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2012年1月31日 (火)

欲の功罪

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


「欲」が無い。

 それは、良い意味でも、悪い意味でも使われる。

良い意味では、素直さ、誠実さとして使われる。
悪い意味では、やる気の無さ、薄っぺらさとして通ずる。

理想を言えば、自分の給料や残業に関しては、「欲」を持たず、
仕事への追求の仕方や数値達成に対しての追求には「欲」を持つ。

最悪なのは、上記の逆のパターンだが、今回はそれには触れまい。
今回は、仕事への「欲」について触れたい。

部下を見ていると、この「欲」に対しての捉え方に大きな違いを感じるのである。
ここで、部下を見ているとと記したが、自分の上司から見たときには、自分自身もそう取られていると考えると、自分の仕事への「欲」とも言えるのである。

 「欲」があってこそ、仕事に対して深い追求が出来る。

それは、仕事だけではなく、生き方に対しても同様だ。
だから、仕事の出来る人間は、その他の生き方にも通ずるものがある。

 「欲」とは、どこから発生するのだろうか。

それは、興味であり、感動である。

 興味を持って事にあたり、感動を以って完結する。

そしてそれは、自分の感情に従って行動すると言うこと。

 “感情に沿って、やりたい事をやるの?”

そうではない。
人間の道徳に沿って、自分の興味を育成していかなければならないのは道理。

それじゃ、小売業に入社してくる人間全てが、販売に興味があるのか?。

 自分自身、どうだったのか?。

入社当時から興味があったとは言えない。

 取り合えず、仕事に就きました。

そんなレベルだったと思う。
だから、私の上司はもどかしかっただろうなぁ~、と思う。
仕事を覚えようとは思っていたが、「欲」を持って販売を学ぼうとは言えなかった。
仕事の仕方や効率、そして原理原則は学んだが、仕事の本質まで追求しようとは言えなかったからだ。

 
そう言う意味では、やはくから本質をつかもうとする「欲」を身に着けていれば、と後悔するが、結局この歳になってからでも、その事に気づき、追求しようとする気持ちになれた事には感謝している。

そして、他者を見て見ると、この「欲」に出会えないばかりに、この仕事にも人生にも、「欲」を持って生きようとせず、感動を得られず、中途半端な自分の存在に不満を持つ人間がいる。

現状に合わないと感じて、他の道を模索する。

 合う合わないではなく、合わせるという「欲」。

その追求こそが、興味と感動を得て、自分を強くしていく。
人生のいずれかで、その事に気づいてほしいものだ。



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コメント

dadamaさん、コメントありがとうございます。
ナイスなコメントで笑えましたよ。
最後の危険人物という表現は私にも言えてますから尚更笑えた(笑)。
しかし、食の豊かさ、暮らしの豊かさとは、愛する家族を得て共に暮らしていく中でその本質が見えてくるものですね。
そしてそれを自店で表現しようとすると、本部の仕組みとやらの壁にぶつかってしまう。そしてその壁を一つ一つ乗り越えていく事が、一番の楽しさなのかも知れない。
最近の私はこんな風に思えるようになってきました。それは「進化」なのか「退化」なのか。
そんなぎりぎりのところで仕事を楽しむ。危険ですね(笑)。

投稿: てっちゃん | 2012年1月31日 (火) 23時20分

私は、青果担当だったのですが、青果の面白さ
を知るのに10年以上かかりましたね。何度転職を考えた事か(笑)
でも、結婚して子供に恵まれてから食の大切さを知りました。家内は出来合いの物は子供には食べさせませんでしたし、素材は美味しければあまり価格には拘りませんでした。
原木栽培の椎茸とか下仁田系の焼き葱など我家には「居酒屋」メニューが並びます。
この旨さを皆にも知ってもらいたいと思ってから私の商売感が変わったと思います。
農家に勝手に商談に行き、本部からは危険人物
扱いされてきましたが(笑)

投稿: dadama | 2012年1月31日 (火) 23時00分

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