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2018年4月29日 (日)

鉄人の思い出

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


衣笠祥雄さんが逝った。

  享年71歳。

鉄人の名をほしいままにした現役時代から考えれば、非常に若すぎる死である。
現役時代は、1987年に2215試合連続出場を果たし最多連続試合出場の日本記録を持つ。

  その途中ではデッドボールによる骨折もあった。

それでも1試合だけ代打出場となったが、それ以降は再びフル出場を更新していく。

  連続試合出場。

非常に地味な記録ではある。
安打、ホームラン、打率等の派手な数値の記録ではないが、連続試合出場とは、チームの主力選手として常に安定した能力を発揮し続けなければならないと言う点では紛れもなくチームの主軸であり続けたと言う証であろう。

  私が一番心に残る衣笠選手の記憶。

それは、やはり江夏の21球の場面であろう。

  衣笠選手の打力面での記憶ではない(笑)。

1979年のプロ野球日本シリーズ第7戦。

  9回裏の大詰めの場面での出来事。

これは別途、江夏の21球と言うドキュメント番組が組まれるほどの名場面となったシーンである。

  その場面での衣笠選手と江夏投手との会話。

当然、リアルにその場面を見ていた私たちは、単に衣笠選手が江夏投手に歩み寄り、元気付けているようにしか見えなかった場面である。

  この場面の真相。

それは、この回のピンチに際して、ベンチサイドでは万が一に場面を想定して北別府や池谷がブルペンで投球練習をしていたことに対して、江夏投手がベンチの動きを不振に思ったことへの激励の意味で衣笠選手がマウンドに駆け寄ったと言うのが真相だった。

  「俺もユニフォームを脱ぐよ」

江夏投手の気持ちを察して、衣笠選手が江夏投手にかけた言葉。
この一言で、江夏投手は目の前のバッターに神経を集中できたと言う。

  ここに人間衣笠祥雄の真骨頂がある。

仲間のモチベーションを気遣い行動できる人間。

  それを「江夏の21球」というドキュメント番組で知ることとなる。

死去する4日前でもある同月19日にBS-TBSで放送されたDeNA対巨人戦で解説を行ったのが最後のメディア出演となり視聴者らが衣笠の声の異変・体調を不安視していた矢先の出来事であったようだ。

  死去の4日前のテレビ解説。

そのことだけでも、鉄人に相応しいエピソードであろうか。

  ご冥福を祈りたい。






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