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2016年1月

2016年1月31日 (日)

何もしない時間

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


今日は日曜日。

  芸能ネタの日(笑)。

先日、録画番組を見ていたら、引き込まれる内容の番組があった。

  毎週 木曜深夜からの「EG-style」。

E-girlsがメインで出演する番組である(笑)。

  この段階で、dadamaさんは頭痛が痛くなってきたはずだ(笑)。
  
どうぞ、本日はゆっくりお休みください(笑)。

  E-girls。

一口にE-girlsと言っても、そこには、小グループとしてのDream、Happiness、Hlowerの3チームがしのぎを削り合いながら、時にはE-girlsとして紅白などの大舞台へと繰り出す。

  ダンスパフォーマンス集団である。

そのキレのあるダンスは定評があり、総勢で20名ほどのどのメンバーを取ってもその実力はずば抜けている。

  その中で、先週は佐藤晴美を特集していた。

彼女は、Flowerのメンバーであり、どちらかというとスローなバラード等を中心に楽曲が組まれることの多いチームのダンスパフォーマーである。

  ダンスパフォーマーとは踊り専門のメンバーのこと。

歌ではなく踊りで魅せるメンバーで有るから、そのダンスはやはり抜群。

  更に、170センチを超える長身でもある。

だからその八頭身の踊りは、他を圧倒する。
しなやかで、スタイル抜群のその肢体から繰り出される踊りは魅力溢れるものだ。

  そんな彼女が休日をどう過ごすのか?。

そんなタイトルで、毎回メンバー一人の休日に密着して放映する。

  そして、今回が佐藤晴海であった。

その外見に似合わず、彼女の休日は外で活発に過ごすらしい。
特に、今のダンスを更に磨くために積極的に外に出て、外部の血に触れることを厭わないらしい。

  そんな話を聞くと、ますますファンになってしまうものだ。

そして訪れたのが、お寺。

  座禅に挑戦するという。

座禅で身も心も静寂な中に身を置き、集中する。
そうすると、遠くの川のせせらぎや鳥の冴えずる声が聞こえてくるという。
座禅の後に、彼女は言った。

  何もしない時間が、人生を濃くするものですね。

なるほど、何もしないで、ただただ真剣に自分を見つめるひととき。
そんな時間を今回持てたということに感謝すると同時に、その時間を使って今まで見えなかったものが見えたことに対する満足と、その時間の濃さを体感したのだろう。

  “あぁ〜、そんな時間が持てたいなぁ〜”

羨ましくもあり、また作る気に作れるとも思えた。
しかし、本当に作る気なら、そんな時間はどんどん作れるのだろうが、スマホ等をいじっているとあっという間に時間が経ってしまうのも事実。

  何もしない時間が、人生を濃くする。

そう言えるだけの余裕が無くなっているのかもしれない(笑)。
しかし、やっぱり、どこかでこのように精神を集中して何も思わずにただただジッとしている時間が、人生にとっては濃い時間と思えるのであろう。

  そんな贅沢な時間の過ごし方をどこかでしてみたいものだ。





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2016年1月30日 (土)

未来を急ぐ功罪

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


昨日は「未来の重み」を記した。

  本日は未来を急ぐ功罪。

相反する内容かもしれない(笑)。

  昨日は未来に対しての意識の強さが人を成長させるという内容。

そして本日は、未来を急ぐ意識が人を停滞させるという内容だ。

  問題は未来を充実させるために、今日をどう生きるかという意識。

人は皆、明るい未来を夢見て元気が出るものだ。

そして、その為に、今日という日、今という現在を未来の為により充実した時を過ごそうとして、来るべく明るい未来を切り開こうと行動する。

  その為に、今日があり、今がある。

そんな意識になれば、今日という日をより充実させる為に妥協の無い今を生きようとする意識が生まれる。

  結果として、その妥協の無い生き方が明るい未来を切り開く。

黙って明るい未来が訪れる訳では、決して無い。

  そこを思い違うと、逆の結果となる。

要は、明るい未来を待ち焦がれて、今日を流してしまうことだ。

  明るい未来は、妥協の無い今があって初めて訪れる未来。

未来を明るくするか否かは、今の生き方で決まるものであり、黙っていても明るい未来が訪れる訳では無いのだ。

しかし、人間は弱いもの。

  今日一日ぐらい、という妥協心を生んでしまう。

その妥協の連続が、明るい未来を更に未来へ押しやっていくのである。

  今日をしっかり生きれば未来はより近づき。
  今日を妥協して生きれば未来も更に遠のく。

明るい未来を、自らの手で手繰り寄せるのか、自らの妥協で明るい未来から遠のいていくのか。

  だからと言って、鬼面ズラで生きよとは言わない。

幸せは「笑顔」に宿るものである。
人間の笑顔に人は集まり、そして賑わい活性していく。

  笑顔で妥協の無い日々を送る。

この姿勢が更に明るい未来を手繰り寄せる原動力となるのである。

  どうしたら、笑顔で現在を生きれるのか?。

それは、日々の中で、チャレンジする姿勢を持つことであろう。

  チャレンジすることが、ドキドキワクワクを生む。

ドキドキワクワクが、楽しさにつながり、笑顔を生み出す。
その笑顔から知恵が生まれ、次なるチャレンジを起こしていく。

  要は、日々のチャレンジの連続が明るい未来を引き寄せるという構図。

だから、決して今を急いではならない。

  “早く、明日になぁ〜れ”

気持ちはわかるが、チャレンジをしない今日を過ごしてはならない。
それは、明るい未来を一日遠ざけることになるということだ。

  特に若い世代ほど日々のチャレンジの差が未来を左右する。

ぜひ、明るい未来を今から引き寄せて頂きたいものである。






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2016年1月29日 (金)

未来の重み

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


人間とは、何に対して高い関心を持つのだろうか。

  それは、未来の重さを認識した時であろう。

未来の重さ。

  それはどういうことだろうか。

例えば、人間の付き合いを考えてみよう。

  一度きりの繋がり。
  時限限定の繋がり。
  未来永劫の繋がり。

いろいろな出会いがあり、一度きりの出会いで終わるのか、それとも上司と部下との関係のようにお互いの人事異動の歯車の重なる時限的な繋がりで終わるのか、更にはサラリーマンがその企業に就職する場面においての一生涯の繋がりとなるのか。

  人間としての人生観との関係が深く関わってくることでもあろう。

人間はどうしても、その瞬間だけの出会いが確実な場合は、その出会いにあまり深い意識を持たない。

  人間としての倫理観を持ち合わせただけの付き合いとなる。

ところが、これから先長い付き合いとなることが予想されると、その人との関係は組織、企業との関係を良好に保ちたいと言う意識が高まってくる。

  “この関係をいつまでも良好に結んでおきたい”

更には、

  “ここで最高に自分の位置づけを築いておきたい”

そのような高い意識が作られていく。
それは、自分の未来を良好に築きたいと言う未来志向の意識によるものだろう。

  人間は、明るい未来を夢見て現在を生きる。

いや、逆に言うと、明るい未来があるからこそいま現在を大いに努力し大いに行動できるものだ。

  それは、自分の未来を約束されるという、存続契約とも言える。

自分の未来を約束されるから、いま現在を最大に努力してその約束に沿える自分の姿を維持しようとする行動力が生まれるのである。

それが崩れるのは、自分の未来が見えなくなったり、この組織内に自分の未来が消滅してしまうような状況が生まれた時であろう。

  “ここで頑張っても自分の未来は無い”

そう思ってしまったら、そこで明るい未来に活躍する自分の姿を見出せずに、いま現在の努力をするという姿勢を失ってしまう。

  未来とはそれほど重い存在である。

だから、個人的には絶対に未来を失ってはいけないし、組織的には従業員の明るい未来を常に意識した組織運営が求められるのである。

  未来を保証した組織運営。

その組織運営があったから、日本式経営は息の長い組織であり経営が可能であったとも言える。

  年功制であり終身雇用という制度の功罪はあろう。

しかし、ある意味では従業員のこうした安定した未来志向が、その組織を永遠に支えていこうとする従業員の存在が安定した経営を可能にし、また従業員もその技術を生涯を通して磨いていけたという事実なのである。

  そのメリットを如何に自店や自社に活かせるか。

上司として、この部下と一生涯付き合っていくという意識を持つことである。
確かに、いずれ人事異動によりその店舗での付き合いはいっときの事だともいえるが、狭い社内でまたいずれ上司と部下の関係が結ばれるかわからない。

  この部下、この上司といずれまた付き合う時がくる。

そのような緊張感を持てば、そのいっときの事と諦めらめられないお互いの未来志向が生まれていくものだ。

更には、この上司の仕事ぶりや考え方を実行すれば必ず自分にとって高い技術を得られるという未来志向を持たせることも重要だろう。

  この人と共にいま現在を努力する。

その結果、自分の技術を高め、いずれまたこの上司と共に同じ店舗、同じ企業で働く未来が来るという緊張感が、いま現在の惜しまない努力へと駆り出されるのである。

  そしてそれが確実に未来ものものから現実へと実現されていく。

そのお互いの未来契約の履行が、安心していま現在を生きていけるという世界。

  そんな世界を実現させていきたいものだ。








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2016年1月28日 (木)

ライバルの存在

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


ライバルの存在。

  組織として個人として。

よく言われる言葉。

  競合店の存在は「砥石」である。

要は、自社や自店を砥石のように研いでくれる存在であるということ。

  競合店の存在が自身の慢心を許さず常に前を向き続ける存在となること。

競合店が存在すること、また競合店が出店することによって、お客様の選択肢が増える。
同じ商圏内にお客様が普段の食事の支度をするお店が増えることによって、選択肢が増え、より満足のいくお店で食材を支度しようとする買い物行動が増えるということは逆に言うと、選択される我々にとっては更にお店の不備を改善して競合店に負けない売場を作ろうとする行動を起こさせる。

  この意識と行動が砥石の役目を果たす。

結果として、競合店の出店によって、そのお店だけでなくそのお店での取り組みが企業全体に広まり、当事者としての店舗以外に大きな数値効果をもたらすという砥石効果も存在する。

これは、店舗という組織に競合店というライバルが存在したことに対する砥石効果である。

  同様に個人のライバルの存在も同様である。

店舗に対しての競合店の存在が砥石であるのと同様に、個人個人に対してのライバルの存在も砥石たるであろう。

  個人のライバル。

要は、仕事上のライバルの存在である。

  同期のライバル。
  同職のライバル。
  
様々なライバルが存在する。
競合店の場合は、明らかにライバルの存在として自他共に認める位置づけにあるが、個人の場合は自他共に認める存在にある場合と無い場合がある。

  そして、ライバル視しているのは一方的にこちらかもしれない。

相手は別にそう思っていない場合もあるだろう。
しかし大切なのは自他共に認める存在であるかどうかの問題ではなく、自分の心にどのような位置づけで相手を認識しているかなのだろう。

  実在の人間をライバル視して自己を高めようとする意識と行動。

そのことが重要なのであり、ライバルとして相手を陥れようとする方向へ行動することではないし、相手のミスを喜ぶことでもない。

  特に、入社してたの頃はライバルが存在した。

それは、相手も同様に私を見ていたことだと思うし、こちらも相手をそのような存在で見ていた。
しかし、だからと言ってお互いに反目する関係でもなく、普段は誰よりも近い存在で遊びまわっていたものでもある。

  そして一番大切なのは相手の強みを意識したことだ。

“あいつのここには敵わない”
“あいつのこの部分を得たい”

  そんな憧憬。

そのおかげで、自分の強みも意識するようになり、そこだけは負けたくないという意識と行動に移ったこともあった。

  そして、ライバルはその時々で変遷していく。
  更に、自分の師匠もその時々で変遷していく。

競合店の存在も、個人的なライバルの存在も、そして自分の師匠の存在も単なる存在で終わらせるのか、それともそれを自分にどう効果的な影響力として受け入れるか。

  異質を受け入れる懐の深さを身に付けたいものである。






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2016年1月27日 (水)

心の叫び

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


先日の11日(月)、成人の日であった。

  昔は1月15日と相場が決まっていた成人の日。

現在は1月2週目の月曜日と変更になり、成人の日イコール3連休の最終日となり、絶好の行楽日と化してしまった(笑)。

  成人の日。

誰でも通過する20歳という時期。

  自分の20歳はどんなだったのだろうか。

大学生活をしていたのは明らかだ。
私の成人式も、これでもかの積雪の上に生憎の快晴。

  成人を迎える女性達には本当に憎い太陽だったと思う。

そんな思い出のある成人の日。

そんな折、先日中島みゆきの名曲特集なる番組を録画した。
1975年の「時代」で確固たるシンガーソングライターの地位を築いた我々世代には忘れられない歌手である。

私が20歳前後の頃の彼女の代表曲といえば、

  1977年 わかれ歌
  1980年 ひとり上手
  1981年 悪女

と立て続けにヒット曲を披露しているのがわかる。

  特に、20歳の時のヒット曲が「ひとり上手」

この曲は私の好きな坂本冬美もカバーしているほどの名曲である。

  わかれ歌といい、ひとり上手といい、悪女といい。
  よくもこれほど人間の奥底の心の叫びを表現できるなと思う。

それは、強烈に我々の心をとらえる詩であった。
私は、あまりにも露骨な表現であり叫びであったため、当初はどうしても好きになれなかった部分がある。

どちらかといえば、松田聖子等のアイドル路線へ走ったものだ(笑)。

  しかし何かあると彼女の心の叫びが聞きたくもあった。

それは、自分の本音を吐き出すような詩でありメロディーであるから。

  人間、誰でも心から本音を叫びたい時がある。

それは、人の面前では絶対に言えない内容でもある。
それを心あるがままに詩で表現してくれた曲が多い。

先日録画した「中島みゆき名曲集」でも、その内容は彼女にゆかりの女性歌手たちがこぞって中島みゆきのカバーを披露していた。

  名手たちが一度は歌いたい歌手。

その名手達とは、坂本冬美、中島美嘉、大竹しのぶ、研ナオコ、華原朋美、中村中、クミコ等の蒼々たるメンバーである。

  それが、中島みゆきという存在なのだろう。

それは、名手たちの中島みゆきへのリスペクトでもある。
それにしても、中島みゆきという歌手。

  息の長い存在である。

1970年代の「わかれ歌」、1980年代の「悪女」、1990年代の「空と君のあいだに」、2000年代の「地上の星」、と4つ時代でシングルチャート1位を獲得した唯一の歌手である。

  そして、2010年代の「糸」。

この曲も多くの歌手がカバーしている。
そして、私が言うのもおこがましいが、だんだん彼女の表情が素敵になってくるのがわかるのである。

  私が20代の時の表情はまるで時代を憎む表情をしていた。
  それが糸を歌う表情はとても柔らかく愛情に満ちている。

そんな中島みゆきに再び注目してみたい。









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2016年1月26日 (火)

上司と部下の信頼関係

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


先日、ある社員が相談に来た。

  上司と合わないらしい。

上司と部下の関係。
その関係は、ほとんどの場合、上司が握っていると言っても過言ではないだろう。

  職位の権限から二人の関係は常に上司がリードしている。

そして、その一方通行的な流れが、部下をして合う、合わないという評価として下される。

  上司は常にあるべき状態を目指そうとして部下と向き合う。
  部下は上司のあるべき状態を目指そうとチームを立て直す。

部下は常に与えられたあるべき姿に標準を合わせていく。
しかし、上司はあるべき姿が達成されれば、更にその上をあるべき姿に設定していく。

  ここに上司と部下との評価のズレが常に発生していくのである。

そして、場面場面を見てあるべき姿を小出しにするのが上司。
小出しにされた場面場面をつなぎ合わせていくのが部下。

そう考えると、部下にとって、「合う上司」とはほとんど不可能に近い確率でしか存在しないのではないだろうか(笑)。

しかし、それでもあるべき姿を模索していく上司と部下の関係は、売場という視点においては致し方ないとは思っている。
そのような関係の繰り返しから、売場のレベルは高まっていくのだろうと思うからだ。

  しかし、上司と部下との信頼関係は別物。

部下にとっては、上司のこのようなあくなき高みへの模索は着いていけるのである。
しかし、それはある一つの前提があっての話である。

  それは、上司への信頼。

よく出てくる言葉でもある。

  上司への信頼。

それはどういうことか?。

それは、上司に着いていくという行為と、着いてきた部下をしっかり守ってやるという上司と部下との契約が成り立っているかどうかであると思っている。

  “信頼関係って、契約かい?”

そう問われる方もいるだろう。
でも、私はある意味このような契約的要素が含まれていると思っている。

  その契約が履行されているから上司と部下は内面でも信頼し合っていると。

守られているという安心感。
それは、企業と個人の労働契約と同じ関係であると思う。

  個人は労働の対価として賃金を得ている。
  部下は追随の対価として安心を得ている。

特に、その上司に着いていく限りは、社内で誰からも守られている。
更に、お客様や取引先競合店からも自分は守られているという認識。

このことが、如何にその部下をして働きがいにつながっているか。
店長や組織のリーダーは部下の信頼を得るには、自分が盾になってでも部下を守る覚悟が必要な時がある。

  それは、上司の判断と指示で部下を行動させた時だ。

それによって、部下が他者から批判に晒された場面。
このばかりは、上司の行動が分かれる場面が多い。
そんな時に、上司は自分を危険に晒してでも、部下を守れるかどうか。

  そこで上司と部下との信頼関係がその瞬間で決定してしまう。

それは、上司が部下を守る姿勢を示すかどうか。
この瞬間に、部下は上司を判断する。

  この一瞬で部下の上司への評価が下される。

長い長い付き合いの結果ではない。
それが、上司と部下との関係だと思わなければならない。

  上司と部下。

自分が部下の時代に何を想ったか?。
部下の時代に学ぶべきことが多いと思うのです。






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2016年1月25日 (月)

面接にて

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


先日、ある女性と採用の面接をした。

  当店に毎日買物に来られているというお客様でもある。

その女性の住所は、当店から少しばかり遠い。
遠いと言っても車で約10分ほどではあるが。

  「この地域なら他にスーパーたくさんあるでしょう?。」

私がそう言うと、彼女は、こういった。

  「このお店は、季節感を感じるのです。」

“嬉しいことを言ってくれるなぁ〜”

会話をしていて嬉しくなってきた(笑)。

  「例えば、どんなところですか?。」

そう聞いた私に、彼女はこう言った。

  「入り口を入ってすぐの節分とか果物のスィーティートか。」

私は、益々嬉しくなってきた。

  「でもそれは、他のスーパーでも同じでしょう?。」

そう問うと、彼女はここが一番それを感じると言ってくれた。

  “そう感じてくれているお客様が居てくれた”

非常に嬉しくなってきた。
従来から、このブログでも記してきたことだと思うが、私が店長として売場の販売面で一番意図していることは、お客様が入店したその瞬間に季節を感じてもらえる売場作りである。

  今の歳時記なら「節分」。
  果実の旬なら「いちご」。
  更にお勧めの「スィーティー」。

スィーティーに関しては、昨年も量販していた事を話してくれて、その時に購入したスィーティーが美味しく忘れられなかったという事である。

  益々嬉しくなってきた。

昨年も販売していた事を記憶してくれている、という事は昨年から同様に日々来店されているという事でもある。
そして彼女は言った。

  「スィーティーは他のスーパーでは売っていないんですよ。」

そこまで見てくれている。
おそらく、他社でも品揃えはしているのだろうが、主力品でもないため打ち出していないし、節分の豆類の展開も入り口で堂々と展開しているお店が少ないのだろう。

そういう意味でも、私はお店に入った瞬間にお客様に感じて頂けることを大切にしている。

  入店した瞬間に季節を感じられるお店。

だから、特に若年の主婦層はスーパーから季節や歳時記を感じることが出来るのだ。
そして、果実の旬を知ることができる。

  旬の物を食べる。

それが、その果実を一番美味しく食べる事に繋がっていく。
それは、ある意味、ささやかな贅沢でもある。

  一番美味しい時に、美味しく食べる。

それは、その食材にも、食材を生産した者にも、そしてそれを流通させた者達にも、喜ばしい事である。

最終的には、それを知らしめるのが我々最終流通者の役目でもある。

  それが多少ばかりでも伝わった嬉しさ。

そして、そんなスーパーだから毎日買物に来ているし、働いてみたいという。

  当然、即採用した事は言うまでもない(笑)。






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2016年1月24日 (日)

「お義父さんと呼ばせて」から

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


娘から女房に電話が入った。

  「お義父さんと呼ばせて」がおもしろいらしいよ。

とりあえず録画はしておいたが、見る機会がなかったため、数日後に家族で見てみた。

  正直、これは笑える(笑)。

おもしろいとか見応えがあるとか考えさせられるとか言う前に、このドラマは笑える。

  見ていて飽きずに笑える。

私は、というか我が家はこんなドラマが大好きだ。
見ていて、飽きない、疲れない、そして大声出して笑える。
そんなドラマをワンシーズンに一本は観たいと思っていた矢先のドラマ。

筋書きは、一言でいうと、50男の娘の結婚相手が自分と同じ50男と知って狼狽する娘の親父と結婚相手の男と、その周辺の人間ドラマである。

一流商社の最年少役員として活躍する50男。
そして、その50男の娘で、初めて彼氏を家に連れてくるという言葉に狼狽する父。
更に、連れてきた男や中堅商社の熱血販売部長である50男。

  なんと、娘の彼氏は親父である自分と同じ年。

この瞬間から、二人の間には確執が生まれ、そしてその周辺の人間達を巻き込み、コメディーが生まれていく(笑)。

  この二人の男の対比がまたおもしろい。

方や、エリート商社マン。
方や、熱血漢の営業部長。

  考え方から行動までまるで対角線の二人。

この二人の関係と、娘の一途な彼への想い。
そして、それを見守る母親と冷静に観察する兄弟たち。
更に、老人ホームから出てきたお祖父さんが関わりドラマは更に面白さを増していく。

今回のドラマは、この年の差婚から、結婚とは何か?、家族とは何か?、人間とは何か?、を問うていくのだろう思う。

  しかし、このドラマはそれ以前に、単純に笑えるのである。

それが一番おもしろいところである。
今期の中では、本当に笑えるドラマである。

  “これは見続けたいドラマだ”

そんな笑いの中から、夫婦とは、家族とは、そして結婚とは、という人間の絆や繋がり、そして家族を追求していくドラマとなっていくのだろう。

そういう意味では、同じ50世代の私には非常に共感できる、親父と彼氏の対比である。

  それは、どちらの性格をも併せ持つ我々世代の共通項があるからだ。

ドライなエリートサラリーマンに憧れつつも、現実には熱血漢として現場に存在する我々世代の人格を、二人の役者が演じてくれている。

  そして、その二人に共感しながら自分と重ね合わせて見ている。

この二人の50男は、いずれ自分に無い相手への憧憬が内面で芽生えていくのであろう。

  そして、更なるトラブルが待ち受けているらしい。

是非、大河ドラマと合わせて見てほしいドラマである。

  フジテレビ 火曜 午後10時。

「お義父さんと呼ばせない」。

  是非、ご覧ください。






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2016年1月23日 (土)

いよいよ冬本番

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


ようやく、冬本番の天候になってきた。

  本当に、ようやく(笑)。

しかし、それは同時に降雪という悪天候への対応の季節になってきたということでもある。

  まず、道路状況に応じた慎重な運転への配慮。
  次に、出勤者の安全面への確認。
  更に、特売商品の入荷状況のチェック。
  そして何と言っても、店舗周辺の安全確保。

駐車場やその出入り口、店舗入り口周辺の雪かきや融雪剤の散布が最優先の行為か。
それは、関東方面ではこの時期から本格的に始まる真冬の風物詩とも言える。

  それに関しては、昨年同様と言えよう。

特別今年が遅いわけでは無い。
しかし、気温だけから比べれば、やはり例年よりも暖かいのだろう。

  暖冬とは言われているが。

そして、今後の長期予報を見ても、特段今年は暖冬のまま過ぎていくとも寒さがぶり返すとも記載されていない。

  しかしここ一週間は厳冬のようだ。

ここ北関東でも最低気温が−4度〜−5度と非常に低い気温が続く予報である。

  “やっぱりなぁ〜(笑)”

そう思った。
地球の天候は、どこから帳尻が合うものである。

  暖かくなったら次は寒くなる。
  寒くなったら次は暖かくなる。
  干ばつが続いたら長雨が来る。
  長雨が続いたら干ばつが来る。

そういうものだ。
そうやって帳尻を合わせながらバランス良く回っているのである。
そうやって最終的には地球の資源が大崩れしないように出来ているのある。

先日、福島白河の秘境と言われる奥甲子温泉に行ってきた時に、雪の少なさにびっくりした。
温泉の送迎バスの運転手の方も今年の積雪の少なさに安堵感と同時に不安も覗かせた。

  このまま雪が少ない状態だと夏の水不足が心配だという。

冬の雪山の雪不足。

  それはスキー場の入場者の激減を招く。

降りすぎも困るが、降らないとスキースノボ客が減少し商売にならない。
しかし、もっと重要な事は、

  夏場の水不足。

これは山岳地帯だけの問題ではなく、その下流の都市部へも甚大な影響を与える。
だから、バランス良く、冬には冬らしい気候でなければならないのだ。
更に、地球というシステムは必ずその帳尻を合わせてくれる。

  だから、暖かければ寒くなるもの。

さて、これからが本格的な冬到来。
いつまで続くのだろうか?。






 

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2016年1月22日 (金)

若年世代を取り込む

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


昨年11月。

  競合店が改装リニューアルオープンした。

わずか5日間の休業でこれほどの改装をしてしまうのかと思うほどの大改装だった。

  特に強調したのは惣菜の強みの発揮。

更に、生鮮の青果から鮮魚へかけての客動線の幅の拡張。
惣菜から精肉へのコンコースも拡張させて、惣菜や即食商品、簡便商品の品揃えの充実を図った。
また、酒コーナーではワインを前面に押し出したレイアウトで、ワインの需要の高まりを捉えたレイアウトに変更。
また、その流れでデイリー商材の品揃えを平ケースを中心に見通しの良いラインを展開し直した。

  ここまで変えるか?。

まるで別店舗になったような錯覚を感じるほどの大改装を行った。

  結果としてどのような客層の変化をもたらしたか。

まずは、若年世代の客層を大きく取り込むことができたようだ。

  これは、午後からの来店客層を見ると明確だ。

従来であれば、それら即食品が各コーナーの中に埋没していた商品群が、惣菜前のコーナーに集中させて品揃えすることによって、それら商品が明確に存在価値を得たことにあるだろう。

そのわかりやすさが、午後から夕方にかけての働く女性や更には男性達にとっても簡単にレンジで調理することによって弁当だけではないおかずや主食を摂れる売場になったことによって、飽きのこないお手軽所食材を買える売場として認識されたことが大きいと言える。

  わかりやすさ。

特に、午後のピーク時に来店されるお客様は働きながら家庭の食材を作る主婦層や独身単身者がメインであるから、どうしても買い物時間に限度がある。

  だから、即食品の品揃えがわかりやすいことが価値なのである。

逆に、午前中のお客様は意外に変化が無い。

  午前中のお客様はどちらかというと固定客。

だから、競合店の出店や改装でも極端な変化は無いが、午後以降の買い回りをされるお客様や働く主婦層は流動的な場合が多い。

  よって、やはりターゲットは午後からの来店客層である。

この時間帯に来店されるお客様を固定的な客層として捕まえられる店舗設計い重点を置くことが今後の方向性になっていくであろう。

この企業は、このような店舗設計のリニューアルを過去から実施してきて、同様の効果を上げているという。

そして、そのような実績と今回の仮説の実現から、更に次回の改装店舗へ強みを引き継がれていく。

店舗運営の基本4項目は維持継続しながらも、店舗設計という分野では、今後のお客様に追随していくという変化に対応しなければ、徐々にお客様の動向から乖離していく結果となるのであろう。

  そんな危機感を感じる今回の競合店のリニューアルである。







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2016年1月21日 (木)

規格外店舗

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


チェーンストア。

  同じ店舗規模を開発して事業拡大を図る。

しかし、当面の店舗面積が決まり、その坪数に合わせて店舗開発を進めて出店していくと、創業当時の数店舗が取り残されていくことになる。

  創業店舗やその他数店舗。

創業者や創業当時を知る幹部の方々からすれば、捨てがたい店舗でありそのお店からスタートしたという思いでと創業精神を思い起こさせてくれる店舗として愛着のあるお店である事は間違いない。

  しかしチェーン化を図る上では規格外となってしまう。

同様な事例として、創業当時の店舗ではないが、企業によっては規格外の小店舗を保有するところも多いだろう。

  店舗で働く従業員は大切にしたい。

しかし、大切にするから尚、環境の良い新規店舗で働かせてあげたいという心も必要なのではないか。

  企業がチェーン化を図る上で店舗規模の統一化は避けられない道である。

それは、コスト的にも同様の店舗を開発することによって、開発コスト、運営コスト、そして人材開発のコストも低減させることができるからだ。

特に、人材開発においては、一つのモデル店舗での研修で同様の他店舗への人事異動がスムーズにそして効率良く行えるのは、同一規模のお店による同一オペレーションが可能であり、そのオペレーションの為の教育コストの低減の効果も見込めるからである。

  より少ない時間でより多くの人材が店舗運営能力を身につけられる。

それが、同一規模のチェーン化を図る最大のメリットとなる。
そして、もっと大切なのは、

  従業員の働くモチベーションであろう。

古くて規模の小さい店舗に配属された従業員から見れば、

  “私は見捨てられたのかしら”

そんな不安に思ってしまう方もいるだろう。
これは、決して創業店舗や小規模店舗の方やパートさん達を侮蔑して言っているのではない。

ただ、どうしても新規従業員の配属での被害妄想にもつながるのではないか。

  戦力を高めたければ、規格外店舗は改装すべき。

近くに土地があるのであれば、小規模店舗のお客様もそのまま引き継げるし、働く従業員も新規店舗で快適に働くことができる。

  “このお店で頑張るぞ!”

そんな意欲も湧いてくるだろう。
そして、あらゆる面でのコスト改善。

立地によって、売れるお店や売れないお店が存在することは致し方ないだろう。
しかし、小規模店舗の場合は建て替えやリニューアルできのであれば計画的に実施して、従来から獲得してきたお客様を更に増加させることと、そのお店で働く従業員のモラルアップにも、また企業全般の従業員のモチベーションアップにも必要なことではないだろうか。

近隣にも、そのような店舗が存在するが、どうしても生き生きと働いているようには見えないのであるが、余計なお世話であろうか。






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2016年1月20日 (水)

降雪と買物行動

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


先日の大雪も記憶に新しい。

  降雪時のお客様の買物行動。

全く読めない時もあるし、ある程度予測の立てられる時もある。

  そこには何が潜んでいるのだろうか?。

雪国にも、海沿いにも住んでいた経験もあり、ある程度降雪時にお客様に買物行動は見てきたと思っている。

まず言えることは、その地域でシーズン初めての降雪時は、どんな雪国でも必ず影響はあると言える。

  やはり雪への対応に遅れが出るためであろう。

それが、11月なのか1月なのかは別にしても、初回の降雪時はやはり客足は遠のくものだ。

しかし、降雪地帯ではその第一回目以降からの降雪時の買物行動は普段と変わらない。

  むしろ降雪時の方が来店客数は増加する。

それは、午前中の早め時間帯から買物を済ませようとする安全安心の心理から来るのだろう。

  それは関東以西に地域では考えられない。

年間で降雪回数の限られる地域では、何度雪が降っても、降雪時のお客様の来店には限度がある。

  関東地域では多少の雪でもクルマを運転したがらない。

それは、ノーマルタイヤのままという方もいるだろうが、それよりも降雪時の運転に不安があるからだろう。

  まして女性の方はその傾向が高い。

そして、降雪時ほど西高東低に冬型に気圧配置の場合が多い雪国では、当然その日の夕食はホットメニューとなるから、食材の購入量も増える。

  よって、降雪時の買い回りは積極的になる場合が多い。

だから、降雪時ほど売上が高まる傾向にある。

  更に、雪の降る前と降った後の動向はどうか?。

これは、先日ある部下から問われたことでもある。

  「このお店は降雪前と降雪後ではどちらが売れるのですか?。」

更に続けて、こう聞いてきた。

  「前のお店は降る前でした。その前は降った後でした。」

雪が降る前によく売れるお店なのか、雪が降った後によく売れるお店なのか?。ということだろう。

  しかし、店舗によってそのような特徴があるのだろうか。

私から言わせれば、それは、雪の予報が出てから実際に雪が降るまでにどれほどのタイムラグがあるかで決まることだろうと思う。

  雪が降り始めたら終わりだ。

それまでにどれほどのタイミングで降り始めるかで、降雪時の前日なのか翌日なのかが決まるのではないだろうか。

  大雪の予報。

そして、その翌日の早い段階で降り始めたら降雪前よりも翌日に売上ウェイトが高まるだろうし、予報が出てもなかなか雪が降り始めなければその日1日を通してお客様は買いだめに走るだろう。

  総じて降雪前の売上が高いときほど好結果につながっているようだ。

降り始めが早い段階だと1日凌いでという発想もあるが、降り始めが遅いと結構余裕を持って買い溜めの購入をするため、購入金額が高まるという傾向だ。

家庭の冷蔵庫の容量もアップしてきている昨今、多少の買いすぎでも冷蔵庫のキャパがあるということだろう。

ということで、今回の大雪騒動も前日の日曜日のお客様の買い周りが相当高まった結果となった。






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2016年1月19日 (火)

新たな年度へ向けて

皆さま、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


1月も半ばを過ぎ、次年度の方針がそろそろ出始めている。

  それを受け、店舗でも自店の方針作成。

企業毎に、その時期は異なるだろうが、概ねの企業はこの時期から3月にかけてそのような手順を踏んで次年度の企業方針を受けての店舗の具体策が練られていく。

トップから次年度の企業方針を発表される。

  私は、この瞬間が私はたまらない。

“次年度はどんな新たな取り組みをしていくのだろう”

  まさに、ワクワクドキドキの瞬間である。

“企業方針を受けて、店舗ではどんな計画を立案していくか”

昨年の方針と具体策の反省をほどほどに、早くも次年度への方針に反応してしまう自分が情けなくも思うものの(笑)、どうしても次に目を向けてしまう。

  それは人間の性(さが)でもあろう。

新しいものに興味を惹かれる。
新たな未来に興味を惹かれる。
新規事業案に興味を惹かれる。

  どうしても新たな取り組みに心がいってしまうのだ。

しかし、やはりこの商売は基本た大切。
基本をしっかり身に付けつつ、その延長線上にある基本の枠を拡大していくことが次につながっていくのだろうと思う。

  ただし、それはお客様があっての商売。

これからのお客様の姿を追いながら新たなMDを構築していくことも商売の基本であろう。

  昨年はこの事に取り組んだ。

そして、店舗としては競合店とのMDの比較や競合店の改装を通して、自店の影響度も測定しながら、食品スーパーとしてのMDの方向性がなんとなく見えてきたような気がするのである。

  そして今年は、部下教育にシフトしようと思う。

リピーターとしてのお客様を獲得していくのが、将来的な商売の原点であるならば、若手の従業員を育成し続けていくことは、企業永続の原点でもある。

  そしてそれはベテラン社員の未来をも約束するのである。

それは、ベテラン社員が若手社員の上にあぐらをかくということではない。
若手社員をしっかり教育できるベテラン社員だからこそ、いずれそのベテラン社員が企業の幹部になった暁には、かって教育して育ってきた若手従業員が現場で活躍してくれて、企業を、そしてベテラン社員を底支えしてくれるということである。

そのためには、ベテラン社員は確固たる信念を持って部下教育にあたらなければならない。

  それは自分の為ではなく部下の人生の為に。

縁あって自分の部下になった従業員。
それはほとんど偶然の世界であろう。
それは、上司が自分の場合もあろうし他者の場合もあろう。

  “あの人に巡り合えて本当に良かった”

そういう関係を築けるかどうか。
そこには、単なる上司と部下、指示命令を下す者と命令を実行する者との関係ではなく、人間対人間の真剣勝負が存在するのだろうと思う。

  上司の本気度を一番感じているのは、直属の部下。

だから、自分の上司は騙せても直属の部下は騙せない。
それは、自分の背中を常に見られているから。

  正面の相手は騙せても背中の人間は騙せない。

自分の本音がいつも背中に出ているから。
だから、自分の背中ででもしっかり教育できる人格を身につけたいと思うのだ。

  それは常に人格者であれ、ということではない。

時に背中で弱音を吐いてもいいだろう。
しかし、その弱音からも部下が教育されるというブレない軸が必要なのである。

  一年を通して、そのような意識から行動計画を練ってみたいと思う。






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2016年1月18日 (月)

人脈

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


世の中、人脈作りの手段が豊富になってきた。

  SNSの進化によりその広がりは以前と格段の差。

一度もお会いしたことのない方と、さも長年の付き合いのように会話が出来る時代である。

以前であれば、近距離で仕事や趣味の会合があり、実際にリアルにお会いして挨拶を交わして、常にリアルな出会いの場だけが会話の世界だった。

しかし今や、FacebookやLINEやらで実際の出会い意外にも頻繁に人と会話のよりとりが出来てしまう。

  リアルな出会いとはそれほど意味がなくなっていくのではないだろうか。

私自身も実際にFacebook等のやり取りを通じて、実際にはお会いしたことのない方々と日々コミュニケーションを取りながら、仕事の一助にしている部分が数多い。

  それを人脈と捉えていいものかどうか。

その繋がりの中でも、お互いに刺激しあえる仲間であるならば、リアルな会合がなくても人脈として自分の中で位置づけてもいいのではないだろうかと思う。

  従来の人脈とは。

そこには、人脈を利用していざという時の自分の味方になってくれる存在としての位置づけがなされていたのかもしれない。

  そのような裏心理からの人脈の拡大。

なんか、人脈作りという行為には、そのような嫌らしさが常につきまとう気がしてならない。

  私は、心の支えとして尊敬できる人物との人脈を築きたいと思っている。

それは無償の存在でもあり、有償として位置づけてしまうと何かが壊れてしまうような気がするのだ。

  その人の為に無償で力になりたい。

そんな方との人脈作りをしていきたいと思っている。
それは、いずれ自分にも無償の力となって心の支えとなって帰ってくるものと信じている。

特に、遠方の存在の人脈については、具体的に有償の奉仕が出来ない。

  出来ることはネットを通じての支え。

それは、心の支えが中心となる。
だから、出来るだけ相手が精神的に強くなれるには、ネットを通じた自分がどんな存在になれるのか。どのような存在であるべきなのか。

  そのことを追求していきたいと思っている。

それが、結果としてお互いに人脈として認めあえる存在になっていくのだろうと思うのである。

  人間、自分の心しだいで強くもなれるし脆くもなる。

しかし、どんな場合でも強い存在で入れるとは限らない。
何かのきっかけで脆さが出るものだ。

  それは、自分の置かれた環境によって左右されるもの。

それを極力影響されないようになるためには、常に心の支えを失わないことだ。

  それが人脈であると私は認識している。

そして、そんなお互いの存在として認めあえる方達と、人脈を築いていきたいと思っている。






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2016年1月17日 (日)

船出

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


先週に引き続き、真田丸。

  第一回目のテーマが「船出」。

結論から言うと、真田家が武田勝頼殿主従関係から離れ、乱世の世に船出していくところから始まるというストーリーのようだ。

ところで、我々の知る真田は幸村だとばかり思っていたが、現実には真田信繁が本名らしい。

  真田幸村とは江戸時代に命名された信繁の名前らしい。

そして、第一回目を見て感じたのは、やはり脚本を書いた三谷幸喜の脚色が色濃く出ているということだ。

  至る所にユーモアの脈が息づいているのだ。

そんなところに、この物語が単なる歴史モノだけにとどまらず、現代の笑のニュアンスも加味されたストーリーになっていくのだろうとは思われる。

見ている方も、ガチガチの歴史ドラマよりも肩が凝らずに、毎回陽と隠の部分や明と暗ん部分、そして硬と軟の部分が交互に現れる場面場面が方が肩が凝らずに見続けることができそうな予感がした。

まず、第一回目は、武田信玄とい偉大な武将が死去した後の武田家の崩壊から物語がスタートしていく。

そして、その後を継いだ武田勝頼と真田信繁の父である真田昌幸を含む武田家の家臣達の謀反による武田家の崩壊の様が描かれている。

そんな中で、この物語の筋となる真田家の忠義心が早くも真田昌幸の行動や考えから見えて来るものであった。

  そして、真田昌幸の二人の後継。

長男の信幸と次男の信繁。

  信念の信幸
  優柔な信繁

そんな好対照な兄弟として描かれていた。
これも今後の布石となっているのだろう。

  父の思惑の受け止め方の違いが兄弟の人生観を垣間見えて面白い。

従来のイメージとしては、武田勝頼はどちらかというとあまりにも偉大な父信玄の後を引き継ぎ、ひよっこというイメージが強かったが、今回の勝頼は戦国武将の中でも義に生きた無骨な武将というイメージで演出されていた。

  これも、三谷幸喜の脚色なのだろうか。

そして、第二回以降は、この時代の群雄割拠ぶりが面白くなっていきそうな気配である。

  織田信長
  徳川家康
  北条氏政
  上杉景勝
  豊臣秀吉

等々の歴史上の人物たちが登場してくる。
更には、その周辺の武将たちも、超豪華キャストで登場してくる予定である。

  これは、面白いことになりそうだ。

そんな予感のある、船出であった。






  

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2016年1月16日 (土)

マイナンバー申告

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


いよいよ、マイナンバーの申告がスタートした。

  全従業員からのマイナンバーの申告。

マイナンバーの家族分のコピー、世帯主の証明書等を申告して収入や税金等の管理が企業を通して始まっていく。

  未だによくこの制度が理解できていない。

おそらく、皆さんも同様のことであろう。

  “我々国民に、何がメリットなの?”

それすら、なかなか伝わってこない。

  役所での煩わしさがなくなる。

そういう説明はあっても、もっと具体的なメリットって何?。
このようなことが、よくわかっていないのが現実だろう。
もっと突っ込んで自分で調べてみなければならないのだろうが。

  自ら求めていく姿勢が大切。

先日のブログ記事にも載せた手前、一様調べてみた(笑)。

平成28年1月から、

  社会保障
  税金
  災害対策

の行政手続にマイナンバーが必要になるということらしい。

そして、社会保障、税、災害対策の中でも、法律や自治体の条例で定められた行政手続でしか使用できない問いことだ。

  要は、それ以外には使用しないということ。

だから、例えば借金の際の借用書等には記載する義務がないということだろう。
それでも、借用書や借入返済契約書等にマイナンバーの記載項目があれば、それは疑ってかかって良いということである。

そこのところを正確に認識していないと、簡単マイナンバーを記載してしまう可能性がある。

  住宅購入の返済金。
  クルマ購入の借金。

このように、多額の借金を負った場合でも、その記載義務は一切発生しない。
だから、マイナンバーの記載項目がある場合は要チェックである。

  どんなメリットがあるの?。

なんといっても、役所での手続きが非常に簡略化されるということらしい。
従来は、いろいろな役所に申請して証明書を発行してもらい、それを持って社会保険事務所に赴いて申請していたものが、社会保険事務所にマイナンバーを提出すれば、いろいろな手続きがそこで一括処理されるということらしい。

  これは非常に便利になるようだ。

それと引き換えに、情報漏洩や個人資産の透明化などが不安視されているようだ。

  しかし、どうなのだろうか?。

その他大勢の一般庶民は、得た収入と払う税金に関しては概ね不正など出来ない立場であり、小細工する知恵もない。
  
  問題は従来から不正をしてきた者たちであろう。

そんな方々が、大々的にこの制度の撤廃を叫んでいるのではないだろうか。

  この制度が施行されれば間違いなく脱税の不正は激減する。

そこことで、安定した税収が見込めるだろう。
その金額たるや、ものすごい額になるのではないだろうか。

  それだけ脱税という不正は皆無になると思われる。

そして、それを契機に国民に還元できる制度を確立していってほしいものだ。







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2016年1月15日 (金)

食事が変わる

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


最近、自分の食事が変わってきているのがわかる。

  それは家庭での食時ということでなない。

店で取る食事のことである。
店での食事とは、自店の弁当売場で弁当やその他昼食を購入して、休憩室で食事を摂るということだ。

  以前であれば、ほとんどが弁当だった。

それに、自分で購入したインスタントの味噌汁やおかず、そして毎回のお店での食事の際に摂っている果実。

そのような内容が従来の昼食であった。

  この内容がここ一年で変化してきた。

年齢的な変化が一番の要因だろうとは思う。
しかし、それ以外にも、自分の嗜好が変化してきたことにもよる。

  それも年齢的な要因なのかもしれないが。

自店で扱う弁当は、主に「唐揚げ弁当」「コロッケ弁当」「幕内弁当」「のり弁当」等々、従来の知れ渡った種類の弁当が主だった。

  以前はそれでも結構、胃がもったものだった。

しかし現在は、そのような脂っこいものを食べるとどうも胃の調子が良くない。
これは不思議なもので

  食べたい     →   食べた
  食べた      →   胃が痛くなった
  胃が痛くなった  →   食欲が無くなった。

そのような構図になっていき、いつしか脂っこい弁当から遠ざかるようになっていったのだ。

そして最近はどんなおかずを食べているかといえば、

  魚料理や野菜料理。

それも、自分で素材を購入してきて、電子レンジにその素材を一つの皿に放り込んで、蒸し鍋にしたり唐揚げカレーにしたり、焼き魚定食にしたりと、いわゆる自分でアレンジして脂っこい揚げ物以外の素材を自分なりに工夫して食べるのである。

そんな目で、売場を見てみると、惣菜の弁当売場以外にも、デイリー商品のコーナーや、最近ではサラダコーナー、鮮魚コーナー、精肉コーナーなどに、電子レンジでチンするだけの健康的な素材のおかず類が目白押しである。

魚類も従来であれば、骨、皮、生臭い等の理由から敬遠されていたものだが、最近では電子レンジでチンするだけの骨なし、皮なし、味つけ済みのレトルト商材がいろいろな売場に点在する。

  これが意外に美味であったり不味かったり(笑)。

美味しい商品もあれば、味つけが妙に濃くて塩っぱかったりの商品もある。
しかし、従来であれば、家庭にコンロがなければ撮ることができなかった魚類までも、電子レンジがあれば美味しい魚料理を堪能することができる時代になってきた。

  ますます生魚が敬遠される方向に行くのだろう。

逆に、そのように、手が汚れず台所も汚れない工夫がされた魚料理がメインになっていくのだろう。

  それでも魚を食べたいお客様。

魚自体が嫌いになったわけでは決してない。
ヘルシーを追求しようとすれば、魚料理をどんどん体に取り入れていきたいと思っているお客様も多いだろう。

  そんなお客様には有り難い即食の魚料理品。

そして、やはり生にこだわるお客様には、厳選された素材を提案する。
そのメリハリを徹底して品揃えに活かしていけば、さらなる世界が見えてくるのかもしれない。






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2016年1月14日 (木)

不安と覚悟

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


正月早々から、アクシデントに見舞われた。

  勤務を休めない状況に陥ってしまった。

当初は、数日勤務すれば、また休めるだろうとタカをくくっていた。
しかし、徐々に闇が広がり、いつしか不透明な状況に陥ってしまったのだ。

  人間の心理は不思議なものだ。

自分が明日どうなるのだろうか?。
いつ、休日が訪れるのだろうか?。
いつまで早番通しを続けるのだろうか?。

  そんな不安を抱いてい仕事をしていると目の前が真っ暗になってくる。

いろいろな事が頭を横切っていくのである。
いつしか、堂々巡りの思考になり目の前が真っ暗に(笑)。

  “本部に電話して応援を呼ぼうか”
  “他店に電話して休日を取ろうか”

そんな事ばかり頭を巡ってしまい、なかなか本業へ向かう気持ちになれない。

  結果、その事で前向きな仕事が出来ない。

そのような状況を数日過ごした。
そして、再度状況を確認した段階で、ようやくあと数日でなんとか目処がつくという目標が出来た。

  自分の中で明確に目標が掲げれた。

そうなると、人間、強くなれるものだと思った。

  疲れが吹き飛ぶように体から消えていく。

活力が漲ってくるのがわかった。

  “なぜ、ここまで元気になれるのだろう?”

本当に不思議なことであるが、今までは憂鬱な毎日を過ごしてきたのがすっかり消えているのである。

  目標が如何に人間の生き方に必要なことであるか。

目標が定まると、その目標に向かって前向きな思考が変化していくのである。

  自分で前に進もとする気力と思考回路が回復していくのだろう。

そんな環境になると、自分の体の全ての巡りが動き出していくのがわかるのだ。
そうして、気持ち的にもすっきりして、疲れがなくなり体が軽くなっていくのがハッキリと分かるのである。

  目標管理。

それは、不安から解放され、ある目標に向かって自分の体内で「覚悟」が出来上がり、その覚悟によって人間の軸がしっかりと自分の体内に貫かれたような感覚と成る。

  それが気力ということなのだろう。

そして、それに支えられて、自分や周囲が見えてくるようになる。

  このように、私をはじめ人間の内面は意外に脆いものである。

それを、目標という実体のない架空の物体を想定して、それに向かって気持ちを整理して自分の意思で自分の体を動かして行動していくのである。

どんなに強靭な体力を有していても、自分の気力が衰えれば、どんな力も湧いてこない。

  それがセルフマネジメントである。

そして、常にセルフマネジメントが行える環境を作っていくことが大切なのであり、あるいっときにそれが崩れて自分をコントロールできなくなってしまえば、人間は崩れてしまうということである。

 どんな状況でも、目標を失わないことの大切さ。

肝に銘じておきたいことですね。








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2016年1月13日 (水)

マニュアルシフト

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


先日、テレビを見ていたら、思わず引き込まれてしまった。

  「今、マニュアルに乗る。アルトワークス」

軽自動車のテレビコマーシャルであった。

  今、マニュアルに乗る。

なんとも胸を躍らせるセリフであった。

  “今更、マニュアル?”

我々世代は、そんな時代に育ってきた。
だから、マニュアル車に何の違和感も持たないが、最近はめっきりオートマ車に乗り慣れてしまった。

  やはり、楽だから(笑)。

時代はどんどん便利になっていき、クルマもマニュアルが当たり前の時代から完全にオートマが主流となり、女性が運転しやすく進化してきた。
ハンドリングだって軽快にクルクル回る軽さが特徴だし、足回りもグニャグニャの柔らかショックに変遷しコーナリングの踏ん張りも何もない買い物グルマになっている。

  しかしこのことによって爆発的にクルマ社会になっていくのである。

そして、我々世代もその流れに乗って、より便利なクルマに乗り換えてきた。
そして、街中ではより快適に力を使わずにクルマに乗れる安心感は相当に高まったのだろう。

  しかし、何か物足りなさを感じるのである。

クルマを操るというワクワク感とでも言うのであろうか。

  アクセルワークでクルマの方向が微妙に変える操作感。
  中高速で安定性を増していくハンドリングの操作感。
  高速コーナーでもレールの上を走るような操作感。
  
ゴツゴツした乗り心地であり、重くて回らないハンドルであり、いちいちレバー操作が面倒なマニュアルシフトではあるが、それらが一体として操作した時に味わえる操作感。

  クルマを操っているという満足感とでも言おうか。

この感覚が堪らなかった(笑)。

  それを思い出させるテレビコーマーシャル。

それが、アルトワークスのコマーシャルであったのだ。

  “あぁ〜、久しぶりにマニュアルを操作してみたい”

そう思わせる味のあるクルマ。
それが、軽だから尚更、現実味を帯びてくるのだろう。

  “俺でも買える”

そんな価格設定でもあろう。
まして、このような類いのクルマは一人で楽しむもの。
そして、最高速を楽しむものではない。

  こだわるのは、あくまでも操作感である。

だから、最高速200kオーバーは意味のないこと。

  ワインディングロードを気持ち良く操作して駆け抜けたい。

そんな憧れを抱かせるクルマでなければならない。
そして、実際にネット上では試乗インプレッションが載せられている。

  「本当に早い!」
  「この加速感が堪らない!」
  「余裕のあるブレーキ感!」

このようなインプレッションが寄せられている。

そしてなんと、シートはレカロ製である。
ショックは、カヤバ製。

  昔懐かしのメーカー名。

てっちゃん会のメンバーでもクルマ好きは多い。

  話題になりそうなクルマが続々登場していくるようだ。






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2016年1月12日 (火)

100年企業

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


先日、通勤途中のラジオから流れていた話題。

  今年は、100周年の企業が多いらしい。

2016年(平成28年)に創業100年を迎える企業は全国で2,162社らしい。
これは、従来の年代の中で3番目に多い年らしい。

  創業100年。

非常に重みのある企業の歴史である。
そして、世界に目を向けてみると、世界で200年以上続く企業は約5000社あり、そのうち日本企業は約3000社で60%を占めると言う。
世界的にみても、日本に長寿企業がこれほど多いのは、極めて特異なことだという。

  これは何を意味するのだろうか。

これは、とりもなおさず、崩れつつはあるが日本式経営基盤が整った経営手法を取ってきた賜物であると言えるのではないか。

  企業別組合。
  年功序列制。
  終身雇用制。

いわゆる日本式経営の三種の神器と言われる経営手法が、企業と従業員との関係を密接にし、安定した従業員が安定した経営理念のもとでブレない軸をしっかり理解し、組織内の強固な結束力とともに歩んできた結果ではないだろうか。

  しかし残念ながら(?)これらの制度は崩れつつある。

そして、上記制度が有効に発揮されるのは製造技術を武器にしたモノづくりの企業である。

それは、モノづくりの技術が経験に裏付けられた時間と関連していることや、その技術を伝承していける土壌が整っていることが必須であるからである。

  そしてもう一つ、100年企業の重要な要素があるらしい。

それは、大きくなりすぎないことだとういう。

  “えっ、大きくなるから続くんじゃないの?”

100年企業には、よく耳にする大企業が目白押しのように思えるのだが、それは必ずトップに記載されるから目立つだけで、その他もろもろは中小企業がほとんどらしい。

  “大きくなりすぎるとダメなんだ”

私には意外だった。
企業とは組織を拡大して組織強化を目指し、より競争力を高めていくのであるが、そのことが企業崩壊への道を歩むことに裏腹の関係にあるというのだ。

しかし、そう言われてみると、上記の日本経営の三種の神器もそうだが、従業員の絆を大切にした制度であり、それは経営者とその従業員との顔の見える関係をどこまでも大切にして、その創業者の生き方やその経営理念が脈々と従業員にも受け継がれている企業は強い。

  そして、それは急速に大きくなった企業では非常に難しい課題だろうと思う。

欧米の経営手法で効率的な企業経営による事業の拡大や企業自体の拡大は可能であろうが、従業員を道具としてではなく家族同様に認識している日本の企業経営スタイルでなければ、組織の固さは出せないであろう。

そう考えると、企業の強とはなんなのだろうか。

  強さ = 大きさ

そう考えると、大きくなって強くはなるが、逆に組織の崩壊も早める道を歩むという矛盾を孕んでいく。

  強さ = 固さ

そう考えると、組織が固い絆で結ばれていくが、なかなか拡大していかない。
しかし、そのお陰で、その固い組織を永続させることができ、結果100年企業としていつまでも生き続けていける。

  企業は拡大することが良いことなのか永続することが良いことなのか。

この100年企業の実態から、上記のような問いを突き付けられているのではないだろうか。

  そして、その鍵を握っているのが現場のリーダーなのだろう。

それは、拡大していく組織の中で、常に現場のリーダーの役割が初期の企業の創業精神と同様に吸引力の塊だからだと思うからだ。

  そして、その吸引力とは?。

それは、またいつの日か記してみたい。




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2016年1月11日 (月)

社員教育の前提

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


社員教育。

  新入社員研修。
  3年目研修。
  チーフ研修。
  副店長研修。
  店長研修。
  バイヤー研修。 

いろいろな教育プログラムが用意されている。
教育する相手に応じて、目的が微妙に異なってくる。

  新入社員であれば、企業全般の簡単な把握が目的。
  3年目研修であれば、責任者としての自覚と職務が目的。
  チーフであれば、リーダーシップやマネジメントが目的。

等々のように、研修会での内容が異なってくる。
更には、現場での日々のOJTも重要な教育であり、毎月に各部や店長バイヤーの会議も伝達の目的と職位教育の重要な位置を占めているだろう。

更には、このような職位毎の教育とは別に、能力開発という視点でのコーチングの研修や自己開発セミナーのような外部研修も存在する。

  企業内にも企業外にもあらゆる能力開発セミナーが存在する。

しかし、一番大切なのは、自ら求める意識であろう。
企業が、組織が、部門がいくら高額なセミナーを用意したところで、学ぶ本人にその気が無くては宝の持ち腐れとなる。

  それと、企業が自分に何を期待しているのかという認識である。

要は、役割期待をどう自分自身に認識し、意識しているかという問題だ。
それ無くしては、どんなセミナーもその本人にとっては他人からの押し付けで終わってしまう。

  個々人にもっと大切な根源的な柱が通っているかが問題なのである。

それは、商売の素晴らしさであり楽しさであり、そこから導かれる仕事のやりがいである。

  ここがしっかり認識されずには、能力開発も覚束ない。

そして、そのやりがいを更に追求するために、能力開発に自ら自主的に参加して学び、仕事の喜びにまで昇華させられるように自律していく能力を磨いていくことなのだと思う。

  その根源は、売る楽しさ売れる楽しさ。

この喜びは店長だろうがバイヤーだろうがパートさんだろうが、皆同じ。

  私は、そう信じている。

だから、同じ目線で売場を見れるし、同じ目線で喜び合える。

  この共感がこの商売の根本的な喜びなのではないだろうか。

その共通項の為に、その職位毎に色々な技能を身につけ磨き、そして仕事の喜びを最大限に享受していく。

そんな前提をしっかり理解しながら、能力開発を自らに施していきたいものだ。









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2016年1月10日 (日)

真田丸に注目

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


今日は日曜日。

  芸能ネタの日(笑)。

本日よりスタートするNHKの大河ドラマ。

  真田丸。

戦国物語である。

  “大河ドラマといえば戦国物”

今まで色々な大河ドラマを見てきたが、やはり戦国物が人気が高い。
それは、前々回の「軍師官兵衛」を取り上げても明らかである。

  戦国物は多くの人を惹きつける。

戦国物以外にも、維新物や源平物などいろいろ取り上げられてきた。
それぞれに確信を突いた面白みはあったのだろうが、わかりやすさという点ではやはり戦国物が見ていてワクワクしてくるのはどうしてだろうか。

  歴史の醍醐味が存在するからだろう。

特に、戦国時代から江戸時代初期の約50年の流れは激動の時代であった。

  そして多くのドラマが生まれ、感動が生まれた。

そこには、幾つかの作り話も混じっているのかもしれない。
しかし、そこから多くの学びが生まれ、今日まで脈々と活かされているのは確かだ。

  前回の軍師官兵衛も、組織運営を大いに学んだ。

そして、今回の「真田丸」。

  そもそも「真田丸」ってナニ?。

戦国時代の中でも、真田幸村は知名度が高いのだが、私的には今ひとつ興味がなかった人物である。

  真田十勇士の名はよく耳にするが。

更には、「日の本一の兵(ひのもといちのつわもの)」との異名をも持っている人物。

何れにしても、実際の人物像とは別に、周囲の人間やその後の人間達から絶大な支持を得ていることには間違い無いだろう。

  そんな真田幸村をテーマにした今回の大河ドラマ。

そして、脚本はあの「三谷幸喜」である。
彼流の時代の描き方と伝え方があるのだろう。
それも楽しみの一つではある。

  時代の流れは、黒田官兵衛の後半部分から続くらしい。

前回、黒田官兵衛を見ているものにとっては、あの時代の続きが見られるというメリットもあるだろう。

そんな関連性を知らされると、どうしても見てみたくなる今回の大河ドラマである。

  是非、日曜日の芸能ネタでも取り上げていきたいものである。







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2016年1月 9日 (土)

秘湯を訪ねて

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


先日の休日。

  久しぶりに温泉に行ってきた。

本当に久しぶりに。

  以前に女房達が行って、感動した場所らしい。
そしてゆっくり連休が取れたので年、末の疲れも溜まり久しぶりに温泉にでも浸かるかと思ったのがきっかけである。

話に聞くと、新白河駅からバスが出ているのだそうだ。

  「クルマでいけるだろう。」

そう言ったら、あまりの山奥なのでクルマでは危険らしい(笑)。
それだけ、この時期は積雪がありすぎて、素人の雪上運転では危険らしい。

  「素人って、俺を誰だと思ってんだ!。」

そう言ってやりたかったが、ここ最近は冬山へのスキーも遠ざかっており雪道を走る機会もめっきり減ってしまっている。

  正直、山間部の雪道の運転には自信がなくなっていた。

たまにはバスに揺られての旅もいいだろう。
とは言っても、新白河駅までは自前の運転ではある。

そこで到着したのが、この建物である。
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本来は、このような雪景色らしいが、やっぱり今年は雪がめっきり少ないらしい。
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それでも、秘湯と呼ばれているだけあって、野趣あふれる佇まいではある。
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露天風呂もなかなかの景色。林の向こうは断崖絶壁である。
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そして、混浴の大風呂。
残念ながら、この日は男性一人と寂しい限りであったが。
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温泉の綺麗さは他に類を見ないほどの透明度。
そして、意外に低温の為、じっくり長湯ができるものここの温泉の特徴か。
その為、じっくり温泉に浸かることができ、体もホッカホカである。

そして、火照った体には、これ!。
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アルコールの回りの早いこと早いこと(笑)。
急に体が重くなり、そのまま熟睡へ。

景色といい、低温の秘湯といい、そして昼からのビールといい、久しぶりに癒された1日でした。

ちなみに、こちらの温泉でした。
https://www.google.co.jp/url?sa=t&rct=j&q=&esrc=s&source=web&cd=1&ved=0ahUKEwiX3bCcwZfKAhUGnpQKHQ7UBl4QFggcMAA&url=http%3A%2F%2Fwww.kashionsen.jp%2F&v6u=https%3A%2F%2Fs-v6exp1-ds.metric.gstatic.com%2Fgen_204%3Fip%3D126.254.132.243%26ts%3D1452163120573356%26auth%3Dusvkttj6cmc3potue7eqpp5ayhak6s6e%26rndm%3D0.7766555466223508&v6s=2&v6t=12612&usg=AFQjCNGibtOh8XmrJYLKarasiSiGphEuPQ&sig2=OjQxTy3IS86bsxcF5eLdiw&bvm=bv.110151844,d.dGo




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2016年1月 8日 (金)

年末の成功商品から

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


今回の年末商戦。

  成功事例、失敗事例ともいろいろあった。

普段であれば、失敗から学ぶことのほうが重要であるが、一年に一度のイベントである年末商戦、成功事例からも学ぶ必要はあるだろう。

  そして、今年の成功事例。

特に、鮮魚で数値が良かったのが、酢だこや数の子であった。

  どうして良かったのか?。

謂れを追求した商品に近づいたから。

  たこは、太く長く大地を張るように。

そのような謂れのある年末のたこ。
よって、今年は例年になく、「太くて長い」たこ足の商品になり、一本ものの商品が売場を埋め尽くした。

  特に、紅白の色が出る赤酢だこが売れた。

以前はこのような商品が年末になればなるほど飛ぶように売れたのだが、ここ最近は年末商材の縮小と共に経験者も少なくなってきており、バイヤー等も卒泣く収めたいが故に、どうしても普段の延長線上での食材に偏りがちだが、ここぞの年末商材はやはり謂れがモノを言うことが今回の酢だこの商品動向で再度認識させられた。

  数の子も同様である。

その卵の多さから、子孫繁栄の願いを込めてお正月に食べられる数の子。
そして、その品質がここ数年で格段に向上してきたのである。

  以前はヨーロッパ産の味付け数の子が中心だった。

それが、ここ近年はカナダ産やロシア産に切り替わってきたのである。

  食感が格段に高まった。

数の子を食するお客様はその食感に大いにこだわるものだ。

それを年末の鮮魚部会で主任達が試食をして自分たちで販売する数の子を自分たちで選択したのだという。

このような過程を経て販売するわけだから、試食によって自慢を味をどんどん提供するようになる。

  その流れが販売力を高めたのだろう。

よって、数の子の数値も上昇した。

  年末ほど、味と品質と謂れの世界である。

そして、今年の成功事例から、次年度のチャンスの在りどころと年末商戦の方向性を確認して、次年度へ向けて今後の商品政策と実践をしていきたいものである。







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2016年1月 7日 (木)

親の躾3

皆さん、こんにちは。
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親の躾

  いよいよシリーズ化してしまったようです(笑)。

今回は、今までの親子の話ではない。

  元旦でのこと。

娘が結婚して以来、娘とその旦那さんで元旦に挨拶に来るようになってから2年。
以来、元旦の午前中は二人を迎えての元旦の過ごし方となってきた。

  弊社のおせちやら手料理やらで朝からの宴。

このような仕事をしていると、元旦とか正月はお店を空けられないのが常であり、結婚して以来も元旦は初売り等で自分の実家や女房の実家へ挨拶に行くということをしてこなかった。

  しかし娘婿は元旦には必ず挨拶に来てくれる。

それも、そういう躾の賜物なのだろう。
その後、午後からは娘婿の実家へ挨拶に行くのが毎年の行事。

  その時のことである。

いつものように玄関で挨拶に立つと、小さな子供が先頭を切って挨拶に来てくれた。

  先方のお孫さんである。

年の頃で7歳〜8歳頃であろうか。

  ニコニコしながら「明けましておめでとうございます。」

そう言って近づいて来てくれたのである。
私の小さい頃を思い出しても、絶対に自分から他人様に挨拶に出ることはなかった。

  性格もあろうし躾もあろう。

おそらく、家の中でのしきたりが小さい子供にもその様な行動をさせるのであろう。

  親の躾、家の躾。

普通であれば、親の後ろやおじいちゃんの後ろに隠れて様子を見るであろうに、このお孫さんは自分から積極的に私たちの方へ歩いてきて、笑顔で新年の挨拶をしてくれた。

  新年の挨拶まで自分で出来る。

おそらく、たくさんの来客がありその都度自分で新年の挨拶に出向いて行ったのであろう。
そして、それを他の家族がしているのを見て、家族から言われて自分で行動するという躾。

  山本五十六の名言を思い出す。

やって見せて、言って聞かせてさせてみて。
そして、褒められて、躾になっていく。

  人の育成にも、昔から伝えられる名言は生き続けていくのであろう。






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2016年1月 6日 (水)

落し物に注意

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


年末商戦。

  我々も慌ただしいが、お客様も気が動転しているのだろう。

この時期に多いのが、忘れ物。

  特にお財布の忘れ物や落し物が多発する。

それも中身が豊富で分厚いお財布が意外に多い(笑)。

  “どうしてこんなサッカー台に忘れるかな?”

そんな風に思ってしまうほどの場所に忘れてしまうのである。
しかし、ここで注意しなければならないことがある。

  落し物の処理の仕方。

落し物を拾った者が自社の従業員であれば問題ない。
しかし、これがお客様であれば、多少厄介だ。

  先日、こんな問い合わせがあった。

「さっき、ウチの女房が財布を拾ってオタクの従業員に渡したろう。その時に女房の名前や連絡先を聞いたのか?。俺はそのような仕事に携わっているからわかるけど、拾い主の名前や連絡先を聞いておかなかったら、落し物の持ち主が現れなかったらその所有権はどうなるんだ。オタクの手落ちだろう。どうしてくれるんだ?。」

当社では、そのような場合は拾い主の名前や連絡先を伺い、本人の同意の上で記録することにしている。しかし、意外に名乗らずその処理をこちらに委ねる拾い主の方が多いのも事実。

よって、この場合も年末の慌ただしさもあり、拾い主から渡されたお財布を安易に受け取り、拾い主の連絡先を聞きそびれた経緯があったのだ。
このような場合は、お財布の中身を数人でチェックし、中に連絡先等が明記されたものがあれば直接本人に連絡して取りに来て頂くのであるが、この時はそのようなものも中に無かった。

そして、その電話の前に、そのお財布の落とし主が現れそれを返却していた経緯もあった。

よって、私はこの電話で、拾い主の連絡先を控えるのを忘れたのはこちらのミスであるが、実は既に落とし主の方が現れて返却してしまったことの旨を伝えた。

個人的には、拾い主の方がそこまで所有権を要求するのであれば、拾った後に自分で警察なりに届けるべきかと思うのだが、店内という敷地内での拾い物故に当社ではお客様の連絡先を控えることにしているのである。

こんな経緯があったため、サービスカウンター内のレジ担当者にはこの件を徹底するように伝えた。

普段は、商品の忘れ物が多いのだが、なぜか年末商戦ではお財布の忘れ物が多発する。

  自分の財布の所在も忘れてしまうほどの年末商戦。

しかし、そんな中でも我々はその拾い主の連絡先等を忘れず記録しておく注意力が必要である。








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2016年1月 5日 (火)

道路の開通

皆さん、こんにちは。
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以前のブログで、幹線道路の開通の記事を載せた。

  http://tetu-syoubai.cocolog-nifty.com/blog/2015/11/post-9383.html

市内側と国道側との中間点で途切れていた幹線道路に位置した店舗環境にあったため、朝夕のラッシュ時には渋滞を引き起こしていた。

その為か、夕方のピーク時に本来の集客が出来ずにダラダラと夜までお客様の来店につながり、生鮮や惣菜の出来たて商品も集客力の低さから効果の少ない状況が続いていた。

そしてようやく、長年の夢である幹線道路が店舗前の部分の中間点で結ばれる運びとなったわけだ。

  当然期待したのは、夕方ピーク時の集客力。

しかし、意外に即効果として現れてこない。
改装した隣の競合店には効果大なのに。

  なぜか?。

過去にこのような事例が他店にもあったらしいが、その効果が実際に数値上に現れてくるのには、二ヶ月程度かかるらしい。

  道路付けの変化を認識されるのには時間がかかるのだろう。

通常来店されるお客様は、道路付けに関係無く来店されていた。
多少の時間的なハンデがあっても、普段のお買い物をされていたわけだ。
そして、道路付けが変わり、通行しやすい環境に変わったことによって、普段のお客様はより快適にクルマでピーク時間帯に来店しやすくなっただけで、従来は来店されていなかったお客様が道路環境に変化を認識して、実際に普段のお店を変えてまで自分の買い物をするお店を変えるまでには時間を要するのであろう。

  更には、そのお店が買い物をするべき要素を有しているかも問題。

いくら道路付けが良くても、売り場の状態が自分の期待する状態で無かったら、一度や二度は来店されても、その後リピーターとして活用していただけるかどうかは、店舗次第であるということだろう。

  やはり商売の原理原則は不変であるのか。

お客様は道路付けや店舗設備、店内装飾を買いに来るのではない。

  一品一品の商品を買いに来られるのである。

その一品一品があるべき場所に期待通りに陳列されているという店舗の状態。

  それを常に同様の状態で維持されていること。

そこに、「また来てみたい」というリピーターのお客様が増えていく。

  それが業績として現れてくるのが売上である。

この商売の原理原則を吹っ飛ばして、道路付けという環境の変化に乗っかろうとしても甘かったのであろう。

  環境の変化を活かすも殺すも原理原則の厳守。

道路環境が良くなったその瞬間に、簡単に業績向上を夢見た私が甘かったのだ。






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2016年1月 4日 (月)

人事異動という縁

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


元旦が過ぎ、今年度も本格的に動き出した。

  昨日初商の方は、元旦からの営業ご苦労様です。

更に、本日まで休業し明日から本格的に初売りを行う企業もあることだろう。
しかし、普段のお客様が本格的に店舗へ戻ってくるのは後数日を要するだろうか。

  新たな年の幕開け。

企業によっては、本格的に今年度の営業方針やコンセプト作りに取り掛かるところも多いだろう。

  そして、2月から3月に掛けては人事異動の季節となる。

人事異動。

  企業人にとっては避けられない人事異動。

その巡り合わせで、部下の人生を大きく左右しかねない異動。
いや、どんな人事異動でもその人間の人生を大きく左右するに違いない。
私とて、人事異動により人生を左右されてきたと思う。

  人事異動とは、人と人との巡り合わせ。

それも、自分と上司との単純な巡り合わせではない。
その周囲の人たちをも巻き込んでいの巡り合わせである。
それは、その店舗のメンバー全員の巡り合わせであると言ってもいいだろう。

  その時代のその店舗での全メンバーの巡り合わせ。

それは、人生の縮図でもあろう。
そして、我々はその巡り合わせの上で人生の一時を過ごすのである。

  巡り合わせでの評価や学習や結婚や別れ。

そして、同じメンバーで同じイベントを過ごすということは一度きり。
それだけ、毎年微妙にメンバーが変更しているものである。

  あの時は、あんな売場を作ったなぁ〜。

しかし、メンバーが変更になれば、また違った売場が出来上がる。
また、年が変われば考え方が変わり、売場も微妙に変化していくだろう。

その時々の売場はその時々のメンバーの縮図でもあるのだろう。

  だから毎年イベントごとの売場はしっかりと記録に残したいと思う。

“あのメンバーとの共同作業がこの売場だった”

そんな記憶を留めておきたいからだ。
売場を記録に残すということは、それ以外にも“店長に売場を撮られる”というプレッシャーからのいい売場を作ろうとする意図もあるが(笑)。

  “このメンバーで最後のイベント”

そんな意識を持てば、各イベントも手を抜けない。

  “最強のメンバーでの今回のイベント”

そんな意識が生まれてくるものだ。
そして、そんなイベントに仕上げていかなければならないのだろう。

  この年末。

最強メンバーでの売場作りは出来ただろうか?。
そんな自分への問いかけの為にも、売場写真と反省をしっかり残していきたい。

  そして、人事異動が動き始める。

更に、最強なメンバーで次の今年度を迎えていきたいものだ。





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2016年1月 3日 (日)

年末商戦に思う

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


我々にとっての特別な日。

  12月31日 大晦日。

ほとんどのお店が、年間で最大の売り上げを記録する日ではないだろうか。
そして、もっと重要なこと。

  それは生鮮惣菜が大爆発する日であること。

製造部門が年間で最大に大爆発する日であることだ。
それは、どんな小さなお店にとっても、自店が持つ製造力との戦いとなるということだ。

  店舗規模とは別に自分との戦い。

それが、12月31日という日の特別性でもある。
だから、12月31日という年間最高の売上日は、製造部門にとっては普段のメンバーの製造力が試される日であり、お客様が来店するかしないかという視点と共に、自店のメンバーの製造能力が問われる視点でもあり、この日の来店客数とそれに見あった製造力とのマッチングという意味でも、売上達成できた喜びは一入(ひとしお)となる。

  だから、その前後がどうあろうと、31日は特別な日なのだ。

そして、今年の31日は更に私にとって特別な日となった。

以前にも、このブログで12月31日の顛末記に関しては何度か記したことがある。
http://tetu-syoubai.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/post-7879.html

  この時も、一進一体だった。

数千万という売上でさえも、たかだか数万円で昨年を越した越さないという現実なのである。
そして、今年も12時、14時、16時と数万円の攻防が続いた。

  痺れる数値推移が続いた。

初売りの準備もあるが、それらは部下に任せて、私は売り切りと売上の頃合いをどう調整するかを主眼とした。

  特に鮮魚の刺身類の売り切り。

12月の29日〜30日は意外にお客様の引けは早い。
だから、値下げロスが最大のポイントとなる。

  しかし、31日だけはお客様は意外に引かない。

だらだらと来店される。
だから、刺身や寿司類の欠品は命取りとなる。

  商品という玉が無ければ売上は作れない。

売り切りのタイミング次第では、夜の8時以降から玉(商品)がなくなり武器が唯の鉄屑になってしまった苦い過去が蘇る。

  今年は、そんな攻防が開店から最終23時まで続いた。

そして、お客様も予想通り夜の10時までだらだらと続いた。
そして、寿司、オードブル、和牛、そして刺身と値下げ品ではあるが、買い込んでいく。

  都度都度の時間帯売りげもまさに一進一退。

痺れる時間がまだまだ続いた。

  そして閉店30分前。

ようやく、昨年を超える売上に達した。

  “今年もなんとか終えることが出来た”

最終、5万円のプラス。
鮮魚に至っては、5千円のプラス。

  それでもいったかいかないかでは天と地。

正に、お客様と従業員に感謝である。






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2016年1月 2日 (土)

今年の紅白

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


今日は日曜。

  芸能ネタの日(笑)。

もちろん、紅白のネタです。

  紅白歌合戦。

その録画を元旦に御神酒を頂きながら見るのが、ここ数年の日課となっている。
昨日の帰宅が午後11時30分頃か。
そこでリアルに見た紅白の場面は、近藤真彦のギンギラギンにさり気なくの終盤だった。
更に、松田聖子の赤いスィートピーで締めて、紅白の最終投票が始まった。

  そして、紅組の優勝が決まった。

決まった瞬間の紅組の各メンバーの喜びようはなかった。

  “本当にリアルに喜んでいるんだぁ〜”

そんな感情が伝わってくるほどの、有力メンバーの抱き合っての感激が伝わってきた。

  “予想に反して赤が勝ったのか”

以前にもこのブログで記事にした私の予想では、白の優勝だった。
http://tetu-syoubai.cocolog-nifty.com/blog/2015/12/post-03f0.html

そして、前半戦の途中経過でも、白組の優勢で進行していた。
しかし、その流れを一気にひっくり返しのが、AKB48のメドレーでの前田敦子と大島優子のサプライズ登場だった。

  今年で最後の高橋みなみへのサプライズ。

この二人の登場で一気に会場は盛り上がり、女性陣が盛り返した瞬間だったと思う。
その前に、後半の冒頭ではNHKの朝のドラマ「あさがきた」の主題歌である「365日の紙飛行機」をNMB48が歌ったところから女性陣の流れにはなっていたのだろう。

  その後の、superflyも良かった。

圧倒的な声量と歌唱力。

  更に、西野カナ。
  そして、石川さゆり。
  話題の、小林福子。
  再結成の、レベッカ。
  トリ前の、高橋真理子。

歌唱力と話題性を有した女性陣が続き、聴かせてくれた。
そして、この流れの良さが女性陣の盛り上がりを高めていった。

  最後は、松田聖子。

しかし、正直言って、松田聖子の赤いスィートピーには以前の感動は無かった。

  歌う歌手とそれを聞くリスナー。

その関係がシンクロするから感動を伝わるのだろう。

  赤いスィートピー。

確かに名曲だし、この曲で松田聖子は同性のファンを増やした経緯がある。
松田聖子にとっても上昇のきっかけとなった曲である。

  それはあ当時の聖子が持つ魅力とのマッチングだった。

要は、あの曲が年頃の女性が持つ淡い恋心と同じ世代のリスナーが聞いて感じた感動が詰まった曲だったのだ。

  だから当時の聖子が表現したからヒットしたのである。

それが、今の聖子には感じれない。

  それは、あくまでも赤いスィートピーの歌だけの話ではある。

この曲だけは、あの当時の聖子の神曲として私の心に残る曲として留めておきたいと思うのである。




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2016年1月 1日 (金)

新年を迎えて

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


皆さま、

  新年、明けましておめでとうございます。

今年も、よろしくお願い致します。

  さて、2016年がスタートしました。

丁度一年前の元旦。
私も新年度を迎えて、今年はこんな年にしたいという願望もありました。
しかし、1月が過ぎ、2月に入り人事異動等で店舗内の人材が変更し新年度が始まり、今年度の行為計画を練り、計画を立案し実行していく過程の中で、いつしか自分が念頭に思い描いた個人的な願望を忘れていくこととなった。

  結局、今年の念頭の自分への願望ってなんだったっけ?。

それがサラリーマンの性(さが)なのであろうか(笑)。

  自分の事より、会社の事。
  個人の事より、組織の事。

どうしても組織優先で自分を殺してしまう。
それが、我々が長年かけて身に付けてしまった行動パターンなのかもしれない。

というわけで、今年は自分で自分の事を最優先にした願望を組織論とは別に大切にしていきたいと思っている。

  そのような区別をつけなければいつまでたっても自分が確立できない。

自分は、いずれ今いる組織から離れていく。
そこには、もはやカウントダウンが始まっているのかもしれない。
残された数年など、あっという間に迫ってくるものだ。

  その第一歩をいつから踏み出すのか。

それを今年の自分への枷(かせ)としていきたいと思っている。

  そして、てっちゃん会。

2月には第10幕が開催される。

  こちらも大きな節目の時であり、年となろう。

昨年からてっちゃん会には女性の参加が目立ち、そしてコトPOPを題材にした投稿に女性陣が参加し大いに盛り上がっている。

  素晴らしいことである。

それによって、我々傍観者たちも大いに学ばせてもらったわけだ。
しかし、我々のスーパーマーケットという仕事は、多岐に渡る。

  販売もあればマネジメントもあり採用、教育もある。

人材教育という分野もあり、競合対策という分野もあり、更には販売促進、数値管理、施設管理、クレーム対策等々、その業務は本当に多岐に渡るものだ。

コトPOP以外にも、上記のテーマの一つでも二つでもいいから情報収集と情報交換、情報共有を図っていきたいものである。

店舗内の売場は実際の店舗へ行けばいつでも見れる。
  
  しかし店舗運営のマネジメントは外見からは見ることは出来ない。

だからてっちゃん会という絆がモノを言うのである。

  例えば「採用」と「教育」。

自社の情報は当然入手できるが、他企業の情報は無理である。
でも、他社の成功事例もたくさんあるはずだ。
そのような情報交換は、大いに現場の人間達を勇気付けてくれる。

  そのような有意義な情報の交換を測ってみたい。

それによって、従来では打破できなかった仕事上の大きな壁を撤去してみたいものである。

そう考えると、いろいろなメンバー一人一人の知恵が隠されているのではないだろうか。







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