楽しくなれけば
皆さん、こんにちは。
食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。
楽しくなければ、スーパーじゃない。
このブログのサブタイトルでもある。
以前のサブタイトルは、
「たかがスーパー、されどスーパー」
であったが、昨年にサブタイトルを変更した。
それは、あるFacebook仲間が、自店の入り口の風除室に「楽しくなれけばスーパーじゃない」と言うタイトルと共に、働く従業員の仲間たちの似顔絵を一人一人描いて貼り付けてあったのを見て、このブログのサブタイとにパクったのである(笑)。
たかがスーパー、されどスーパーも想いのこもったサブタイトルだとは思っている。
しかし、楽しくなければスーパーじゃない、と言うフレーズに、自ら働くこの業界への想いと、そこで働く仲間たちにもっとこの業界であり仕事でありを理解して楽しんでもらいたいと言う想いを感じたのである。
てっちゃん会の仲間でもあるそのFacebookを引用させていただいたのだ。
また、いろいろな企業や店舗でも
「楽しくなければ、◯◯店じゃない」
等を合言葉に楽しく仕事をし、楽しい売場作りを目指している企業もあるだろう。
やはり仕事は楽しむもの。
そしてその楽しさからまた次へのステップへ階段を登れるものであると思う。
それでは、仕事の楽しさとは?。
だからと言って、皆が皆、仕事を楽しんでいるかと言えば、本当に仕事を楽しんでいるこの業界の人間がどれほどいるだろうか。
ある一時は瞬間的に仕事が楽しいと思える瞬間があるかもしれない。
しかし、そのある一瞬を除けば、ほとんどの時間を苦痛と隣り合わせで仕事をしている人がほとんどではないのだろうか。
私自身も仕事が楽しいと思えるようになったのは入社数年後のこと。
と言うよりも、鮮魚チーフとして数年が経過した後だったような気がする。
それ以前は、黙々と作業をこなすだけのものであった。
そしてチーフになりあるお店の部門を任された。
それでもやはり義務感で仕事をしていた気がする。
しかし、何かのきっかけで、業績に対しての考え方が変わったのである。
“業績は作れるもの”
そんな自身が付いた時からだ。
従来は、業績は結果的なものであり、仕事の結果として出た業績は作れるものではない。
そう思っていたのだが、チーフという職位につき、毎月業績とにらめっこしながら仕事をしていくと、業績を導くための日々のルーティンワークが見えてきた。そのルーティンワークを日々積み重ねていくと、最終結果に大きなギャップが無くなり、ほぼ予定通りの荒利率を導き出すことができるようになった。
“業績って導き出せるんだ”
要は、予算の荒利率を日々の仕事の積み重ねからほぼ予算通りの荒利率を導く手法が見えてきたということだ。
たかが荒利率の確保だけの話ではある。
しかし当時の私にとっては、この発見は大きな一歩でありここからいろいろな結果を導き出す手法へと繋がり、その結果としての楽しさが見えてきたのである。
やはりある程度の能力や技術を身につけないと楽しさには繋がらないとは思う。
よって、それ以前はどうしても目の前の作業に追われるという苦の部分だけが前面に押し出され、その奥に潜む楽しさに辿り着けなかった気はする。
しかし上記のようにちょっとしたきっかけで楽しさを発見するものだ。
それは人それぞれの楽しみがあるのだと思う。
私は荒利率という分野から、この業界の楽しさを見出し、そこから売上という領域での楽しさに広がっていったように思う。
荒利率と売上は反比例の関係だと思っていた。
しかし、突き詰めていくと、それは一緒だと気がついた。
荒利率を上げるには、売上を上げること。
売上を上げれば、荒利率が上がっていく。
それを別々に考えていたのであるが、商品の流れという視点で見れば、如何に商品を回転させることが(点数を上げること)が荒利率に貢献することであるから、荒利率という視点を更に広げて、荒利率の安定には売上拡大が絶対に欠かせないという結論に至るわけである。
結果として売上拡大を目指す販売技術にいたるのである。
そして、売る楽しさ、売れる楽しさを知る。
それは、この業界での楽しさという視点で見れば、順番が逆なのかもしれない。
まずは売る楽しさを追求すべき。
そう捉えている方もいるだろうが、私は逆に荒利率確保に楽しさを見出し、その延長線上に売上拡大という領域が広がっていったのである。
売る楽しさ売れる楽しさを知った暁には本当に仕事を楽しめた。
しかし、それは売場の部門の担当者の時代の楽しさであるかもしれないが、この売る楽しさ売れる楽しさを知らない限りは、副店長や店長、そしてバイヤーになってもこの業界の仕事の楽しさを満喫することは出来ないのではないだろうか。
全てはそこに集約されているからだと思うのだ。
よって、これが総務や人事に行っても同じことが言えるのではないだろうか。
人事の教育担当や採用担当。
やはりこの業界の売れる楽しさを基準とした制度の整備が、後々の人材育成と自社での活躍へ結びつき、それが彼らのモチベーションとなって将来にわたりこの業界で活躍できる人材育成につながっていくのではないだろうか。
それでは店長の仕事の楽しさとは?。
それはまた別の機会にお話ししたいと思う。
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コメント
てつろうさんさん、コメントありがとうございます。
自分で仕入れて自分で販売し売り切る技術を身に付ける。
こんな単純なことでも色々な技術を追求すると奥が深いもの。そこにどんどんハマっていく底抜けの楽しさは永遠かもしれませんね。
投稿: てっちゃん | 2019年4月12日 (金) 06時22分
私も仕事が楽しく感じたのは三年ぐらい仕事をしてからかと思います。やはり自分の責任で仕入れて販売できるようになってから楽しいと思いますよ。でも腰痛がひどくなって辞めましたけど。それでも得たものはたくさんありました。なのでこれからの若い方は長く働いてほしい。
投稿: てつろう | 2019年4月11日 (木) 23時19分
dadamaさん、コメントありがとうございます。
当初は初歩的な楽しさから始まり、いずれは楽しさを追求していく過程での壁や挫折を乗り越えながら目標への達成感が大きなやりがいや楽しさを求めて挑戦するようになっていくものですから、どんどんエスカレートしていくのだろうと思います。
そして一歩一歩楽しさの器を大きくしていってほしいものですね。
投稿: てっちゃん | 2019年4月11日 (木) 22時23分
sakaeさん、コメントありがとうございます。
→部門をまとめて結果を出すことに関心を寄せられるようになった。
要は部下を巻き込めば自分の想定外の結果が出せると言うことの喜びですよね。
そのことで逆に部下も活き活きと仕事へのモチベーションを高めてくれるもの。
そんな信頼関係に仕事感が大きく変わってきたのだろうと思います。
投稿: てっちゃん | 2019年4月11日 (木) 22時19分
楽しいばかりだったら当たり前となり楽しいと感じなくなるでしょうね。ある目的に向かって壁にぶつかり穴に落ちそれでもめげずに達成した時の充実感があるからこそ楽しいと思えるのですから。そこには成長のおまけも付いてくる筈。辛さや厳しさを体験するからこそ楽しさが味わえることを次の世代にも繋げていきたいですね。
投稿: dadama | 2019年4月11日 (木) 20時22分
漫然と受け身の姿勢で仕事をしていたら、この仕事の楽しさは分からないかもしれませんね。
この仕事の楽しさは職位ごとに違うと思いますが、てっちゃんさんの仰る通り根底には売る、売れる楽しさがあると思います。
担当の頃はどうしたら早く綺麗に商品化できるかばかり考えて仕事をしていました。綺麗な商品を作りそれが売れることに楽しみを感じました。
チーフになると数字を上げることや売場作りが楽しくなりました。最近は部門をまとめて結果を出すことに関心が移ってきています。昔の私からは考えられない変化です。
これから先、この仕事の楽しさがどう変化していくのか楽しみです。
投稿: sakae | 2019年4月11日 (木) 19時48分