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2018年10月 1日 (月)

錯覚マネジメント

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


先日、あるテレビで放映されていたテーマ。

  人生において必要なのは「実力」か「運」か?。

2018年9月16日放送の「林先生が驚く初耳学」での一コマ。
林修が、ゲストに対して、人生において必要なのは「実力」か「運」かと問う。

  「それは実力でしょう。」
  「いや、運の方が大事。」

色々と意見が分かれたが、最後に林修が言う。

  「運よりも実力よりも、勘違いさせる力で決まる。」

勘違いさせる力?。

  それは人を錯覚させる力でもある。

我々の周囲を見ると、「実力も無いのに、なんであの人が出世するの?」といった嫉妬されるほど評価されている人間がいたりする。

  それではいったい、実力とはなんだ?。

学力?、マネジメント力?、販売力?、変化対応力? ・・・。
昔からよく言われる言葉。

  「運も実力のうち」。

実力があるから、運も舞い込んでくると言うことわざである。

  しかし、実力という実態は何を指すのか?。

仕事においての実力、店長としての実力、人生においての実力。

  実力を色々と定義はできるが、その実態は定かでは無い。

例えば、店長としての実力を数値測定できるのであろうか。
そして、数値測定したとして、本当にそれは客観的に見た個人の実力と一致するのか。

  結果的には、それは実態とはかけ離れた数値であることが多い。

それでは、客観的に見た個人の実力とは。

  ある結果が出たとしよう。

例えば、上半期の業績。
その結果がすこぶる良かった。
結果的に、その業績に対しての周囲の評価は、

  「あいつは頑張った」
  「あいつの実力だ」
  「あいつの行動力」

等々、その個人に対しての評価が高まる。

  結果的に、それはその個人に対する資産となる。

しかし、その資産すら結果から導き出された「錯覚資産」なのである。

  一つの結果だけからもたらされた「錯覚資産」。

しかし、たった一つの結果でも「錯覚資産」を産み、彼に対する評価が高まる。
彼に対する評価が高まると、彼を取り巻く環境が好転する。

  売上の高い店舗への人事異動。
  有能な部下をつけてもらえる。
  会議での発言力が増えていく。

等々の環境が自分に対して好転していく可能性が高まる。

  この環境を活かして更に好結果を導き出す。

これが、その個人の実力であるのだ。

  運は誰にでも巡ってくるもの。

しかし、その目の前を通過した運をものにできるかどうかが、その個人の実力なのである。

  私はそれを「錯覚マネジメント」と思った。

実力という錯覚を、如何にマネジメントするか。

  ピンチをチャンスに変えものにする実力。

そんな思考と行動と結果を導き出せる実力を身につけたいものである。




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コメント

Sさん、コメントありがとうございます。
組織運営において、そこに学力という能力は一切入り込まないもの。不思議ですね。
いい学校を目指して日々努力しその甲斐あっての高学歴。しかし人間社会においてはそれらの努力の結果としての学歴から離れて、人間社会では人間関係能力が幅を利かせていく。
それでも私が重要視するのは、その努力するという姿勢。どんな世界においても、その場で努力するという姿勢が学歴だけではない人間の実力なのかと思うのです。

投稿: てっちゃん | 2018年10月 2日 (火) 09時05分

dadamaさん、コメントありがとうございます。
肩書きを失った人間に残されるのは本当の実力という厳しい現実でしょうか。
その為にも、肩書きに影響されない外部での自己鍛錬する場も大切なのでは無いかと思います。

投稿: てっちゃん | 2018年10月 2日 (火) 08時53分

sakaeさん、コメントありがとうございます。
番組での林先生もその本を取り上げていましたので、同じネタだと思います。
運は誰の目の前にも平等に通りすがっているもの。それが私の持論です(笑)。
その通りすがりの運を、幸運ととるか不運ととるかは本人次第。それを幸運と取れることが錯覚マネジメントの始まるかと思うのです。

投稿: てっちゃん | 2018年10月 2日 (火) 08時45分

私はスーパーではないのですが、錯覚マネジメントとは違うのかもしれませんが、有能なマネジメントは、実力や運だけではないとおもいます。それまで培った学力からの能力 そして、人間力からなし得るものと思います。私も今まで生きてきた中で、優れた上司に何度か遭遇してきましたが、働きやすさと、指導能力と、やはり信頼関係
そして、良い結果が出た時、彼らは大抵、社員 パート 派遣と、区別なくねぎらってくれ、喜びを、分かち合いました。人間を見る目も、ずば抜けているからこそ、底辺の人達も、必死に働くのだと思うのです

投稿: S | 2018年10月 1日 (月) 22時47分

定年へのカウントダウンの間で感じるのは肩書きも人間価値の錯覚じゃないかと言う事・・・定年後、肩書きを失った人間は何処に価値観を持って生きて行くのか?確かに運気は誰にもあるとは思いますが運を次の成長に向けての糧とするには運以上の努力が必要。長い人生、運ばかりでステップアップは出来ませんから。肩書きも人間性も。

投稿: dadama | 2018年10月 1日 (月) 21時11分

私は本で錯覚資産という言葉を知りました。ふろむださんという方が、人生は、運よりも実力よりも「勘違いさせる力」で決まっているという本の中で詳しく錯覚資産について書いています。ふろむださんは「分裂勘違い君劇場」というブログも書いており、扱っているテーマも興味深いものが多いです。
実力という言葉は実態がなく錯覚だと思います。実力を勘違いさせて、よい環境を手にいれても、メッキが剥がれてしまい駄目になる例もあります。そうならないように普段から実力を養いつつ運も味方につけたいです。運を味方にできるかはてっちゃんさんのおっしゃる通り本人の実力次第ですね。

投稿: sakae | 2018年10月 1日 (月) 18時07分

「お」さん、コメントありがとうございます。
品出し等は本当に誰でもできると思いますし、鮮魚や精肉の包丁を使ってのお刺身や肉の捌き等も、日々の経験を積み重ねれば、皆パートさんたちがやっている仕事ですので、そんなに難しいことでは無いと思います。
但し、チーフや店長といった店舗の運営面においてはその世界で成功するかしないかは努力次第でしょうか。
よく、センスと言われますがセンスとは努力の積み重ねのことであり、初めからセンスのある人間はごく僅かでは無いでしょうか。更にセンスを偶然にも持ち合わせている方はその後の努力を怠る傾向があるため、どこかで頭打ちになる傾向にあるようです。

投稿: てっちゃん | 2018年10月 1日 (月) 08時16分

スーパーは誰でもできるって言う人いるけど
実際はセンスがないとできないと思ってます。
てっちゃん店長さんはどう思いますかね?

投稿: お | 2018年10月 1日 (月) 01時49分

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