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2012年1月14日 (土)

震災以来の想い

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


震災と原発問題。

 それによって、人々の意識に変化が生じてきている。

良く言われてきた言葉だが、どうも自分に当てはめた時に、ピンとは来ていなかった。

 どちらかと言えば、お客様の買物行動をどう掴むか?。

そこのところには大いに注目してきたが、いざ、自分自身の内面の変化という視点で見た時に、どうなのか?。

 “どんな意識的な変化が起こっているのか?”

あまり具体的に意識してこなかったが、年末商戦が明け、ふと立ち止まって振り返ってみた時に、ある一つの意識の変化に気づいた。

 “今の自分に、何が残せるのだろうか?”

若い時代(40代まで)は、ガムシャラに突き進んでいただけだったろうこの出来事。
しかし、あの時を経験しての今日に至るまでに、振り返ってみると、仕事や生き方に対しての自分の認識により強い意識が根付いていることに気がついた。

 “自分が、残せるもの”

仕事にも、家族にも。

あの出来事で、人間の生死に対する身近さが認識された。

 “人の死は、ある日突然訪れるのだ”

今までは、それを認識はしていても、遠い存在として位置づけていた。
しかし、あの出来事で、死の到来が心のどこかで身近に認識し始める。

 “生は永遠では無い”

だから、ある日突然訪れる死を意識し、今の自分にやれること。残せること。

 この事も、意識しなければ、行動に移せない。

今、自分が持っていることを、周りの人々に、如何に継承するか。
いつ訪れるか分からない「死」を想定して、自分の持つ情報を、如何に周囲に伝えて商売のレベルを高めていけるか。企業として成長し続けられるか。

 “そんなに、お前のレベルは高いのか(笑)?”

そうではない。
そんな気持ちをひとりひとりが持ちあわせれば、その積み重ねは必ず蓄積されていくもの。

 “技術が継承されていかない”

企業とは、常に新し技術を取得し、古い技術を廃棄して新しい世界に突入していくものだが、とは言っても従来からの技術に蓄積させていく事が一番効率が良く、その企業の独自の強みが維持される事でもある。

 だから、“自分の技術など、関係無い”

そんな認識で、技術の継承に消極的になる事は止めた。
いつ訪れるか分からない「死」に対して、自分の「生」をこの世に証明する事でもあるわけだから、それは積極的に伝え残していく必要があり、それが少しでもその後の社会にプラスになれるのであれば、良い事ではないのか。

 より強く、そう思えるようになってきた。

より強く「生」を認識する。
だから、「生」ある限り、挑戦し続ける事の大切さ。
それが、生きる悦びであり、自らの「生」を認識でき、生をより強く実行しようとする心の持ち様であることを知ったような気がするのだ。


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