンセプトが決まっていく。
  それを受けて部門のコンセプトが決まっていく。

基本的には、上記の流れのように店舗コンセプトが決まらなければ部門コンセプトは決まらない。
しかし、この事例はそのコンセプトを作る役割が店長と部門チーフのように別々である為、上司から部下へとその決定の流れが明確となる。

  よってこのような事例の場合はスピーディに流れていく。

しかし問題は、自分で全てを決定していく場合。

  これがなかなか決まっていかない。

役割が全て自分の中にあるから。

  このような場合に決め方が関わってくるのである。

まず、決めるべき柱。

  その柱を決めてこそ後に続くのである。

しかし、作成する資料の全体像が大きい場合は、まず率先して決めていく部分がなかなか見えてこないものである。

例えば、競合店が出店したとする。

  業績が低下した。

よって、その要因を競合店の出店に起因したと位置付けて、その出店した競合店を徹底的にマークするという業績対策へと流れていく。
しかし、もっと近くに競合店が存在し、その競合店の集客力も侮れない部分がある。

  さて、業績対策をどう進めていくか。

このような環境の場合の第一歩は非常に重要な決定となる。

  着目を誤るとコストパフォーマンスの低い対策になってしまうから。

コストパフォーマンスの高い競合対策とは?。
  
  それはより少ない負担でより高い効果を得ることができる競合対策のこと。

その第一歩は、第一競合を適切に選定することであろう。

  上記の場合の第一競合は一番近い競合店。

そこを見誤ると、コストパフォーマンスの低い対策を取らざるを得ないことになってしまう。
どんなに小さな店舗であろうとも、自店に一番近い競合店からお客様を奪いことが最大の競合対策として選定するという決定をすることにより、よりコストパフォーマンスの高い具体策がどんどん決まっていくことになる。

  これを第一競合を新規出店の企業と仮定したら。

逆にいろいろな対策を盛り込まねばならない、コストパフォーマンスの低い競合対策となり、競合対策の項目が膨大となり、結果として効果の少ないことを多々実行しなければならなくなるのである。

  決め方の手順。

まず全体像から、どの柱から決めていくのか?。

  ここが決まらなければ効率の良い効果は得られないであろう。









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2019年6月14日 (金)

共有力

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。



情報を共有する。

  一見簡単そうに見える。

しかし、組織内で情報を共有するとはどういうことであろうか。

  マニュアルや決め事の共有。

そんなのは当たり前の話。

  大切なのは「強み」の共有である。

強みとは、企業が持つ「強み」であり、個々人が持つ「強み」でもある。

  「強み」と「弱み」。

強みとは、他企業と比較しても圧倒的に自社の強みとして位置付けられ、その強みを活かして店舗運営をし、顧客獲得に成功しているという部分。
しかしその強みとは、もともとその企業が持ち合わせていた強みなのであろうか。

  強みとは常に進化していくものである。

よって、一度確立した強みではあるが、その強みにしがみついていてはいずれ他社の強みに追い越されてしまうであろう。
だから、自社の強みとは全従業員に共有されていることが前提となる。

  そしてその強みを身につけた従業員が現場でそれを進化させていく。

一部の従業員が先頭を切って進化させた「強み」を如何に効率よく全従業員に共有させていくか。
そうして、進化していく強みをタイムリーに共有できる組織を、共有力というのである。

  よってまずは現場においての進化形を抽出しなければならない。

そして、その強みを抽出したならば、全社に広めるべき強みを取捨選択し、他店舗や他者と共有すべき強みを認識し、その強みをいろいろな媒体を通じて共有化を図る。

更に、共有された強みを別の現場では更に進化させてマニュアル化し、共有力を高めていく。

  その過程が非常に重要なのである。

共有力の高い企業は、進化させた強みをどんどん共有して、進化した強みを更に進化させていくのである。

  そうやって、強みを進化させたの追随を許さない。

企業の強みとはそのように強みが進化させていくのである。

  そのためには共有力を高めていくことが必須であろうか。

個人の強みを全体の強みとして共有していく組織。
だからその企業の強みはどんどん進化し、そして共有され、そのレベルがお客様に認知され、お客様の口コミの力を以って地域の顧客の知るところとなる。

  そこには共有させるべくキーマンが存在する。

それをスーパーバイザーと呼ぶ企業もあればトレーナーと呼ぶ企業もあろう。
そんなキーマンが、現場から情報を収集し、アレンジし全店ベースで共有できるように情報を発信する。

  組織の進化とはそのようなことではないだろうか。

何を以って「進化」というのか?。

  それは、強みの進化。

そして、その強みが進化していくから、お客様の支持が圧倒的に強まっていくのである。

  強みの進化は止めていはいけないのである。

それは、競合他社も常に進化し続けていくから。
強みの進化を怠ったら、あっという間に競合店に先を越されてしまう。

  自社の強み。

その強みが進化しているのかどうか。

  ぜひもう一度チェックしてみてほしいものである。










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2019年6月13日 (木)

伝える覚悟

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。



先日のNHK仕事の流儀。

  雑誌編集長「植野公生」さん。

食に関する雑誌の編集長であり、個性的なレストラン等の特集や美味しい料理の特集などで人気の料理本の編集長らしい。

  見ていて想うのはやはりこだわりが凄まじい。

雑誌という特性から、その雑誌を購入するお客様がその雑誌をどう見るかという視点に対しては妥協しないという姿勢が凄まじいと思う。

  例えば。

部下が、ある有名店の幻のカツカレーのレシピを特集して、雑誌を購入した方でも作れるというテーマで記事を書いた。

  しかしそこにはある落とし穴があった。

そのレシピに中に、真空低温調理器を使用するという部分。

  「これではその瞬間に自分で作るということを諦めるだろう。」

この記事のテーマは、幻のカツカレーとはいえ、この本を購入して作ろうと思えば自力で作れるというものである。
しかし、一般家庭に真空低温調理器がある家庭がどれほどあろうか。

  その瞬間にこのレシピの価値はなくなる。

その部分の妥協を許さないというのが、この編集長のこだわりである。
そして、その部分に関しては妥協せず、部下にもこの調理器をしようしないでも同様に仕上がりになる調理法を別途記載することを勧める。

  仕事とはある意味「正解」が無い。

そして、「正解」誰にも分からない。

  出版して当たれば正解なのである。

分からない以上は、誰かがどこかで作っている段階で「覚悟」を決めなくてはいけない。

  だから我々の覚悟を明確に出すことが重要なのであると言う。

そして、その覚悟が読者の方には「あっ、なるほど」という形で感動と共に伝わるのである。

  その覚悟を持った生き様が伝わるかどうか。

そこに、出版物や表現物が読者に伝わるかどうかの瀬戸際であると言う。

  私も、「覚悟」と言う言葉を時々使う。

上述のように、計算式でも無い限りこの世に正解も不正解も無いのが仕事の世界。

  正解にするのも不正解にするのも自分次第。

自分次第であるから、何としても自分の決断や判断を正解にしたいものである。

  その根底にあるのが正解にするという「覚悟」。

必ず正解にしてみせるという「覚悟」だと思っている。
それは、自分で仕入れた数量を必ず売ってみせるという「覚悟」と同様の決意のようなものであろう。

  「この商品をいくつ売る」

これは、商売の基本中の基本であると思う。
その決意が無かったら、商売など出来ない。

  そしてその決意こそが成長の鍵となる。

そこに、未知の世界に飛び込む勇気と飛び込んだ以上は自分で泳いで対岸にたどり着くという「覚悟」にも似た決意なのであろう。

  そしてその決意に満ちた覚悟がプロフェッショナルを育てるのだと思う。

今一度自分を振り替えさせてくれた番組であった。











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2019年6月12日 (水)

組織をコントロールする

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。



組織のリーダーとして。

  如何に組織運営をしていくか?。

これは、リーダーの最大の命題ではないだろうか。

  組織として如何に業績を最大化させられるか。

その為には、いろいろな業績拡大の要素があるだろう。

  その要素の組み合わせによって業績が左右されていくことになる。

よって、リーダーは組織全体に対しての最大効果を発揮させる為に、カテゴリー別への対応や個への対応を密に実践していくことになる。

  それがストアコンセプトとそこから派生する部門コンセプト。

いくらストアコンセプトを作成したからといって、そこから具体的に個々の部門がそのストアコンセプトを受けて部門コンセプトを立案して、確実に実行することが前提となる。

  部門コンセプトを実行するのは部門のスタッフ。

部門スタッフがコンセプトを実現できなければ、それは絵に描いた餅になってしまう。

  リーダーがすべきは血の通う生身の人間に対しての行動の喚起となる。

そこには、考え方の解説から具体策の提案、そしてスタッフの頭数の獲得等があろう。

  コンセプトの実現可能なスタッフが揃っているか否か。

このスタッフが揃わない限り、部門コンセプトも絵に描いた餅に戻ってしまう。
そう考えると、店舗コンセプトや部門コンセプトが絵に描いた餅にならないように、確実に具体的行動に促すことがリーダーの仕事となろうか。

  スタッフの頭数が揃い個々が力を発揮できる環境。

そんな環境を整え、部門の責任者やスタッフが個々に自らの仕事に対して高いモチベーションを保ち、活き活きと行動できる環境作り。

  そこにリーダーの最大の命題が隠されているのだ。

立派な絵に描いた餅を掲げることではない。
いや、それも大切であろう。

  コンセプト作りは大切である。

理想のあるべき姿を描き、その実現の結果として競合店からお客様を吸引し自店の業績を拡大させていく。

  そのコンセプト実現への道筋も含めてリーダーの使命ではある。

しかし、問題は、そこから先にどのボタンを押して具体的な行動を起こし、具体的にリーダー以下の部下たちが確実な行動を伴って店舗が進化しお客様を取り込んでいけるか。

  ここから先は生身のリアルな人間たちとの格闘となるのである。

絵に描いた餅を生身のリアルな人間たちが理解し、共感して行動し、絵に描いた餅がリアルな売場に反映させられるかが最大の課題。
そこには、一人一人の従業員への関わりが重要になってくる。

  それを一言で言えば「信頼関係」と言うことであろう。

“あのリーダーが言うなら”

  そんな関係がリーダーと部下との間にあるかどうか。

そして、部門がそのコンセプトに取り掛かり、行動を起こし、その進捗状況をリーダーとしてどう個人のモチベーションに再びつなげていくか。

  その連続であり継続がその後の進化を加速させていくのであろう。

絵に描いた餅を掲げたならば、その後はどこまでも生身のリアルな人間のモチベーションであり気持ちでありを如何に喚起させていけるか。

  ここにリーダーの隠された要因があるのではないだろうか。










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2019年6月11日 (火)

自分の引き出し

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。



自分の引き出し。

  いろいろな引き出しがあろう。

しかし、我々にとっての引き出しとは、単品を売り込む手法においての引き出しを言うことが多い。

  販売数量を如何に上げられるか。

それは同じ条件の下で競い合った時に、如実に出るものである。

  そして担当者によって明らかに数量の違いが出るものである。

それこそが、個人が持つ引き出しの数の違いである。

商品を売り込む場合に、どう自分の引き出しから販売手法を取り出して提案できるか。

  ある担当者は下段で同じように販売したとしよう。
  ある担当者は下段でフェイスを倍にして販売した。

それだけでも引き出しの違いであろうか。
そこに、SKUを拡大して、その商品が持つ特性を更に引き出して売場作りをしたとしよう。

  そこにPOPを付けて食べ方提案したら倍に伸びるであろう。

更に、一番売り込みたい商品のフェースを拡大し、価格面での荒利ミックスによって、調理済の商品で荒利を取って単品量販するSKUの価格を引き下げて、より魅力ある価格で販売したとする。

  いろいろと引き出しを開けることによって販売数量が上がっていく。

その引き出しをどうやって増やしていくのか?。

  経験や先輩から学ぶことも大切。

しかし、この引き出しを増やす一番効果的な手法とは、自分の限界を越えようとする姿勢と意志を持って仕入れし、限界以上の数量をこなす為に自分の知恵を振り絞ることで必然的に引き出しは増えていくものなのである。

  ここでも自分の限界に対する認識を持たねばならない。

これは以前のブログでも書いた。

  「自分の限界を超える」。

http://tetu-syoubai.cocolog-nifty.com/blog/2019/06/post-68072a.html

  自分の限界を越えようとするからその過程が学べるのである。

問題は、単品量販で販売数量を上げることではなく、そこまで販売数量を上げていく過程での引き出しを増やすことである。

  その引き出しは全ての商品に当てはまることであるから。

だから、その単品で自分の限界を超えると言うことは、同様に他の商品でも自分の限界を超える販売手法を身につけることであり、これが自分の引き出しとして蓄積されていくのである。

  この引き出しは実際に実践・失敗しながら身に付いていくものである。

だから、実践が全て。

  やったものには敵わない。

一度きりの人生であるならば、やったが勝ちとなるのがこの世の性。

  働き方改革とは言われるが納得の行く生き方をしたいものである。











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2019年6月10日 (月)

隠語

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。



この業界、従業員同士の会話での隠語は多い。

  隠語といっても限られた分野ではあるが。

店内で、お客様には聞かれたくない言葉が敢えて従業員同士でコミュニケーションしなければいけない場合に、よく隠語を使う。

  例えば、「トイレ」に行く時。

特に飲食業やスーパー、百貨店での店内での従業員同士の会話では、トイレに行くことを隠語で会話することが多い。

  企業によっては「◯番」と言い、企業によっては「遠方」とか言ったりする。

どちらかと言うと、歴史の古い百貨店での隠語は「遠方」とか「五八様」とか「川中さん」とかと言うように別の言葉で言い換える場合が多い。
逆に歴史の古いスーパーでの隠語には「◯◯番行ってきます」とか「〇〇番お願いします」と言うように番号でお互いのコミュニケーションをしたり、店内放送をしたりする場合が多いように思う。

  当社でも数値に当てはめて隠語を使い合う。

店内という多くのお客様が存在している中で、小売業としてお客様には聞かれたくない言葉を言わざるを得ない場合などに、その言葉を敢えて隠語にして言い表すのである。

  トイレ。
  休憩。
  万引き犯。
  お客様。

代表的には、上記4つの言葉に関しては、隠語で表現されることが多いのではないか。

  「チーフ、トイレに行ってきます。」

部下がレジチーフにお客様の前で堂々とこのようなコミュニケーションを交わされることはまずないであろう(笑)。

  それは、必ずトイレを隠語で言い換えて会話しているからである。

それは休憩でも同様。

  接客業や飲食業としてイメージを損ねる言葉は発したくない。

それらが上記の隠語を作ってきたのだろうと思う。

  また、店内放送でも多くの隠語が用いられる。

むしろ従業員の会話以上に店内放送のほうが隠語を用いての会話となるのではないだろうか。

  店内放送とは全てのお客様に聞かれるコミュニケーションだから。

特に店内放送では、対お客様に対しての案内というよりも、対従業員に対しての業務連絡のほうが多いのではないだろうか。

  「〇〇町よりお越しの××様、お言付けがございますので、・・・ 下さい。」

これなんかは、明らかに他の従業員を呼び出すための隠語を使用した店内放送である。

  「フロアの◯◯さん、至急カウンターまでお越しください。」

これなんかは、クレームが入りました、という店内放送。

  私がよく使う店内放送は、

「7番お願いします。」
「30番お願いします。」

  7番はミーティングをするのでチーフは集合してください、の意。
  30番は順番に各部のお買得品をマイク放送してください、の意。

これも、お客様には何がなんだか理解できない店内放送かもしれないが(笑)。

  ただ実直に店内放送するとキツすぎるであろう。

よって、数値に転換したほうがお客様も隠語と理解し聞き流してくれるであろう。

  各社各様、いろいろな隠語を使い分けてくるのであろう。









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2019年6月 9日 (日)

5年前のFacebookから

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。



今日は日曜日。

  芸能ネタの日(笑)。

今日は久しぶりにAKBネタから。

Facebookをやっていると過去の同月同日の投稿が思い出として再び登場する。

  先日、5年前の6月7日に投稿したFacebookが蘇った。

2014年6月7日。

  第6回AKB選抜総選挙。

そして、その時の第1位が渡辺麻友であった。
このブログでもその時の記事は残っている。

  http://tetu-syoubai.cocolog-nifty.com/blog/2014/06/akb.html

まゆゆが悲願の1位を獲得したAKBの総選挙。

  総選挙と言えばAKB。

総選挙という政治用語を芸能用語に塗り替えたAKBグループ。

  しかしもはやAKBグループの総選挙は存在しない。

かってAKB総選挙は6月の中旬ごろの土曜日に開催されていた。

  そして今年は開催が見送られた。

色々な理由はあるだろうが、人気の低迷と出場辞退者が多くなってきた為であろう。

  昨年はそうそうたるメンバーが辞退した。

指原莉乃、山本彩、柏木由紀等の主力メンバーの辞退。
総勢34名が不出場となった2018年の選抜総選挙。

  参加する側も総選挙を軽視し始めているという姿。

AKB48の魅力は、皆が本気になって頑張る姿こそが魅力であり、我々視聴者やオタク達を魅了してきたのであるが、いつし初期のそのような一途な姿が消え去り、過去の栄光にあぐらをかいて余裕の態度を堂々ととるような姿勢に変わってきた。

  この姿にもファン離れが加速したと言えるのではないだろうか。

アイドルグループにはなぜか「卒業」という暗黙のルールが存在し、ある程度の年齢(26歳?)を超えると卒業するという規定路線があるのだろうか。

  事実AKB48の初期メン(一期〜三期)はほとんど卒業してしまった。

AKBを牽引し、ここまで育ててきた初期のメンバー。
そんな彼女達が、必死で地方の秋葉原から国民的アイドルに上り詰めていったその過程で、我々ファンの心を掴んだ必死さが、今は全く伝わってこないのである。

  そしてレギュラー番組もどんどん減っていった。

最後は、NHKの「AKB48 SHOW!」も今年3月で放送終了した。

  私は個人的には「乃木坂46 SHOW!」を見るのが最大の楽しみだったのだが。

いっそのこと、乃木坂に特化した番組に変更していれば、その後のこの番組の人気も更に高まったのではなかったのだろうか。

  それだけ、坂道シリーズに人気が移行していったのは理解できる。

当初、AKB48が持ち合わせていた、一途さ。

  その一途さは、今や欅坂46には敵わない特性となってしまった。

更に、華麗さでは乃木坂46。
初々しさでは日向坂46。

  乃木坂も欅坂も主要メンバーが健在。

だからいまだに人気が衰えないのではないだろうか。

  アイドルグループとは言えやはり人。

私的には、渡辺麻友のいないAKBからはすでに興味が薄れてきたのであろうか。









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2019年6月 8日 (土)

6月の果実

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。



6月の果実。

  一番難しい時期であろうか。

何故か?。

  鮮度落ちの早い果実がメインであるから。

この時期の代表的な果実といえば、「生梅」「さくらんぼ」「メロン」「小玉すいか」等だろうか。

  メロン、スイカは日持ちが長いが高単価により売りずらい。

よって、メロン、スイカとも当日にカットして当日に売り切るという販売手法がメインとなるから、結局は日持ちが短いということになる。

  生梅、さくらんぼは商品自体の鮮度落ちが早い商品。

そして出回る時期が一年の中でも、6月から7月初めと短く、更に本当のピーク時というのはほんの二週間程度であるから、この最大ピーク時に如何に売場を最大に拡大して売り込めるかが課題となる。

  普段扱わない商品をいきなり最大ピークに拡大。

このような売り方に関しては、どうしても経験を要するもの。
自分の頭の中に、売場の推移をタイムスケジュールに沿って描いていかなければならない。

  経験がなければ最大ピーク時の売場と数量の見当がつかない。

秋の「柿」や「りんご」、その後の「みかん」のようにロングランで展開し鮮度落ちも少ない商品であればある程度売り上げ規模に応じて単品の販売数量も見当がつくが、上記の「生梅」「さくらんぼ」に関しては上述の通り、展開期間の短さと最大ピークの頂点の高さから、意外に自店の販売数量の限界点を知らない担当者が多いのではないだろうか。

  仕掛けてもその後のロスが怖くて仕掛けれらない。

それが本音ではないだろうか。

  自店の限界点。

これは自店のというよりも、「自分」の限界点といったほうがわかりやすいかもしれない。

  りんごであれば主力であり多くの方が食する果実。

よって、店舗ごとの参加率に変動は少ないため、売り上げ規模の高いお店ほどりんごの販売数量も高くなる傾向にある。

  しかし「生梅」「さくらんぼ」に関してはそうならない。

どちらかというと、嗜好品であり、生梅に関しては手作りの「梅干し」「梅酒」「梅ジュース」といった熟練度の高い商品であるため、地域にそんなお客様がどれほどいるかによってもバラツキは高いであろう。

  よって作り方提案や味の提案が必須な商品群と言える。

さくらんぼに関しても、高価でありながら鮮度落ちも早い。

  いやゆる「軟皮果実」と言われる商品群。

さくらんぼを初め、プラムやぶどう、そして桃等の果実類。

  痛みの早い果実の代表格とも言える軟皮果実。

よって、このような商品群は扱いずらいというイメージがあり、担当者の意志次第で積極的に売り込むか利益重視で縮小均衡になるかが分かれてくる。

  要は意志次第で売れ数が変わる代表的な商品群。

だから、企業規模や店舗規模に関係なく、担当者の腕次第で販売数量が決まるのである。

  逆にいうと腕を磨くのには絶好の商品であるとも言える。

この6月という時期。

  腕を磨くのには絶好の機会だとも言える。







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2019年6月 7日 (金)

再び欧州車その2

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。



何日か前に書いたブログの記事。

  「再び欧州車」。

http://tetu-syoubai.cocolog-nifty.com/blog/2019/05/post-026023.html

  ここでマニュアル車に再び乗ることを記した。

欧州車のマニュアル車。

  以前は欧州車のオートマ車に乗っていた。

それでも、ドライバビリティは高く、特に中速コーナーでの挙動はまるでレールの上を走っているような感覚。

  スムーズに弧を描いてコーナーリングしていくときが最高である。

そこにマニュアルシフトとの組み合わせともなれば、まさにファン・トゥ・ドライブであろう。

  そんな夢を今回は実現されてもらった。

欧州車のマニュアルシフト車。

  かっての欧州車もそうだが中古は安い。

新車では260万ほどの価格の車であるが、中古ともなれば、その三分の一から五分の一が当たり前となっている。

  なぜか?。

やはりメンテナンスの難しさと故障の多発性が要因であろうか。
よって、逆にドライバビリティを体感したい場合には、非常にコストパフォーマンスの高い欧州車と言えるのではないだろうか。

  しかし故障のリスクは常について回る。

それを覚悟の上での購入である。

  そしてマニュアル車の選定。

本当に久しぶりのマニュアル車のマイカーである。

  やはりマニュアルシフトは慣れが必要である。

特に、1速〜2速での半クラッチ状態でのシフトアップは、クルマへの衝撃も大きいため、微妙なクラッチ操作とアクセルワークが要求される。

  この微妙なバランスと操作は慣れ次第であろうか。

私自身もいまだにこの部分に関しては慣れていない。

  当然であろう。

まだ乗って一週間も経過していないのであるから(笑)。
この部分が慣れてくると、発車時から50キロ程度のスピードまでは非常にスムーズにストレスなく加速を体感できるようになるであろう。

  まして1200kgほどの軽量である。

更には、低速重視のターボまでついているから、50kから先の加速もスムーズである。

  ただし現在体感できるのはこの部分までである。

ドライバビリティの高さにおいては、未だに体感出来ていない。

  ここは更にアクセルワークを活用しないと体感出来ないだろう。

そこまでコーナーでアクセルを踏み込んで曲がる、止まる、加速する、を体感していないのが実情である。

  それだけ通勤上での遊びを実験出来ていない。

まして、タイヤも前輪の減りが激しく、入れ替えなければ思い切ったコーナーへの突っ込みも不安である。

  とは言いながら、やはり欧州車のマニュアルは楽しい。

クルマを操るという、運転本来の操作感がある。
この操作感は、オートマ車では絶対に味わえない感覚である。

  自分の操作次第で如何様にも挙動が変化する。

オートマ車ではアクセルを踏むか離すか、ブレーキを踏むか離すか、ハンドルを切るか戻すか。

  この操作が各々別々に操作するような感覚。

しかし、マニュアル車はそれらすべてが同時進行で行われ、その微妙なバランスにクルマの挙動が決定されるのである。

  もう少しの経験が必要であろうか(笑)。











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2019年6月 6日 (木)

自分の限界を超える

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。



自分の限界。

  実は人間に限界など無いのが事実であろう。

しかし、人間はどこかで限界を作ってしまうもの。

  “俺の100メートル走の記録はこれが限界”
  “私のマラソン走破時間は2時間半が限界”

このようにスポーツ界での限界の話題から、

  “私の生梅の販売数量はこれが限界ですよ”

このように、我々の仕事の世界での限界論まで幅広いものがある。

  我々業界の世界での限界。

それは、幾つ売る、幾つ売れる、という販売数量の限界を指す場合が多い。

  “俺は、この秋刀魚を何ケース売ることできる”

それは異なる条件での比較であれば、その差も必然的に変わってくるだろうが、同じ売り上げ規模のお店での同僚チーフの仕入れ数量でも大きく異なることが多い。

  秋刀魚を方や100ケース、方や30ケース。

同じ売り上げ規模のお店のチーフが、方や100ケース、方や30ケースと、歴然として差を持って仕入れているのが実情であろうか。

  “俺はこのお店のこの条件であれば、これだけ仕入れて販売することが出来る”

これはある意味、過去のデータから自分のある程度の限界を指しての発言であろう。

  “どうせ頑張ってもこれだけしか売れないから今回はこの数量で仕入れよう”

それも過去のこのお店での経験から導き出された仕入れ数量であり、妥当な判断なのかもしれない。

  しかしこのような会話から発展しないのが寂しい限りではある。

特に最近は挑戦とかチャレンジとかいう貪欲な発注と売場作りが激減してきたように思うのは私だけでは無いだろう。

  逆に言えば、誰も挑戦しなくなった、と言えるのではないだろうか。

私は挑戦に失敗という言葉は無いと思っている。

  挑戦には常に失敗が付き物。

しかし、挑戦しなければ自分の限界を超えられないし、まして現代では自分の限界すら知らない担当者がほとんどではないだろうか。

  特にこの時期であれば、生梅、アメリカンチェリー、さくらんぼ等果実類。

一年でこの時期のみの収穫であり、一年スパンで見れば販売期間は一年で本当に一瞬の出来事かと思われる。

  この一瞬の出来事だから面白いのである。

一瞬の出来事でもあるし、痛みの早い商品でもある。

  ということは、誰も手を出したくない商品。

しかしその時期で見ればナンバーワンの売り上げを誇る単品。

  そんな商品は企業規模や店舗規模は関係無い。

関係あるのは担当者の限界を越えようとする意志のみ。

  この意志さえあれば大型店に勝る限界点を得ることが出来る。

そして、その限界点が52週毎に入れ替わり立ち替わり出回ってきて、その都度限界点を超えて売り切っていく。

  この積み重ねが結局は我々の販売技術なのである。

売れるお店だから販売数量が高い、売れないお店だからこの程度の数量で良い。

  これでは販売技術は一生同じままであろう。









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2019年6月 5日 (水)

他者から学ぶ

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。



昔からのことわざ。

  「人の振り見て我が振り直せ」。

昔からよく言われてきたことわざであろうか。

  人の行動や態度から自分を見つめ直せ。

そんな意味合いがあるであろうか。

  人間は他人はよく見えるものである。

人の欠点をはじめ、行動の欠落や不備、更には不正までも含めてよく見えるものである。

  特に上司の振りは本当によく見えているものである(笑)。

それほど、他人の欠点や短所、弱みはよく見えるのに、自分の短所や欠点、また細部の状況においての自分の行動が他者からどう思われているかという点では、ほとんど見えていないのが現実であろうか。

  なぜこうも他人と自分では見える視界が違うのであろうか。

簡単である。

  要は他人の外面は見えるが内面は見えない。
  逆に自分の内面は見えるが外面は見えない。

外見上の評価は誰だってできる。

  他者の行動は全て事実であるから。

しかし、その行動がどのような意味合いから生まれたのか?。
どのような心理状態からこのような行動をとったのだろうか?

  そこまで掘り下げられるかどうかで人間の価値が決まるのであると思う。

人間の行動には必ず意味が伴う。

  この人間の行動はどんな意味を持つのか?。

そんな視点で、他人を見ていくと、常に他人の内面を見ている自分の視点と重ね合わせて自分を見れるようになるのではないだろうか。

  そして同じ視点に立った時に自分はどうなのだろうか?。

そこに立ち返った時に、自分のあるべき行動や取るべき行動が見えてくるのであろう。
そして、あるべき行動とは置かれた状況によって、千差万別である。

  ある場面ではAの行動があるべき姿だが違った場面ではBの行動が正解。

そのような場面はたくさんある。

  それを他者の行動から学ぶのである。

特に、あるべき行動をとった時の内面とその行動を学ぶのである。

  欠点や弱みなどどうでもいい。

他者から学ぶべきは、そのあるべき立派な行動とその内面である。

  その数の積み重ねが自分を高めていくのだろうと思う。














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2019年6月 4日 (火)

客動線を操る

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。



お客様が店内を歩いてたどる道のり。

  これを「客動線」という。

客動線は長ければ長いほど、点数拡大への確率は高まるものである。

  だから、出来るだけ客動線を長く設定しようともする。

とは言っても強制的に一方通行にしてしまったら逆に不便でもある

  見通しよく自分の意志で回遊できる動線。

これが理想であろうか。
そして、ある程度わかってくると、この動線を敢えてコントロールできるようになっていくのである。

  客動線をコントロールする。

そんなこと可能なのであろうか?。

  可能なのである(笑)。

客動線には、必然と偶然がある。

  必然とは必然的に決まってしまう動線。

例えば、店内は概ね四角で出来ている。

  入り口を入ると必ず売場にぶつかる。

直線で歩くと必ずぶつかるところを磁石と呼ぶ。
その磁石をコンコースに沿って右に曲がるか左に曲がるか。

  これも必然である。

このように必然的にぶつかり、方向が決まってしまう動線を必然的動線と呼ぶ。
よって、第一磁石とか第二磁石とか呼ばれてきたものは、必然的動線内に組み込まれる思考である。

  逆に、偶然的動線とは、意図された動線である。

この動線は、我々にとっては意図した動線であるが、お客様から見れば偶然的にその道を歩いて売場に出くわしたと思える動線となる。

  お客様にとってはこんな動線はワクワクドキドキなのである。

そして、新たな発見の場ともなるのが、偶然的動線なのだと思う。

  例えば牛肉コーナー。

そのコーナーの向かい側にステーキソースのエンドが展開されていたとしよう。

  美味しい和牛のステーキを購入して振り返るとステーキソースが陳列。

どれどれとエンドを見ている内に、その目線の向こう側に豊富なステーキソースや焼肉のタレ類の定番売場が目に入った。

  エンドよりも豊富な品揃えのある定番コーナー。

そしてエンドから定番へどんどん足を運んでしまう。

  これが偶然的動線という。

これはお客様目線で動線を考えた場合に言える動線の名前であって、我々から見たら意図的動線と言い換えることができるであろう。

  我々が動線を意図する。

このことが、来店されるお客様のワクワクドキドキへつながっていくのである。

  そんな動線を意図して至る所で展開する。

お客様は我々が意図した通りの動線を描いて、店内を隈なく見て回り、買い忘れがなくなり点数アップと単価アップが図られるのである。











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2019年6月 3日 (月)

ピーク時の魅力

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。



日が長くなり、ピーク時間が後ろへ移行している。

  ロスとチャンスロスの裏表の関係。

ピーク時間が遅くなればなるほど、その後のお客様の引きと閉店との関係から、売り切りへと移行しなければならない。

  よって、ピーク時間が遅くなればなるほどロスとの戦いとなってくる。

とはいっても、日中の商品動向から判断してそのままの売場で流すと、夜の7時ごろに完全にやられてしまう。

  “完全にチャンスロスだぁ〜(汗)”

という状況になり後悔することしばしである。

  なぜ、急激に買い物のピークが到来するのか?。

それは、この時間帯に来店されるお客様は、明らかにこのお店で購買目的で来店されるからである。

  夕方6時以降ともなると買う側も後が無い。

午前中や日中であれば、当店で目的の品がなければ他店へ移動して購入することも十分に可能だ。

  しかし夕方6時以降ともなれば買う側も時間との戦いである。

この時間だからこそ、残り少ない商品ではあるが、当店にも残り物がありそれを購入することができるのであるが、もしこの時間以降に他店へ移動して刺身や弁当を購入すようとすると、さてどれほどの在庫が陳列されているか不透明である。

  “もし他店へ行って何も無かったらどうしようか?”

そんな不安があるから、今いるこのお店が絶対なのである。

  その絶対的な信頼を失ったら?。

2度とそこではこの時間帯に買い物には来ないであろう。

  時間的なロスを被りたくないから。

午後7時に弁当を購入して、7時30分に帰宅する。
そこから弁当等の食事をしてから、風呂に入る。

  そうこうしているうちに午後11時ごろになってしまう。

弁当を購入してからの時間は上記のように早いものである。

  商品購入で時間的なロスを産みたくない。

そんな心理が、確実に品揃えのあるお店を絶対的に信頼するのである。

  だから、常にこの時間帯にはある程度の品揃え量が必要なのである。

この時間帯以降は、集中するお店と閑散たるお店が明確に分かれるのである。

  勝ち組になるまで諦めない売場作り。

このことが、ゆくゆくは勝ち組に分類され、夕方の強いお店として生き残れるのである。
夕方に強いお店とは、企業規模とか店舗規模、店舗の売上の如何に関わらず存在するものである。

  店舗規模とは全く関係の無い世界なのである。

だから、売上が低いとかお店が小さいからといって諦めてはいけない。

  賑わっているお店に大小は無い。

あるのは、しっかり売り込む商品が毎日確実にあるかどうか。
コンビニの強みはそこにある。

  ただしそれ相応に時間をかけなければならないが。

よって、夜の強いお店には歴史がある。
そして、歴史を作るのは、そのお店の担当者であり店長でもあるのだ。










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2019年6月 2日 (日)

白い巨塔から

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。



先日、5夜連続の「白い巨塔」が放映された。

  5夜連続。

要は、5回で完結というコンパクトに凝縮された内容であった。

  あれよあれよというストーリーの展開。

飽きないといえば飽きないし、物足りないといえば物足りないといった印象であろうか。

  女房が目ざとく録画していたから白い巨塔の放映を知った。

それまでは、特に意識もせずにいたのであるから、今回の白い巨塔に関してはあまり興味が無かったのだろうと自分でも思う。

  白い巨塔。

私の知る限り、白い巨塔とは田宮二郎主演のドラマの印象が強烈にインプットされているため、田宮二郎、唐沢寿明と続く白い巨塔の第三ともなると見ても見なくてもいいと言う感覚になっていたのであろうか。

  田宮二郎が演じた財前五郎の時は、1978年から1979年までの全31話。

財前五郎に田宮二郎、親友でもありライバルでもある里見脩二に山本學、財前五郎の妻に生田悦子、財前五郎の愛人は大地喜和子。
  
  唐沢寿明が演じた財前五郎の時は、2003年から2004年までの全21話。

財前五郎に唐沢寿明、里見脩二に江口洋介、財前五郎の妻に若林真由美、財前五郎の愛人は黒木瞳。

そのほかの俳優陣も、いずれもそうそうたるメンバーが顔を揃えた上記の白い巨塔。

  そして、最終回の視聴率は田宮二郎で31.4%。
              唐沢寿明で32.1%。

いずれも驚異的な数値であり、よって上記2つのドラマは歴史に名を残すことになる。

  そして今回の岡田准一で15.2%。

5夜連続という駆け足での放映もあり、私のように興味を抱く前に終焉してしまたったという方も多いのではないだろうか。
どうしても、上記に2作品と比べると放映時間が短すぎた感はある。

まして、田宮二郎の時のは放映ラスト2話を残して田宮二郎の自殺という衝撃のアクシデントもあり、尚更話題が沸騰したという経緯もある。

  しかし私の記憶の底になる白い巨塔は田宮二郎でしかない。

これは、ある意味世代の違いであろう。

  田宮二郎の白い巨塔は1978年。

当時私は18歳。

  多感な時代である。

よって強烈な印象を持って記憶しているから、白い巨塔とは田宮二郎以外には考えられないし、唐沢寿明主演の白い巨塔をどうしても思い出せないのである。

  多分、見ているであろうが、思い出せない。

それだけ、田宮二郎の白い巨塔の印象が強烈すぎるからであろう。

しかし、1978年当時中学生以下の年代であれば、田宮二郎の白い巨塔を見ても記憶には残らないであろう。
よって、ここから後の世代は唐沢寿明の白い巨塔ファンということになろうか。

  唐沢寿明の白い巨塔も最終回は30%を超えている。

何れにしても、現代のドラマの視聴率から比べると異常値である。

  そんな強烈な印象を残してきた過去の白い巨塔。

それらを記憶に残した世代からすれば、どうしたって5夜完結の白い巨塔は簡潔にすぎるのであろう。

  それなりには面白いストーリーではあったのだが。










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2019年6月 1日 (土)

6月商戦

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。



今日から6月。

  そして第2四半期のスタート月でもある。

当社の場合は第1四半期が3月〜5月。
      第2四半期が6月〜8月。
      第3四半期が9月〜11月。
      第4四半期が12月〜2月。

  3ヶ月ごとに四半期が変わる。

上記の区切りで見ていくと、第1四半期は冬から春をへて初夏の季節、第2四半期はほとんど夏の固定期間、第3四半期は夏から秋、第4四半期が秋から冬の期間となろか。

  第2四半期は唯一季節の変化が無い期間。

以前にも記したが、第1四半期は冬から初夏へと一番季節感の変化を感じる季節でもあり、また歳時記においてもいろいろなお祝い事が多い期間でもあった。

  52週の中でも一番あわただしい期間。

そして一年を四つに区切った四半期の中でも一番販売力を試される期間でもあろう。

  ここで競合とのイベント対応力が問われるのである。

そのイベント対応力がお盆商戦へと繋がっていくのだ。

  そんな第1四半期が経過した。

早いものである。
そして、第2四半期が今日からスタートする。

  祝日の無い6月。

イベント性のあるのは「父の日」ぐらいであろか。

  よって、この月を創業月としてイベント性を高める企業も多い。

当社もそれを踏襲しているのであるが(笑)。

季節的には、初夏から夏の気温に近づき、梅雨入りを迎える。

  更に下旬には「夏至」を迎える。

一年で一番昼の長い日。
しかしそれも梅雨の半ばであるためか、どうしても日中の時間の長さを実感できないのも事実であろう。

第1四半期がイベントの連続であったのと比較すると、イベント対応に関しては一旦小休止といった6月であろか。
しかし、それはイベントや歳時記といった行事が少ない分、気象の急変や梅雨の寒暖の差、またはゲリラ豪雨といったような気象条件の急変の時期でもあろう。

  6月後半からの台風や雷雨も午後の急変の要因でもあろうか。

よって、この時期は天候の急変による客数の増減、台風等による増減が始まる月でもあろうか。

そして、売場はもう完全に夏の売場が5月後半より維持されていく。

  涼味提案も以前の提案という場合では無い。

本格的に大陳して売り込みを図る時期である。

  ここが6月以前と6月以降の大きな違いでもあろか。

5月までであれば、気温の高低や寒暖の差もあり提案しながらもホットメニューの出番も考慮しながらの展開ではあるが、6月以降からは徹底した涼味や冷やしメニューの出番となろう。

また、天候という部分で言えば、ゲリラ豪雨等のリスクはあるが真夏日の頻度も高まり、日中は外に出たく無い心理が働く季節となっていく。

  熱中症というリスク。

5月の後半でも真夏日の連続した日々での熱中症での犠牲者がテレビ放映されていた。

  中にはスーパーの駐車場の車の中での事故もあった。

「命がけ」で外出するというリスクを持っての行動が伴うのが、この時期からの外出となる。
まして、徒歩や自転車での来店ともなると、それ相応の時間帯からのこととなろう。

  午後のピークがさらに後方に押しやられるリスク。

そんなリスクとゲリラ豪雨との背中合わせのリスクの中での商売となる。

  6月という月は夕方の売場の支持を高める月ともいえよう。

この月に夕方以降のピーク時間の売場の支持を得られれば、それ以降は「あのお店はしっかり商品が陳列されている」という評価の下に、それ以降のピーク時間帯のお客様の集客力を維持できるであろうが、この時期に夕方の売場をカスカスにロス対策をやってしまうと、8月までのお盆商戦への影響は必至であろう。

  夕方以降は何も無いスーパー。

そんなレッテルは、第二四半期にはマイナス要因でしかないであろう。

  ピーク時間帯の魅力。

これもこの夏の大きなテーマであろうか。








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