2017年9月22日 (金)

プライド

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


先日の20日、てっちゃん会の前夜祭が行われた。

  前夜祭?。

そう、今回から(?)てっちゃん会は夜の食事会(飲み会)が前夜祭と称されるようになった(笑)。

  なぜか?。

それは、私にもわかりません(笑)。

  勉強会を正式にてっちゃん会に昇格したからであろう。

従来は、夜の飲み会が正座であり、メインであった。
また、参加者も飲み会に参加して、日中から行われる勉強会(前座)に参加するのはその勇士だけであったが、今回よりその前座としての勉強会をてっちゃん会に昇格させ、合わせて従来の飲み会は前夜祭として格下げになった格好だ。

  格下げとは言っても、70余名という過去最高の参加者。

ここにも、てっちゃん会愛知会の意地を感じざるを得ない。
ちなみに、愛知会に所属する企業数は6企業を下らない。

  その6企業が結託しててっちゃん会を盛り上げる。

そのチームワークたるや、下手な一企業の組織力を上回るのではないかと思わせるほどのチームワークである。

  “そこまでまとまるんなら企業としても一つになればいいのに”

そう思わせるほどの組織力を誇る集団である(笑)。

  先日、そのてっちゃん会の存在意義を問われる事件があった。

てっちゃん会って、一体どんな存在であり、個人的にも社会的にもどのような存在意義があり、参加者一人一人がどのような意識でこの会に参加しているのだという、自らを問われる機会があった。

てっちゃん会とは言え、参加者のほとんどはそれぞれに自分が所属する企業がある。

  それぞれのメンバーは自分の所属する企業の一組織人。

もちろん、その所属する企業でそれぞれに役職があり、組織で行動し活躍されている方々だ。

  ある意味、その組織に縛られて行動しているわけだ。

それはほとんどの方やこのブログを見ている方々も同様に組織人であろう。
そんな方々が、自企業から離れ、それぞれが自由にこの会に参加している。

  自由な個人の集合体がこの会の本質。

自己が所属する企業や組織から飛び出して、自分の意志で自由にこの会に参加しているのである。
自ら自企業を飛び出すほどであるから、本人も自企業だけでは物足りず、飛び出してまでこの会で自由に商売を楽しみたい、商売の楽しさを享受したい、そんな仲間と共有したいという高い意志を持ち合わせているのだろう。

  この会は政治団体でもなければ営利企業でもない。

メンバーに対しての利益供与などもちろん無い。

  しかし、結束力は固くて強い。

その固さや強さは、どこから由来するのであろうか。

  それは、一人一人のプライドであると思われる。

無償であるからこそ、人との関わりや繋がりを唯一の共通認識として結束しているのである。

敢えて言うならば、この会の求心力は一人一人のプライドであると言えよう。

この会を「仲良しクラブ」と言う方もいる。

  しかし私は仲良しクラブでいいと思っている。

どうせなら、業界一の仲良しクラブになりたいとも思っている。
自分が属する企業では組織に縛られて行動している各メンバーが、この会では自主的に自由に自らの意志にしたがって行動した結果を随時Facebookにアップしている。

  そんなメンバーの活躍を閲覧しながら自らも負けじと行動する。

そのようなメンバーの姿を見ながら、自らの立ち位置をこの場で見直し、心を洗って自企業に戻る。

  何者にも縛られない自分を取り戻す場。

それがこの会であり、この思想は普遍の柱でありたいと思っているのである。









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2017年9月21日 (木)

視点を変える

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


視点を変えて物事を見ていくことは非常に大切だ。

  “裏側から見たらこうなっていたのか!”

同じ物体でさえ、正面と側面、そして裏面は全く異なることが多い。

  人間でさえ、後ろ姿は正面とは全く異なる。

スーパーという存在自体も面もあれば裏もある。

  スーパーの表とは売場。

お客様や業界の人間がその企業を評価するのは売場を以ってである。

  「あのお店はいつ行ってもいい売場だ」
  「あの店舗は鮮魚の鮮度品揃えがいい」
  「牛肉を買うならあのお店がいちばん」

売場の表れる、品揃えや鮮度品質、そして価格。
更には、季節ごとの売場の変化や媒体を利用した季節感の演出と商品展開。

  全ては売場という表の顔から発せられる評価。

しかし、物事には表と裏が必ず存在する。

  裏側はどうなっているのか。

スーパーの裏側とは、バックヤード、そしてそこで働く従業員の働きぶり。
ある程度は売場で品出しをしているグロサリー系の従業員の仕事ぶりや鮮魚、精肉の調理場内を垣間見ることは出来るが、それでも圧倒的に内部での仕事量の方が多いわけだから、その内情はほとんど見えて来ない。

  そして内部作業ほど漏れ伝わることが無いのがこの業界。

他企業の売場を作る作業、維持する作業、一日の作業はどうやっているんだろうか。

  これはもう、その企業に一日留学して入り込むしか無いだろう。

そして、その留学自体が如何に多くの学びにつながるか。

  売場と中の作業。

この両面を見ることが出来れば、ものすごい参考になるだろう。

  この作業があるからこの売場が維持できる。

お客様には関係のないことだろうが、我々同業者には非常に参考になる視点。

  そんな視点を持った今回のてっちゃん会の勉強会。

従来は、売場や販売力という視点が主だった。
それはそれで、各社や各人が思う販売力のある売場、売上に直結する売場の把握には大いに参考になる勉強会を実施できたと思う。

ある企業の販売のお手伝いをさせていただいたこともあった。

  今回はこの視点での勉強会。

そして、もう一つの議題は、今年のお盆商戦の反省。
こちらは、コテコテの販売面での意見交換となろう。
こちらも、各企業の取り組みがより具体的に意見交換が交わされると思われる。

  楽しみな勉強会である。

今日が9月の21日であるから、このブログが公開される日がまさに勉強会当日となる。

今回は、午前10時〜15時とたっぷりと時間を費やされた計画である。
何せ、今回のてっちゃん会のメインはこの勉強会(笑)。

  酒飲みは前夜祭と称して正式は会はこちらの勉強会となる。

“てっちゃん会も変わったなぁ〜”

  他人事のように思う私である。

これも全ては幹事の方の考え方次第。
それも含めて、この会の趣旨と意義がわかるだろう。

  そんな勉強会でどんなディスカッションが催されるのか。

新たな出会いの予感である(笑)。


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2017年9月20日 (水)

何気ない会話

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


普段我々店長と部下との会話。

  「来週はこの売場をどうするんだ?。」

こちらは単に売場の計画を聞いたつもりでも、部下からすれば、まだ計画すら立ててないところに急に聞かれたものだから、頭の中がグルグル回ってしまうという状況だろうか(笑)。

  しかし、このような何気ない会話に部下は育成されていくのだ。

これが定期的に交わされるようになると、常に二週間前から事前計画の概案を練るようになる。
その前提で、部会等でバイヤーから提案された月間計画、週間計画を引用して自店の計画に落とし込む。

  計画の流れが定着していく。

これが習慣化されていくと、必然的に年間52週の組み立てを体得していくことになる。

こちらは何気ない会話を続けているつもりが、いつのまにか部下を教育していることになっている。

  部下教育とはこのようなものだ。

部下への質問。

  そして何気ない質問から本質が掘り起こされる。

旬や天候、そして今のトレンドや本部育成商品等から、お互いに販売計画の原案が練れらていく。

  机上で時間を取る必要などない。

立ち話程度の短時間でこのような会話が発展していくのである。

私の場合は、翌月の月間計画、週間計画は簡単に一枚の用紙に計画を記入させ、壁に掲示して誰もが閲覧できるようにしている。

これで部門チーフも月間計画は頭に描かれているハズだろう。
更に、当週は売場の写真を撮りまくって、中の数枚を印刷して月間計画の下に掲示して誰もが閲覧できるように張り出す。

  この二つの行為だけで売場は締まる。

写真に撮られるというプレッシャー。
その写真は本部の誰もが閲覧できる企業の掲示板にも貼り付けられるから、本部スタッフが店舗に来なくても自分の売場を見られてしまうという緊張感。

  何も言わなくてもそんな緊張感を常に持ち合わせる。

これを毎週のルーティンとしてやっているから、部下は毎週の売場作りに手を抜けない。

  これも一つの部下教育であろうか(笑)。

特段詳細な売場の打ち合わせはしていないが、私が特に気になるタイミングと商品展開に関しては具体的に指示を出すこともある。

それとて、本部送り込みの商品を見てこうして見たらとか、そろそろ季節の変わり目で夏型商品を売りべらしした後のスペースをどうするかという場面で、テーマを決めたり提案したり。

  そんな時は本部の重点商品は参考になる。

ここで、本部重点商品を送り込み数量の倍ほど積んでやろう。

  自分で提案した商品は自分で陳列する。

自分なりの売れる仕組みを満載して売り込む。

  売れる仕組みを共有することも部下教育。

どんな売場が売れるのかを示すことも部下教育の重点テーマである。

  普段の何気ない会話。

自分でももっともっと何気ない会話を増やしていきたいとは思っている。






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2017年9月19日 (火)

そこでしか体験できないもの

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


先日の「ガイアの夜明け」。

  旅館や宿泊施設のリニューアル業界が話題。

そこで主として取り上げていたのが、天城荘。

  バブル期には10億の売り上げを誇った老舗旅館。

しかし、ネット上での情報発信の遅れなどが響き低迷。ここ最近は3期連続で最終赤字を計上、約3億2000万円の負債を抱え倒産した。

  そこを買収して経営再建を担う「リバティ」。

今回はそのリバティの経営再建をメインに放映されていた。
リバティは、地方の個人経営の老舗旅館をメインに経営再建を行なってきたという。

  主にネットを通じた誘客のテコ入れに力を発揮する。

ここの社長は全国各地を飛び回り、老舗の個人経営の旅館や宿泊所をネットからの集客を切り札に経営の立て直しを行なっている手法である。

  よって、全国の老舗の強みを把握しているのであろう。

この番組の終盤にこんなことを言っていた。

「小規模旅館は一軒一軒全部違う。漁師のお父っちゃんもいれば海女さんのお母さんもいる。そこでしか味わえないものがあったり、そこでしか聞けない話があったり。だから日本の伝統文化を守るのに小規模旅館は絶対に継続していかないといけない。」

  そこでしか聞けない話。

この言葉になぜか綾(アヤ)を感じたのである。

  あのお店でしか聞けない話。
  あの人間でしか聞けない話。
  あの男からでしか聴けない話。

そんなものを語れる人間になりたいものである。

  自分でしか話せない話を聞きたいと思ってくれる人たち。

そんな存在になりたいものである。

  その為には何が必要か?

人一倍の好奇心と人一倍の行動と経験であろう。
そして、自らの手で得た成功体験を発信する能力。

  説得力のある発信能力。

この人の言うことだから信頼できるだろう。
そう言わせる人間的な信頼感が備わっていることが前提である。

  そのような前提があっての発信能力。

そして、我々のような中小のスーパーや店舗での強みは、まさにこの部分ではないだろうか。

  あのお店、あの店長、あの従業員からしか聴けない話。

そんな存在になれれば、固定客というリピーターがついてくれるのであろう。






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2017年9月18日 (月)

組織を運営する

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


組織のリーダーとして、現場のリーダーとして何が大切か。

  当然それは結果であることには間違いない。

それは誰も異論のないところだろう。

そして、組織運営上で一番重要なのが、誰も異論の無いところにどう導くかなのである。

  部下が100人いたら100通りの考えがある。

皆、同じ企業に入社し、同じマニュアルに基づいて同じ教育を受け、同じ売場で同じ商品を売っているにも関わらず、100通りの考え方に別れてしまうのだ。

  それは100通りの受け取り方の違いからくるものである。

同じ教育を施しても、受け取り方の違いから100通りの捉え方をして、100通りの実践の仕方をして、100通りの結果を招く。

  この違いがあるから、人によって結果が異なるのである。

これは人間の性でもあるから致し方ないところであろう(笑)。
しかし、最終的にはこれらの考え方の違いを一つの方向へ向かわせ、同じ行動と同じ結果を出せるように仕向けていくのが、組織のリーダーの一番大切な仕事となる。

  違う考え方の人間を同じ方向へ向かわせる。

職位の力学を応用して、力づくで部下を納得させる方法もあろう。

  従来は全てのこの手法で組織運営がされてきた。

しかし、現代はこの手法は通じない。

以前は、この手法でも軍隊式に指示と命令が厳格に通じていたが、現代ではこの手法では絶対に結果は出せない。

  なぜか。

現代の人間の価値観が全く異なる人生観に変わってきているからである。

  軍隊式の指示命令方式は私でも嫌悪感がある。

しかし、ごく最近までこの手法を採用している組織が散見されていたのも事実。
それは、組織が軍隊式で成長してきた過程が長らく存在していたからであろう。

  しかし価値観の異なる部下達を前にこの手法は力を発揮しない。

職位の力学が通用しない現代、何を基準にリーダーが部下が掌握するのか。
それには、組織自体を理解しなければならない。

  組織は異なる価値観を持った人間の集合体。

そう捉えなければならない。
その上で、一人一人の価値観の最大公約数を如何に把握するか。

  または最大公約数を如何に刺激するか。

人間、一番大切なのは「自分」。
その一番大切な自分だからこそ、大切に育ちたいと願っているのである。

  最終的に自分にどう返ってくるのか。

そこをどう刺激してあげられるか。
その為には、組織内での発言機会がどれだけ許されているかが大切だと思う。

  私はこの組織の中で自由に発言できる。

この自己有用感が組織の中で有効に自分を発揮しようとする原動力になるのである。
その為には、組織内で如何に自由に自己主張を認められているかが大切なのだと思う。

  自己主張とは?。

この場での自己主張も、利己的な主張ではなく、組織や周囲を考えて更により良い組織にしていくための自分なりの意見を発言できる場、ということである。

  しかし自己主張ばかりではまとまらない。

それらをどう同じ方向へ向かわせられるか。
しかし、自己主張と一概に言っても、本人達は自己主張ではなく組織を思ってのアドバイスであると考えている。

  そこをどう認めてあげられるか。

だから、自己主張は思いっきり発言させて、しっかり受け止めるべきである。

  リーダーの聴いてもらった。

その自己有用感が人間を更に組織に貢献しようとする意欲へ向かわせるのである。

  そんな人間も組織内で有用感を得たいと願う。

それが、未来の自分を大切にしていく価値観ではないだろうか。

  そんな個人と同じ組織で結果を残す。

そんな部下達が、未来の自分を救ってくれるのである。





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2017年9月17日 (日)

まゆゆの卒業

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


今日は日曜日。

  芸能ネタの日(笑)。

いよいよAKB46の渡辺麻友の卒業コンサートが決定された。

  10月31日 埼玉スーパーアリーナ。

その後も握手会や年末の紅白等に参加するかは未定だが、今年いっぱいということなので、それまではAKB48のメンバーとして活躍はしてくれるだろう。

  しかし、徐々にAKBとしての活動を自粛していくだろう。

逆に、卒業後を見据えた活動が増加するのではないだろうか。

  第一回目総選挙からの神セブン。

前田敦子を筆頭に、大島優子、篠田麻里子、高橋みなみ、小嶋陽菜、板野友美、そしてまゆゆこと渡辺麻友の7人を指すことが多い。

  元祖、神セブン。

渡辺麻友はその神セブンにあって、最後の現役メンバーであった。
だから、今回のまゆゆの卒業コンサートは、当初からの古参ファンにとっては想い入れの多いコンサートとなろう。
大したスキャンダルもなく、AKBの不文律である恋愛禁止のルールに則り、AKBを支えてきた元祖メンバーである。

  ある意味、AKB随一のプロ意識ではなかろうか。

だから、意外にも女の子からも好かれているらしい。
毎週日曜日の芸能ネタの日には、芸能ネタでなくてもdadamaさんを凌ぐコメントをいただく「kazu」さんの娘さんもまゆゆの大ファンということだ(笑)。

おそらく、kazuさんの娘さんももしかするとこのコンサートに行かれるのかもしれない。

  もしかすると、元祖神セブンが集結するかも(笑)。

そんな予感のするまゆゆのラストコンサート。

そして、まゆゆのラストを飾るシングルも11月22日に通算50枚目めというメモリアルなシングルとして発売される。

こちらも色々とネット上で騒がれている。

  akbメンバーよりも外様メンバーが多い。

要は、akbの渡辺麻友のセンターでのラスト曲なのに、他のグループのメンバーの方がakb総人数よりも多いというメンバー構成に異論を唱えるネットファンの声。

  確かに私もそう思う。

こればかりは総選挙での意思ではなく、運営の方達の判断。

  ここにもakb48の人気が見え隠れする。

しかし、これも時代の流れ。

  まゆゆの卒業でその流れが一気に加速していくかもしれない

古参ファンにとっても、まゆゆがいたからAKB48のファンでいられた。

  しかし、まゆゆのいないAKBなんて。

そう思っているファンも多いだろう。

  更に、卒業後のまゆゆはどんな道に?。

そう心配されているファンも多いだろう。

  卒業後の道は簡単ではない。

むしろ、そこからほとんど名を聞かない卒業メンバーがほとんど。
それほど、AKBというネーミングが強大だったことを、卒業後に味わうのである。

  AKBという鎧を脱いで、個人名で生きていく。

それが本来の姿ではあろうが、一度覚えた蜜の味は忘れられない。

  自分をどこまで底辺に下げてから這い上がれるか。

これこそ、プロ意識が大きく左右してくるのかもしれない。

  AKBのまゆゆ、あと2ヶ月あまりである。







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2017年9月16日 (土)

店長さんですか?

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


先日、いつものように鮮魚部門で売場の手直しをしていた時のこと。

  「店長さんですか?。」

そう聞いて来た一人のおばあさんがいた。

  “クレームか?”

一瞬、身構えた(笑)。
しかし、しれが杞憂だったことがすぐに判明した。

  「私はそのお店の店長さんは見た目ですぐわかるんです(笑)。」

そう言って、私を見た。

  「私も以前はスーパーに勤めていたんですよ(笑)。」

だから、そのお店の責任者は誰なのかを、店内の従業員から判別することができるという。

  何も知らないお客様からそう言われるとドキッとする。

しかし、その方はこの業界で仕事をされていたという。

  「どちらでお勤めされたいたのですか?。」

    「今は無いけど、伊勢甚というスーパーでした。」

懐かしい名称である。

  「だから、姿を見ただけで店長さんかどうかわかるんですよ。」

確かにそう言われれば、そのお店の店長と思しき人物はたいていわかるつもりである。

  業界関係者なら大体わかるものかもしれない。

作業のスピード、歩くスピード、目線、部下との会話等々、店舗全般を把握して責任を持つ人間は、どんな店舗の店長でも異彩を放っているからすぐにわかるものだ。

  別に自分を自慢しているのではない(笑)。

どうしても、そのような責任ある役職になると、自ずと行動や動作が変わってくるものである。

  立場が人を変える。

よく言われる言葉であるが、その通りだと思う。
その責任を全うしようとすると、どうしても自分の行動が変わり、それに引きづられて部下が変わっていくもの。

そして、それがいつしか身につき、自分で意識せずとも周囲から見るとそう見えてしまうものだ。

  自分以外の周囲が一番店長を見ているものだ。

だから、スキを見せられない存在でもある。

  店長にはなりたくない。
  チーフにもなりたくない。

そんな若者が増えている。
このまま、あまり責任を負わずに、安穏とした仕事と生活をしていたい。
しかし、人間は責任ある仕事を任せられて初めて成長できるのである。

  それは仕事や職場で経験するのが一番身近な経験。

だから、人間は仕事で鍛えられ、仕事で成長し、仕事で人生観を確立していくのである。

  だから積極的に仕事で責務を負うこと。

それが、自分を成長させるのに一番の早道である。

  是非、そんな向上心を持って仕事に取り組んで欲しいものである。








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2017年9月15日 (金)

外人客

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


駅に近い店舗の特徴。

  外国人客の多さ。

それも、国際色豊かな外国人客である(笑)。

  中国韓国、東南アジア、アフリカ、白人等々。

海外からわざわざ日本に来て生活している。
捉え方は色々あろうが、海外からわざわざこの地に来て生活している。

  そのことに私は尊敬を覚えるのである。

このお店を通じて、そんな彼らに支援していきたい。
そんな彼らも、お国柄があるのだろうか、店内での買い物の仕方にも国際色が豊かに現れる。

  徒党を組んで大声で買い物をするお国柄。
  数名でヒソヒソやりながら買い物するお国柄。
  単独で携帯で話しながら買い物するお国柄。

だいたい上記のように分けることができる。
徒党を組んでの買い物の際は、本人たちも気づかないのだろうが、相当にうるさい(笑)。

  先日は彼らに注意したことがある。

これも日本の文化を知ってもらう大切なことだと思っている。

  「店内ではもっと静かに(笑)。」

人差し指を口に当ててそういうと、彼らは人懐っこい表情になり、わかりましたと返事する。

また先日は、夜の閉店間際に来店された東南アジア系の男性客が、夜のアルバイトに「スミマセン?」と言って質問していた。

  「カライノ・ドッチ?。」

彼は、たらこと明太子を指してアルバイトに聞いていた。
すかさず私が駆け寄り、彼に言った。

  「カライノ・コッチ。」

明太子の漢字を指して、教えてあげた。

  「この文字、メンタイコ、カライヨ(笑)。」

    「アリガト・ゴザイマス(笑)。」

異国の地で会話ができるもの彼らには安心感を得るのであろう。

  外人が店内で数名で買い物をしている。

どうしても、“何かやらかすぞ” という先入観で見てしまうが、ほとんどの外国人は真っ当なお客様である。

  そして、このようなお店での会話に飢えているのかもしれない。

特に東南アジアでは、買い物は街の市場がメインであろう。

  会話しながらの買い物が当然。

そんな環境から日本へ来て、店員のいないお店での買い物。

  自分の欲しい商品に巡り合えるかどうか不安。

そんな彼らからの店内での商品案内の要望は意外に多い。

  特に男性客は日本人だろうが外人だろうが聞いてくる。

この中で、酸っぱくないドレッシングはどれ?。

  「ゴマだれは酸っぱくないですよ。」

この中で辛いカレーはどれ?。

  「ジャワの辛口は辛いですよ。」

等々、日本の商品を知らない彼らは、素直に従業員に聞いてくる。
そして、応えた時の彼らの表情は最高である。

  日本人には無い表情。

外国人からは、もっと表情の豊かさを我々日本人は学ぶべきではないのだろうか。






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2017年9月14日 (木)

ストレス要因

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


諸悪の根源。

  今や「ストレス」は全ての諸悪の根源となった。

肩こり、頭痛から始まり、うつ病、蕁麻疹、円形脱毛症、偏頭痛、突発性難聴、帯状疱疹等々もストレスが要因だと言われている。

  ストレスに原因をなすりつけて終わり。

ストレスは身体的な病気ではなく、心理的な病気。
よって、身体面での対処法は無く、ストレスを溜めない工夫に頼ることになる。

  なんでもストレスで片付けられてしまう。

それほど、我々を取り巻く体調の崩れや病気をストレスが原因として処理してしまう時代になってしまっているのではないだろうか。

  私も40代の時に帯状疱疹を患った。

別に入院するほどではなかったが、痛みを伴い、医者からは安静を言い渡された。

  これもストレスからくる要因らしい。

確かにその時は新しいプロジェクトの中枢にあり、次から次へと新たな課題を突きつけられて精神的に余裕を持つ時間が無かった記憶はある。

  人生には必ず正念場が待っている。

絶対に成功しなければならない状況。
絶対に失敗は許されない状況。

  ここぞという場面。

そんな場面を何度も経験しながら人間は精神的にも肉体的にもタフになっていく。

  しかし同時に極度のストレスを抱える時でもある。

特に、40代前半からのリーダーとして責任が両肩に覆いかぶさる時期。
この時に極度のストレスを抱えると、一気にいろいろなところへしわ寄せがくる。

  世に言う厄年とはこれらが重なるタイミングの時だ。

周囲からの期待、そして自らの頑張り、また家族や配偶者との関係。

  いろいろなストレスが重なる時期。

人間、このようにいろいろな場面でそれぞれに正念場を迎える時に、体や精神にしわ寄せが走るのだろう。

これも、経験しなければ分からないことだが、腹の括り方と決め方と割り切り方の手法をこの場で学ぶと思えばいい。

そして、こんな経験をしていると、物事の成り行きが見えてくるものだ。
成り行きが見えると、先手を打てるようになる。

  転ばぬ先の杖をつけるかどうか。

先手を打って、転ばぬ先の杖をつけるようになると、事が大事にならぬ前に軌道修正させる事ができる。

  微調整の連続がストレスを溜めない要因であろうか。

人生のベテランほど、大胆な挑戦をしながら、先手によって微調整を常に行い、当たり前のように成功に導く行動力を備えてくる。

  当然そこには信頼と言う人間関係が不可欠であるが。




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2017年9月13日 (水)

キリンvsアサヒ

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


先日のガイアの夜明け。

  「キリンVSアサヒ」。

この夏のビール戦争を報道していた。

  キリンVSアサヒ。

この報道体と、1987年にスーパードライが発売されて以来、ビール業界では圧倒的王者だったキリンビールが、アサヒビールと拮抗する関係になっていったようだ。

  1987年といえば私が業界に入社した数年後。

私の記憶では、入社当時からスーパードライを飲んでいたような記憶であるが、厳密には、学生時代から入社当初は飲み屋ではキリン、自宅や寮ではサッポロを主として飲んでいたのだろう。

  自宅飲みはサッポロのダッチョ瓶。

スーパードライが発売される以前は自宅で飲むビールはコストパフォーマンスの高いサッポロの2リッター。

  当時は皆んな「ダッチョ瓶」と呼んでいた。

そして企業に入社して直ぐに、アサヒのスーパードライが発売された。

  “なんて飲みやすいビールなんだ!”

辛口とは言え、私からすればダッチョ瓶のような苦味が少なく非常に飲みやすいビールに感じた。

  それが人気の根源であったような気がする。

それ以来のキリンVSアサヒの戦い。

  2001年からはアサヒが王者に君臨し続けることになる。

ガイアの夜明けでは、このキリンVSアサヒの今年のビール戦争の模様を伝えていた。

  主役はキリンの営業マン。

今年の夏はキリンの主砲である「一番搾り」がリニューアルされた。

  主砲を変えるという冒険。

しかし、最大の主力品に手を付けることによって、失敗のリスクもあるが支持を得れば再び主役に躍り出ることも可能であろう。

  キリンの挑戦。

それがこの夏のキーワードだったようだ。
この映像の中で放映されていたのが、キリンの営業マン達の懐かしい飲み会での映像だった。

  会議終了後に本当の会議が始まる。

先ほどの会議の延長線としてのアルコールを交えての飲み会。

  そこで先輩社員から叱咤激励される中堅社員。

20年以前はごくありふれた光景。
先日も記したが、モーレツ社員がゴロゴロいた時代でもあろう。

  そこで感情をぶつけながらストレスを発散できた。

このような環境が今も続いているのが逆に羨ましくも思えた。
そんな時代を振り返りながら、今年のキリンの挑戦とスーパーを相手に奮闘するビール業界の営業マンの姿を見た。

  スーパー側から見たメーカー業界。

それが、このブログの視点である。

  メーカー側から見たスーパー業界。

今回はこの視点でメーカー側から見たときの我々の業界はどのように写っているのかが垣間見れた。

  “こんな緊張感を持ってバイヤーと交渉するんだ”

彼らからすると、我々スーパーの売場の状態を見て一喜一憂しているのがわかった。
大阪のスーパーではアサヒスーパードライが圧倒的なナンバーワン。

  おそらく単品で言えばどこも同じ状況であろう。

特に大阪では特設コーナーでのスペース割りはスーパードライが6フェイスに対して一番搾りはなんと1フェイス。

  その姿に唖然とするキリンの営業マン。

この劣勢を如何に挽回するか。

  販売数量の奪還はスーパーのスペース割りから。

まずはそこがメーカーサイドの取り組みなのだろう。
本部バイヤーの経験はないが、この一気一憂を考慮して、メーカーの方々と関わっていきたいと思ってしまう内容だった。








  

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2017年9月12日 (火)

隣の芝生

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


よく言われる諺。

  「隣の芝生は綺麗に見える」

確かに、自分で自分の庭に立ちながら、ふと隣の家の芝生を見ると、本当に綺麗に見えるものだ。

  “隣の芝生を見るといつも綺麗だなぁ〜”

そう思うことがよくあるだろう。

  なぜか?。

一番綺麗に見える場所から見ているからである。

  芝生を傍から見るとどんな芝生でも綺麗に見えるもの。

そして、隣の芝生を綺麗に感じると同時に、自分の庭の芝生は真上から見ているから尚更自分の家の芝生の痛みや雑草の多さと隣の芝生の密度の濃さを比較してしまい、目眩(めまい)がするのである(笑)。

  同じ、斜めから見たときの比較。
  同じ、真上から見たときの比較。

同じ条件でお互いの芝生を比較して、冷静に見比べることが大切だろう。

  仕事も同じ。

隣のお店はよく見えるもの(笑)。
特に、ピーク時間帯に行けばお客様も入っているし活気もある。更に最大ボリュームの展開とその切りたての鮮度も申し分なく、ピークの終わった自店に戻ると荒れた売り場でお客様もひっそりとし、従業員にも活気が無い。

  “完全に負けている”

そう思うのもわかるような気がする。
しかし、同じ条件の中でどう違うのかをしっかり見ることが大切である。

  売場を真上から同様に見ているか。
  バックヤードを同様に見ているか。
  開店直後と閉店間際を見ているか。
  従業員の接客の態度を見ているか。

等々、同じ条件で比べることが大切である。
そうすると必ず見えてくるものがある。

  隣の芝生のアラや雑草、そして時間帯でのロス。

そのような物が見えてきたら冷静になってきた証拠である。

  何より排除しなければならないのは「先入観」。

この先入観こそが、人間を慌てさせずに冷静に比較物と対等の関係で比較できるというものだ。

そして意外に騙されやすいのが、売場が決まっているかどうかで判断しやすいというところ。

  これも自店と比較してしまう一番の錯覚である。

売場が決まっているかどうかよりも大切なのは、売れ筋がメインに品揃えされているかということだ。

お客様にとって必要としない商品がいくらスーペース拡大されてボリューム感たっぷりに陳列されていたところで、それは何の意味も持たないのである。

  必要とされている主力品が魅力ある展開をされているかどうか。

ここに突っ込んで入らなければ、単なる表面上の売場チェックにしかすぎない。
そしてそれが認識されたならば、その主力品の展開を学ぶのである。

  そのことに店舗の規模の大小や売上の大小は無い。

大が小に学ぶところもあろうし、真似するところもあろう。
逆に言えば、小から大へは学び実践できるが、大から小へはなかなか実践できる事例は少ないのである。

  隣の芝生から派生した話題に飛んでしまった。

しかし、隣の芝生を競合店と見なした時に、色々と注意しながら競合店を見て見ると、色々とアラも見えてくるし弱みも見えてくるものである。

  そして、どう行動するか。

チャンスが無限に広がっているものである。




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2017年9月11日 (月)

備品を活かす

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


備品・什器。

  商品を陳列する台や器具。

第三者への説明としてはこのような表現となろうか。
しかし、この購入にあたっては本部開発のメンバーは相当いろいろなメーカーの備品を見て検討し、この備品の導入によって売り上げを拡大させたいとの想いで購入を決定しているのである。

  この想いが伝わっているのだろうか。

そう思ってしまうような店舗側の備品の扱い。

  本部から見たときの店舗側の備品の扱い。

上記の流れを経て備品購入を決定した側から見たときの我々店舗側はどう写っているのだろうか(笑)。

  “なんで効果的に活用しないんだ!”
  “なんで備品庫に眠っているんだ!”
  “なんでこの場所で使用するんだ!”

多分、そう思っている備品購入担当者は多いのではないだろうか。

  備品を効果的に活用してくれない現場。

しかし、逆に言えば、

  備品の効果的使用法を伝えていない本部。

そう言えるかもしれない。

  どっちがどっちの問題ではない。

しかし、原則的には使用する現場が、販売する場面やレイアウト、そして商品を含めてトータルで想定したときの備品の効果的な使用法を追求していくことが大切だと思う。

  決して本部のいう通りの使用法だけではない。

販売とは、最終的には商品の販売数量が売上金額に直結するから、商品だけをボリュームたっぷりに陳列することを念頭に置く担当者が多いが、これは時代錯誤もいいところだろう。

  モノ不足の時代ならモノを出すことが優先。

しかし豊かな暮らしを享受したいと思うお客様にとっては、より自分のライフスタイルをいう観点から自分の暮らしを豊かにしてくれるであろう商品をイメージして購入する時代である。

  そのイメージを掻き立てる備品什器と陳列。

更に、そこに説明POPがついて初めて購入気運を高めてくれるというものだ。

  その一環としての陳列什器の活かし方。

その活かし方は販売する側の責務であろう。

  更に什器・備品は資産である。

資産を有効に活かせないのであれば、今後はその資産を店舗に与えないという発想になっていくだろう。

  売場から什器備品が無くなっていく。

これでは、商品を絞り込んで迷路にハマっていく削り込みと同じ。

  什器備品に対しての豊かな発想。

これも店舗側の販売技術であり、従業員の教育の一環である。

  そしてそれを管理するのも店長の仕事だろうか。

什器・備品が有効に効率よく無駄なく活かされているか。

  もう一度、備品庫をチェックしたいものである。






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2017年9月10日 (日)

最終回を前に

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


今日は日曜日。

  芸能ネタの日(笑)。

今日は、いよいよ佳境を迎えた秋のドラマを取り上げたい。
初秋の新番組の数々。

  いよいよ最終回を迎える時期に来た。

このブログでもご案内した中でも「過保護のカホコ」もいよいよ次回が最終回を迎える。

  最終回の予告から予定通りの結末か(笑)。

何事も一人で決められず、普段の生活も母親の意見で決められていく現代の女子「カホコ」。

  その主人公が家族というの中で自分の存在価値を見出していく。

当初は、就職活動でなかなか就職先が決まらなかった段階では、過保護ぶりが強調されていたが、彼氏の存在とともに自立していく過程の中で自分の存在価値というか強みが明確になっていく中で、いかに生きるかという人生観も確立されていくところが面白い。

  このドラマで一番の見どころ。

それは、主役の高畑充希の演技力である。

  ここ数話で如実に演技力が際立ってきたと思う。

通常の人間の行動とはちょっと違い、全て受け身で思考スピードも遅く、空気を読む力も低い女子。

  そんな女子を当初はある意味極端に演じていたようだ。

しかし、ここ数話に関しては、自立し始めたカホコの成長していく快活さを徐々に表現し始めた演技は流石である。

もともと舞台女優ということもあり、テレビ受けではわざとらしい部分も多かったが、それでも表情の豊かさでは他の女優と比較しても秀逸である。

  特に目ヂカラだろうか。

目、口、顔全体の表情の多彩さは大女優である三田佳子や黒木瞳と互角の勝負をしているのではないだろうか。
第9話での涙を流すシーンなどは、とても演技とは思えないほどのタイミングで涙を流すのである。

  更に声もいい。

過保護のカホコらしく、当初は不安定な声の出し方が気になったが、恋人ができ家族の不幸が続き、徐々に独り立ちしていく過程の中での高畑充希の声も徐々に安定してくるのである。

  経験を積んで周囲が見えてくる。

この過程の中で人間は徐々に変わっていくものであるが、その進化が演技に乗せられていくのが見えるのだ。

  その演技を見ているだけで今回は十分に満足できるドラマである。

そして次回が最終回。

  泣かせる内容に期待したいものである(笑)。






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2017年9月 9日 (土)

同志の無念さ

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


競合店のデリカ部門が一時休業。

  同チェーン店の問題から全店で一時休業に入った。

スーパーマーケットの中の惣菜部門。
企業によっても店舗によっても、惣菜部門の売上ウェイトは異なるだろう。

  この競合店は惣菜に支持を得る店舗。

その惣菜部門が一時営業停止となった。
お昼時と夕方以降のピークからそれ以降の時間帯。

  惣菜部門が営業していない時間帯の店内。

目的を持ったお客様がどの部門にどの時間帯で来店されるかということが如実に見えてきた。

競合店の事例とはいえ、自店に置き換えた時にも同様の事態が発生するのだろう。

  お昼時と夕方以降の時間帯。

この時間帯に、如何に惣菜を目的に来店されるお客様が多いか。
従来の賑わう店内とは裏腹に、お昼時の店内の閑散とした状態。

  昼食という買物動機がなくなるという恐怖。

ワンストップショッピングを標榜する我々スーパーマーケット。
その中でも、惣菜部門は食事の支度というよりは即食として購買されるカテゴリーである。

  それでも多くのお客様が目的を持って惣菜を購入される実態。

それが明確に証明された今回の件である。
懇意にしている競合の店長と会話した。

  「当面は静かにしています。」

積極的に当店と戦っていた競合の店長。

  彼から笑顔は消えていた。

無念に満ちた表情と言葉にこちらも掛ける言葉を失った。

  競合と言えども同じ店長仲間。

同じ営業の仲間として、競合関係とは裏腹にお互いに励ます間柄でもある。

  その店長の顔色が冴えない。

特にその店舗は、惣菜の支持をお客様から得ていたという。
全社の中でも惣菜の売上の高い店舗。

  尚更、今回の影響は大きかったようだ。

彼も言っていたが、もうかっての賑わう惣菜は戻ってこないだろうと言う。
確かにそうだろう。

  二週間の営業停止というダメージ。

このダメージはそう簡単には埋められないだろう。
もしかすると、永遠に戻らないかもしれない。

  「かもしれない」

そこからが、この企業の復活のストーリーをどう描くかに掛かっている。

  逆に私はこの復活のストーリーが怖い存在だ。

ピンチに陥った企業や店舗は必ず必死になってくる。

  競合相手の必死な対応。

ある意味、競合店としてこれほど怖い相手はいない。

  競争とはそういうものだ。

後がない競合の行動ほど怖い存在は無いのである。
別れ際に競合の店長を挨拶を交わした。

  「それじゃ、また勉強しに伺います。」

競合店の店長の挨拶に、「頑張ってください」と返答したものの、笑顔にはなれなかった。

  心より、頑張って欲しいものである。






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2017年9月 8日 (金)

秋深し

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


早いもので9月も一週間が過ぎた。

  秋の深まりを感じるこの頃。

今年は、7月下旬から8月いっぱい、とても夏とは思えないほどの冷夏であった。

よって、今年の夏は夜の寝苦しさは皆無であり、本当に過ごしやすい盛夏を過ごすことができたのである。

  そして、9月。

当初予測していた9月の天候は、盛夏の復活であったが、やはり過ごしやすい日々が続く。

  逆に「秋深し」の様相を呈してきた。

このまま秋が深まっていくのだろうか。
しかし、これからまた厳しい残暑がぶり返すとは思えない。

  午後6時過ぎはまさに「秋の夜長」である。

今年は、本当に夏の寝苦しさを経験せずに済むことができた珍しい夏である。

  夏の寝苦しさ。

私が生まれ育った地は、盆地である。

  特に、梅雨時期からお盆までの寝苦しさは半端無い。

更に、梅雨明けからは決まって午後からの雷雨である。

  如何に湿気の多い盆地特有の気候だったか。

だから、夜の寝苦しさも半端なかった。
夜に二階の窓を全開にしても風の動きを感じることは無かった。

人事異動によって、地域を転々とした社会人になってから初めて、同じ日本でも気候の違いでこれだけ生活条件が変わるのだと知ったのである。

  それでも最近は夏の寝苦しさが増してきたように思っていた。

現在の地に住み始めてからも、ずっとそう思っていた。

  かっては夏の寝苦しさといってもせいぜい一週間程度。

しかし、今はその地獄の夜が何週間も続く。

気温だって、30度を超える真夏日など年に何度もなかったような記憶であるが、最近では35度と聞いても何ら感動を覚えないほどだ。

  逆に、積雪も大幅に減ってきたように感じる。

全般に温暖化が進んでいるのは間違い無いと肌で感じることができるのである。

  しかし、今年の冷夏。

この冷夏は、9月とい季節では、昔はごく当たり前の9月の気候であったような気がするが、最近の流れからいえば今年は異常気象なのだろうか(笑)。

  それほど今年の夏はいつもの夏とはえらい違いである。

ということは、必ずこのしっぺ返しはやってくる。

  どのようなしっぺ返しであろうか。

果実、新米、野菜、食生活その他諸々であろう。

  特に、新米に関しては報道その他で伝わっている。

1993年の米不足からくる輸入米の販売は、我々世代には記憶に新しい。

  24年前も昔のことであるが(笑)。

あの時に食べたタイ産の米の味は一生忘れないだろう。
当然、当時とは比較できないほどに、我々日本人の食生活は変化している。

  米が無くても困らない日本人の生活習慣。

おそらく今回の米不足では、輸入米に頼らずとも甚大な米不足には陥らないだろう
逆に、果実の味の落ち込みや野菜類の高値安定が続くのでは無いだろうか。

  こちらの方が食生活には甚大か。

そいえば、今年は梨のクレームがやたら多い。

  中身の痛み。

それも日照不足が要因であろうか。

  冷夏によるしっぺ返し。

逆に過ごしやすさが不安を煽るのである。




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2017年9月 7日 (木)

狭い業界

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


先日、世の中狭いなぁ〜とつくづく思った。

  自宅近くの他社の店長が自店の店内を歩いていた。

「あら、どうしたの?。わざわざここまでMR?(笑)。」

  「いえ、私この度、近くのお店に人事異動で赴任しました。」

えっ!。

  彼は、競合企業の店長。

以前私が店長をしていた店舗の近くに、競合店として出店した時の副店長だった彼。
その後、私の自宅近くの店舗へ店長として異動。

  そして改装を経て売上を拡大させたやり手。

5年ほどそのお店で活躍しただろうか。
そしてこの度、晴れて私の近くのお店へ異動ということらしい。

「以前はご自宅の近くでお客様としてお会いしていたのですが、今後は競合店の店長としてお会いすることになりました(笑)。」

  なかなかうまいことを言う。

そう関心ばかりしてもいられない。

  「しかし、世の中、狭いねぇ〜(笑)。」

私は思わず、言ってしまった。

  今回の競合店の店長も、以前の顔見知り。
  別の競合店の店長もかっての企業の同期。

類は友を呼ぶのだろうか。
それとも運命のいたずらか。

  別に命をかけて戦う戦争ではないが。

それでも、知った顔が競合店の店長として赴任しているというのも何かの縁ではある。

  このような店長同士の関係。

企業や人によっては、嫌がる場面でもあろうだろう。
しかし、私を含め、概ねの現場の店長にとっては歓迎ではないのだろうか。

  競合店との戦いに私情を挟む。

何も、命の削り合いでもない。
たまたま競合店の店長として、お互いの企業と本人のプライドを掛けて業績を獲得する間柄となるだけである。

  相手が誰であろうとその使命に変わりはない。

しかし、知った顔の人間が競合店の店長である場合は、そのお店へのMRがしやすくなることだけは確かである。

  会えば、話が出来る。

「最近調子はどう?。」
「今回のイベントはどうだった?。」
「別の競合店の影響はどうなの?。」
「この冷夏で売れ筋は変わった?。」

  等々の情報交換はしやすいだろう。

競合店の情報は貴重である。

  自社や自店だけなのか他社も同様なのか。

このような情報を得やすくなるのは間違いない。
その延長線上に、お互いに一献を交えながらの仕事やそれ以外の会話へ発展する場合も多いだろう。

  更にその延長線に「てっちゃん会」での交流もある。

そういえば最近、新店を立ち上げてから、積極的に競合店の店長と名刺交換をしていない。

  “そろそろ競合店の店長同士の交流にも積極的になろうか”

そう思うきっかけとなった今回の競合店店長の挨拶であった。







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2017年9月 6日 (水)

競合を考える

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


競合店。

  今ではごく当たり前の存在の競合店。

自店から直線距離でだいたい2k〜3kに存在する同業のスーパーを競合店と言っていた。

しかし、最近では堂々と(?)と直線距離1k未満に出店する同業他社も見受けられる(笑)。

更には、直線距離だけではなく、1k商圏での商売の成立を見越して隙間隙間に出店していくる昨今の競合店。

  最近では異業種との関係も微妙になってきている。

ドラッグストア、ホームセンター、コンビニ等々の出店も影響は必至。

  競合の出店により商圏の狭まりと密度の薄まり。

このような状況下で、如何に業績を維持していくか。

  個店でどう対応していくか。

このような、競合店という一番大きい個店対応に対して、それぞれの店長がどう対応していくかによって、個店の業績が大きく左右されていく時代である。

  競合店をどうマークするか。

このことに対して、企業によっても個人の店長によっても、それぞれに違いがあるから、競合に強い企業や店長が区分けされていくのであろう。

  競合に強くなる。

それは、お客様の目線で立場で両店を比べた時に、どちらで買い物をするかという判断で競合店と自店を比べた時に、どう認識しどう行動し、如何にお客様にそのことを伝えるかを明確に自分に確立されていくかが重要であろう。

  何をいくらでどのような品揃えで販売しているか。
  アクセスは駐車場は店内の明るさは商品の鮮度は。
  旬や歳時記に対して地域特性に合わせての展開は。

色々な角度から比較した時に、競合と自店との差を冷静に認識し、そこからどう手を打つか。

  自店と競合の強みと弱みからどこに絞って手を加えていくか。

どんな競合店でも、必ず「強み」もあれば「弱み」もある。

  店長が知るべき一番初めの分析はそこからだろう。

その分析があるから、自店の強みを更に伸ばすのか弱みを克服するのか。
そのことによって、競合店のどこにボディーブローの効果を発揮できるのか。

  その方向性が定まるまではしっかり競合店をチェック。

しかし、方向性が定まり具体策を部下に明示したら、足元の店舗で定着させることが本業となる。

  脇目もふらずに店舗の中軸になること。

それも店長という店舗のリーダーの最大の役割となる。
常に店長が競合店や周囲の環境の把握に店舗を空ける方もいるが、どうなのだろうか。

  そのような競合対策にマニュアルはない。

あるべきだとも思わないが、自店をマネジメントするには、極力わかりやすく明確な強化ポイントを絞って集中して推進していくことが大切かと思う。

  競合店の存在。

相手とて、出店により店舗としての利益を創出して地域貢献の延長線に企業貢献を果たしたいと考えている。

  お互いにしのぎを削って地域貢献に励む。

そんな関係の中で、お客様がどちらを選択するのか。
または、どの部分を自店で選択してもらうのか。

その為にはどうしても競合店をしっかりチェックする必要はあろう。




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2017年9月 5日 (火)

さらばモーレツ社員

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


先日のガイアの夜明け。

  お題は「さらば モーレツ社員」。

このお題を聞いただけで、時代に取り残されていく自分を感じるのは私だけであろうか(笑)。

  モーレツ社員。

自分がこの業界に入社当初、自分をモーレツ社員とは全く思わなかった。

  本当にモーレツな先輩諸氏がゴロゴロ居たからだ。

そのモーレツと言う言葉の意味も、仕事人間という意味合いだけではない。

  仕事も遊びも酒飲みも全てがモーレツ。

そんな先輩諸氏を見て育ってきた我々からすると、そんな羨望の眼差しで見てきた先輩達を「さらば」の一言で片付けることは絶対に出来ないし、したくも無い。

  しかし現実の人口減と人材不足は待った無しである。

現実に、この業界であり自企業の人材を如何に流出させないかは、背に腹を変えられない問題でもある。

  どんな手を使ってでも今いる従業員を流出させないか。

これは、自企業や自店の死活問題でもあるのだ。

  このまま従業員が入社しなければ店舗閉鎖するしかない。

そこまで来ている店舗や企業もあるだろう。
そんな企業の現実を直視して放映された今回のガイアの夜明けであろう。

  ある企業の事例では育ボスの育成に取り組む。

管理職の社員が、仕事を終えてから、子どもを持つ社員の家庭を訪ねて家事・育児を体験する、という“実地訓練”だ。職場に女性スタッフが多いこともあって、ワーキングマザーの割合が高い同社。働くママたちは、仕事と育児を両立させることの大変さを、会社や職場の人たちに理解してほしいと願っているというのだ。

  我々小売業界の環境にそっくりではないか(笑)。

子育てしながら同時に我々と共に販売に携わり、商品マネジメントに携わり、レジ打ちに携わるパートさん達。

  彼女らの苦労を知ることで彼女らの共感を如何に得ていくか。

これも一つのマネジメントではあろう。
そして、そのブートキャンプに参加する独身のマネージャー。

  独身である彼が体験する育児と家事。

これはもはや地獄の沙汰であろう(笑)。

  “何もそこまでさせなくても”

そう思うほど、仕事とは無関係の疑似体験のような気はしたが、そんな無関係な体験だからこそ、色々な学びが生まれるのだろう。

  もう一つの事例は企業内家族の取り組み。

違う部署同士で作る家族的な繋がり。

  長男、次男、長女、次女等の役割。

全くの別の部署同士の従業員が、飲み会や旅行を通じて仕事以外の繋がりを体験していく過程で、絆の強化が図られ結びつきを強めていき、退職を防いでいくというストーリー。

  これもアリだなとは思う。

要は、昔の寮生活や店休日のバス旅行を通じて働く仲間たちの結びつきを強めていったかっての関係を、どう現代風にアレンジさせたかという事例と思われる。

この取り組みを見ていたら、かってのモーレツな時代を思い出すのも不思議な話だ。
モーレツな社員を否定しながらも、その時代の良さを取り込もうとしているのだ。

  人間の絆に古いも新しいもないのだろう。

絆の原理原則は今も昔も何ら変わらない人間のアナログな関係でしかないのだと思う。

  モーレツな時代。

モーレツ社員は消えても、絆の原理原則は何ら変わっていないということなのだろう。








  

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2017年9月 4日 (月)

褒め方叱り方

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


上司として、部下の褒め方、叱り方。

  難しい時代になってきたなと感じている。

部下は「叱って」育てろ。

  もはや、そういう時代ではない。

かと言って、褒めてばかりでも、考える力を養うことはできない。

  叱る = 注意する。

それは、先が見える先輩だからこそ注意できる場面がある。
また、褒めて、叱って、また褒めるから、そのギャップに人間は更に喜びや厳しさを知るのである。

  良いものはいい、悪いものはわるい。

そこを明確にブレずに言い続けられるかが問われているのだろうと思う。

  私は自分なりの褒め方、叱り方を遂行しているつもりである。

褒め方。

  全員の前で褒める。

個人に直接、褒め言葉をいうのもいいだろうが、全員の前で個人を褒めることでより本人のモチベーションが上がることは間違いない。

  “上司が皆の前で自分を褒めてくれた”

これは大きな喜びであろうし、上司としても、部下のどの部分が賞賛に値するのかという良さの共有化が図れるのである。

  更に、上司が考える「善」がこういうことなのだとの共有化。

組織的にも、全員が上司の考える「善」を共有化できるメリットと褒められた本人のモチベーションを合わせて引き上げることができるのだ。

  もっと言うと、裏で褒めることのメリットはもっと高まる。

本人の居ないところで、全員にその個人を褒めると言う行為。

  他人の口から耳に入る自分への賞賛。

これは、その上司への信頼を絶対的なものにしてくれる。

  自分の居ないところで褒めてくれた。

人間は意外にこの逆を取る場合が多い。

  本人が居ない所で本人をけなす。

これは確実にその本人からの信頼を失うだろう。

  叱る時は必ず本人を目の前にして直接叱るものだ。

それは本人のプライドもあるだろうし、直接面と向かって叱る意味をお互いに認識しながらの行為。

  これも説得力のある行為である。

お互いに冷静に、その叱られる行為を振り返ることができる。

  そして必要であれば、その周知の為に全体に公表する。

それも本人の了解を得ての話である。
その時は本人も厳しい状況であろうが、納得の上での公表は、逆に周囲から上司と部下の信頼関係を感じることができるものだ。

そして、その叱り方。

  叱ると怒鳴るは全くの別物である。

特に若年層は、怒鳴ると言う行為を言葉の暴力と捉える。

  よって、怒鳴ったことに対しては全くの無反応となる。

聞く耳を全く持たなくなるからだ。

  怒鳴った相手を人間として評価しなくなる。

相手を怒鳴るのは同じ人間として平等ではない、と言う認識。
重大な過失の場合は別にして、仕事上でのミスや過失であっても、最初の一回目はしっかりと理由を語ることから始めなければならない。

  納得したことに対しては若年層は忠実である。

人間、枯れてくると、表面上の繕いと裏での行為の乖離が大きくなるが、若年層にはそれが無い。

  要は、素直なのである。

必要以上に褒めることは無いが、褒めると言う行為と叱ると言う行為をしっかり使い分けることによって、自分への関心を持ってくれていると言う関わりや繋がりの深さを感じるのも上司と部下の深い絆になっていくのだろうと思う。







 

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2017年9月 3日 (日)

てっちゃん会15幕

皆さん、こんにちは。
 食品スーパーで店長をしている「てっちゃん」です。


今日は日曜日。

  芸能ネタの日(笑)。

しかし、ネタ切れ。

よって、「てっちゃん会15幕」のご案内。

  通常の開催月は、2月、6月、11月。

年に3回の開催を基本としている。
しかし、今回は事情により、9月20日となった。

  よって、11月の開催は無し。

そして、昨年から年に3回目(11月)の開催は名古屋で開催されることになったのである。

  よって、11月は名古屋開催。

昨年のそうだったが、名古屋で開催されると、東京開催で参加できない中京地区から関西地区、更には北陸地区の方々が参加してくれるのである。

  名古屋は日本の真ん中。

そのことが実証されるのかもしれない。
更には、名古屋(愛知)の方々の熱意でもあるかもしれない。

  会のメンバーは関東以西が多いのである。

特に、甲信〜中京〜関西。
更には、四国〜九州。

  これらの地域の方々の活動が活発なのだ。

それらの方々が集まりやすい名古屋での開催。
今回も地理上の都合や愛知の方がの努力によって、大勢の方が参加表明をされている。

  素晴らしいことである。

会のメンバーもFacebook上では160人を超えている。

  新たなメンバーも活動的な方が多い。

そんな方々が新しい仲間を呼び込んでくれた結果のこの会である。

  「名古屋なら行ける。」

また、「名古屋だから集める」

そんな意識が合い間って、今回は40名以上は確実に集まってくれるだろう。

そして、今回は勉強会をてっちゃん会のメインに配置し、21日の勉強会の前日を前夜祭として食事会とした。

  これも名古屋開催の幹事その他のメンバーの意図。

昨年は夜行バスで行き、当日の勉強会とその夜の食事会、そしてそのまま夜行バスで帰宅。

  今回は現地で一泊となる。

多少の余裕と、見せていただきたいお店もあり、私自身も非常に楽しみな名古屋会である。

名古屋という地理的な条件上、関東甲信越の勢力と関西、四国九州勢の勢力が共に押し寄せる地域となっている。

  それらが名古屋や愛知でぶつかり合っている地域。

しかしながら、地元に根ざす中堅スーパーも多い。

  激戦区でありながら会のメンバーも多い。

要は、競合関係とは別に同じ会に属する顔見知りも多いということだ。

  なににも囚われない会。

所属企業や職位に囚われず、自分の販売力を磨きたい、そこに働きがいや生きがいを求めたいというメンバーの熱意。

  これらで繋がっている会。

年に一度の名古屋開催。

  楽しみである。







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