« 任期 | トップページ | 烏山エリアMR »

2009年5月 3日 (日)

弟子との語らい

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


先日、弟子と飲んだ。

 以前のブログ「懐かしい顔Ⅴ」http://tetu-syoubai.cocolog-nifty.com/blog/2009/02/post-9d8a.htmlを記した。その弟子だ。

 運命の絆にたぐり寄せられるように、私の近くのお店に赴任してきた彼とは、
 何回か行き来はしていたが、私の友人を交えての飲み会となった。

 そして、彼の口から出てくるいろいろな話題。
 以前の企業の話題、現在の店舗の話題、そして部下や売上や上司の話題。

  その一つ一つの話題に対しての、彼の鋭い視点。
  その一つ一つの視点が、見事に的を得た見解。

 「こいつ、いつの間に成長したなぁ~」。
 「こいつ、いつか俺を抜くなぁ~」。

  そう思いながら、嬉しくもあり、寂しくもあり。
 
 彼は、いまだに私を“師匠”と呼ぶが、今現在の彼を鍛え上げた師匠は、
 他にもたくさんいる。
 もはや、私は彼の“師匠”でもなければ、“上司”でもない。
 本当の師匠は、かっての彼の、厳しい上司だ。

 彼は、その厳しい上司によって鍛え上げられ、
 マネジメントとマーチャンダイジングを学んだ。

  彼を見ていると、「厳しく鍛えられること」の大切さを学ばされる。
  妥協せず、本人を突き落とすように厳しく鍛えていく。

  それでも這い上がってくる人間と、そのまま沈んでいく人間。
  肉体的付加ではなく、精神的付加を「合理的に受けいられれるか」。
  
  彼は、相当厳しく鍛えられたことで、知らず知らずに、成長していた。
  彼にとって、“厳しさ”とは、自らを成長させる道具だったのである。

  同様に、“厳しさ”が、自らの成長を破壊する武器となる人間もいる。
  厳しくされることにより、自滅し、自己崩壊へ向かっていく人間もいる。

  しかし概ね、厳しさに反応して成長していく人間の成長は、圧倒的に早い。
  だから、厳しさに耐えられるという事は、能力の高い人間だ、という事だ。

 能力とは、厳しさに耐え、継続し続けることができる力の事である。

  彼との久しぶりの懇談は、そんなことを、強く感じたひと時だっった。

                                                                                      

|

« 任期 | トップページ | 烏山エリアMR »

友人」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 弟子との語らい:

« 任期 | トップページ | 烏山エリアMR »