店舗の照明 私の流儀
皆さん、こんにちは。
食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。
以前ブログで、あるお店の照明切れを指摘した「店舗の照明」。
自店の照明切れに “気付く人” と “気付かない人”。
他の従業員と同じ目線で、自分のお店を見ているか?
目線を変えて、お客様の目線でお店をみているか?
誰が、お客様の目線で、厳しく、客観的にお店を見るのか?
これは、お店で唯一、店長の仕事である。
他の人間では、絶対に出来ない。
店長以外は、全て、自部門があり、当事者になってしまうから。
唯一、店長だけが、部門に縛られず、客観的に自店を見れる。
いや、見なければならない。
誰が、お客様の痛みを感じて、受け止めてやれるのか?
そして、誰が、従業員の想いを受け止めてやれるのか?
全て、店長だ。
前回のブログでの、照明切れやくもの巣。
お客様目線で、お店を見たら当然解決すべき問題。
それだけのことが解決できないで、部門をマネジメントなど出来ない。
しかし、私が、照明を言うのは、そんな事ではない。
私が、お店の照明を言うのは、部下の努力を無駄にするな、と言う事。
部下が、更には、バイヤーが努力し、悩み、成長して企画した売場と商品。
部下も、毎日最高の売場を造るべく、額に汗して働いている。
そして、出来上がった売場。
それを、最高の状態でお客様に伝えてやる、それが、店長の仕事だろう。
その売場、商品に、十分な光が当たっておらず、鮮度が伝わらなかったら?
部下の努力を無駄にしている張本人は、店長だと言う事。
店長に、そういう 部下への“想い” 商品への“想い”が、あるかどうかだ。
最高の売場、商品を、更に磨きこんで、お客様へ演出する。
それが、店長の最後の役割。
開発メーカーの想い、流通問屋の想い、商品調達バイヤーの想い、
現場担当者の想い、
商品がそこに至るまでには、いろいろな人間の想いが込められている。
店長が、その想いのどこに入り込むか?
その一つが、“照明” だと言っているのである。
だから、私は、お店をMRするときには、
商品に、しっかり光が当たっているかどうか、確認する。
最後の最後まで商品を、最高の状態で見せようとする、貪欲な姿勢。
そんな切り口でお店を見たときに、照明が切れていると、力が抜ける。
照明とは、そういうものである。
ただ、その場を明るくしているわけではない。
商品をよりよく見せる道具だ。
それは、必ず、お客様に伝わるもの。
そして、必ず、部下にも伝わるもの。
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