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2009年10月 7日 (水)

“自己評価”私の流儀②

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


先日のブログで「“自己評価”私の流儀」を記した。

 そして、今日は、その続編。

 自己評価の中でも、私が、一番にポイントを置いている「項目」がある。

  問い 
   ・あなたは、「熱意」をもって、仕事に取り組んでいますか?。

 この項目に対し、「1」から「5」までの評価を自己採点する部分だ。

 いろいろな自己評価の採点があるが、能力や実力に関しては、ある程度の経験
 と実績に対し、ある程度客観的な評価が可能だが、上記項目に関しては、明らか
 に、主観的観点から、主観的評価を求められている。

 残念ながら、店長自らのの評価表には、上記の設問は無い。

 しかし、もし、このような設問があったならば、私は、明らかにこの部分の評価は
 「5」をつけるだろう。

 そして、部下へも、「5」へ限りなく近い行動を要求し、実際の評価も、「5」へ限り
 なく近い自己採点を求める。

  それだけ、この設問だけは、自らの意志が大きく左右する自己評価だからだ。

 自らの意志だけが、この評価を決定できる。
 それは、上司だろうが部下だろうが、社長だろうがパートだろうが、
 「熱意」を持って仕事をする、という事がらに、他人の評価は挟めない、
 と信じている。

  「熱意」に対して評価できるのは、自らの内面の気持ちの持ち様だけが
  拠り所となる。

 そして、せめてその事だけは、高い評価を自己採点できる内面の誠意をもって
 仕事に取り組んでほしいという、強い願いから拠出しているのだろう。

 だから、部下との面接で、上記項目に対して、部下が「3」以下の自己評価を
 下している評価表を見ると、“許せなくなる” のだ。

  “仕事が出来ないのは、わかる。但し、熱意だけは失うな!”

 しかし、なぜか、この項目に対して「5」「4」と自己採点する部下が少ない。
 この項目に対しての、私とのとらえ方のズレなのだろうか?。
 それとも、「熱意」に対して、冷めているのか?。

  どんなに仕事が出来る人間でも、初めの一歩は、「熱意」からなのだが。

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