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2012年6月19日 (火)

運と機

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


「運」と「機」。

 チャンスを活かす時の大切なタイミング。

運というと、なにか自分にとって一生での一大事を決める場面の事のように捉えられがちだが、我々の仕事の中ではそんな運が巡ってくる場面が多い。

 運とは、漢字の如く、運ばれてくるもの。

それは、自然に運ばれてくるモノでもあり、他人が運んできてくれる物でもある。
運が良い、とは、自らの行いが良ければ、それに対してそれに応えようとする他者がその者にチャンスを与えようとして運んできてくれる物が、「運」だ。

だから、正しい行いを行っていれば、必ずチャンスは運ばれてくるもの。
しかし、それが全て実を結ぶ結果に繋がるかとい言えば、そうではない。

 「機」が熟さなければ、実を結ばない。

自分の将来を左右する「機」。
商品を売り込む場面での「機」。

いろいろな場面で、自分の目の周りには「運」が通り過ぎ、その流れの中で、必ずここぞという場面の「機」が存在する。

その「機」とは、どう見るのか?。
そもそも「機」とは、見えるのか?。

 それは、見えるものではない。
 それは、感じるものだかだら。

幾度も幾度も「運」を追いかけ、「機」を掴もうと行動した経験に、必ずもたらされる能力なのだ。

もしかすると、この「機」を感じる能力ほど、積み重ねた経験でしか鍛え慣れない能力かもしれない。

例えば、テレビで話題になる議題や商品が放映されるとする。

 それを本人が見ると言う事が「運」である。

どんな良い番組でも、たまたま見る人と見ない人がいる。たまたま自分の目に映ったと言う事が「運」が巡ると言う事だ。

正しい行いをし、常にアンテナを張っていれば、そんな場面が多く巡ってくるものだ。

 しかし、それを見て、どう行動するか?。

ここから先は、「機」の話しになってくる。

 この「機」に対して、どう行動するか。

とりあえず、品揃え程度を定番発注で納品し、平台の片隅で販売するという行動。
方や、平台一面をその商品で埋め尽くすほど納品し、徹底して量販するという行動。

後者を「機」を掴む行動というのは、誰にでもよくわかる事だが、実際にこれが出来るかと言へば、そう簡単な事では無い。

 どこだったら売れる?。
 いつまでに売れる?。
 いくらだったら売れる?。

いろいろな壁が立ちはだかり、結果として自分の力量の範囲内での販売計画に縮小均衡し、結局は品揃え程度の発注という行動を選択する事になってしまう。
常に、最大で量販する場面を視野に入れた販売スペースを、自店の店内に持っている事が前提となる。

だから、量販に向けた感度を磨き続けていないと、「機」を掴む事は出来ない。
いつでも、「機」を掴める販売スペースを、普段から磨き込んで用意しておくこと。

 重要な能力と言える。

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コメント

dadamaさん、コメントありがとうございます。
「運」と「機」。
小売業とは、感度が命だと思います。
それは、その場その場の瞬間的な営業に対して、どう事前に仕入れ、製造、陳列、売切りの一連の行動をスムーズに起こせるか。
この一連の流れが感度なのだと思います。
これは、事前計画とは異なる瞬間的な感度であり、商売とは突き詰めると、この感度で成り立っている行動なのだと思えるのです。
その感度を磨く事が、結局は我々の進化なのだと思いますね。

投稿: てっちゃん | 2012年6月19日 (火) 22時37分

「運」と「機」のコメント、思わずうなずきながら読ませて頂きました。「運」は誰にでも公平に訪れるでしょう。それを「運が向いた」と捉えるのは「機」の力、感性の領域です。
小売業は製造業と違い「五感」が豊かでないと勤まらないと思います。感性豊かな人間・・・小売業はレベルの高い職業なのでしょう。それを自ら否定してしまって面白くなくしてしまっているのかも知れません。商売は楽しく面白い。現場を預かる店長が担当者に伝授しなければならなければと思います。

投稿: dadama | 2012年6月19日 (火) 21時01分

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