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2012年2月

2012年2月29日 (水)

受験

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


ようやく、子供の受験が終わった。

 やっと、一息である。

子供の受験とは、自分の受験よりも気を揉むものだ。
果たして、自分が受験の合否の前夜はどうだったのかと聞かれれば、もっと気楽に構えていたような気がする。

 「ダメで、もともと」

みたいな安楽的な余裕があったような気がする。
しかし、子供の受験となると、全く異なる。
これほど、合否がネットに掲示される時間を、震える気持ちで迎えるものだとは思わなかった。

 特に女房のここ数日間の鬱的状態も特異だった。

受験生を持つ母親とは、誰でも同じではないかと思う。
今までは、子供の学校生活をごく当たり前の事として捉えていたが、入試を受けて自分の実力で入学する大学の場合は、合否の発表当日を迎えない限りは、全く前が見えなくなってしまう。

 
まして、滑り止めを受けず、本命一本での受験の場合は尚更だ。

 “これで落ちれば、また来年か?”

そう思うと、合格発表当日は、本当に「痺れる」一日であった。
そして、今年から新たな学生生活がスタートする。

 新たな世界での、新たな人生。

私自身の事を振り返っても、最後の学生時代とは、一番多くの思い出と成長感がある。
この時代が無かったら、自分はどんな人生を送っていたか?。
そう思うと、ここで学んだ人生観は、今でもその多くを引き継いでいる。

 人生、如何に生きるか?。

学生時代を経験して、そんな事を漠然と考える気概は出来たのではないか。
それは、社会人の時代でもまとめる事は出来るのだろうが、ボートという競技を通じてじっくりと学ぶ時間が得られた事は、人生の中でも有意義な時ではあった。

そうして、いよいよ自分の子供がそんな年代で人生を歩んでいく。
彼には、しっかりとこの時を歩んでほしいと思う。
このかけがいの時間を、しっかりと自分と向き合い、自立し、社会人としての付き合いを学んでほしい。

そして、いよいよ私達両親が、徐々に離れて、自らの力で社会に出ていく準備段階に入るのだ。

力強く旅立つために、この時間を有効に過ごしてほしいものだ。


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2012年2月28日 (火)

仕事を置き換える

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


先日、NHKの仕事の流儀を見ていたら、凄腕デザイナーにスポットを充てた番組を放映していた。

デザイナーが依頼を引き受け、その商品をデザインする場合に、ある流儀を持っている。

 依頼主の本気度。

その本気度を感じたら、どんな事があっても成功させる。
そして、熱を持った人間の伴奏者たらんと願っている。

 更に、日本の風景を残したい、とも願っている。

それを、デザインを通して社会貢献していくのが、自分の仕事としている。

 自分の仕事を置き換えるという、変換技術。

自分の仕事を、どう捉えて、前を向くのか。

 「本部マニュアルに則って、つつがなく店舗経営する」

そう、店長職を捉えるのか、

 「地域に根ざして、豊かな食生活を支えていきたい」

そう思って、店長職に従事するのか。
捉え方は千差万別。

しかし、その捉え方一つで、仕事への取り組み方は大きく異なる。

 目の前の出来事を、どう捉えるか?。

常に我々は、この選択を通して人生を生きているのだ。

 先日も、この選択に迫られた。

“後ろ向きに捉えれば、もう一度やり直したいとも選択出来る場面”
“更に、もう俺には、夢も希望も持てない、と烙印を押してしまう場面”

しかし、ちょっと時間を置いて考え直してみた。
そうすると、違った捉え方がどんどん浮かんでくる。

“もしかして、これは大いなるチャンスではないのか?”
“ここでこれを提示されるのは、私にとって大きな意味が隠されれいるのではないか?”

そう捉え直して見ると、今ここでこの事が降りかかってくるという深い意味を、前向きに捉えて、自分のチャンスに転換しようとする自分が居た。

 
そして、どんな逆境でも、捉え方一つで前進するエンジンを備える事が出来るのだと思える事が、その人の実力なのだと思うようになった。

 自ら自滅していく人間の決定的瞬間がある。

それは、上記発想をすべきところで、後ろ向きの世界に入り込んでしまい、踏ん張れずに落ちていく時。

 “あぁ~、ここは踏ん張りどころなのに!”

しかし、踏ん張れない。自滅していくのだ。
実力がありながら、自滅していく。

自分の背中で、それも学ばせたいと思うのである。



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2012年2月27日 (月)

ストアコンセプト

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


今まで何度か、「ストアコンセプト」に関しては記事にしてきた。

 dadamaさんとのやり取りでも取り上げてきた。

ストアコンセプトと簡単に記しているが、その作成には手間がかかると思われる。

新店を出店するに際して、市場調査等から売場責任者である店長が作成する場合は多いが、毎年コンセプトを練り直して「リ・チャレンジ」していく企業も多いだろう。

毎年、実行計画は作成するのだが「ストアコンセプト」は初めての作業だった。

 “作業だった?”

そう、今年はストアコンセプトなるものを作成してみた。
実行計画が先に出来上がり、その後にストアコンセプトが作成されるという順番に違和感を感じるが(自分で作成したのに)、部下と共に今年の店舗の在り方を共有していくために、同じ方向を向きたいと思って作成したのだ。

また、上司からもストアコンセプト作成の要請があったからでもある。

実行計画に関しても、トップの政策を受け、販売部のちょっと具体的な政策になり、店舗はその方向に沿って更に具体的な「実行計画」を作成する。

初めての今年は、その実行計画を受けて、「どんなお店にしたいのか?」というイメージで結論付けた。

 「どんなお店にしたいのか?」

それは、具体策ではなく、イメージの世界。

 だから、一行のフレーズに納める。
 だから、目指す方向性が見えてくる。
 だから、パートさんまでお腹に収まる。

そう、末端のパートさんまで共有出来なければ意味が無い。
と私は思っている。
だから、まずはイメージを大切にしたい。

 「~~~のお店」

そして、そこから各部の「部門コンセプト」に落とされ、具体策に落とされる。

 その根幹を成す、ストアコンセプトが、完成した。

更に、早速部門責任者と打合せをして、そこから部門コンセプトの作成と確認に入った。
そして、私のストアコンセプトを達成するにあたって、店舗の武器として機能していただく各部門のコンセプト作りを、店舗内の役割として考えていくと、部門の今年の方向性がしっかりと見えてくるのだ。

それは、まだ私だけが見えているのかも知れないが、部門チーフと簡単に打合せをしてみると、意外にすんなり受け入れてくれるのである。

 “ストアコンセプトは伝わり易いのかな”

実行計画まで具体的に詰められていると、“これをやるのか!”という圧迫感があるが、ストアコンセプトや部門コンセプトのように、一行のフレーズに「夢」が凝縮されると、そこからいろいろな想像力が湧いてくるのだろう。

 店長とチーフが同じ夢を描く。

そのワクワクドキドキが、具体策としてチーフの想像力を掻き立てる。

 そんな実行計画は、現場の歯車として機能する。

「夢」の実現。
まずは、大いに「夢」を見ようと思う。





 

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2012年2月26日 (日)

iphone恐るべし!

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


iphoneを使い始めて約半年。

 iphone恐るべし、と思い始めている。

何が、恐るべし、なのか?。

 グーグルと組んだマップである。

住所を打ち込むと、即座にマップに反映される。

 しかし、これは当然のこと。

マップが航空写真に切り替わり、かなりの精度で建物の実写が見える(上から)。

 これは、かなり現実味を帯びてくる。

更に、驚くべき事は、ポイント表示されたところの横から見た実写が見えるのだ。

 まるで、「その場に立ったかのように」。

それも、交通量の多い道路の真ん中に立った状態で、365度の視界で見る事が出来るのだ。

 どうやったらこの技が成せるのだ!。

そう思ってしまうほどの「技」ある画面が見れるのだ。
これは最近知った、マップの裏技なのだ。

 この画像をどうやって実写したのか?。

人間が、その場に立って写真を撮ったとしたら、有り得ない画像である。

まずは、360度のパノラマ画像がどうして撮れるのか?。
次に、どうして交通量の多い道路の真ん中に立てるのか?。

まだ、サービスエリアは限定されているようだが、それでも都内や主要の地方都道府県までサービスエリアは広がっており、行ってみたい行楽地の周辺地域地上写真が見られるのは特筆だ。

おそらく、今後ともいろいろな機能が付加されていくのだろう。
そして恐るべき機能がまだまだ潜んでいるのかも知れない。

私にとっても、今やiphoneは手帳よりも身近な存在になっている。
ネット機能やマップ機能、カメラ機能といっスマホ特有の機能はもとより、メモ機能、スケジュール機能といった手帳機能に関しても、身近なiphoneを思わず使ってしまっている。

それほど入力操作に違和感が無く、その他の機能との連動性が非常に使いやすい事がわかってきた。

例えば、スケジュール機能にメッセージ機能を付加すれば、30分までに知らせれくれ、忘れる事は少ないなどの便利な機能がたくさんある。

iphone間でのアプリの連動性に優れているのだ。
使い始めていくと、その奥の深さと利便性が見えてきた。

しかし、使うに従い充電サイクルが頻繁に発生してくる。
更には、インフラ整備の遅れで繋がりにくいという問題も潜在している。
どこまでiphoneが進化し、インフラが整備されていくのか。
楽しみではある。



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2012年2月25日 (土)

自由の「幅」と「深さ」

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


組織人としての「自由」とは何なんだろう?。

 社会にもルールがあるように、組織にもルールがある。

社会のルールとは、人が人間らしく尊厳に満ちた生活をする為に決めたルールである。
それに違反したなら、処罰されるという非常に厳しいルールである。

しかし、それ以外はすべて自由に出来るのかと言うとそうではない。
処罰の対象外でも、その地域や人種によっての常識がありルールがある。

そして、自分が属する会社という組織にも、また別のルールがある。
それは、その企業が使命とする目的に対して、組織として達成する為に、より詳細に個人にまで及ぶルールが存在する。

 その規定に従って、組織人は行動する。

その規定内での「自由」。

自由と言うと、全てまっさらの状態からの自由を想像するがそうではない。
まして、新任間もない新入社員や新人チーフが自由を叫けぶが、その段階から自由な手法で仕事をし始めたら、それこそピンからキリまでの幅で店舗レベルがバラバラに乱高下してしまう。

更に、ひとりひとりに対しても、マニュアルと称しての規定書やルール書が定められており、ある程度の行動指針も示されている。

 それは、自由の幅という領域を示していると言える。

しかし、その領域を守って行動しているつもりでも、いつしか仕事を掘り下げて仕事を追求し行動していることに気づく。

掘り下げれば掘り下げるほど、その余力で周辺の穴まで広げてしまう。

 結果として、領域を犯す事も稀に発生する。

その壁に、どう折り合いをつけて仕事の深さを追求するかだ。
組織として仕事をしていくと、必ず上記のような壁にぶつかり、他者や他部署との軋轢を生む事になる。

 これが、組織の壁だ。

実にくだらない壁であるが、それでもその壁を調整しなければならない事も多い。
そして、再度自分の領域での深さを見直し、その深さを正しく掘り下げなければならない調整も生まれる。

その調整とは、より熱を持った人間に委ねるという調整が本質なのだと思う。
でなければ、組織上の損失が発生する事は必至だであり、掘り下げて仕事をしようとする人間のモチベーションにも関わってくるだろう。
もしくは、その熱を受け入れる代替の人が、しっかり熱を受け継ぐ事が大切だ。

 本部の商品部と販売部との軋轢が話題になる。

市場での直接買い付けに関して、従来の手法から切り替えて、本部バイヤーの情報に絞って仕入れをコントロールする企業が増加している。
それはそれで、チェーンストアとしての方向性として正しいのだろう。

しかし、仕事を掘り下げれば掘り下げるほど、個店の直接取引に向かうことになっていく事は自明の理なのだ。
そして、その理由を無にするほどのバイイングを発揮しなければならないのが、バイヤーの仕事だ。

それほどバイヤーとはプロフェッショナルで無ければならず、一年365日、24時間情報というアンテナを張り巡らし、感度良く自社に利益を生む行動を発揮しなければならない。

そして、お互いにその役割としての職責を残せなければ、その職を降りる覚悟を持たなければ、その自由という権利は得られないのではないかと思う。



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2012年2月24日 (金)

人間の強み③

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


以前のブログで記した「人間の強み②」
http://tetu-syoubai.cocolog-nifty.com/blog/2012/02/post-e395.html

人類の進化の歴史をひも解き、人間の平和や素晴らしさを考察する番組であるNHKスペシャルの「ヒューマン」。

その3回目が先日放映された。

 今回のテーマは「農耕」。

自然を利用して生きる工夫を組織的に広め、生物の中でも圧倒的なスピードで進化を遂げた人類。
しかし、その自然の利用にもいつしか限界が現われ、人口の増加と共に如何に食料を増産するかの課題に直面する。
そして、自然を利用することから、自然を育てて食料を得る事を覚える。

 「農耕」の技術の取得である。

しかし、農耕がスタートするとともに、部族間のトラブルが多発する。

 えっ、農耕技術は平和のスタートではないの?。

そう勝手にシナリオを描いて見ていたが、その逆だったようだ。

 要は、農耕エリアの奪い合いが発生したらしい。

人間の脳には、初期の脳内に「篇桃体」が存在し、闘争ホルモンが分泌する。
それが、部族間闘争を引き起こすのだが、平和を守るホルモンも存在する。

 それが、祈りであり、誓いであり、信じる心である。

それにより、闘争相手と同じ祈りや誓いを交わす場所(集会所)を設けて、そこでお互いに御馳走を分かち合い、和平ホルモンを醸し出してまとまりを得ていく術を知る。

ちなみに、古代から人間の御馳走と言えば「米」「肉」「酒」の3大食料なのだそうだ。

 「米」は普段の主食の最高峰
 「肉」はタンパク源の最高峰
 「酒」は神からの頂き物

これは、国の違いや言葉の違いいう壁を越えて、全く異ならない3大御馳走なのだそうだ。
だから、古代人達は生産性の悪い小麦から今でいうビールを作り、大切な場面で「神からの頂き物」を振るまい、人間同士の結束を固めるために生産し続けてきたらしいのだ。

その延長線で、小麦の生産性が高まり、その小麦栽培の技術を持っていろいろな地球上の災難という困難を乗り越えて人類が全世界に広まっていった原動力となったのだ。

この番組(今回のヒューマン)を見て想った事がある。

 「食卓とは、平和の証だったのか?」

そこには、米があり肉があり酒がある。
そしてそこに人が集い、平和を誓い、結束を固める。

食料を扱う我々の仕事とは、単に生きるための道具を売る仕事では無く、その食卓を満たす仕事なのである。

この番組を信じるとすれば、その食卓とはもともと平和の象徴。

それは、人々に平和の証としての食卓を、より豊かに演出していただく使命を負っているということでもある。

いろいろな願いを込めて生産された食材。
その願いを、醒めないうちに食卓に届ける事が、我々の使命なのだ。

 そう置き換えて、この番組を見終わった。



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2012年2月23日 (木)

dadamaさんとの出会い

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


最近よくコメントを頂く「dadama」さん。

 先日、初めてお会いした。

なんと夜行バスを利用して、わざわざお越しくださったのだ。

 嬉しい事である。

半年ぐらいから、私のブログを見てくださっているらしい。

 同じ店長仲間でもある。

ここ数週間でコメンテーターになって頂き、早速合いましょうとのコンタクトがあった。

 “このスピードは何だ!”

実際にお会いして、お話をさせていただくと、そのスピード感が伝わってくる。

 つる割れりんご1000ケースの量販。
 トマトジュース30ケースの量販等。

全ては、事前の情報からヒントを嗅ぎ取り、即行動した結果。
如何にそのスピード感が、人より一歩抜きんでているかが分かる。

 これは、現場を長く経験していかないと分からない感度である。

よく、アンテナを高くしろ、とか感度を磨けとか言われるが、感度が磨かれただけではダメだ。
その感度から行動に出なければ、何の意味も無い。

それは、自らのアンテナを通して得た感度ある情報を、自分の商売に活かし、見えない未来に自分の感度を信じて行動し、商品を仕入れて売り込むと言う商売に転化しなければならない事だからだ。

 リスクを冒して、感度を商売に転化する。

口では何とでも言えるが、それを商売に活かして実績を作るとなると、これはもう、現場を持って自ら実証しなければならない事だ。

 自ら、汚れられるか?。

そこに商売の真髄があるとも言える。
その事を、身を持って実証され、店長として人を率いていられる方だった。

お話している中で、私に言ってくださった言葉。

「朝ブログを見て、一日の課題を与えられたと思っています。そして夜にその解答をコメントとして入れているのです。」

 “そんな風に活用(?)されているんだ”

本当に嬉しいコメントと同時に、更にこのブログに対する緊張感も覚えたのである。
そして、このブログを通してお会いした方とは、全て十年来のお付き合いをしているとも思えるほどの親近感を持って初顔を合わせ、会話を楽しみ、今なお続いている。

そしてdadamaさんのコメントを頂くたびに、同じ匂いを感じていたのだが、実際にお会いしてみて、その匂いは間違い無かった。

現場を長く経験して店長職をされている方の話には、真実がある。

私の課題としている疑問に対して、明快に解答していただいた事でも、それは明らかだ。
最後に、一杯飲っての楽しいひと時も、大変有意義な時として、明日からの糧にしていきたい出会いであった。



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2012年2月22日 (水)

宝くじ

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


震災復興の宝くじ。

 いろいろな意味で、購入してみようと思った。

テレビで案内を見ていて、ふと心に留まったのだ。

 “震災復興?”
 “5億円?”

収益金の一部は、震災復興支援に使用される。

 “普段、何一つ支援していないからなぁ~”

更に、

 “あわよくば、5億円か”

後の動機のほうが強く私を推したのは確かだが、ハズれても復興に使われるのならいいか、という不純な動機があったのも確かだが、いままで意識して宝くじなど購入した事が無い私にとっては、めったにない宝くじだ。

 私は、ギャンブルは一切やらない。

宝くじをギャンブルと位置付けるのは、議論の余地はあろうが、そう言ったくじ、パチンコ、麻雀、花札等の賭け事は一切やらないクチだ。

 なぜか?。

くじ運が無いからだ。
こればかりは、自信を持って言えるのだ。

 私には、くじ運が、からっきし無い。

だから、他者から誘われても行かないし、やらない。
学生の頃から、それを通していると、誰も誘わなくなる。
社会人になると、酒の一次会が終わると、ギャンブル組と二次会組に分かれて行動するが、当然決まって二次会組だった。
煙草も吸わない為、あの悶々とした建物の中でギャンブルをする気持ちがわからないとも思っている。

しかし、その私が今回の復興支援宝くじだけは、購入した。

 このコマーシャルと意図に「ピン」と来たのだ。

趣旨に賛同したし、当たる予感もした。
こんな事は、めったに無い事だ。

女房に言ったら、

 「えぇ~!、珍しいわね。買ったら。」

私のくじ運の無さを一番知っているのが女房だ。
その彼女が、買ったらというのだから、私の肩の荷も軽い。

そして、市内で一番確立の高いと言うわれている販売所で購入した。

 “なんだかんだ言っても、狙っているんじゃん!”

はい、どうせなら、狙ってやりますよ。
外れても、復興の為だもの。
訳のわからない使い道では無いようだし。
少しは、俺も貢献したという意識にもなれるし。

そんな訳で、3月23日の抽選日が今から楽しみですね。



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2012年2月21日 (火)

問いを持って生きる

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


ちょっと時間がかかったが、ようやく「覚悟力」を読み終えた。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4569693490/tetu0358-22

特に最後の章の「自分の人生を生きる覚悟」の部分では、たくさんの多くの感動的な言葉が続く。

その中で、一番感動した言葉は、

 「問いを持って生きろ」

その人が、どのような問いを持って生きているかを見れば、その人の人生が見えてくると言う。

 
 「人生を問う」

そうのように大上段に構えると、どこかでじっくりと時間を掛けて考える時間を擁しなければならないと思ってしまうが、そうではない。

 身近なところでは、問題意識を持つ、と言うこと。

昨日の話ではないが、防災用品をコーナー化すべきかどうか?、を問う。

そうして目先の事を考えると、とにかくお客様の声に応えようと行動する。

しかし、一歩引いて考えれば、私が従事する仕事から見れ、防災用品という品揃えはお客様にとってどうなのか?。と見る。

私の従事するスーパーとは、どんな使命を持つのか?、を問うことになる。

地域のお客様の普段の食事を通して、豊かになって頂く事、という答えを見出した。

そのような使命を持つ企業に従事する自分は、その事に応えられるのか?、を問う。

そうして問いていくと、それ以前に、そのような使命を負って生きていく自分に対して、それでいいのか?、という問いにたどり着く。

結局は、その問いに対して、自ら明快な解答を持ち得なければ、都度都度の些細な選択から問いを繰り返す事になる。

しかし、大前提の、自分の生き方に対する問いに常に向き合えば、そこから降りてくる問いに対しては、自動的に解答が振り分けれらる事になるのだ。

 だから、どう生きるのか?、という問いが大切なのだ。

この問いに、明快な自分の生き方の解答が用意出来ていれば、その他の解答は自然に降りてくる。

そして、それを繰り返していけば、人生の目的が見えてくる。

 私の人生の目的は、こうだ。
 だから、その為に、どう生きる。

こう考えると、自分の人生の「何」を問うかが非常に重要となる。
問いの答えも重要だが、問うこと自体が大切なのかも知れな。

解答はそう簡単に出てこないかも知れないが、その問いがいずれ自分の生き方自体を変え、より良い人生に向かって導いてくれるのではないかと思う。

この本もまた、私のバイブルとして位置づけされるだろう。




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2012年2月20日 (月)

防災用品の需要

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


先日、あるお客様から問い合わせがあった。

 「そろそろ乾パンの日付が切れるんだけど」

要は、防災用品を集めたコーナーに缶入りの乾パンの品揃えがあるか?、という問い合わせだった。

店には乾パンは品揃えしているが1アイテムのみで、ましてや他社のようにコーナー化している訳ではななった。

 防災用品のコーナー化を図るべきなのか?。

震災から間もなく1年。
その時の教訓はたくさんあり、防災に対するお客様の意識は再度高まってくるだろう事は容易に想像がつく。

 しかし、・ ・ ・ 。

限りあるスペースしかない食品スーパーで、防災用品を集合展開すべきなのか?。
バイヤーに連絡してみた。

「このような問い合わせがあったんだけど、どうすべきか?。」

「どうなんでしょうね?。コーナー化して売れますか?。」

「ん~ん、売れないだろうなぁ~。」

「そうでしょう。限りあるスペースでもっと展開すべき商品があるハズですよ。それにそのような類の商品はホームセンターに任せるべきではないですか?。」

確かに、そう言われればそうなのだが。
そして、過去に何度かこのような提案をしてコーナー化してみたが、なかなか食品スーパーと言う位置づけから、お客様の需要の高まりを引き上げる事は出来なかったという苦い過去もある。

震災から1年という特別な時期が近づいてきた。
そして、私達が従事している「食品スーパー」という存在意義も含めて、震災1年後のこの時期に、どのような品揃えをしてお客様に食品スーパーとして貢献していくべきか、という問いを持たなければならない時期でもあるのだろうと思っている。

 生鮮主体の食品スーパーとしての最優先は?。
 どこまでイレギュラーな場面をカバーすべきか?。

所詮、我々は普段の食卓を提案するという最大の使命を持つ。
そして、それに付随した品揃えに対して、カテゴリーを細分化して約500坪から700坪程度の面積に品揃えをカテゴリーごとに分配し、店舗レイアウトを決めていく。

だからどちらかと言うと、雑貨といカテゴリーの優先順位は最下位に位置づけられる場合が多い。

競合各社を見ても、500坪前後の食品スーパーで防災用品をコーナー化している企業は無い。
しかし、1200坪程度の衣料品も併せ持つ企業の中には、防災用品をしっかりコーナー化して需要を喚起している企業もある。

 企業としての考え方の違いなのだろう。

そう考えると、最後に行き着くところは、「経営理念」。
経営理念に照らし合わせて、我々の使命を優先順位をつけて列挙した時に、捨てる部分も重要。

そしてもう一方では、日々来店されるお客様にとって、このお店の品揃えに本当にそれを望んでいるのか?、と言うことだ。

そうやってアンケートをすると、置いてほしいという声は必ず上がってくるのだが、あくまでも限りあるスペースの食品スーパーで販売する防災用品という考え方からのアプローチで品揃えを検討しなければならない。

そう結論づけたところで、もっともっとお客様に提案していかなければならない別の顧客満足を優先し、「体調管理対策商品」の量販を優先して売場造りをすることに決定したのである。



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2012年2月19日 (日)

お客様との会話から③

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


先日、毎日ご夫婦で買物されるお客様と会話した。

 70代のご夫婦だと思われる。

いつも二人揃って来店されるお客様は、私は大抵の場合は顔見知りになる。
それは以前のブログでもお伝えしたと思う。

 それは、私の憧れでもあるからだ。

私も現役をリタイアしたら、そんな風に女房と二人で買物に連れだって来たいと願っているからだ。

 “えっ、現状はそうではないの?”

いやいや、仲は良いですよ。
しかし、毎日来れるかと言われると、心もとない。

それは、私が飽きやすい性格からかもしれないが、どこかで日々の食卓の買物を女房に押し付けている場面もあるからだ。

 “なんか今日は行きたくないなぁ~”
 “今は、ブログ書きで忙しいなぁ~”

そんな場面があるが、結構毎日ご夫婦で来店されるお客様は多い。

 “二人で居る事が、苦にならないんだなぁ~”

そかし、どこかでそんな余生を送りたいと思っているのだ。
女房が、私に対してそう思っているかどうかは別にしてもだ。

そのお客様が、先日私に話しかてきた。
旦那さんが、なにやら緊迫感を持って、言ってきた。

「いやぁ~、専門家の意見を聞きたくてねぇ~。」

 「どうしましたか?。」

「さつまいもは、どう保管すればいいのか、女房と言い争いになってねぇ~。」

奥様が言うには、新聞紙でくるんで保存した方がいいと言うが、自分は冷蔵庫に入れておくのは一番良いと思っていると思い、お互いに意見が対立したため、専門家であろう店長としての私に意見を求めてきたのだ。
 

 私は、意見に詰まった。

どちらが良いのかは分からなかったからだ。

「いやぁ~、どちらが本当に良いのかは、どうでしょうねぇ~?。」
「でも、当店でも冷蔵ケースで販売してますから、温度変化は少ないほうがいいと思いますよ。但しご家庭の冷蔵庫の場合は、冷え過ぎも考えられますからね。」

そう言葉を濁していた。
それを聞いて、旦那さんが言った。

「それじゃぁ~、何か保存できる入れ物でもあるかい。そうだなぁ~発砲スチロールのような保存出来る入れ物があれば便利だなぁ~。」

「そろそろ、この辺で、女房との仲直りの落とし所を考えないとなぁ~。これだったらお互いの意見に妥協点を見いだせるだろう。なぁ~お前?。」

旦那さんは、この発砲スチロールで保存する事で、奥様とのけんか?の妥協点を見出したようだ。
そして、奥様もこの旦那さんの意見に乗って、この件の落とし所を得たようだ。

 “この辺の機微が、毎日仲の良いポイントか”

そして、やっぱり夫婦円満の秘訣は、旦那様にあるようだ。



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2012年2月18日 (土)

子役の活躍に想う

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


先日テレビを見ていたら、最近の子役の活躍に関して報道していた。

 朝のテレビでのちょっとした特集だった。
 たしか、フジテレビの「とくダネ」だったような気がする。

最近の子役の活躍ぶりの特集だったが、その子役のレッスン風景やテレビ局での裏の行動とかを映していた。

 “こんな言葉を発するのか?”

自分の子供時代を考えると考えられない程の大人びた表情であり言葉である。

 “まるで、大人顔負けだな”

会話の中身も、機転を利かせた内容の話しをインタビュアーに返す場面や、その表情もしっかりと相手を見て笑顔で対応し、我々の接客訓練以上のレベルにある。

 “本当に、こんな子がうちの従業員であったなら”

それほどまでに、この子たちの演技力は、造られているのだ。

 自分を造る。

この技術に関しては、大人だろうが子供だろうが関係無く持ち合せる事が出来るんだと思った。
そして想った事は、

 “自分を造る技術を得たこの子の未来は?”

いろいろな失敗や挫折を経て、ようやくたどり着く対人関係での技術。
それを、その過程を経ずして修得してしまったこの子たちの今後はどうなるのか?。

 それは、大変失礼な想いなのかもしれない。
 間違った偏見を持った考えなのかもしれない。

しかし、この特集を見て想った事は、この表情や言葉の裏側に潜む内面の想いが確立されているのだろうか、という不安だ。

今まで生きてきた経験からの「不安」「挫折」「希望」「感動」等が、個人の感情面の強さを確立し、相手への想いやりや優しさから、他者と共に自分を活かすという人間としての人生観の確立が、自然にその人間の行動や表情として備わるから、その人間が他者から信頼を得ていくのだ。

それが、表面上の対人関係の技術が先行したら、人間の未来はどう転がっていくのか?。
その事が不安でならない。

ビジネスとしての自分の存在と行動が先行すれば、そこには打算が生じ、その目的のの為に自分を造る技術を駆使する。
そして、相手からの称賛をを期待する人生観を持ってしまったら、それは不幸な人生を歩む事になるのではないか。

 そんな事を心配してしまった。

それは私の錯覚であり、余計なおせっかいで終わればいいのだが。
どうも、あの子たちのあまりにも造られ過ぎた行動を見ていると、余計なおせっかい心が出てきてしまうのだった。

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2012年2月17日 (金)

未来の予測と創造

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


「運命」という言葉がある。

 人生は、全て意味のある運命で定まっている。

そう捉える生き方もある。
しかし、別の人生観もある。

 人生は切り開いていくもの。

自分の人生は自らの手で創造していく事が出来る。

30代の頃は、このどちらの意味もよく分からなかった。
ガムシャラに働き、突っ走り、行き当たりばったりの結果に一喜一憂していた。

しかし、この歳になると、これらの言葉の意味が良くわかってくる(ような気がする)。
以前は、なかなか未来の予測も出来なかったが、同じ仕事を一年一年と積み上げてくると、そして部門の仕事から店舖全体の仕事に範囲を広げて捉えていくと更に見えてくるものがある。

それは、一年というサイクルの流れであり、競合が出店しての数値の動向であり、人の成長であり、この仕事に関わる全ての流れがある程度見えてくるものだ。

 所謂、予測する能力が付いてくる。

おそらく、未来を予測する能力とは、ある程度熟練してくると身につけられる能力であると言える。

予測し、それに備えようとする。
大きな動きに対して、出来るだけ衝撃を緩和する為に、備えようとする技術。
そのような予測能力を駆使して、上司は部下の未来を予測して緩和策をアドバイスし自ら手を打つ。

 結果、現実とのギャップに対しては、「運命」と捉える。

ここまでは、ある程度の経験で補える事である。

  しかし、未来を創造することは、なかなか出来ない。

未来を予測し、自らの手で自らの人生を創造すること。
それは常に、自分の未来を予測し、その為に今から自分の人生を変えていく事だから。
確立した現在にくさびを入れて、未来のために新たな自分を描き、そうなるように今から手を打ち、未来の自分を創造していく。

 夢に向かって、自分を創造していく事。

そこには大きな壁がたくさん存在する。そしてその為に途中で挫折する場面がたくさん現われる。
夢を実現する人と出来ない人との差、それは、壁を乗り越えるというよりも諦めずに何度もぶつかる事なのだろうと思う。
そして、それを突破する事を学ぶと言う事が、その後の進化を容易にする技術であり姿勢であり、レールを敷く事によって得られるメリットでもある。

よく我々は、後になって「なぜこんな事で悩んでいたのか?。」と思う事があるが、これは後になってようやく分かる事であり、見えない未来に対してはどうやっても見えてこない先なのである。それはぶつからなければ分からないし、その力加減と乗り越え方は一度や二度では見えてこないものなのだ。

一度や二度で諦めない心と行動が結局は「命」なのであり、その人の強さなのである。
そして、そんな強い精神で行動する人間には、必ず「運命」が開けてくる。

 それも「運命」。

言いかえれば、「運命」を切り開くには、「創造」を繰り返して実行することであると言える。

 結果として、運命も変える事が出来ると言う事だ。

そういう意欲的な人生を生きていく。

残り何年という計算が成り立つ世代になってくると、逆にこんな意欲的な人生を歩もうとする意識が芽生えてくるのだろうか。




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2012年2月16日 (木)

組織が燃える時

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


組織が燃えるとは、どういうことか?。

 店舖が一丸となって目的に向かう状態。

店長として、預かる店舖を常にこんな状態に保っておきたいものだ。
しかし、この緊張感を維持すると言う事は、至難の業である。
特に、何も問題が起こらず、数値も比較的安定している状態であれば、徐々に個々もモチベーションが低下し、気がつけば個々の担当者の瞬発力が無くなっている。

 競合店の出店。

店舖にとって、この事実に勝る揺さぶりは無い。

 自店の存続の危機。

競合店が出店したからといって、即自店が閉店に追い込まれることは無いが、大きな数値の低下は余儀なくされる。

そしてそれは、店舖の従業員にとっても一丸になれるチャンスでもある。
店舖にとっても、そうそう数ある機会ではないが、私はこんな場面に遭遇すると、このチャンスに店舖の組織強化を図ろうと、この機を利用する場面が多い。

競合出店というピンチを、組織強化というチャンスに変える。

それは、競合対策と組織強化という一石二鳥を負う事が出来る数少ないチャンスなのである。

 それは、競合店の改装でも同じ事が言える。

敵が組織強化してきたら、自分達も同様に組織強化して対応する。
人間には、古来から組織への帰属意識と対抗意識が存在するものだ。

人間には、個人と同様に組織の進化を考えるDNAが備わっており、その為に組織に帰属する意識も大きい。そして敵に対して組織を強化し、まとまりを得て戦おうとする意識だ。

だからこんな場面は、この店舗としてどう戦い、どう結果を導き出し、どう勝利するかという道筋が共有出来れば、店舖は必ずまとまるのである。

 敵が出現すると、チームはまとまろうと意識する。

それが人間社会なのだ。
だから、店舖には、常に「敵」が必要なのでもある。

 仮想の敵の存在が、店舖を強化してくれる。

そうとも考えられる。

 競合店に勝つためには?。

その為に、お客様の目線で見た店長の指摘に対して、どう取り組むか?。
そんなシチュエーションが、一番個人のモチベーションを高めるのである。

個人のモチベーションとは、ある一定の条件が揃った時に、大きく揺り動かされるのである。

 それは、

  個人の生きる目的を持った時。
  組織への帰属意識を持った時。

この二つの意識を持った時に、個人のモチベーションは最大に高まる。

 これは、人間とはそのような動物であるからだ。

その事によって、人間とは他の動物を出し抜いて進化し続けてきたからだ。

店長として、仮想の敵をどう造り出し、それを利用し組織強化を図るか。

 私の、組織強化の流儀である。

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2012年2月15日 (水)

異動の季節

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


今年も異動の季節がやってきた。

 そして、競合店の店長が挨拶にやってきた。

「いろいろお世話になりましたが、この度異動になりました。」

わざわざ挨拶に来てくれたのだ。ありがたい事である。
特に昨年は、震災に始まりお互いにいろいろと苦労してきただけに、情も深く感じていただけに感慨深い想いである。

震災時には、お互いに情報を取り合い、営業、品揃え、節電等の現状と今後のお互いの考え方や企業姿勢等を交換し、自店の方向性を探る上で参考にさせていただいたり、その後の安定期での現状の課題等も話し合ってきた仲だけに、残念でもある。

しかしお互いにサラリーマンの身。
自分の意志で個店の店長が出来る身分でもない。
我々は、辞令一つに従い、その期待役割を担わなければならないのだ。

 しかし、それはお客様には関係ない事。

店舖に来店されるお客様は、常に食事に関わる買物を満足させるべく来店される。

 更に重要な事は、この時期のお客様の特質である。

我々が異動の季節なら、お客様も同様に異動の季節である。
店舖周辺のお客様も、異動によって様変わりしていくのである。

 要は、新規顧客開拓の絶好のチャンス。

店舖周辺に新たに住まわれたお客様が一番に探索するもの。
それは、どのお店で普段の食事の買物をするかという選択。

 品揃え、鮮度、安心、サービス、価格等。

選択肢はたくさんあるが、ある程度一店舗に決めかかる時期。
その決め手は、やはりそのお店への信頼であろう。

 ある意味、店舖にとっては、一番重要な時期。

この機に、「人事異動でぇ、」という言い訳は通じない。
昨年もそんな記事を載せた記憶がある。
http://tetu-syoubai.cocolog-nifty.com/blog/2011/03/3-82f0.html

そして人事異動があって、新たに店長が顧客調査から始める企業もあれば、改装にて新規顧客獲得に絶好のスタートを切った企業もある。

スタートが全てではないが、良いスタートを切ることに越したことは無い。
2月後半から4月にかけてのこの時期。
異動の無い者にとっては、競合に先んじてスタートダッシュを切る絶好のチャンスと捉えて臨まねばならない時期である。




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2012年2月14日 (火)

バックヤード

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


久しぶりに、ある部門のバックヤードに入室した。

バックヤード(作業室)に店長がズケズケ入ってくる。

 私が鮮魚担当の頃は、嬉しかったなぁ~。

店長が皮靴を物ともしないで入ってくる。
それはある意味緊張感を伴うが、反面、ここまで見に来てくれたという感動。
その両面が交錯し、ちょっと恥ずかしい気持ちにもなったりした。

 作業場内を見られる。

これはもう、何の隠し事も出来ない、素な部分である。
売場は如何様にでも隠す事は出来るが、バックヤードはそうはいかない。

 衛生管理、整理整頓、各種チェックシート等。

普段のスタンダードレベルが如実に表れるのが作業場でありバックヤードである。
特に生鮮の作業場はピーク時には慌ただしく、作業場内も汚れ、そして殺気立っている。
そんな中に店長が立っていれば、否応なしに「血」が上ってくるものだ。

 “何しに、来たのか?”

部門責任者であれば、そう思う時もある。
更には、

 “こんな場面を見てほしいなぁ~”

と言う時もある。
同様に殺気立っているのだが、良い売場が完成し、作業も余裕で行われている時など、店長との会話も余裕で交わされるのだが、と言う時だ。

どちらかと言うと、店長が部門内に入り込んで来る時というのは、売場が乱れており、中の作業がどうなっているのかのチェックにくる場面が多い為、

 店長が入ってきた = 売場のダメだし

その公式が成り立つ場面が多い。
そうするとどうしても反抗的な態度と重なり、店長からすると

 “なんて生意気な奴だ”

の烙印を押されてしまう。
そんな自分の過去を振り返ると、店長が作業場に入ってくるということは、あまり良い印象は無かったように思う。

それもあってか、店長になってからは極力各部のバックヤードや作業室には顔を出すようにしているのである。

朝の出社時や、作業ピーク後のひと時、そしてこれから売場のピークになるであろう前の状態の時、そして作業終了後の室内等。

バックヤードにも位置があり、奥に行くほど複雑な作業工程が待っている。
だから尚更、奥まで行って、パートさんの作業をしっかり見てあげる事も必要なのだ。

 “めったに来ない店長が、ここまで来てくれた”

普段どんなに素晴らしい事を言っても、一番奥の作業場に来て声がけしてくれる。

 この事の効果がどれほど絶大な事か。

そして、久しぶりに入ったその部門からは、担当者が逆に声を掛けてくれた。

 「店長、これが新商品の〇〇ですよ。食べてみてください。」

  「どうしてこれがこんなに試食用としてあるんだ?。」

 「ええぇ~、焦げちゃったんです。」

  「なにぃ~っ、焦げたのを俺に食わせようとしたのかっ?。

 「いいえ、たまたまですよぉ~。」

そんな会話を交わしながら、想った。

 “まだまだ入り足りないなぁ~”





 
 

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2012年2月13日 (月)

店舖改装の目的

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


なにやら最近、競合店の改装が目立つ。
 

 昨年は、直近の競合店が一日の休業にて改装した。
 更に今年に入って、数店舗が軒並み改装に入った。

今年の3月以降は、昨年の震災特需の反動で利益的には相当厳しい数値に陥る事は目に見えている。

ということは、今年度中に是が非でも改装を完了しておいて、来るべき次年度の数値を少しでも引き上げようとする意図であろう。

利益的にも今年度内で消化しておいたほうが良いという財務上の理由もあろう。
しかし、ある店長と会話してみると、

 「ようやく、改装の許可が下りたよ。」

以前から、店舖で改装計画を作成し、稟議申し立てをしていたが、トップから改装の許可が下りなかったらしいのだ。

 トップから、改装許可が下りない?。

トップの考えでは、改装しただけでは何にも変わらない。
要は、現場の考え方が変わり、それに伴ってハード面の改装が伴い、両面からの改装が共鳴して初めてお客様に満足のいく店舖改装が完了し、継続でき、お客様の支持が高まるという信念だ。

だから、ハード面の改装を実施する以前に、現場のハート面の意識改革が店長を中心に進行しているのかが問われ、現場のハート改革が現状の数値を変えようとする行動として現われ、実現しているのかのチェックをされていたと言う事だ。

 “想いは必ず数値に表れる”

その想いと行動と結果が多少なりとも見られない内は、ハード面の改装など意味無し。
そう結論付けられていたらしい。
そして、その結果、ようやく改装の許可が下りたらしい。

 厳しい話しだが、それが本筋なのだ。

ハートの改革とハードの改装
別におやじギャグを言いたい訳ではないが、語呂合わせとしてはあまりにもドンピシャリの表現である。

改装にもいろいろな意味合いがあるが、店舖も10年も営業すればハード面の痛みは相当なものだ。
その為10年程度に一度、備品や什器の新装も兼ねて、レイアウト上も更に購買しやすいレイアウトに変更し改装する計画は都度見受けられる。

しかし、それも現場のハート面の意識も改革され、改装されるハード面に追いついていかなければ何の意味も無い。

 新規什器で新規顧客を発掘するんだ。

そんな意気込みが無くして、店舖改装などならん。
なんと厳しい話ではないか。

しかしこの厳しさが、店舖改装を成功へ導くのだと思う。

ここ近年の改装後の数値を見て見ると、必ずしも改装によって数パーセント上乗せになるというかっての神話はどこにも無くなった。
単に、ハード面の新装でケースを入替え、レイアウトを変更しただけでは大きな数値効果は継続しない。
それに合わせて、担当者がそのレベルアップしたハード面を使いこなすべく販売技術のレベルを上げていかなければ数値効果は高まらない。

その一番の数値効果の確認は、現状でも数値を変えられるか、という事実である。
そして、それを求められ、それを実現出来るから、その自信が改装後も継続してハード面の改装後のメリットを活かし続けられるという勝ちパターンを生んでいけるのだろう。

これが例えば、数ヶ月の改装であれば、ほぼ新店と同様の位置づけになろう。
新店スタッフは、例えば数ヶ月前に新店スタッフとして赴任するわけだが、その間の過ごし方が大いに問われることとなる。

それは、新規採用のパートさん達の教育期間でもあるが同時に、そのメンバー達の意識改革の期間でもあるわけだ。
だから教育のみに費やすのではなく、新店開店後の自分達の店舖での業績達成へ向けた店舖コンセプトの検証の期間でもあるわけだ。
そして、そう捉えるかどうかで、この数ヶ月の過ごし方が全く違ってくると言う事でもある。

 店舖コンセプトの検証期間。

そう捉えれば、自店がオープン後にどんな商売をしていくのかを、今の教育店舖で検証せざるを得ない。
だから、教育店舖の店長と新店の店長がその事を共有し、新店スタッフは教育店舖を借りて自らのコンセプトを実現させる売場造りをお借りするのだ。

そして、新店スタッフは教育店舖でパートさんを教育する傍ら、教育店舖の売場を借りて自らの新店のコンセプトを実現し、それが数値効果を得られるのかの検証をし、数値を上げて自らの店舖コンセプトが正しい事を証明しなければならないと言う事だ。

それが、数ヶ月間営業の最前線から離れ、利益創出に関わらなかったことに対するせめてもの恩返しであり、教育店舖をお借りして教育業務に専念できたことに対する教育店舖への恩返しでもある。更には、新店コンセプトの正しさの証明が今後の企業の方向性を位置づけることに対しての企業への恩返しでもある。

新店オープンや改装オープン。
自店がオープンするまでに、如何に自分達の実力を検証するか。
その回数と数値効果は、改装や新装後に大いなる自信につながることになろう。



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2012年2月12日 (日)

薬指の話し

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


先日、読者?の方と会話をしていた時の事。

 「てっちゃん店長、なぜ結婚指輪は薬指か、わかる?」

結婚指輪に限らず、婚約指輪も薬指である。

 「えぇ~?、知らねぇ~なぁ~。」

ほくそ笑んだ彼は、こう言った。

「いいですか?、両手を合わせて、中指だけを折り曲げてそのほかの指は全て指先を合わせてください。」

「ほら、親指は離れるでしょう。親はいずれ離れていく。そして小指、これもいずれ子供達も離れていく。人差し指もそう、いずれ他人も離れていく。しかし薬指だけはどうやっても離れない。だからお互いの愛を誓った相手には薬指に結構指輪をはめ合うのです。」

彼は、どうだっ!と言わんばかりに私を見下した(笑)。

 “悔しいが、初めて聞いた”

なんか、昔そんなような事を耳にしたような記憶もあるが、もっと別の意味もあったような気がしていた。

そんな話を女房にしてみた。

 「それって、聞いたことがあるなぁ~。」
 「でも、もっと深い意味もあるはずよ。」

そして、即ネットで検索した。

 「結婚指輪、薬指、由来」

そして、分かったのは、
薬指とは、昔は心臓に直結する指として認識されていたらしい。
そして、心臓=こころ という意味で、お互いに心を交わし合う間という御印として結婚指輪を薬指にはめるという風習が根付いたという事だ。

更に、右手には、「現実・行動」としての意味合いがあり、
    左手には、「想念・願い」としての意味合いがあるらしい。

そこから、左手の薬指が一番心からの願い事という由来らしいのだ。

 “なるほどねぇ~”

今更ながらだが、そんな意味合いがあったんだ。
しかし、こんな話題が巷に出てくるということは、これも「絆」意識の表れなのだろう。

結婚されている方は、奥さんを大切にしていますか?。
彼女のいる方は、彼女を大切にしていますか?。
そしてどちらもいない方、自分を大切にしていますか?。
更に、上司は部下を大切にしていますか?。

 大切なものを、守ろうとする気持ち。

人として、強くなれる心のよりどころが、ここにあるのだろうと思う。



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2012年2月11日 (土)

バレンタインのトレンド

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


今年のバレンタイン。

 2月の14日(火)。

  “毎年同じ日だろう!”

しかし、この曜日回りが微妙に嬉しいのである。
火曜日だから、前日の月曜の平日に義理チョコの購入の余裕がある。
更に、前週の週末には二日後のバレンタインの前打ちでの御馳走需要も十分可能であり、生鮮部門のバレンタイン御馳走提案も十分効果があるだろう。

そう考えると、14日が火曜日というのは、手の打ち様が多彩だと言う事だ。

 これが、月曜だったら。

全ては週末で決まってしまう。
生鮮部門は大々的に打ち出しが出来るが、大型店に一発吸引で終了。
我々中小の出番が少なくなるのは必至。

そんな訳で、多少有利な曜日廻りに安堵し、期待も膨らむのであるが、先日テレビを見ていたら、今年のバレンタインのトレンドなるものを放映していた。

 バレンタインのトレンド。

やっぱり、昨年の震災の影響が色濃く影を落とし、「絆」をより深めようとする動きが出てきているらしい。

 その一つが「手書きのメッセージカード」。

従来の「チョコ」だけのプレゼントでは無く、その他に、手書きのメッセージカードを添えて渡すという動きが広まっているらしい。

 バレンタインン。

愛の告白という狭義な意味合いのイベントから、日頃の男女関係や親子関係を振り返って、相手への想いやりを見直し、チョコと言葉と料理で感謝の気持ちを表すイベントとして捉えていく。

そうやって全てのイベントンに意味を持たせて、気持ちを伝える道具の一つに「食事」という場面を活かして頂く工夫が、過去からのバレンタインに対する我々のトレンドになってきた事は間違いない。

そして今年は、その一つに「絆」を更に深めていこうとする傾向があるようだ。
また、フェイスブック等を利用して、自分の画像を相手に見て頂くというような手法も開発されているらしい。
こうなると、最新の機器を使いこなせる若者の為のプランなのだろうが、もう一度「手書き」というアナログへ戻ろうとする傾向も強いらしい。

以前見たテレビでは、最近の若者の間に、手書きの手帳の復活が挙げられているらしい。

私が持つ「iphone」にも、あらゆるメモ機能が付いている。
「カレンダー機能」「メモ機能」等、手帳よりも身近な存在になった「携帯」に即記録出来る機能が集約されててきているが、それでも尚、手書きの手帳が復活してきている現実を考えると、機能的な部分と情緒的な部分が人間にはまだまだ存在しているんだと想ってしまう。

そして、そんな情緒的な部分の領域が人間を人間として行動させているのも事実。
震災から、あとひと月で一年。
あの慌ただしい状況を経験し、あの震災の意味を考える時、本当に「絆」の意味を問いただして行動していこうとする意識が更に高まっていくのではないかと思うのだが。



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2012年2月10日 (金)

輸入柑橘の食べごろ

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


昨日は、立春について。

 今日は、春に向かって売り込む果実に関して。

これからの時期、果実もいよいよ立春を迎えるが如く、一年のスタートを切るにふさわしい果実類がめじろ押しで出現してくる。

国産では、まだまだ「いちご」は値頃が崩れてきて酸っぱさもとれ「味」的には非常に美味しい時期を迎える。

また国産柑橘も「伊予柑」から「ポンカン」に移り、更に「デコポン」等のグレードも量販期を迎えてくる。

そして、「輸入柑橘」。

 その代表格がグレープフルーツ。

フロリダ産はこれからが本格的な旬を迎え、6月まで続く。
そして、メロゴールド。

 甘みの乗ったメロゴールドはGFの比では無い。

これほどまでに甘みが乗るのか、と感動してしまうほどの味となる。

 しかし、完熟した物に限る。

この完熟の状態が問題だ。
外見は決して美味しそうな状態では無い。

先日も売場の物を昼食用に購入したのだが、私が選んだのは、さもしょぼしょぼで皮に内部のシミが浮き出た状態のメロゴールドだった。

 無知な担当者なら、間違い無く外す商品。

ところが、この状態のメロゴールドが格別の味なのである。
よく我々も果実の鮮度チェックをするが、輸入柑橘以外の商品に関しては、この状態に陥った果実は、大抵は外す。

しかし、輸入柑橘(グレープフルーツも然り)に関しては、外側の皮がよぼよぼの状態になるまで完熟したものでないと、甘みが乗ってこない。

そう言う意味では、まだまだ酸が強く、一年で一番美味しい時期ではない。

 最高の時期は、4月からであろうか。

昨年も、震災以降に何度も「完熟」のグレープフルーツやメロゴールドを仕掛けて単価アップを図った記憶が甦る。

超特大サイズを200円アッパーで量販出来るのだ。
しかも、皮がショボショボになり、外面に内部の黄色いシミが浮き出た非常に面の悪い商品を売り込んだ。

これは、お客様もそんな商品が美味しいと知っているから売れるのであって、当初はどうしてもそれを分かって頂くまでに時間がかかると思う。

しかし、敢えてそれを告知し周知させていくと、逆にそれの需要が大いに高まり、市場としても通常は返品されてしまう商品が、逆にお客様に支持され返品率が低下して利益にも直結するわけだからありがたいことだ。
そしてそれは、我々にとっても仕入原価の低減に繋がり、その事が売価に反映されれば更に喜ばれることになる。

そうやって、共同して美味しい物を更にお買い得にしていく努力が、本来のサプライチェーンマネジメントと言えるのではないか。

今記した内容とは、決して輸入柑橘に限らず、その他果実はその他生鮮商材に至るまで言える事である。

 その時期時期の旬の、本当の美味しさとは?。

一年で一番美味しい時期の、一番美味しい状態を知る。
商品知識とは、このような事ではないのだろうか。



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2012年2月 9日 (木)

立春に思う

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


昨日は、「節分」の記事。

 そして今日は、「立春」について。

節分の翌日、2月4日が立春。

 なぜ、立春だけが話題になるのか?。

立春同様に、立夏、立秋、立冬と四季に立つ日があるのに、いつも立春だけが我々の前に露出してくる。

 節分の翌日、という分かりやすさ

これが一番登場する機会の多さなのだろう。
そして、一年のスタートを切るという分かりやすさ。
何事も始まりや、スタートの時期というのは、気持ちも晴れやかになる。

 そして、今日から「春」そして一年始まり。

そんな新鮮なイメージが生まれ、春に向かって気持ちも走り始める。
更に、天候もなぜか立春以降は、気温が上昇し、春の足音が聞こえてくるようだ。

 そして今週は、52週MDでは「バレンタイン御馳走特集」。

なぜか「春」らしい御馳走をイメージ出来る売場になっていくだろう。
つい先日まで、この冬一番の、とか何年ぶりのとかいう大寒波が押し寄せていたのだが、立春を越すと地球上の実態としても「春」に方向転換するようだ。

しかし、そう簡単に春に向かわないのが、日本と言う国の複雑さ。

 「三寒四温」。

三日寒くて、四日暖かい日の繰り返しで、徐々に、本当に徐々に春に向かっていく。
どちらかと言うと、我々スーパーの商売とは、旬を先取りする姿勢が強すぎるあまりに、立春を迎えると一気に「ところてん」等を積みだす企業も見かけるが、これはヤリ過ぎだろう。

毎年思うのは、お客様の暮らしの実態に合わせなければならない、と言うこと。
それは、その年年の気候にも合わせなければならない。
気温が上昇してくるとはいえ、まだ最高気温も10度以下。
まして、インフルや風邪も流行拡大している最中である。
受験シーズンも後半戦に入り、いよいよ佳境の試験が待つ中、子を持つ親御さんたちは、なんとかして最高の条件で受験させようと必死だ。

だから、2月いっぱいはどうしても「風邪対策」「インフル対策」としてのホットメニュー等の健康維持を意図とした商品提案の需要は底堅い。

しかし、それでも出てくる商材は売らざるを得ない。
「春告げわかめ」「ほたるいか」等。
更に、果実類も輸入柑橘類の味が乗りだしてくる時期。

先週、早速黄色く色づいたメロゴールドを仕掛けたが、いちご主体の彩りから、輸入柑橘の薄黄色い色合いに変わり、春のイメージが乗ってきた。
この色は、みかんに始まる日本の柑橘系の濃い柑橘の色とは一線を画するものである。

 “大した色の違いじゃぁ~ないじゃないか”

しかし、この色の変化がお客様には伝わるのである。

 人の「五感」とは、そう言うものだ。

そして、その些細な変化を意図して演出していくのが我々の感性なのだと思う。



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2012年2月 8日 (水)

恵方巻顛末

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


もうすでに2月の8日。

節分での恵方巻商戦も大むかしの過去の出来事になってしまった。

 “今更、恵方巻顛末記もあるまい”

そう思ってはいるが、他社はどうだったのだろうか?。
そして、自店の動向は。

 節分とは、豆まきの日。

もうこれは、10年以上も昔の認識になってしまった。
今や節分とは、

 一年で一番寿司部門の売上が高まる日。

だから、店長として寿司に関わる日であり、寿司の記録を年々更新していく日でもある。
現に、この店舖に赴任以来3回目の節分になるが、今年も含めて更新し続けている。

 なぜ、恵方巻だけは不況知らずなのか?。

それは、当然だ。

 これほど主婦が楽なメニューは無いからだ。

ここまで言い切ると、「スーパー大好きママさん」から大いなるクレームが付くだろう。

 「バカにしないでよ!。」
 (注)これは、山口百恵のセリフではありません。

しかし、年々不況知らずで伸びていると言う事は、我々販売者側の思惑と主婦の思惑が見事に一致し、この日だけは出来あいの「巻き寿司」で一家が悦び幸せになれる日として完全に定着してきている証拠であると言える。

我が家もそうであるが、別にカシコばって恵方を向いて無言でなどの儀式など無い。
ただただ、スーパーの一番美味しいこだわりの巻きずしを、食べやすい大きさに輪切りに切って食べるという食卓だ。

 まるかぶりでも無く、恵方でも無い。

しかし、一年で一度、巻きずしを食べるのであれば、各社のこだわりの美味しい巻き寿司を食べたいという購買意識。

これは、土用丑の日に、一番美味しいうなぎを食べたい日という認識と売場展開に似ているのではないか。

だから、年々その裾野が広がっていき、いまや年末年始を凌ぐ寿司の売上を記録する日となってしまったようだ。

 その流れの中での、今年の「恵方巻」の商売。

記憶に残るのは、昨年の「恵方巻」での敗北。
午後6時には、売場の恵方巻の巻き寿司は完全に真っ白になってしまった。
そこから巻くものの、タカが知れている。

 大いなる、チャンスロス。

そんな失敗は記憶に残るもの。
私と同様に、担当者も苦い記憶に違い無い。

昨年は当社の強い曜日。
今年は、金曜日。

 圧倒的に、午後からの集客、と読んだ。

しかし蓋を開けれ見ると、開店時から恵方巻にお客様が群がる。

 “良い感じじゃぁねぇ~かぁ~”

惣菜チーフには、このまま予定数量を造りきれぇ~!、と激を入れる。
単品の中には、予定数量をととっくに突破している単品もある。
そして、気持ちよく造りきったと同時に、ある単品が当方も無く売れていないことに気づく。

太巻きの高単価品は予定数量以上に売れていたが、2本入りの価格訴求品だけは動きが全く出ていない。

 要は、味の良い物に更に集中してしまったと言う事。

一年に一度の巻き寿司を食する日。
どうせ食べるなら、美味しい巻き寿司を食べたい。
その傾向が如実に現れた格好だった。
しかし、お蔭で夕方の品切れは回避できたが、ロスも発生してしまった。
それでも、チーフ、担当者とも昨年越えに自信を得、次年度へ向けての課題も明確に見えた「節分商戦」であった。




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2012年2月 7日 (火)

52週MD検証2年目を終えて

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


間もなく、私の区切りとしての52週が終わる。

 企業により、52週の区切りは違うだろう。

私自身の区切りは、2月が最終月間で、3月が52週のスタート。
だから、第1週は必ず「ひな祭り」からスタートする。

 そして昨年は、第2週で、大震災が起こるのである。

それは置いといても、私にとっては大きな区切りのときとなる。

 52週の取り組み1年目は、まずやってみた。
 そして2年目では、それを踏まえて計画した。

その取り組みも、2年間が経過したわけだ。

 実践と事前計画。

本来は逆であり、計画があって、実践がある。
しかし、自身のなかで計画が無かったところからスタートしたのであり、初年度はまず想い付きから実践し、昨年度はその反省を踏まえて事前計画立案と実践の段取りを踏んで取り組んでみた。

 真剣に2年間取り組んでみて。

やはり数をこなす事が、早道なのだと感じる。
1年の到来と経過が見えるのである。

 先が、見える。

その言葉がぴったりだ。
先が見えるから、より先手が打てる。

これは、商品部だけの問題では無い。
現場の担当者が先が見えずして、今の行動は出来ないだろう。
その連続が、52週の計画と実践であり、日本という国で商売をしようとすれば、その巡りとお客様の暮らしを連動させていかなければ語れない。

昨年は、一昨年の経験を踏まえて計画面に携わり、店長会での事前説明も任された。
そのプレッシャーもあり、より精度の高い計画作成を心がけてきたという背景もあり、52週MD計画と実践を順序は逆であれ、店舖の担当者といして実施してきた経験は大きく、自分にとっても大きな自信に繋がっている。

先日、その最終プレゼンを終え、ある達成感を覚えたのである。
そして、いつまでのこの事にしがみ付いている訳にはいかないとの使命感も湧いてきた。
それを使命感と言うかどうかは分からないが、そろそろ「52週MD」に直接的に、主としての関わりから、その経験を活かして売場を作りをしくていく傍ら、自らは別の使命を負っていきたいと考えている。

 “結局、52週に飽きたの?”

捉え方の問題である。
別の使命感と言って頂きたいのである。

 今まで、自分弱みとしてきた部分。

本格的にそこに入り込んでみたいである。
そしてそれは、大きな挑戦でもある。

 自分の「弱み」でもあるからだ。

なぜ、自分の弱みとなっていくのか?。
それは、意識的に、逃げてきた結果だからだ。

 今年は、逃げまい!。

そう意識して、取り組んでいく覚悟を持った。



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2012年2月 6日 (月)

ある人との会話から

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


先日、ある方と会話した。

 「君の今日の自慢の売場は、どれだい?。」

同業のトップの方でもある。

こんなダイレクトな会話は何年振りだろうか。

 その日の一番の売場。

私は、その質問に答えられない店長は失格だと思っている。
そして、そう教え込まれてもきた。

 店長として、どんな意志を持ってお客様を迎えるのか。

具体的には、店舖を預かる店長としては、全ての売場が自慢の売場であるハズだが、現実に全ての売場に意志が入っているかと言えば、まず有り得ない。

 全てを知っていての、究極の質問。

それが、前出の「店長としての自慢の売場」である。
店長が自分の意志で自由にお客様に提案出来る売場。

 全体でも1割にも満たないのではないか。

しかし、その1割が大きなものを言う。
その違いで、お客様を増やす事も減らす事もしてしまう。
売場とは、不変の売場を定番とし、変化する売場も併せ持つ。

変化する売場も、ほとんどは担当者任せの平場であり、店長の意志ある売場となるとそこは店長次第、ということだ。

 平場の全てがすべて店長の意志を入れるのか?。

その可否は別にしても、タイムリーな店長の意志ある売場とは、常にお客様の心を捉える変化に富んだ、そして実にタイムリーな仕掛けが施されていると思う。

 今の世情から、敢えてこれを売り込んでいる。
 今日の気候から、この単品に命を賭けている。
 自慢の商品育成の為に、他企業との差別化の為に。

いろいろな理由があるが、その事によって、新たな顧客を創造しようとする意志は見ていてはっきりと伝わるものだ。

 その提案の精度を上げていく事。

これが、最大の店長のMD力なのだと考える。

何度も言うが、売場の9割はほぼ決まっているのである。
残り1割の中の、ほんの数パーセントの売場に、意志を入れる。

 “何だ、簡単な事ではないか”

しかし、これが出来ない。
そして、先日のようにストレートに鋭く質問されると、窮してしまう。

 “今日は、俺の敗北だ”

どんな場面でも、常に簡単明瞭に自分の意志ある売場の説明が出来る。

 常に、「今日は、これだ」を持つ事。

そう言う意味で、まだまだ緊張感が足りないと思う瞬間だった。



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2012年2月 5日 (日)

国産ワインの話し

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


今日の話題は、「国産ワイン」。

 “やっぱり、好きなんだねぇ~”

確かに、好きです。
しかし、今日は酒飲みの話では無い。

最近は、なぜか「ワイン」が主になってきた(とは言っても、週に一回程度)。
以前は、ビールがメインであったり、焼酎のグレープフルーツ割がメインであったりだったが、最近はワインが中心になってきた。

 ぶどうという果実の飲み物だからだろう。

以前から話しているが、私は昼食時に果実を摂ることにしている。
それは健康の為。

 「柿は、医者いらず」
 「一日一個のりんごは、医者を遠ざける」

等々、血液サラサラ効果や免疫効果に優れ、美肌効果もある果実。
そして、果実を摂るようになって以来、更に病気知らずになってきた。

 だったら、たまに飲む「酒」も、果実だ。

それが、事の発端だったように思う。
そして、いろいろな「ワイン」を飲むようになった。

 そこで行き着いたのが、国産ワイン。

別に外国産を否定している訳ではない。
外国産もしっかりした商品であり、差別する気持ちは無い。

あくまでも個人的な見解で聞いてほしいのだが、やはり私は日本人。
生まれ育った地域と嗜好とは、切っても切り離せないものだと言うこと。

 外国産のワインは、体が受け付けないのだ。

あくまでも、私の個人の事ですよ。

日本で生まれた体には、日本産の果実が合うようだ。
飲んでいて、自然なのである。
体に、ストレス無く入っていくのである。
もしかするとそれは、国内工場で生産された輸入ぶどうかもしれない。
しかし、国内工場で、日本の消費者用にリニューアルされたワインだからなのかも知れない。

それも、コンコードと言うぶどうの種が合うようだ。

 同じ気温、同じ湿度、同じ四季。

同じ気候で共に育った自分と果実。
それは、同じものを共有し合って生きてきた歴史であり、それは今後も変わらずに在り続ける不変の法則なのだと思う。

 更に、国産の枝豆や野菜類をつまみに食する。

dadamaさんのコメントにもあった、純国産の野菜を進化した日本の食文化で味わう。
これこそが、我々日本人の醍醐味なのではないか。

ps
そんな事を言っていると、私もいずれ日本酒党に引きづり込まれてしまいそうで不安です。




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2012年2月 4日 (土)

人間の強み②

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


先日、人間の強みを記した。

 人は、笑顔でわかり合える。

結局は、これが対人関係の真実なのだと知った。
そして、今日はその二回目。

 NHKスペシャルの第二回目の録画を見た。

アフリカで発した「ホモサピエンス」。
我々の祖先だ。
しかし、アフリカの地も人間にとっては狭い場所となり、快適な暮らしを求めて領域を広げていく。

 「グレートジャーニー」と呼ばれる壮大な旅。

その祖先の挑戦が、いろいろな知恵を生み、更に強みとして身につけていく。

まずは、武器。

 もともとは、狩猟の目的で開発された武器。
 そして、人はその武器を他者と共有する事となる。

それが、他の動物との決定的な違いであり、先週の中でも記した。
組織力を駆使する知恵を持つ事が、人間成長の原動力であった。

 言い換えれば、組織力拡大強化が人間進化の歴史。

その過程の中で、「ホモサピエンス」を脅かす存在が現われる。

 
 「ネアン・デルタール人」

腕力抜群の屈強な人種。
一対一の戦いでは、絶対に敵わない。
現在のオリンピックに出場したら、金メダル間違いなしの人種だったという。

弱い「ホモサピエンス」は、知恵で勝負した。

 飛び道具。

その武器で、更に狩猟を容易にし、子孫を拡大していく。
しかし、その飛び道具は、別の目的で使用されていく。

 人類統制の手段。

掟やルールを破った人間への制裁の道具として。
非力な「ホモサピエンス」は、組織力を駆使しなければ生きていけない動物。
そこで、ルールを作って一糸乱れぬ組織力を生まなければならない。
その為に、道具が必要だった。
それが、狩猟を目的に開発された「飛び道具」である。

 より強固な組織力を作るための、制裁の道具。

そして、その道具と共に、それを扱う人間の存在。
ある実験で、「人の目」の写真を置く事で、不正が大幅に減少したという報告もある。

 我々人間は、「他者の目」を潜在的に意識する動物。

本来、動物には脳の大きさに比例して、集団の数が決まると言う。
ゴリラで35匹、チンパンジーで65匹、人間では150人であるという。
そして、今でも現存する原始的な組織の平均は153人という事実。

 制裁道具が無ければ、人間は150人程度の組織。

それが限界だそうだ。
それ以上に増加すると、自然的に枝分けれして、組織から出ていく。
それに留まれば、現在の進化は無かった。
その限界を越えて組織力を高めたが故に、「ネアン・デルタール人」をも駆逐したのが我々の祖先「ホモサピエンス」なのである。

 組織力が高めれば、創造出来る技術力も高まる。

多くの人間の知恵から創造力が高まり、更に豊かな生活が創造されていき、加速度的に子孫が繁栄していく。

 しかし、進化し過ぎた飛び道具の行方は。

いずれ人対人の対立の武器として使用される。

 この解決が、次回の放映となる。




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2012年2月 3日 (金)

他者から何を学ぶか

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


先日、ある社員と面接をした。

 今後の仕事の仕方や取り組み方に対する面接であった。

そこで、人から学ぶ場面の話しをした。

 人から学ぶ。

人から学ぶ、というと、概ねはその人の仕事ぶりから結果が導きだされることから、その結果に至るまでのその人の仕事の仕方という「ノウハウ」部分が多いように思う。
その事も重要だとは思うが、私は人のある部分に注目したい。

 それは、対人関係。

人と、どう接しているのか?。

我々小売業の仕事とは、ひとりでは出来ない。

 他者から商品を購入する為、人と関わり、
 他者と共に売場造りをする為、人と関わり、
 他者の商品を借りて集客する為、人と関わり、
 他部門の力を借りて、自部門の商品を活かす。

人と関わらなければ、自分の業績を伸ばす事は出来ない。

 他者との関係の中で、どう、自分の信頼を得るか。

そこには、組織のなかでの自分が、周囲に対してどう関わりやすい雰囲気を持っているかと言う事の裏返しでもあると言う事だ。

話しかけやすい。
それは単に笑い話や漫談しやすいと言う事ではない。

 仕事上の関わりとして、接しやすいと言うこと。

特に、上司と部下の関係で言えば、言いやすい、言われやすいと言うこと。
それは、部下が弱い立場で言いやすい、と言う事でも無い。

 “こいつに言えば、確実に信頼に応えてくれる”
 “俺の言った事を、素直に吸収してくれる”

そんな関係つくりの上手い人間は、常に自分の周囲に好環境を作りだし、結果として好業績が転がり込んでくる。

 その、人間関係作りを学んでほしい。

それは、若くして理解している人間もいれば、相変わらず空気が読めない人もいる。

 “お前は、どうだった?”

全く、空気が読めませんでした。
だから、誰も近寄ってこなかった(笑)。
それは、ある意味爽快なのだが、後日、その意味を知る事となった。

 結果、人の成長は止まるのである。

人は、他者との関係で成長するものであるから。
自らの理論を積み重ねても、結果、人との関係で現実は回っており、その結果が業績という自分の評価に繋がるのだから。

 部下には、その回り道をさせたくない。

さて、それをどう理解してもらうかだ。



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2012年2月 2日 (木)

店長目線

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


先日、ある読者(自称)の方と話す機会があった。

 「君の店長目線が参考になるよ。」

“店長目線?”

いつものありふれた風景を記しているつもりなのだが、それが立場の違う人間から見れば、目線の違いとして映るらしい。

 「店舖レポートでのレジ稼働台数等が新鮮だね。」

商品部にどっぷり浸かってしまうと、商品以外の店舖周りの出来事が新鮮らしい。

 “そんな事が、新鮮だったのか?”

そして、商品関係者から見た時の店舖とは、商品という領域のあまりの狭さなのかもしれない。

 商品の領域が狭い。

彼らから見れば、商品が全てであり、その商品で営業実績が決まると考えている。

 物理的にはそうなのだが、お客様は心を持った人間。

商品力だけで販売実績が決まるほど単純な存在でないのがお客様である。
更に、その商品を取り扱う従業員も心を持った人間である。
そしてもっと言うと、従業員の集団が組織であり、その組み合わせが店舖という存在である。

そこには、いろいろなものが絡み合い、リンクし合い、有機的に変化しながらその時時で力を発揮していくものだ。

 店長とは、どの場面でも最高のモノを引き出したい。

だから、販売力に関わる全ての物に関わるのだ。
それは、商品力をその温度を冷ます事無くお客様に伝えようとしているのである。

 商品力を冷まさない。

逆に、商品力に熱を込めてお客様にお届けする事。
それが、店舖の使命だとも思うから力が入るのだ。

 「お前のクルマの話はどうでもいいんだ!。」

 ハイハイそうですかそうですか。

そう言って、自称読者の方は最後を結んだ。

しかし、今まで何気なく記してきた商品以外の話題。
これが新鮮と言われれば、意識してコメントしていこう。
それは、身の回りに溢れているのだから。



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2012年2月 1日 (水)

二月を迎えて

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


本当に早いもので、一月という月が「矢」のように過ぎ去っていった。

 そして、早くも「2月」。

年末の反省をし、パートさんの契約更新をし、研修会の準備をし、そうこうしている内に1月が過ぎた。

以前も記したが、1月と言う月は、積極的に売上を狙っていく月とは捉えていなかったせいか、通過するのも早かったのだろうと思う。

しかし、2月からは「節分」に始まり、「恵方巻」という寿司部門が一年で一番の売上を記録する日を迎え、それは初午での地域食が爆発的に売れるタイミングと重なる。

更に、節分を境に「寒」も峠を越し、ひな祭りに向かって一気に春に向かって走っていく時期を迎えるのだ。

 まずは、恵方巻で寿司部門が過去最高に挑戦する。

その為に、私はあらゆる支援を考える。
かっては、恵方巻と言えどもたいした売上を作るイベントでは無かったが、年ごとに売上が拡大し、今や一年で一番華やぐ日となってしまった。

 如何にして、チャンスロスを防ぐか。

その挑戦の歴史が、ここ数年来の「節分」での恵方巻の販売である。
それは、今年も同様だ。

 昨年の夕方以降の惨憺たる光景は今も忘れない。

あの光景の思い出があるから、今年は絶対に失敗は出来ない。
そして、その壁を乗り越えていくから、記録が更新されていくのだ。

 その壁が、2月3日に早くも登場してくる。

更に、2月14日のバレンタインデーが控えている。
節分というバリバリの和のイベントから、華やかな洋のイベントであるバレンタイン。

 それが終わると、売場は一気に春めいてくる。

春の味覚のテーマに沿って、いよいよ春の商材が顔を揃えてくる。
春野菜も本格的に出揃い、春わかめ等の海産物も出回り、季節的にも「鍋」の頻度が下がり、生食やサラダ系の食材に移行してくる時期が、後半には待っている。

そして、この2月後半から3月にかけては、人の異動等の時期であり、店舖周辺のお客様も流動的になり、異動してきた顧客にとっては、主となる店舖を決める大切な時期でもある。

 この時期での商売が、一年間の顧客を決める。

そい言っても過言では無い時期を迎えるのだ。

 更に。

この時期に、一年間の計画を立案する時期でもある。

 一年間で一番「頭」を使う時期でもある。

そんな「剛」と「柔」が同居する時期が、2月。

 何となく過ぎ去った1月から、
 狙いを定めて取り組む2月へ。

いよいよ、一年のスタートでもある。



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