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2012年9月

2012年9月30日 (日)

天狗茄子

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


先日、ある方から「天狗茄子」を頂いた。

 愛知県の名産?らしい。

自店の単品量販の折に、私にも送って頂いた。
私は、天狗茄子自体、聞いた事も見た事も無かった。

 “せいぜい、茄子の大きいものか?”

その程度で想像していたが、いざ送られてきた天狗茄子を見て、「ビックリ」。

 “なんだこの大きさは、この形は!”

自分が想像していた大きさとは比較出来ないほどのジャンボぶり。
天狗茄子の由来は、その天狗のような威勢の良い大きさから来るものではなく、天狗の鼻状の奇形が発生しやすいところから来るのだという。

そして、私が頂いた天狗茄子にも、このような茄子が入っていたのである。
なんとも愉快で楽しい天狗茄子だが、その味もなかなかのもの。

そのブログの説明では「焼きナス」が一押しらしい。
特に「肉味噌焼き」や、「生姜醤油焼き」が美味しいとのこと。

半分に割いて、肉味噌焼きで食してみたが、そのとろける様な味わいは茄子の美味しさを超え、イチジクのような肉感さえ覚えてしまうほどの美味しさである。

1本400gの大きさである。
その大きさが想像出来るでしょう。
焼いた時のイメージは、まるで和牛の肩ロース状態。
思わず、ナイフとフォークで食べてしまったほどである。

そして、その食べ応えも半端ではなかった。
これで、売価は1個約500円。

これを高いと思うか安いと思うか。
そして、1個398円だったらいくつ売れるかと思うか、いくつ売ってやろうと思うか。

そんな想像をしながら、美味しく頂きました。

ps
我が家に送られてきた、「天狗茄子」
まさに、天狗?。

Img_1085

そして、焼いて生姜醤油で味付け
Img_1084

本当に、ナイフとフォークで食べれる。




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2012年9月29日 (土)

MRを活用する

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。

先日、ある新規スーパーをMRした。


 店長会でトップから案内があった店舗である。


競合出店にあたり、迎え撃つ店舗として理想的な売場造りと価格対応をしているらしい。


 「ここぞという時の競合対策は流石だ。」


そんなトップのコメントを頂いていた。


 “新店メンバー全員でMRするか”


同業のスーパーマーケットをMRする。それには、2つの大きな目的が存在する。


 一つは、MRによる自己鍛錬。
 二つは、自社トップとの目合わせ。


当然、個人がMRする訳だから、その店舗から学ぶ部分があれば、それは自分への投資になる。
MRを重ねるごとに、その店舗の自社や自店との差別化された部分が見えてきて、相手の良さを取り入れる事で自己鍛錬が発生し、その積み重ねで自分の器や技術が磨かれていく。


更に、そのMRがトップからの指示や案内であれば、mrによってトップとの価値観の共有が出来ることになる。


 “トップが言う「良い売場」の共有”


これほど有効な教育は無い。
トップが考える「良い売場」をビジュアルに共有する事が出来るのである。


私は、この事で企業DNAを植え付ける最大のチャンスだと思う。
良い売場、悪い売場がビジュアルに分かり易く同じ映像で見る事が出来るからだ。


 これほど簡単で分かり易いMRの解説は無い。


それは自社でもいいし他社でも良い。
より多くの従業員が同じ店舗を見て、良さを学び自社や自店に取り入れる。
それによって、より多くの従業員が同じ価値観を持つ事が出来る。


 この事が、最大の教育となるのである。


難しい言葉は必要ない。
ただ、全員が同じ売場を見て学び感動すれば良いのである。


トップが見ろと言った売場。
企業の価値観をブレずに拡大していく過程の中で、同じ売場を見て感動する。
その事を、有効に活用したいものである。

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2012年9月28日 (金)

戦友との会話

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


先日、久しぶりに「戦友」と会った。


 かって競合した店舗の店長。


近隣地域に新規開店した競合店の店長だった。
お互いに、受けて立つ立場と新規出店する立場。


企業対企業として見れば、犬猿の仲の立場。
しかし、人間対人間としてみれば、同じ立場の現場監督者。
同様の立場で、同じ課題、同じ悩み、同じ目標を持つ仲間である。


彼とは、その時以来の付き合いである。
そして今、私と彼は、同じ新規開店の店長として開店準備を進める。


先日、ある研修店舗に行ったら、そこの担当者に言われた。


 「店長、以前の店舗の競合店長が来てましたよ。」


私と共にかっての店で仕事をしたことのあるチーフから声がかかった。
どうやら、この研修店舗に近い場所に開店する理由から、この店舗をMRしに来たらしい。
それもついさきほどまで。


 私は、即、彼に電話した。


直に携帯に出た彼は、私に言った。


 「てっちゃん、すぐ戻りますよ。待っててください。」


という事で、間もなく現れた彼と、30分ほど話をしたろうか。
彼は当時から新店を任されるほど、この企業の中でも新店担当として信頼されている。


直接の戦いの中で、やったらやり返される場面も多々あったが、そんな連続の中でお互いの店舗運営理論や具体的展開法等もよく知る仲になり、お互いに憎めない関係となっていったのである。
そんな中で、彼は私より早く新店からまた次の新店へ異動していった。


 「どうだい、人は集まっているの?。」

 「はい、ほぼ完了ですが、当初は厳しかったですね。」


町中の店舗ほど、今は人材の募集に苦戦しているようだ。
新店を担当する店長の当面の課題は、「人」。


 特に、集まりにくい部門にどれほどの人材を投入出来るか。


ここの課題を早急にクリアしなければ、どんどん研修期間が経過し、結局は何も習得しないままに時間だけが経過して新店開店となってしまう。


そうならない為にも、不人気部門の人材採用が、店長の最大の仕事だと言える。
そんな話題や、競合の話題、更には自社他社話題など話は尽きなかった。


そんなちょっとした時間を過ごして別れた。


 「彼もちょっと老けたかな(笑)。」


そんな余裕の中に、心地よい時間を過ごす事が出来た。
競合の店長ほど、意外に気持ちよく言いたい放題になれるものだ。

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2012年9月27日 (木)

方向転換

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


現場から離れるという事は、世の中の動きから取り残されるということでもある。


 周囲の店長仲間との話題についていけない。


特に、私のように「販売」をメインに店舗運営を考えている店長にとっては、尚更だ。
更に、店舗研修が多店にわたり各チーフが集合する機会が少なければ、部門会議での内容のチェックを全社員が共有する機会もままならぬ。


 “えっ、今現場ではこんな話題が!”


そんな感嘆を投げてしまうことしばしばである。
レジ周辺、サービスカウンター周辺の決めごとの変更や個店の問題の共有化。
更に商品部の商品情報やタイムリーな単品情報等が全く入ってこない状況も現場感度を弱める要因かもしれない。


そして、店長会議ともなれば、それらの現場での実態を集めて会議をして問題解決をはかる場でもあるから、それらをぶつける事実の背景が必要になる。


私は、ここ数ヶ月は現場のバックボーン無しに店長会に出席しているため、店長間での課題の共有と解決に関しても、ただ指をくわえて聞いているだけである。


先日の店長会で仲間から言われた事がある。


 “てっちゃんは最近、路線を変えたの?”


「路線」?。
従来の路線から変わったように映るらしい。


 現場の課題を強烈にアピールし食って掛かる「路線」(笑)。


俺って、そんな路線だったのか?。
なんか自意識とは逆の投げかけに、言葉を失ってしまったが、かろうじて返した。


 「いやぁ〜、今の私は世の中の動きが分からないもんでぇ〜。」


現場での、「ヒト」「商品」「お客様」の関係が見えてこない。
まして、意識的に遠ざけてきた「管理面」「ルール面」「レジ周辺」の話題になると尚更だ。


 現場の現状の話題に対しての参加が出来ない。


店長会でのこのような状態は、非常に居心地が悪い。


 “現場での現実に対して思い切り吐き出したい”


そんなストレスが溜まる一方なのである。
このままでは、ますます路線変更せざるを得ない(笑)。


 本来の自分を、取り戻す。


そんな意識を忘れたくないものだ。

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2012年9月26日 (水)

人事考課

皆さん、こんにちは
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。

年2回の人事考課の時期である。


 上半期の個人の評価。


しかし、部下と携わっている期間は7月から。
よって、私が部下を見ている期間は3ヶ月弱。


更に、店舗運営を共にしている期間は無い。
新店開店の為に、パートさん達の研修に明け暮れている。


人事考課の内容は、在庫管理とか売場作りとかデータ活用等。
そのほとんどは、店舗内での店舗運営上の部下の評価である。


 “評価できないな”


人事考課の項目に関して、現実にその状況に身を置いていない現状、これらの評価は出来ない。


 “想像の世界で評価するか”


今回の評価は、想像の部分が多い。
しかし、教育面の評価は十分に出来る。


 “むしろ、そこしか評価できない”


それでも、評価しなければならない。


評価は、1から4まである。
私と一度も仕事を共にしていない部下が多い今回の人事考課。
そのほとんどは、2か3の自己評価がほとんど。
1から4までの評価がありながら、2か3の自己評価が続く。


 これでは、何も伝わってこない。


4があるから、自己アピールが強烈に出来るし、1があるから自己反省が容易に出来る。


 自分を数値上からも最大限に表現する、意思と行為。


そして、私は私の流儀で再評価する。


 1から4まで目一杯使っての評価。


よく出来ている部分は、4。
今後頑張ってほしい部分は、1。


特に、共に店舗運営をいまだしていない関係から、1も想像上の評価が多い。
それでも、敢えて1と評価した部分がある。


 それは、新店開店後に、しっかり行動してほしい部分だ。


彼の現在の評価が1ではない。
新店を開店した後に、是非ともこの部分だけはしっかり力を入れて実現してほしい部分に、敢えて1を書き込んだ。


 なぜか?。


伝わり易いから。
現実に、私が1と評価して、彼の評価が1ではない。


 この人事考課で面接時に、部下に何を伝えるか。


その時のインパクトが強い分、伝わり易く、実現しやすいからだ。
以前のブログでも記したが、受け取り方のインパクトの強さが、後々の印象に残るもの。


 だったら、インパクトの強いメッセージを。


それが、人事考課面接での、私の流儀。
それは、自分の自己評価でも同様。


出来ていると思っている部分は4。
頑張らねばと思っている部分は1。


そのよな自己評価で、4はますます強くなっていく。
問題は、1をどうやって克服するか。
しかし、意外に、4が強くなっていくと、下も引きずられるように引き上がっていくもの。


そんな会話をしながら、部下との面接を実施した。

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2012年9月25日 (火)

代替えが利かない歯車

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


先日、部下と会話していた時。

 「歯車にはなりたくないです。」

部下は言った。

 歯車。

会社の一コマとして、人間としてではなく単なる機械同様に無機質に考えられ扱われる存在。

 そんなイメージであろうか。

「我々の仕事で、販売をどう差別化できるのか?。隣の競合店と比較してどんな差別化を図るか?。商品的にはほとんど同じ物を売っているのが現状だ。特にグロサリー部門はメーカー製造の全く同じものを同じように売っているだけだろう。他の業界はモノを開発し、差別化された商品を営業マンが売り込むから差別化も容易だが、我々は同じ商品で競争する業界だ。だから現場の我々が自ら差別化を図って営業しなければ結果は何一つ変わらなくなってしまう。まして中小スーパーなら規模や設備で負けてしまう。」

 特に我々中小が生き残るには、商品を取り扱う「人」。

ここで、人の存在が歯車になるか主役になるか。

 しかし、組織人として「歯車」はひとつの役割。

一人前の歯車にもなれなければ、その後も無い。
まずは、歯車として十分に役割を果たせるか。

 そして、歯車として組織に貢献できるか。

はじめから、組織の中で歯車を否定したら、後は無い。
組織を飛び出して、自ら独り立ちしていかなければならないし、その覚悟を持たねば単なる自惚れだけの世界に生きるしかない。

 但し、同じ歯車でも代替えの利かない歯車にはなれる。

目指すは、代替えの利かない歯車になることだ。

 “この仕事は、あいつでなければ駄目だ”

そんなスペシャリティーさを身につけるか。
狭い範囲で、だれにも負けない「強み」を身に付けられるか。

組織人として、チェーンストアの従業員として、どんなに店舗が拡大してもスタンダードを守らなくてはならない仕事は多い。

その店舗においても同じ作業から同じ売り場を作り、同じ結果を出すことが、生産性が高まり店舗拡大によりそのメリットをますます享受することができる。

だから、標準化という命題に対して「歯車」としての役割を演じることは、企業拡大の為には譲れない「軸」として必須条件である。

 但し、代替えの利かない「歯車」になることは出来る。

代替えが利かないとは、ここぞという場面で絶対に信頼できる歯車である。

 企業としての生命線で期待される「歯車」になる。

絶対に信頼される「歯車」。

 約束を守る。
 言ったことを守る。
 言わなくてもわかってくれる。

同じ歯車と言えども、そこまで信頼のある歯車になれ。
まずは、若者はそこを目指さなければならない。




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2012年9月24日 (月)

秋刀魚が食いてぇ〜!

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


いよいよ、本格的な「秋」の到来である。

 残暑厳しい時期には、感じなかった食感。

“秋刀魚が食いてぇ~”という、いかにも日本人らしい食欲に耐えられなかった。

 休日の夕方。

急にそんな食欲が湧いてきて、丸々と太った「秋刀魚」がどうしても頭から抜けなくなってしまった。

そう言えば、今年は自宅ではまだ「秋刀魚」を食べていなかった。
定食屋で食べた秋刀魚がやけに美味かった記憶が、今日の秋空と涼しい夜風がその記憶を明確に甦らせた。

 “よし、秋刀魚を買いにいこう”

そう思い立って、近所のスーパーに買物に出た。

 “いまどき、秋刀魚など豊富に店に出ているだろう!”

そう思い込んで一番近いスーパーに買い出しに出かけたのだが、夜6時で1箱程度のバラ売り。

 それも、中には5~6匹程度しか無かった。

顔もバレバレの為、いちいち店員を呼んで持ってこさせるのも何だし、別のスーパーに走ったのである。

高級感のあるそのスーパーではなんとバラ売りの品揃えが無かった。

 “えぇ~!、バラ売りして無いのぉ~”

いくら量販期が過ぎたとは言え、箱ごとバラ売りをしていないお店があったのかと愕然とした。

 “こうやってお客様は内心怒り心頭になるのか”

こんなところでお客様の心理を理解する。
そして隣の、ディスカウントタイプのお店に行く。

 “ダメ元だ、とにかくここで買おう”

そう決めて入ったその店舗で、ようやく98円の秋刀魚を手に入れた。

 “23尾サイズの丸々太った秋刀魚が良かったが”

たかが秋刀魚。
しかし、この最盛期でも秋刀魚の品揃えは店舗でバラバラ。
しかも、2品政策で品揃えしている店舗は無い。

 “これが、実態なんだ”

せめて、どこか1店舗ぐらいは大型の秋刀魚も2品政策でおいていてくれるだろうと思ったが、甘かった。



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2012年9月23日 (日)

浦島太郎

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


今の私は、さながら浦島太郎である。

 今現場で何が起きているのか、まったく分からない。

店舗が無い、情報が無い、お客様がいない。

今の私は、研修に明け暮れ、ある時は研修店舗のチーフのいる場所へ移動して事務処理のメッセンジャーであり、ある時は本部要請の店舗援助へのコントローラーである。

現場の動向、特に商品面での動きなど全くと言っていい程無知になり、また関心を持とうとも思えなくなっている。

だから、本部からどんな商品情報が流れているのかも分からず、更にはどんなマネジメント情報が流れているのかさえも伝わってこないのである。

 それは、自分から近づいていない事も要因ではあろう。

研修店舗に出向いて、初めて店舗の掲示板に貼りつけられた情報を見て、今現場で起きている事が感覚的に肌で感じる事ができるのだ。

 何が問題になっているのか、何が課題なのか。

しかし、その事に対して行動するとか、努力するとかの行動に出る事は無い。

 それは、それを実行する「場」が無いからだ。

ある意味気楽ではあるが、現場での思考能力が退化していくのを実感するのは寂しいものだ。

 現場での思考能力。

これは、現場に身を置かなければ絶対に身につかない。
それも、商品とお客様と競合に囲まれたトライアングルの中に身を置かないとそのバランス感覚の中で、どう手を打つかが大切なのであり、そのバランスと力の入れ具合はその瞬間瞬間にその場にいない限り絶対に分からない。

 この感度が、相当鈍っている事は間違いない。

だからと言って、早く開店して店舗運営に入りたいかと言えば、ノーだ。

 まだ、そのレベルには到底達していない。

店舗運営して、競合に競り勝ちながらお客様の支持を得ていく為の運営力。
その運営力だけ捉えれば、まだまだ未知数が多い。

先日の、開店シミュレーションでもそのことは明らかである。
特に、「商品化技術」を要する部門は、まだまだである。

相当力をいれて、採用時期を早め、研修期間を出来る限り長く取れるように採用努力をしてきたが、それでもまだまだ競えるレベルの商品化技術には至っていない。

 この部分で、相当焦っているのも事実。

既存店のパートさん達が、何故に販売技術を習得出来るかと言えば、それは常に現場で鍛えているからなのだ。

だから、開店間際の店舗に売場の状態がボロボロなのは、パートさん達の運営能力にかなりの差が生じているからだ。

それは現場で「商品」と「お客様」と「競合」に囲まれた中での実践教育が人を大いに育てる原動力になっているからなのである。

そういう意味では、小さく産んで徐々に成長しながら如何に大きな存在になれるかが問われると言う意味では、早く開店しなければならないのだが、それでもまだその時期ではない。

 今だ、最低限の店舗運営能力には至っていない。

あと2回の開店シミュレーションを、課題をクリアしながら積上げ、自分達の力でお客j様の前に立つという自覚が出来るまでは、その時期ではない。

 全従業員が、その自覚を持つ事。

それが、今の私の最大の使命なのかも知れない。



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2012年9月22日 (土)

空腹という健康維持

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。

親父の十三回忌の翌日。


 私には珍しく、体調不良に陥った。


その翌朝に、猛烈な腹痛を覚えた。


 “この痛みは何だ!”


それほど、キリキリと腸を刺激する痛みだ。


 “昨日、何か悪いものでも食べたか?”
 “食べ物の食い合わせでも悪かったか?”
 “それとも、親父のたたりか?”


何でも、他人のせいにしたがるほど、この痛みは痛烈だった。


 “そう言えば昨夜、お好み焼きを食い過ぎたな”


「これ以上、食えねぇ〜」というほど食ってしまった。


女房と今晩の晩飯の話をしていたとき、久しぶりに「お好み焼き」に決まった段階で、“たらふく食ってやろう”とお互いに決め込んでいた為、人数分以上の材料を購入し作った。


しかし、子供達が外食で済ますことが分かり、夫婦2人で大量のお好み焼きを食べざるを得ない状況に陥り、仕方なく満腹の上にも満腹状態になるまで食べてしまった。


更に当日の夜は、夜風が冷たく、開けっ放しの窓から吹き込む風がやたら体を冷やした。


 そうしたら、案の定、この腹痛だ。


以前のブログで、記した内容である。
http://tetu-syoubai.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/post-5387.html


 人間の歴史は、「空腹」の歴史。


だから、空腹時には体が自然胃軌道修正する機能を持つが、満腹時は逆にその軌道修正機能が働かない。


 腹八分目。


昔から言い伝えられた言葉であるが、それは常に空腹状態にあり続ける事で健康を維持する体の機能をうまく言い伝えているのだ。


おそらく今回も、満腹により食い合わせ等や体の冷え等の以上事態発生したにも関わらず、満腹が故に体の機能が正常に働かず、以上な冷えに見舞われてしまったのだろうと推測する。


 決して、親父のたたりなんかではない(笑)。


特に現代は、「飽食」の時代。
経済が厳しいとは言っても、食料品の価格ダウンによって飢餓状態に陥る事は稀である。


 逆に、満腹状態にある事の方が多い。


体調不良時ほど、「何か食べて栄養をつけないと」と思いがちだが、逆にこんな時ほど空腹状態を維持して、自分の体の自然回復力を信じて静養する事の方が、回復力も早まるものなのだ。


別に私は、医師でもなければ薬剤師でもなく、更には栄養士でも無い。
しかし、成長期をとうに過ぎ、これからの年代をどう過ごすかは関心が高い。


 “如何に健康に、人生の後半を生きるか”


仕事の楽しさと同時に、無理無く生きるというテーマも知らねばならない。


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2012年9月21日 (金)

渋滞ナビ

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。

昨日は、「十三回忌」を記した。


 親父とお袋の法要の為の帰郷。


3連休の最終日の月曜日。
行きは楽勝で、3時間を見込んでいたが、実質2時間で到着した。


思えば、2年前の母の初盆の8月13日の帰郷の時は散々だった。
白河を超えたあたりから渋滞に巻き込まれ、郡山まで約2時間。
敢えなく、本宮から下に降りて帰った記憶が蘇った。


8月13日に高速道路を走る記憶が無かった為、故郷までの道のりでどこから渋滞にハマるのかが全然見えなかった。


更にがっかりしたのは、本宮で下に降りたのだが、意外に下はスイスイだったこと。


 “なんでこうなるの!”


あれから3年。
我々は、iphoneを手に入れた。


女房が私に言った。

 
 「矢板が混んでるわよ。」


私が返した。


 「おかしいな、俺のドラ・ぷらには反応ないぞ。」


結局、そのまま上を通ってクルマを走らせたが、矢板でも多少クルマは多かったが、停車するまでには至らず予定以上の早さで到着した。


 “意外に「渋滞ナビ」も当てにならないな(笑)”とほくそ笑んだ。


そして、早めに着いた私たちは、住職の好意で早めに法要を終え、墓掃除おt墓参りを済ませ帰路についた。


 「このままいけば、渋滞に巻き込まれないな。」


  「そう行けばいいけわよね。」


しかし、前回の御盆同様、このような3連休に高速に乗った経験の無い私は大丈夫だろうとタカをくくっていたが、女房は過去に何度か経験していた渋滞の記憶が蘇り、渋滞ナビを凝視していた。


そして、須賀川を超えたあたりだろうか、女房が叫んだ。


 「矢板〜上河内間が渋滞よ!。」


時計を見れば、まだ13時ではないか。


 私の予測(ドラ・ぷらの予測)では、14時からのハズ。


それも、西那須野からの渋滞予測だった。


 “はやり予測と実態はズレるのか”


その渋滞ナビを見てから、女房が言った。


 「白河で降りようか?。」


  「まだ、待て。降りたらアウトだ。」


私はすぐに、同じ渋滞ナビで検索した。


 “あれっ、矢板からの渋滞が消えている!”


そして、そのまま乗り続け、西那須野付近でまた矢板からの渋滞情報が入った。


 「どうしよう?。」


運転を交代していた女房が言った。私は言った


 「どっちが結果的に早いかだ。」


下の一般道に降りたら、直線でなくなり信号待ちも発生する。
乗り続けていれば、渋滞にハマるが信号待ち等は無く、結果的に早く到着することがほとんどだ。


 「乗り続けよう。」


そして、そのまま継続して乗り続けたが、矢板でのろのろ運転にハマったその直後に渋滞ナビを見たら、今まで通過してきた西那須野付近も渋滞の赤マークが着き始めた。


 “間一髪でくぐり抜けたか”


幸いに、矢板〜上河内間もそれほどの渋滞も無く通り過ぎることが出来た。


 渋滞ナビ。


本当に、リアルに反応するアプリだ。
かっては、高額のクルマのナビに添付されていた渋滞情報が、今ではスマホの無料アプリで提供されている。


 どんどん進化している情報機器。


スマホが無ければ生きていけない時代はもう目の前に来ている。


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2012年9月20日 (木)

十三回忌

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。

早いもので、親父が亡くなって13回忌。
更に、おふくろがなくなって3回忌。


 先日、その供養の為に故郷に帰った。


刻々と変わっていく故郷の姿。
当時とは雲泥の差で変化している故郷である。
更に、おふくろの3回忌から比べても、どんどんその景色は変わり続け、当時の家々は整理され大きな道路と車が行き交う地域となってしまった。


両親が他界するという事は、何にも頼らずに生きていかなければならないという事であるが、その諸々の事情の変化によって、人間は必然的に強くなっていくものだ。


 特に、心の強さの秘密がここに隠されていると感じる。


40歳前後で親父を無くしたときは、どうなることかと思った。


 今後の事。
 家業の事。
 遺産の事。
 母親の事。
 

すべては、親父がやってくれるものとばかり思っていたからだ。
しかし、親が亡くなるということは、本当に突然にやってくるものだ。
そして、その瞬間から、家のすべての事が自分の肩に降り掛かってくる。


それは、親父が生前の時は絶対に想像などしていなかったのだが、現実に目の前に現れてからの環境は劇的に変わってしまうものだ。


 “ほかの誰でもない、家の長としての自覚”


その自覚は、家長という立場にならなければ自覚出来ない。


 その事を、死をもって教えてくれた親父である。


思えば、その時を境として、私の人生観が変わったと言って良い。
控えめ(?)で、何事も自分から行動を起こすタイプでは無かった自分が、誰にも頼らず前を歩く人生観を持つようになったのはこの時からだ。


 “本当かよ?、嘘ついてねぇ〜か?”


そう思っていらっしゃる輩(やから)も多いとは思いますが、これは事実です(笑)ので、認識を変えてください(笑)。


おふくろが亡くなった時は、もう完全に「自分一人」を実感した。
そして、肉親となる自分の家族との絆が、更に強まったのもこの時かも知れない。


無くして初めてその存在を知ることになる「両親」の存在。


 なぜ、親の生前に、その事に気がつかないのか。


それが、親子の関係なのかもしれない。


しかし、もっと早くその事に気づいていたなら。
自分の人生は、もっと変わっていたかもしれない。
いや、間違いなく、変わっていただろう。


十三回忌と三回忌。


 いずれも、生前がつい昨日のことのようだ。


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2012年9月19日 (水)

不幸な出来事

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。

隣国で起きているデモ。

 
 もはや、デモの域を超えて暴動。


私が気にしているのは、地域のお客様の食を支える「スーパー」や「コンビニ」そして「GMS」といった施設が崩壊しまっている事。


大義は、「対日領土問題」だが、それが国内の施設を破壊させ、略奪し、工場を炎上させてしまっている。


それは、いかなる理由があろうとも絶対に許される事ではない。


 人道上の問題だ。


どんな怒りが存在するのか、我々には理解できない。
暴動略奪に走った暴徒は、地方の住民だとは報道されているが、それでも絶対に許される行為でない筈だ。

更に、この国の政府は、このデモと暴動を隣国の領土政策の責任と言い放ち、今後同様の暴動・略奪が発生しようともその責任は、この国の国家にも国民にも無くひたすら隣国の領土政策にあるとする声明。


 もはや、この国は国家として体を成していない。


国家とは法の下に規律され、それによって倫理上も人間として正しい生き方を押し進めていくものではないのか。


そんな国家の基盤を揺るがす事態に陥っているにも関わらず、暴動略奪を放置している政府。
私は、この事態とその中で地域の住民の方達に奉仕してきた企業をこのような形で破壊するその国家国民が理解出来ない。


国内で商売する我々が目指す仕事観や人生観とはまた別の世界観を持って隣国で暮らしていかなければならないその違い。


私は、そのような世界観や宇宙観がこの地球を覆っているのだと信じていたが、隣国のこの事態はその世界観覆す出来事でもある。


映像では、「イオン」「ヨーカドー」「平和堂」等の企業が崩壊されている姿が映し出されていたが、その中で、「イオン」の総責任者の方がインタビューに答えて、こう言っていた。


「我々は、必ず回復させます。何週間かかろうとも必ず回復させて地域の方達に貢献していく。」


 “ここまでされて尚、そう言い切るのか?”


この言葉を聞いて、目頭が熱くなってきた。


 “震災以来、日本人は強くなった”


改めて、そう思える。


そしてこの国の3000年の歴史の中で、数多くの文人や学者が倫理上の言葉を残しているが、この国の誰がその思想を受け継ぎ伝えていこうとしているのか?。


領土問題自体は、過去からの歴史もあるだろう。
私が、どう意見を言うつもりも無い。


しかしこの暴動と略奪は、また別次元の国家の在り方の問題だ。
これだけは、許されるべき行為では無いだろう。

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2012年9月18日 (火)

運を活かす

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。

同僚店長がいる。


 今年は、「運」が無いと嘆く。


店舗内で「運」の無い事が続く。


 洪水、クレーム、査察、人事。


どれを取っても、店舗の店長としてあり得る事ではあるが、同時に降り掛かってくる事は稀だ。

それが、同時に降り掛かり、てんやわんやの大騒ぎとなった。


 「今年は、大殺界だから仕様がないんです!。」


そう言って、自分を慰めてはいた。


 「不幸はそれを克服できる人間に降り掛かるんです。」


そんな強がりも言っていた。
しかし、それはその通り。


まずは、そう思って心の負担を軽くすべきだ。
更に、それを乗り切った暁には、必ず自分が成長し実力をつけるチャンスなんだと捉える事だ。


過去の事例を取っても、自分がこれまで成長出来た実感は、壁を乗り越えた経験でしかない。
そこで得た事は、後々に自分を強くし、それ以上の逆境にたっても尚自分が冷静でいられる原動力となっている。


 よく、運も実力のうち、と言われる。


それは、幸運を呼び込むのは単なる運の良さではなく、実力があるから運が巡ってくるという趣旨だが、その実力をどうつけるかという事の方が大切だ。


そして、その実力とは、逆境の時に一番鍛えられるのである。
これは、間違いの無い真実であり、この逆境を「運」と置き換える事も出来る。


逆境にもいろいろあるだろう。とんでもない逆境に立っている人も居るだろう。
軽々しく逆境などと言えない立場なのは重々承知だが、それでも明るい未来を信じてその逆境を突破するしか無いのである。


逆境に立てば必ず、それを克服する努力を継続するようになる。
その努力は他人がしていない努力であり、その努力は他人に抜きん出て自らの実力となり自己成長へ繋がる。


強制的な努力ではあるが、それでもそれによって、知らず知らずに自分の幅が広がるという機会を得る。


 これを「運」と言うのではないか。


大雨で洪水被害を被る。
接客クレームでこっぴどく叱られる。
人事配置により、部下からの不満が噴出する。
表示違いで、指摘される。


都度、その対策を徹底して講ずる。
その結果として、その事に知識と知恵を得て、その後の対処力がつく。


そのような事例で悩まれている店長さん達が多いと思います。
幅の広い問題が山積みなのが、現場です。

そして、本気で取り組んだ数だけが、自分の実力に変換する。
すべての、原理原則です。

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2012年9月17日 (月)

開店シュミレーション

皆さん、こんにちは
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


新店開店まであと2ヶ月あまり。


 自前のメンバーの、開店シミュレーションを実施した。


今週の中で、部門ごとに全部門が近くの店舗を利用して開店シュミレーションにて、日頃の店舗研修の実力を検証する場面を作った。


 今回の目的は、「素直に自分の実力を認識する場面」。


そんな意図を持って今回の開店シミュにレーションを実施した。
今後、3回の開店シミュレーション予定しているが、今回が第一回目のシミュレーションの検証日でもある。


今までの店舗研修では、地域から約1時間程度の店舗での研修の為、9時〜10時の研修店舗の出勤の部門もあり、いわゆる朝一の作業に従事していない中での開店しミュニレーションとなる。


朝一作業から研修している部門の検証は、概ね良好に開店シミュレーションを実施できたが、問題は朝一作業をしてこなかった部門の検証であった。


初めての店舗で、初めての出社時間から初めて全員が集まっての開店前の作業。


相当課題も多く、厚い壁が立ちはだかる事が容易に想像がつく部門であるが、現実に自分達が作業に従事して、開店の10時に全員で自分たちの朝一作業で、どれほどの刺身商材やその他商材が売り場に品揃えされるのだろうかと考えると、相当厳しい現実を受け入れなければならない。


そして今回の研修の目的は、その厳しい現実を迎え入れて、次回の開店しミュレーションまでに自部門の課題やその改善策を明確にして、今後の日々の開店揃えでの課題が見えてくる事だ。


よって、今回(初回)の開店シミュレーションでは結果は求めなかった。


 求めたのは、現状の実力の認識と課題も明確化。


そういう意味では、目的は達せられた。

朝一作業がそのまま継続されて、自店のみの人員でもそれ相応に開店までに品揃えが完了できた部門あれば、朝一も初めて店舗も初めての部門の開店シミュレーションは厳しかった。


それを、今後の研修でどう克服して、第2回目の開店シミュレーションまでにどう全員で克服していくかが大きな期待どころだ。


 そして、次回の開店シミュレーションでは、結果を求める。


開店品揃えで100%を求める。

そして、次回までの、部門の努力個人の努力を評価したい。

結果としてそれは開店品揃えに大きく貢献し、個人の成長にも大きく関与するからだ。


 開店シミュレーション。


非常に課題が明確になり、今後の方向性がよく見える研修である。


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2012年9月16日 (日)

記憶の鍵

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


この年になると、いろいろ記憶しようとするが、なかなか記憶に留まらない。

 まして、いろいろな事が重なってくると。

人間という動物は、本来「忘れる動物」なのである。
どんどん遠い過去の記憶から忘れていく。

 しかし、いまだに色彩豊かに記憶している事柄も多い。

楽しかった事、悲しかった事、思い出したくない事等々。

明確に記憶している事とそうでない事。
そこには、どんな違いがあるのか?。

 それは、強烈なインパクト。

インパクトの強い受け取り方をすればするほど、忘れ難い出来事となる。

 そう、強烈なインパクトを感じて受け取ること。

自分の喜怒哀楽に敏感に反応する出来事として受け取る事が、一生を通じて忘れられない記憶の奥底に記録されることになる。。

それでは、どうすればインパクトの強い受け取り方が出来るのか?。

 感動を持って感じる情感を持つ事である。

何事にも、感動出来る情感。

 感動。

それは、喜びだけでは無い。

 悲しみ、辛み、怒り、憤慨等々だ。

それら情感を、内面に強く認識し、表面に色濃く表現し、感じる心を常に認識することである。

 それは、より人間らしく、ということでもある。

嬉しい事を、より嬉しく感じる心。
悲しい事を、より悲しく感じる心。

そんな素直な心を持ち得ることが、感動を生む原動力となる。
そして、それは深い記憶として永遠に抱き続ける心となる。

 それが、記憶の鍵。

感動する心が、深い記憶の鍵となる。
そしてそれが、次への感動を生み、更なる追及の努力の源となる。

そんな心の循環を生む事が大切なのだ。

 純粋な心。

それを、どう身に付けるかだ。




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2012年9月15日 (土)

少ない情報から結果を出す

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


新店において、私が一番期待する従業員の姿。

 ひとりひとりがリーダーシップを持って行動出来る事。

そんな個人の集団にしたいと思っている。

 自ら考え、自ら積極的に行動できる従業員。

それは、社員だけではなく、パートさんアルバイトに至るまで、そんなリーダーシップを持って仕事に従事し、その延長戦でいろいろな生活場面で活躍できる事だ。

先日の接客研修会で、トレーナーが作成したロールプレイング。
8つの売り場でのお客様との遭遇場面での従業員としての行動基準を、見本を示して、お客様役と従業員役で設定して練習し、最後に全員の前で披露するという訓練。

トレーナーは3人グループに分けさせて練習に入った。

 3人とは、非常に親密な関係つくりが出来るものだ。

2人では、自分と相手にわかれて役無しは出来ないが、チームとは呼べない。
3人になると疎外者は出やすいが、まだまだ親密でひとりひとりが積極的に参加しないとチームがまとまらないし、課題解決も進んでいかない。

更に、8つの課題を30分という非常に短い時間で練習し、マスターしなければならないのだから、3人がそれぞれ積極的に参加して行動していかないと、その後の発表段階でまとまりの無さを披露してしまうことになる。

そんな中でも、3人全員がリーダーシップを発揮して練習を重ねるチームもあれば、3人の中の一人が浮いちゃって実の入らない練習をしているチームもあった。

これが、5人10人と人数が拡大するにつれ、リーダーシップのあるグループと無いグループにはっきり分かれてしまうのだろう。
だから、3人とは派閥の出来る最小人数として昔から言われているのだろうと思う。

30分後の発表の後に、私は全員の前で話した。
特に、チーフ達に聞かせたかった話をした。

「この30分で練習を繰り返し、結果を出す。非常に少ない情報から皆さん良く練習をしてロールプレイングを披露してくれました。今回は3人というチームで全員が参加できる環境を作って練習しました。少ない人数だからより積極的に全員が参加しなければより多くの課題をクリアできないし練習にもならない。ここでひとりひとりのリーダーシップを発揮していただきたいのです。リーダーだけがリーダーシップを発揮するのではない。ひとりひとりその場の状況を考えてスムーズに目的を達成するには、全員が自ら考え自ら積極的に行動していくリーダーシップを持たなければならない。今日はその訓練をしたのです。」

店舗研修がスタートして約3カ月が経過。
といっても、一番初めの採用者の話であって、お盆も挟んでであるため、実質は2カ月程度。
まだまだ作業面での習得は少ないだろう。

 しかし、リーダーシップは全員公平に発揮できる。

より多くの集団になればなるほど、ひとりひとりのリーダーシップが重要となる。

 その大切さを今のうちから学んでほしい。

将来的には、彼女らが中心となって店舗運営をしていくことになる。
今から、ひとりひとりが競合店の従業員に勝る資質を植え付けていく事。

 見えない未来を創る。

それは、そのような意図を持って、見えない未来を今から創っていく事なのだと思う。





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2012年9月14日 (金)

行動が変わる

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


先日、あるパートの研修生の話をした。
http://tetu-syoubai.cocolog-nifty.com/blog/2012/09/post-780e.html

 あれから一週間。

その後、上司のチーフやトレーナーから指導や接客面での訓練を受けていた。

 しかし、表面上の変化は見られない。

“大丈夫なのか?”

そんな不安を抱えながら、接客の研修会に入った。

開店までの研修期間。
店舗研修が一店舗で収まれば、同じ屋根の下、私も全体的な朝礼や接客指導等を同時に出来るのだが、部門毎、個人毎に研修店舗が異なるため、月に2回程度の頻度で全体の接客研修会を大きな施設を利用して実施している。

毎回、朝礼の練習や接客場面のロールプレイング等を繰り返し実施している。

当日も、3人ひと組でロールプレイングの練習をしていた。

 課題の彼女は変化がない。

相変わらず3人の中で、自ら積極的に参加しようとしている姿は見えない。
私は3人でロールプレイングをしているチームへ近づいて、彼女に言った。

 「もっと、積極的に参加しないと駄目だよ。」

私が期待しているのは、笑顔を出すこと以前に、従業員として積極的に和に加わり、練習等に参加して自分たちの能力を高めていくことだ。

 そのリーダーシップをこの研修会で学ぶこと。

どんなチームに加わろうが、そこで出された課題に積極的に加わること。
それをこの研修会で期待しているのだ。

 そこに、戸惑って自ら進んで参加しない。

笑顔が出せない事以前に、この態度を直していかなければ、私の店舗には入れない。

 この研修会では、都度そんな話をしている。

「この研修会で私が皆さんに期待しているのは、団体行動で大きな組織になればなるほど、自ら進んで行動するという事です。組織が大きくなればなるほど、他人の顔色を見てしまいスピードが無くなる。号令をかけても動きが遅くなる。それでは生産性が上がらない。大きな集団になればなるほど、自ら進んで行動し、自ら進んで集団の事を考える。それが個人のリーダーシップなんです。どんなに集団が大きくなっても、個人個人のリーダーシップが強ければ必ずまとまる。それをこの研修会で学んでほしいんです。」

そんな話を都度しているため、皆の行動はスピードを増し、更に積極的にこの研修会のメニューに参加しようとする意識が芽生えてきた。

当初の角々しい雰囲気から、角が取れて和やかながらも締りのある集団行動に変わってきた。

そんな中での、彼女の行動。
それが不安だった。

その後、全チームがその練習の集大成として、ステージに上がってロールプレイングの発表に入った。

彼女のチームも壇上に上がった。
そして、たまたま一緒のチームになった年配のパートさんに肩を押されて(抱かれて)一緒にそのロールプレイングで大きな声で演技をする。

 “他のパートさんへの影響力か!”

彼女の存在が、そんな波及効果も高まるという事実。
私は、そこまで予測出来なかった。

そして最後に、全体朝礼のリーダー役を各部門から私が指名して、やってもらう練習に入った。
まずは、各部から希望者を募り、自ら積極的に手を挙げた人を指名して実施した。

各部とも、数名の希望者が手を挙げてくれた。素晴らしい。
そして、いよいよ彼女の部門に番。

私は、彼女を指名した。

 “さて、どんな行動を取るか?”

彼女は、呼ばれた瞬間に、「ハイっ!」、しっかりした返事を返した。
そして、スタスタと速足でこちら側のステージに向かって歩いてくる。

 覚悟を持った表情で。

多少つまずきもあったが、元気な声でリーダー役を遂行した。

 “変わった”

相当悩んだんだろう、そして、相当練習したんだろう。

 “よくやった!”

後日、もう一度面接しよう。
そして、今後の話をしよう。





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2012年9月13日 (木)

闘争心を培う

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


店長として、競合他社との競争は必須である。

 特に競合関係の厳しいエリアでは尚更だ。

地域でのお客様のパイは限られており、そのパイを競合各社で食い合う。
だから、競合との関係で大いに売上は左右され、それによって商圏も広まっていく。

 店長として、競争に勝ち抜くという使命。

店舗を運営すると同時に、個別競合との競争。
個人のチーフが自部門の売り場で競合店の部門に勝つというレベルでの話ではない。

店舗内の数ある部門を駆使して、競合1店舗1店舗とどう組していくか。

 どの部門のどの単品で、どう勝ち抜くか。
 どんな独自のサービスで、差別化するか。

常にそんな発想で、競合との関係を測らねばならない。

だから、店長とはいろいろな眼を持たなければならない。

 マネージャー、マーチャンダイザー、アスリート。

これらの各視点を身につけなければならない。

 そして、アスリートとしての視点と心持ち。

店長の立場で、常に闘争者としてのスピリットとテクニックをみ磨く事が求められる。

私個人の話をすれば、小さいころから、「ケンカ」は弱かった。
すぐに泣いた。口げんかからして泣かされていた。

だから、ケンカに持ち込む場面では、逃げていた。
ケンカに持ち込まないように、自ら仕向けていた。

そんな男が、競合まみれの店舗に赴任し、競争状態に放り込まれる。

 仕事として、闘争しなければならない状況。

そんな状況が日常茶飯事に繰り返される。

 “心のあるべき姿を変えるしかない”

考え方の軸を変えなければ、自分が潰れてしまう。

 視点の軸を、競争という視点に置き換えた。

それからだろうか、常に、他者との競争という軸で自分の存在を確認することが常となったのだ。

 “あの店舗に勝つには、何をすべきか?”
 “その為に、どの部門に焦点を当てるか?”
 “その部門の何をどうすれば、勝てるか?”
 “やった結果、どの程度の効果があったか?”

ずっと、そんな視点で店長という仕事に打ち込んできた。

店長職だけではない、普段の私生活から、闘争という軸で物事を捉える習慣が身に付いてきた。

 日報の提出で、一番を目指す。
 車の運転で、他車に負けない。
 接客訓練で、表現力で負けない。

競合店という存在だけではなく、自分の存在を常に闘争という環境の中に置く。
全てが、競争・闘争という軸で捉えて、その関係を測る。

そうすると、「闘争の中での勝利」という方程式が見えてくる。

 更に、闘争という環境に自ら進んで身を置くようになる。

闘争環境が、心地良く感じるようになってくる。

 “本当か、てっちゃん!”

本当に、私はそう思っているのです。

 この環境が、楽しい。
 競争という環境に刺激を受ける。
 このゲームをどう楽しむか。

そんな心境になってしまった。

 “競合の無い仕事環境などいらない”

そこまで行きついてしまったのである。
いや、きっとそんな心境の方はいるはずである。

 競争が大嫌いだった私でさえ、そうなのだから。

そんな相手と、とことん戦ってみたいものである。







 

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2012年9月12日 (水)

売れてナンボ

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


最近よく目にするのが、「変化陳列」。

 まるで、売り場が一つのキャンバスのように。

通常の売り場は、3尺毎に、カテゴリー毎に、トレイの形に合わせて縦割り、横割りを合わせて陳列する。

これに対して変化陳列とは、3尺の棚板とは別に特別の什器を使用して土台から変化をつけ、更に陳列もその什器に合わせたり、またはその什器の形にとらわれずに斜めや円を描いて陳列したり、または重ねたりしながら陳列する手法である。

 どうして、このような陳列が流行しているのか?。

通常の縦割り陳列の中に「変化陳列」を入れ込んで、その変化から、お客様の足を止めさせるのが目的。

 足を止めさせるだけ?。

その変化陳列で足を止めさせたら、そこでじっくりお客様に商品を選別していただき、その周辺の商品と合わせて購買して頂くという狙いである。

特に平台の中にこのような変化陳列が配置されると、「あっ!」と目に止まり、思わず立ち止まって売り場に見入る場面は多い。

 しかし。

その変化陳列商品を購入するのか?。

目に止まって立ち止まるが、そこから先、購入にはなかなか至らない。

 なぜか?。

見ずらいからだ。

本気で購入を考えたら、多くの陳列された商品の中から、自分の目でじっくり選別したいもの。
しかし、変化陳列故に、自分の目に商品がしっかり入ってこない。

人間の脳が選択を拒否しているように、瞬間的に購買意欲を失ってしまう。

 綺麗だとは思うが、買いたいとは思わない。

それが、変化陳列の限界だ。

 変化陳列を、どう利用するか。

変化陳列で足を止めさせ、そこで何を訴えて、何を購買して頂くか?。

意外に、変化陳列商品は動かないが、その隣の縦割り陳列された主力商品が欠品しているパターンはよく目にする。

それが、変化陳列と縦割り陳列の関係なのだろう。

 単品量販するには、縦割り大陳が基本。

私は、そう考える。
見やすく、選びやすい事が、多くのお客様が購買頻度を高めて購入してくださる原理原則だと思っている。

その単品の中でも、変わったSKUに関しては変化陳列で目を止めさせる。
その程度の変化を上手く利用して、主力SKUをどう量販するかがポイントだろう。

そして、変化陳列の最大の弱点は、「ごみ溜め」になってしまうこと。
センス良く陳列され、その後のメンテナンスを必要とする。
そうでなければ、いつの間にかお客様が手にとって戻す事の繰り返しで、いつの間にか値下げ商品コーナーのような様相を呈してしまう。

いずれにしても、管理の難しい売り場ではある。





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2012年9月11日 (火)

対策リニューアル

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。



リニューアル。

 店舗を改装して、てこ入れする。

店舗の老朽化、競合対策、新店対策、数値対策等々いろいろな理由から、店舗の外装、内装、什器、レイアウト、商品マッサージ等を施して店舗をリニューアルする。

先日、新規開店する直近の競合店がリニューアルした。

 当然、出店する競合店対策として。

将来の新店に対して、当然に店舗の老朽化を改善し、店内の内装を新装し、什器を新調し、レイアウトを最新のフォーマットに入れ替え、品揃えを強化して店舗の集客力を高める。

それによって、数値を改善し来るべき競合店が出店した暁でも、自店の数値影響を最小に防ぐことを目的とする。

本部としては、これをきっかけに、最新のフォーマットで商品面の支持が得られ、ハード面のリニューアルで日々の来店動機を期待する。

店舗でも、この品揃えと時間帯別のMDを継続させ、常にお客様満足を満たしていく意識改革を図ろうと努力する。

この両者の意図と行動が一致して初めて、リニューアルは成功する。

いくら立派な外装内装を施しても、店内の什器を新調しても、一時の商品が陳列されても、売り場が維持継続されなければ、いずれ元の木阿弥。

そして、維持継続によって、その店舗への集客力も維持継続されて人が集まる。
更に、時を経てそこに新店が出店する。

エリア的には、この事によってこの地域のお客様は恩恵を受ける。

 地域のスーパーが新装するという恩恵。

更に、店舗が増加することによって、店舗選択肢が増え、買い回りが可能になる。
この事が、更にこの地域への集客力を高める要因となる。

新店が出店する前に、競合店がリニューアルした場合、新店が出店する前にこのエリアの集客力を高めておいてくれるという事は、勧化すべき事なのである。

 出店まえに、この地域の集客力自体が高まるから。

高まった集客力を得て、更に自社が出店する。
この相乗効果によって、大いにその地域への周辺からの集客力は高まるのである。

競合店のリニューアルとそこに出店する新店の関係とは、上記のようにこのエリアのお客様に恩恵と、周辺住民には更に魅力あるエリアを提供するという意味でお互いの相乗効果を利用し合って集客力高める原動力となるのである。

 相手を利用して、自社の出店に弾みをかける。
 相手を利用して、自社のリニューアルを活かす。

そうやって、競合店同士は高めあっていくのであろう。
ぜひ、競合店のリニューアルに対しては、成功を収めていただき、この地域の集客力というパイを集めていてほしいものだ。



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2012年9月10日 (月)

町田エリアMR

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


先日、ちょっとした所用で東京へ行った。

 その足で「町田エリア」をMR。

以前から行ってみたい、見てみたいエリアではあった。
昨年は大いに話題になってもいたようだ。

まずは、「S社」。

 このエリアを本拠として出店している企業。

3層(4層)構造の建物で、1階が食品フロア、2回以上が100均やその他で集客力のある企業が入所している。

ほぼ隣には、この地に切り込んできた「O社」が出店した。
しかし、どちらが新しさに溢れているかといえば、こちらの「S社」。

店内の内装や什器そしてレイアウトから照明まで含めて今時のスーパーマーケットらしさがある。

 そこに価格面での魅力が半端無い。

果実、野菜、デイリーから生鮮主力品の価格は大いに魅力。
更に、品揃えでも圧倒的な差別化を図っているようだ。
高級品を定番の冷ケースで数々と品揃えしているということではないが、主力品プラスもう一品の比較出来る商品が、購買を迷うレベルで隣で量販されている。

 意外に、この売り方が出来ないのがスーパー。

売り方、単品の育成の仕方が上手い。

 そんな印象。

次に、「O社」。

 この地に切り込んできた東京の覇者。

しかし、店内に入るとなぜか古さを感じてしまう。

 入店してすぐに、感じる情感。

そこにこの店舗の強みと弱みが凝縮している。
この企業の信者も多いのだろうが、フリのお客様はなかなか馴染めない。

単品を見ていけば前出の「S社」と五分を張る、または下回るが、ハード面も含めての見せ方の問題なのだろうが、価格面以外に伝わらない。

 しかし、信者は多かった。

そして、意外に若年層も多い。
赤ちゃん連れの主婦も多い。

知る人は、この店舗の良さを信じているのだろう。
以前のテレビでも放映していた。

 “価格は一番安いと信じている”

そんな信者は、ハードや照明に惑わされることなくこの店舗に足を運ぶのだろう。

次に「S社」。

 多店舗で群を抜く。

更に、オペレーションでも抜きんでている。
最近は、魅せる売り場にも力を入れ、デパ地下風の雰囲気を醸し出す新店も続々オープン。

 しかし、集客されていない。

本来、価格面で優位に立つために編み出されたコストオペレーション。
それを極めている企業であるが、前出2社に圧倒的に価格で優位に立たれている。

更に、魅せる売り場つくりに着手しているが、まだまだ進化の途中なのだろう、単に売り場に敷物を敷いたレベル。

 オペレーションと感性は両立しないのか?。

そんな印象を抱いてしまうほど、アンバランスな売り場。
前出2社とは直接の競合関係にはなってはいないが、明らかにこの2社にお客様に奪われていると思われる。

最後は、「S社」。

 住宅地にひっそりと立地する店舗。

意外に、よく考えられた品揃え。
鮮度、品質を良く吟味して品揃えされている。

しかし、これだけ住宅がありながら、店内はひっそりしている。

 賑わい。

スーパーにもいろいろな使命があるだろうが、この「賑わい」を失った店舗が浮上するのは並大抵のことではない。


PS
 町田エリアのMR写真を載せました。どうぞ。
http://tetu-syoubai.cocolog-nifty.com/photos/matidamr/




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2012年9月 9日 (日)

目的を持つ強み

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


最近私は、目的を持つ事を得た。

 “どんな目的?”

数値達成の目的だ。

 “新店オープンしたの?”

いやいや、まだです。

 “どういうこと?”

新規オープンする地域の既存店を応援し、数値効果を上げること。
いずれ、我々はこの地域に一番近い店舗を開店させる。

 要は、この店舗の地域特性で商売するのである。

だから、我々が将来成功するには、一番近距離の店舗の数値を改善させることができれば、そのストアコンセプトとマーチャンダイジングは正しいということであり、実際に新店を開店させた後でも成功するだろうという仮説が成り立つ。

しかし、口では簡単に言えることだが、そこには大きな壁が立ちふさがる。
 

 それは、自分の店舗では無いという事実。

この既存店には、別の店長が存在し、別のチーフが存在し、別のパートさんが存在する。

 他人の店舗で、自分のストアコンセプトの検証をする。

それが、いかに大きな壁となるかは、想像に難くない。
そこには、店長同士の信頼関係が必須であり、チーフ同士の信頼関係も更に要する。

 お互いに、誠実にお客様を追及する姿勢を要する。

そして、我々の強みは客観性であり、既存店の強みはその歴史である。
その歴史を尊重しながら、客観的に強み弱みを現実に具体化する。

 ここに、お客様の支持をどれだけ集められるか?。

そんな壁の存在の克服も、楽しみながら遂行していこうとしています。

そして、意外なもので、そんな話を既存店の店長と打ち合わせた途端に、9月の業績が回復してきた。

 “意識改善だけでも、数値は敏感に反応してくれる”

本当に、不思議なものである。

 例えば、生さんま。

生さんまの仕掛けを、店長、チーフと打ち合わせて販売を実施。
店舗売上では下位店舗のハズが、生さんまだけの販売実績では、全社第二位。

 “やれば、出来るんだ!”

売り場の担当者が自信を持って売り場作りをすること。
改めて、その事が何よりも大切なことなのだと思う。

その土壌を固めて、更に次のステップへ進行していくこととする。




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2012年9月 8日 (土)

ヒトとの関係,コトとの関係

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。



よく、「妥協するな」、と言われる。

 妥協しない、とは?。

それは、自分が物事を考え、判断し、行動する場面の事。

 コトとの関係では、妥協しない関係が良い。

自分主体でコトを対象とする時には、自分のこだわりを持ちたい。

 販売計画時の数量計画。
 販売展開時の陳列展開。
 事前に出来るj販売準備。

更には、自分の実力を磨くこと。

 展開力や発想力を磨く為の他店のMR。
 自らの調理技術向上の為のチャレンジ。
 構想力を磨くためのフレームワーク力。

対象が自分やコトに対しては、とことん追求していきたい。
それは、仕事だけではないのだろうが、仕事を「オン」とすると、それ以外は「オフ」。
オフは追及から逃れる為の時間とすれば、逆にオンとは逆に自分を解放する時間として位置づけたい。

 だから、オンで追及心を燃やす。

しかし、これが「ヒト」との関係ではどうか?。

 ヒトにも、妥協せず付き合うべきか?。

他人と妥協しないで付き合う?。
それは、捉えかたによっては誤解を招く。

 自分同様に、厳しく付き合うことか?。

これでは、他人は逃げて行ってしまうだろう。

 しかし、部下に対する対応はどうか?。

冷静に考えると、部下にも、人間の部分と機能の部分とがある。

 部下を組織の機能としてみた場合の対応。
 部下を一人の人間としてみた場合の対応。

これを明確に分けられるか、ということだ。
言うのは簡単だが、この区分けも難しいし、ましてそれを使いこなそうとすると部下の捉えかたも千差万別人それぞれ。

そして、部下が「自分の為に」と思ってくれる土壌が大切。

 これも、普段からの関係が全てである。

店長の苦言が「自分の為」として捉えられているか。
そこが全て。

しかし、部下の人間としての存在は絶対。

これは、絶対に侵してはならない。
部下の人権は絶対である。
この部分は、どんな場合でも認める。
しかし、いかんせん未熟が故に仕事上での妥協が見られる。

 それは、それをコトとして付き合うことが重要。

自分だったら妥協しない項目を、部下が妥協したら。
それは、部下を自分の組織内の機能として注意することだ。

書いていながら、自分の頭が整理されてくるのがわかる。
自分でも、そんな考えで行動してみよう(笑)。






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2012年9月 7日 (金)

二度と来ないチャンス

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


私が若いころは、非常に奥手(おくて)だったことは、以前のブログでも記した。

 “ウソつけ!”

しかし、本当なんです。

思ったことが言えなかった、やりたいことが出来なかった。

 なぜか?。

今は行動しなくても、また次に同じ場面が現れるから、その時に備えて万全を期そうと思っていたからだ。

 次に備えよう。

そんな人生観を持っていたからだ。
しかし、待てど暮らせど、同じ場面には遭遇しない。

 “あの時のチャンスを活かしておくべきだった”

何度も何度も同じ失敗を繰り返して、そんな人生観も持つようになった。

思えば、我々の身の回りで起こる出来事は、予測することはすれまったく同じ状況や予測した状況になることは、まず無い。

 全て、その場面に応じて対応しなければならない。

要は、その状況状況に応じて考えて行動しなければならない。

 “いちいち考えて行動できるのか?”

その場面場面で考えていたら、結局は行動出来ないことが多い。

 それは、その瞬間で行動しなければならないから。

その場面に遭遇し、その瞬間に考察し瞬間的に判断、決断して言葉を発し行動しなければならない場面がほとんどだからだ。

 この世は、すべて刹那なのだ。

刹那というと、快楽主義のように捉えられるが、いま目の前の一瞬一瞬を大切に生きるという意味。

 一期一会とも言い換えられるか。

いま目の前の瞬間的な出来事に、すべてを賭ける。

 そんな人生観を、いつしか覚えてきた。

この状況に対して、自分の最善を尽くそう。

 最善の判断、最善の言葉、最善の行動、最善の対策。

二度と巡ってこないこの瞬間、そして残り少ない人生。
いま目の前の出来事に、最善を尽くそう。

そう覚悟した時から、言うべきことを言い、やるべきことをやるという刹那を大切に後悔しない行動をとるということを選択するようになったのだ。

要は、出来事に追随するのではなく、出来事を待ち構えるスタンス。

そんなスタンスを取るという人生観が、後ろ向きから見た世界観から前向きで見た世界観に変えてくれた。

 そんな世界観。

そんな世界観を持って生きてくると、絶体絶命的な状況でも人生ゲームのようなワクワクドキドキが生まれるのである。





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2012年9月 6日 (木)

制服を着こなす

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしてる「てっちゃん」です。


我々が着用する「ユニフォーム」。

 いわゆる、制服。

先日の全体研修会で、副店長が制服の着用の仕方に関して全員に注意を促した。

 エプロンのひものよじれや結び目の方向。
 更には、制服の汚れやほころび等の管理。

私も以前は(入社当初か)、制服の着方など気にせずにだらしなく着ていたような気がする。

 我々の着用する服には、私服と制服がある。

私服とは、自腹で自分の好みによって、着たい服を自分で選択するもの。

 「次のデートに着ていく服」
 「普段の家で来ている服」

その理由はさまざまあろうが、自分のセンスで選択するものだ。

 要は、なりたい自分を演出するために着用する。

それを自腹で購入し、着たいように着て、なりたい自分を演出する。

 しかし、制服は趣旨が違う。

まずは、制服は貸与されるもの。
自分で選択するものではない。

そして、その仕事をするために一番効率よく作業ができるために着用する服である。

 要は、道具のひとつ。

だから、プロフェッショナルな仕事人ほど、制服を機能的に着用する。
本来機能的な制服を、さらに効率よく着用して、より有効に仕事を推進する。

 制服の着用とは、仕事に対する姿勢そのもの。

それが、プロフェッショナルの制服に対する考察。
カッコよく着ようとか、簡略化して着ようとか、だらしなく着ようなどとは思わない。

だから、制服の腕まくりも、しっかり5センチの幅で下にずり落ちないようにまくり、作業中にいちいち腕まくりをし直す事の無いようにしている。

エプロンのひもも、よじれず、結び目が固まらずに丁寧に縛り、作業中に体勢が変化してもひもがうまく緩和してくれて、体を急に締め付けることはない。ひもがよじれていると、そのわずかな体勢の変化でひもがきつく締めつける場面があり、それが煩わしくもあるものだ。

制服の汚れも妥協無く、清潔にしいい匂いを醸し出す。これが汚れを残しておくと、後々匂いが発生して精神的に嫌な思いをするものだ。

 いずれも、ほんのわずかな差異。

しかし、そのわずかな差異も妥協せず完璧に着こなした時に、制服とはその機能を十分に発揮するのである。

有能な鮮魚従業員が、自分の包丁を大切に研ぎ、いつでも最高の商品化を目指すのと同じ考え方を、制服の着こなし方にも応用しているのである。

 何事にも、妥協せず、道具を使いこなす。

それが、プロフェッショナルの制服に対する考察。

 制服ひとつに、何をこだわるのか?。

それは、自分の仕事へのこだわりを失っている人間の言い訳である。





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2012年9月 5日 (水)

感情をむき出す

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


新規パートさん達も、採用から2ヶ月も経過すると、その実態が見えてくる。

 面接では見えなかった部分が、見え隠れする。

今回採用のパートさん達は、当社規定で当初は3ヶ月の契約を結ぶ事になっている。

 よって、1ヶ月後には契約更新となる。

契約継続に向けて、ひとりひとりの検討に入る時期である。
何人かは、このままでは契約更新できない人材もいる。

 先日、ある方と面接した。

接客面で、どうしても当社の基準に達しないのである。

 努力をしている姿も見えない。
 しかし、ふて腐れるタイプの人間でもない。
 自分の感情をあまり出すタイプでもない。
 あまり、他人と関わらないタイプ。

どうしても、人間関係で肌の合わない人もいる。

 そんなタイプの人間。

彼女と先日、面接した。

 「このままでは、次回の契約は結べないよ。」

  「そうしたら私、無職になってしまいます。」

険しい表情で私に言った。

  「どこが、悪いのですか?。」

 「笑顔でお客様と接していない。」

  「努力すれば、笑顔が出るのですか?。」

 「笑顔は努力でできるが、もっと大切なものがある。」
 「君の場合は、その事に気づく事が先決だ。」
 「今もそうだが、君は私の目を見て話をしていないだろう。」

笑顔や挨拶は、努力を積み重ねればどんどん進化していくものだが、それはある部分が変わらなければそのステージには絶対に乗らないものだ。

 それは、相手の目を見て関わろうとする覚悟。

その覚悟を持たない限り、絶対に対人関係で努力しようとはしない。

 「私をしっかり見てみろ。」
 「人の目を見るという事は、勇気がいるだろう。」

  「はい、怖いです。」

 「でも、その勇気を持って乗り越えなければならない。」
 「その勇気が、人との関わりの出発点だ。」
 「そこが理解できなければ、笑顔の努力なんか出来ないよ。」

  「分かりました、やってみます。」

ようやく彼女は、私の目を見て、笑った。

  「もっと、大げさにやればいいんですね(笑)。」

その事だけでも、彼女にとってみると、相当大げさな行動なのだろう。

それでちょうどいいのかもしれない。
それぐらい大げさな行動の変化が、彼女には大きなインパクトを持って仕事を変えるということになっていくのだ。

彼女にとって、仕事を続けていくということは、生き方を変える事と同様となるだろう。

 “人生を変えてほしい”

上から目線で言っているのではない。

それぐらい強い気持ちで変えないと、絶対に人とは積極的に関わらない人生に終止してしまうだろう。

当初は10月以降は契約は無理かと思っていたが、この会話から、「もしかしたら、可能性があるかも。」と気持ちが変化した。

 “なんとか、してやりたい”

その旨を、チーフに話した。

  「次回の研修会で結論を出すぞ!。」 チーフに言った。

 この部門の結束力に賭けてみるか。







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2012年9月 4日 (火)

いまだ稼働せず

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


以前にも記した「Mac Book Pro」。

 いまだに、稼働していない。

マウンテンライオンへのアップロードや、その他諸設定。

 その設定だけで、マル2日かかった。

更に、ウィンドウズ7導入の為の、ブートキャンプの設定でマル2日。

とりあえず、マウンテンライオンでブログを書いたりはしているが、以前のような書式にならず、ちょっと行間が狭くなってしまった(お分かりでしょうか?)。

更に、マイクロソフトオフィスを入れたり、ウィルスバスターを入れたりと、なんやかやの設定の雨アラレによって、未だに仕事での使用には至っていない。

ようやく今日の中で、以前から使用している「SDカード」が使用できるレベルになってきた。

しかし、いちいち設定を試行錯誤し泥んこになりながらハマっていると、否応無くそのシステムに強くなっていくものだ。

そして、MacとWindowsのシステムの違いも少しずつ理解できてきたような気がする。  

 慣れ親しんだWindows。
 使い易さのMac。

一言で言うと、そんな違いか。

どうしても、使い慣れたWindowsに走りがちだが、Macの使い易さは未知の世界ではあるが、期待感は高まるのである。

特に、いろいろな作業を同時進行でデスクトップ上で実行しようとした場合など、どう見てもMacの方が扱い易い操作性が伝わってくるのである。

 しかし、MacBook。

右クリックが使えない為、キーボードのショートカットを多用しなければならない。
そのマスターがまだまだできずにいる。

 そのもどかしさに、イラつくのである。

いずれにせよ、数をこなして使っていくしか無いのだろう。

仕事、プライベート、その他とこれ一本でこなしていく覚悟が必要なのだと思う。








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2012年9月 3日 (月)

9月の抱負

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


早いもので、もう9月の声が聞こえてきた。

 数値に向き合っていない分、季節感も他人行儀。

そして、新店の準備を初めて2カ月。

短い梅雨を過ぎ、猛暑の8月が過ぎ、秋の気配を感じる今日この頃。
本当に、あっという間に今年の夏は過ぎ去った。

時と共に売場と商品が流れる姿を見ていないから、その一瞬一瞬が心に留まらない為に時間の経過が早いのだろう。

更に、従来なら時系列的に次に現われる事象が概ね読める為、次に対する予備的な前準備も出来た為に、流れがゆっくりと感じる事が出来るが、新店の立ち上げに関わると次から次へと現われる事象が全て新鮮な為、やっぱりあっという間に時が過ぎゆく。

7月から8月と、採用計画そして募集チラシを作成し配布、応募者との面接、そして電話連絡にて採用。

その後、入社説明会を介して、入社式、接客訓練、店舗研修と続く。
7月で同時に辞令が出たチーフも参加しての店舗での研修に拍車がかかる。

更に、第二陣の採用人員が合流していく。
そして、お盆商戦。
更に、その後のお盆後の秋の味覚への切り変え。

そして、お盆後の採用計画と面接、更に採用面接と続く採用活動の復活。

 思えば、この2カ月間数値には無縁であった。

そろそろ、その無縁だった数値に関しての勘を取り戻さなければならない時期が来た。

 それが、9月なのである。

部門のパートさん達が研修を受けている店舗。
それは、我々が出店する地域の店舗とは違う。

と言う事は、一番近い店舗で研修しているわけでは無い。
個人個人が研修し最大の効果を発揮出来るように店舗配属をしているだけだ。

だから、出店地の自社に戻ってきて、競合調査から競合店舖での品揃え等を考慮しながら取り組まなければならない。

更に、自分達のコンセプトを他人の店舗で検証しなければならない。
そして、自分たちで作成したコンセプトの正しさを証明しなければならないのだ。
でなければ、間違ったストアコンセプトを抱えながらオープンしてしまう事になってしまう。
 
 これでは、部下教育上、非常に重要なポイントとなる。

新店開店前に、自分たちで掲げたストアコンセプトを、他店を使用してでも数値改善出来なければ、その地域に出店する意味が無いのである。

 まさに、この検証が、9月から10月にかけての自らの課題となる。




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2012年9月 2日 (日)

猛暑は去った

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている、「てっちゃん」です。


昨日の土曜日。

かなり過ごし易い一日だった。

 “いよいよ猛暑も去ったか”

そう思えるほどの過ごし易さ。
特に私が新規に出店する地域は、市街地から更に3度程度気温が低い為、更に涼しさが際立っていた。

 そして、朝夕の風の気持ちよさ。

私は、朝起きると、二階から降りて一階の窓という窓をすべて解放する。
そうすると、一階の部屋のすべての窓から風が抜けて、一気に眠気が覚めて心地良いのである。

そして、夜になると更に涼しい風が抜けるようになってきた。
それは、今月に入ってからの特徴的な事だ。

 “いよいよ、秋の到来か?”

暦の上では、とうに秋であるが、実際は毎年残暑厳しい時期が8月後半から9月前半。
まだまだ、早々に涼しくはなってはいかないのだろうが、徐々に過ごし易さが増して来ている。

以前は、凍る寸前の「のどごしの生」をゴクゴクと飲みたい衝動に刈られていたが、ようやくその嗜好が変化してきた。

 “冷えたワインが飲みてぇ〜”

に変わってきた。

そして、つまみは「枝豆」から「焼き鳥」へ。

 “ワインに焼き鳥?”

しかし、私から言わせれば、「チーズでワインが飲めるか!。」である。

 ワインには、やはり肉系。

それも「赤ワイン」は、肉に限る。

そんな季節が、ようやく到来だ。
そして、下期のスタート。

 8月までの上期と2月までの下期。

上期は、8月まで月間でのイベントが豊富であり、真夏の最中の御盆商戦がついついまったりした雰囲気の中で終止してしまいがちだが、年末へ向けてはあまり大きなイベントの無いままに年末商戦へなだれ込んでいってしまう。

 ついつい、流されてしまいがち。

更に、私にとっても、9月という月は重い。

 研修進捗状況、コンセプトの実践と検証。

教育面と販売面。
いずれも実店舗を持たない中で、開店後の行動の検証をすべきとき。
人の採用から一歩腰を引いて、現状の把握をすべきときになってきた。

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2012年9月 1日 (土)

採用活動再開

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


旧盆の8月も終わり、いよいよ9月。

 旧盆期間中、一旦休止していた採用活動。

各部門の人員不足分の採用を早急に実施しなければならない。

人事部長と相談し、8月末に採用のチラシ配布を計画した。
今回のチラシは、従来の広告の特売チラシのような単独募集チラシとは違い、毎週日曜日に折り込まれる他社との合同チラシを採用した。

 “この合同チラシで、何人の応募があるだろうか?”

チラシ配布前から不安が募った。
各部の不足人数分もそんなに多くは無いが、かと言ってほとんど応募が無ければ、面接も出来ない。

応募人数がいてこそ初めて、面接が生じ、人財を検討する事が出来る。

チラシ配布から2日。
二日間の面接予定日に、なかなか応募の名前が書き込まれない。

 “やっぱり、単独チラシにすべきだったか?”

そう後悔したが、もう遅い。
今回は、6月中旬から7月末まで、計3回の募集チラシを配布し、お盆突入までにしっかり人事を確保しようと目論んだ。

この目論見によって、幸いに大方の人財は確保できた。

そして、お盆月間の期間は募集チラシへの反応も悪いだろうから、この期間を抜いて9月間際のお盆の気配が消えた頃に第4弾の募集チラシの配布を、若干弱めのインパクトでも良いから蒔いてみよう。

このチラシで最終の人財確保出来たら拾いものだ。
そんな安易な考察だったが、やはり甘かったか。

そんな後悔をしたが、結局最終的には20人弱の応募があった。

 “なんとか、最終の人財の確保の目処がついた”

そして、面接、採用、配属、研修によって、新店開店へむけて磨かれていく。

新店開店の際の人財とは、開店前になんとか人数が揃えばいいと言うものではない。

 鍛える時間をしっかり確保してやることが前提。

だから、技術を要する部門ほど研修期間を要する。
そうしなければ、開店してからが本格的な教育期間となってしまう。

 これでは、手遅れなのだ。

結局は開店してからの教育のほうが本質的なような気がするが、開店前にしっかり積上げなければならない部分がある。

 商売という部分の認識。

お客様商売という仕事の分野をしっかり認識する時間である。
この基本を積み上げた人財は、実際に目の前のお客様が登場した瞬間から成長を早めていけるのである。

だからこそ、今採用を急ぐのである。



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