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2017年9月 1日 (金)

指導者への道

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


先日、あるラジオ番組で大林素子のインタビューがあった。

  元全日本バレーボール選手。

その大林素子さんが、先輩でもある中田久美さんが全日本の監督になったことに触れた話題を話していた。

  中田久美 〜 1984年ロス五輪出場 銅メダル獲得。
  大林素子 〜 1988年ソウル五輪初出場。

中田久美が大林素子よりも二つ年上であるが、上記のようにオリンピック出場となると4年ほど中田の方が先輩にあたり、ロス五輪での銅メダルは輝かしい。

ロス五輪の女子バレー選手には、江上由美、三屋裕子、広瀬美代子など錚々たるメンバーを率いて若干19歳の中田が正セッターとして活躍した。

  以来、不動の全日本のセッターとして君臨してきた選手。

その中田久美が、いよいよ全日本の監督として表舞台に立った。

  その中田久美を後輩の大林元子が応援。

「名選手名監督にあらず」。

  昔からよく言われる諺である。

名選手として鳴らした人物が監督となっても、自分では簡単にマスター出来た技術が故に、他人がマスター出来ない現実に直面するとどう指導して良いかわからない。

  その連続により窮地に陥ってしまう。

よくある話である。
そこを大林素子は中田久美に対して話していた。

  「指導者として人との距離感が短くなった」

監督就任当時は、気合いと根性で育ってきた世代であるが故に、選手たちにも同様の取り組み方を求めてきたのだが、現代の若者には到底通用しない。

  もっと選手に近づいて距離を縮める努力。

だから、以前は強い選手であった中田が、最近ではますます涙もろい監督に見えてきたという。

  なかなか、奥の深い話ではないか。

中田久美といえば、最年少で全日本のセッターを任され、大先輩を相手に見事なセッターぶりはまさに天才であった。

  鉄の意志を持ったメンタル面の強い選手。

そんなイメージが強い中田久美が監督として、選手との距離を縮めようと努力している姿。

更に、選手とのメンタル面での繋がりが強まるに従い、涙腺が緩んでくるという事実。

  “あの中田久美が”

やると言ったら、何が何でもやり遂げる選手。
それが、中田久美であった。

  その彼女が監督として人間として脱皮しつつある。

嬉しいことではないか。

  5大会ぶりにアジア選手権を制した中田ジャパン。

「名選手名監督なり」を実現してほしいものである。







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