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2011年1月 5日 (水)

イチローの対談から

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


元旦に関しては、先日のブログで記した。

 そして、その日の夜のテレビ番組でふと目に留まった番組があった。

  「イチロー対談」。

 良く見ると、糸井重里氏とイチローとの対談だった。
 
  “あまり見たい番組も無いから、とりあえずDVDに録画しておくか”

 そんな軽い気持ちで録画し、昨日見てみた。
 そして、イチローの凄さが、記録だけではない事がわかった。

  イチローの凄さ。

 これは、彼のバッティングセンスの良さという狭い範囲の事だけでは無い。
 彼の人生観、生き方、そしてそれを意図して行動するという生き様の凄さだった。

  糸井重里との対談を通して見えてくる「イチロー」という人間性。

 彼は決して、神様とか仏様とかのような「純潔」な存在では無い。
 好きなものは、「好き」と言い、嫌いなものは、「嫌い」という極めて人間的な
 存在だった。

 更に、王貞治を「どこまでも白い存在」と表現し、その本質を表現し、ピータ・ロー
 ズを「いやなおっさん」とこき下ろし素直な心情を吐露するしたたかさも併せ持つ。

 しかし、彼は野球を通して学んだ人生観をを応用し、一つ一つの判断を実に知的
 な基準でふるいにかけ、自らの人生観に照らして判断し、行動し、完結させる。
 その行動基準が、実に明快で自らの人生観が明快に伝わってくるのだ。

  “これが、その場で判断し行動する、と言う事なのか”

 野球という一つの事に修業を重ねると見えてくる人生観。
 それは、まさに研ぎ澄まされた直感を生み、瞬間的に感じる能力を生む。
 そして、その感じる能力から導かれる判断と行動が、的確な結果を生む。

  一つ、分かりやすい事例があった。

 昨年の当初の「WBC」の決勝戦の事。
 大事な場面で打席が回ってきた時、彼は、

  “敬遠になってくれ”

 と願ったらしい。自分の人生に傷をつけたくないという極めて人間的な感情。
 しかし、キャッチャーが座った(敬遠は無い)瞬間に、気持ちを切り替える。

  “絶対に、敬遠などするなよ”

 ここで決める自分を想像し、その為に全力を尽くす。
 そして、向かう気持ちへの覚悟を決める。
 更に、7球目のワンバウンドの球を打ちにいく。
 そこで、確信したという。

  “このワンバウンドの球をヒットに出来ると思う心が、良い結果をもたらす”

 そして、その通り、センター前にクリーンヒットを実現する。

  “こんな人生観を持ち、こんな風に生きたいなぁ~”

 それには、この世界での修業をまだまだ積むことだろう。
 その先に、この仕事を通した人生観が見えてくるのだろう。

  明快な仕事観、そして、明快な人生観。
  そして、その人生観に照らして、自ら行動する。

 これこそ、自信に満ちた行動であり、当然の結果としてついて回るのだろう。

  新年から、良い話が聴けたと思った。


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