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2009年11月28日 (土)

“運” とは

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


「運」とは、運ぶ、と書く。

 先日、何かの本を読んでいる中で出てきた言葉。
 「運とは、誰かが運んで来てくれるもの?、それとも自分で運んでくるもの?。」

  両方だろう。

 当然、自ら動くから、運は運ばれてくるものだが、その事に引き寄せられて、
 誰かが運んでくる場面も、しばしばある。

  しかし、起点は、自分だ。
  そして、運を活かすも殺すも、自分しだいだ。

 だから、常に、自分を磨いておかなければならないのだと思う。
 
  “運に、見離されたかな?”

 と思う事も、たびたびある。

 しかし、長い人生(でもないが)の中でわかったことは、
 
  “やはり、運は巡ってくるもの”

 巡ってくるまでの、自分の行動や処し方が「問われる」のである。
 はっきり言えば、この時の行動で、人生が決まるとも言える。

  運が巡ってくるまでの期間は、自分の成長期。
  長ければ長いほど、成長出来るチャンス。

 そう、信じれるかどうか?。
 そう、信じた者だけに、運は、必ず巡ってくる。

  別に、宗教団体の教祖になったつもりな無いが、
  そういうことなのだと、思う。

 先日のブログ「領域と広げる」「ネットワーク」を記した。
 ネットワークを広げて、人と関われば関わるほど、自分の「場」が広がる。
 
  それは、運をたがやす「場」だと信じている。

 そこで、「支援」という知を与え、「愛」という情を与えれば、
 「運」は、必ず、巡ってくるものだ。

 それは決して、「他力本願」を言っているのではない。
 起点は、あくまでも「自分」。

  巡ってきた「運」が、見えるか、見えないか。

 運を見抜く力こそ、チャンスを信じて行動してきた者に与えられるものだ。

PS
 私の新しい仲間を紹介します。

  「宮沢賢治の故郷から」のペンネームでコメントを頂く、「けんた」さんの
  「けんたのスーパーマーケット日記」をマイフレンドにリンクしました。
  http://kenta824.exblog.jp/

 副店長、そして現在は鮮魚SVとして、泥んこになって葛藤している
 けんたさんです。
 本当に素直な心模様をブログで表現しています。
 よろしく願いたします。





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コメント

エスプリさん、コメントありがとうございます。
自分を信じて、やり続ける。
人間は、意志の弱いもの。
だから、自分を信じることで強くなれる。
また、人と結ばれることで強くなれる。
結果、運は、運ばれてくるのでしょう。
また、コメントください。

投稿: てっちゃん | 2009年12月 8日 (火) 19時49分

運は、重荷を乗せた荷車の車輪だと言われたことがあります。
何もしなければ進まない、人としての道を選ばないと車輪が外れることもある。
人間は役目を背負って生まれ出ましたから、
ほどほどに満足して生かされるのでしょう。
天から分を分け与えられているので、感謝しながら進む。
自分のためから、大きなお目目で見て、自分を含めた皆のためになる、大願、大欲を目指せば、運に向かって扉が開けるそうです。
気楽に微笑んで優しい言葉をかければ、幸せは寄り添ってくれるそうです。
そう、あなたは明るい、思いやりのできる人、必ず運が開けます。
信じましょう、信じることで自信となります。

投稿: エスプリ | 2009年12月 8日 (火) 17時38分

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