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2009年5月21日 (木)

評価とは?

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


先日、あるチーフから相談を受けた。

 「店長、私は本当に“評価”されているんでしょうか?。」

  「どうした?、突然。」

 「一番売れるお店に赴任してがんばっているのに、昇給も無いし、評価も
 決して高くないように思うのですが。」

  部門の担当者が陥りやすい錯覚である。

 “俺は、こんなにやっている”
 “俺は、こんなに貢献している”
 “俺は、こんなに数値を達成している”

 業績の良いお店、部門は、みんなそう思っている。
 しかしそれは、いろいろな要件が重なり、壺にはまったタイミングで、
 今の業績が作られているのだ。
 それを、自分の業績のように思い込み、自分の力だと錯覚すること。

  それは、誰でも陥る “錯覚” だ。

 しかし、冷静に考えればわかるが、この流通業の中での、我々小売業の
 それも店舗の部門担当者の力によって、どれだけ数値が変化するのか?。

  中には、大いに変えた人間もいる。
  店の中でも、突出して数値を残した人間は、必ずいる。

 それは、その本人の “実力” だ。
 しかしたいがいはその業界自体が伸びているか、そのお店が伸びているか。
 その、どちらかの理由で、お店のその部門の数値が好調なだけである。

 この時代に、「鮮魚」「惣菜」「ベーカリー」を伸ばしている人間は素晴らしい。
 総じて、この3部門には大いに逆風が吹いていると考えられる。

  仕入、販売、の仕組みの中で、我々店舗での数値は、販売面が中心だ。
  そして、販売以前に、MD(マーチャンダイジング)の領域がある。
  それを担う、商品部の役割の数値効果の割合も大きい。

 それを承知で、数値を伸ばした結果の “評価” と言えるのか?。
 私から言わせれば、評価とは、30歳の男が口にする言葉では無い。

  男30歳、自らの仕事の納得度合の基準を引き上げなくてどうする。
  要するに、自分の評価は、自分で下すものだ。
  もっと言えば、自分に、“納得するな” と言う事だ。

 まだまだ、他人が用意した器で仕事をしている環境を知る事だ。
 その環境を理解し、その器を自ら作り変えるという気概を持つ、と言う事だ。

  さすれば、40歳で周りの評価は絶大だ。

 自分に妥協せず、自らの基準を高めていく。
 その結果の、周囲の高い評価。

 そんな“姿勢”を持つ男が、
 自らの評価を、周りには問わない。

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コメント

かおるさん、コメントありがとうございます。

男30歳。皆さん天下を取ったと錯覚していた時期なんでしょうね。
それは、その上位職にたどりつかない限り見えてこない錯覚なのでしょう。
そして、直接この言葉を聞いても“反発”するだけ。自ら壁にぶつかり、周りの手助けを得て、人に頭を下げてようやく見えてくる現実なのでしょう。
その時に、部下のパートさんの力を借りれた人間は、現場力の本質を得るのだと思います。
また、コメントください。

投稿: てっちゃん | 2009年5月22日 (金) 06時31分

かおるです。
「男、30歳」 そうですね。経験値と体力のバランスがとれてきて、それなりの仕事を任されるようになってきて、一番体も動くし仕事も楽しい。何とかこの仕事でやっていけるような自信めいたものがつくのもこのころですね。当時、私も大きな店から担当が自分一人の店に移動し数値絶好調の頃。自分でこの店がもっていると思ってました。もっとも後でとんでもない思い違いであることに気づくんですけどね。あのころ、てっちゃんさんのこの言葉を聞かされたら目からウロコが落ちるか、反発するかどっちだろうと考えてしまいました。結構鼻持ちならない生意気な若造でしたから。

投稿: かおる | 2009年5月22日 (金) 00時07分

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