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2015年11月27日 (金)

北の湖親方の思い出

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


北の湖親方が死去した。

  御年62歳。

若すぎる死であろう。
まして、相撲協会の理事長と言う職位。
相撲人気が復活して、いよいよこれから盤石になろうかという矢先であったのだから。

  北の湖親方の評判。

いろいろネットで調べてみても、非常に評判の良い声ばかりである。

  相撲協会に貢献しようとするその真摯な態度。

まっすぐで正直で利他の心に溢れていて。
誰も彼のことを悪く言う人間はいない。

  本当に残念でならない若すぎる死である。

北の湖親方。
しかし我々世代は、現役の彼の姿の方が強烈な思い出として脳裏に浮かんでくる。

  私が20歳前の頃が彼の全盛期だろうか。

物心ついてからの国技である大相撲の大横綱であるから、印象も強烈だ。

  “強すぎて憎たらしい”

世間では、あまり北の湖を応援するファンは少なかったのではないか。

  どちらかと言えば、貴乃花や輪島の応援に回った記憶がある(笑)。

それには訳があり、単に強いというだけでなく、その勝ちっぷりが如何にもふてぶてしい態度であったと云うのも事実であった。

  土俵際で投げ飛ばして相手に手を差し伸ばさない。

そんな態度がファンを少なくしていた要因でもあった。
これは、自分に置き換えた時に「情けない」という気持ちになるから相手にもしないということだったらしいが、それも北の湖の本質を語る姿なのであろう。

  そして、業界関係者ほど彼を悪く言う人はいない。

実直で誠実な性格は、業界内ではつとに有名で、一度相撲協会の理事長から降りて再登板した事例がないほど、彼の業界内での支持はつとに高かったことが推測される。

  先ほども記したが、現役時代は敵役であった。

強すぎる横綱。
だから、北の湖との取り組みで貴乃花や輪島等が勝った時の場内のフィーバーは半端ではなかった。

  昭和50年3月場所での貴乃花との優勝決定戦。

その優勝決定戦で貴乃花が初優勝した時の場内の座布団の山は今でも記憶に新しい。
https://www.google.co.jp/url?sa=t&rct=j&q=&esrc=s&source=video&cd=1&cad=rja&uact=8&ved=0ahUKEwje9MOTpKjJAhXCnqYKHcMTALoQtwIIGzAA&url=https%3A%2F%2Fwww.youtube.com%2Fwatch%3Fv%3Dfj5aOWx-GFY&usg=AFQjCNFwzJe-qgwZNa--ZOuwBKebtxi3cA&sig2=t__26xxGF8dQ2A897Ds_mA

そして、あの時代は輪島とのライバル対決を初め、役者な関取が群雄割拠していた時代でもある。

大関陣も、人気の貴ノ花や魁傑、相撲博士の旭国、異能の増位山等、充実の上位陣だった。
また関脇以下も富士桜、 技能派のチビッ子トリオの鷲羽山・北瀬海、旭国、勝っても負けても人気の高見山、がぶり寄りの荒勢、個性派揃いで観戦していても楽しかった時代である。
平幕には次の時代を担う千代の富士がいたが、まだまだ上位には通じず、跳ね返されていた頃である。

そして、よく言われる北の湖の悲劇は「腕があと5センチ長かったら」というたらればの話。

  羨ましいほどの肢体の唯一の欠点が腕の長さ。

「彼の腕があと5センチ長かったら歴史が変わっていた」。

北の湖が現役引退を発表したときにある評論家が掲載した一節らしい。
しかし、その指摘は当たっていると言えるだろう。

  群雄割拠する時代でありながら活躍した北の湖。

しかし、彼の腕があと5センチ長かったら、圧倒的な強さを誇っただろうことは想像に難くない。

  それだけ四つ相撲になると圧倒的な強さが影を潜めた。

上手を切られるという場面も多かったように思う。
そんな北の湖親方。

  各方面からその死を惜しむ声が絶えない。






  

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コメント

かわらいさん、コメントありがとうございます。
かわらいさんの年代だと、若・貴時代でしょうか。
私はその父親の貴ノ花の方が印象が強いのです。その貴ノ花が北の湖を破って初優勝した時のテレビの向こう側は狂乱の世界でした(笑)。

投稿: てっちゃん | 2015年11月30日 (月) 23時27分

すみません。現役時代の彼を見たことがなくコメントが出来ませんが、今回の様々な報道で立派な方だったのは良く分かりました。ご冥福をお祈り申し上げます。

投稿: かわらい | 2015年11月30日 (月) 21時59分

dadamaさん、コメントありがとうございます。
自分の命を削ってまで相撲協会に捧げる精神力には頭が下がりますね。
この記事を書くために、どれほどのグーグルを検索したことか(笑)。
子供の頃の記憶だけでなく、事実確認もしておかないと(笑)。

投稿: てっちゃん | 2015年11月29日 (日) 00時39分

私も北の湖の印象は笑顔のない憎まれ役の印象が強かったですね。相撲は国技、そのプライドを持ってるからこその姿勢だったのでしょうね。時代に流されない姿勢。この歳になって理解出来るようになった気がします。ご冥福をお祈りします。
追伸・・・てっちゃんのジャンルの幅広さには頭が下がります(笑)。

投稿: dadama | 2015年11月28日 (土) 23時43分

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