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2011年5月23日 (月)

批判される存在

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


いろいろな事件や話題がマスコミを賑わす度に想う事。

 “トップやリーダーって、常に批判に晒されているんだなぁ~”

 東電の社長しかり、管総理しかり、被災地の自治体リーダーしかり。
 このような状況だから、尚更、行動であり失敗が目につくのだろう。

  失敗は徹底して報道し、突っつきまわすが、
  成功はあまり報道されず、知られることは無い。

 これは、マスコミだけに限らず、世論もそうだろうし、一般庶民もそうなのだ。

  それだけ、リーダーとは目立つ存在であり、特に話題の渦中になれば、その
  注目度は更に増す訳でから、皆の評価が集中し「アラ」が強調されるわけだ。

 しかし私は、同じ組織をマネジメントする立場として(レベルは雲泥の差ではある
 が)、その表裏を知りたいと思う。

 だが、そのような視点で報道するマスコミは以外に少ない。
 特にテレビ報道は、その傾向が強いように思えるのだ。

  “なぜ、その決定に至ったのか?”
  “その選択から、どんなメリットが生まれるのか?”

 さらに、後日になって、

  “その選択は、結果としてどのような評価だったのか?”

 すでにその時点では、別の話題に集中し、以前の大騒ぎは忘れ去られている
 のが現状なのだろうが。

  それだけ、リーダートップは、批判に晒される存在なのだろう。

 そう覚悟しないと、やれないのだろう。
 
  どんな小さなリーダーでも、部下や周囲からすれば、その一挙手一投足が批
  判の対象であり、それだけ注目されている事を認識すべきなのだろう。

 店長という存在も、またしかり。

  新たな取り組みを提案実施すれば、そこには批判が生まれる。

 それを当然と受け止める度量が無いと、潰されてしまうと思った方が良いのかも
 知れない。

 しかし、現場で批判覚悟で行動していると、追随してくる仲間もいるものだ。

  突破口は、そこからなのだと思う。

 同じ理念、同じ思想に立ち、同じ未来を感じれば、追随してくるものが必ず
 現われる。

  そこには、必ず突破口が存在し、未来を切り開く可能性が潜んでいる。

 いつの頃からだろうか?。

  「批判される存在もかまわない」、という意識を持つようになったのは。

  この事で、自分の将来は、どうなるのだろうか?。
  上司から避難され、自分の未来を失うのではないか?。

 しかし、自分の「軸」をブラしてはならない。
 
  自分は、現場で信念を持ち、軸をブラさず、理念を貫く。

 そう覚悟を決めた。
 そう覚悟を決めたら、すぅ~っと気分が楽になった。

  人間、いろいろな事を同時に消化して吸収出来るものではない。

 何かを取り入れようとしたら、何かを捨てるか、割り切るか。
 
  より大切なものを得る為に、割り切る部分をつくろう。
  それが、批判の対象となろうとも、自分の軸をブラさない。

 その決意が、自分を楽にさせてくれるのだ。



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