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2009年12月10日 (木)

自分を越える「部下」を育てる

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


本日は、昨日の続編。

 昨日、予告先発を発した為、「絆」の続編を書く破目になった。
 このブログを書きながら、多少後悔もしている。

 昨日の続きから、どう話題を展開していくか?。

  組織においての「絆」とは?。
  それは、もちろん「上司と「部下」との関係だろう。

 「絆」とは、もともと眼に見える存在だったということが、昨日わかった。
 それは、動物をつなぎ止める役割の「紐」の存在だったからだ。

 それが、いつしか人と人との関係を表す言葉として使われるようになる。
 その背景には、戦国時代の殿様と家来の関係が大きかったのではないか。

  当時は、下剋上の時代でもあり、上下関係も命がけの時代だった。
  だから、殿様と家来をつなぎ止める、目に見えない「絆」の存在が大切だった。

 その為に、目に見えない「絆」を、いかに強固に結ぶかが、最大の組織対策
 だったのだろうと思う。

  当然だろう、この関係しだいでは、自らの命さえ危なくなるのだから。

 そうして、現代は、どうだろうか?。
 
  当然、命がけのリスクは無い。
  だから、その分、「絆」に対しての認識にも、変化が出てきた。
  
  眼に見えない「絆」、という存在へのこだわりから、
  皆が共有できる「文書」、としての形式へのこだわりへ。

 そして、それは競争のない時代での、組織拡大へ大いに貢献した。
 店舗を拡大する事が、売上拡大、組織拡大の最優先事項であり、
 その事により、確実に組織拡大を実現出来た時代には、
 マニュアルによる業務習得が、一番コスト効果の高い手法だった。

  しかし、それは同時に、組織人から「思考能力」と「自己解決力」を奪った。

 それが、現代の競争の時代と、組織強化の時代、現場力の時代には、
 現場での競争力を失った。

  目に見えるものだけをとらえるマネジメントから、
  目に見えないものをとらえるマネジメントへの変換。

 物にも、人にも、組織にも、表もあれば、裏もある。
 表面もあれば、内面もある。表の顔もあれば、裏の顔もある。

 それは、見えるものしか見たがらない現代の問題を内胞している。
 それが、一番楽だからだ。
 それは、楽をして組織拡大を図ってきた「ツケ」が回ったと言う事だろう。

  裏を見たければ、裏に周り、
  内面を見たければ、傷を負っても、懐に飛び込む。

 そうすれば、「人」も「組織」も見えてくる。
 
  表面を見ただけでも、
  表情を見ただけでも、
  見えてくる。

 人が動く、ということ、
 組織が動く、ということ、
 それが見えてくる。

  その軸になるのが、「絆」なのだろう。

 何をもって、相手と、部下と、「絆」を結んでいるのか?。

  「自分を越える部下を育てる」 

 という、お互いの意思疎通があるかどうか。

 下剋上の時代ではない。
 部下はいずれ、自分を越える存在となってもらわねば、企業は永続しない。
 
 更に、有能な上司から、「更に自分を越えろ」と叱咤されれば、
 有能な部下は、何を言われても、ついていくだろう。

  それが、「強い絆」 なのではないか。

 私は、最近、明快にそう考えるようになった。




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コメント

けんたさん、コメントありがとうございます。

“自分の背中を見られている”

そう意識し続ければ、裏表の無い姿が現れてきます。何故なら、上司は騙せても、いつも背中を見ている「部下」は騙せないもの。

“部下に背中を見られている”

上に対しての緊張感ではなく、下に対しての緊張感の方が自分を磨けると思いますよ。

投稿: てっちゃん | 2009年12月12日 (土) 07時24分

俺の背中を超えて行け

私もいつかそう言えるように
なりたいものです
そのために部下育成 そして
絆 を大切にしていきます

投稿: けんた | 2009年12月11日 (金) 09時39分

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