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2015年11月

2015年11月30日 (月)

匂いのクレーム

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


最近特に増加しているクレーム。

  匂いのクレーム。

特に、従業員のタバコの匂いのクレームが多発している。

  「男子従業員と会話したがタバコ臭くて嫌だった。」

そのようなクレームである。

  以前だったら無かったクレームであろう。

それだけ、お客様の店舗や従業員に対する目線が厳しくなってきているという表れでもあろう。

  従業員がタバコ臭い。

タバコを吸う従業員は未だに多い。
でも、会話をしてタバコ臭いということは、直前にタバコを吸ってから直ぐに会話をした場合に限られる。

  タバコを吸わないお客様からすれば非常に不愉快。

それを堂々とクレームとして要求できる世情となってきたということだろう。
それに対しても、我々は対応していかなければならない。

従業員の喫煙室を狭い部屋に別途設けたりして、喫煙者と喫煙しない人との区別をしたり、喫煙時間を設けたりと喫煙者の肩身は益々狭くなってきている状況であるが、それだけ、喫煙するという行為が社会的に追いやられている現実を認識しなければならないのだろう。

  私はタバコは吸わない。

なぜかというと、予備校時代に喫煙をし、大学時代にボート部に所属してタバコを止めた。

その後大学4年の大会後にボート部を退部したのを機に、喫煙してみた。

  その時に喫煙後に気分が悪くないその後の食事が出来なかった。

それ以来、自分はタバコを吸えない体になってしまったと認識してからは一切喫煙はしていない。

  それだけ人体に影響していることは明らかではある。

ただ、喫煙するという行為自体が、癒しとかリラックストかストレス発散とかの精神的な発散効果であることも理解できるのである。

  ただ、世の中が変化に対応していくことが我々の仕事でもある。

店長仲間にも喫煙者と非喫煙者がいる。
喫煙部屋でも半畳ほどのスペースに5〜6人が肩身狭そうに、それでも楽しそうにタバコをふかしながら喫煙している。

その中でも会話がまた密室らしさがあっていいのだろう。
そして、それが一つのコミュニケーションの場でもあろう。

  しかし、自分の健康を考える必要もあろう。

健康であり続けるという自覚。
それとは逆に、自分の意思で人間らしく生きたいという願望。

  これも非常に大切な生き方であるとも言える。

自分の意思に沿って、自分らしく生きることも、仕事を集中して実行していくことのもう一方の要因でもあるからだ。

  私も、喫煙はしないが飲酒はする。

飲酒とて過度になると健康被害もあろう。また他者への迷惑行為にもなることもあろう。更に記憶がなくなるほどの飲酒ともなれば新幹線で終点まで行ってしまうこともあろう(笑)。

  それでも飲酒による仲間との会話はまた格別である。

それも一つのコミュニケーションの一つでもある。
何れにしても、自分で楽しむという域から逸脱しない程度で楽しみたいものだ。





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2015年11月29日 (日)

365日の紙ヒコーキ

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


NHK連続テレビ小説。

  「あさが来た」

なんと、視聴率が25%を超えたという。
驚異的な数値である。

  それでも「マッサン」に並んだと言う。

NHKのテレビ小説の凄さを物語るものだ。

そして、このドラマの主題歌として流れている曲。

  365日に紙飛行機。

歌うは、AKB48。

  NMB48の山本彩が初センターを務める楽曲である。

山本彩(さやか)。

  NMB48のセンターである。

設立当初からNMBを率いてきた中心的人物で、AKBグループでも選抜にほとんど抜擢されている。

  線のしっかりした歌声が特徴の山本彩。

このドラマの主人公は、時代に先駆けて「銀行」や「生保」を設立し、日本初の女子大学設立にも尽力した実在の人物。

豪気・英明な天性から「一代の女傑」と称えられた明治の女性実業家・広岡浅子氏がモデルである。

そして、その生き様は、この曲のセンターを務める山本彩にもどこか通ずるところがある。

  山本彩。

もちろん、NMB48のセンターであるが、AKB48の楽曲でも選抜に入る実力を持つ。

  今年の選抜総選挙でも、6位に入るほどの実力者である。

彼女はAKB48グループの人材にしては、非常にストイックな印象を受ける。

  ストイックといえば、まゆゆ。

しかし、まゆゆのストイックさとはまた別物のストイックさがある。
それは、アイドルでありながら、他人に媚びないストイックさと言ってもいいのかもしれない。

  あまりのストイックさがアイドルとしての愛嬌に欠ける。

そんな印象が強い。
しかし、逆に言うと、そうやって努力し影で頑張る子がどこかで報われると言うポリシーもAKBの中に宿っているのも確かである。

それが、今回のドラマとその主題歌を歌う山本彩とがダブり、そして本人もその意味を理解して歌っているから、彼女の歌声から何かが伝わってくるのだろう。

  媚びない美しさ。

アイドルなのに媚びずに自らの道をストイックに歩む、山本彩の生き方。

  そんなものが、この歌から聞こえてくるようである。







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2015年11月28日 (土)

因果関係を学ばせる

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


部下教育。

  いろいろな教育プログラムがある。

全社的主導で職位別や年代別教育もあろうし、個店の店長が主導での現場でのOJTもあろう。

問題は、以前と違って時間的な制限が大きくなってきたことだろう。

  以前は1日の中でも開店前から閉店までの流れが見えた。

しかし、店舗の営業時間の長時間化等の理由もあり、個人の在店時間と営業時間が大幅にズレてきて、その日の売場作りが最終の時間帯までどう変化しながら売れていくのかという流れが見れなくなってきているという事実。

  時間帯別に商品の流れを把握する。

これは商売の基本であるが、残業問題等からその一部分しか携われなくなってきている。

  商売の因果関係が把握しづらくなってきているのだ。

だから、その因果関係を理解するのに時間を要するようになってきているのである。

  以前は一年で経験できた項目が3年ほど掛かる時代。

現場のOJTで一番大切なのは、仕事の因果関係を身につけることが一番の効果だと思っている。

  現場で売れる仕組みを実体験から理解する。

これが本人をして成長していく一番の要素となるのだが、それにはそれ相応の時間が掛かるのである。

  その時間が更に長期化しているように思うのだ。

売れる仕組みを理解していくという過程が、この業界で成長していくということの大きな要素であることは否めない。

その成長への大き要因を、この環境下で如何に短時間で担当者が身に付けていけるか。

  それが部下教育の最大のポイントになっていくのではないか。

例えば店長の事例で言うと、最低でも3年間は同じ店舗で売れる仕組みの因果関係を理解する必要があると従来から記してきたが、同様な人事政策が部門責任者や担当者でも対応していく必要があろう。

同じ店舗や同じ部門で、売れる仕組みとその因果関係の体験を積ませる。
または、売れる仕組みの体験を積ませる教育の仕組み化を実施していくことが必要であろう。

問題は、部門責任者の時点でその部門を全て把握しているかという問題である。

  部門責任者が全ての把握者ではない。

だったら店長がそうかといえばまだまだであり、バイヤーはどうかといえばまだまだであろう。

要は、売れる仕組みとはこの業界の基本であり応用でもあるから、この追求をし続けていくことがこの業界で成長していくということなのである。

  だから色々な職位による体験が必要となってくる。

部門責任者の体験、バイヤーの体験、店長の体験、そのような体験から、小売という世界を色々な角度から見て売れる仕組みを体験していく。

  売れる仕組みを全ての角度から見ていく経験。

このことが、その人材をより早期に売れる仕組みを理解させる早道になっていくのだろうと思うのである。








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2015年11月27日 (金)

北の湖親方の思い出

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


北の湖親方が死去した。

  御年62歳。

若すぎる死であろう。
まして、相撲協会の理事長と言う職位。
相撲人気が復活して、いよいよこれから盤石になろうかという矢先であったのだから。

  北の湖親方の評判。

いろいろネットで調べてみても、非常に評判の良い声ばかりである。

  相撲協会に貢献しようとするその真摯な態度。

まっすぐで正直で利他の心に溢れていて。
誰も彼のことを悪く言う人間はいない。

  本当に残念でならない若すぎる死である。

北の湖親方。
しかし我々世代は、現役の彼の姿の方が強烈な思い出として脳裏に浮かんでくる。

  私が20歳前の頃が彼の全盛期だろうか。

物心ついてからの国技である大相撲の大横綱であるから、印象も強烈だ。

  “強すぎて憎たらしい”

世間では、あまり北の湖を応援するファンは少なかったのではないか。

  どちらかと言えば、貴乃花や輪島の応援に回った記憶がある(笑)。

それには訳があり、単に強いというだけでなく、その勝ちっぷりが如何にもふてぶてしい態度であったと云うのも事実であった。

  土俵際で投げ飛ばして相手に手を差し伸ばさない。

そんな態度がファンを少なくしていた要因でもあった。
これは、自分に置き換えた時に「情けない」という気持ちになるから相手にもしないということだったらしいが、それも北の湖の本質を語る姿なのであろう。

  そして、業界関係者ほど彼を悪く言う人はいない。

実直で誠実な性格は、業界内ではつとに有名で、一度相撲協会の理事長から降りて再登板した事例がないほど、彼の業界内での支持はつとに高かったことが推測される。

  先ほども記したが、現役時代は敵役であった。

強すぎる横綱。
だから、北の湖との取り組みで貴乃花や輪島等が勝った時の場内のフィーバーは半端ではなかった。

  昭和50年3月場所での貴乃花との優勝決定戦。

その優勝決定戦で貴乃花が初優勝した時の場内の座布団の山は今でも記憶に新しい。
https://www.google.co.jp/url?sa=t&rct=j&q=&esrc=s&source=video&cd=1&cad=rja&uact=8&ved=0ahUKEwje9MOTpKjJAhXCnqYKHcMTALoQtwIIGzAA&url=https%3A%2F%2Fwww.youtube.com%2Fwatch%3Fv%3Dfj5aOWx-GFY&usg=AFQjCNFwzJe-qgwZNa--ZOuwBKebtxi3cA&sig2=t__26xxGF8dQ2A897Ds_mA

そして、あの時代は輪島とのライバル対決を初め、役者な関取が群雄割拠していた時代でもある。

大関陣も、人気の貴ノ花や魁傑、相撲博士の旭国、異能の増位山等、充実の上位陣だった。
また関脇以下も富士桜、 技能派のチビッ子トリオの鷲羽山・北瀬海、旭国、勝っても負けても人気の高見山、がぶり寄りの荒勢、個性派揃いで観戦していても楽しかった時代である。
平幕には次の時代を担う千代の富士がいたが、まだまだ上位には通じず、跳ね返されていた頃である。

そして、よく言われる北の湖の悲劇は「腕があと5センチ長かったら」というたらればの話。

  羨ましいほどの肢体の唯一の欠点が腕の長さ。

「彼の腕があと5センチ長かったら歴史が変わっていた」。

北の湖が現役引退を発表したときにある評論家が掲載した一節らしい。
しかし、その指摘は当たっていると言えるだろう。

  群雄割拠する時代でありながら活躍した北の湖。

しかし、彼の腕があと5センチ長かったら、圧倒的な強さを誇っただろうことは想像に難くない。

  それだけ四つ相撲になると圧倒的な強さが影を潜めた。

上手を切られるという場面も多かったように思う。
そんな北の湖親方。

  各方面からその死を惜しむ声が絶えない。






  

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2015年11月26日 (木)

今年のおせち2015

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


先日の店長会。

  メーカー様の今年のおせち動向案内。

おせちの謂れを訴求した元祖的メーカーからの毎年のおせち動向の情報を提供して頂いた。

  まずは謂れの振り返り。

如何におせち商材を売り込むかという課題以前に、そもそも何故「おせち」なのか?。

そこからおせちを捉えていくと、日本人の大切な心と年神様との関係が見えてくる。

  家族の絆を振り返るいい機会。

そして、東日本大震災という出来事が、人間の心の持ち様を改めて思い起こさせ、お正月を迎えるという日本人としての行事の大切さを再認識させられた。

その様な振り返りをし、更に今年の曜日別動向の予測等の説明がなされた。
25日の金曜日から31日の木曜日までの日付と曜日の関係からのチャンスの在りどころ。

  26日(土)〜27日(日)の売り込み。

ここの一つのポイントを置く必要があろう。
昨年よりも1日早いおせち商戦の動向。

また、北関東という地域でのおせちに対するお客様の認識の特徴。

  おせちの露出度の高い地域。

しかし、新規おせちメニューへの取り込み率の低い地域でもあるらしい。

  要は、おせちへのリピート率の低い地域。

年末のおせちへのリピーターの定着率をどう高めていくかが北関東エリアの店舗の課題となっているらしい。

  やはり、若年世代への訴求力が決めてとなるだろう。

そのためには、かまぼこ等の主力品以外に、なます、田つくり、酢たこ、甘露煮等のプラスアルファのおせち商材に謂れ訴求をしていくかにかかってくるのだろう。

  お盆以降、ハレの日の需要は高まってきているように思う。

特に、価格ではなく商品の価値や謂れに対するお客様の思い入れが高まり、単価アップにつながっているように思えるのだ。

この傾向は、クリスマスや年末につながっていくだろう。

  特に、量から質へ。

長年言われているフレーズではあるが、今年はその傾向をしっかりと捕まえなければならない年であろう。

  だから、このかまぼこでおせちを。
  だから、田つくりでおせちを。
  だから、酢たこでおせちを。

このような謂れ訴求に、品質も含めた説明による味への訴求も同時に提案して、お正月という年に一度の最高のご馳走のタイミングに最大の品質訴求をしていきたいものだ。





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2015年11月25日 (水)

競合改装への対応

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


なかなか体験できない競合店の改装休業。

  そして色々と見えてきたこと。

先日の記事にも載せたが(http://tetu-syoubai.cocolog-nifty.com/blog/2015/11/post-70e3.html)、直線距離で1kにも満たない大型の競合店が改装にて約一週間の休業をしてからリニューアルオープンした。

  当店がオープンしてから初めての経験。

他の競合店の休業はあったが、せいぜい1日程度。
今回のように5日間の休業は初めてであり、更に当店規模以上のお店の休業は初めてである。

  数値効果以上の大きい影響度。

それは定番の動きであった。

  売上の増減。

それは、特売品や企画品の数量が増減が大きい場合が多い。
それによって、増加したお客様が特売品を購入して売上が増加する。

  それが、売上拡大の従来のパターン。

しかし、今回競合店の休業にて、企画品の動き以上に定番品の動きが激変した。

  競合店が一店舗閉鎖することの大きな意義。

それは、普段の品揃え品の売上効果であろう。

  如何に今までは近隣の競合店と買い回りされていたか。

それと、ピーク時以降の夜のお客様の増加。
午前中の客数、売上に大きな変化は無いが、ピーク時以降の客数と売上に大きな変化をもたらした。

  特に生食や惣菜、寿司の急増。

如何にこれらのカテゴリーでの買い回りに影響されていたか。
そして、今回の改装によるオープン。

  一番影響を受けているのが上記カテゴリー。

要は、競合店との引き合いに上記カテゴリーが大きなウェイトを占めているということだろう。

そして問題は、どんな対応をしていくかだ。
とは言っても、それには流れとタイミングがある。

  ここ数日での売上の増減があった。

競合店の休業中の定番を中心にした売上増と開業による売上減。

  在庫の増減も著しい。

そしてそれは競合店にも言えること。

  要はお互いに在庫の問題を抱えているということだ。

自店も辛いが相手も辛い。
ここからが、我慢比べのしのぎ合いの始まりとなる。

  まずは、徹底した在庫管理にて鮮度を取り戻すこと。

これも思ったほど簡単ではない。
思ったほど簡単に売上は回復してこないから。

  徐々に徐々にの回復。

だから、在庫は溜まっていく一方。
この一週間は在庫整理に全力を注がなければない。
そうでなければ、競合店と戦う武器が磨かれないということだ。

  そうこうしているうちに、お祭りは終わる。

お祭りとは競合店の改装に伴うフィーバーのこと。
改装オープンで一度は見てみたいというお客様も、普段の暮らしに戻る。

  明けてみれば、競合店も在庫の山。

だから、早く次のステージに移れた店舗ほど仕掛けが早く出来るということだ。
今回の競合店の休業という、なかなか体験できない経験を如何に有効な情報として受け入れ、攻めに転じるか。

  やはり一番影響の大きかった部分がチャンスの在りどころとなろう。




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2015年11月24日 (火)

ボージョレヌーヴォー2015

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


年々下火になっている「ボージョレヌーボー」の解禁発売。
今年の出来は、「今世紀最高の出来」らしい(笑)。

  しかし、今年の総輸入量は54万ケース。

そう言われてもピンとこないかもしれないが、これは昨年の1割減らしい。
そして、最大ピークの2004年の半分の数量だという。

  なぜここまで減少してしまったのか?。

ワインが日常化している昨今では、取り立ててお祭り気分で騒ぐ必要は無くなったのだろう。

最大ピークから10年が経過し、ワインが日常的に親しまれるようになってくると、ボージョレヌーボーに対する一人一人のワイン愛好家の方達のドライな評価が下されてきているのだろう。

  “とは言っても、やっぱり味は若いなぁ〜”

お祭り的に飲んでいたかってのボージョレワイン。
しかし、日常的にワインの美味しいさを知ってくると、今更のボージョレヌーボーの味。

  “同じ2000円を出すなら、こちらのワイン”

コストパフォーマンスを考えると、ボージョレヌボーは決してコストパフォーマンスが高いとは言えない。

それが周知のこととなってきた今、同じ金額を使うことを考えると、普段から飲んでみたいワインに手が入ってしまうのが人の心。

  それだけ、ボージョヌーボーはコスト高。

私も、普段からワインを良く嗜むが、この価格を出して飲みたいとは思わなくなった。

  かってはお祭り気分で必ず購入したものだ。

しかし、上記のようにコストパフォーマンスを考えると、購入に際しては二の足を踏む。

  それだけ、少しはワインを知ってきたということだろう。

ということで、自社のワイン投入量も昨年と比べると減少している。
しかし、以前記事で記したように競合店が改装中により、ボージョレヌーボー解禁当日の売り上げは好調だった。

  当然といえば当然の結果。

ただし、同業他社や自社の数値を聞くと、決して芳しいものではない。

  今世紀最高の出来。

とは言われても、所詮はヌーボーだろう、という認識は拭えない。
店舗でもここ数年は下降傾向であったことは事実。

  私自身の経験でも最高にボージョレーを仕掛けたのは4年前か。

漫画で「神の雫」が話題になった頃だ。
その後、年々下降傾向が続いた。

  神の雫以降ワインが急速に一般化してきたのだろう。

ボージョレヌーボー自体の入荷量も一握り(笑)。
よって、ボージョレヌーボー以外のお勧めワインも併売して売場にボリュームを持たせる売場作りをせざるを得ない状況である。

  逆に、この機にお勧めワインを提案するのも手か。

そんな風に思ってしまう今年のボージョレヌーボーの解禁日であった。









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2015年11月23日 (月)

道路付け

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


当店の脇を通る道路が開通しようとしている。

  計画からおよそ20年。

それを見越して出店した競合店もあるほどだ。
その道が通ると、東西の流れが一変して、市街地と幹線道路を結ぶ流れが大幅に短縮される。

そして、その最終工事の為に、今まで渋滞してきた道路が更に渋滞を極めている。

  そうは思いたくないが客数に微妙に影響しているような(笑)。

何より、周辺の競合各社の数値も低調らしい。

  道路付け。

基本的な店舗の客数を図る上で非常に重要な要素を占める。

  出店に際しての大きなポイントは、立地。

立地と一言で言ってもいろいろな指標があろうが、その中でも商圏内での世帯数と道路付けは極めて大きな要因であろう。

更には、その世帯数の客層であり道路付けからの競合店の存在も客数を左右する要因となる。

  その一つの要因である道路付け。

その道路付けが大きく変わろうとしている。
以前は、特に朝夕のラッシュ時には市内からと幹線道路側両面からの交通網が自店の前の信号でお互いに分断されていた。

結果、本来のピーク時間帯である4時〜6時が平坦な売上グラフになっていた。

  それが、おそらく改善されていくだろう。

それは、以前の店舗での経験もあるから言えることである。
かっても同様の経験があり、お店に通ずる道路の先の電車の信号工事により、交通網が分断されていた。

  結果、お客様が5%前後減少。

その翌年には逆に5%増。ということは、この道路付けの変化しか見当たらない。

  立地とは、その交通網が存在して初めて認められる条件と成る。

店長は、自店の道路網を常にアンテナに引っ掛けておかなければならない。

  特に、自店前の道路の渋滞や通行止めは致命的だ。

特に現代はこの傾向が強いだろう。

  さて、この道路の開通で集客力がどのように変化していくのだろうか。

もっとも、このチャンスを活かすも殺すも自分次第。
このタイミングに合わせた店舗としての対応が重要なのは当たり前。

  特に、今まで大いに不満のあった時間帯への対応が先決だ。

それもピーク時間帯での充実。
この時間帯に集客力が高まるということは、以前にも記したが、生鮮惣菜のできたて商材の効果が高まるということだ。

  この時間帯に集中して購買力が高まる。

それによって、鮮度品を集中して製造でき、集中して購買されるから、お客様の鮮度に対する認識を高めることができるのである。

  集中した効果的な作業がお客様にも効果的に作用する。

出来立てや作りたての商品をより多く製造しより多くのお客様に奉仕できる体制が、外部与件が与えてくれるのである。

  これが与えられたチャンスを活かすということ。

そんな与件を徹底して活かしていきたいものだ。




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2015年11月22日 (日)

演技力

皆さん、こんにちは。  
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


今日は日曜日。

  芸能ネタの日(笑)。

いよいよ中間点を迎えようとしているフジテレビの「オトナ女子」。

  相変わらず、視聴率は10%を割っているらしい。

しかし、私にとってそんなことは関係ない。

それはそうだろう。自分が楽しんでみているテレビの視聴率などどうでもいい。
問題なのは、このストーリーが自分にどういう影響を与えてくれるのか、ということとあまりの低試聴率の為に途中で打ち切りにならないかという不安である。

  以前のまゆゆ主演の番組がそうだっったから(泣)。

なぜ、このオトナ女子を楽しく見続けているのだろう。

  一つは、ストーリー性になるのは間違いない。

しかし、ストーリーはかってのフジテレビが得意とする流れ。
ある程度、先が見えてくるような脆さも見え隠れしているのも事実。

  二つは、篠原涼子の演技。

この演技に見惚れているのかもしれない。

  アラフォー女子が持つオトナと女子の間(はざま)。

この表現力が抜群に素晴らしい。

  特に目を中心にした表情の表現力は抜群だ。

場面場面での表情の表現力は、芸能界随一ではないだろうか。
その小刻みな表現力に見惚れて、この番組を見続けているのだと思われる。

  そして、篠原涼子と江口洋介の今後の関係。

その前提として、第2話だったと思うが、以前同棲していた斎藤工が篠原涼子にしつこく付きまとう姿を見て、江口洋介が斎藤工を呼び出して一言二言苦言を言った。
その直後に斎藤工が篠原涼子から離れていく姿が印象的だった。

  このとき江口洋介は斎藤工にどんな言葉を浴びせたのか。

この会話が非常に気になるところだ。

そして、先週のに日曜日に放映された「下町ロケット」。

  なんとロケット編は最終回で会った。

やはりこのドラマは男のドラマである。
そう私が勝手に思い込んでいるのかもしれないが、今回の一編を通しての吉川晃司の役どころとその演技は何とも泣かせるものがあった。

  吉川晃司に男の魅力をたっぷりと披露してもらったような演技。

組織で働く男が忘れかけていた気概を感じさせる役と演技とストーリーである。

次回からは、この佃製作所のテーマは医療方面へ移動するらしいので、それもまた楽しみではあるが、これまでのロケット編での情熱はやはり感動モノであった。

  まだまだ楽しめる秋から冬のドラマたちである。







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2015年11月21日 (土)

競合店の改装

皆さん、こんにちは。  
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


競合店が店舗改装の為、お店を休んでいる。

  その影響は多大だ。

数日後にオープンするとはいえ、5日間の店急によって失う売上と利益。
それが、他の競合店で分け合うことになる。

自社でも一店舗リニューアルの為、お店を閉鎖しているが、やはり他の営業店舗の努力でも追いつかないほど一店舗の売上がゼロになるというダメージは大きい。

  そして、その反動で自店へのお客様が流入してくる。

直線距離にしてたかだか1kも無い競合店である。2割のお客様が流入している。

  しかし不思議なことに大幅に単価が上がっていることだ。

確実に定番の商品の動向がよくなっている。
特売商品や企画品の動きは思ったほどでは無いが、定番品の動きがお客様の増加分以上にガタガタになっていること。

生鮮も特売品以上に、鶏肉や挽肉、そして鮮魚であれば塩鮭鱒の動きが着実に上昇している。

  これが競合店が一店舗無くなるという効果。

普段、如何にお客様が周辺店舗を買い回りをされているかが、このような場面で見えてくる。
もし、これでこの競合店が存在しなければ、定番商品の動きがこのように変化し、利益貢献は多大となる。

  ワンストップショッピングが如何に店舗に需要であるか。

競合店がこのような形で営業を停止するから始めて見えてきたこのような事実。
この事実とそこから生まれるデータは大きな情報となるであろう。

  それはこのように実際に競合店が店休になって初めてわかる事実。

何年に一度の出来事であろうから、このような稀有の機会の情報は大いに活用していきたいものだ。

  そして、それを体験できるという事実も重視したい。

それは、私自身だけでなく部下の体験としても彼らにより有効な経験といて蓄積させていきたい。

競合店の店休は5日間。
年末反省のように、閉店前と比較しての時間帯別、商品別、お客様別の変化を記録しなければならない。

また、再度リニューアル後の変化と合わせて、時系列的にその変化を反省として残しておくことによって、競合店の存在が自店にどのような影響を与えていたのかが明確になる。

それは、この競合店の影響だけでなく、今後同じような経験をする場合に大いに自分の引き出しを増やしてくれるだろう。

  競合店のリニューアル。

単に、どんな特売で対抗するとか、相手のリニューアルがどのような目的でどのような売場の変化をもたらしたかということだけに捉われず、競合店の影響度という観点からも従業員と情報を共有していきたいものだ。




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2015年11月20日 (金)

店長スタイル

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


先日のてっちゃん会での会話から。

  ある方から問われた。

「てっちゃんは、お店ではどのうような店長なのですか?。」

要は、店長としてどんな考え方でどんな店長スタイルを貫いているのか?、という問いである。

  「勿論、隙のない店長なのでしょうね(笑)。」

結構、そう思われている方が多いのではないだろうか。

  しかし、現場では意外に弱い一面を見せている。

店長 = 隙のない存在。

店舗のリーダーである店長は、他の誰よりも自ら率先して部下をリードし、常に数値に厳しく売場に妥協せず、販売面では他の誰よりも業績達成能力を有して的確に売場を指摘している存在。

  それが店長職への皆が抱くイメージ。

そして、いずれ自分が店長になった暁には、そのように振る舞いたい。

  そんな風に想像している方が多いようだ。

特に、私に対するイメージは(笑)。

このようなブログを書き続けていると、現実の自分となりたい自分との間で記事にしている場合が多い。

  よって、ここに記されている店長とはなりたい私でもある。

しかし、現実に上記のようなスタイルの店長像を求めて自らそう振る舞ったとしたらどうだろう。

それ相応の実力と対人コミュニュケーション能力が身についていればいいが、身の丈以上の自分を演出してしまうと、後々大変なことになる。

  以前にも記したように、全従業員が店長の背中を見る。

見られてもいい能力を有して、技術もコミュニケーション能力を有していれば部下も気持ちよく仕事ができ、自分も孤独感を感じずに店長職を全うできるのだが、そんな完璧な人間などほとんどいない。

  後々部下から三行半が下される。

特に自分が見えない背中をしっかりと見られてからは、周囲の店長に対する見方がガラッと変わるからだ。

  「結局、口先だけか!」。

そんな評価を下されるのは時間の問題だろう。
店長職に就いて一番初めのお店で失敗するのが上記の構図だろう。

  誰でも自分を良く見せたがるもの。

しかし、人間やっぱり自分の身の丈の行動、すなわち正直な行動を取らなければならないということが、後々になって嫌という程思い知らされることになる。

  逆に言うと、一人で強がってみてもダメだということ。

組織のリーダーとして、いろいろなタイプがいるのはわかるが、さりとて自分がどんタイプかなど初めからわかりはしない。
まずは一心不乱に自分ができることから始めていくしかないのだが、もっと大切なのは、上手に自分を出していくことだろう。

  上手に自分を出す。

これも難しい言い方だが、自分の素直な気持ちを部下に伝えることも大切な要素だと思う。

  それも部下に対する方向性を示すことだと思われる。

以前の記事にこんなことを記した。
http://tetu-syoubai.cocolog-nifty.com/blog/2015/09/post-def3.html

  リーダーとして部下に方向性を示すこと。

自分の素直な気持ちを部下に表現することも、重要な方向性であると言える。

  部下は常に上司の気持ちも知りたがるもの。

だから店長とて自分の不満を溜めてはいけない。
更に、強みだけでなく自分の弱みも見せていってこそ、店長も自分の側の人間なんだと認めてくれるようになるのではないだろうか。

  とは言っても、何でもかんでも弱みを見せていいものではない(笑)。

たまに見せる店長の弱みだから、人間的な部分を感じるのであって、そのバランスは重要であろう。








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2015年11月19日 (木)

面づくり

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


昨日は、「初期教育の重要性」を記した。

  本日も同じく「教授録」から。

面づくり

  マルちゃん「麺づくり」のことではない(笑)。

人間の顔。

  我々人間は、この顔で識別されていると言ってもいいだろう。

人間のを識別する人間の部分は多かれど、ほとんどの方は人の顔を以ってその人を認識している。

  進化した現代ではDNAなる科学的な識別法もあるが(笑)。

瞬間的にその人を判断する材料のほぼ100%は、その人が持つ顔を以ってその人を認識していることになる。

  人の顔。

その一瞬一瞬が全てのその人の顔であり、表情でもあり、その人を表す代名詞でもある。

  そして人は人の顔を見てその人を判断する。

いわば、人の顔はその人を表面上だけでなく内面的な部分も読み取ろうとする表に現れた心の氷山の一角のように見ているところがある。

  森信三先生曰く、人間は一生をかけて顔を創っていく作業だという。

人間の顔。

  それはその人を代表する部分であり代名詞でもある。

そして、人は生まれてから一生をかけて、世の中への貢献を通してこの世に生まれた証を立てていくのであるが、その証の代表格がその人の顔というわけだ。

  よって、他者の自分への評価をその顔に集約することになるのである。

つまり、人間は色々な行動を通して自分の顔を創造していくということが一生の仕事となっていくのであろう。

  生まれた時の顔。

人間は皆生まれた時ほど無垢の顔を持っていたが、いろいろな経験を通してその顔に深みが出てくる。

  その深みがその人の持つ独特の内面を表しながら成長していくものだ。

良い行いも悪い行いも、良い想いも悪い想いも全てその人が持つ顔や表情に表れ、その人を物語り、その人の評価の代名詞として人々に刻まれていく。

  私は、まだまだ自分の顔が好きになれない(笑)。

笑った時以外は。
唯一、笑顔の自分は好きである。
それ以外の、話す顔、議論する顔、考える顔、全てがあまり好きではない。

  何か、自分の嫌な部分が現れているような気がするのだ。

“よくそこまで自分を客観的に見ているねぇ〜(笑)”

そう思われるかもしれないが、いろいろな動画等を見ていると、自分の卑しさやいやらしさなどが見えてしまうのであろう。

  唯一、笑顔の自分以外は。

まだまだ、自分の中に不純物が残されているのだろう。

  その不純物とは?。

それがわかり、それを消していくのが人生なのだろう。

  どんな表情にも笑顔のような純粋さが欲しい。

自分の顔を創っていく人生。
今までは、敢えて自分の顔を鏡で見ることを避けてきた。

  その表情に映る自分の内面を見るのが辛かったのかもしれない。

率直に自分の顔と向き合う。
これからの自分に必要なことなのであろう。










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2015年11月18日 (水)

初期教育の重要性

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


先日のてっちゃん会に参加する電車の中。

  長時間の旅の為、本を読みながら向かった。

最近、中々進まない「修身」教授録  森信三 著。

  総ページ数 531ページ(笑)。

中々の浩瀚(こうかん)の書である。

よって、一向に読書が進まないので、この期に持参して読みふけってみようかと思ったのだ。

その中で、興味深い部分に出会った。

  小学校の教師という特性。

この本は、これから小学校の教師になろうとする学生に対して、森信三先生が道徳の時間として人間教育の時間として教諭し、その一部始終を記録した本である。
よって、毎時間ごとの教授の内容を記録したものである。

  毎回毎回、テーマがある。

私が読んだ部分は、質問タイムをとって学生から色々な質問に答えていくという授業内容の日のことを綴ったページであった。

その中に、こんな質問があった。

  「小学生の先生にやりがいはあるのか?。」

一言でいうと、こんな内容か。

今こうして学んではいるが、結局自分は将来小学生の先生となるわけだ。
たかだか年端もいかない人間の先生となることに、やりがいを感じない、という風な不満というか自己嫌悪というか、そんな質問に対しての森信三先生の返答が良かった。

「確かに小学生はまだまだ勉学の途中ではあるが、逆に言うと何色にも染まっていない純粋さがある。逆に言えば教育次第で如何様にでも成長する要素を持った存在でもある。だから部分的な教育ではなく全人的な教育によって立派な人間に教育できるか否かの瀬戸際でもある。しかし、歳も17歳を超えてくると、徐々にその考え方も固まり、外部からの教育もある一部分しか許容しなくなってくるものだ。伸び代少ない成人の教育にやりがいを感じるのか、全人的な教育によって何色にも染まっていく小学生の教育にやりがいを感じるかは人それぞれではないだろうか。私なら何色にも染めることのできる小学生の教育に生きがいを感じるがね。」

  そのような内容の回答いだったと思う。

なるほど、と思った。
そしてそれは、我々の社会でも十分通用する思想でもある。

  新入社員教育。

何も知らない人材の教育、と捉えるか、
これから何色にも染めることのできる人材への教育、と捉えるか。

  この考え方の違いは大きいだろう。

店長教育。
しかし、ある程度年齢の超えた店長への教育は、ある意味一部の部分しか本当に変えることは出来ない。

  むしろ、その基本的な考え方は変えることが出来ないと思った方がいいだろう。

自分で言うのも何だが(笑)、根本的な考え方はたぶん変えられないだろう。
それを変えようとしたら、今までの自分が崩れ去ってしまうような不安がある。
その基本部分は、如何様にしても変えられないと思う。

  その派生した部分は時代の流れに追いつこうとするものの。
  主軸の部分はもはや変えられないし変えたくもない。

しかし、これが新入社員の時代だったら、何色にも染まらない自分だったら、おそらく初めからその考え方や思想を身につけることは可能だろう。

  何事も、初めが肝心。

それは、そのようなことを言うのだろう。
よって、何よりもまずは、新入社員教育が一番重要なのではないだろうか、とこの本を読んで思った。

  しかし一番軽んじてた教育でもある。

何事も初めが肝心。
次代を担う新入社員教育こそ、しっかりと思想を植え付けるべき教育なのだろう。

  そんな想いで新入社員に接していきたいものだ。






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2015年11月17日 (火)

都内MRから

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


先日のてっちゃん会の当日と翌日。

  毎回恒例のMRをしてきた。

首都圏内の話題の店舗。
毎回恒例はつくばのお店。
そして今回は当日と翌日を利用して今年オープンした話題のお店もたっぷりと時間をかけてMRしてみた。

  開発がどんどん進む首都圏内の新興住宅街。

通常のスーパー、ショピングセンター内のスーパー、ディスカウント系量販店等、色々なスタイルの店舗を見て回り、その企業の最先端の店舗スタイルを知ることができた。

  その企業の旗艦店ではないかもしれない。

それは必ずしも売上の旗艦店ではないが、その企業の最新店舗でもあり今後の出店を模索する店舗でもあったので、非常に参考になった。

いずれも、その企業の最新店舗だけあって、新規ショッピングセンター内に出店しており、高い集客力を誇る条件の店舗、更には若年層の夫婦が暮らす地域であるのか、ベビーカーを押す若い奥さんが多かった。

  よって、洋風の売場アレンジの目立つレイアウトが多かった。

“私の地域のこの提案はちょっとなぁ〜”

そんな印象は否めなかったが、この流れと提案がこれからのトレンドになっていくのだろう。

  そして、影を潜めたのがいわゆる「単品量販」の売場作り。

以前であれば、これ見よがしに単品を広大なスペースに高く積み上げ、これでもかと大陳する単品量販の売場が意外に影を潜めてしまったようだ。

  逆に幅を利かせているのだ洋風色を連想させる提案型売場。

この取り組みに今回見せて頂いた店舗はしっかり取り組んでいる。

  特に目を見張ったのはつくばのお店。

このお店は過去2回ほど、仲間達で見に行っていたが、今回もどのように進化しているのかを観察してきたが、更にお客様に小慣れてきたという感じがした。

  何が小慣れてきたのか?。

売場に無理が無くなってきたのだ。
新店の開店間際は、当然ながら企業の総力を挙げて派手に無理をしてでも商品を積み上げる売場作りでボリュームでお客様を圧倒しようとするが、時が経ち本部スタッフも消えて本来の店舗だけのスタッフで計画から売場作りをしていく過程の中で、いよいよ店舗の力量が問われてくる。

そんな中でも、このお店は本部主導からバトンを受け店舗主導に切り替わっても、逆に売場を自然な形で運営していることろが素晴らしいと思う。

本部の商品提案を受けて、店舗のパートさん達が自分の知恵を発揮して売場の提案を考え売場を作り商品陳列しているのだ。

そして、時間帯別に来店客数や売れ数を把握して売場の陳列数量や時間帯別の商品化を責任者と共に考え実施している。

新店開店からは見えなかった、本当のお客様の姿に追随しようとして常に鮮度を強化し続ける姿勢。

  それが、つくばのお店には発揮されていた。

それが、鮮度の追求なのだろう。
鮮度といえば、仕入れや産地を思い出すが、それを店舗で如何に鮮度を殺さずにお客様に届けられるかを忠実に実現すようとしている飽くなき姿勢は素晴らしいと思う。

そんな内面的なことから、売場の品揃え等の外面的なものまで、多くを学ぶことができた今回の都内MR。

自分のエリアや企業とはかけ離れた商品であり陳列技術であり備品什器ではあるが、そこから何を学び、何を実行していくか。

自社の強み、自店の強みを殺さずに、逆にそれを武器に更に競争できる分野を広げていく。

そして思うのは、自分に不足しているグロサリーについての知識を知恵に変えていくだろうか。





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2015年11月16日 (月)

固い組織

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


昨日は、てっちゃん会第9幕を記した。

  メンバー各位の「心の繋がり」を強固にしたい。

そんな内容を記した。

  本日は、その真相を記したい。

これも、以前のブログで記した記憶があるが(笑)、堺屋太一氏の著書に「組織の盛衰」という本がある。その中に記載されていた内容であるが、強い組織には、大きく分けて3つの特性ある組織に分けられる。
http://tetu-syoubai.cocolog-nifty.com/blog/2008/07/post_9c8e.html

  大きい組織。
  強い組織。
  固い組織。

以上の3つだ。

大きい組織とは文字通り組織の規模や構成員の数が大きい組織である。
規模のメリットを享受できるが、その巨大さ故に変化対応に対する脆さも潜んでいる。

強い組織は、何よりも業績達成能力の高い組織。
規模を追求するよりも、目的を理解しその為に組織内の役割を明確に整理して、個々の役割を忠実に遂行することによって確実に目的を達成していく組織である。
一番理に適った組織であるが、構成員の心理的疲弊も大きい。

最後の固い組織とは結束力が高く、ある目的を持った組織であり、構成メンバーがその目的を理解し吸引力のある組織であるが、なぁなぁ主義に陥りやすく業績達成力に欠ける傾向にある。

  永続的に進化している企業は上記3つの要素のバランスが良い。

しかし、そんな組織は世の中にそうは存在しない。
まず、大きい組織という視点で言えば、我々中小のスーパーはまずそこに到達していない(笑)。しかし、大きくなっていく過程という意味ではこのことによって組織自体は成長を遂げていくことになろう。

このように、組織とは、最終的には上記の3つの要素のをバランス良く満たしながら成長していくのが理想と言える。

しかし、その成長過程においてはどこかに力点を置いて意識的に成長しようとしているのだろうと思う。

  その中でも最終的には、現代の組織は強い組織を目指さなければならない。

これからの時代、規模を追うことよりも業績達成能力の高い組織を目指すことを優先すべきであろう。

その為に、自社の競争力を高めていくことを主眼に置いて組織運営を図らなければならない時代である。

  それは営利目的の企業であれば当然の成り行きである。

そして、私が属する「てっちゃん会」。
営利企業ではない(笑)。

  個人が集う有志集団。

しかし、そこに集う個人は営利企業から集まる有志である。
常に営利企業で結果を求められる管理職や現場のリーダーが主である。

  私は、この会は固い組織を目指していきたい。

ナァナァの仲良しグループに陥るリスクもあろう。
外部からの情報を遮断した閉鎖的組織になる可能性もあろう。

  それでもなおかつ、固い組織を目指したい。

商売への志を高く持つ個人の集団。
この会で、人との結びつき心の結びつきを固く契り、その事で自らの強い心を磨き自企業に戻る。

  この会のあるべき姿をここに集約したい。

その為に、何をどうネットワーク作りをしていくか。
その為に、どんなメニュー作りと情報発信をすべきか。

別に、スピリチュアルな集団を作りたいわけではないが、私も含めてこの場で「心の強さ」を共に学びたいと思うのです。


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2015年11月15日 (日)

復活の真央

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


浅田真央が復帰。

  その復帰第1戦でいきなりの優勝。

フリーでのトリプルアクセルは圧巻であった。

  専門家が「完璧」と評価するトリプルアクセル。

私も実際に見ていて、惚れ惚れするほどの、高さ、回転、そしてその滑らかさ。
着氷後もブレることなく後方に流れていく。

残念ながら、その後のジャンプで数カ所ミスがあったものの、以前よりもその滑りに確かな進化を感じさせる滑りがそこにはあった。

  精神面の成長を感じる変貌ぶり。

それが、今回の復帰第1戦で感じた浅田真央の印象である。
従来の浅田真央に抱いていたイメージ。

  本番に弱い。
  ジャンプが不安定。
  精神的に脆い。

デビュー当時の幼さが残る17歳以前は、怖いもの知らずで突っ走っていた時代である。
しかし、世界のトップを走り続ける怖さを知ったのが20歳を過ぎてからであろうか。
そこから浅田真央のフィギュアスケーターとしての歯車が微妙に狂い始めてきたのも事実であろう。

  “精神的に脆いのかな”

そんな不安私は感じていた。

  そして、一年間のブランク。

いろいろな経験をしたのだろう。
幼い頃から今まで、スケート漬けの人生。
周囲の普通の女の子が経験していく過程を踏まずに大人になり、気がついたらスケート以外何も出来ない人間としての不安もあったのかもしれない。

  そして、今季リンクに戻ってきた。

大人になって、そしてゆとりを持ってリンクに立つ姿が印象深かった。

  “何か期待を持たせるたたずまい”

貫禄さえ滲ませてリンクに立つ姿がそこにはあった。
そして滑り出す。

  最初のトリプルアクセル。

完璧な回転。
軸が全くブレていないから、回転のスピードも早く安定している。

  まるで彼女の心を表しているかのようなスピンだった。

その後、ジャンプのミスが重なったが、全般的な滑りは本郷理華を圧倒する。
何が圧倒すると言えば、その滑らかさ。

  真央の滑りは滑らかで優雅。

見ていてウットリする程の滑らかで柔らかい滑りである。
かといって、スピードや力強さが無いかといえばそうではない。
それをも消し去るほどの安定した滑らかさが観衆を魅了する。

  かっての真央には表現できなかった滑り。

それを引っさげて真央が戻ってきた。

  今後が楽しみである。





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2015年11月14日 (土)

てっちゃん会第9幕顛末記

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


年に3回のてっちゃん会。

  11月11日に開催されました。

一年の中での11月の開催は条件的にも一番集まりにくい月ではあるが、それでも今回も30名近くの方が遠方よりお越しいただいた。

更に、今回初参加の方も6名もおられ、必然的に盛り上がらざるを得ない会となった(笑)。

また、有志による午前からのMRや翌日のMR等も個々に行かれた方も多く、この会の開催に合わせてそれぞれの方が有意義に関東方面の話題の店舗をMRされていたようだ。

  さて、てっちゃん会第9幕。

初参加の方が6名。
毎回、初めての参加が方達が必ず数名参加されている。

  メンバーの推薦を受けての入会。

その方達がメンバーの後押しもあろうが、基本的には自ら志願して参加されてきているのがほとんど。

  自分の意志で。

そこが大きな特徴であろうか。
また、幹事役が毎回交代性にて、参加回数に応じて徐々に幹事役を受けていく。
そこにまた、新たな結びつきの強さが生まれ、結束が固まっていく。

  そんな流れが仕組みとして定着しているのだろう。

幸いに私は、この会の発足メンバーの一人として名前は頂いているものの、ほとんどの運営は他のメンバーが方々のボランティアで運営されていると言っていい。

  だから、てっちゃん会をある意味客観的に見てこれた存在でもある。

ブログを中心にした個人的な接触から、徐々にそんな仲間たちが自主的に引き合って一つの会が生まれるきっかけを目撃してきた。

その会がコアメンバーとなり、2回、3回と重ねていく。

  しかし、それで終わらなかった要因は何か?。

メンバーの特殊な形での広がりである。
その広がりとは、コアメンバーが是非とも入会させたいという人材を説得して入会の運びを得て、そこでメンバー各位へのFacebookでの紹介を経ながら仲間に混じっていく過程がしっかりと見えているから、より繋がりが強固になっていくのだろう。

  数を拡大することが目的ではない。

それよりも、メンバー各位の「心の繋がり」を強固にしたい。
私はそんな風に、この会を考えている。

  数を拡大しながらも個々の結びつきも強めていく。

新規入会者の方も、周囲との結びつきをしっかりと強めていける仕組み作り。

  そんな理想を抱いてはきた。

それが、メンバー一人一人の方々に理解され、理解されたメンバーの方々から吸引された新規メンバーの方々も同様のDNAを引き継いでいく。

そんな流れで、現在ほぼ100名。
しかし、この強い結びつきを更に強めながら、自分が自信を持って推せるメンバーの取り込みを図っていきたいと思っている。

それがこの会の特質であり、企業を超えたネットワークとしての存在意義であることを、個々のメンバーが意識できる会にしていきたいと思っているのであります。

  いよいよ、次回は第10幕。

一つの区切りの会合となろう。




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2015年11月13日 (金)

既存店の改革

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


新店の立ち上げ。

  ゼロからの立ち上げであるから苦労も一入(ひとしお)。

しかし新店ほど、初めにしっかりと基本を定着させそれを崩さずに開店から維持させていけば、その後はその企業のルールをしっかり踏襲してブレずに歩んでいってくれる。

  新店ほどはじめが肝心である。

私も一度経験して初めてわかったのは、ゼロからのスタートは何も知らないパートさん達であるから、これから始めていく全ての教育が全て全員が統一されて同じ教科書から学んでいくことであり、その過程をしっかり踏んで教育されていくことによって、後から入社された方もその環境に馴染みやすいのである。

  お店のルールが崩れない。

それはある程度の年数を経ても崩れることのない基礎が出来上がっていくことになる。

  しかし、ある程度年数の経った既存店は軌道修正が困難である。

特に、企業としての基礎が無い時代に新店として立ち上げられ、思考錯誤しながら基礎を固めてきた古いお店の場合は、新たなマニュアルの定着が更に困難となっていく。

  それはマニュアルに沿わない我流がまかり通っているから。

しかも、その我流がマニュアル以上に精度が高く早い動作を生んでいるからでもある。

  企業が進めようとしているマニュアル。

しかし、古い既存店の場合はそれがなかなか定着しない。

  “今まではこうだった”

それは、マニュアルや決め事が出来る前に設立された店舗であり、当時の店長やチーフ等と自分達とで思考錯誤しながら作り上げてきた文化である。
それが、当時から就業しているパートさん達の心の支えでもある。

  そこに新たな軋轢も発生してしまう。

新規採用された若手パートさんたちは、新たに設立されたマニュアルで学ぶ。
しかし、社員に教育された手法は既存のベテランパートさんたちからすれば違法なマニュアル(笑)。

  部門内で新旧の対立が発生する可能性を秘めている。

この見えない軋轢は大きい。

  既存店に新たなモラルを導入しようとした場合のリスク。

逆に、こちらのリスクをどう解凍していくか。
既存店の改装やリニューアルとは、この部分の解決から図らねばならないのだと考える。







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2015年11月12日 (木)

折れない心

皆さん、こんにちは。
  食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


以前の記事で、「心の強さ」を記した。

  http://tetu-syoubai.cocolog-nifty.com/blog/2015/06/post-5ee9.html

それには、折れない心、しなやかな心を持つことが大切であると記した。
高い志しを持ち、強い心を持って、我々はリーダーとして店頭に立ち続ける。

  やはり、その組織のリーダーは強い志が必要である。

その志持って、困難に立ち向かわなければ組織を率いることは出来ない。

  しかし、強い志ほど折れやすい。

そんな時、我々は如何にすべきか?。
強い心を持ちたいが為に、高い志を掲げて事に当たろうとする。
それは、人間としてリーダーとして当然のことではある。

  しかし、人間は自分で思うほど強くは無い。

いくら高い志を持っても、強い心で臨んでも、それ故に折れてしまうこともある。

  特に、孤独感を強烈に感じた時。

“リーダーとしての自分に誰も追随してきてくれない”
“店長としての自分に誰も部下が共感してくれない”

  そう感じてしまったら、リーダーは弱いものだ。

強い心が一瞬のうちに折れてしまうこともある。
それは、才能や体力の問題ではない。

  いくら才能があっても体力があっても、心は別物。

人間は、一人になると弱いもの。
だから連帯を組んであらゆる外敵と戦って生き延びてきた。
逆に、強くなれる時もある。

  連帯感を感じたときだ。

特に日本人はそんな環境が整うと強くなる。

  個人競技なのに団体戦になると実力以上を発揮することがある。

それは、個人の心が連帯を組むことによって強くなれる典型であろう。

  店舗の従業員との連帯。

これがリーダーを強くさせる一番の処方箋であろう。
しかし、それだけを心の支えにするのはリスクが高い。

  自分の家族。
  店舗の従業員。
  地域の隣組。
  ネットでの繋がり。

自分の周囲には、いろいろな繋がりがある。
いろいろな繋がりに積極的に関わることが大切なのではないか。

  特に近年のネットの繋がりは従来には無かった連帯。

このようなブログもそうであろう。更には、Facebook、Twitter、LINE等、あらゆる手段でネットの繋がりが提供されている。

  私も属するてっちゃん会。

これも、ブログやFacebookから端を発したネットでの繋がりである。
このような繋がりを積極的に活用することで、同じ志を持つ仲間で遠くて近い存在として支え合える関係は強い。

企業は違えど、育った環境は違えど、同じ志を持つもの同士の関係は心強い。
そして、刺激し合える存在でもある。

  人間、折れない心を持ち続けること。

この事が如何に難しいか。
しかし、個人的に、いろいろな連帯感を得る手法はたくさん存在している。
そして、ネットという現代の知恵が生んだ連帯の手法。

  昨日は、そのてっちゃん会の第9幕。

よくぞここまで続いたものだ。
それも、何か引き合うものがあるのだろう。

  この会合で自分の初心を思い出す。
  このメンバーと強い心を確かめ合う。
  この場で明日への活力を蓄える。

メンバーそれぞれの思いが交錯した昨日の会合。
大切にしたい仲間である。




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2015年11月11日 (水)

心の成長

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


人間が成長していく。

  成長の本質とは?。

体格が高まり、身長体重が増えていくこと。
学力が高まり、テストでの点数が上がること。
仕事での脳力が高まり、業績を上げていくこと。

上記のような項目は見えやすいから、自分も他人も成長している度合いがわかりやすい。

しかし、その根底には、必ず見えない部分の成長が伴っているのだ。

  心の成長。

自分の内面である心が成長していかない限り、人間としての本来の成長は望めない。
体格は食事をしていれば黙っていても成長していく。
しかし、学力や仕事能力へ向かうには必ず、自分の脳力を高めようとする意志を伴わなければ結果はついてこない。

  成長するための自分の意志を磨いていくこと。

特に、体力的な成長が止まる20歳を超えた段階からは、自分の意志を磨いていくことが人間的な成長に大きな影響を与えていくこととなる。

このブログにも「おすすめ」で登録している田坂広志さんの「人生で起こることすべて良きこと」http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4569826024/tetu0358-22に出てくる言葉。

  人生において「成功」は約束されていないが、
  人生においての「成長」は約束されている。

人間は、ある目標に向かって努力をしていく。
しかし、必ずしもその努力がその目標への成功を約束してくれるわけではない。

  その夢が破れた瞬間に人間の心が折れてしまう。

自分の目標を成功に絞ってしまうと、これだけ努力したにも拘らず、結局は成功しなかったと落胆してしまえば、そのショックから今後の努力への集中力が途絶えてしまうことにもなりかねない。

しかし、それでもその努力によって大きな成長を自分にもたらしてくれたという認識と実感があれば、それを肥やしにしてまた次への努力への力にもなろう。

  それは田坂広志さんの著書から学んだ知識である。

先日、知識と知恵の違いを記した。

  知識を実践して初めて、知恵として自分に蓄えられる。

だから、この本から学んだ知識を過去の実践やこれからの実践によって初めてその本質が理解できるのである。

  その実践の繰り返しが自分の心も成長させるのである。

どんなに失敗しても努力し続けようとする心が出来上がる。

  それが、心の成長である。

この努力をし続けることによって自分の成長とその積み重ねがいずれ大きな成功をもたらしてくれるという過去の体験からの自信。

  それが、折れない心を作り上げてくれる。

知識は実践してナンボ。
そしてその実践が知恵として自分に蓄えられていく。
その知恵が自分の心も成長させてくれる。

  心の成長。

一時のちっぽけな成功よりも、自分にとっての大きな財産となっていくのである。








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2015年11月10日 (火)

定番と特設

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


定番と特設。

  定番は商品の品揃えが決まっている売場。
  特設は商品の品揃えが決まっていない売場。

簡単に表記するとこうなるだろう。

定番とは、本部主導で定番の売場の棚割りが策定され、その棚割りを店舗担当者がメンテナンスしながら個店の売場に調整する場合もあるが、基本的には本部主導で決められている定位置管理された売場である。

特設とは、上記の定番以外に、定位置管理された商品の品揃えの無い、フリーの売場である。
よって、この特設は基本的には店舗で自由に商品展開できる売場となる。
だから、どうしても店舗の担当者特にチーフクラスになると、特設に目が行き、この特設でダイナミックな売場や提案のある売場を作り、売上拡大を図ろうとする。

  私もかってはそうだった。

特設で相場安の商品を思い切って仕掛け、単品で相当の売上を作ることを生きがいとしていた(笑)。

それはそれで大切なことではあるが、定番と特設の売上比率はいかほどか?。

  おそらく、定番8対特設2。

そのような割合では無かろうか。
これが、グロサリーになると、定番9対特設1程度まで下がってくるのだろうと思う。
上記数値はあくまでも当社の割合ではあるが、食品スーパーはほとんど上記割合で不動では無かろうか。

  如何に「定番」の売上が高いか。

それだけ、いつもの売場が大切かがわかる。
ただ、それだけでは毎日変化の無い、つまらない売場でしかなくなってしまうから、そのバランスは大切ではある。

そして、言えることは、定番は売上の基礎となる部分であり、特設はその基礎の売上に+αを積み上げる部分であると言える。

我々は日々の特設での単品量販を通じて、定番を強くしていくことが長い目で見た場合の目的と成る。

  それはどういうことか。

特設で単品量販するということは、その単品が定番に戻った時に、以前の定番での売れ数から単品量販することによってお客様の認知度が高まり、以前よりも定番での売れ数が伸びることが前提となる。

そうやって、特設で単品量販することによって、定番の一品一品が強化されて定番が強くなっていくことが最終的な目的である。

  特設で量販する目的は定番強化である。

これが、特設で量販する原理原則である。
よって、単品量販した単品は、その次に定番でどれほどの動きをしているかを検証しなければ本来の目的からズレていくことになる。

そうやって、単品量販した商品が定番でしっかり活躍し続けるから、定番が強化され続けていくのである。

  結果、定番の売上が底上げされていく。

底上げされ続けていく定番を、パートさん達がしっかり根気よく粘り強く維持していくことで、役割が分担されて安定した定番売場が保たれていくのである。

  定番を侮ってはいけない。

特設での単品量販を図りながら、以前量販した定番の単品をしっかり育てていく努力。

  このことが、売上ベースを底上げしていく近道であるといえよう。










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2015年11月 9日 (月)

久しぶりの故郷

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


先日、法事の為故郷に帰郷した。

  とは言っても実家は無いのだが(笑)。

生まれ故郷はやはり思い出多い地である。

  幼少の頃に遊んだ田んぼ。
  学校への通学路。
  学生時代の溜まり場。

いろいろな場所が故郷にはあるが、既に30年以上も経過していると、その面影もないところがほとんどである。

  特に感じるのが、道路から見た家並み。

道路付けや区画が変わってしまうと、一瞬どこを走っているのかも見当がつかなくなってしまう。

  更に、クルマの多さ。

以前であれば、右折も自由にできた道路が、対向車の多さに相当待ってから右折しなければならない状況。

しかし、それでも唯一残っている場所や姿を見ると、懐かしさがこみ上げてくる。

  それが故郷への思いなのだろう。

自分が生まれ育った故郷の空気とそれを受け継ぐ血。

  そんな自分を生成してくれた地。

それが故郷という自分の場所なのだろう。

そして、何を以っても普遍に私に故郷の姿を思い出させてくれるのは自然である。

  生まれ育った地から見えた自然の山々。

特に、冬の時期に冠雪した山々を見ると、自然の雄大さを感じたものだ。
そんな普遍な自然はいつもの通りに私達を迎え入れてくれる。

  “帰ってきたぁ〜”

そんな安心感というか安堵感と言うものを感じさせてくれるのが、自然の力なのであろう。

今回は、恒例の墓参りと違って、福島〜新潟のルートではないので多少の時間があった。

  よって、地元のスーパーで買い物もできた。

いつか行ってみたかったスーパー。
惣菜を中心にした店舗レイアウトで、こだわり商品を充実させた新しい試みのお店。

  店内はせいぜい200坪も無い広さであろうか。

意外に狭い。
しかし、その辺のスーパーでは品揃えしていないラーメンや調味料、そしてデザート類やお酒が目白押し。

  ついつい長居してしまいたくなるお店。

そこで偶然にも、てっちゃん会のメンバーの方と遭遇。
いろいろなお話をさせて頂き、帰り際にはとくし丸も午後の便を積んで出発するために店舗に寄ったので、そこで色々なお話を聞くこともできた。

  買い物難民。

その救済の目的で移動スーパーが活躍しているが、地方の山間部への移動スーパーの出動とばかり思い込んでいたが、意外や意外、買い物難民の方々は市街地に多くおられるとのことだ。

  団地ができて40年。

そんな市街地の中の団地は多い。
そのような地域に買い物難民の方々多くおられるとのこと。
スーパーからの距離の問題ではなく、そこまでの交通手段の問題なのだという。

  いろいろな発見の出来た故郷への帰郷であった。






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2015年11月 8日 (日)

役者としての成長

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


今日は日曜日。

  芸能ネタの日(笑)。

このブログでも取り上げた「下町ロケット」。
毎回面白みを増してきた。

  その中で役者として異彩を放っているのが「吉川晃司」。

はじめ、吉川晃司を見たときに思った。

  “ロックンローラー崩れに役者が務まるのか?”

吉川晃司。

  御年50歳のいいおっさん。

しかし、デビューはロックシンガーであった。
ずっと、シンガーの道を歩んでいたと思っていた。
それが、今回初めて役者としての姿を見たのだ。

  それも大企業の開発部長という重要な役どころ。

そして、これからが彼の重要な演技力の発揮どころとなる。
そして、今までの彼の演技を見ていると、思わず唸ってしまうほどの役者ぶりである。

  ここまで迫力ある演技が出来るのか。

正直、感動した(笑)。
それも、抜群の演技力である。

  そして今後の展開が楽しみでもある。

それは、前回の第3話で吉川演じる大企業の開発部長が佃製作所を訪れ、その制作現場、工場の内部を視察した時に、その佃製作所の誠実で繊細で高い精度の技術力に触れ、大企業の思惑とは裏腹に佃製作所の惚れ込んでいく流れが描かれていた。

  “今後が楽しみな展開が待っているな”

そんなワクワク感が高まっていくのを感じる展開となってきた。

ストーリーとしては、町工場として中小企業である佃製作所が、社長の熱意や技術力から立ち上げられたが、組織として拡大していく過程の中で、その強みである開発力だけでなく財務力や営業力、そして企業としての組織力のバランスを蓄積させていく過程が描かれていると言ってもいいだろう。

そこに、実家が同じ町工場を営む吉川演じる大企業の開発部長が、自分の実家とは大違いの佃製作所の取り組み方の徐々に賛同していく過程が今回の第3話の見所でもあった。

いよいよ、吉川を巻き込んで面白いストーリーに展開していく第4話以降が楽しみである。







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2015年11月 7日 (土)

額の汗の数

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


先日のあるセミナー。

  てっちゃん会のメンバーの一人の発表があった。

その発表で、その方が発した言葉。

  「管理職の額の汗の数がその企業の輝きと成る。」

素晴らしい言葉である。
その方は店長以上の管理職であり、一応現場を離れてはいるが、常に現場でうなぎを焼いたり牛肉を焼いたりして対面販売を実践している方でもある。

  “それをやることが管理職なのか?”

そのような疑問を持たれる方もいるかもしれない。
しかし、どのような手法を取るかも含めて、その人間性が部下をマネジメントしていくのだろう。

  管理職の額の汗。

それは、その人それぞれの汗のかき方があるだろう。
現場では、その汗は概ね現場での品出しや接客、清掃等目に見える形で貢献している姿として部下に映るだろう。
しかし、店舗を離れた販売部長であり商品部長であり人事部長やエリアマネージャー等は、なかなかその職位での額の汗というものが見えてこない。

  現場を離れた管理職の額の汗。

それが、部下や企業内にどのように伝わるか。
それは、その本人の仕事への姿勢に一番現れるのだろう。

私も店長の一人である。
だから、現場を離れた管理職ではないため、どのような仕事へのスタンスが現場の人間にとっていいのだろうかという問いには中々答えを見つけることはできない。

ただ言えることは、現場の側の存在としていてくれて欲しいと願うものである。

  現場の側の人間。

立場場は本部に位置している存在であるから、両面の立場を持っている存在ではあろう。
しかし、店舗という現場が今現在抱える問題や課題に対して常に理解していてくれる存在であって欲しいとは願っている。

  そしてその改善の為に額に汗して欲しい。

店舗や現場が力を発揮しやすい環境を整えることに対して、常に謙虚で前向きでそしてリーダー湿布を発揮して行動しようとする姿勢。

こんな管理職に溢れていたら、その企業は輝きを失わないのではないだろうか。
そして、自分もそんな意識を持ってチーフや担当者と関わり合える姿勢を失わない店長でありたいと思っている。

スーパーにとっての現場は間違いなく店舗である。
そしてそこが唯一利益を生む場所でもある。

  店舗の人材がストレス無く力が発揮できる環境の確立。

この事が、企業の利益を最大限に伸ばし、企業が輝き続ける唯一の道であると思う。
その為に、管理職がどのように額に汗して働いているのか。

  もう一度、自らを問い質してみなければならないのではないか。








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2015年11月 6日 (金)

展開型

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


コーチング技術。

  過去に何回か取り上げてきた話題。

http://tetu-syoubai.cocolog-nifty.com/blog/2015/05/post-f127.html

店長として、部下とのコミュニケーションを上手く図りながら本人のやる気を引き出していくというコーチング技法。

コーチングの重要な技法に「問いかけ」がある。

  相手の意見やアイデアを引き出す技法である。

この問いかけにも二つの技法があるらし。

  限定型と展開型。

この、限定とか展開という表現は、文字通り問いかけられた側の回答が限定されてしまうような答えを求める問いなのか、その問いから本人の潜在意識にある考えや無い考えも含めて引き出そうというする手法かという違いである。

  出来れば本人の言葉から色々なアイデアを引き出させたい。

だから、コーチングの技法が高まってくると展開型の問いかけが巧妙になってくるらしい。

例えば、

  この業績は素晴らしいね。

これに対して、問われた方は、「はい、ありがとうございます。」
そう答えれば、そこでこのテーマの会話は終了してしまう。

もう少し突っ込んでみて、  

  この業績は何が原因か?。

この問いに対して、相手は、客数増が大きな要因です。
その回答までに、自分なりに色々な要素を検討しながら一番最適な回答を表現しようとする。徐々に展開型へ質問が移行しているのがわかる。
更には、

  この業績の為にどんな工夫をした?。

ここまでくると、業績をどんな数値として捉え、その数値に対してのアプローチを求められてくる。
回答に詰まることも出てくるだろう。
結果として、相手が回答するのに窮する場面もあるかもしれない。
そんな沈黙の時間をどうすべきか。

  助け舟を出してやる。

それは間違いであるらしい。
こんな場合には、その沈黙をこちらもじっと耐えることが大切なのだという。

  30秒の沈黙。

この程度は余裕で待つことが大切なのだそうだ(笑)。

  “相手がこのまま固まってしまったら”

大いにそんな不安に駆られてしまう。
が、しかし、それでもその沈黙をじっと耐えていると、相手はなんとか自分の頭の整理を終えて、とりあえず一つの自分なりの結論を表明してくるのだそうだ。

  ここまで待つことが大切らしい。

そして、自分なりにひねり出した回答に対して、相当の頭の回転をさせているのだから、そこから先はどんどんと潜在意識の中にある自分の考えが言葉として出てくるらしい。
更には、潜在意識には無い自分のアイデアまで飛び出してくることもあるという。

  それを引き出すのがコーチングの技法であるという。

時に、いろいろな会話の中から、今までに無い知恵の積み重ねの末に、お違いが思ってもみなかった意外な結論に導かれる時がある。

  それが展開型の素晴らしい利点である。

このような展開型のコミュニケーションが次から次へと繰り返して発展していったら、どんなにか会話が面白くなるだろうに(笑)。






 

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2015年11月 5日 (木)

神様

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


お客様は神様です。

  ご存知「三波春夫」さんの代名詞。

しかし、三波春夫さんのオフィシャルサイトには、この言葉の誤解を解く内容が下記のようにしっかりと記載されている。

「三波春夫といえば『お客様は神様です』というフレーズがすぐに思い浮かぶ方が少なくないようです。印象強くご記憶頂いていることを有り難く存じます。
ですが、このフレーズについては、三波本人の真意とは違う意味に捉えられたり使われたりしていることが多くございますので、ここにちょっとお伝えさせて頂きます

三波春夫にとっての「お客様」とは、聴衆・オーディエンスのことです。客席にいらっしゃるお客様とステージに立つ演者、という形の中から生まれたフレーズなのです。
三波が言う「お客様」は、商店や飲食店などのお客様のことではないのですし、また、営業先のクライアントのことでもありません。

しかし、このフレーズが真意と離れて使われる時には、例えば買い物客が「お金を払う客なんだからもっと丁寧にしなさいよ。お客様は神様で しょ?」と、いう風になるようです。そして、店員さんは「お客様は神様です、って言うからって、お客は何をしたって良いっていうんですか?」という具合。 俗に言う“クレーマー”には恰好の言いわけ、言い分になってしまっているようです。」

このような内容で記載されているのには、販売者とクレーマーとの関係を問い質した提案を発信したいとう願いからなのだろう。

それだけ、「お客様は神様」という言葉の意味とそれを逆手にとってのクレーマーの増加が大きな社会問題化しているということでもあろう。

私も店長という立場。
今まで色々なクレームを頂いてきた。

  商品クレーム。
  接客クレーム。
  設備クレーム。

等々。

そして、そのほとんどは大変参考になり、我々の至らなさをわざわざ声にして教えていただいた善意のクレームである。
だから、その真意をしっかりと受け止めれば、自店の更なる改善に大いに役立つものである。

  しかし、ごく稀に・・・、

悪質なクレームをいただく時もある。

  それは、当事者が悪意を持っていることが明白な場面。
  逆に、当事者がそれを意識していない場面。

どちらも、ある程度の経験を積まないと、その区別が難しいかもしれない。
しかし、何度もそのようなクレームを受けていると、その区別がつくようになる。

  悪意を意識したクレームの場合は開き直る。

出るとこ出ましょうか。
相手は、あわよくば金銭が得られればいいわけである。ダメもとで話しをしてくるわけであるから、Yes・No をはっきりすれば、話は意外に早いものだ。

  逆の場合は厄介だ(笑)。

自分は悪質と認識していない分、そこから入っていかなければならない。
それも、「お客様は神様」を誤認している場合。

企業として、やるべき事を正しくやっていれば、故意にクレームを引き起こすような事を事態を招いているわけではないから、特段犯罪を問われることはない。

  あとは企業としての倫理の問題である。

そこに現場の苦悩が発生するのだ。

  “なんとか現場で解決しておきたい”

その善意の意識が、クレーマーに対して弱身をさらけ出してしまうのである。

  そんな時、私が軸にする考え方。

それは、「人として」というスタンス。

  一社会人として、どうなのか?。

それは、小売とお客様という以前に、人として相手を見た場合にどう判断するか、ということだ。

  人として。

これは、どの企業や小売にもマニュアルや基準が無い。
だから、個人の倫理観に従うしか無い。
しかし、我々が直面する現場の現実とはこのようなものだ。

  それぞれに違った現実の連続。

だから、どのマニュアルにも当てはまらない場合が多い。
よって、その都度自分の倫理観に照らし合わせて判断し、対応していくしか無い。

  しかしそれが許されるのは店長のみ。

部下一人一人が、勝手に自分の倫理観で対応していくと、過ちの責任は本人が取るしか無い。

  だから私は部下には常に、「私を呼べ」と言っている。

万が一の過ちの責任を部下に負わせるわけにはいかない。

  以上、あくまでも私見でした。






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2015年11月 4日 (水)

ハロウィン商戦

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


ハロウィン商戦、ご苦労様でした。

  土曜日のハロウィン。
  翌日が日曜日のハロウィン。
  月末のハロウィン。

巷では大いに盛り上がったのだろうか。
テレビでは、渋谷や新宿での賑わいとそのエスカレートさを大々的に放映していたようだ。

  土曜日のハロウィン。

週末だけあって、外出しやすい環境が整ったのも一因だろう。
逆に、人が集まりすぎて思うように歩けないとか、あちこちでのいざこざ。更にはその後大量に放置されたゴミの問題とか、いろいろな話題を振りまいていたようだ。

  皆さんの店舗では如何でしたでしょうか。

事前に飾り付けを施して、当日を迎えた企業や店舗もあれば、一応企業の媒体は取り付けものの余り積極的に売場展開もしていない企業や店舗等、格差の大きい取り組みイベントとなりつつあるようだ。

  本来は収穫祭。

そのようなハロウィンの起源を語るつもりはない。
ハロウィンが現在のように世の中に認められ、日本流の盛り上がりを見せていく中、我々小売業もその流れに合わせて、乗っていくことも大切ではある。

ただし、今回のように行き過ぎた行為がこれからのハロウィンの流れを変えていくことにもなるだろう。

  仮装して集まる。

この部分に特化して進化してきた日本のハロウィン。
日本人の今の深層心理の表れのような盛り上がりではないだろうか。

  表面上の抑圧。
  内面での爆発。

それが、このようなイベントで自分が普段演出できない仮装という形で表現しストレスを発散する。

だから、仮装しても自分が浮いてしまわない場所に加速度的に集中する。
これが、人間の心理なのだろう。

  もしかすると日本人特有の心理なのかもしれない。

人と同じ自分でありたい。
だから、仮装したい自分が仮装してなりたい自分になるのには、同じ仮装した人間たちが多く集まる場所へと集まり、その違和感を払拭する。

だから、仮装していない場所には絶対に集まらない。

  他者と同じでありたいから。

これを営業面で捉えると、普段からハロウィンの飾り付けをし、仮装した従業員のいるスーパーには仮装したお客様が多く集まったのかもしれない。
しかし、普段からそのような雰囲気を出していなかったスーパーには普段通りのお客様しか集まらない。

  他店の状況がわからないがそのような状況ではないのだろうか。

そして、毎年のことであるが、この日は月末の棚卸し。
翌日の日曜日の商戦の準備も含めて、人出の要る日でもあった。

  積極的に取り組んだ店舗で取り組まない店舗。

この格差がはっきり出たのかもしれない。
当店は上記理由もあって、ハロウィンへの取り組みは合同展開等の売場作りに終始し、仮装というイベント性にまでは手を広げなかった。

その結果、当然といえば当然だが、ハロウィンとしての集客には乏しかった。

  ハロウィンでの集客を一つの武器にしていく。

そのような戦略を描いたなら、やはり事前に仮装したお客様が来店しやすい環境を整えておくべきなのであろう。






  

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2015年11月 3日 (火)

知恵の積み重ね

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


知識と知恵。

  以前にもこの違いを記したような気がする。

知識と知恵、一見すると同じように思われるだろう。

  しかしこの二つは全くの別物だ。

知恵とは、本人が使いこなせる知恵であり、成功へ導くことのできる知識である。

  だから、この違いは天と地ほどの差があると思っている。

人間は、まずはいろいろな方面からの情報を収集して、知識を蓄えなければならない。

  そこからして努力しないのは問題外である。

それは、学校という施設で学び自らの志願した学校でより積極的に専門分野を学ぶことで得てきた。

更に、就職してからも先輩の話やマニュアル等を読んで学んでいく。
また、部門会などでバイヤーやスーパーバイザーなどからも情報を得て知識として蓄えていくことも出来る。

  しかし、これらはすべて知識である。

知恵とは、今まで得てきた知識を駆使して行動してその知識が正しいかどうかを自分なりに実践してみて、その知識を体得することである。

  更にその知恵を駆使して、物事を成功へ導く事が我々の使命となる。

よって、いくら知識が豊富でもそれは知恵ではない。

知恵とは、自らの問題を自ら行動して自らの体験として得たものだけが知恵として自分の体内に蓄積されていくものだ。

  成功とは知恵の総和である。

知恵を蓄積していく過程で、失敗も多いに繰り返されるだろう。
しかし、知識から絶対に成功は生まれない。

  なぜなら、知識は行動を伴わないから。

行動を伴わなければ、その知識が成功を生むかどうかも本当は分からない。
行動を伴うと失敗も生まれる。
しかし、その失敗が成功との距離を生み、その距離感の把握が新たな知恵として蓄えられる。

行動を伴って得られた知恵には、成功までの距離が自分の体内に植えつけられるのである。

  だからそれは次への成功のステップとなるのだ。

その距離感の把握こそが知恵である。
だから、知恵の総和がいずれ物事を成功へ導くものとなる。

  あとどれぐらいの努力で成功するのか。
  この他に何がどれぐらい足りないのか。
  どの部分をどう修正できれば成功か。

その距離感を体得することは、成功へのステップである。
それはすべて、知恵から生まれる自分の仕事の技術である。

  そんな有効な知恵をこれからも蓄積してきたいものだ。






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2015年11月 2日 (月)

幻のりんご

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


りんごが最盛期を迎えようとしている。

  しかし最大の主力品は「サンふじ」りんご。

このサンふじが登場するにはもう少し時間がかかりそうだ。
なぜ主力かというと、味、品質、価格、そして農家さんでも栽培しやすいというメリットの高い品種であるからだろう。

  りんごの王様。

それが、サンふじりんごの称号である。
しかし、サンふじだけがりんごではない。
サンふじに迫り、超える品種も存在するのである(あくまでも主観)。

まずは、北斗。

  この蜜はサンふじを超えると思っている。

北斗が登場してから早30年以上が経過しているという。
しかし、私がこの味を知ったのは昨年。

  青果トレーナーから紹介されたのが初めて。

「店長、北斗の美味しさはふじを超えますよ。」
その言葉がきっかけて、単品量販してみた。
いや、単品量販する前に、味をチェックした。

  まさに「サンふじ」を超える蜜の入り。

これほど蜜の入ったりんごは初めて見た。
そして単品の量販。

  しかし、この北斗りんご。

栽培者の方からすれば、非常に厄介な品種らしい。

  「尻割れ」「ツル割れ」「芯カビ」。

これらの症状が発生する確率が非常に高いらしい。
一説では、栽培量の約半数は上記症状が発生して、出荷できないらしい。

  採算の合わない品種。

これも含めて「幻のりんご」と言われているようだ。
そして、今年出会ったもう一つの品種。

  「ぐんま名月」。

青系のりんごである。

  しかし、蜜入り。

青系で蜜入り?。
そう、蜜が入っているものが多い。
交配は、群馬名産の「あかぎ」と「ふじ」の交配だという。
だから、蜜入りなのだろう。

  青系のさっぱり感と蜜の甘味の調和。

それが、このりんごの特徴だろうか。
だから、くどくなく、本当に食べやすくて美味しい。

  しかしこちらも「幻の黄色いりんご」。

そう呼ばれているらしい。
それは、我々が抱くりんごのイメージを覆そうとする意図もあるのかと思われる。

  りんごは赤いもの。

そして、実際に赤いりんごの売れ数は、青系のりんごを圧倒する。

  りんごは赤くなければ蜜がなく、甘くもない。

そういったイメージが完全に定着しているからだろう。
私も従来はそう思っていた。

  王林はサンふじの口直し。

そんなイメージである。
香りの良い王林は主として食べると言うよりも、サンふじが飽きた時に香りを楽しむ目的で食べると言う上品は食べ方のりんごと思っている。

  しかし、ぐんま名月は違った(笑)。

赤系りんごのように(それ以上に)蜜が入っているから、甘味が強い。
青系りんごの特徴であるさっぱり感と、蜜入り赤系りんごの濃厚な甘味を併せ持つ味である。

  これは異次元の美味しさである。

ただし、上記の通り数がなかなかさばけないから、生産数量も少ない。

  だから割高。

それでも、その味をお勧めしたい担当者は売り込むだろう。
さらに、今年は楽しみな品種が入荷するという。

  小蜜。

ネットで「幻のりんご」とググると、小蜜に出会う。
そしてこの小蜜、11月には当社に入荷して販売するという。
今から楽しみなりんごの販売である。





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2015年11月 1日 (日)

恋愛しない若者たち

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


今日は日曜日。

  芸能ネタの日(笑)。

しかし、連続でテレビ番組の記事を載せたため、ネタ不足に陥ってしまった(笑)。
よって、先日の報道番組を記してみたい。

先日、NHKの報道番組で若者の恋愛事情に関して報道していた。

  題して「恋愛しない若者たち」

恋愛したがらない若い男女が増えているという。

  その最大の理由とは?。

「恋愛が面倒だから」。

  なんと、40%近くの男女が「恋人が欲しくない」。

できれば欲しいのだが、相手と恋愛していく過程を考えると、いろいろと相手のことを考えたりそのことで悩んだり、自分や相手を傷つけたりということを考えると、そこまでして恋人を作りたいとは思わないと言う志向。

  確かに恋愛中は悩みの多い時間が増える。

しかしそれと引き換えに、超ノリノリの時間を過ごすこともできる。

恋愛とは、人間として心も体も非常に濃密な時間を得られることは間違いないことだろう。

  その濃密さが裏を返せばいろいろなリスク感として高まるのだろう

そして、そのリスクは二人だけの問題として誰に頼ることもなく二人で解決していくしかない二人だけの問題である。

  今までの遭遇したこともない未知の問題。

それを二人で解決していく共同作業。
この事を通して恋愛は進化し、信頼し合える人間として相手を認め、共に人生を歩んでいこうとするパートナーになっていくのだろう。

  恋人や結婚相手は決して肉親ではない。

だから血の繋がりという無条件の愛ではない。
しかし、そこには一番信頼し合える唯一無二の信頼関係だけが結びつきの拠り所である。

その結びつきを拠り所として、お互いがお互いを成長させられる人間として、相手に不足する部分を補える相手であることが必要になっていくのではないだろうか。

そのことによって、結婚後もお互いを高めあっていくことができる。

  男は女房に育てられ人間として成長していく。

それは、また逆の関係でもあろう。

現代は、恋愛をコストパフォーマンスで測ろうとする風潮があるらしい(笑)。

  投資対収益から考えても恋愛はコスパが低い。

常に結果を求められる現代の風潮かもしれない。

しかし、人間対人間の関係にコストパフォーマンスが入り込む余地は無いを私は思っている。

  そこには心が存在するから。

コスパは見える世界であるが、心は決してコスパでは計れない闇の世界にある。
この闇の世界を握ろうとするから恋愛を通して人間の真実が理解できるようになり、結果として闇の世界を握れる存在になっていくのでは無いか。

  それはいずれ、お客様心理の把握にも結びついていく。
  更には従業員の心理の把握にも結びついていくだろう。

我々は何れにしても、恋愛という人間関係の経験を通しながら成長していく本質を体内に潜ませているのだろうと思う。


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