« “器”を用意するⅡ | トップページ | さんまみりん干を売り込む »

2010年8月28日 (土)

丸魚の陳列

皆さん、こんにちは。 
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


最近、鮮魚の品出しを手伝う場面が多い。

 別に、品出しが間にあっていないからではない。
 そこから見えてくるものが、必ずあるからだ。

  昨日の、「器を用意するⅡ」もそうだ。

 陳列していて、どうも釈然としない部分にぶつかる。
 そして、それをたどっていくと、コンセプトを持った器にぶつかる、というように。

 先日、いつものように丸魚を陳列していると、値付品出しのパートさんが言った。

  「店長の並べ方は綺麗ですね。どうしたらそんな風に並べられるのですか?。」

 これは、自慢話ではない。
 私もかっては、上司の売場造りに関心し、自分のセンスの無さを嘆いたものだ。
 
 丸魚ほど、日々の品揃えが変わり、盛りつけるトレイも変わり、時間によって売場
 が変化していくカテゴリーも無い。

 パートさんとしては、日々の並べ方に関しては、頭痛を痛めているのではないか?
 しかし、全ては「原理原則」に則られてまわっているだけの事である。

  「綺麗に作りたい、綺麗に並べたい、綺麗に盛りつけたい」

 それが基本だ。それは自分を綺麗に魅せたい、という願いと同じだと思う。

  「縦横が揃っている」「隅々に空きが無い」「商品の顔が目線と直角」等々だ。

 そして、丸魚の陳列で一つだけ、私の流儀であるとすれば、
 新鮮なものから、並べていく、と言う事だけ。

 これとて、マニュアルで決めている企業もあるだろう。
 更に言うと、昨日の「器を用意して」、日々決められた定位置管理をする売場と
 日々の変化で、日々陳列場所を変えていく場所を明確に分ける事も大切だ。

  陳列技術に関しては、以前から何度もこのブログで触れてきたが、
  商品とは、陳列しだい、見せ方次第で如何様にも売れ方が変わってくる。

  見向きもされない陳列もあれば、磁石のように吸いつくようにお客様が集まる
  陳列もある。

 よく、売場は見せ場や展覧会では無い、と言われるが、それは良い売場がわか
 ていない人たちが、自らの陳列技術や販売理論を打ち消す為に展開する理屈
 としか思えないことが多い。

  良い売場は、綺麗で見事で、購買意欲をそそられ、実際に売れている売場だ。
  
 そしてそれにも、上には上がいて、常に学ぶという姿勢があれば、向上し続ける
 ものである。



|

« “器”を用意するⅡ | トップページ | さんまみりん干を売り込む »

店長の仕事」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/508103/49254453

この記事へのトラックバック一覧です: 丸魚の陳列:

« “器”を用意するⅡ | トップページ | さんまみりん干を売り込む »